魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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幻想郷サイド。


第6話 結代幻想風景

早朝の光が部屋を照らす。

 

朝日と鳥の音色が、結代雅季を眠りから引っ張り上げる。

 

「ん~~」

 

布団から上半身を起こして背伸びをする。

 

澄み切った空気が心地よい。『外』ではなかなか味わえない空気だ。

 

雅季は布団から起き上がると、押入れに畳んである神官袴に着替える。

 

着替えが終わり、布団を畳もうと手に掛けたとき、板張りの縁側の廊下を歩く音が聞こえてきた。

 

雅季が顔をそちらに向けるのと、相手が襖越しに声を掛けてくるのはほぼ同時だった。

 

「雅季さん、起きましたか?」

 

「ああ、起きているよ」

 

雅季の返事を聞いて、相手が襖を開く。

 

「おはようございます、雅季さん」

 

「ん、おはよう、紅華」

 

朱と白と青の三色を主体とした、『こっち』ではたぶん流行っているからだと思うが、脇がむき出しの巫女服を着込んだ、紅みの混ざった髪色が特徴的なショートヘアの少女。

 

荒倉紅華(あらくらくれか)

 

『こっち』の、即ち幻想郷の結代神社を祀る巫女である。

 

「朝食の前に玉姫様からお話があるそうです。本殿でお待ちですよ」

 

「話? わかった、すぐ行く」

 

紅華はニコリと笑うと、お辞儀をして下がった。

 

トットットと足音が去っていくのを聞きながら、雅季は布団を畳んで、縁側へ出る。

 

目に飛び込んできたのは、空一面に広がる群青。

 

今日の幻想郷はいい天気になりそうだ。

 

 

 

結代神社には、先ほど雅季を起こしに来た巫女の紅華と、一柱の神様が定住している。

 

雅季が本殿へやって来ると、

 

「おはよー、一月ぶりね、雅季」

 

外の世界の十代女子を連想させる軽い口調で挨拶を交わしてきたのは、白色を基調に紅紫色の深山撫子の花柄が付いているレースのブラウスに、腰に朱色の細い注連縄を巻くという奇妙な格好をした黒髪を肩まで伸ばした女性。

 

「おはよーございます、玉姫様」

 

『縁結びの神威』、天御社玉姫(あまのみやたまひめ)。神代より結代神社に祀られている神様である。

 

「話って何ですか?」

 

「ちょうど雅季が『外』に行ったあとから、稗田阿求(ひえだあきゅう)が来るようになってね。何でも幻想郷縁起に今代の結代である雅季を載せたいって」

 

「えー。紅華でいいじゃん」

 

「もう紅華は取材済み。それに、縁を求めてやってきた人にお目当ての人を紹介しないのは結代神社の沽券に関わるの。ただでさえ最近は白蓮のところの命蓮寺とか、神子のところの道教とか商売敵が増えているんだから」

 

「博麗神社と守矢神社は?」

 

「同じ神道は問題ないの。ちゃんと住み分け出来ているんだから」

 

「納得。そう言えば、幻想郷縁起には玉姫様も?」

 

「私ならとうの昔に載っているわよ。たしか稗田愛知って名前だったころだと思う、たぶん」

 

「阿一じゃないんですか?」

 

「あ、それね」

 

ちなみに自分のところの神様相手だというのに雅季は随分とフランクに接しているが、これは玉姫からそう接するようにと神託を下した、という名目で軽く言ってきたからだ。

 

玉姫自身も現代風の格好で口調が軽いのも「今風の縁結びはこんな感じだから」ということらしい。

 

「まあ、幻想郷縁起は紡ぎの書物、うちも協力しないとな。それじゃ、朝食のあとに稗田邸に行ってきます」

 

「お願いねー。……あ、それと」

 

背を向けて歩き出した雅季の背中を玉姫が呼び止める。

 

「今日から三回目の大安に人里で祝言があるから、ちゃんと『こっち』にいなさいね、今代の結代」

 

「三回目の大安……『あっち』だと平日だけど、ま、いっか。わかりました」

 

軽く二つ返事で、雅季は学校を『家業』で休むことを決め、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「長い時間取って頂いてすいません」

 

「いいって、幻想郷縁起は紡ぎの書物。うちも協力するのは当たり前だから。それに昼食も頂いちゃったし」

 

稗田邸の門口まで見送りにきた『九代目の阿礼乙女』稗田阿求は再度雅季に礼を述べ、雅季は手を振って答える。

 

紅華と朝食をとった後にそのまま稗田邸へとやってきた雅季だが、阿求との話が長引き、終わってみれば昼をとっくに過ぎた時間となっていた。

 

とはいえ、それは雅季が首謀者として異変を起こしたことがあるのが大きな要因なので自業自得だろう。

 

「幻想郷縁起の編集、がんばってねー」

 

「はい。お話、ありがとうございました」

 

阿求に別れを告げ、雅季は結代神社への帰路に着いた。

 

 

 

結代神社は人里の外れにあるとはいえ、普通の人間でも歩いていけるところにある。

 

夜はともかく、昼間なら神社までの往復路に妖怪が現れる心配もない。

 

「あ、おかえりなさい。雅季さん」

 

「あやや、雅季さんではありませんか」

 

そう、神社までの道には現れない。

 

現れるのは境内だからだ。

 

「や、文さん」

 

雅季が神社に戻ってくると、境内には箒を片手に持った紅華。

 

その傍らには『伝統の幻想ブン屋』こと烏天狗の射命丸文(しゃめいまるあや)

 

様子を見る限り、どうやらお得意の取材ではなく二人で談笑しているようだった。

 

紅華は人当たりも良く人里では(凄く)人気があるが、同時に天狗達とも仲が良い。

 

特に射命丸文とはよくお喋りしているのを見かけるし、文自身もこうやって結代神社に頻繁に顔を見せに来るようになった。

 

ちなみに親しくなった最初の発端は、天狗の長である天魔が何故か紅華を気にかけており、それを知った天狗達が「荒倉紅華は天魔様の隠し子か!?」などといった噂が広がり、妖怪の山でちょっとした騒ぎになったのが切っ掛けだ。

 

射命丸文も噂の真偽を確かめるため、だけど相手が天魔のお気に入りなので初対面である紅華の機嫌を損ねないよう物凄く丁寧な態度で取材を申し入れ、そこで紅華が同類であることを知った。

 

実は紅華は先祖返りの天狗の半妖であり、それが今度は『その先祖が天魔様の隠し子だったんだよ!』説を生んでいる。

 

最初は文も「どの天狗よりも早く真実を突き止めて記事にする」ために紅華の前に現れていたのだが、今となってはどう考えているのか雅季は知らない。

 

ただ、最近は紅華のことを聞くよりも紅華と雑談している時間の方が遥かに多いのは事実であるし、何より両者を結ぶ“良縁が”二人の間柄を雄弁に物語っている。

 

「雅季さんが幻想郷にいるなんて珍しいですね」

 

「そうか? 月の三分の一ぐらいはこっちにいるけど?」

 

「あやや、そうなんですか?」

 

「雅季さんは幻想郷にいても、結代神社にいることは少ないですから。神主なのに」

 

「や、そこはほら、色々と縁を結ぶための出張サービスだよ」

 

「博麗神社でお茶したり、紅魔館でアフタヌーンティーしたり、永遠亭で囲碁打ったりするのも出張サービスですか?」

 

「なぜ知っている?」

 

「やや、『今代の結代、縁結びを放ったらかして放蕩!』。これは記事になりそうですね!」

 

「待った、ちゃんと縁結びしているから。今度も祝言挙げるから――って、待てやぁーー!!」

 

話の途中で飛びだった文を慌てて追いかける雅季。

 

「ふふ」

 

既に空の彼方の小さい点になりつつある二人の後ろ姿を、紅華は目を細めて楽しそうに見つめる。

 

幻想郷は異変もなく、今日も平和だった。

 

住人が住人なので、平穏とは程遠い日常だが。

 

 

 

 

 

 

 

【結び離れ分つ結う代】

【今代の結代】

 

結代 雅季(ゆうしろまさき)

 

【職業】

 

神主

 

【能力】

 

『縁を結ぶ程度の能力』

 

『離れと分ちを操る程度の能力』(※1)

 

【住んでいる所】(※2)

 

結代神社

 

無縁塚分社

 

 

 

結代神社は稗田阿礼の頃には既に存在しており、その家系は今なお続いている。

 

彼はその代々続く結代神社の『今代の結代』の一人で、結代神社の神紋である『弐ツ紐結』の紋が入った浅葱色の神官袴を身に纏った少年だ。

 

結代家らしく『縁』を大切にし、広い交友関係を持ち、よく幻想郷中を飛び回っては知人友人に顔を見せに行っている。その為、人里にある結代神社に行っても彼に会えない可能性の方が高い。本末転倒ではないだろうか。(※3)

 

 

 

性格は一概には言えないほど様々な顔を持っている。

 

子供のように遊び回ることもあれば、結代の神主として真面目に縁結びの導き手にもなり、時たま歳不相応な森厳さを醸し出す場合もある。

 

 

 

【能力】

 

結代家は特有の能力を受け継いでおり、その一つが『縁を結ぶ程度の能力』だ。その名の通り、己と他者の縁、あるいは他者と他者の縁を結ぶ能力だ。彼の紹介や仲介で出会った人々は何れも良好な関係を築けている(※4)。

 

そして稀にもう一つの能力、『離れと分ちを操る程度の能力』を持つ者も現れる。この能力は縁だけでなく物も離したり切ったりできる非常に強力な能力で、彼が空を飛べるのも「地面から自分を離している」からだ。

 

この二つの能力を持つ者は結代家の中では『結び離れ分つ結う代』と呼ばれており、つまり彼はそれに当たる珍しい今代の結代だ。

 

 

 

【奇縁異変】

 

首謀者として異変を起こしたこともある。

 

『奇縁異変』と呼ばれる異変で、無縁塚の幽霊が大量に人里へ流れ込んできて人々にまとわりついたという異変だ。

 

幸い人々の健康には問題無かったものの、自分の周囲を飛び回る幽霊を気味悪がる人々は多かった。(※5)

 

この異変は無縁塚の幽霊に縁を結ばせようと彼が起こした異変で、博麗の巫女が無縁塚に殴り込むことで解決したらしい。(※6)

 

尚、結代神社の無縁塚分社はこの異変の後に建てられたものである。

 

 

 

※1:本人曰く「こっちはついでというか、おまけみたいなもん」とのこと。それにしてはよく使っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

※2:とはいえ普段からあちこちに出かけているため、いるのは稀である。噂では能力によって外の世界とも行き来しているらしい。

 

※3:斯く言う私も、彼と会うために一か月ぐらい結代神社に通い詰めた。毎日参拝していたので良い縁があるかもしれない。

 

※4:友達を増やしたい方や恋人が欲しい方はぜひ彼を頼るといい。守矢神社の風祝もよく彼を頼って信者を集めている。

 

※5:「夏なら涼しくて良かったのに」という声もちらほら。

 

※6:珍しく巫女が仕事をした。

 

 

 

 

 

 

 

【結びの巫女】

【荒倉の末裔】

【先祖返りの半妖】

 

荒倉 紅華(あらくらくれか)

 

【危険度】

 

 

【人間友好度】

 

極高

 

【職業】

 

巫女

 

【能力】

 

幻覚を操る程度の能力

 

【住んでいるところ】

 

結代神社

 

 

 

結代神社の巫女。

 

実は外来人であり、先祖が妖の血を引いており先祖返りで妖の血を強く引き継いでしまったため、外の世界にはいられず幻想入りした珍しい半妖。

 

今代の結代である結代雅季に誘われて巫女になった。

 

 

 

性格は温厚で礼儀正しい。また人当たりもよく、人里の皆からも好かれている。(※1)

 

彼女自身も人里をよく訪れるので、見かけたら挨拶してみるといい。きちんと挨拶を返してくれるはずだ。

 

たまに寺子屋のお手伝いをしており、子供達に授業を教えることもある。(※2)

 

女の子には授業の他にも琴や裁縫を教えている。

 

また天狗達の間でも遇されており、実際に何人かの天狗とも仲が良い。(※3)

 

これは彼女が先祖返りの天狗の半妖である為だ。

 

人間と天狗、人里と妖怪の山の双方に顔が効く人物の一人である。

 

 

 

ただし満月の夜は妖怪化しており性格が好戦的になっているので結代神社を訪れるのは控えよう。(※4)

 

妖怪化した彼女の髪は真紅に染まり、彼女の下を訪れた者に幻覚を見せる。

 

幻覚を見せられた者は夢と現実の区別が付かなくなり、その晩自分が何をしたのかハッキリとわからなくなる。

 

 

 

【能力】

 

幻覚を操る能力を持つ。

 

幻視、幻聴、幻嗅、幻味などを自在に操り、無いものを在るように見せることが出来る。

 

五感全てで感じ取れる幻のため見抜くのは非常に難しい。

 

また彼女の幻覚は強力で、幻で見せられたナイフだとわかっていても、そのナイフで指を切れば痛いし実際に血も流れる。

 

彼女の話によると「思い込ませること」がこの能力の本質であるらしい。(※5)

 

催眠術のようなものなのだろう。

 

 

 

※1:同じ巫女でも某人物とは雲泥の差である。

 

※2:現役の先生より教え方が上手なので子供達にも人気は高い。

 

※3:結代神社で射命丸文とお喋りしているのをよく見かける。

 

※4:「満月の夜は悪縁」と天御社玉姫も公認。

 

※5:プラシーボ効果。永遠亭の医者がよく使う。

 

 

 

 

 

 

――八雲紫、監修済み。

 




《オリジナルキャラ》
荒倉(あらくら)紅華(くれか)
天御社(あまのみや)玉姫(たまひめ)

幻想郷縁起はあくまで自己申告なので、真実を記載しているとは限りません。
あと荒倉紅華には元ネタがありますが、ネタバレになりそうなのでここでは割愛します。

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