大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

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永遠の別れ

本丸-

 

皆が寝静まった、静かな夜ー

 

 

2代目3代目「大倶利伽羅」は、武装姿で鍛刀部屋の炉の前にいた。

 

「4代目が、パソコンの中の扉を開いたら、炎が上がるんだな?」

「そうだ。」

 

2人は、じっと炎が上がるのを待っている。

 

「3代目」

「うん?」

「炎が上がったら、とりあえず俺が先に飛び込む。お前は4代目を待ってやってくれないか?」

「そんな、わかりやすい手に乗るか。」

 

3代目が即答した。2代目は、一瞬目を見開いて閉じた。

 

「やっぱりだめか。」

「独りで行こうたって、そうは行かない。4代目と約束しただろう。3人で戦うって。」

「…ごめん…」

 

2代目が、目を閉じたまま言った。

 

「…しかし遅いな、4代目。扉を開くのに手間取ってるのか?」

 

3代目が何かをごまかすように、2代目に背を向けて言った。

その時、4代目が急ぐように入ってきた。そして後ろを見渡し誰もいないことを確認すると、鍛刀部屋の戸を閉じた。

 

「遅くなってすまない。」

「!?扉は?開かなかったのか?」

 

2代目が驚いてそう言うと「時間をずらしたんだ」と4代目が答えた。

 

「時間をずらした?」

「扉を開く時間を、5分遅らせた。それなら2代目達が、俺を置いていくようなことにはならないだろうって思って。」

 

2代目3代目は、目を見開いた。3代目が、笑いながら言った。

 

「4代目にもお見通しか。無駄な抵抗だったな、2代目。」

 

2代目が、頭を指で掻いた。4代目は、苦笑してから言った。

 

「そろそろ開く。万一のために30秒で扉を閉じるように設定したから、炎が上がったらすぐに飛び込んでくれ。炎に消えられてしまったら、どうにもならない。」

 

2代目3代目は、表情を引き締めてうなずいた。

 

…しばらくして、轟音と共に、炉から炎が上がった。

 

「!行くぞ!」

 

2代目は、顔だけを後ろに向け「さよなら皆」と呟いてから、炎に飛び込んだ。3代目は、背を向けたまま「さよなら」と呟き、続いて飛び込む。そして4代目は「皆の幸せを」と呟いて、飛び込んだ。

 

…炉の炎が消え、静寂が訪れた。

 

……

 

3人は、ゆっくりと目を開いた。

 

暗闇が広がっている。ただ、3人の体から発するオーラのおかげで、お互いの顔は見えた。

 

「なんだ。あっさりしたもんだな。」

 

3代目が、辺りを見渡して言った。

 

「鍛刀の時の方が、劇的だったな。」

 

2代目が苦笑しながら言った。「確かに」と4代目が笑った。

 

すると、1本の道が現れた。2代目が苦笑した。

 

「向こうから、お誘いだ。」

「しゃくだが、闇雲に歩くのも無駄だしな。」

「行こう。」

 

2代目が、歩き出した。3代目、4代目が続く。

 

……………

 

『ワクチンより効力が高い、ウィルスを撃退する方法を…ほんと偶然なんだけど、見つけてしまったんだ。』

 

4代目の言葉に、2代目と3代目が目を見張った。

 

『どういう方法だ?』

 

2代目が言った。4代目が答えた。

 

『パソコン…というより、ラインの中に入るんだ。』

『?』

『わかりやすくいうと、この身でウィルスを直接撃退するんだ。』

『できるのか!?』

 

3代目が思わず声を上げた。2代目も目を見張っている。4代目は、うなずいた。

 

『だけど、ラインの中に入れたとしても、ウィルスがどんなものか、全くわからずに戦わなくてはならない。』

 

4代目の言葉に、2人が小さくうなずいた。

 

『俺達がいる世界とは、全く違う世界だから、出陣のようにはいかないと思うんだ。』

『…お前、それを独りでしようとしてたのか?』

 

2代目が、厳しい表情で言った。4代目がうなずいた。

 

『俺は、まだこの本丸に来て間もない。いなくなっても、誰も気にしないだろうって思ったんだ。』

『4代目!』

 

2代目が腰を浮かせたのを見て、3代目が止めた。

 

『最後まで話を聞こう。』

 

そう3代目に言われ、2代目はうなずいて座りなおした。

 

……………

 

3人は、暗闇を歩き続けている。3代目が、不思議そうに言った。

 

「すぐに襲われると思ったが、えらい静かだな。」

「こっちの様子を、伺ってるんじゃないか?」

 

2代目がそう答えてから、思い出したように言った。

 

「そういや、3代目。さっき、腰布がどうのこうのって言ってなかった?」

「ああ、前の出陣で破られてさ。それ直してなかったなって思って…」

「そのままか?」

「いや、あのビデオを撮った後に、4代目に直してもらった。」

 

2代目が、4代目の顔を驚いて見ながら言った。

 

「女子力たかーい」

 

普段どおりの2人の会話に、4代目が苦笑した。

 

……………

 

『恐らく、ラインの中に入れば、主のいる現世へ抜け出すことはできないし、俺達のいる本丸にも戻ってこられない。』

『閉じ込められるってわけか?』

 

4代目のその言葉に、3代目が尋ねた。

 

『いや、消滅だ。』

 

2代目3代目が、息を呑んだ。4代目が、続けた。

 

『俺達がいる本丸と、主のいる現世とは次元が違う。次元の説明はうまくできないが、結果から言うと、俺達は主のいる高い次元では、存在することはできない。かと言って、退路は絶たれて行くから、後戻りもできない。』

『退路を絶たれるとは?』

『明日は来るけど、昨日には戻れないだろう?それと同じ原理だ。』

 

2代目が、小さくうなずいた。3代目は、黙り込んでいる。4代目は、頭の中を整理してから口を開いた。

 

『恐らく、俺達の存在する本丸と、主のいる現世の間をつなぐ道があって、その中にウィルスがいる。道を断てば、ウィルスが本丸に流れ込むことはないが、それだと、主も本丸に来られなくなる。』

『それじゃ、この本丸が存在する意味がないな。』

 

2代目の言葉に、4代目がうなずいた。

 

……………

 

3人は、暗闇を歩き続けている。

 

「あ、そう言えば4代目。さっき3人で撮った写真、主に送ったのか?」

 

3代目が、隣を歩く4代目に尋ねた。

 

「ああ、送ったには送ったが、すぐに見られたら困るから、1日遅れて届くようにしておいた。」

「おー」

 

4代目の答えに、2代目3代目が感心した声を上げた。3代目が言った。

 

「あれ、いい写真だ。」

「うん。」

「4代目のあんな笑顔見るの、最初で最後だよな。」

「やめてよ。恥ずかしい。」

 

4代目がそう言って、うつむいた。

 

……………

 

『要するにさ』

 

3代目が、口を開いた。

 

『そのウィルスを、なんとかすればいいってわけなんだな。俺達が消滅する前に。』

『そうだ。だが、ウィルスを撃退する方法がわからない。撃退できなければ、俺達が無駄に消滅することになる。』

『俺達は神だよ。これでも。』

 

3代目が言った。2代目4代目が、目を見開いて3代目を見た。

 

『つまり、俺達の本体は「神体」だってこと。神体に斬れない物はないよ。』

『…ちょっと説得力に欠けるが…』

 

2代目が苦笑しながら言った。

 

『どっちにしても、そのラインというものの中に入らなければ、どうにもならないわけだ。』

 

4代目は見張ったままの目を、2代目に向けた。

 

『俺達でやれることをしよう。消滅なんて怖くない。』

 

2代目が、微笑みながら言った。

 

『俺達が消滅しても、1代目が残っていればいいんだから。』

 

……………

 

2代目が、立ち止まった。

3、4代目も立ち止まって、2代目の前を見た。

 

「…!…」

 

道が3本に分かれている。暗闇の中で、道だけが輝いて見えた。

 

「…ここからは、1人で来いって事か。」

 

2代目が、低い声で言った。

…3人は沈黙した。

 

「共に戦って死にたかったが、向こうが許さないようだ。」

 

2代目がそう言い、2人に振り返った。3代目が、苦笑しながら言った。

 

「結局、独りで戦って、独りで死ぬのか。」

「大倶利伽羅の宿命だな。」

 

4代目のその言葉に、2代目が「そういうことだ」と笑った。

 

「ここでお別れだ。」

 

2代目がそう言うと、3人は誰からともなく、肩を組み合い円陣を組んだ。お互いの頭を合わせ、目を閉じる。

2代目が、口を開いた。

 

「お前達に出会えた事を、幸せに思う。」

「……」

「今まで、本当にありがとう。」

 

3代目が嗚咽をもらした。涙がとめどなく流れている。

 

「お前、泣きすぎ。」

 

2代目が、少しくだけた口調で言った。3代目は、嗚咽を抑えようともせずに言った。

 

「…こんなに…別れが…つらいだなんて…思って…なかった…」

 

円陣を組んだまま、2代目と4代目の手が3代目の頭を撫でる。2代目は、4代目の頭にも手を乗せた。

4代目の閉じた目からも、涙が溢れ出ている。

 

「「大倶利伽羅」の名に恥じないよう、最期まで戦い、潔く散ろう。」

 

2代目のその言葉に、2人は小さくうなずいた。

3人は、同時に言った。

 

「さよなら、永遠に。」

 

 

……………………

………………

…………

……

 

 

 

翌朝-

 

「おい!倶利伽羅起きろ!」

 

光忠に、いきなり叩き起こされた1代目「大倶利伽羅」は、不機嫌に体を起こした。

 

「なんだ、いったい…」

「晴れてるんだ!」

「え?」

「空が晴れてるんだ!妖魔たちもいない!」

「何っ!?」

 

1代目は、開いた障子から庭を見て目を見張った。

 

みごとに晴れている。あまりの青い空に、1代目はしばらく言葉がでなかった。

光忠が縁側に座り、伸びをしながらいった。

 

「主が、ワクチンってやつを見つけてくれたんじゃない?」

「長谷部が、そう言ってるのか?」

「いや、まだ本舎には行ってないけど、それくらいしかあれだけいた妖魔が、いきなり消えるなんてことないんじゃない?」

「…そうか…そうだな。」

 

1代目がそう言い、自分も縁側に出て、光忠の横に立った。

 

(訳がわからないが、とりあえずは平和が戻った…。2代目達も喜んでるだろう。後で、宿舎に行ってみるか…)

 

1代目がそう思ったとき、2代目「今剣(いまのつるぎ)」が、1代目達に向かって走ってきた。泣きそうな表情をしている。

 

「1代目様!光忠様!」

「?」

「どうした、いまつる?何をそんな泣きそうな顔をしてるんだ?」

 

光忠が、自分の前に立った今剣の手を取って言った。

 

「2代目さんがいないの…」

「え?」

「お部屋にも、どこにもいないの。」

 

1代目と光忠は、顔を見合わせた。

 

「それで、第3部隊の宿舎に行ってみたら、3代目さんと4代目さんもいなくなってて…」

「何?3代目達もか?」

 

今剣のその言葉に、1代目が驚いた声を上げたが、光忠が微笑みながら今剣の頭をなでて言った。

 

「きっと、2代目達も晴れたのがうれしくって、大庭の方で鍛錬でもしてるんじゃない?大庭には行った?」

「ううん。」

 

今剣が、少しほっとした表情をした。

 

「よし、じゃ今から一緒に行ってみよう。」

 

光忠が、微笑みながら言った。1代目が「光忠」と言った。今剣の手を引いて歩き出した光忠が、振り返った。

 

「何?倶利伽羅」

「俺は、長谷部のところに行ってみるよ。あいつら、いるかもしれないし。」

「そうだな。じゃぁ2代目達がいたら、宿舎にすぐに戻るように言ってくれるかい?」

「わかった。」

 

1代目は、本舎に向かって走った。

 

……

 

「長谷部!」

 

1代目が、長谷部の部屋の襖を開いた。

 

「2代目達が、ここに…」

 

言いかけて、1代目は目を見張った。

長谷部は、ビデオカメラに残された動画をモニターに映して見ていた。

モニターには、2代目3代目4代目「大倶利伽羅」が武装姿で並んで座っている姿が映っている。

 

1代目は、立ち尽くした。

 

『1代目より先に死ぬ俺達を、許してとは言えないけど』

『俺達の気持ちは、1代目ならわかってもらえると思います。』

 

長谷部が振り返り、濡れた目で1代目を見上げた。

 

 

 


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