魔法科高校の入学式から三日目。新入生も新しい生活に少しばかり慣れてきたころだ。
そして、友人関係もある程度構築され始め、それぞれ仲の良い集団というものが出来上がってくる。
たとえば、一年E組で言えば司波達也、千葉エリカ、西城レオンハルト、柴田美月の四人組。
一年A組で言えば司波深雪、光井ほのか、北山雫の三人。
また両グループは達也と深雪の兄妹繋がりで一昨日、昨日と一緒に帰っており、その時は一科生と二科生が入り混じった異色のグループとして一年の中で衆目を集める集団となっていた。
まあ、グループ構成より美少女が多いから、という点でも衆目を集める要因になっているが。
そして、既にA組だけでなく他の組すら認識している、片方に言わせれば認識されてしまったタッグが、
「教員枠の風紀委員だって、駿。がんばれよ、お前が活躍できるように俺もがんばるから」
「お前は頑張るな! トラブルメーカー!」
結代雅季と森崎駿、今はまだ教師陣と一部の上級生しか知らないが、入試の成績において男子実技ツートップの二人である。
魔法科高校にも部活動はある。
それも魔法科高校ならではの、魔法を使った部活動が非常に活発だ。
というのも、夏にある九校戦の大会など公式大会の成績がそのまま各校の評価に反映されるし、同時に各部の学校側からの評価や便宜も大会結果に大きく影響される。
よって学校側としても部活動には非常に力を入れているし、各部による優秀な新人獲得のための勧誘も熾烈を極める。
その為、新入生勧誘活動があるこの一週間は部活間のトラブルが絶えることはなく、その火消し役である風紀委員にとっては非常に忙しい時期である。
生徒会枠で風紀委員となった司波達也。
同じく教員枠で風紀委員となった森崎駿。
二人の姿も風紀委員の本部の前にあった。
「……何でお前がここにいるんだ?」
再会の第一声が、森崎の心境そのままだった。
風紀委員は部活間や生徒間の争いを抑える、言わば学校の警察機構だ。
必然的に実力が無ければ到底務まらない役員だ。
森崎にしてみれば、二科生である達也に務まるのか甚だ疑問であった。
「生徒会枠で選ばれた。理由は……生徒会長か風紀委員長に聞いてくれ」
選ばれた時のことを思い出したのか、憂鬱そうな溜め息を吐く達也。
そんな達也を見た森崎の中に、不思議な共感が生まれる。
(そうか、お前も苦労しているんだな)
主に苦労人という当人たちにしてみればありがたくない共通点によって、森崎の達也に対する心境は幾分か和らぐ方向へ向いていった。
具体的には「先日の借りもあるし、危なくなったら助けてやるか」と思える程に。
「新人ども、お喋りはそこまでだ。席に着け」
摩利の一声で達也と森崎は長机の最後尾にそれぞれ席に着いた。
会議が終わり、摩利から風紀委員の仕事方法を学んだ達也と森崎。
達也が備品であるCADを二機装着した時、摩利はニヤリと笑ったが、森崎は特に何も思わなかった。
理由としては森崎自身もCADを二つ持っているし、先日の一幕でCADを二つ持つことの利点を達也は知ったのだろうと思ったためだ。
「他に何か質問はあるか?」
摩利の問いかけに、何か意を決したような表情で森崎が手を挙げる。
「何だ?」
「いえ、風紀委員の活動とは全くの無関係なのですが、知っているのであればどうしても教えて頂きたいことがありまして……」
「あんまり時間は無いが、まあいいだろう。何だ?」
「……入試の成績で雅季、結代雅季の実技は何位だったのか、ご存知ですか?」
予想外の質問に、摩利だけでなく達也も目をパチパチと瞬きを繰り返す。
「知ってはいるが……それを知ってどうするつもりだ?」
「いえ特に。ただ、知っておきたいので」
ふむ、と摩利は無意識に顎に手を添えて考え、結局は教えることにした。
「実技は二位、司波深雪の次点だ」
「そうですか」
それを聞いた森崎は驚く様子も無く、ただ納得したように頷くと、どこか羨望と諦観が混ざった苦笑いを浮かべた。
達也は以前に九重八雲から教えて貰っているので、特に驚くことでも無かったが。
「どうした?」
「いえ、雅季らしいなと思っただけです」
その表情に、摩利は結代雅季の件であることを思い出した。
それを思い出せば、森崎が何を思っているのか心当たりがある。
「それは、結代雅季が二科生入りを希望したことか?」
「はい」
頷く森崎。
今度の情報には達也も驚きを隠せなかった。
「委員長、それは……」
「ん? ああ、結代は魔法科大学に進学しないから二科生でいいって学校側に申請したんだよ。尤も、学校側は一科生で入学させたがね。何せ現時点で実技学年二位だ、そう簡単には手放せないだろう」
確かにそうだろうな、と達也は思った。
同時に、どうして森崎が二科生を侮蔑しないのか理解した。
自分より魔法の才能ある者が、その魔法に価値を見出していないのだ。
そんな人物が近くにいる中で、自分より才能の劣る者を侮蔑したところで、自分が惨めになるだけだ。
「その学年二位は、どこの部活に入る気も無いって言っていましたけど」
「……何だって?」
「放課後は神職の仕事と、趣味の演出魔法の公演練習で忙しいって話ですから」
森崎の情報に、摩利の表情が徐々に引き攣っていくのが達也にはわかった。
「……今年の新入生勧誘活動は例年以上に忙しくなりそうだな」
例年を知らない達也と森崎でも、今年の忙しさは尋常じゃないだろうな、と思えた。
主に一人のトラブルメーカーの手によって。
「今年は風紀委員にとって厄年か?」
熾烈な一週間を終えた翌日、生徒会室で疲労感を拭い切れていない摩利は真由美にそう呟いた。
真由美としては苦笑するしかない。何せ反論できないほど、今年の新入生勧誘活動は二つの要因が重なったせいで酷かった。
第一の要因は、勧誘初日に二科生である司波達也が、剣道部と剣術部のイザコザを収める際、一科生で対戦系魔法競技のレギュラーである
風紀委員とはいえ二科生にしてやられたという事実が、一科生たちのプライドを刺激した。
そして二日目からは、何故か一科生の間で様々なトラブルが起き、急行してきた達也に『誤射』が集中した。
彼らの誤算は、達也の実力が本物であったこと。
誤射を狙って襲いかかった一科生の上級生が尽く返り討ちに合い、それが更に一科生の感情を逆撫でするという悪循環によって、トラブルが頻繁に起きるようになった。
第二の要因は、入試の実技成績が男子トップである結代雅季の争奪戦だ。
事前にどこからか入試の成績情報が漏れたらしく、勧誘初日から結代雅季が実技次席という情報が既に出回っていた。
そして首席である司波深雪は生徒会入りが決定しているため、部活側にしてみれば雅季は実質的な実技トップ。
そして火に油、というか爆弾を投げつけたのは雅季本人。
「部活には入らない」と公言しつつ、尚も迫ってくる各部に対して「面白そうだから一回だけやってみます」と、色んな部活を周り……どの部活でもレギュラー並みの成績を収めた。
こうなれば是が非でも我が部に入れたいと各部は更に白熱して雅季を追いかけ回し、最終日には何故か「雅季を倒した部活が獲得権を手に入れる」という誤解が蔓延し、生徒会だけでなく教師陣も慌てるほどの戦争状態に突入した。
結代雅季を探し回る各部は、出会い頭にライバルを消そうと抗争を始め、そこへ風紀委員として達也が駆けつけると「ウィードが介入してくるな!」と更に激昂する始末。
最終的には生徒会長の七草真由美、部活連会頭の
そして当の雅季本人は、最終日はカウンセリング室でのんびりとお茶を飲んでいたのだからタチが悪い。
ちなみに同席していたカウンセラーの
「結局、結代君はどこの部活にも入らなかったのよね。十文字君も惜しいなって呟いていたし」
「ああ。部活連の連中の話を聞いてみたが、結代は魔法だけじゃなく身体の動きも良かったそうだ。魔法では特に加速系魔法と移動系魔法が圧巻だったらしい」
「私の方にも先生たちから結代君を説得してくれって要望が来ているけど……」
二人は顔を見合わせて、
「たぶん、無理だろうな」
「たぶん、無理でしょうね」
どちらも同じ結論に達した。
まだ一、二回ほど出会っただけの間柄だが、あそこまで魔法を『趣味』と割り切っている魔法師も珍しい。
いや、あれだけの魔法力を持っていることを考えると、よくも割り切れるものだと逆に感心してしまうほどだ。
「今年の新入生、特に一科生たちは気が気じゃないだろうな」
「そうね。結代君、学校内で孤立しちゃうんじゃないかしら?」
「それはないだろう。あの性格だぞ?」
「……それもそうね」
苦笑いを浮かべる二人。
「まあ、風紀委員の方は優秀な新人が二人も入ってきたから今後も安泰だな」
「達也君ははんぞーくんに勝った時点でわかっていたけど、森崎君も?」
「ああ。特に森崎家ご自慢のクイックドロウは中々のものだ。取り締まりでも相手が魔法を使う前に全て無力化させていた。それに森崎はウィードだから、なんてふざけた選民思想を持っていない。達也君と並んで風紀委員にピッタリの逸材だ」
摩利の手放しの賞賛に、真由美は僅かに口元を緩める。
「達也君の場合、書類整理もできるから、でしょ?」
「……まあ、それもあるな」
真由美の意地の悪い質問に、明後日の方向を向きながら摩利は同意せざるを得なかった。
同日、横浜――。
平日の昼間であろうと多くの観光客が訪れ賑わいを見せる中華街。
その裏側、某飯店の店内から来なければ表からは決して見ることの出来ない裏庭の一角で、水無瀬呉智は静かに手帳に何かを書き記していた。
電子端末の手帳が主流になったといえ、「人は実際に文字を書いた方が覚える」という認識は実際に脳科学でも証明されており、紙媒体の手帳というのも若干であるが未だに需要はある。
呉智は手帳に英語でこう記した。
『ダグラス=黄は今年もパーティーを開催する模様』
すると、その英文の下に文章が浮かび上がった。
『では予定通り、ファーストに賭けてくれ。金額は彼らに提示した通り、USドルで――』
浮かび上がった金額を見た呉智は僅かに口元を歪める。
よくもまあ、ここまでの金額を気前良く賭けることができるものだ。
何せ今年のパーティーの開催について深く悩んでいたダグラスが、呉智が提示した金額を見るなり目の色を変え、打って変わって開催を快諾したぐらいだ。
尤も、これがラグナレック・カンパニーの社長、バートン・ハウエルの娯楽なのか、それとも他の目的があるのかは、呉智にもわからないが。
呉智は手帳に『了解』と記入する。
ただ言えることは、パーティー開催を決定した時点で国際犯罪シンジゲート『
(死ぬまでの間、欲に満ちた夢でも見ておくことだな)
内心でダグラス達に冷笑を向けながら、手帳に浮かび上がった次の文章、バートン・ハウエル直々の指令に呉智は目を通す。
『ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派が面白い情報を手に入れた』
その後に浮かび上がる英文に目を通すうちに、呉智はシニカルに口元を歪めた。
何とも奇妙な巡り合わせもあったものだ。
「クク……」
思わず笑いを零しながら、呉智は『了解』と記載する。
すると、浮かんでいた英文は全て消え去る。残ったのは呉智が書いた文字のみ。
それも呉智がCADを操作した後、インクが発散して消え去る。
呉智は手帳を閉じると、某飯店の建家の中へと戻る。
「おや、お出かけですか?」
路地裏へ出る店の裏口から外出しようとしていた呉智の背中に、若い男性の声がかけられる。
呉智が振り返ると、そこには貴公子のような涼しげな容貌を持った、呉智と同世代と思われる男性が佇んでいる。
「所用だ。数日で戻る」
「そうですか、お気を付けて」
何処へ行くのか、などと詰問する真似もせず、周はあっさりと呉智を送り出し、呉智もまたそのまま外へと出て行った。