大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

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友を殺せるか

1代目「大倶利伽羅」は、息を切らしながら、手入部屋に向かっていた。

 

(光忠が重傷だなんて…)

 

1代目自身は、第4部隊の隊長として遠征に出ていた。無事に終わったが、帰って長谷部に報告に行くと、長谷部がうろたえた様子で「すぐに手入部屋に行ってくれ」と言った。

 

手入部屋の前には、2、3、4代目「大倶利伽羅」全員が正座していた。4代目が「1代目!」と言い、顔を上げた。2代目3代目は沈鬱な表情でうつむいたままだ。

 

「光忠の様子は!?」

 

何も答えない2人の代わりに、4代目が答えた。

 

「帰ってこられた時は、もう歩けない状態でした。俺達3人でなんとか担いでここまで…」

「光忠…」

 

2代目が口を開いた。

 

「出陣に出る前からおかしかったんだ…」

「!何?」

 

1代目は先に遠征に出たため、光忠の出陣を見送っていない。代わりに、2代目が見送ってくれたのだ。

 

「どうおかしかったんだ?」

 

1代目が、2代目の前に片膝をついて尋ねた。3、4代目も不安そうな表情で2代目を見た。

 

「1代目によろしく…とか…後の事は頼むね…とか…まるで、もう会えないかのような言葉ばかり並べて…。俺…光忠が冗談で言ってるのかと思って、笑って「わかった、任せろ」って…」

 

2代目はそこまで言って、目に手を当てた。

3代目が、2代目の肩に手を乗せた。2代目は、一旦涙を払ってから続けた。

 

「今、思えば、こうなることを予感してたんだ。」

「…まだ、壊れたわけじゃない。」

 

1代目が、2代目の頭に手を乗せて言った。

 

「きっと、元に戻る。」

 

2代目がうなずいた。4代目が2代目の背に手を乗せた。

 

……

 

1代目は、長谷部の部屋にいた。光忠が出陣した状況を尋ねにきたのだ。

長谷部が、記録帖を開いて黙り込んでいる。

 

「長谷部、どうした?俺にも見せてくれ。なんだ、さっきから抱え込むようにして…」

「…これを書いたのは、確か薬研(やげん)だったと思うが…。」

「それがどうした?」

「おかしいんだ。こんなこと本当にあったんだろうか?」

「だから、見せろ!」

「お前が…」

 

長谷部が顔を上げて、1代目を見た。

 

「お前が、急に現れたんだそうだ。」

「!?何っ!?」

 

1代目は、思わず腰を浮かせた。

 

……

 

「倶利伽羅?」

 

光忠は、突然背中に現れた1代目「大倶利伽羅」に振り返った。

 

「どうしたんだ?お前、第4部隊と遠征じゃなかったか?」

 

1代目は黙って、刀を抜いた。

 

「!!」

 

光忠もとっさに刀を抜き、構えた。

1代目が無表情のまま、光忠に刀を振り下げた。光忠は、それを弾いた。

 

(倶利伽羅じゃない!)

 

光忠は、そう思いなおすと、1代目に斬りかかった。

 

「光忠殿っ!!」

 

短刀の薬研籐四郎が、駆け寄ってきた。そして、2人が戦うのを見て立ち止まった。

光忠が「手を出すな!」と叫んだ。

光忠と1代目が、間断なく打ち合っているのを見て、薬研は(互角だ)と思った。

 

そのうちに、光忠に疲れが見えてきた。対して1代目は表情を変えず、まるで人形のように、光忠を追い詰めていく。

薬研は助けようと刀を抜いた。が、光忠が「駄目だ!」と、息を切らしながら言った。

 

「光忠殿…」

 

光忠は1代目の刀を払い上げると、体を返して1代目の体を蹴り飛ばした。1代目の体が地面に叩きつけられた。

 

「今だっ!」

 

薬研が思わず声を上げた。光忠は両手で刀を持ちかえ、上段から1代目を突き刺そうとした。

だが…そのまま動かなくなった。

 

「光忠殿っ!」

 

薬研の叫びと共に、光忠は1代目に脇腹を刺し貫かれた。

 

……

 

「…後は、他で戦っていた石切丸が戻ってきて、札で本体をさらしたとたん逃げられたとの事だ。」

 

長谷部がそう言って、記録帖を閉じた。

 

「…光忠は…俺を刺すことに躊躇したってことか…」

 

1代目が、目に手を当てて言った。長谷部が沈鬱な表情でうなずいた。

 

「頭ではお前じゃないとわかっていても、刺せなかったんだろう。」

「くっそ…卑怯者…」

 

1代目は立ち上がると、障子を大きな音を立てて開け放し、足早に出て行った。

 

……

 

「1代目の写しだって!?」

 

3代目が2代目の部屋で叫んだ。2代目がうなずいた。

 

「1代目そっくりの敵だったから、光忠、刀を振れなかったって…」

「それで、やられたってわけか。」

 

3代目が唇を噛んだ。2代目が口を開いた。

 

「狡猾な敵だな。まだ自分自身が現れたのなら戦えるが、相手が自分が信頼している人となると…」

「本当だ。まだ自分自身の方が、ためらわず殺れる。」

「俺達だって、1代目が出てきたら…躊躇してしまうよな…。」

「…というか、勝てる自信をまず失う。」

 

その時「失礼する」という声と共に障子が開き、4代目が入ってきた。

 

「交代の時間か!」

 

2代目が腰を上げた。3代目が、4代目に尋ねた。

 

「光忠の様子は?」

「相変わらずだ…苦しそうな息遣いが続いてて…」

 

4代目がそこで黙り込んだ。

 

「…行ってくる。」

 

2代目が立ち上がり、うなだれる4代目の肩をぽんと叩いてから、部屋を出て行った。

 

「1代目は来たか?」

 

3代目が言った。4代目は首を振った。

 

「いや…。どこにいるのかもわからない。」

「…1代目が一番辛いだろうな。」

「ああ。おかしな気を起こさないといいが。」

「!!」

 

3代目は顔を上げ、自分を見返している4代目に向いた。

 

「1代目を探しに行こう!」

 

4代目はうなずき、3代目と同時に立ち上がった。

 

……

 

1代目は、池のほとりに立っていた。

 

(同じ出陣先に行けば、俺の写しに会えるのだろうか?)

 

じっと、その事を考えていた。

 

(俺を殺れるのは、俺しかいない…。よし、長谷部に頼んでみよう。)

 

1代目はそう決意すると、振り返って本舎に向かおうとした。

すると、光忠が立っていた。

 

「光忠?」

 

そう呟いてから、1代目はほっとした表情になった。

 

「お前、治ったのか!」

 

そう言ったが、光忠は無表情だ。

 

「!!」

 

1代目は表情を変えた。

 

「…まさか、お前は…」

 

光忠が、刀を抜いた。1代目も条件反射で刀身を抜き、光忠に向けた。

 

(光忠の気持ちがわかる…)

 

1代目は、刀を構えたままそう思った。

 

(お前と戦うなんて…お前を殺すことなんて…俺にはできるのか…?)

 

「1代目!」

 

3代目と4代目が駆け寄ってきた。そして1代目の前にいる光忠を見て、2人ともぎくりとしたように立ち止まった。

 

「光忠?」

「違う!」

 

4代目が、3代目の肩を掴んで言った。

 

「あれが、写しだ。」

 

3代目が刀身を出現させ、抜いた。

 

「手を出すな!!」

 

1代目が叫んだ。

 

「こいつは、俺独りで十分だ!」

 

歯軋りする3代目の体を、4代目が押さえた。

 

「任せよう。1代目に」

 

4代目がそう言ったとき、2人の前に光忠が現れた。

 

「!!」

 

4代目が振り返ると、自分の後ろにも光忠がいる。

 

「こいつら…俺らを翻弄するつもりだ!」

 

3代目と4代目は同時に刀身を抜いた。

1代目はそれに気づいたが、自分が戦うのに精一杯だった。無表情の光忠が、躊躇なく1代目を攻めている。

 

(くそ、あいつらはまだ、光忠と戦う力なんて…)

 

1代目はそう思いながら、振り下ろされる刀を払った。

 

……

 

2代目は、光忠の声に顔を上げた。

 

「倶利…伽羅…」

「光忠!」

 

2代目は腰を上げて、光忠の顔を覗き込んだ。光忠が、うっすらと目を見開いて2代目を見た。

 

「光忠!」

「倶利伽羅が…」

「ん、1代目が何?」

「…今…僕と戦ってる…」

 

2代目は「え?」と驚いた目で光忠を見た。

 

「だから…」

 

光忠の声が出なくなった。2代目は、光忠の口元に耳を寄せた。光忠が何かを囁いた。それを聞き取った2代目は目を見開き「わかった!」と言い、部屋を飛び出した。

 

……

 

池のほとりでは、3人が戦い続けていた。

だが、3人とも疲れが出てきている。さすがの1代目も息を切らしていた。

 

(らちがあかない!)

 

1代目はそう思った。いつでも、光忠を刺し貫こうと思えばできるのに、どうしてもできなかった。

 

(だめだ…俺にも…あいつを刺すことなどできない…)

 

1代目がそう思った時、遠くから2代目の声が響いた。

 

「光忠が目を覚ました!もう大丈夫だから、ためらうなっ!!」

 

1代目は光忠と刀を結んだまま、駆け寄ってくる2代目に驚いた目を向けた。

3代目、4代目も2代目に向いた。

 

「光忠が?」

 

1代目が呟くように言った。そして、目の前の光忠ににやりと笑った。

 

「だそうだ。おあいにく様だなっ!」

 

そう言って、光忠を押しのけるようにして刀を払うと、初めて刀の切っ先を光忠に向けた。

 

その時、2代目が「くらえっ!」と叫んで飛び上がり、1代目の前の光忠に何かをぶつけた。すると、3体の光忠が天を仰ぎ、狼の遠吠えのような声を上げた。

そして、その姿は黒い影となった。

 

「今だっ!!」

 

2代目の声と共に、3人の大倶利伽羅は、影を刺し貫いた。

それぞれの影の悲鳴が上がった。

 

……

 

「札を、石に巻きつけたのか。」

 

1代目が、残った札を石ごと持ちながら、2代目に言った。

 

「だって、それしか投げる方法ないから。」

 

2代目が頭を掻きながら言った。1代目が尋ねた。

 

「この札はどうしたんだ?」

「ここに来る前、石切丸さんの部屋に行ったんだ。そしたら夜戦でいなかったんだけど、机の上に「何かあったら、これを使うように」っていう書置きと、お札が1枚置いてあったんだ。」

「!…そうだったのか…」

 

1代目は(後で石切丸に、礼をしにいこう)と思いながらうなずいた。2代目が続けた。

 

「で、光忠からは「自分は大丈夫だからって、倶利伽羅に言え」って。「そうすれば、きっとためらわずに自分を突き刺せる」って。」

「…!そうか…」

「お札はいるかどうかわからなかったけど、念のために使ったほうがいいと思って。」

「おかげで助かった。」

 

1代目はそう言って、傍で大の字に倒れている3代目と4代目を、苦笑しながら見た。

 

「あいつらには、いい鍛錬になったようだな。」

 

2代目も笑って、2人を見ながら言った。

 

「俺も戦いたかったな、光忠と。」

「奴が元気になったら、手合いを頼んでみろ。」

 

1代目のその言葉に、2代目がうなずいて、微笑んだ。

 

……

 

「光忠」

 

1代目が手入部屋に入り、光忠の傍に座った。部屋の外には、2代目達が正座をして座っている。

光忠が1代目を見て、微笑んだ。

 

「…良かった…無事で…」

「今は、しゃべるな。」

「…1つだけ…謝りたいことが…」

 

嗄れた声で、光忠が言った。1代目は目を見開き「なんだ」と言った。

 

「出陣先でお前が現れた時…お前が死んだのかと思った。」

「!…」

「だから…ためらってしまった…」

「…そうか…」

 

(2代目に「大丈夫」と言わせたのかそういうことか)と、1代目は思った。

 

「お前が簡単に死ぬわけないって、今になって思って…」

「もういい。」

 

1代目は、光忠の頭に手を乗せた。

 

「とにかく、早く体を治せ。」

 

光忠が、うなずいた。そして、眉をしかめながら言った。

 

「頭を触るな。髪が乱れる。」

 

1代目は、目を見開いた。部屋の外で、2代目達が大笑いした。

 

 


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