魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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もはや題名でわかってしまう内容。
無頭竜フルボッコ(現実編)です。

次回更新はおそらくGW後。



第47話 狩られる竜

大会運営委員会のテントの中で、ミラージ・バットのCADレギュレーションチェックを担当している検査員は、表向きは平然かつ黙々と作業を進めていた。

 

だがその内心は平然とは程遠い位置にあった。

 

(やはり、立会人のCADにも細工を仕掛けたのはリスクが大きすぎた。横浜の連中は何を考えてやがる! 真っ先に疑われる立場にいるのは俺なんだぞ!)

 

検査員の内心を肯定するように時折、針を刺すような視線を感じる。

 

実際、検査員は針の筵の状態にあった。

 

検査員の背中に突き刺さる、良くても好意的とは思えない視線。

 

悪くて且つ視線の多くの割合を占める、嫌疑の篭った眼差し。

 

検査員は同僚達、運営委員会のメンバーから不信の目で見られていた。

 

 

 

切っ掛けは先程のミラージ・バット第一試合の予選だ。

 

第一高校の小早川選手が魔法の発動に失敗し落下。

 

幸いにも怪我は無く済んだが、問題はそれだけではない。

 

大会運営委員会が選出した立会人が魔法を発動しなかった、いや出来なかったのだ。

 

これは明らかな大会運営委員会の過失であり、責任が問われる問題だ。

 

そして事態の重さは、第一高校から十文字克人が直々に抗議にやって来たことでより深刻さを増した。

 

「魔法科高校の部活連合会頭という立場と同時に、十師族の一人として抗議を申し入れる」

 

克人の発した言葉の波紋は、収まるどころかより激しく広がっていくばかりだった。

 

一介の高校生ではない、十師族の一角である十文字家の次期頭領だ。

 

その彼が直々に足を運び、正式な抗議を申し出た。それの意味するところは大きい。

 

大会運営委員会の背後には魔法師協会がある。否、運営委員会自体が魔法師協会の所属だと言い換えても良い。

 

十師族の一員、況してや次期総領からの抗議を、運営委員会の人々が受け流せる訳がない。

 

かくして無頭竜と関係を持たない者達は慌てて原因調査に乗り出し、開始早々に小早川選手と立会人から共通の証言を得た。

 

CADが動作しなかった、と。

 

小早川選手のみならば第一高校側のCADの調整ミスと言い切ることも出来ただろう。

 

だが立会人のCADは運営委員会で手配、調整したもの。

 

こちらは当然ながら魔工技師のライセンスを持ったプロの手による調整で、動作も問題なかったことを確認しており、第一高校側も同じことを主張している。

 

大会ルールの規格内に収まっている第一高校のCAD、レギュレーションに縛られない立会人のCAD。

 

機種も異なる二つのCADの数少ない共通点。

 

それは小早川選手と立会人、二つのCADを一度でも手に取ることが出来た唯一の人物がいたということ。

 

小早川選手のCADは、レギュレーションのチェックとして。

 

立会人のCADは、試合前の起動式の最終チェックとして。

 

それぞれのチェックを担当したCAD検査員、それが共通点だった。

 

 

 

複数の視線と囁きを感じながら、検査員は第二試合に出場する七高選手のCADのレギュレーションチェックを開始する。

 

(ただでさえ今回の大会は深入りし過ぎている。不可解な事故が多いことに首を傾げている奴も多い。その上でこの“事故”だ、こうなることはわかっていたはずだ)

 

勘のいい者なら何かを感づいてもおかしくは無い。

 

挙句、今回は金で雇った協力者が多い。

 

その事実がここへきて運営委員会の間に「一部の関係者が何者かから賄賂を受け取っている」という噂を呼び、急速に広がっている。

 

その賄賂を受け取った関係者の筆頭として、自分が挙げられていることにも検査員は気付いていた。

 

実際には受け取る側ではなく渡す側に属しているのだが、どちらにしても同じだ。

 

そして実際に金を受け取った者達である協力者達も、今回の件で無頭竜に苛立ちと不満、不信を強く抱いている。

 

立会人のCADの細工は幹部が直接命令を下し、無頭竜の協力者達に一切の連絡無く行われたためだ。

 

そのせいで責任を問われ、自分達の地位が危うくなっているとなれば当然かもしれない。

 

あちらもバレたら全ての地位を失うとわかっているだけに、未だ庇い立てはしてくれるだろうが。

 

最悪、取引によってこちらの情報を売り渡すかもしれない。

 

(それを防ぐために、横浜は増援のジェネレーターを寄越したらしいが……)

 

そのジェネレーターが全員行方不明になっていることを、検査員は知らされていなかった。

 

十四号から十七号までの四体のジェネレーターが忽然と姿を消した。

 

その事実は、九校戦の会場にいる部隊と横浜の幹部達を混乱の坩堝に陥れた。

 

だが即座に情報を隠蔽し、その事実を他の者達には一切漏らさなかった手腕については見事に尽きるだろう。

 

七高選手のCADのチェックを終わらせエンジニアに手渡す。

 

これでCADのレギュレーションチェックを終えていない高校は、一高のみだ。

 

(そうさ、これで最後なんだ)

 

ここで司波選手のCADに『電子金蚕』を仕込めば、自分の役目は終わる。

 

(こうなったらチェックが終わり次第、すぐにでも横浜に逃げ込んでやる)

 

司波深雪が同じ“事故”で棄権になれば疑惑は更に膨れ上がり、容疑は限りなく黒に近いグレーになるだろう。

 

だから、その前に姿を消す。

 

横浜に身を隠し、捜査の手が届かぬうちに無頭竜本部のある香港へ逃げる。

 

妨害が成功すれば三高がモノリス・コードでヘマをしない限り三高の優勝、つまり東日本総支部は賭けに勝った状況だ。

 

手に入る巨額の富には無頭竜本部も歓喜するだろう。

 

ならば、その栄光に携わった者を邪険に扱うことはないはずだ。

 

(そう言えば……)

 

姿を消す、という点でふと思い出す。

 

“本当”の同僚であった、モノリス・コード等のチェックを担当していたもう一人のCAD検査員はどこへ消えたのかと。

 

(逃げ出した訳ではないとすると、考えられるのは国防軍か公安に捕まったか……)

 

もし情報が流出しているのなら、同じ立場にいる己も――。

 

脳裏を過ぎった思考が、一瞬の震えとなって背筋を駆け抜ける。

 

やはり己はかなり危険な状況にいると改めて認識させられたようなものだ。

 

(早く、終わらせてしまおう)

 

焦燥感を募らせる検査員の下に、最後のエンジニアが姿を現した。

 

 

 

一高のミラージ・バット代表選手、司波深雪のエンジニア、司波達也。

 

 

 

彼を見た瞬間、CAD検査員はかつてない悪寒に襲われた。

 

 

 

「レギュレーションチェックをお願いします」

 

「……わ、わかりました」

 

何とか言葉を返したが、果たして今の自分は平然を装っていられるのか、検査員は自分に自信を持てなかった。

 

相手は傍目から見たところで何の問題もなく、ごく自然な様子でCADを差し出している。

 

(だが……)

 

その視線と眼光が、まるで己の全てを見透かしているかのようで。

 

とはいえ、このまま何もしないわけにはいかない。

 

今なお周囲の複数人が時折こちらを垣間見ている気配を感じているのだ。

 

差し出されたCADに手を伸ばす。

 

CADに触れた瞬間、眼前の少年の視線が一層鋭くなった気がした。

 

「っ」

 

(大丈夫だ、これが最後だ)

 

息を飲み込み、自分に言い聞かせる。

 

受け取ったCADを検査機にセットする。

 

(ここさえ乗り切ってしまえばいいんだ)

 

検査員はチェックプログラムを走らせた。

 

(頼む、神様……!)

 

思わず最後は神頼みで、密かに『電子金蚕』の術式を紛れ込ませた。

 

 

 

だが悲しいかな。

 

神様は彼の頼みは聞き入れず。

 

反対に、祟ることを決めており。

 

最も強い悪縁を紡いでいた――。

 

 

 

『電子金蚕』がCAD上に侵入した、その瞬間。

 

CAD検査員は司波達也に引き摺り出され、取り押さえられた。

 

 

 

その様子を影から九島烈が見ていることに、達也は気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜グランドホテル、最上階の隠しフロア。

 

狙撃防止と機密の関係上、窓すらないこの部屋こそが無頭竜東日本総支部の本拠地だ。

 

「……わかった」

 

ダグラス=黄は重々しい口調で頷くと、盗聴防止用の内線通信端末を置いた。

 

そのまま顔を上げず、ダグラスは皆に告げた。

 

「ミラージ・バットのCAD検査員が取り押さえられた」

 

誰も何も発しない。重苦しい沈黙が部屋を包み込む。

 

「相手は例のエンジニア、司波達也だ」

 

だが続けたダグラスの言葉に、沈黙は激情によって破られた。

 

「またしてもあのガキかッ!!」

 

新人戦では担当した競技で全て上位を独占し。

 

モノリス・コードでは優勝の一翼を担い。

 

そして今回の件だ。

 

今や司波達也とは、彼等の目論見を悉く潰してきた忌々しい存在だった。

 

一通り罵詈雑言を吐き出したところで、彼等は表面上の落ち着きを取り戻す。

 

尤も、内心では動揺と不満、そして不安が強く渦巻いていたが。

 

「……ジェネレーターの行方は?」

 

「掴めていない」

 

一人の問い掛けにダグラスは首を横に振る。

 

「日帝軍の仕業、だと思うか?」

 

「おそらくは。だが……」

 

それにしては腑に落ちない点も幾つかあるのも事実だ。

 

「ともかく、ジェネレーター無しでもやらせるしかあるまい」

 

そこで、ダグラスは声を潜めた。

 

「……我々が脱出する時間を稼がせる為にも、な」

 

それは、一高選手を襲わせるもう一つの理由だった。

 

 

 

ジェネレーターを運搬した男が幹部達を見捨てたように、幹部達もまた部下を見捨てるつもりだった。

 

否、見捨てるというより使い捨てるといった方が適切だろう。

 

新人戦の結果を受けて、元より幹部達はもう一つの選択肢を考えていた。

 

保身の為の逃亡だ。

 

ミラージ・バットの妨害が失敗した時点で、現地にいる部隊に一高選手を襲わせる。

 

一高選手を上手く殺害ないし重傷を負わせたところで、全てが万事解決か。

 

そんな単純に考えられるようならば、無頭竜の幹部は務まらない。

 

幸運が味方して上手くいけばそれで良い。

 

だが、ただでさえ無頭竜の関係者から行方不明者が続出している現状。

 

そこから情報が流出している可能性も考慮すれば、上手くいかない可能性の方が高いのが現実だ。

 

たとえば、部隊が撃退される。

 

十師族ならばともかく、常識的に考えて高校生相手に元兵士である襲撃者達が撃退されるとは無いと思うが、国防軍が出張ってくることも充分に考えられる。

 

……実際には高校生ながら本当に撃退できそうな実力者が揃っているのだが、彼等が知る由も無い。

 

手持ちのジェネレーターが無い今、国防軍が相手では分が悪い。

 

また大会運営委員会の協力者達の非常に反発も強いと聞く。

 

ここで襲撃者の侵入を許したとなれば更なる失態だろう。

 

九校戦という大舞台での度重なる事故。

 

立会人の重大な失敗。

 

CAD検査員に工作員が紛れ込んでいたという事実。

 

挙句に襲撃事件まで起きたとなれば、確実に責任を取らざるを得ない。

 

今大会の責任者達は、まず間違いなく出世コースから外される。

 

官僚とはそういうものだと、幹部達は熟知している。

 

その協力者達が共倒れを狙って、何かしらの処置を取るかもしれない。

 

たとえば襲撃事件を受けて、モノリス・コードの得点を総合得点に加算しない、など。

 

当然だが三高は猛反発するだろうが、今更それを考慮する殊勝さを持っているはずもない。

 

全ての事情を鑑みて、残念ながらかなりの確率で一高の優勝は免れ得ない。

 

そうなれば幹部達は残虐に粛清され、文字通り死後まで利用され続けるだろう。

 

それが嫌ならば、逃げるしかない。

 

襲撃事件が発生すれば、会場は元より横浜(ここ)も少なからず混乱する。

 

その最中に密かに逃亡する準備を整える。

 

後は結果次第だ、成功すればそれで良い。何事も無かったかのように振る舞えばいい。

 

だが失敗したのなら、すぐさま脱出だ。

 

埠頭には無頭竜幹部の一人であるジェームス=朱が個人所有(勿論だが購入名義は偽名だ)しているクルーザーがある。

 

同時に沖合にはオーストラリア国籍のタンカーが航行中であり、こちらとは部下を通さず幹部達のみで前々から話は付いている。

 

逃げ道は常に確保しておく。

 

元々はこういった世界に生きる者としての鉄則に則っただけの、本当に万が一に備えた保険的な手段だったのだが。

 

まさか本当に使うことになるとは、それが幹部達の偽りならざる思いだった。

 

埠頭からクルーザーで沖合へ。

 

沖合でタンカーに乗り込み、そのままオーストラリアへ逃げ込む。

 

日本にはいられない。

 

大亜連合の圏内など論外だ、自ら死に行くようなものだ。

 

新ソ連は信用ならない。

 

東南アジアも華僑の影響力が色濃く残っており、安全地帯とは言えない。

 

近隣諸国で残る行き先はオーストラリアのみだ。

 

持てるだけの資産を手土産とすれば、現地の当局も見て見ぬフリするだろう。

 

巧くいけば亡命することも可能なはずだ。

 

 

 

「もし亡命することになったとしても、出来るだけの資金は持ち出したいものだ」

 

「極秘帳簿も、だな」

 

出来れば上手くいって欲しい、そうすれば栄達が待っている。

 

だがそれが叶うことが低いことも同時に理解している。

 

「会場では既に部隊の者達が動いているはずだ。我々も急がなければ」

 

「ならば早速、準備を始めよう」

 

彼等は席を立つと扉へと向かい、先頭にいる者がドアノブに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

それは、合わせ鏡の世界。

 

誰にも気づかれず、誰にも悟らせず、誰にも()()()()()()

 

部屋と廊下の境界が崩れた、人々の関心も離れた幻想世界。

 

彼等はいつの間にか、そんな世界に入り込んでいた。

 

 

 

妖怪と、結代の手によって――。

 

 

 

 

 

ドアを開けて扉を潜り――先頭にいる者は動きを止めた。

 

「どうした?」

 

後ろからの問い掛けにも言葉を発しない。

 

怪訝に思った者達は前を見て……同じく動きを止めた。

 

 

 

驚愕という言葉では生温い。

 

理解不能な光景が、彼等に衝撃を与える。

 

 

 

扉の向こうにあるはずの廊下が無く。

 

あったのは、ここと全く同じ部屋。

 

そして、その向こうには、ドアを開けたまま立ち尽くしている自分達の後ろ姿があった。

 

 

 

「っ!?」

 

気付いた者達から後ろへ振り返る。

 

先程まで部屋の中に無かったはずの扉が、そこにはあり。

 

扉の向こうには、やはり自分達がいた。

 

「な……」

 

衝撃のあまり絶句する幹部達。

 

「――ッ! 退()けッ!!」

 

一人がドアの前に立ち尽くす者達を押し退けて、ドアの向こうへ駆け出した。

 

誰もが茫然と見ている中、その一人は向こう側の扉の前まで走り――再び彼等の前を横切った。

 

必死の形相で走るが、どれだけ走っても廊下にはたどり着かない。

 

彼等の前を走り抜け、部屋を横切り、そしてまた彼等の前を走り抜ける。

 

同じところをぐるぐる回っているかのように、果ては見えない。

 

「何だ、これは……」

 

「系統外魔法……なの、か?」

 

「これが、幻覚? 馬鹿な、全て本物だぞ……」

 

向こう側の部屋は、全てがこちら側の部屋と同一。

 

向こう側の自分達は、全てこちら側の自分達だ。

 

噂に聞く水無瀬家の幻術であろうとこんなこと不可能だ。

 

精神に干渉されて、夢でも見せられているのだろうか。

 

だが、それにしては円卓も椅子も、飾られている高価な壺も、壁に掛けられた絵画も、何より自分達も、全てが本物にしか感じられない。

 

意識もはっきりしている。魔法師である彼等は、魔法を使われた痕跡を一切見つけられない。

 

この世の怪奇現象は、科学の発達と魔法の実在によって大概が説明可能だ。そのはずだ。

 

だが、この現象はどう説明すればいいのだろうか。

 

唯一の仮説は、精神干渉魔法による精神攻撃なのだが……。

 

どうしても、そうは思えなかった。

 

やがて何度も扉を潜り、その度に幹部達の前を横切っていた一人が部屋の真ん中で立ち止まり、テーブルに両手を付いた。

 

「何なんだ、これは……!」

 

そして、

 

「何なんだこれはぁぁああーー!!」

 

混乱と恐怖に満ちた叫びが、部屋中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「おー、見事に狼狽しているねぇー」

 

「部屋と廊下の境界は扉。その境界を無くしてしまえば、扉の向こうは同じ部屋になります」

 

「逆に廊下側からドアを開けても、その向こうには廊下があるのみ。でも今やあの部屋の向こう側に誰も関心を持っていないから、開けようと思う人も連絡を入れようと思う人もいない」

 

「ふふ、折角の夏なんですもの」

 

「まだ夜どころか昼にもなってないけどね」

 

「なら夜を持ってきましょう」

 

「それは止めて、紫さん」

 

先日と同じ横浜ベイヒルズタワーの屋上で、雅季と紫はスキマの向こうに映る無頭竜の幹部達の様子を見ていた。

 

ちなみにスキマの中には、何時ぞやの行方不明者三人が今なお悪夢に唸っていた。

 

悪夢を見続けて三日目のせいか、顔色は悪く頬も若干痩せこけている。

 

この三人は大会が終わったら会場の適当な場所に放り出そう、とは雅季の言葉だ。

 

居ても迷惑だし、とは同様に紫の言葉である。

 

つまりは今日を入れて後二日はこのまま放置だ。

 

まあ、紫が忘れない限り、の話だが、大丈夫だろう。おそらく、たぶん、きっと。

 

閑話休題。

 

「彼等には暫くこのまま怖がってもらいましょう」

 

「いずれ夢の世界に旅立って貰うけどね」

 

雅季の言葉に、紫は扇子を広げて口元に当てる。

 

怖がらせるのが妖怪である紫の本領、幻想と現実を分けるのが『結び離れ分つ結う代』である雅季の本領だ。

 

故に、時が来れば彼等には一度眠ってもらう。

 

この現象も、一度眠ってしまえば起きた時に夢だと思うことだろう。

 

幻想と夢幻は同じことなのだから。

 

「こっちはこれでいいとして、俺はあっちに戻ります」

 

「夜が楽しみね、やっぱり持ってこようかしら、夜」

 

「だから止めて。というかここだけ夜になっても意味が無いから」

 

きっと『怪奇! 突然夜となった横浜に市街騒然!』とかそんな見出しで大ニュースになるだろう。

 

やれやれと苦笑いしながら、雅季の身体が霊子(プシオン)の光に包まれる。

 

「まあ、楽しみかどうかはともかく――彼等にとって最高の悪縁が紡がれるのは間違いないか」

 

その言葉を最後に、雅季は光に包まれて屋上から消えた。

 

博麗大結界を利用したワープ。博麗神社を経由して、富士の会場に戻ったのだ。

 

雅季が居なくなった後、紫は紡がれる悪縁に思いを走らせる。

 

雅季をして彼等にとって最高の悪縁と言わしめた人物。

 

「司波達也」

 

前々から思っていたが妹の司波深雪共々、やはり面白そうな“人間”だ。

 

特に空を飛ぶ魔法といい今回の実績といい、式を作るのが上手い。

 

「彼の周辺、色々と見てみるのも面白そうね」

 

かくして『妖怪の賢者』は、一人の人間に興味を持った。

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷から富士の軍用ホテルの屋上に降り立った雅季は、眼下に広がる会場を見渡す。

 

「さて、紡ぐか」

 

呟いた途端、雅季は無数の縁を感じ始めた。

 

それは達也の『精霊の眼(エレメンタルサイト)』に少し似ているかもしれない。

 

魔法師は魔法を使える技能上、イデア上にアクセスできる能力を持つ。

 

精霊の眼(エレメンタルサイト)』はその能力の拡張版、イデア上の存在(エイドス)()()できる能力だ。

 

対して雅季が()()()ものは“存在”ではない。そこにある“意思”だ。

 

結代家の者は感じたそれぞれの意思から良縁、奇縁、悪縁などを見極められる。

 

それらを繋いで縁をもたらすのが、『縁を結ぶ程度の能力』である。

 

会場の一角に、一高にとっての悪縁が集まっている。

 

(なら、そんな悪縁にとっての悪縁は……見つけた)

 

雅季は目に見えない縁を、目に見えない糸で紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

九校戦用に解放されている駐車場の最も端に、一台のバンが停まっている。

 

自動運転用のコミューターではなく、人が運転するタイプの車種だ。

 

更に車に詳しい者が見れば、交通管制システムの干渉をオフにする改造(チューニング)が施されていることに気付いただろう。

 

かといって特に珍しいものでもない。

 

自動運転が主流になったとはいえ、ドライブを趣味する者は若者を中心に今も多い。

 

そのバンの所へ、三人の男が早歩きに姿を現した。

 

一人が鍵を開けると残る二人がトランクを開き、トランク内にあった三つの黒い無地のボストンバックを取り出した。

 

三人は一つずつバックを持ち出すと、トランクを閉めてまた鍵を掛け、再び会場の方へと歩き出す。

 

その一連の様子を、駐車場に設置された監視カメラはずっと捉え続けていた。

 

 

 

三人の後を付ける、一人の青年の姿も。

 

 

 

 

 

ボストンバックを持って会場内に戻ってきた三人は、ミラージ・バットやモノリス・コードが行われている会場から離れた人気の無い場所へ向かう。

 

向かう先は建物の角、通りから死角になっている場所だ。

 

そこに、大勢の男達が集まっていた。

 

ボストンバックを持ってきた三人を含めると全員で二十人。

 

線の細い者などいない、夏の薄着だからこそ私服越しにでもわかる。二十人とも体格の良い者達で占められている。

 

三人がボストンバックを地面に置いて、ファスナーを開く。

 

中身は汎用型CADと特化型CADの二種類を除けば、高校生の競技会場には相応しくない物が詰められていた。

 

軍でも採用されている信頼性の高いサプレッサー付き拳銃をはじめ軍用ナイフ、更には手榴弾も含まれている。

 

手馴れた手付きでCADをセットし、手榴弾を腰に下げ、拳銃の弾倉に弾が込められていることを確認する。

 

「隊長。準備、整いました」

 

全員の準備が終わったところで、一人が代表して隊長と呼ばれた壮年の男性に声を掛けた。

 

男性は頷くと、全員を見回して徐ろに口を開いた。

 

「想定外の事態でジェネレーターの参加は無いが相手は高校生だ、手早くやるぞ。時間を掛けると日帝軍に悟られる」

 

「了解」

 

全員東洋系の顔立ちだが、会話は何故か英語で行われている。

 

彼等は無頭竜東日本総支部に属している者達。幹部達が実戦部隊と呼んだ者達だ。

 

「先程通達したが、標的(ターゲット)の一名は既に脱落している、よって残る標的は三人だ。一班は司波深雪、二班は辰巳鋼太郎、三班は服部刑部を狙え」

 

「ハ!」

 

「ブリーフィングでも伝えたが最終確認だ。目標は標的を殺害ないし負傷させること。ここから各班に分かれ、それぞれ怪しまれぬように会場に入れ。標的に近づけるところまで近づき、一気に強襲しろ。強襲後は即座に離脱、戦果の確認は後回しで構わない。全班、逃走ルートは把握しているな?」

 

「一班、把握しております」

 

「二班、把握しております」

 

「三班、把握しております」

 

「宜しい。何か質問はあるか?」

 

まるで軍人のような応答は、そのまま彼等が元軍人であることを示している。

 

特に隊長と呼ばれている壮年の男性は、かつて大亜連合軍で五級士官まで務めた下士官。

 

沖縄戦にこそ参戦していなかったが、各地の小規模な紛争で何度も交戦経験のある歴戦の軍人であり、魔法師だ。

 

とはいえ、経歴としては決して人に誇れるようなものではなく、戦地での略奪や横領など寧ろ軍規の乱れを表したかのような下士官だった。

 

無頭竜にいる経緯も、直属の上官と共に行っていた軍需物資の横流しが発覚し、蜥蜴の尻尾切りよろしく上官に全ての罪を擦り付けられ、軍法会議に掛けられる前に無頭竜に“買われた”ためだ。

 

質問が無いことを確認して隊長は頷き、口元を不敵に釣り上げた。

 

「では諸君、一高の選手達を血祭りに上げるぞ。殺害に成功した班には私が直々に白酒を奢ってやろう」

 

「隊長、太っ腹ですね」

 

「子供相手に大人気ないかと思っていましたが、これでは全力で“狩り”に行くしかなさそうだ」

 

全員が笑う。その目はさながら獲物を前にした肉食獣のようだ。

 

隊長も笑っていたが、彼が表情を引き締めると皆の表情も引き締まった。

 

「さあ、任務開始だ。しくじるなよ?」

 

「了解!」

 

「よし――行くぞ」

 

小さな号令と共に隊長が先頭となって歩き出し。

 

「待て」

 

その隊長の前に、建物の角から一人の青年が姿を現した。

 

 

 

出鼻を挫かれたかたちとなった彼等は、すぐさま警戒態勢に入る。

 

目撃者は消す必要がある。

 

誰もが服の下に隠している拳銃やCADに密かに手を伸ばしつつ、先頭に立つ隊長が英語ではなく、日本語で問い掛けた。

 

「何者だ?」

 

「それはこちらの台詞だ。お前達、国防軍ではあるまい。ならば懐に隠してある拳銃、軍用ナイフ、手榴弾は何だ? そんな物騒な物を持って何処へ行くつもりだ?」

 

所有する武装を見抜かれていることに、隊長は舌打ちする。

 

「それに先程、一高の選手を血祭りに上げると言ったな? どういう意味か、教えて貰おう。国防軍の基地まで同行して貰うぞ」

 

先程の英語の会話も聞かれていたことで、彼等は警戒態勢から臨戦態勢に切り替えた。

 

拳銃を向け、CADの起動式を読み込む。

 

「――彼等は国際犯罪シンジゲート『無頭竜』の人間だ。九校戦の妨害工作を行っている」

 

青年の問いに対する回答は、彼等の背後から発せられた。

 

「っ!!」

 

驚愕に振り返った彼等の視線の先に、一人の男性が佇んでいた。

 

まるで気配を感じさせずに背後を取られた。その事実に隊長を含めた全員が戦慄する。

 

だが一人だけ、青年のみは驚いた様子は見受けられない。

 

それは男性に気付いていた証だ。

 

「貴方……いえ、貴官は?」

 

「所属は言えんが国防軍大尉、柳連だ」

 

私服姿だが身のこなしから男性が軍関係者と気付いた青年の質問に、柳は答えた。

 

国防軍大尉という階級を聞き、青年も自らの所属と階級、そして氏名を口にした。。

 

 

 

「自分は防衛大特殊戦技研究科、予備役少尉、千葉修次(ちばなおつぐ)であります」

 

 

 

その言葉に、柳は面白そうに口元を歪め。

 

無頭竜の者達はギョッとした顔を青年、千葉修次に向けた。

 

「貴官が『千葉の麒麟児』か。噂はかねがね聞いている」

 

「恐縮であります」

 

自分達越しに会話を交わす二人。

 

それを屈辱と思う余裕が無いほど、先程とは別種の戦慄が彼等の中を駆け巡る。

 

千葉修次の名は、それ程の重みを持っていた。

 

幻刀鬼(フアダオクアイ)……!」

 

大亜連合軍の特殊部隊に所属している『人食い虎』呂剛虎(リュウカンフウ)と並び、白兵戦で世界十指に入ると評される剣技の英才。

 

(何故、こんな所にいる!?)

 

隊長の焦燥混じりの疑念は、答えを知る者からすれば自業自得と言えた。

 

尤も、無頭竜がバトル・ボードで彼の恋人である渡辺摩利に怪我を負わせ。

 

それを聞きつけた修次がタイでの剣術指南を繰り上げて帰国し。

 

妹に見つからないようにしつつ今日もこっそり会いに来て。

 

駐車場で殺気を隠した三人を見かけて不審に思い、後を付けたから。

 

そんな理由を、彼等が知る由も無い。

 

――更に言えば、この場にいる全員が気付かないうちに縁として結ばれていたことなど、誰一人として知らないことだろう。

 

「無頭竜に告げる。気付かんだろうが、貴様達は既に包囲されている。大人しく投降しろ」

 

柳の勧告に、姿を見せずに周囲から気配が発せられる。独立魔装大隊の面々だ。

 

尤も、昨日の水無瀬呉智との戦いで負傷者が続出、更には監視していたジェネレーターが行方を晦ましていることから、その捜索と警戒も含めて包囲に参加している人数は十人にも満たない。

 

藤林や真田といった幹部達もジェネレーターの捜索と警戒の方を担当しているため、ここにはいない。

 

姿を現さないのも、それが原因だ。

 

柳の勧告に対し、無頭竜の答えは、

 

「突破しろ!!」

 

武力を用いた強行突破であった。

 

全員が一斉に銃や魔法を放つ――その前に、修次も柳も彼等の懐に飛び込んでいた。

 

柳の『転』によって一人が片手一本で投げ飛ばされ、隣にいた者を巻き込んでコンクリートの地面に叩きつけられる。

 

修次がいつの間にか懐から取り出した短刀が、拳銃を向けた隊長の手首を斬り落とした。

 

「があぁぁぁっ!?」

 

拳銃を持っていた手首を失い、血を零しながら後ろへよろめく。

 

そこへ、瞬速で回り込んだ修次の手刀が首筋を強打する。

 

その一撃で隊長は意識を刈り取られて地面に崩れ落ちた。

 

直後にサプレッサーで消音された鈍い銃声が耳に届く。

 

銃声と共にバタバタと倒れたのは、全て無頭竜の人間だった。

 

独立魔装大隊の隊員達が林の木陰から麻痺弾を狙撃した結果だ。

 

初撃で指揮官を含めた数名が倒され、彼等の中にあからさまな動揺が広がった。

 

それを見逃すほど、柳も修次も甘くはない。

 

「千葉少尉。彼等の捕縛の協力を要請する」

 

「了解であります!」

 

言葉を交わしながらも、二人は既に動いていた。

 

柳の体術が、拳銃を向けてきた相手の腕を掴んで投げ飛ばす。

 

修次の剣術が、軍用ナイフを刃元から斬り落とす。

 

魔装大隊の正確な狙撃が、次々と無頭竜の人間を撃ち倒していく。

 

「お前達が、摩利を傷つけた連中だというのなら……」

 

ポツリと、だが強い意志の篭った呟きが修次から溢れ、

 

「容赦はしない!」

 

ブレスレット形態の汎用型CADから起動式を読み込んでいた相手を、その腕ごと一刀両断に切り捨てた。

 

 

 

 

 

「見事な腕前だ」

 

「柳大尉の体術も、見事なものでした」

 

柳の称賛に、修次も敬礼しつつ称賛で返答する。

 

お互いに武術を心得る者として、色々と話を交わしてみたい思いはあった。

 

だが柳は機密の関係で所属を明かせず、修次もこれ程の達人を前にして色々と聞いてみたいが、軍属としての自制心でそれを抑える。

 

故に、柳は敬礼しながら次の言葉を発した。

 

「また何時か、共闘したいものだな」

 

「ハ! 自分も、同じ思いであります」

 

敬礼を交わす二人の周囲では、国防軍の軍服を纏った独立魔装大隊の隊員達が、地面に倒れ伏している無頭竜の人間、二十人全員を捕縛していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




修次「摩利、仇は取ったよ……」
摩利「いや、死んでないから」

イケメン剣士、見参(笑)
修次と柳の共闘、個人的に面白そうなので思い切ってやってみました。
そして独立魔装大隊は汚名返上。
代償として無頭竜の人達は「人生オワタ\(^o^)/」


紫に目を付けられた達也。
賢者の目が、彼の秘密を次々に暴いていく――。

(博麗神社の縁側で涼みながら)
紫「ああ、そう言えば。あの司波って子達、四葉の人間みたいよ」
雅季「へぇー、あいつん家も大変なんだね」
霊夢「誰よそれ?」

たぶんこんな感じで(笑)


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