本丸 第1部隊の宿舎-
燭台切光忠は、みたらし団子を乗せた皿を持ち、自室の障子を開いた。
…部屋の隅には、同室仲間の「大倶利伽羅」が、立てた両膝に顔を伏せて座り込んでいた。
「いつまで、そうしているつもりだい?」
光忠は、あえて明るい声で言った。
2代目「大倶利伽羅」が死んで2日が経った。1代目「大倶利伽羅」は、まだ、そのショックから立ち直れていないのである。
体を横にすることもない。時々、顔を上げて目を拭うこと以外は、ずっと同じ体勢のままである。ただただ、立てた両膝に顔をうずめ、座り込んでいる。
光忠も、立ち直れたわけじゃない。だが、同じように落ち込んでいたところで、どうなるわけでもない。
「倶利伽羅、何か食べないと。」
この2日間、大倶利伽羅は水も食物も全く口にしていない。付喪神だから、食べなくても存在することはできるのだが…。
「…俺よりも…」
嗄れた声で大倶利伽羅がつぶやくように言った。光忠は「ん?」と優しく答えた。
「主(あるじ)は、大丈夫か?」
その言葉に、光忠は嘆息した。一番、聞かれたくない言葉だった。
「…寝たきりだ。長谷部がつきっきりで看病しているが…何も食べられないようだ。」
「それこそ、死んじまう…」
「ん。主は僕達と違って「人」だからね。…長谷部が無理やり「粥」を食べさせたそうだけど、3口で吐いてしまうって…」
その光忠の言葉を聞いた大倶利伽羅は、大きく嘆息して顔を上げた。目がかなり腫れている。
「…2部隊の短刀たちは?」
「お前と同じだよ。皆、臥せってる。…2代目君が死んでから、部隊構わず宿舎を行き来できるようになったから、打刀達が交代で様子を見に行っているんだけど…誰一人、起き上がらないんだって。…今剣が「自分のせいだ」って、そればっかり言ってるって。」
大倶利伽羅は、長い嘆息を漏らした。
……
「…暖かい…」
2代目「大倶利伽羅」が消える直前に聞こえたその囁き声は、今もまだ「大倶利伽羅」の耳に残っている。
(…あいつも光忠がいるのを知って、嬉しかっただろうに…)
「大倶利伽羅」は、伊達政宗家に戦後まで残された刀剣である。「燭台切光忠」と「鶴丸国永」という刀剣も同じ伊達家にあった…が、伊達家に最初からいた「光忠」は徳川家に進呈され、その後「鶴丸」は皇室に献上された。「大倶利伽羅」が他と馴れ合わないのは、元々、人付き合いが苦手な性分であることも確かだが、刀剣達と別れを繰り返したためでもある。
2代目「大倶利伽羅」もその記憶が同じなら、本丸に来た時は、寂しかったに違いない。1代目の自分だって、鍛刀直後、光忠や鶴丸の姿を探したほどだ。
…そして「光忠」は先にいた。関東大震災で「焼失」したと思っていた大倶利伽羅は、不覚にも光忠の前で涙を零してしまった。
2代目は、恐らく1代目の自分がいたために、そして、部隊間の関わりを禁止されていたために、光忠に会った喜びすら押し殺していたのかもしれない。その上、部隊長にされ、短刀達の世話までさせられて…挙句の果てには…。
大倶利伽羅は、頭を抱えるようにして、再び膝に顔を伏せた。
……
「どうしたものか…」
「打刀」へし切長谷部は、光忠にそう言いうなだれた。主の様子は変わらない。水だけはなんとか飲めるようだが、それ以上のものは全く受け付けない。食べさせてもすぐに吐いてしまうのだ。
光忠も、何もできない自分にいらだちを憶えていた。
「鍛刀で、2代目「大倶利伽羅」を甦らせるってのは、無理なのかな?」
その光忠の言葉に、長谷部は首を振った。
「無理に決まってるだろう。ただでさえ「鍛刀」は何が出てくるかわからないのに、同じ「大倶利伽羅」を甦らせるなんて…。」
「だよね。」
2人は同時に嘆息した。
「でもこのままじゃ、本当に主が死んじまうぞ。やってみるべきことは、やってみないか?だめ元で。」
その光忠の言葉に、長谷部が眉を寄せた。
「…何か、秘策でもあるというのか?」
光忠がうなずいた。
「悪いが、主の電脳箱(パソコン)を勝手に借りて、調べてみたんだ。」
「何っ!?何を勝手に主の…」
「長谷部!今はそんな事言ってる場合じゃない!」
長谷部は、少し不満気な表情をしながらもうなずき「どうするんだ?」と光忠を見返した。
……
「あいつを甦らせる!?」
大倶利伽羅は、目の前で微笑んでいる光忠を見た。
「…どうやって?鍛刀なんて、何が出るか…」
「そこさ。…2代目君の刀身が、かけらだけど残っていただろ?」
「!!…まさか、そのかけらを…?」
光忠が、ゆっくりうなずいた。
「そう、鍛刀の炎に放り込むんだ。だが、うまく甦ったとしても「大倶利伽羅」の元の記憶しか戻らない。俺達の事までは憶えていないだろう。」
「それじゃ、甦らせる意味がないんじゃないか?」
「いや。2代目君に、新たな記憶を作ってあげるんだよ。本人は憶えてなくても「ここに来てよかった」って思えるような、幸せな記憶を作ってあげるんだ。」
大倶利伽羅は、ただ目を見開いている。
……
「主の許可が下りた。さっそく、始めるぞ。」
鍛刀部屋で、長谷部はまだ納得いかないような表情で光忠に言った。成功するようには思えない。…正直、光忠本人もそう思っている。
「倶利伽羅…始めるよ。いいかい?」
光忠が、ただ黙って立っている大倶利伽羅に振り向いて言った。大倶利伽羅の手には、2代目「大倶利伽羅」の刀身のかけらが乗っている。
大倶利伽羅は、黙ってうなずいた。
……
鍛刀が始まってから、30分が経過した。長谷部、光忠、大倶利伽羅は、ただ黙って鍛刀の炎を見つめている。
「光忠」
「ん?」
光忠は、うつむく大倶利伽羅に振り返った。
「なんだい?倶利伽羅。」
「俺が、折れたときは…」
「…ん。」
「絶対に甦らせるな。」
長谷部と光忠は目を見開いて、大倶利伽羅を見た。大倶利伽羅は、顔を上げて言った。
「今になって後悔してる。…やつが俺と同じなら、本当は甦りたくないんじゃないかって思えて…。」
「!倶利伽羅…!」
「もし、鍛刀が失敗したら、やつが甦りたくないという意味だと取りたい。」
「……」
長谷部が、ゆっくりとうなずいた。
「わかるよ。そのお前の気持ち。」
光忠は顔を背けた。
「僕が、余計な事をしたと言いたいのか?」
「光忠、そうじゃない!」
大倶利伽羅は、光忠の前に立った。
「そうじゃない。甦るかどうかは、やつが決めることだと言いたいんだ。」
「2代目が出なくても、気にするなって事だよ。」
長谷部が、大倶利伽羅の言葉に添えるように言った。光忠は驚いた表情で、2人の顔を交互に見ると、
「わかった。お気遣いどうも。」
そう言って、苦笑いした。
……
炎がいきなり燃え上がった。
「!!終わるぞ!」
長谷部が思わず声を上げた。
光忠、大倶利伽羅は、炉を凝視したまま動かない。
---炉から光が放たれた。あまりの眩しさに、3人は思わず腕で目を覆った。
「光忠?」
その声に、3人は腕を下ろして、炉の前に立つ付喪神の姿を見た。光忠が思わず声を漏らした。
「!!2代目君…」
幼い大倶利伽羅の顔が、そこにあった。
************************
-その後-
1代目大倶利伽羅、自室で膝を立てて座り込み、その膝に顔をうずめてブツブツと呟いている。
「やつが憶えてないのはわかってるよ。だから、俺の事「誰?」って言われても気にしてない。でも、ちょっとくらい憶えててもいいじゃないか。あいつ俺の腕の中で死んだんだぞ。「あったかい」って言ったんだぞ。でも「誰?」はないんじゃないか?「誰」ってなんだよ。誰って俺だよ!大倶利伽羅だよ!悪いかよ。誰って誰だよ。俺ってなんだよ…(延々と続く)」
…その姿を少し開いた障子から覗き見ている光忠。
そして、遠くから聞こえる2代目「大倶利伽羅」の声…
「光忠ー!どこー?…光忠ってば!やっと会えたのに、どうして逃げるんだよー!どこだー?」
光忠はため息をついた。
「あー…なんか、どっちもめんどくさくなってきた。」
傍にいる長谷部が笑った。