いずれ改訂版と合流させる予定です。
……推敲もそこそこに急ぎ足で投稿したので、誤字脱字があるかも?(汗)
さて、今回の話は――
「東方? 何だねそれは?」
「かわいい? 戦場に萌えは不要である!」
そんな話です。
第59話 世界情勢
USNA陸軍所属、デイヴィット・バックナー少佐は先導者である大佐に付いて行く形でブリーフィングルームのセキュリティにカードをかざし、部屋の中へと入った。
入室した瞬間、全員の注目が一斉に立ち上がり、敬礼を向けてくる。
それはデイヴィットに向けられた敬礼でもあったが、それ以上に彼の先を歩く大佐に向けられたものだ。
だが、ブリーフィングルームに集まっている者達からの注目度で言えば、大佐ではなくデイヴィット少佐の方が遥かに上であろう。
その事をデイヴィットは周囲を見回さずとも肌で感じ取っていた。
デイヴィットは大佐と共に敬礼を返し、同時に彼等を正面から見た。
人数は数十人程度、百人には達していないだろう。
だが、人数としては一個中隊にも満たない彼等は、戦力としては一個大隊を凌駕すると軍上層部には認識されている。
“彼等”は“そういうもの”なのだと、デイヴィットは身を以て知っていた。
ふと、デイヴィットの視界に一人の人物が目に留まったが、大佐が敬礼を止めて歩き出したため、デイヴィットも手を下ろして大佐の後に続く。
今回の講義の主役、つまり講演者であるデイヴィットに宛てがわれた席は壇上の横、パイプ椅子が置かれている位置だ。
大佐が壇上に立つのとほぼ同時にデイヴィットは椅子に座る。
前に向き直り、改めてデイヴィットは先程目に留まった人物を見遣った。
おそらくは女性であるその人物は、一際衆目を集める容姿をしていた。
デイヴィットは今年で三十四歳となるが、少なくとも彼よりかは若く見える。
特徴的なのは、宛ら血液のように深紅に染まった長い髪に、軍事基地の中だというのに顔を覆い隠す仮面。
そして、仮面の向こう側にある金色の瞳が、その人物を見つめるデイヴィットを冷徹且つ冷酷に射抜く。
彼女が何者であるのか、デイヴィットは説明されていない。
それどころか大佐を除いたブリーフィングルームにいる全員の名前すらも一切知らされていない。
だが、ここにいる者達が何処の部隊に所属しているのかはデイヴィットも知っている。
陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊という
魔法を武器と兵器に戦闘と戦争を行う、世界最強を自負する魔法師集団。
スターズ。それが彼等の部隊名である。
そして、スターズには戦略級魔法師、十三使徒が一角でありながら、各国の諜報を以てしても素性が明らかになっていない謎に包まれた魔法師がいる。
(若しくは、彼女こそが……)
スターズの中でも最強の魔法師が就任する、シリウスの名を冠する総隊長。
アンジー・シリウス。
無論、彼女がそうだという確証などデイヴィットには無い。
それでも、デイヴィットは自らの直感を信じることにした。
彼女ならば、そして
部下達の無念を晴らしてくれるに違いない、と。
デイヴィットが“あの戦い”で死んでいった多くの部下達に思いを馳せた時、壇上に立つ大佐が言葉を発した。
「これより『対ラグナレック対策戦術プラン』に関する講義を開始する」
そう言って大佐、USNA統合参謀本部情報部内部監察局ヴァージニア・バランスは、講義の開始をスターズに宣言した。
「では、まず基礎的なおさらい、ラグナレック・カンパニーについての説明を行う」
バランスの発言にデイヴィットは表情にこそ出さなかったが、内心で怪訝そうに首を傾げた。
ラグナレックは今やUSNAにとって完全な敵対勢力と認識されている。
当然、軍に入隊するにあたってラグナレックに関する知識は詰め込まれているはずであり、今更説明する必要などあるのだろうか。
だがスターズの隊員達がさも当たり前のように受けているところを見て、デイヴィットは「スターズなりの流儀があるのだろう」と納得することにした。
……態々バランスが説明を入れたのは、実はティーンエイジャーで軍の教育もそこそこにしか受けていないアンジー・シリウスの為であるとは、デイヴィットは夢にも思わなかった。
「ラグナレック・カンパニーの設立は二○四五年。二十年世界群発戦争が勃発した年である」
バランスは説明を続けた。
二○四五年。嘗て南アフリカと呼ばれていた国に、初代バートン・ハウエルは民間軍事企業『ラグナレック・カンパニー』を設立した。
設立時、ラグナレックは部隊を大きく二つに分けた。
依頼国に駐留し戦力を提供する『駐留部隊』。
ラグナレック総帥、バートン・ハウエルが直轄する『本隊』。
駐留部隊は一般的なPMCと大差は無い。
銃器と少数の兵器で武装し、抑止力として現地に駐屯し、要望があれば政府軍の教導を行う、“普通の民間軍事企業”と同じような部隊だ。
比較的装備は整っており、大国の軍隊であっても足止め程度が充分に可能な戦力を持つ。
言い換えれば、駐留部隊には大国の軍隊を打倒する程の力は無い。そこもまた他のPMCと同様だ。
だがラグナレックの異質なところは『本隊』にある。
ラグナレック本隊に集められた者達は全て魔法師、それも一線級の腕を持つ魔法師達だ。
当時、魔法は未だ試行錯誤を繰り返す研究段階であり、日本でも最初の魔法技能師開発研究所が稼働して十四年、最後の研究所が稼働して六年しか経過していない。
だが、ラグナレックは創設当初から何故か数多くの魔法師を抱え込んでいた。ラグナレックの数多くある謎の一つである。
大戦を経て名の知られた代表的な人物達だけを挙げたとしても、たとえばUSAの
日本の幻術使いの一族、水無瀬家。
中国の密教僧、天羅と弟子達。
イギリスのメアリー・ウィーン率いる近代西洋魔術結社『
インドのベーラムを教祖としたカーリー信仰を掲げる教団の呪術師達。
ボリビアの祈祷師、シモン・デ・スクレーヤ。
国家、組織、宗教、人種、あらゆる境界を全て問わず、何れもバートン・ハウエルのスカウトに応じて世界中からラグナレックへと集った実戦派の魔法師達である。
銃器や兵器は全てあくまで“支援”であり、“主力”は魔法、故に『本隊』。
正しくラグナレックのドクトリンを顕著にした部隊名だろう。
主力と目する本隊にこれだけの人材、逸材が揃っていた時点で、ラグナレックの台頭は既に確約されたようなものであった。
二○四九年。中央アフリカに勢力を広げていたコンゴ連邦がラグナレックとの交戦により軍事力の過半を喪失し、二ヶ月後に崩壊。
一国を凌駕する一大軍事組織としてラグナレック・カンパニーの名が先進国に認知される。
二○五一年。アフリカ大陸中央部の国家の内戦に反乱軍側として参戦。
現政権側に付いたエジプト軍を主力とするアラブ連合軍と交戦、これを敗走させる。
内戦は反乱軍の勝利に終わり、ラグナレックの影響下に入る。
二○五二年。現政権の支持を表明していた西側諸国が内戦の報復として、事実上ラグナレックの傀儡政府となっていた南アフリカを経済封鎖。
二○五三年。経済封鎖による困窮から南アフリカの治安が急激に悪化。
同年、首都で起きた大暴動により行政府が壊滅し無政府状態に陥るも、ラグナレックの支援を受けた軍事政権が成立。南アフリカは名目共にラグナレックの占領下となる。
二○五五年。アフリカ大陸北部の地中海沿岸諸国にて西EU軍、東EU軍の派遣軍と紛争開始。
二○五六年。新ソビエト連邦と兵器売買契約を締結。資源と市場を対価とした新ソ連からの武器供給によりラグナレックの通常戦力が一気に拡大。
同年、アフリカ東部に於いてアラブ同盟と武力衝突、紛争が激化。
二○六○年。西EU軍、東EU軍、北アフリカ戦線を内陸から地中海沿岸に縮小することを決定し、派遣軍を沿岸都市にまで撤退させる。
両EU軍の撤退により、アフリカ大陸の南西部は完全にラグナレックの影響下に置かれる。
二○六一年。大漢と契約。大漢へ戦力を送り、各地で大東亜連合軍と交戦。
二○六三年。大漢崩壊。
同年。ラグナレック、USNAが併合地域(カナダ、中南米)の統治に注力している隙を突き、南米の地方政府郡の依頼という名分の下に旧アルゼンチン領南部へ進駐。
二○六五年。USNA・ブラジル連合軍による対ラグナレック紛争、『
――同年、二十年世界群発戦争、終結。
「――以上が、ラグナレック・カンパニーの二十年世界群発戦争時における経歴だ」
バランスはそこで一旦言葉を区切り周囲を見回す、いや見回すフリをしてアンジー・シリウスに視線を向ける。
尤も、アンジー・シリウスが反応する前にバランスはすぐに視線を外して、背後に表示されている世界地図の北アフリカをレーザーポイントで示す。
「では大戦後から現在までの状況説明を行う。まず北アフリカ戦線からだ」
北アフリカ戦線は両EU軍と冷戦状態にあり、小競り合いは現在も続いている。
地政学を鑑みればわかることだが、北アフリカの各国がラグナレック側に付けば地中海の海上優勢が大きく揺るがされることになる。
ラグナレックの持つ海上戦力は微々たるものだが、新ソ連から何隻もの潜水艦が売却されている事をUSNA情報部は確認している。
そして何よりも、ラグナレックの恐ろしさは『
実際、対ラグナレック戦の『厳罰作戦』では、高々度を飛行するUSNA空軍の爆撃機が魔法によって次々と撃墜された事件が起きている。
水平線上の向こう側から魔法によって船舶が攻撃される危険性は十二分に考えられた。
当然、両EUはこれを阻止する為にも北アフリカ沿岸部は確保し続けるだろう。
西EUと東EUに分裂し国力は弱体化したとはいえ、欧州の軍備の質は高く魔法師の数も多い。
特にイギリスとドイツはアメリカ、日本と並んで魔法先進国であり、人口に対する魔法師の比率が世界的に見て百万人に一人という最中、一万人に一人という高い割合を保持している。
また魔法式開発に於いても戦略魔法を開発し、戦略魔法師・十三使徒をイギリス、ドイツで一人ずつ輩出している程だ。
更に言えばジブラルタル基地にはUSNAの戦略魔法師、ローラン・バルトも配属されている。
ラグナレックのこれ以上の北進はデメリットでしかなく、またそれを裏付けるように北アフリカ戦線にいるラグナレックの戦力も『本隊』ではなく駐留部隊であることが諜報で確認されている。
駐留部隊にも魔法師はいるが、数も多くはなく魔法力も国際基準に照らし合わせて平均並みだ。
尤も、『本隊』は各地の戦場に神出鬼没で現れるため事前に情報を得られない場合が多く、故に『本隊』が脅威とされる一因にもなっているが。
ともかく、ラグナレックが他戦線を抱えている状況も考慮すれば、北アフリカ戦線の均衡は今暫く保てるだろう。
中東戦線については、二○九○年を境目に状況が完全に一変している。
アラブ同盟にとってラグナレックは二十年世界群発戦争時、より正確に言えば二○五三年の内戦以来の
それが今より五年前、二○九○年より名目上は
ラグナレック(正しくは依頼主である地方政府郡)とアラブ同盟構成国の講和、および戦力契約の締結である。
二○九○年まで、アラブ同盟は二つの敵に挟まれていた。東はインド・ペルシア連邦、西はラグナレックである。
東は国力としてアラブ同盟を上回り、西は兵士達が『
そして、東のインド・ペルシア連邦とは歴史的にも宗教的にも決して相容れる余地はなく、完全な敵対関係にある。
インド・ペルシア連邦は大戦時、国家の分裂や消滅に危機感を抱いた政府が細かな調整を後回しに半ば強引に統合を果たした経緯もあり、国内に非常に多くの問題と火種を抱えている。
ペルシア側とインド側の宗教的対立。
ペルシア内での宗派対立と民族対立。インド内での宗派対立と民族対立に、未だ残るカースト制の問題。
旧パキスタン領の住民との摩擦と独立派のテロ活動。
西EUの某新聞社が掲載した『彼方此方に爆弾が置かれた状態で小火騒ぎが起きている屋敷』という皮肉を交えた風刺画が、インド・ペルシア連邦の状態を表している。
また北には新ソビエト連邦、東には大亜細亜連合という二大国があり、西部方面へ全ての戦力を回す訳にはいかない状況だ。
だがそれでも、インド・ペルシア連邦軍の軍事力はアラブ同盟にとって脅威であり、宗教的対立から度々紛争が発生している。
ラグナレックとは今もアフリカ北東部の資源を巡って抗争中であり、特に『本隊』と交戦した時は大きな被害を被っている。
名目上はUSNAと同盟関係にあるが、これはアラブ同盟構成国の一国が締結していた同盟を引き継いだだけの、本当に名目上のことであり到底援軍は望めるものではない。
そもそも歴史的背景から反USNAが多いアラブ同盟に、USNA軍の駐留はアラブ同盟そのものの崩壊を引き起こしかねない。
援軍が望めない以上、東西の脅威に対して一方と和解するしかない。
インド・ペルシア連邦とは和解出来ない以上、ラグナレックとの講和は必然であった。
更にラグナレックは民間軍事企業であり、契約を締結すれば戦力として使用出来る。
あの恐るべき『
主だった反対意見は戦力という現実的な問題と得られるメリットの前に沈黙し、それでも信仰心に基づいた根強い且つ強硬な反対意見には耳を塞いで。
そうして二○九○年、アラブ同盟と北アフリカの地方政府郡の間で講和が成立。
資源の利権は譲歩した代わりにラグナレックと契約を締結する。
その最初の結果が、二○九一年に起きた紛争でのインド・ペルシア連邦軍の大敗である。
資源地帯の奪取に旅団規模の軍隊を侵攻させたインド・ペルシア連邦軍に、ラグナレックは『本隊』を投入。
連邦軍は三割の損害で全滅と認定される近代戦において、損害が七割を超えるという大敗を喫する。
この時、インド・ペルシア連邦は何故ラグナレックが『
尤も、アラブ同盟にとっても全てが万事上手くいったわけでは無かった。
同年、ラグナレック駐留部隊の基地で大規模な爆破テロが発生。『本隊』に犠牲者はいなかったものの、少なくない犠牲者が出た。
同日、犯行声明を出したのはアラブ同盟軍でも強硬派であり、過激派とも繋がりが噂されていた佐官であった。
ラグナレックを信仰心も持たない異教徒ところか『悪魔の手先』であると断定し、その悪魔の手先と契約を結んだ現政府に対する『
更に同盟を結ぶ各政府内でもラグナレックに嫌悪感や危機感を抱く者達も多く、中には彼等に秘密裏に支援の手を回す者も出る始末。
アラブ同盟内部で事実上の内戦が勃発した。
以降、アラブ同盟各政府と政府軍にラグナレック、反乱軍にテロ組織、そしてインド・ペルシア連邦と、中東戦線は泥沼の混迷状態に陥っている。
……尤も、USNA軍からすれば「何時もの事」であり、寧ろあの地に手を出して現在進行形で火傷しているラグナレックを嘲笑する風潮が蔓延しているが。
南米戦線は、USNAも直接関わる目下の大きな問題である。
二十年世界群発戦争に於いて、南米では唯一国家を保てたのはブラジルのみであり、これが南米の人々に与えた影響はあまりにも大きかった。
ブラジルは大戦を生き残った唯一の国家としての優越感が生まれ、それは周辺からの難民排斥の態度に明確に表れている。
対照的に、常にブラジルと競い合い南米の両雄として強い誇りを持っていたアルゼンチンは大戦の途中で脱落、国家を保てずに大きな屈辱を味わっている。
また法治国家として世界から見ても高水準で安定していたチリすら崩壊したこと、更にチリに次いで安定していたウルグアイはブラジルの侵略を受けて占領、併合されたことに、民衆の間に平和に対する失望感と同時に軍事力を信望する風潮が生まれた。
そういった背景もあり二○六三年、祖国の崩壊が記憶に新しい最中。
旧南米諸国の中でもアルゼンチン、チリなど南部に領土を持つ地方政府郡は、治安維持とブラジルに対抗する『力』としてラグナレックを誘致、部隊の駐留を認めた。
ラグナレックが南米に進駐。
この事実にブラジルとUSNAが受けた衝撃は大きく、特にUSNAでは事前に情報を察知出来なかった情報部が厳しく糾弾されている。
だが、凶報はそれだけでは終わらなかった。
南米に橋頭堡を得たラグナレックはすぐさま北へ進出。
特に旧アルゼンチン北部を飛び越えて旧ペルー、旧ボリビアの地方政府郡と次々と契約を交わしたことは、USNAとブラジルを更に刺激した。
何故なら、その地方には豊富な地下資源が眠っており、更に彼の地はアンデス文明のあった高地。
魔法師の登場と台頭により新たな戦略物資となったアンティナイトの産出地でもあるからだ。
おそらく『本隊』所属でボリビア出身の魔法師、シモン・デ・スクレーヤが情報の出処であろう。
ラグナレックは治安維持や船舶の貸出、更には産出されるレアメタル等の地下資源の貿易代行および護衛を請け負う代価として、アンティナイトを独占している。
余談となるが、ラグナレックの直接支配領域または影響下にある領域で産出された資源は『紛争ダイヤモンド』に認定され取引が全面禁止されている。
しかしながら実際に取引を行っていない国はUSNA、ブラジル、インド・ペルシア連邦、日本、東南アジア諸国、西EU諸国にドイツを含む東EUの一部のみである。
ラグナレックの影響下にあるアフリカ、南米の各国は無論、新ソ連、東欧、アラブ諸国、大亜細亜連合、オーストラリア等の少なくない国家が取引を行っており、「穴だらけの杜撰な封鎖網」とその手の評論家から酷評されている。
これも二十年世界群発戦争以来、既に旧世紀の国際条約が無効化している一例の一つだろう。
閑話休題。
アンティナイトの産出地であるアンデス中央高地を抑えられたことに、USNAとブラジルは介入を決意し、軍事行動を決定する。
ラグナレックは電光石火の早業で中央アンデス地方に進出したが、旧アルゼンチン北部は安定しているとは言い難い。
言わば南部との補給路の確保もままならない飛び地を得たようなものだ。
内陸部であるが故に補給も陸路か空路しか無く、その陸路も先の理由で心もとなく、空路も費用対効果で考えるならば非常に効率が悪い。
手痛い一撃を与えれば、ラグナレックは同地方を放棄して南部へ撤退する。
USNA、ブラジルの両軍首脳部の認識は共通していた。
尤も、USNAもブラジルも直接中央アンデス地方への大規模な陸軍を送るには問題があった。
ブラジルと中央アンデス地方は国境線こそ接しているが、その間にはかのアマゾン熱帯雨林が存在している。
アマゾン川を遡上したとしても、大規模な部隊の行軍には限度があった。
またUSNAも、足元であり裏口でもある旧コロンビア領は安定しているとは決して言えない。
南米北部地域ではベネズエラ、ペルー、そして大戦時に『大コロンビア』の復活を掲げてエクアドルを占領した上で両国に侵攻したコロンビアが、三ヶ国とも国家が崩壊し共倒れになった後も慢性的な紛争を続けている。
これ等の紛争領土を通り抜けて軍事行動を行うには些か冒険的且つ投機的に過ぎた。
だが国防上、何もしないという選択肢は有り得ない。
そこでUSNA軍、ブラジル軍は協議し、合同である作戦を立案、実行に移す。
二○六五年、USNA・ブラジル連合軍は『
旧パラグアイ領にブラジル陸軍が陸路で侵攻し中央アンデスの南方に進出、これをUSNA空軍が支援する。
また海路からUSNA海兵隊が海軍の支援を受けつつチリ北部に上陸。
両軍は北上し、南東と南西からラグナレックを挟撃するというUSNA軍とブラジル軍が本格的に起こした軍事行動。
二十年世界群発戦争に於ける最後の戦争は、こうして幕が開いた。
――結果は、USNA・ブラジル連合軍の撤退。ラグナレックは中央アンデスを維持。
――つまりは、連合軍の敗北である。
旧パラグアイ領からアンデス山脈地帯に侵攻したブラジル陸軍は、たった一人の戦術級魔法師が引き起こす山崩れによって大隊規模、場所によっては旅団規模での全滅が相次ぎ、同時に各地で部隊が分断され各個撃破されていった。
陸軍の支援を行うはずであった空軍は、収束系魔法によって命中率が飛躍的に高められた対空ミサイル、収束系・移動系魔法による
USNA海兵隊は最初こそ相手が足止めを目的とした駐留部隊であったため善戦と前進を続けたが、二ヶ月後に状況が一変。
僅か二ヶ月足らずでブラジル陸軍を全面撤退に追い込んだ上で転戦してきた『本隊』と廃墟都市で交戦し、かなりの被害を被って完全に足止めされることになる。
USNA空軍も爆撃機が相次いで撃墜され、急場凌ぎの対策(たとえば爆撃機に魔法師を同乗させて魔法的な防御を行っても相手の魔法力の方が高かったため結局撃墜された等)では効果も覚束無ず、空軍の支援は期待出来ない。
ブラジル陸軍も多大な被害を受けて既に撤退。
大規模な援軍も直ぐには望めず、また山岳地帯に誘い込まれた場合はブラジル軍の二の舞になる可能性が高い。
ここに至りUSNA軍とブラジル軍は当初の目標達成は困難であることを認め、全軍に作戦の中止を通達。
そうして、世界最強を自負するUSNA軍は、たかが一軍事企業に敗北するという屈辱的な撤退を強いられることになる。
USNA軍とブラジル軍の敗北。
『中央アンデス紛争』若しくは『アンデス・ショック』。
それは日本の四葉によって大漢が内部崩壊を起こした『大漢ショック』と並んで、魔法師の存在を世界に強く焼き付けた戦争。
この中央アンデス紛争を最後に各地の紛争は収束に向かい、各国は次の戦争の為の準備期間に入っていく。
二十年世界群発戦争の終結であった。
以降、USNAはブラジルと軍事的に協調していくと共に、旧コロンビア地方政府郡の懐柔と同地方の安定化に注力。
USNAの裏口への影響力を確保すると同時に、中央アンデス地方への足場固めを進めている。
だが旧コロンビアは南米北部の国々からすれば国家崩壊の原因であり、周辺国の住民達からは憎悪の視線を向けられている。
そのコロンビアがUSNAの支援を受けて安定化する等、到底認められるものではなかった。
またUSNAに従順する政府郡に反発する者も多い。中には麻薬系の犯罪組織も含まれている。
そして近くには武器の販売も手掛けている巨大軍事組織、あのUSNAすら退けた実績を持つラグナレックがいる。
結果、ラグナレック経由で武器が流れ込むコロンビアには、エクアドルやベネズエラの国粋主義者によるゲリラ戦やテロリズムが後を絶たず、また旧ペルーの地方政府郡もラグナレックに協力的。
同政府の依頼によって度々介入してくるラグナレックとの戦闘も相まって、現在もUSNAは旧コロンビアの掌握には至っていない。
一方、ブラジルは旧パラグアイへの進出を図るも、『反ブラジル』を掲げる旧アルゼンチン地方政府郡によって状況はUSNAとさして変わりはない。
尤も、現在はブラジルも戦略魔法師・十三使徒のミゲル・ディアスを抱えており、アンデスへの投入も検討されているらしい。
だが少なくとも現在は本国防衛の抑止力として扱われており、ラグナレックの逆侵攻を防いでいる。
……ブラジルも、USNAも、今はそう考えている。
二○九五年、現在。
ラグナレックは三つの大陸で戦線を抱えている。
両EU諸国と冷戦状態にある北アフリカ戦線。
アラブ同盟政府、反抗勢力、インド・ペルシア連邦の三つ巴で泥沼化している西アジアの中東戦線。
北部アンデスから中央アンデスの一帯でUSNA、ブラジルとの紛争が繰り広げられる南米戦線。
三つの中でも中東と南米は大西洋を隔てた戦線であり、大国との直接的な紛争地帯だ。
だが、全ての戦線は膠着状態のままである。
両EUもインド・ペルシア連邦もブラジルもUSNAも、ラグナレックの戦力を排除出来ないでいる。
「何故か?」と問われたのならば、全ての国が同じ答えを返すだろう。
「ラグナレックには『本隊』がいる」と。
USNAが得ている情報では、ラグナレック本隊の総人数は推定ながら低く見ても二千人以上、多く見て三千人程度から成る連隊規模の魔法師集団であり、部隊を分けて運用している。
部隊数や編成人数、数多くの魔法式や魔法師の正体には未だ謎が多い。
二百人という中隊規模が確認されたかと思えば、僅か一個小隊規模で行動する部隊も確認されている。
魔法式にも解明されていないものが幾つもある。
特に戦闘区域に於けるレーダーや通信の妨害、更に航空機や戦術データリンクを含む軍事用電子機器の誤作動、破壊を引き起こす魔法については解明の糸口すら掴めていない。
わかっている事といえば何らかの
また半日前に中東にいることが確認された魔法師達が南米戦線に現れるといった神出鬼没ぶりも大きな謎の一つである。
そもそも、ラグナレックには謎が多過ぎる。
何故、設立当初から世界中の魔法師を集められたのか。
どうして魔法先進国より優れた魔法技術を開発出来るのか。
そして、あれほど強力な魔法師達、しかも連隊規模の人数を、いったいどうやって揃えているのか。
この謎を解かない限り、ラグナレックの脅威を取り除くことは困難極まることだろう。
「――以上をもって、ラグナレック・カンパニーの説明を終える」
長らく説明を続けていたバランス大佐は最後にそう締め括り、手元のペットボトルの水に口を付けて一息吐く。
「ラグナレックが使用する魔法および魔法師の情報については、判明している限りであるがこの後に改めて説明を行う。だがその前に……」
バランスは振り向いてデイヴィットを見る。
デイヴィットは頷いて、パイプ椅子から立ち上がった。
「既に知っていると思うが改めて紹介する、彼はUSNA陸軍所属、デイヴィット・バックナー少佐。ブラジルに援軍として赴いたUSNA義勇軍『ヤンキー・ファイターズ』の指揮官だ」
バランスはそこで一旦言葉を区切ってスターズの面々を見回す。スターズの誰もがデイヴィットへ顔を向けていた。
義勇軍ヤンキ・ファイタースの名は、アンジー・シリウスを含めたスターズのメンバー全員が知っているが為に。
その戦歴と共に。
(ヤンキー・ファイターズ……。改めて聞くと何とも言えないネーミングだな)
一方で、デイヴィットは内心で苦笑いを浮かべる。
ジョークとしてならば面白いが、これが実際の公式名称であるのだから、苦笑いも浮かぶというもの。
熱烈なメジャーリーグベースボールのフリークだった幕僚の一人が、ファンであるチームの名を冠したこの名称をゴリ押ししたことが、部隊名の由来である。
……その幕僚も、今はもういない。
「義勇軍は三ヶ月前、つまり六月に旧パラグアイでラグナレック『本隊』と交戦。つまり、USNAの中で最も連中の最新情報を持っている部隊……
バランスの語った内容は何一つ間違っていない。その過去形の表現すらも。
三ヶ月前、USNAは対ラグナレックで共闘路線を取るブラジルに義勇軍を派遣した。
義勇軍『ヤンキー・ファイターズ』の指揮官は、デイヴィット・バックナー少佐。
大尉時代にコロンビアでの対テロ、対ゲリラ作戦で優れた功績を挙げ、ブロンズスターメダルを授与された若き英雄。
嘗ては少佐に昇進後、命令により一時除隊の扱いで義勇軍の指揮を任された、期待の新鋭佐官。
……そして今は一転して、旧パラグアイにてラグナレック本隊に義勇軍を全滅させられた、悲劇の指揮官。
現地のブラジル陸軍と共にパラグアイへ侵攻したUSNA義勇軍、人数にして二百人程度の中隊規模は、ラグナレック本隊によって編成表から消滅した。
生存者は、負傷者を含めても僅か三十七名。
その内、幹部陣の生き残りはデイヴィット・バックナー少佐、唯一名のみ。
正しく惨敗であった。
今回の対ラグナレック対策戦術プランの講義内容は、その戦闘に関する報告についてのものである。
あの時、現地ではどのような戦闘が行われたのか。
ラグナレック『本隊』の今現在の実力は何程のものなのか。
それを余すところなくスターズに伝えることが、今回の講義目的だ。
「では少佐、よろしく頼む」
デイヴィットは歩き出すと、バランスと入れ替わるように壇上に立った。
「USNA陸軍少佐、デイヴィット・バックナーである。まずはUSNA最強の魔法師部隊であるスターズに、こうしてお目に掛かれたことを光栄に思う。……本来ならば、別の形で会いたかったものだが」
最後に誰にも聞こえないように小さく自嘲する。
何せ、自らが指揮する部隊が全滅させられた戦闘について語る為にデイヴィットはここにいるのだ。
自らを嘲りたくなるものだ。
だが、デイヴィットは直ぐに顔を上げてスターズを見返した。
「講義を始める前に、諸君に言っておきたいことがある」
一呼吸を置いて、デイヴィットは言った。
私は無能な指揮官である、と。
「義勇軍ヤンキー・ファイターズ。総員二百七名中、戦死者百七十名。私は百七十人もの部下の、将来有望な若者達の命を散らした男だ」
故に、力を込めてスターズに告げた。
「絶対に、私のような無能者はなるな」
デイヴィット・バックナーは無能である。
それは自らが生涯に課した罪の証だ。
「正直に言おう。あの時、現地にいながら私には何が起きたのか理解出来なかった。気がついたら全滅させられていた。そんな無能な男だ」
たとえデイヴィット自身が己を無能だと断じ、自らを許すつもりなど決して無かろうと。
それでも――。
「だからこそ、私は私が知る限りの全てを君達に話す。私ではわからないことでも、君達が連中に勝利するヒントが隠されているかもしれない」
せめて死んでいった部下達に恥じない軍人であるべきことが、そんな己に課した贖罪であるがために。
「そして、諸君ならばラグナレックにも勝利が得られると私は確信している。何故なら、諸君は世界最強の魔法師集団、スターズであるからだ」
デイヴィットの気迫に、スターズのメンバーもまたデイヴィットを強く見返す。
その中には仮面を付けた赤髪、金色の瞳を持つ女性も含まれている。
デイヴィットは満足気に頷くと、講義の開始を宣言した。
「――それでは講義を始める」
そうして、デイヴィットの視点は過去へと遡る。
時は二○九五年、六月。
旧パラグアイ中部に位置する交通の要所、旧コンセプシオンシティへと――。
アンジー・シリウス「……」
アンジー・シリウスの中の人「……zzz」
おまけ ~この世界に於ける欧州状況~
~西EU~
イタリア「今日もがんばろー」
フランス「イタリアが仲間だと? 負けフラグじゃないか……」
イギリス「イタリアとフランスが仲間だと? 負けフラグじゃないか! こうなっら調整型魔法師『名前を言ってはいけないあの人』シリーズを量産するしか――」(英国面発動中)
~東EU~
ドイツ「イタリアがいない! それに偉い伍長もいない! これなら新ソ連が相手でも――」
ギリシャ「ドイツ! 北アフリカにラグナレックが!? 北アフリカに援軍を寄越してくれ!!」
ドイツ「あ、デジャブ……」(敗北フラグ回収中)
~新ソ連~
新ソ連「ラグナレックさん、兵器売るよ。だから思いっきりEU諸国とかインド・ペルシア連邦と殺し合ってね♪」(おそロシア中)