大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

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第2部隊

本丸-

 

第1部隊の大倶利伽羅は、自室の畳の上で体を横たえていた。

出陣の後だ。

怪我はないが、思ったより体が重い。

 

(たいした相手じゃなかったのにな。)

 

出陣は久しぶりだった。ここの主(あるじ)は、出陣や遠征が嫌いなのだそうだが「それだと、付喪神(つくもがみ)としての存在意義がないし、レベルもあがらない」…と、へし切長谷部が主に進言したのだそうだ。

 

「倶利伽羅、おやつ作ったよ。食べるかい?」

 

障子が開き、燭台切光忠が団子の乗った皿を持って現れた。

 

「…ん…」

 

大倶利伽羅はゆっくりと体を起こした。

 

……

 

「そうそう、この前の鍛刀で「大倶利伽羅」がでたって、知ってた?」

 

その光忠の言葉に、大倶利伽羅は最後の団子を茶で飲み下して「俺?」と言った。

 

「もちろん君じゃないけど、2振り目の「大倶利伽羅」が出たんだって。」

「ふーん」

「興味ない?」

「あるわけないだろ。」

「だよね。」

 

光忠はそう苦笑して答えながら、茶を一口含んだ。

 

「僕は興味あったから、ちょっと第2部隊の宿舎に行ってみたんだ。」

「それは禁止されてるんじゃなかったか?」

「第2部隊は2振り目達だけで構成されてるから、1振り目が行ったら混乱が起きるって理由だろ?でも、光忠(ぼく)は2振り目がいないから、別にいいかと思ってさ。」

「…それで?」

「2振り目の「大倶利伽羅」君、君とはまた違う顔だった。幼い感じかな。」

「顔が違うのに、俺ってわかるのか?」

「腕の倶利伽羅文様が何よりの証拠だろう?服も一緒だし、武装も何もかも一緒なんだけど、顔だけが違う。あ、なんとなく性格も違うかも。第2部隊はまだ、大倶利伽羅君除いて、短刀君達だけじゃない。庭で遊んでる短刀君達を、縁側で座って見ながら微笑んでたよ。」

「俺が微笑んでただと?」

「君じゃないけど、ま、馴れ合わない「大倶利伽羅」が微笑んでたってことだね。」

「気色悪い」

 

思わず顔をゆがめて言った大倶利伽羅に、光忠が声を上げて笑った。

 

……

 

光忠は、畑で野菜の収穫をしていた。今日の夕餉の準備である。主に命令されたわけじゃないが、夕餉の準備は主に光忠がする。元々、好きな性分だ。

 

「今日も、綺麗な色に染まったねぇ。」

 

手に取ったトマトを優しくもいでから、そう言った。野菜に話しかけるのは、光忠の癖だ。同じ命あるものだということはわかっている。そして、こうして収穫して自分達が食することによって、その命がつきることも。

 

「ちゃんと、おいしくいただくからね。今日は、君をどう料理しようかなぁ。トマトソースグラタンなんていいかな。」

 

その時、そばに誰かが立った。足音もしなかったので、光忠は驚いて顔を上げた。幼い顔が自分を見下ろしている。

 

「ああ!2代目の大倶利伽羅君か。」

「すいません。光忠さん。」

 

2代目大倶利伽羅が、ぺこりと頭を下げた。こんなこと、1代目はしないな…と光忠は心の中で笑いながら、トマトの入った籠を持って立ち上がった。

 

「どうしたの?」

「第1部隊の畑には近寄らないように言われていたんですが…どうしても、野菜が足りなくて。」

「ああ、第2部隊はまだ人数も少ないしね。食事の準備とか、短刀君達の世話とか皆君がやってるんだって?」

「え?どうしてそんなこと」

「主から聞いたんだ。君1人に負担がかかってるから、なんとか鍛刀を増やして、第2部隊に太刀か打刀を入れるってさ。」

「そうですか。そんなことを主が…」

 

大倶利伽羅が、頬を赤らめてうつむいた。1代目より少し幼い顔とはいえ、大倶利伽羅には違いない。珍しいものを見るような気がして、光忠はつい2代目の顔を見つめていた。

2代目は、不思議そうに光忠を見返した。

 

「?どうしました?」

「え?あ、ごめん。僕んところの大倶利伽羅は、そんな表情しないなって思ってね。」

「先輩は、しないですか?」

「先輩って呼んでるんだ!あはは、なるほどね!」

 

光忠はそう笑ってから、2代目に尋ねた。

 

「その先輩の顔、見たことある?」

「遠くから、お姿だけは。僕とは違う…とても強そうな、雰囲気でした。」

「うん。レベルはかなり高いよ。君のレベルは今どれくらい?」

「まだ、出陣に2回しか行っていないので…そんなに…。」

「そうか。うちの主は戦闘嫌いだからなぁ。」

「僕も、先輩みたいに強くなれるでしょうか?」

「手合わせくらいなら、主に言えばさせてもらえるんじゃないか?また頼んであげるよ。」

 

光忠がそう言うと、2代目は少し不安そうな表情をしながら微笑んだ。…期待はできないのだろう。

 

……

 

「断る!」

 

1代目の大倶利伽羅は、不機嫌な表情で、そう光忠に一喝した。

光忠は(やっぱりな)と心の中で苦笑した。

 

「主の命令でも?」

「それをさせたのは、光忠だろ?絶対に嫌だ。」

「どうして?自分より強くなられては困るからかい?」

「そんなんじゃない!」

 

大倶利伽羅は、光忠から顔を背けながら答えた。

 

「人に頼って強くなるなんて、甘ったれた考えが嫌なんだ。」

「だって僕達が入った頃と違って、出陣ほとんどないんだよ?どうやって、強くなるんだい?」

「手合わせは、別に俺じゃなくていいだろう。」

「そうだけど。」

「とにかく俺はいやだ。」

「そーですか。」

 

これ以上の説得は無理だな、と光忠は早々にあきらめることにした。大倶利伽羅は不機嫌な表情のまま、「もう寝る!」と言い、光忠を見上げた。

 

……

 

何か慌しい物音で、大倶利伽羅は目を覚ました。まだ朝だと思っていたが、明るさからして、昼近くだとわかった。

 

「やべ!なんで光忠起こしてくれなかったんだ!!今日、畑仕事の当番なのに!」

 

そうぶつぶつ言いながら立ち上がり、庭に面する障子を開いて驚いた。

第1部隊の打刀達が、血に染まった短刀達を横抱きにして走っている。

 

「なっ!?どうしたんだ!…!!…長谷部!何があったんだ!?」

 

大倶利伽羅は裸足のまま庭に飛び降り、今剣を抱いて走っている長谷部を追いかけた。

長谷部が息を切らしながら答えた。

 

「第2部隊が、出陣でほぼやられたんだ!手入部屋もいっぱいだから、とりあえず第2部隊の宿舎で俺たちが手当てしないと…」

「大倶利伽羅は!?」

「大倶利伽羅?」

「俺じゃない!2振り目の奴だ!」

 

大倶利伽羅はそう言いながら、第2部隊の宿舎の玄関を開き、長谷部を先に中に入れさせた。長谷部は軽く会釈をして、また走り出しながら答えた。

 

「彼は一番重篤な状態なんだが、短刀達を先に手入れさせろって言ってな。部屋で寝かせてる。」

「あいつ独りでかっ!?」

「光忠が行ってる!」

「!よし、俺もそっちにいるから、手入部屋が空いたら呼びに来てくれ!」

「わかった!」

 

長谷部が、開いたままの障子から部屋に入ったのを見届けてから、大倶利伽羅は反対側に走った。

 

(俺達の宿舎と同じ作りなら、奥にまだ部屋が…)

 

そう思いながら走っていると、光忠の声がした。「気を失うな!」と叫び続けている。

その声のする部屋の障子を開け放すと、ぐったりした2代目「大倶利伽羅」の姿が、目に飛び込んできた。

 

「倶利伽羅!?」

 

2代目に覆いかぶさるようにしていた光忠が、驚いた表情で大倶利伽羅を見上げた。

 

「主は、こいつらにどんな出陣に行かせたんだ!!レベルは考えてなかったのか!?」

 

大倶利伽羅が、光忠にそう怒鳴った。光忠は沈うつな表情で2代目に目を落としながら答えた。

 

「…短刀たちが、レベルを上げたいと隊長のこの子に懇願したらしい。それで、この子も承諾して、主に頼んだそうだ。主は、何度もだめだと言ったが、結局押し通した。…それで、こんなことに…」

 

「先輩」

 

体中血だらけの2代目が、大倶利伽羅をうつろな目で見上げていた。

 

「先輩?…俺のことか?」

 

大倶利伽羅は、2代目の横に屈みこんだ。

 

「馬鹿かお前は!!短刀たちが何を言ったか知らんが、無理な出陣をさせたお前に責任があるんだぞ!」

「倶利伽羅!!今は怒る状況じゃない!」

「わかってる!!」

 

大倶利伽羅は、光忠にそう言い返してから口をつぐんだ。

2代目の息がかなり荒い。そして…姿が少し消えかかっている。

 

(…まずい、このままじゃ死んじまう…)

 

大倶利伽羅と光忠は、同じ事を思っている。どう見ても、助かる様子がない。2代目は何度もまぶたを開こうとするが、限界が来ている。

 

「だめだ!目を開けろ!!」

 

大倶利伽羅が、2代目の頬を軽く叩きながら言った。2代目が目を薄く開いた。

 

「体が治ったら、俺がじきじきに手合わせしてやる!!」

 

大倶利伽羅のその言葉に、2代目の目が少し見開かれ、口元が少し緩んだ。

光忠が微笑んでいる。

 

「だっ…だから死ぬな!!気をしっかり持て!!」

「はい」

 

障子がいきなり開け放たれた。長谷部が息を切らして立っている。

 

「手入部屋がもうすぐ1つ空くぞ!そいつを今のうちに運んでくれ!」

「!わかった!」

 

光忠はそう返事をすると、2代目の上半身を起こそうとした。が、大倶利伽羅がそれをさえぎった。

 

「倶利伽羅?」

「俺が運ぶ!光忠は先に手入部屋に行ってくれ!」

「…よし!」

 

光忠は何かを悟ったように口元に笑みを見せると、先に立ちあがった。

 

「2代目君、1代目の手合わせが終わったら、僕の手料理を食べてもらうからね。楽しみにしてるんだよ。」

 

2代目が光忠を見上げて微笑み「はい」と答えた。光忠は微笑み返すと、すぐに険しい表情を外に向け、走り去った。

大倶利伽羅が2代目の顔を見下ろした。確かに自分より幼い顔をしている。だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「体を上げるぞ、いいか?」

「はい」

 

大倶利伽羅が、2代目の背に手を差し入れ、ゆっくりと上半身を上げた。そして、2代目の腕を自分の肩に回そうとした。

 

「…っ!!」

 

2代目の顔が痛みに歪む。

 

「!大丈夫か?!すまない、ゆっくりと動かすぞ。」

 

2代目はうなずいた。返事をするのも辛い様子である。大倶利伽羅は、2代目の頭を自分の肩にもたれさせ、両膝の下にも反対の腕を差し入れると、ゆっくりと立ち上がった。

 

(体がかなり冷たい…。それに軽すぎる。)

 

2代目の姿が消えかかっている。大倶利伽羅が1歩踏み出したとき、耳元で「先輩」というささやき声がした。

 

「今しゃべるな!後で聞く!」

 

大倶利伽羅がそう怒鳴りつけると、閉じていた2代目の目が少し開いた。

 

「…暖かい…」

 

2代目はそう呟くと、再び目を閉じた。そして、体中の力が抜けた。

 

「!?」

 

2代目の体は、大倶利伽羅の腕の中で、ダイアモンドダストのように儚く散り、消えた。


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