2代目「大倶利伽羅」の部屋で、3代目4代目「大倶利伽羅」は、2代目を前に緊張した表情を見せていた。
「とにかく、この計画は俺達だけで実行する。宿舎の短刀達はもちろんだが、勘の強い1代目や光忠にも悟られないように気をつけよう。」
2代目の言葉に、2人はうなずいた。
……
「大倶利伽羅さん」
自室の縁側で考え事をしていた4代目は、その声に顔を上げた。3代目の短刀「五虎退(ごこたい)」が、目の前に立っている。
4代目はいつもの無表情のまま、五虎退を見た。五虎退は今にも泣き出しそうな顔をしている。
「取れないの」
「?何が?」
「4代目さんの腰布がね、洗濯物と一緒にお空へ飛んじゃって…」
「え?」
「木に引っかかったんだけど、高くて取れないの。」
4代目は、黙って立ち上がった。
「ごめんなさい!」
五虎退が、怯えて肩をすくめた。4代目が言った。
「謝ることないよ。取りに行こう。」
「え?」
4代目が、五虎退に手を差し出した。五虎退は不思議そうにその手を見て、また4代目を見上げた。
「手をつなぐんだ。行くぞ。」
五虎退はうれしそうな顔をして、4代目の手に自分の手を乗せた。
(俺って、やっぱり怖いのか。)
そう思いながら、歩き出した。
……
確かに、4代目の腰布(3代目の物かもしれない)が、高い木の上に引っかかっていた。
身の軽い五虎退でも、さすがに高すぎるようだ。
五虎退が、4代目の顔色を伺っていた。まだ怒られると思っている。4代目は、五虎退に「ここにいろ」と言って、木の幹に足をかけた。
「!!大倶利伽羅さん…」
「木登りは、得意なんだ。見てて。」
4代目はそう言うと、勢いをつけて、一番低い枝に片手をかけた。浮いた足を幹に押し付けると、その足に力をこめて体を上げ、もう片方の手で、その上の枝をつかんだ。
「大倶利伽羅さん、すごい!」
五虎退が、4代目を見上げて叫んだ。
……
腰布は無事に回収できた。
4代目は、なんなく木から下り、五虎退に向いた。
「ありがとう!」
五虎退が言った。
「礼を言うのは、俺の方だ。」
4代目は、回収した腰布を腕に抱えて言った。
「洗濯、ありがとう。」
五虎退が驚いたような表情で、4代目を見上げた。
「うん!」
五虎退がそう嬉しそうに答えると、突然4代目は、五虎退を突き飛ばした。
「!!?」
五虎退は、背中の痛みを堪えながら、ゆっくり体を上げた。
そして前を見た。
「!!大倶利伽羅さん!」
4代目がこちらを向き、体をのけぞらせていた。
その4代目の後ろには、何か黒い影がうごめいている。
4代目が、がくりと両膝をついた。…が、すぐに片膝を立て刀身を出現させると、振り返りざまに刀身を抜き振り上げた。しかし、キンという音と共に弾かれる。
五虎退の目つきが変わり、短刀を出現させた。
「足手まといだ!逃げろ!」
その4代目の言葉に、五虎退は目を見張った。そして黙って刀を収めると、4代目に背を向けて走り出した。
4代目は、影が振り下ろす刀を弾き上げ、胴を払った。
影は、真っ二つに割れて消えた。
「…また…妖魔がここまで…」
4代目はそう呟くと、その場に倒れた。
「4代目!!」
3代目の声が、遠くからした。
……
4代目は、手入部屋でうつぶせに寝かされていた。斬りつけられた背中の傷は命には別状はないものの、深かった。
その4代目の手を、誰かが握った。
4代目がゆっくり目を開くと、五虎退が自分の手を握っている。
「…さっきは…ひどいことを言った…」
4代目が、呟くように言った。五虎退は首を振った。
「僕を逃がす為に言ってくれたんだよね。だから、3代目さん呼んだの。」
「…そうか…お前はかしこいな。」
4代目はそう言うと、目を閉じた。そして、そっと五虎退の手を握り返した。
……
3代目「大倶利伽羅」は、2代目「大倶利伽羅」の部屋で神妙な表情で座っている。
「石切丸さんのお札、それぞれの宿舎には貼ってるけど…庭となると、どうすればいいか。」
3代目が、ため息をついた。
「4代目が言っていたとおり、かなりやばい状態かもしれない。」
2代目が言った。
「すぐにでも計画を実行したいところだけど…4代目がいないと…」
そこまで言って、2代目は口をつぐみ障子を見た。ばたばたと短刀達が走る音がする。3代目がため息をつき、障子を開きながら言った。
「おい!廊下は走るなって言ってるだろ!」
「薬研が!!」
3代目は、2代目と見開いた目を合わせ、庭へ飛び出した。
2代目は、一緒に追おうとする短刀達を「待て!」と止めた。
「お前らは出るな!」
「でも…」
平野が刀身を握り締めながら、2代目を見上げた。
「大丈夫。3代目に任せよう。とにかく、ここから出るな。」
2代目は優しくそう言い、険しい表情を庭に向けた。
……
短刀「薬研籐四郎」は、黒い影の刀を、かろうじて刀身で防いでいた。何度も弾き上げたが、まとわりつくように迫ってくる。
「薬研っ!!」
3代目が、走りながら刀身を出現させて飛び上がり、黒い影を背後から叩き斬った。
薬研は、仰向けに倒れた。
「薬研っ!」
3代目が、その薬研の体を起こそうとした。が、薬研が首を振って言った。
「大丈夫です…。気が抜けただけです。」
「怪我はないか?」
「はい。ですが、とにかくしつこくて…」
「さすがだ。よく耐えたもんだよ。」
3代目が感心した声でそう言い、薬研の肩を叩いた。
……
本舎-
「防ぐ方法はないのか?そのウィルスとやらを…。」
長谷部の部屋で、1代目「大倶利伽羅」が言った。
「俺に言われたって…」
長谷部が、頭を抱えている。
「頼りの4代目は臥せってるし、主とは連絡が取れないし…」
「道を絶たれているってことか?」
「だろうな。だが、そのウィルスとやらは、入ってくる。」
「やつらだけが通れる道があるんじゃないのか?」
「…そうなんだろうか?だとしたら、よけいにやっかいだな。」
1代目が、大きく息をついた。
……
「恐らく、増殖しているんだ。」
4代目はうつぶせに寝たまま、前にいる2代目に言った。
「増殖!?」
「そうだ。」
「石切丸さんが、いくら札を書いても足りないのはそういうことか。」
2代目が、ため息をついた。そして後ろ手に襖を開き、外に誰もいないことを確かめると、再び閉じた。
「計画を実行したいところだが、お前が動けないとなると…」
4代目は、体を起こそうとした。2代目がその体を押さえた。
「4代目!駄目だっ!」
「…このままじゃ、本丸が奴らに乗っ取られてしまう。」
「わかってる!だが、ちゃんと怪我を治したからじゃないと駄目だ!」
4代目は、不甲斐なさに唇を噛んだ。
……
本丸に「短刀は宿舎から出ないように」という、長谷部からの通達が出された。
太刀、打刀も、1人での行動が禁止された。
……
「踏んでごめんよ君達。でもこうしないと、防御が強すぎて君達を出してやれないから。ほら、早くその武装を解いてよ。…そうだそうだ。いい子だ。…いたっ!まだ抵抗するのかい?君は、本当に恥ずかしがりやだねぇ。」
「光忠」
獅子王があきれ顔で、落ちている「いが栗」を踏んで回りながら言った。
「栗に話しかけるな。おかしな気持ちになる。」
「だって、かわいそうじゃないか。」
光忠がそう言いながら、割れたイガから栗を取り出した。
「ほおら、つっかまえたー!」
「……」
獅子王は苦笑しながら、いが栗を踏んだ。
「しかし、こんなことしてていいのか?」
光忠は、獅子王の言葉にふと表情を曇らせた。獅子王が続けた。
「この空の具合といい、どんどんひどくなっているような気がするんだが…」
光忠が、呟くように答えた。
「今は…短刀達の心を、できるだけ平穏にしてやるのが先決だ。」
「…確かにな…。こんな状況じゃ、この本丸がどうなるのか不安にならないわけがない。」
獅子王がそう言い、黙っていが栗を踏みつけた。
「あっ、もっと優しく踏んであげて!」
光忠の言葉に、獅子王はため息をついた。
……
「乱(みだれ)ー!」
ふてくされ顔で自室にいた1代目「乱籐四郎」は、その声にはっと顔を上げた。
障子が開き、3代目「大倶利伽羅」が顔を出した。
「倶利伽羅!」
「暇を持て余してる顔だな。」
3代目はそう言い、部屋に入ると障子を閉じた。手には、ケーキの乗った皿とスプーンを持っている。
「差し入れだ。光忠と作ったんだ。」
「ありがとう!」
「他の短刀達のは、光忠が冷蔵庫に入れてるから。」
「モンブランね。」
乱が、前に置かれたケーキを見ながら言った。
「はい!「大倶利伽羅」が「大栗から」作りましたっ!」
「きゃははっ!」
3代目の親父ギャグに、乱が笑った。その顔を、3代目は少し寂しげに見た。
(この笑顔も、もう見納めなのかも知れないな…)
そう思った。乱が「倶利伽羅のは?」と言った。
「俺は、味見で食いすぎてさ。」
3代目の返答に、乱がまた笑った。
3代目はスプーンを取り、モンブランのクリームを掬うと「はい、あーん」と言った。乱が嬉しそうにそのクリームを食べた。
「美味しいか?」
「美味しいっ!」
「良かった。」
「はい、じゃぁ倶利伽羅も!」
「だから、俺は食べすぎで…」
「あーんしてっ!」
3代目は困ったような顔をしながらも、口を開いた。その口に乱がクリームの乗ったスプーンをそっと入れた。3代目がそれを銜えた。
「…ちょっと…倶利伽羅!」
スプーンが抜けない。3代目が銜えたまま離さないのだ。
「倶利伽羅、スプーンは食べちゃ駄目っ!!」
乱が笑いながらスプーンを抜こうとするが、3代目は面白がって離さない。
「やぁだぁ、倶利伽羅ったらもおおっ!」
乱がそう言ったとき、3代目の目がふと障子に向いた。
「あ」
少し開いた障子の隙間から、短刀達が覗いていた。
……
「4代目の体、案外筋肉質なんだな。」
上半身をはだけている4代目の背中に、薬の塗られた大きなガーゼを貼りながら、2代目が言った。
「そうか?」
「きゃしゃに見えて、結構筋肉ついてる。はい、できたよ。」
2代目はそう言うと、傍に置いたカッターシャツを肩からかけてやった。
「これ誰の?」
4代目が、背中の傷が開かないようにそっと袖に手を通しながら尋ねた。普段はTシャツを着ているのだが、かぶりものはまだ着ることができない。
2代目が笑いながら言った。
「お前が、ホストの格好した時に着てたシャツ。」
「ああ、2代目が女装した時の。」
「それを言うなっ!!」
4代目は、目を細めてくすくすと笑った。2代目はその顔を見て、ふと眉を曇らせた。
(やっと、4代目にも表情が出てきたのに…。俺達と心中させるのは惜しいな…)
そう思った。
その時、廊下を歩く足音がした。その足音で、2代目と4代目は目を見開いた。
「どうだ?4代目具合は。」
1代目「大倶利伽羅」が顔を出した。
「1代目!」
4代目は、組んでいたあぐらから正座にかえようとした。1代目が慌てるように4代目の肩に手を乗せた。
「そのままで!あまり動くな。」
「はい…」
4代目は、体を元にもどした。2代目は4代目の後ろで座っている。
1代目は2人の前にあぐらを掻いて座り、微笑みながら言った。
「手入部屋を覗いたら、宿舎に戻ったって聞いてね。」
「ありがとうございます。」
「お前は今まで働きすぎた。今のうちに休んでおくんだ。」
「…はい。」
「1代目」
2代目が、4代目の後ろから言った。
「なんだ、2代目」
「主の方はどう?長谷部さん、何か言ってた?」
「相変わらず、主とは断線したままだ。なのに、妖魔はどんどん増えていっている。どうすればいいのか、頭を悩ませているところだ。」
4代目が、うつむいた。
「ただ、石切丸の札のおかげで、宿舎だけは守られている。外に出なければ、危険はない。…だが、それもいつまで持つものかわからないしな。」
1代目が、そう言い大きく息をついた。
その時、光忠が息を切らして、庭から現れた。
「倶利伽羅!」
1代目は光忠に振り返り、腰を上げた。
「どうしたっ!」
「本舎が、妖魔に囲まれてる!」
「何っ!?」
4代目が思わず腰を上げた。2代目が慌てて、その4代目の肩を押さえた。1代目は「動くなよ」と4代目に言ってから、光忠を追った。
4代目は「くそっ」と毒づき、目に手を当てた。
「計画の実行を少しでも早くすすめられるように、傷を治すことに集中しろ。」
2代目は、そう4代目の肩を叩いて言うと、部屋を出て行った。
……
「石切丸さん!」
2代目は、祈祷所の戸を開いた。
「!!石切丸さんっ!?」
石切丸が祭壇の前で、うずくまっている。妖魔が増殖しているため、石切丸の霊気が弱ってきているのだった。
「…すまぬ…」
石切丸が、自分の背を抱え込んだ2代目に言った。
「私の力が、限界に来ている…」
「!…」
石切丸は、息苦しそうに言った。
「札は…書くだけ書いたが…どこまで…効力が持つか…わからない…」
「石切丸さん、ここに寝て。」
2代目がゆっくりと、石切丸の体を横たえらせた。
「獅子王さんを呼んで、手入部屋に運んでもらうから、もう少し我慢して。」
石切丸が、うなずいた。
「…後は…俺達に任せて。」
そう2代目は呟くと、きっと目を上げ、部屋を飛び出した。
……
2代目が本舎に着いた時は、妖魔たちは姿を消していた。
2代目が長谷部の部屋に入ると、1代目が光忠と並んで座り、その前に長谷部がぐったりと、武装のまま体を横たえていた。
「長谷部さん!」
「大丈夫だ。怪我はない。」
1代目が、2代目を見上げながら言った。
「出陣よりきつかったな。」
長谷部はそう言い、ゆっくりと体を起こした。2代目は、1代目の横に座った。
「石切丸さんが…今、手入部屋に。」
「!石切丸がっ!?」
3人がそう同時に言い、2代目を見た。
「はい。限界が来たって…。」
「…そうか…やつ独りで戦わせていたようなもんだったからな。」
1代目が、ため息をつきながら言った。光忠が、困ったように呟いた。
「しかし、石切丸までやられたとなると…どうしたものか。」
「…せめてラインが繋がっていれば、解決策も調べられるのに。」
長谷部がそう言い「痛っ」と頭を押さえた。
「長谷部!?」
1代目と光忠が、頭を抱えてうつむく長谷部の体を支え、再び寝かせた。
「お前も無理をしすぎだ。睡眠が十分に取れてないんだろう。」
1代目が長谷部に言った。長谷部は目を閉じ、大きくため息をついた。
「今、床をひいてやる。とにかく寝ろ。」
光忠がそう言い、立ち上がった。2代目が「手伝うよ」と言って、その光忠を追った。
……
夜-
3代目が神妙な表情で、第3部隊宿舎の縁側に座っている。
(皆が、疲れきってる…)
そう思い、うつむいた。
(1代目も光忠も、元気そうに見せてるけど…それもいつまで持つか…)
3代目は、ふと部屋の中を見て眉をしかめた。
(4代目は?傷は塞がったけど、まだ動けないんじゃなかったっけ?)
床も引いていないのを見て、3代目はしばらく考え込んでいたが「あっ」と叫んで、立ち上がった。
……
4代目は、武装姿で本舎に向かっていた。
(独りで…どこまでできるだろう。)
そう思いながら、歩いている。
(もし、何もできなかったら?)
4代目は、立ち止まった。
(何の役にも立たなかったら…?)
「つーかまーえた!」
背中から抱きつかれ、4代目は目を見張った。
……
第3部隊の宿舎に引き戻された4代目は、3代目と並んで縁側に座っていた。
「お前の気持ちもわかるけど…」
3代目が、月も星もない空を見上げながら言った。
「この現象を見てわかるとおり、独りでなんとかなる相手じゃないだろ。」
4代目は、うつむいた。
「背中はどうだ?さっき思わず抱きついて「しまった」って思ったんだけど…」
3代目の言葉に、4代目が苦笑しながら言った。
「傷はもう塞がってるんだ。ただ、思うように体が動かないだけだ。」
「そうか。しかし、それだとまだ計画を進められないな。」
「……」
4代目はうつむいた。しばらくの沈黙の後、3代目が口を開いた。
「これは、俺のわがままなんだけどさ。」
「?何?」
「もう少し、ここにいるのを堪能したいって思ってさ。」
4代目は目を見張った。3代目がうつむき加減に言った。
「死ぬことは怖くない。だけどもう少しだけ、短刀達と過ごす時間を楽しみたい。…言い方は悪いけど、4代目のおかげで、今、それができているんだ。」
「!3代目…」
「その分、短刀達が危険にさらされるんだけどな…。」
4代目は、愁いを帯びた3代目の横顔を見た。
「…ほんと、俺のわがままだ。」
3代目が、ぽつりと呟いた。
……
翌日 第2部隊宿舎-
2代目は、目の前にいる3代目と4代目に厳しい表情で言った。
「石切丸さんが倒れた今、もう、猶予がない。」
2人が、うなずいた。
「4代目、無理をさせることになるが…」
「俺はもう大丈夫だ。」
4代目は、2代目の言葉をさえぎるように言った。
「そうか。」
2代目が微笑んだ。3代目が、4代目の肩を叩いた。
「よし…。今日の深夜に計画実行だ。」
2代目のその言葉に、2人はうなずいた。