魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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いいじゃないか…! 脇役で…! 熱い脇役なら、上等よ…!
まるで構わない…! 構わない話だ…!
だから…恐れるなっ…!
繰り返す…! 雅季よりも主人公やっていることを恐れるなっ…!

原作でも森崎は熱い奴だと思っています。
そのせいか、森崎が主役を張ると文字数が増えるというジンクスが(汗)




第56話 苦労人の課外授業その三

レインボーブリッジのすぐ近くには、ショッピングモールやアウトレット、映画館など多くの商業施設の入った大型商業施設が構えている。

 

都心且つ駅の目の前であり、更に駐車場も完備しているこの大規模ショッピングモールには、今日も多くの人々で賑わっていた。

 

土地の有効利用のため駐車場はモールの屋上と、隣接して繋がっている立体駐車場が主体だが、バスなど大型車両も駐車可能な平面駐車場も反対側に設けている。

 

この平面駐車場のすぐ横の道路を歩いて抜ければ、レインボーブリッジ真下の広場に出ることが出来る。

 

駐車場(ここ)を抜ければ、約束の場所はすぐそこです」

 

「もう少しね」

 

森崎はリンの手を引いて平面駐車場の横の歩道を歩きつつ、周囲の様子を見回した。

 

休日昼間の大型ショッピングモールだ、平面駐車場の端とはいえ視界に映る歩行者の数は少なくない。

 

(あと少しだが、油断は出来ない)

 

相手側に精神干渉系魔法の使い手がいることを森崎は忘れていない。

 

いつの間にか相手の術中に陥っているという事態は避けなくてはならない。

 

(魔法の感知だけじゃなく、歩行者の様子にも注意を払わないと)

 

古式魔法には魔法を気付かせずに結界を敷く技術もあると、授業中の何気ない会話の中で“あいつ”が言ったことを森崎は覚えていた。

 

故に、森崎は魔法よりも周囲の様子を一層注意深く警戒する。

 

 

 

結果として、その判断は正しかった。

 

誤っていたのは、襲撃の方法が魔法ではなかったこと。

 

そして、襲撃者が先程とは異なる勢力だったということだ。

 

 

 

 

 

――標的、来ました。

 

――首領(ボス)の命令を伝える、必ず殺せ、だ。

 

 

 

――お待ちかねのダンスの時間だ。最後までリードできなきゃお別れだぜ、少年。

 

 

 

 

 

それは咄嗟の行動だった。

 

声をあげるよりも先に身体が動き出し、森崎はリンを庇うようにして地面に伏せた。

 

「ちょっと――」

 

リンの抗議の声を、連続性を持った乾いた銃声と、すぐ隣に駐車していた車両のフロントガラスの割れる音がかき消した。

 

「え?」

 

「リン!! こっちへ!」

 

状況を掴めずにいるリンの手を強く引っ張り、森崎はリンの身体を車両の陰へと連れ込んだ。

 

再び乾いた銃声が二人の耳に届く。今度は一つではなく、幾つも重なり合っていた。

 

複数人が撃ち込むサブマシンガンの銃弾が、二人を隠している車両のガラスを全て叩き割り、車体を瞬く間に蜂の巣へと変えていく。

 

「きゃあ!!」

 

腕の中でリンが悲鳴をあげる。

 

不幸中の幸いというべきか、相手の武装が低威力のサブマシンガンだったためエンジン部分が銃弾を防ぎ、銃撃が止んだ後でも森崎とリンには怪我は無かった。

 

この時、足を止めて呆然とその光景を見ていた通行人達は、いつの間にか自分達が日常から非日常へと否応無く足を踏み入れてしまっているのだと理解し。

 

次の瞬間、彼方此方から悲鳴が上がり混乱が発生した。

 

(こんな所で!?)

 

白昼堂々、しかも街中で銃撃戦を仕掛けてくるという強硬手段に打って出た相手に内心で罵声を浴びせつつ、森崎はボンネットから僅かに顔を出して相手を窺う。

 

同時に、こっちに向かってくる複数の飛来物が森崎の視界に映った。

 

今度は、内心では収まらなかった。

 

「手榴弾!? 奴ら正気か!!」

 

森崎は驚愕と憤怒の混ざった声で叫びつつ、素早く汎用型CADを起動させた。

 

領域作用型の移動系魔法によって、弧を描いていた手榴弾が「静止」して直下に落ちる。

 

次の瞬間、森崎の前方で複数の閃光と爆炎、そして爆発音が轟く。

 

化学合成によって作られた高性能炸薬が炸裂し、爆発を至近距離で受けた一台の車両が横転する。

 

まるで戦場に迷い込んだかのような光景に、各地から聞こえる悲鳴が一際大きくなる。

 

ほぼ同時に警報が駐車場、いやショッピングモールを含めた近隣周辺に大きく鳴り響いた。

 

暴力行為対策警報、通称「暴対警報」のボタンを誰かが押したらしい。

 

けたたましく鳴り響く警報に動揺したのか、或いは時間が無いと察したのか。

 

一人がサブマシンガンを乱射しながら森崎の方へと突っ込んできた。

 

そこに援護射撃も混ざり、銃弾の嵐が森崎達へと襲いかかる。

 

「伏せてください!!」

 

再び汎用型CADで『静止』の魔法を行使し、サブマシンガンの銃弾を受け止める。

 

森崎の魔法力では対魔法師用ハイパワーライフルは無論、高威力な軍用ライフルでも防ぐことは難しいかもしれない。

 

だが今回はサブマシンガン。拳銃と同口径の銃弾を至近距離でばらまくことを目的とする銃器だ。

 

相手が一般人ならば殺傷するには充分過ぎる武器だが、実戦魔法師を相手するには低威力過ぎた。

 

森崎に向かって連射された銃弾はエリアを通過する最中で速度を失い、全て地面に転がる。

 

銃弾を無力化した森崎は、即座に汎用型CADを待機状態に戻して特化型CADを構える。手馴れたクイックドロウで一切の遅滞無く特化型CADの照準を合わせてトリガーを引く。

 

向かってきていた一人の身体を魔法で強く揺さぶり、襲撃者は気を失って地面に崩れ落ちた。

 

警戒しつつ森崎は倒れた相手を見遣る。

 

中年ぐらいの男性で、見たところ東洋系の人種のようだ。

 

身に付けている服装も、強いて特徴を上げるならば森崎と同様に市販されているジャケットを纏っている程度で、街中を歩いていても普通に街並みに溶け込める格好だ。

 

ただし、現状では右手に握り締めたサブマシンガンの存在が却って違和感を醸し出しているが。

 

そう思った矢先、再び聞こえてきた射撃音に森崎は慌てて頭を車両の陰に引っ込めた。

 

銃弾が頭上を飛び越えていくのを冷や汗と共に感じながら、ふと森崎は隣に視線を移す。

 

リンの身体は、微かに震えていた。

 

森崎は何か言おうと口を開き……だが言葉が出る前に、森崎の視線はリンの向こう側へと移った。

 

一台のワンボックス系の車両が乱雑な運転で駐車場の角を曲がり――急加速をしながら森崎達の方へと向かって来ている為に。

 

「リン! 隠れて!」

 

森崎はリンの前に出ると、特化型CADのトリガーを素早く二回引いた。

 

一回目の照準は運転手に、二回目の照準は車両へと狙いを変えて。

 

運転手は意識を失い、更に車両に運動ベクトルの変更が加わる。

 

森崎とリンの見ている目の前で、車両は突然急ハンドルを切ったかのようにあらぬ方向へと曲がり、別の駐車中の車両と激突した。

 

激しい衝突音を轟かせて停止する車両。

 

だが完全に沈黙したと確認出来る前に、再び銃撃が森崎に襲いかかった。

 

(このままじゃあジリ貧だ! どうする!?)

 

不幸中の幸いとでも言うべきか、どうやら敵側に魔法師はいないらしい。

 

それが、森崎を更に確信させる。

 

この武装集団が先程の勢力とは異なる、別勢力によるものなのだと。

 

しかもこの遣り方は、マフィアのような犯罪組織に限りなく近い。

 

そして、この襲撃の仕方が意味する彼等の目的は――。

 

「リン――」

 

森崎は再びリンの方へと振り返り、そして気付いた。

 

リンは森崎の視線に気付かず、ただ周囲を見つめていた。

 

何かに堪えるかのように、下唇を噛み締めながら。

 

 

 

流れ弾が当たってしまったのか、肩の出血を抑えながら逃げ惑う男性。

 

駐車場の一角で泣き叫ぶ子供を護るように抱き抱えて蹲っている母親の姿。

 

そんな光景が彼方此方で見ることが出来る。

 

つい先程まで平和そのものだった光景は、こんなにもあっけなく崩れ去ってしまった。

 

(私の、所為……?)

 

その事実に気付かされて、リンは思わず目を逸らしてしまう。

 

すぐ隣で護衛を買って出てくれた少年が襲撃者達に応戦している。

 

魔法師ではないリンには森崎が何をしているのかわからないが、腕に巻いた装置と拳銃型の装置を素早く使い分けて戦っている。

 

そのおかげか銃弾も爆弾もここまで届かず、また襲撃者達も何人か倒されている。

 

一見して相手側を押さえ込めているようだが、相反して森崎の表情に余裕は全く見られず、寧ろかなり厳しい状況であることを物語っている。

 

何より敵の数が多い。数人を倒したところで未だ十人以上は残っており、射撃の嵐を浴びせてくる。

 

(このままじゃあ、シュンも……)

 

無関係な一般市民も、恩人である少年も、誰もがリンの事情によって危険に巻き込まれている。

 

(私は――)

 

リンは強く目を瞑った。

 

(私は、もう大学生のリン=リチャードソンではないわ)

 

わかっていたことだ。

 

次期リーダーに、という彼等の望みに応じた時点で、何時かはこのような事態も起こるのだと。

 

それがリンの予想より早かっただけのこと。

 

(私は――)

 

ならば、この少年に応えるためにも、自分も覚悟を決めなくてはならないだろう。

 

何故なら、最早彼女はカリフォルニア大学に在学している大学生、リン=リチャードソンではない。

 

先日に壊滅した香港系犯罪シンジゲート『無頭竜(ノーヘッドドラゴン)』の次期首領――。

 

「私は、孫美鈴(スンメイリン)よ」

 

意を決し、リンはゆっくりと目を開く。

 

「シュン」

 

語りかけた森崎がこちらに振り返るのを待って、リンは迷うことなく告げた。

 

「私は合流地点へ向かいます」

 

 

 

リンが発した意向は、森崎にとっては到底容認出来るものではなかった。

 

「いま動くのは危険過ぎます!」

 

車両の陰に隠れて近づいてきた相手を特化型CADの魔法で気絶させて、森崎はリンと向き合った。

 

「この襲撃者達は先程とは別口です! それに……」

 

どう伝えるべきか口篭る森崎に対し、リンは自らそれを口にした。

 

「さっきの人達と違って、狙っているのは私の身柄ではなくて命、ね」

 

そう、この襲撃はリンの確保ではなく、間違いなく殺害を目的とした襲撃だ。

 

「だからよ」

 

故に、とリンは言った。

 

「彼等の狙いは私。私が此処から離れれば、彼等は私を絶対に追ってくる」

 

それを聞いた森崎はリンの狙いを察して、自然と声が低くなった。

 

「……ご自分を、囮にするつもりですか?」

 

「これは私の問題なの。これ以上、迷惑は掛けられないわ。周りにも、貴方にも」

 

「迷惑だなんて――ッ!」

 

最後まで言い切らずに、森崎は車両から顔を出して特化型CADを向けた。

 

一斉に投擲された手榴弾に、運動ベクトルを反転させる加速系魔法を投写。

 

流れるような動作で手榴弾の一つ一つに照準を合わせ、空中で弾き返す。

 

戻ってきた手榴弾に慌てて逃げ出す襲撃者達と、直後にその背後で連続して爆発する手榴弾。

 

「シュン、そのままでいいから聞いて」

 

手榴弾を避ける為に、こちらに姿を晒して背中を見せている間の抜けた襲撃者の意識を森崎が刈り取った時、リンは徐ろに語り始めた。

 

「私、実はある組織の総領の義理娘なの」

 

牽制目的でばらまかれるように乱射された銃弾に、森崎は頭を引っ込める。

 

手元で汎用型CADに切り替え、防御と攻撃を交互に行いながら、森崎はリンの話に耳を傾けた。

 

「でも組織は壊滅して、養父も亡くなったわ」

 

何の組織か、そしてどうして壊滅したのか、森崎は尋ねなかった。

 

たとえ聞かなくとも、この襲撃で大体の察しが付いてしまう。

 

相手側で飛び交っている言葉が日本語ではなく英語であり、時たま別の言語が――中華系の言語が混じっていることにも森崎は気が付いていた。

 

「私は、組織の生き残った人達と会いに行く途中だったの。だからさっきの襲撃犯達は、きっとこの国の公的機関の人達だったんだと思う」

 

「……何のために、というところは聞かないことにします」

 

特化型CADを構えながら、森崎は無表情に答える。

 

森崎の心中を窺い知る術を持たないリンは僅かに顔を曇らせるが、敢えて毅然とした口調で森崎に言った。

 

「だから、シュン。私の護衛もここまでで十分よ」

 

このままでは森崎は本当に公的機関に歯向かうことになってしまう。

 

そして何より、森崎の命そのものが危険に晒される。

 

「これ以上は――」

 

だが、そんなリンの言葉を、

 

「お断りします」

 

「あなたの為にも――って、え?」

 

森崎は即答で遮った。

 

再び鳴り響く銃声。その最中にも関わらず目を丸くするリンに、森崎はやはり振り返らずに答えた。

 

「こんな状況下であなたを見捨てるだなんて、それこそ出来ない相談です。――そんなもの、僕のプライドが許さない」

 

リンが言いかけた反論は、森崎の意志を前にその言葉を失った。

 

 

 

実のところ、森崎自身も自分の心情を理解しきれていない。

 

理知的に推論を述べるなら、彼女は真っ当ではない組織の、おそらくは象徴的な次期リーダーとして担ぎ出される。

 

それが良い事なのかどうか、情報を持たない森崎には判断出来ない。

 

寧ろ公的機関が動いたということは、不利益を被る可能性の方が高いのかもしれない。

 

だが、それでも――。

 

こんなにも、心が訴えてくるのだ――。

 

それは、『森崎駿』のプライドが許さないと――。

 

()()()()()()()、と――。

 

(全く、僕もとことん大馬鹿だ)

 

内心で自嘲するも、森崎の意志は揺るがない。

 

「あなたが何者だろうと関係ない。僕は、ボディガードだ」

 

敵を睨む鋭い眼光も、魔法師の『力』の象徴であるCADの銃口も。

 

強い意志を宿す森崎の戦意は全て、リンの命を狙う襲撃者達に向けられる。

 

「僕はあなたの護衛を請け負った。請けた以上、僕はあなたを絶対に仲間のところへ送り届ける……!」

 

――“あいつ”の魔法が人を楽しませる魔法なら。

 

――僕の魔法は人を護る魔法だ。

 

――縁を結ぶのが神職の仕事なら。

 

――縁を護るのが護衛の仕事だ。

 

それが――。

 

「それが、僕の“魔法”だ!」

 

魔法師、森崎駿としての誇りだ。

 

 

 

森崎の決意を前に、リンは暫し呆然と見遣り。

 

やがて、処置なしと言わんばかりに首を横に振って肩を竦めた。

 

「……訂正するわ。あなたは紳士で騎士だけど、それ以上に頑固者よ」

 

そして、襲撃者と向き合う森崎に気付かれないように僅かに顔を俯かせて、ポツリと呟いた。

 

「本当に、馬鹿よ……」

 

こぼれ落ちた言葉は森崎の耳には届かず、リンはすぐに毅然とした態度で顔を上げた。

 

「わかりました。行きましょう、シュン」

 

森崎は頷くと、迂回してこちらの側面を取ろうとしている三人の襲撃者に特化型CADを向けて、三度引き金を引いた。

 

魔法が発動して三人が倒れたのを確認し、森崎はリンの方へと向き直る。

 

「僕が合図したら走ってください。絶対に後ろを振り向かずに」

 

「わかったわ」

 

リンは大きく頷くのを見て、森崎は再び前に向き直ると同じく汎用型CADを起動させる。

 

これから繰り出す領域魔法で上手く襲撃者達を攪乱できるか?

 

向かう途中で待ち伏せされていないか、挟撃される可能性は?

 

合流地点にリンの仲間はたどり着いているのか、そもそもその仲間達は無事なのか?

 

(正直、かなり分の悪い賭けだよな)

 

考えれば考えるほど、森崎は内心で苦い笑みを禁じえない。

 

だが、それでも。

 

リンが行くと決め、意地でも護り通すと決めたのは森崎自身だ。

 

そして、リンも森崎も決断を下した。

 

ならば後はやるしかない。

 

「リン」

 

森崎は汎用型CADに指を伸ばし。

 

行きます――。

 

そう続けようとして、森崎は結果的にその言葉を呑み込んだ。

 

呑み込まざるをえなかった。

 

 

 

森崎が魔法を繰り出す直前、幾つもの魔法が襲いかかった。

 

サブマシンガンを乱射していた武装集団に向かって。

 

 

 

 

 

 

重力を増加させる加重系統の単一魔法が武装集団の一人を地面に押さえ付けた。

 

そのすぐ近くでは、放出系魔法によって生じた放電現象が数人をまとめて感電させる。

 

加速工程を無視した移動系統の単一魔法が一人を吹き飛ばし、後ろにいたもう一人を巻き込んで薙ぎ倒す。

 

領域作用の収束系魔法によって気圧が低下し、何人もの襲撃者が低酸素症候群を患って膝を付く。

 

魔法師である森崎には間違えようのない、魔法師によって発動される魔法の数々。

 

そして彼等の姿を見て、森崎は援軍の正体を知った。

 

「公園にいた、演出魔法師達……」

 

それは暴対警報を聞いて駆けつけて来た、演出魔法師達だ。

 

 

 

別段、驚くことではない。

 

ここは有明。

 

魔法と魔法師が『特別』ではなく『普通』として在る街なのだから。

 

 

 

襲撃者の一人が森崎には理解出来ない言語で、おそらく罵倒か悪態の類を叫びながら演出魔法師にサブマシンガンを向ける。

 

援護のために森崎は咄嗟に特化型CADを向けて、だが最初に引かれた引き金は、襲撃者のサブマシンガンでも無く、森崎の特化型CADでも無かった。

 

戦場となった駐車場に、防弾仕様のワゴン車が突入した。

 

僅かに空いた窓から銃口が顔を出し、何事かと振り返った襲撃者を狙撃する。

 

圧縮ガスによる独特の発砲音の直後、襲撃者の手からサブマシンガンがこぼれ落ちた。

 

演出魔法師達とは別の方向から、新たな勢力が介入を始める。

 

いや、「新たな勢力」では語弊があるかもしれない。

 

何故なら、彼等こそが“切っ掛け”の勢力だったのだから。

 

襲撃者が崩れ落ちるのとほぼ同時にワゴン車は急停車し、ドアから上下ともに黒服にサングラスを掛けた集団が飛び降りた。

 

出てきた人数は八人。そのうち二人が汎用型CADを構え、残った六人は圧縮ガスで針を射出するタイプの麻酔銃を武装集団に向けた。

 

(あれは……!)

 

それは直感だったが、森崎はあの集団が最初にリンを狙っていた勢力だと判断した。

 

おそらくは情報機関。使用している麻酔銃は圧縮ガスで発射するため銃声が生じないもの。

 

本当ならばリンを捕らえる為に、または森崎のような障害を無力化する為に用意されたものだろう。

 

だが過激で危険な別勢力が介入してきたが故に、その銃口は別の相手へと向けられる。

 

リンを捕らえる為のものが、結果としてリンを助ける為に使われる。

 

そんな皮肉な状況に、森崎は思わず口元を小さく緩めた。

 

そう、先程から事態が急変した、この状況ならば――。

 

「リン!」

 

既に襲撃者達は演出魔法師達と情報機関の者達によって次々に無力化されている。

 

魔法師がいないため、魔法による攻撃を防ぐ手立てを持っていないのだ。

 

そして、リンを狙っていると思われる情報機関の人間も、あの襲撃者達の鎮圧を優先している。

 

今ならば、森崎もリンも動ける。

 

リンを逃がす為の、千載一遇の好機だ。

 

「今なら行けます!」

 

森崎はリンの手を掴んで、頷いて見せた。

 

リンもまた、森崎を真っ直ぐに見返して頷いた。

 

「ええ! 行きましょう、シュン!」

 

森崎はリンの手を引っ張り、駐車場の出口へと向かって駆け出した。

 

「な!? 待て!!」

 

二人を追おうとした情報機関――内情の人間は、向かう先に転がった手榴弾に慌てて車両の陰に隠れるのを余儀なくされる。

 

そして、爆発を尻目に二人を追いかけた襲撃者達は、演出魔法師達がその意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

駐車場を抜けて、森崎とリンは待ち合わせ場所であるレインボーブリッジ真下の公園へと続く歩道を走る。

 

途中で誰ともすれ違わず、誰も見掛けない。

 

それも当然か。すぐ近くで銃声と爆発音が轟き、未だ警報が鳴り止まない現状だ。

 

これで逃げていないのは余程危機管理能力が欠如した愚か者か、自分の身を守る術に自信がある強者か。

 

或いは、当事者か。

 

「――っ!」

 

公園まで後一歩という東京湾に沿った歩道で、森崎とリンの前に集団が立ち塞がった。

 

格好は先程の襲撃者達と同じく、この国で普通に市販されている服装。

 

ただ違いがあるとすれば、

 

「魔法師!?」

 

彼等が手にしている武装がサブマシンガンだけではなく、特化型CADの者もいるということ。その数は五人。

 

「関門捉賊。逃げるならばこの道だろうと予測していました」

 

特化型CADを持つ一人、森崎達を囲む集団の中央にいる中年の男性が嘲笑を込めて告げる。

 

最初の故事はそれが生まれた国の言語で、その後は英語だった。

 

見た目も東洋系であることから、英語圏で活動する華僑か。

 

だが森崎からすれば相手の正体よりも、相手の戦力の方が問題だった。

 

人数こそ先程の襲撃者達よりも少ないが、魔法師を含んだ伏兵達。

 

(さっきの襲撃は言わば陽動。本命はこっちか!)

 

最大限の警戒を顕わにする森崎を他所に、男はリンに向かって恭しく一礼した。

 

「お久しぶりです、美鈴(メイリン)様」

 

美鈴(メイリン)、という名前を森崎が怪訝に思う前に、リンが愕然とした声で反応を示した。

 

「あなたは、養父の……!?」

 

敵を前に振り返るような真似はしなかったが、森崎にはリンがどんな顔をしているのか何となくわかった。

 

男はただ悪意のある笑みで、リンを見つめていた。

 

美鈴というのは、どうやらリンのことらしい。或いはそれがリンの本名なのかもしれない。

 

そして、リンとは顔見知りであるということ。

 

おそらくは組織の首領だったというリンの養父の部下だったのだろう。

 

男が合図をするように片手を軽く挙げる。

 

その直後、サブマシンガンと特化型CAD、その全ての銃口が森崎とリンに向けられた。

 

「っ!」

 

「どうして……!」

 

そこから先は言葉にならず、リンは唇を噛み締める。

 

襲撃者の正体がわかってしまったが為に。

 

そして、無頭竜の次期リーダーとしての覚悟を決めていただけに。

 

その衝撃の大きさは、きっと誰にも推し量れない。

 

そんなリンの内心など無視するように、

 

「美鈴様――」

 

嘲るようにわざわざ「様」と付けて、男はリンに告げた。

 

()()()のため、ここで死んで頂きます」

 

その直後、特化型CADとサブマシンガンの引き金が一斉に引かれて。

 

その直前、森崎はリンの腰に手を回して、東京湾に向かって飛び出した。

 

「何!?」

 

銃弾は空を貫き、魔法師は一瞬標的を見失った。

 

一方、リンを抱えた状態で森崎は素早く汎用型CADを操作。

 

海に落ちる前に移動系魔法を発動させる。

 

襲撃者達を迂回するように弧を描きながら海面を高速で滑走し、彼等の背後に降り立つ。

 

リンを降ろし、汎用型CADから特化型CADに切り替え、振り返って照準を合わせる。

 

一連の動作に一切の淀みなく、彼等が振り返る前に森崎はトリガーを引いていた。

 

狙いは敵の魔法師。

 

森崎の驚異的な速度で発動する魔法の前に、魔法師達が瞬く間に倒れていく。

 

とはいえ、全員を倒しきるにはまだ足りなかった。

 

「このガキ――!!」

 

残った魔法師は二人。先程リンを嘲笑していた男ともう一人。

 

二人は特化型CADを、それ以外の者達がサブマシンガンを向けてくる。

 

その時には既に、森崎は特化型CADから汎用型CADに切り替えていた。

 

森崎の汎用型CADに対して、相手は特化型CADに引き金を引くだけのサブマシンガン。

 

並みの魔法師ならば、きっと間に合わない。

 

だが、森崎は間に合わせる。

 

特化型CADよりも早く。銃火器の引き金よりも早く。

 

『クイックドロウ』と『魔法を早く使う程度の能力』の組み合わせは動作も魔法も、魔法を使うまでの工程全てを最短で駆け抜ける。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

――それが森崎駿なのだから。

 

発動した移動系統の領域魔法によって銃弾は全て空中で静止し、地面に転がる。

 

あの男が特化型CADのトリガーを引き、森崎は自分に移動系魔法が掛けられたのを感じ取った。

 

同様に空中からも魔法の兆候を感じ取る。

 

おそらくは圧縮空気弾。もう一人の魔法師による攻撃だ。

 

(ええい、一度も二度も同じだ!)

 

森崎は、もう迷わなかった。

 

やけくそ、とも言う。

 

とりあえず新学期になったら“あいつ”をぶん殴ろうと心に決めつつ、森崎は即座に汎用型CADを待機状態に戻し、両手を懐に突っ込んだ。

 

右手が愛用している特化型CADを、左手が予備の特化型CADを掴む。

 

そして、右手はグリップを握ると同時にトリガーを引き。

 

左手はホルスターから特化型CADを引き抜き、その勢いのまま前方へと投げ付けた。

 

「っ!? クソ!」

 

男がCADを払いのけるために手を伸ばした一瞬の隙が、魔法の発動を僅かに遅延させる。

 

それだけあれば充分だった。

 

ドロウレスによって読み込まれた魔法式が、後手でありながら相手よりも先んじて発動する。

 

「空気を圧縮して高速で撃ち出す」という情報改変は、魔法師が意識を刈り取られたことで完成する寸前にただの想子(サイオン)となって霧散する。

 

戦果を確認するよりも先に、森崎は目にも留まらぬ早さで特化型CADを引き抜く。

 

男がCADを払い落とし、再び森崎に目を向けた時。

 

森崎は既に男に狙いを合わせて、もう一度トリガーを引いていた。

 

残った二人の魔法師も続けて崩れ落ち、魔法師は全て無力化された。

 

だが未だサブマシンガンで武装する襲撃者達が残っている。

 

その彼等が怒りを宿した銃口を森崎とリンに向けた。

 

殺意の銃口を前にしてもリンは身動ぎ一つせず、ただ相手を強く睨みつけるのみ。

 

それは森崎を信じているが故に。

 

事実、森崎は防御の為に素早く汎用型CADを起動させてキーを操作し起動式を読み込む。

 

銃弾を防ぐ領域作用型の移動系魔法が発動し、サブマシンガンの引き金の指に力が込められた、その時――。

 

隼もかくやという速度で、一つの人影が後方から武装集団に斬り込んだ。

 

 

 

前方の森崎達に気を取られていた彼等からすれば完全な奇襲だった。

 

反りの少ない木刀が一閃され、襲撃者の一人が殴り倒される。

 

直後に素早い切り返しで、近くにいた二人も瞬く間に倒される。

 

武装集団の誰もが、同様に森崎とリンも、驚愕に目を見開きながら突然現れた闖入者へと振り返った。

 

そして、

 

「全く……」

 

暢気な口調とは裏腹に、剣呑な雰囲気を醸し出している二十代後半の男性。

 

「白昼堂々とこんな銃撃戦をやってくれるなんて、マフィア映画の見過ぎじゃないのか?」

 

警察省所属にして千葉家の総領、千葉寿和(ちばとしかず)警部の姿がそこにあった。

 

森崎は千葉エリカとは友人である。

 

だがエリカは元々身内のことは話に出さないため、エリカの兄である千葉警部のことを知らない。

 

同様に千葉警部も、森崎家のことは知っていても森崎駿の顔は知らない。

 

この時点では森崎と千葉警部は互いの正体も立場も知らない。

 

故に、リンの護衛である森崎にとっては安易に味方と言っていいのかどうかわからない相手。

 

だが武装集団からすればもっと単純だ。

 

攻撃を受けた、即ち敵であると。

 

即座に判断して、というよりも条件反射で、千葉警部の最も近くにいる数人がサブマシンガンを千葉警部に向ける。

 

彼等がトリガーを引く、その前に銃声が連続して鳴り響いた。

 

「口を動かす暇があるなら手と足と頭を動かしてください! 千葉警部!」

 

前方の森崎ではなく、後方の千葉警部でもなく、その間の側面から新たな人物が駆けつける。

 

千葉警部と同じく、自己加速魔法を用いて。

 

そして正しく銃声の数だけ、武装集団の人間はサブマシンガンを弾き飛ばされ、或いは致命傷には至らない箇所を撃たれて膝を付く。

 

正確無比な射撃はその実、移動系魔法による軌道修正が掛かったものだ。

 

「勿論だとも、稲垣君」

 

コンビを組んでいる相手、稲垣警部補に千葉は木刀を構え直すことで答えた。

 

普段ならば「しょうがないなぁ」といったボヤきの類を入れてくる上司が珍しく勤労意欲を見せていることに、稲垣は意外感を覚えていた。無論、表には出さなかったが。

 

そんな失礼なことを稲垣が思っていることなど露知らず、千葉は武装集団の向こう側、森崎と目が合った。

 

森崎は無意識に、背後にいるリンを庇うように腕を動かす。

 

探るような視線で森崎と見る千葉と、警戒の目で千葉を見る森崎。

 

森崎駿と千葉寿和、お互いの視線が交叉する。

 

それは秒にも満たない間。

 

その僅かな間で千葉は何かを感じ取ったのか、森崎すら気付かない程の本当に小さな笑みを浮かべた。

 

直後、千葉はその場から武装集団に向かって疾駆した。

 

自己加速魔法によって最初からトップスピードに達して、襲撃者達の間を風のようにすり抜けて、森崎達の前で吹き止む。

 

千葉が立ち止まった直後、すり抜けざまに木刀を一閃された者達が尽く薙ぎ倒された。

 

一瞬で襲撃者達を倒しながら目の前に移動してみせた千葉に、森崎は息を呑んだ。

 

その白兵戦での高い技量、友人(エリカ)に匹敵するであろう剣技に。

 

(そう言えば、さっき千葉警部って……。なら、この人は……)

 

剣の魔法師、千葉家の人間。

 

脳裏に浮かんだほぼ確信に近い推測に、森崎は背筋に冷たい汗が流れるのを自覚した。

 

何故なら、この立ち位置は既に彼の間合い。

 

もし、警察関係者である彼が先程の情報機関の要請で動いているというのなら……。

 

そんな森崎の緊張を察した上で、千葉は緊張感の抜けた声を出す。

 

「あー、君達」

 

そして、森崎達に背中を向けて、

 

「ここは危険だ、早く行くといい」

 

森崎とリンを護るように、武装集団の方へと向き直った。

 

千葉はそれ以上何も言わず、無言で襲撃者達と対峙し。

 

森崎とリンは千葉の後ろ姿を暫く見つめた後。

 

「――ありがとうございます。行きましょう」

 

「ええ」

 

千葉の背中に頭を下げて、踵を返して駆け出した。

 

幾人かの襲撃者が森崎とリン、正確にはリンの後ろ姿に銃口を向ける。

 

だが千葉の剣撃と稲垣の銃撃が、そのトリガーが引かれるのを未然に防ぐ。

 

最早襲撃者達にリンを追う余裕は無かった。

 

そんな中で稲垣は拳銃、いやリボルバー拳銃型武装デバイスの銃口を武装集団に向けつつ、千葉の隣へと移動して小声で話しかけた。

 

「いいんですか? 可能であれば彼女の“保護”も、というのが内情の要請だと聞きましたが」

 

「“可能であれば”ね」

 

稲垣の懸念を、千葉は意味ありげな笑みで一蹴した。

 

「あの少年、彼女を護る為だったら俺達との一戦も辞さない、そんな目をしていたぞ」

 

それだと内情の要請の主目的である『密入国した武装テロリストの鎮圧』が疎かになりかねない。

 

そう稲垣に告げて、千葉は愉快気な呟きを溢した。

 

「若いっていいねぇ」

 

「……若いで済ませられる問題でもないと思いますが」

 

「済ませられるさ。法的には何ら問題ないし」

 

稲垣の心配も最もだが、実は要請を出してきた内情も合法的に動いている訳では無い(そもそも内情は司法権を持っていないが)。

 

この時点ではリン=リチャードソン、いや孫美鈴は養父が犯罪組織の首領だっただけの民間人なのだから。

 

ふと千葉は地面に落ちている特化型CADが目に留まった。

 

駆け付けてきている時に偶然目撃した、森崎が敵に向かって投げ付けた特化型CADだ。

 

……夏の九校戦でもCADが投げられたらしいが、最近は若者の間でCADを投げる戦術が流行っているのだろうか。

 

目撃した時に感じた疑問が再び頭をもたげたが、千葉は首を横に振って意識を切り替える。

 

「さて、おいたが過ぎた連中には、刑務所までご同行願おうか」

 

 

 

 

 

リンを連れて公園へとたどり着いた森崎は、既に接岸している小型クルーザーを見つけた。

 

もはや聞き慣れてしまった銃声、そしてクルーザーの船体から甲高い音と小さな火花が飛び散る。

 

銃声の止んだ直後、クルーザーの上部構造体の陰から男性が姿を現し、拳銃を構えて発砲する。

 

その男が拳銃を向けた先、クルーザーが接岸している場所から公園を挟んだ反対に、サブマシンガンを持った五人の男達がいた。

 

彼等は再びクルーザーに銃撃を加えようとして、ふと一人の視線が公園の入り口に向かった。

 

森崎と、その背後にいるリンに。

 

森崎達に、いやリンに気付いた一人が「美鈴!」と叫び、全員が公園の入り口へと顔を振り向かせる

 

彼等が銃口を向ける前に、森崎は既に行動を起こしていた。

 

リンの手を引っ張って駆け出しながら、特化型CADを構えて撃つ。

 

すぐさま一人が前のめりに倒れる。

 

横目でそれを見ながら、森崎は近くの木陰にリンを連れ込んだ。

 

「ここで待っていてください、すぐ終わらせます」

 

言うや否や、森崎は再び駆け出した。

 

遮蔽物の無い広場を、森崎は全力で駆ける。

 

襲撃者達の四つの銃口が森崎へと向く。

 

クルーザーの船体や木など身を護るものが何も無い、森崎へ。

 

「シュン!!」

 

悲鳴に近いリンの声がやけに響く、森崎にはそんな気がした。

 

そして、四つの引き金に掛かる指に、明瞭な殺意と共に力が込められた時。

 

森崎は特化型CADの引き金を引いて、ベンチを踏み台にして空へと舞い上がった。

 

ほんの一瞬の差。

 

銃撃を受けたベンチが壊れて横倒しになる。

 

森崎の身体は、そのベンチの上にあった。

 

自分自身の加速度ベクトルを増大させる、たった一工程のみの加速系魔法。

 

襲撃者達が銃撃を止めて、慌てて空中の森崎に向けてサブマシンガンを向ける。

 

その全てが、森崎からすれば遅すぎる。

 

空中で特化型CADの狙いを定める。

 

同じ状況で、モノリス・コードでは腐れ縁が色取り取りの光弾を放ったが。

 

(僕の魔法は、楽しめないぐらい早いぞ――!!)

 

森崎はトリガーを素早く四回引いた。

 

CADから起動式が読み込まれる。

 

『魔法を早く使う程度の能力』によってすぐさま魔法式が構築され、エイドスに投写される。

 

その速度を前に、サブマシンガンから弾丸は一発も発射されることなく。

 

森崎が地面に着地すると同時に、四人の身体は地面に崩れ落ちた。

 

 

 

「美鈴様! よくぞご無事で……」

 

リンと森崎がクルーザーの前にやって来ると、クルーザーの中から老人が出てきてリンに恭しく頭を下げた。

 

ちなみに先程まで拳銃でクルーザーを守っていた者達は、リンと森崎の周囲で辺りを警戒している。

 

最初は森崎のことも警戒して隣にいるリンから引き剥がそうとしたのだが、リンの「やめなさい!」という一喝がそれを阻止している。

 

「彼と、この国の人達が護ってくれました」

 

リンの言葉に、『無頭竜』壊滅の切っ掛けを知る老人は複雑な心情を覆い隠して「そうですか」と発するのみだった。

 

そんな老人の内心を他所に、リンは森崎へと向き直り。

 

「シュン、本当にありがとう」

 

真正面からお礼を言った。

 

対する森崎は、反応に困った様子で視線を逸らしながら「いえ……」と謙遜するのみ。

 

サブマシンガンを持った襲撃者や魔法師の敵を相手にしても一歩も引かなかった森崎だが、今は同一人物とは思えないぐらい年相応な反応だった。

 

そのギャップがリンにはおかしく、小さな笑みを溢す。

 

そして無意識だが、心の奥底である確信を抱いていた。

 

魔法師も、人間であることに全く変わらない、と。

 

一方の森崎は生真面目な性格故か、結局最後まで護衛という立場を崩さなかった。

 

「行ってください。ここから早く離れた方がいいです」

 

森崎の発言に我が意を得たりと、控えていた老人もリンに促す。

 

「行きましょう、美鈴様」

 

「――ええ」

 

ひと呼吸の間を置いて、リンは確りと頷く。

 

それは切り替えだった。

 

カリフォルニア大学の学生リン=リチャードソンから。

 

『無頭竜』リーダー、孫美鈴(スンメイリン)への。

 

「シュン」

 

その上で、リンは宣言した。

 

「私は、この恩を一生忘れません」

 

言外に、「自分が首領である限り、この国には決して手を出させない」と。

 

老人はその隠された『命令』を受け止め、了承の意味を込めて頭を下げる。

 

「大げさですよ」

 

尤も、情報不足、というよりこの手のやり取りは経験不足である森崎には伝わらなかったが。

 

或いは司波達也なら伝わったかもしれないが、詮無きことだ。

 

それに、今のはリンが自身に向けた宣言、覚悟であったのだから。

 

だから最後に、リンは嘘偽りの無い気持ちを森崎に告げた。

 

心の底から浮かべた笑顔と共に。

 

「ありがとう」

 

そうして踵を返して船内へと入っていくリン。

 

後に続く老人と、周囲を警戒していた男達。

 

その様子を、森崎はずっと見つめていた。

 

呆然と、あの笑顔に見蕩れていた。

 

 

 

やがてクルーザーが動き出し、東京湾へと向かい始める。

 

少しずつ遠ざかっていくクルーザーを見送りながら、

 

(護れた、んだな……)

 

森崎は安堵と、何とも言えない達成感に満たされていた。

 

あの笑顔がきっと何よりの証拠だろう。

 

この達成感を思えば、後に起こる面倒事も苦にならないだろう、多分。

 

「とりあえず、事情聴取ぐらいは絶対あるだろうな……」

 

何せ都心の膝元で銃撃戦が起きたのだ。

 

その中心にいた森崎に、公的機関から何のアクションも無いとは到底思えない。

 

というより、勢いで色々とやってしまったという自覚が今更ながら湧き上がってきた。

 

(まさか魔法科高校退学、なんてことにはならない、と思うけど……)

 

後悔は全く無いし、疚しい事をしたという気持ちも無い。

 

とはいえ、それとこれは話が別。不安が消える訳では無い。

 

自分から警察に赴いた方がいいだろうか。

 

犯罪者ではないのに何故か自首するかのような、そんなネガティブな思考に囚われる森崎。

 

だがそれも、視界の端に別のクルーザーを見つけるまでだった。

 

リンの乗船したクルーザーを高速、いや全力で追跡するクルーザー。

 

甲板には何人かの人が出ており――何れも手にはサブマシンガンを所持している。

 

「まさか、あいつ等……!!」

 

安堵から焦燥に、森崎の顔色が変わった。

 

(武装勢力のクルーザー!? そんな物まで用意していたのか!!)

 

だが、そうとわかった所で今の森崎に打てる手は無い。

 

森崎の魔法力構築速度には誰もが一目置くが、魔法力自体は平凡そのものだ。

 

百メートル以上離れた湾内を航行するクルーザーを足止め出来るような魔法を、森崎は使えない。

 

悔しいが、あの腐れ縁――結代雅季のように長距離魔法を一発で成功させられるような才能など持っていない。

 

魔法師は超人ではない。何もかも理想通りに事を運べるような力は無い。

 

森崎と一番歳の近い叔父は常にそう教えていた。

 

その教えが、無情な現実となって森崎の眼前に突き付けられる。

 

だからこそ、森崎は足掻くのだ。

 

負けてたまるか、と。

 

十師族のような『力』が無いからと、結代雅季に魔法力で及ばないからと。

 

それで“あいつ”に素直に負けを認めてやるほど、森崎駿は諦めが良くは無いのだ。

 

(何か手は――!)

 

魔法で届かないのなら別の手段を探すのみ。

 

すぐさまそう判断した森崎は、急いで周囲を見回し。

 

視界を、何かが横切ったような気がした。

 

直後、武装集団のクルーザーの後部を、貫通力を増したメタルジャケット弾が貫いた。

 

「お見事」

 

同時に、森崎の後方から声が聞こえてきた。

 

振り返った先は公園の入り口、そこに先程の二人組の警官が佇んでいた。

 

千葉警部は口笛混じりに、一発でクルーザーのスクリューボックスを狙撃して見せた部下を賞賛し。

 

稲垣警部補は武装一体型デバイスの銃口をクルーザーに向けていた。

 

千葉は森崎の傍まで歩いてくると、

 

「お疲れさん」

 

佇む森崎の肩を軽く叩き、労いの言葉を掛けた。

 

「後は、警察の仕事だ」

 

そして、森崎からクルーザーへ視線を移し、

 

「それじゃ、制圧してくるか」

 

まるで散歩に行くかのような気軽さで言い放ち、木刀の留め具を外して白刃を顕わにする。

 

「珍しくやる気がありますね、千葉警部。何か変なものでも食べましたか?」

 

「稲垣君、君ね……」

 

稲垣の発言に千葉はガックリと肩を落とすと、森崎と稲垣に背中を向けて落下防止用の冊に足を掛けた。

 

クルーザーではサブマシンガンを持った連中が何やら騒いでいる。

 

千葉は絶賛混乱中なクルーザーを見据えて魔法を発動させると、

 

「大人の意地って奴だよ」

 

そう言い残して、クルーザーに向かって『跳躍』した。

 

 

 

今まさに飛び乗ろうとしている千葉に向かってサブマシンガンを乱射する武装集団。

 

銃弾の弾幕を、空中で複雑な軌道を描いて回避する千葉。

 

そして、千葉が銃弾を回避しきってクルーザーに乗り込んだ時。

 

一連の流れを呆然と見ていた森崎は、肩の力を抜いた。

 

結局、最後の詰めは別の人物が担う。

 

――それも、僕らしいかもしれないな。

 

何となく森崎はそう思って、笑った。

 

 

 

ちなみに、この後。

 

「ああ、そうだ。これ、落し物だよ」

 

そう言われて稲垣から渡された特化型CADに、森崎は頬を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

東京湾から外海へと向かって航行するクルーザーの船内で。

 

「いったい何が起きているの?」

 

リンは出された茶に口を付ける前に、冷淡な声で眼前の老人に尋ねた。

 

「香港でロバート様……いえ、ロバート=孫が決起しました」

 

「ロバートが!?」

 

老人からの回答はリンを驚かせたが、頭の隅で予想もしていたことだった。

 

養父、リチャード=孫の部下だった相手が襲撃者の中にいたこと。

 

そして発言の中にあった新首領という言葉。

 

つまるところ、リン以外の人間が次期首領となるべく決起したということだ。

 

ロバート=孫はリチャード=孫の甥御。

 

この国の言葉で言うのなら、祭り上げるには十分な神輿だ。

 

「ではこの襲撃も?」

 

「はい、ロバートの勢力によるものです」

 

「……生き残った組織の再編を前に、随分と過激な手段を取ったものですね」

 

リンは率直な感想を述べた。

 

確かにリンが新首領を宣言すれば、『無頭竜』残党はリン派とロバート派に二分される。

 

ライバルが決起する前に死を、というのは理解出来るが。

 

(あれだけの戦力を投入しながら、私はこうして生きている。その上、ロバートは完全にこの国を敵に回した)

 

ロバートにとって手痛い失態になる。まず間違いなく彼の影響力は減衰するだろう。

 

そう考えていたからこそ、老人の次の報告には驚愕を禁じ得なかった。

 

「既に香港にいた我々の同志とは連絡が付きません。……香港は、完全にロバートの手に落ちたものと思われた方が宜しいかと」

 

「香港が!?」

 

『無頭竜』の本拠地であった香港がロバート派の手に落ちた。

 

リンの想像している以上に、ロバート派の勢力は大きいらしい。

 

「……決起と同時に香港を掌握、更に私にあれだけの戦力を差し向けるなんて。随分前から準備していたのかしら?」

 

「いえ……」

 

老人は首を横に振って、更なる衝撃をリンに告げた。

 

裏社会に精通しているこの老人をして、「馬鹿な……」と呟かせた報告を。

 

「彼等が、ラグナレックがロバート派と手を組んだためです」

 

「……」

 

老人の予想通り、リンの反応は絶句だった。

 

「……何故?」

 

秒針が軽く半周を回ってから、漸く絞り出せたリンの問い掛け。

 

「アジア進出、その足掛かりかもしれません」

 

確かに『無頭竜』はラグナレックとビジネス上の取引があり、ロバートは偶然その伝手を手に入れたのかもしれない。

 

だが、それでも――。

 

方や首領を失い、瓦解した犯罪組織の残党。

 

方やアフリカ大陸、南米大陸に絶大な影響力を持つ、有史以来最大の非国家戦力。

 

取引相手にするには格差がありすぎる。

 

いや、だからこそ、『無頭竜』を態のいい傀儡組織にするつもりなのかもしれない。

 

使い捨てすら可能な、都合の良い組織に。

 

そう感じたのは何も老人だけではない。

 

少なからぬ同志がラグナレックの介入に危機感を覚えたのが、リンを首領とする派閥にとって唯一の朗報だった。

 

「幸いといいますか、香港以外の『無頭竜』の残存勢力、特に福州市の勢力はロバート決起後も美鈴様への旗色を顕わにしております。一先ずはそちらへ」

 

「わかりました、福州へ行きましょう」

 

ロバートの勢力だけならば、リンの殺害失敗は手痛い失態になっただろう。

 

だが背後にラグナレックがいるならば話は別だ。

 

寧ろロバートが失態を重ねるほど、ラグナレックが主導権を握ることになるだろう。

 

構図はリン派とロバート派という次期首領争いから、従来の独立した組織かラグナレックに従属する組織かという対立に切り替わる。

 

つまりリンの相手はロバート=孫ではなく、背後から『支援』という名で『支配』するラグナレック。

 

世界最大の民間軍事企業。

 

「私はロバートと戦います」

 

それでも、リンの決意は揺るがなかった。

 

リンは窓から外を臨む。

 

水平線の彼方を見据えながら、

 

「たとえ相手が世界最大の武装勢力と手を組もうと、私が養父、リチャード=孫亡き後の『無頭竜』の後継者です」

 

リン、孫美鈴は決起を宣言した。

 

老人は暫くリンを見つめた後、本当の敬意を込めて恭しく頭を下げた。

 

「全ては美鈴様のお心のままに」

 

クルーザーは東京湾を出て、南へ針路を取る。

 

香港のロバート派、そして介入してきたラグナレックと戦うための拠点、福州へと。

 

(シュン、私は負けないわ)

 

それがリン=リチャードソンこと孫美鈴の新たな出発点であり。

 

同時に、『無頭竜』同士の激しい抗争の始まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

横浜中華街の中にある人気中華料理店。

 

ちょうど夕飯の時間帯でもあり、周公瑾がオーナーを務めるこの飯店は今日も繁盛を見せていた。

 

店内備え付けのテレビでは昼間の有明で銃撃戦が起きたことをトップニュースで伝えており、少なくない人数が食べる箸を止めてテレビに見入っている。

 

尤も、ここで食事をしている一般人からすれば対岸の火事の感覚。

 

銃撃戦自体も既に鎮圧され全員の身柄が拘束されたということもあり、次のニュースが流れた時には食事を再開する。

 

そして「犯罪組織の抗争なんていい迷惑だ」という類の、夕食時の話題に成り下がる。

 

この店のオーナーが、それに関与しているとは想像だにもせず。

 

 

 

同時刻、店内の奥にある一室に三人の姿があった。

 

円卓のテーブルに座って食事をしている二人に、給仕役の一人。

 

その給仕役は周公瑾。この店のオーナー自らが給仕役としてテーブルの傍に佇んでいる。

 

食事をしている一人は水無瀬呉智。九校戦後の追跡も軽々と振り切り、国防軍や情報機関が今なお行方を追っている人物。

 

ラグナレックのアストーと共に、周の手を借りて潜伏しているはずの青年。

 

そして最後の一人は、東洋系とは異なるラテン系の顔立ちをした、見た目二十代中盤から後半ぐらいの男性。

 

今日の昼間、有明で騒乱があった際に避難するフリをしながら状況を観察していた人物。

 

「あんだけの人数を送り込んでおいてあっという間に鎮圧される。しかも目的すら達成出来ず。この国のサムライを相手取るには、ダンスが下手過ぎたな」

 

軽口混じりにロバート派を酷評しながら食事を口に運ぶ。

 

出ているメニューは満漢全席といった高級料理ではなく、表と同じもの。

 

これはこのラテン系の男性が周にリクエストしたものだ。

 

「うん、美味いね」

 

「ご満足頂けたようで何よりです、ホセ様」

 

周は水無瀬呉智、アストー・ウィザートゥに続く新たな『お客様』に向かって微笑を浮かべた。

 

ホセ・ロベルト・マッケンジー。それが彼の名だ。

 

「香港でロバート坊やが出してきた高級っぽい何かより遥かにマシさ。まあ、こっちは隠し味に何を使っているのかはわからんけどな」

 

ホセの軽口に、周はただ微笑を浮かべるだけだった。

 

視線を呉智に戻してホセは話を続ける。

 

「にしても、あんなに早く魔法師が駆けつけて来るなんてな」

 

「連中にすれば場所が悪かったな、有明とは。――尤も、こっちからすればいい予行練習になってくれたが」

 

口元を歪める呉智に、ホセもまた嗤う。

 

「成る程。イザカマクラ、だな」

 

「正確には鎌倉よりもう少し北ですが」

 

周もまた、微笑の奥に凶悪な何かを隠して話に加わる。

 

有明では演出魔法師がいち早く鎮圧の為の戦力となった。

 

ならば、ある意味でこの国の魔法師の拠点の一つである、この街では――。

 

「さてと、サムライと戦うためにはブシドーを会得しなくちゃならない。クレトシ、伝授してくれ」

 

「千葉家の門でも叩いてこい」

 

「チバサムライか! 確か『チバのキリンジー』とかいう有名なサムライもいるって聞いたぞ」

 

「それは『千葉の麒麟児』千葉修次(ちばなおつぐ)ですね。三メートル以内の間合いなら世界十指に入ると言われています」

 

「そう、そいつだ。やっぱりブシドーは手強そうだな。あとニンジャもいるし」

 

うんうんと何度も頷くホセに呆れた目を向ける呉智。

 

周は声を立てずに小さく笑っている。尤も、嘲るような類ではない。

 

周公瑾は知っているのだ。この一見陽気で能天気そうなラテン系の男が、南米でどれだけUSNA軍やブラジル軍に流血と破壊を撒き散らしてきたのか。

 

「ああ、そうだ。クレトシにウォルフ隊長から伝言があった」

 

「それを早く言え、忘れるな」

 

「別段急ぎの用事でも無いし。フェンリル隊は予定通り、暫く香港にいるそうだ。まだ主力全員が招集出来た訳じゃないからな。今はウォルフ隊長とリメットと俺のみで、ハドリアは中東、ローガンはアフリカ、鄭揚(チェンヤン)に至っては世界のどっかさ」

 

何気なく口にしたホセの情報に、一体どれだけの価値があるか。

 

ウォルフガンフ・ウィザートゥ。

 

リメット・シュレスタ。

 

ハドリア・アグリッパ。

 

ローガン・クロウ。

 

(シェ)鄭揚(チェンヤン)

 

通称ラグナレック本隊とも呼ばれる、バートン・ハウエル直下部隊の一つ『フェンリル隊』所属の魔法師達。

 

そして何れもアフリカ、中東、南米を始め世界中の戦場で恐怖されている魔法師達の実名だ。

 

中にはUSNAですら名前を把握していない者もいる。

 

(その上、ウォルフガンフ殿のご子息であるアストー・ウィザートゥに、水無瀬呉智、ホセ・ロベルト・マッケンジー)

 

周の微笑は消えない。誰もいなければ、ともすれば哄笑すらしてしまいそうだ。

 

「カーニバル開幕まで時間があるし、それまで美味いもんでも食って待つか」

 

「……随分と楽しそうだな。お前の人生そのものが、だ」

 

「カーニバルは楽しまなきゃ損ってもんだ。サンバもチャチャチャもその為の手段さ」

 

「成る程。踊る阿呆に見る阿呆、蓋し名言だ」

 

呉智の皮肉に、ホセは鼻で哂って答えた。

 

「アストーの臆病者じゃないが、どいつもこいつも『死ぬまで踊れ(デスワルツ)』ってね」

 

(ええ、本当に愉しくなりそうですよ)

 

二人の会話を聞きながら、周はただただ哂っていた。

 

 

 

 




《オリジナルキャラ》
ホセ・ロベルト・マッケンジー。
ウォルフガンフ・ウィザートゥ。
リメット・シュレスタ。
ハドリア・アグリッパ。
ローガン・クロウ。

課外授業は今回で終了です。
ロバート=孫はオリジナルではありません、原作11巻で大活躍(!?)した彼です。
きっと森崎の例のアレは寿和経由でエリカに伝わる予感が(哂)

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