魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

9 / 62
第7話 昼休みの談笑

四月も中旬になると魔法科高校の授業も本格的に始まっていた。

 

それは当然ながら一年A組も例外ではなく、今回の授業では魔法式を無意識領域内にある魔法演算領域で構築するプロセス、通称コンパイルの高速化の練習を行っていた。

 

「に、二二七ミリ秒……!?」

 

周囲の騒然としたざわめきを他所に、司波深雪は涼しげな顔で授業用のCADから手を離す。

 

「す、すごい……!」

 

「流石に勝てない……」

 

光井ほのか、北山雫の二人も驚嘆を隠せなかった。

 

五○○ミリ秒以内が一人前の魔法師と目安されている中、その更に半分以下の記録を打ち立てた深雪に賞賛の視線が注がれる。

 

森崎駿も深雪に賞賛の視線を、だがそれ以上に熱い視線を送っていた。

 

「ああ、流石だ、司波さん……!」

 

魔法師と言えど一人の男子、可憐な美少女に鼻の下を伸ばすのは当然(?)だ。

 

その森崎を隣で口元を緩めながら見ているのは結代雅季。

 

縁結びの神職である彼は、男女間の恋愛を冷やかしたりはしない。寧ろ歓迎し、応援する立場にいる。

 

たとえ相手が誰であろうと、結代の名を継ぐ雅季は人間関係で誰かを揶揄することはない。

 

「ほら、次は駿だぞ」

 

深雪に見惚れていた駿に声をかけると、駿は我に返って雅季へと振り返る。

 

「わかってるよ」

 

だらしなかった表情が一変、森崎の表情が引き締まる。

 

森崎はCADに手を当てると、精神を集中させる。

 

早撃ち(クイックドロウ)を得意とする森崎にとっては無様な成績は残せない。

 

CADから起動式を読み取り、加重系基礎単一魔法を魔法演算領域で構築し、展開する。

 

魔法によって加重のかかった重力計に数字が表示される。

 

肝心のタイムは、

 

「三九九ミリ秒!」

 

合格ラインの一○○○ミリ秒どころか一人前のレベルである五○○ミリ秒を一○○ミリ秒も上回る好タイムだ。

 

「よし!」

 

初めて四○○ミリ秒を切り自己ベストを更新したことに、森崎はCADから手を離してガッツポーズを取る。

 

深雪ほどではないが、森崎にもそこそこの賞賛の視線が向けられる。

 

「ほら雅季。次はお前だぞ」

 

「あいよー」

 

軽い返事をしてCADの前に立つ雅季。

 

その後ろ姿を森崎が無表情に見つめる中、

 

「さ、三○八ミリ秒!」

 

森崎を凌駕するタイムを叩き出した。

 

再び周囲がざわめく中、雅季の記録を見た森崎は小さく肩を落としただけで、

 

「実技の課題は終わったから、あとは自主トレの時間帯だな」

 

何事も無かったかのようにペアである雅季にそう話しかけた。

 

 

 

 

 

 

昼休みになり、雅季は友人たちと食堂で昼食を食べた後、彼らと別れて購買に来ていた。

 

授業の実技などでは森崎とペアを組むことが多い雅季だが、こういった休み時間では別れて行動することの方が多い。

 

というより、四六時中一緒にいるとなると森崎がきっとストレスで倒れるだろう。

 

それに、魔法師の価値観とは無縁の雅季だが、それでも意外に友人は多い。

 

無論、実技で次席でありながら魔法を軽視する雅季に根強い反感を覚えている者もいるし、特に二年や三年など先輩たちの間に多い。

 

だが一年の間ではそうでもない。

 

まず一年A組では首席である司波深雪をはじめ結代雅季、光井ほのか、北山雫、森崎駿など成績優秀な男子女子がそういった意識を持っていないので、一年A組は比較的リベラルな空気が流れている。

 

他の組でも、本格的な差別意識に染まる前に、魔法以前に『壁を作らない接し方』をしてくる雅季に好感を抱く者も多い。

 

それは魔法の才覚や、『こっち』では誰も知らない『縁を結ぶ程度の能力』によるものではなく、彼の為人の成せる業だろう。

 

例えば――。

 

「ん?」

 

購買で買ったジュースを飲みながら教室へ戻るために廊下を歩いていた雅季は、ふと窓の向こうに見える実習室に目が留まる。

 

しばらく実習室の方を見続けると、踵を返して教室とは反対方向へ歩いて行った。

 

 

 

A組と同じ課題の実習を行ったE組は、千葉エリカと西城レオンハルトの二人が課題である一○○○ミリ秒を切れず、司波達也と柴田美月を含めた四人は居残りとなり昼休みに突入していた。

 

魔法理論や機械系には詳しい達也がエリカとレオの指導をしていると、

 

「お兄様」

 

二人が再び課題に取り組んだタイミングで背後から声をかけられる。

 

「深雪」

 

振り返った達也はまず深雪の姿を認め、その背後を見て、正確には光井ほのかと北山雫の他に予想外の人物がいることに意外そうな表情を浮かべた。

 

「光井さんに北山さん、それに結代も」

 

「どうも、達也さん」

 

「よっ」

 

ほのかは笑顔を浮かべ、雫は無言で頷き、雅季は軽い調子で手を挙げる。

 

光井ほのかと北山雫は深雪の友人なのでわかるが、どうして結代が、と内心で首を傾げる達也に、兄の疑問を察した深雪が答える。

 

「購買でご一緒になったんです。お兄様達が実習室で課題をしているのを見て、差し入れを持っていこうとしていらしたので」

 

「入れ違いになっていたら買い損だったからねー」

 

「あ、ああ。ありがとな、結代。深雪もご苦労さま。光井さんと北山さんもありがとう」

 

「いえ、たいしたことじゃありませんので!」

 

「私は特に何もしていない。荷物持ちは結代くん」

 

「え、なになに、差し入れ?」

 

「エリカ、気をそらすな。ちょっと待っていてくれ、次で終わらせるから」

 

「いっ」

 

「げっ」

 

達也の宣言に顔を引きつらせるエリカとレオ。

 

深雪たちは「わかりました」と後ろに下がる。

 

「ほら、次で終わらせるぞ」

 

「応!」

 

「よし!」

 

 

 

「あー、なんかただのサンドイッチなのに美味しく感じるわ」

 

「全くだぜ」

 

エリカとレオが宣言通り次のトライで課題を終わらせた後、達也たちは深雪たちが持ってきたサンドイッチと飲み物の差し入れを受け取って、遅めの昼食を食べていた。

 

「A組でも実習が始まっているんですよね? どんなことをやっているんですか?」

 

美月の質問に、一瞬ほのかと雫は躊躇したように顔を見合わせ、

 

「ん、E組と全然変わんないよ」

 

そんな二人を他所に、普通にそう答えたのは雅季だ。

 

「そうなんですか?」

 

「ええ美月。あのノロマな機械をあてがわれて、テスト以外では役に立ちそうにない練習をさせられているところ」

 

雅季に代わって答えたのは深雪。ただし放たれた言葉は遠慮のない毒舌だったが。

 

エリカ、美月、レオ、ほのか、雫の五人がギョッとした視線を深雪に向ける中、雅季は達也に尋ねる。

 

「あれってそんなひどい方なの? 俺、CAD(ホウキ)そんなに詳しくないからわからないけど」

 

「まあ、旧式の教育用だからな。深雪みたいに感受性が高いと雑音が酷く感じられるんだ」

 

「ああ、あれって仕様じゃなかったのか」

 

なるほど、と納得している雅季に達也は思わず顔を見返したが、「そういえば実技二位だったな」と思い返す。

 

彼も深雪と同じクラス、胸元に花弁のエンブレムが縫われているブルームだというのに、全くそんなことを感じさせず普通に接してくるものだからつい忘れてしまっていた。

 

(確かに、自分から二科生を希望してもおかしくないな)

 

達也は内心でそう思い、先日に壬生紗耶香と交わした会話を思い出す。

 

一科生が二科生を差別しているのは、意識の上では本当のことだろう。

 

だが、全員がそうなのか、と問われたのならば、達也は目の前の男子を答えに挙げるだろう。

 

実技の課題で残っている顔見知りの二科生のために、頼まれたわけでもなく自分から差し入れを持ってくる一科生。

 

二年生の中には残念ながらそんな人物はいなかったようだ。

 

(というより滅多にいないだろうけど)

 

エリカの剣術道場の教え方に聞き入っている雅季を見て、小さく笑みを浮かべた。

 

「教えられたことを吸収できない奴が、教えてくれなんて寝言こくなっての」

 

「お説はごもっともだけどよ、俺もオメエも、ついさっきまで達也に教わっていたんだぜ?」

 

「あ痛っ! それを言われるとつらいなぁ」

 

「へー、千葉さんの家ってそう教えているんだ」

 

「エリカでいいよ、その代わりあたしも雅季って呼ぶけど。というか、その言い方だと他の道場のこと知ってるの?」

 

「んー、道場というか、友達で剣術やっているのがいてね、ちょっとだけ教えてもらったことがあるんだ」

 

「へぇ、どんな教え方してくれたの、その子は?」

 

「斬ればわかるって斬りかかってきた」

 

「なにそれ?」

 

「辻斬りかよ」

 

一科生と二科生が談笑して過ごす昼休み。

 

途中で深雪が請われて同じ実技を披露し、人間の反応速度の限界に迫ったタイムを叩き出したり、その後に達也に甘えたりと様々なことがあった。

 

だが昼休みが終わるまで、先日の険悪な空気が嘘のような和やかな時間だった。

 

 

 

 

 

 

同時刻、某所の高級料理店のVIPルームでは、高級食材を前に二人の男性がテーブルを挟んで会食していた。

 

「どうですかね、ミスター呉智。なかなか美味なものでしょう。ここは私のお勧めの一つでしてね」

 

「……悪くはない」

 

「おや、そうですか。いやはや申し訳ない、次はもっと良いお店に致しましょう」

 

「気を悪くしないでほしい。私はあまり味がわかる人間ではないのでね」

 

交わされる会話こそ友好的なものだが、互いの視線には友好的な感情など感じられない。

 

それもそのはず、両者は『商談』でここにいるのだ。それも、決して表沙汰には出せない取引の類だ。

 

「早速だが商談に入らせてもらおうか、ダグラス=(ウォン)

 

無表情のまま淡々と進める水無瀬呉智(みなせくれとし)

 

「そうですか。ではラグナレック・カンパニーは無頭竜に何を望むのか、商談といきましょう。ミスター呉智」

 

対照的に笑顔を絶やさないまま話を伺うダグラス=黄。

 

この部屋にいる人物は四人。

 

ラグナレック側は水無瀬呉智ただ一人。

 

無頭竜側はテーブルに座るダグラスの背後に二人、護衛として佇んでいる。

 

「腹の探り合いで時間を掛けたくない、単刀直入に言わせてもらおう。――こちらの要求は『兵器』だ」

 

「ほう」

 

瞬間、ダグラスの目に鋭い光が奔り、口元は歪んだまま突き刺すような視線で呉智を貫いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告