大倶利伽羅ラプソディ   作:立花祐子

3 / 16
記憶のかけら

1代目「大倶利伽羅」の怒号が、本丸の庭中に響き渡っている。

 

「立てっ!まだまだだぞっ!そんなので、出陣なんて出られるか!!」

 

2代目「大倶利伽羅」は、息を切らしながら首元に突きつけられている刀を払った。そして、自分の刀身をつかむと、ゆっくりと立ち上がった。

「おいっ!!手合いは木刀でやれっていっただろう!?」

 

燭台切光忠がそう叫びながら、宿舎から驚いた様子で駆け寄って来た。

 

「本体使って、2人とも大怪我したりしたら、どうするんだ!」

「そんなへまはしない」

 

2人の大倶利伽羅が、同時に光忠に向いて言った。

 

「わー…なんか、すごい違和感ー。」

 

光忠が2人を見比べながら、そうのんきな声を上げた。

 

「どういう意味だ?」

 

また大倶利伽羅2人でそう唱和して、お互いの顔を見た。

 

「俺の真似するな。」

「真似しているのはそっちだ。」

「なんだと?先輩に向かっていう言葉か!」

 

2代目は、ふんと横を向いた。

 

「まるで兄弟喧嘩だね。」

 

光忠はそういいながら笑った。

1代目が2代目を指差しながら言った。

 

「光忠、こいつ全然かわいくない!!鍛刀失敗だったんじゃないか?」

「人を指差すな!!」

「やかましい!俺達は人じゃない!」

「屁理屈言うな!」

「なんだとーお?」

 

1代目がその場に刀身を放り投げて、2代目につかみかかった。光忠は驚いて駆け寄った。

 

「ちょっちょっと、やめ…」

「そんななまいきな事を言うのは、どの口だ!!この口かっ!」

 

組み伏した2代目の両頬をひっぱり伸ばしたとたん、1代目が吹き出した。止めようと後ろから覗き込んでいた光忠も思わず笑った。

 

「おもしろい顔ー!」

「~~~~~~!」

 

2代目は言葉がでないまま、必死にあがいている。

 

(なんだかんだ言って、仲いいんじゃないか。)

 

光忠はそう思いながら体を上げ、芝生まみれになりながら格闘してる2人の大倶利伽羅を背にして、宿舎に向かった。

 

……

 

「2代目君を出陣に?」

 

へし切長谷部の部屋で茶をすすりながら、光忠は前で同じように茶をすすっている長谷部に言った。

 

「ああ、主がね。そろそろいいんじゃないかって。」

「第2部隊の隊長は?」

「1振り目から誰か選ぶよ。短刀達しかいないとはいえ、まだ経験の無いやつを隊長にはできないだろう。」

「ん。それがいい。」

 

長谷部と光忠は同時に茶をすすった。

 

「大倶利伽羅たちは、どんな様子だ?」

「毎日、兄弟喧嘩してるよ。楽しそうだ。」

「そうか。」

 

長谷部が笑った。

 

「やっぱり、大倶利伽羅は大倶利伽羅なんだな。前の2代目が控えめな子だったから、ちょっと心配だったんだが。」

「僕もだ。でも、1代目にはない礼儀正しさは残ってるよ。出陣もちゃんと隊長に従うだろう。」

「1代目の初出陣は、大変だったからなぁ。」

 

長谷部が、思わず吹き出しながら言った。

 

「群れるつもりはないとか言って、勝手にどっか行ってしまって…」

「あの時の隊長は、長谷部だったか。」

「ああ。…でも、戻ってきたときは、傷ついた前田を抱えてきてくれた。彼が手当てをしてくれてなかったら、折れてただろうな。」

「倶利伽羅らしい。」

 

光忠が眼を細めながら言った。息子を褒められた、母親のような表情だ。

 

……

 

「やつを出陣に?まだ早いんじゃないか?」

 

1代目の大倶利伽羅が、口に持っていった箸を止めて光忠に言った。夕餉の途中である。

 

「主が許可を出したそうだよ。レベルも無理の無いところにするって。」

「それは当然だろうが…。まさか…」

「隊長にはしない。1振り目から誰か出すって。」

「俺が行く!」

「大倶利伽羅2人はいらんだろう。」

 

光忠はそう笑いながら言い、味噌汁をすすった。

 

「それに、出陣先で喧嘩されても困るしな。」

「…やつが生意気なだけだ。」

「他人の事言えたことか。…心配なら、心配だと正直に言ったら?」

「心配なんかするかっ!ただ、他に迷惑をかけないか不安なだけだ!」

「はいはい。」

 

大倶利伽羅は不満そうに箸を置き、立ち上がった。

 

「こら。ごちそうさま、しなさい。」

 

光忠がたしなめた。大倶利伽羅はふてくされ顔で再び座った。

 

……

 

第2部隊の隊長は「獅子王」と決められた。

 

「頑張るんだぞ。」

 

出陣の朝、光忠は2代目大倶利伽羅の肩に手を乗せた。2代目の顔色は悪かった。ただ、こくりとうなずき、光忠の遠く後ろにある第1部隊の宿舎の方をちらと見た。

…玄関先に、1代目が腕を組んで玄関にもたれて立っていた。2代目が見たと同時に、横を向いた。

 

(ほんと、素直じゃないんだから。)

 

その1代目の様子に、光忠は苦笑した。

 

……

 

「あーどうしたんだろう…」

 

光忠は庭に向かう框に座り、思わずそうため息混じりに呟いた。

日が暮れかかっている。出陣した第2部隊が帰ってこない。

 

「まさか、全滅なんてこと無いよな。レベルに無理の無いとこだったし…獅子王だってついてるし。」

 

そうぶつぶつと呟いてから、障子が開いたままの自室に振り返った。

1代目大倶利伽羅が畳の上で寝っころがっている。組んだ両手を枕にして、天井を凝視していた。

 

「倶利伽羅、大丈夫かい?朝も昼も何も食べてないけど。」

「俺に構うな。」

 

1代目がそう言って光忠に背を向けた時、第2部隊の姿が遠く現れた。

 

「帰ってきた!!」

 

光忠が思わず立ち上がり、庭を駆け出した。1代目もあわてて体を起こし、裸足のまま庭へ飛び降りた。

 

「!?」

 

2代目が獅子王の肩に担がれているのが、1代目の目に映った。光忠の「どうしたんだっ!」という声が響いた。

 

……

 

「とにかく無事でよかったよ…」

 

手入部屋で眠る2代目大倶利伽羅の傍に座り、光忠がほっと息をついていた。1代目は怒って自室にこもっているようだ。

2代目の怪我は軽症ですみ、大したことはない。短刀達と獅子王が囲んで守ったおかげだ。

 

2代目は、出陣先でいざ索敵となったとたん、座り込んで動かなくなったと言う。

獅子王が光忠の横で言った。

 

「両腕を抱えるようにして、座り込んでしまってね。目は見開いたままで、とにかく動かない。結局最後まで動けなかった。…彼の体の回りに鎖のような影が、一瞬見えたような気がする。」

「金縛りか?」

「かな。呪術か何かかけられたのかもしれない。」

「よりによって、2代目にかけられるとはね。」

「初出陣だというのが、相手に知られたのかもな。でも、こんなことは初めてだったが。」

「迷惑かけたね。短刀君達もよく頑張ってくれたよ。」

「…前の記憶があるからね。」

 

獅子王の言葉に、光忠は首をかしげた。

 

「前の記憶?」

「前の2代目の記憶だよ。前の2代目は、短刀達に覆いかぶさって自らの体を盾にしたんだそうだ。平野が、2代目の体に刀がぐさぐさと刺さる音が、まだ耳に残ってるって。」

「!…そうだったのか。」

「今度は守ってあげることができたって、皆、喜んでいた。」

 

光忠は目を細めた。獅子王がぽんと光忠の肩に手を置いて、ゆっくりと立ち上がりながら言った。

 

「1代目に、あまり2代目を怒らないように言ってくれ。呪術かけられたとしたら、石切丸さんくらいしか解けないからってね。」

「ああ、ありがとう。獅子王。」

 

障子を開いた獅子王は、2本の指で光忠に敬礼して部屋を出た。

 

「光忠」

 

その声に、光忠は、はっと2代目を見下ろした。

 

「目が覚めたかい?大丈夫?痛いところはないか?」

「…ごめんなさい。」

「僕は何もしてない。後で、獅子王と短刀達に礼を言っておいで。」

 

2代目がうなずいた。その幼い顔に、光忠は前の2代目の血だらけになった姿を思い出し、思わず目を背けた。

 

「記憶が…」

 

その2代目の呟きに、光忠は目を戻した。

 

「記憶?」

「索敵が始まったときに、急に目の前が真っ暗になって…。また明るくなったと思ったら、同じ顔をした俺が、短刀達の上に覆いかぶさって、やつらに次々に刺されてる姿が映って…。」

「!」

「体中が痛くて、息ができなくなって…。光忠の「気を失うな」って声と、先輩の怒鳴り声と…それから…」

「もういいよ、2代目。記憶が戻ったんだね。」

「あれは、俺じゃない。」

「…え?」

 

2代目は、両手で顔を覆った。

 

「俺…何もできなかった。…腰抜けだ。」

「2代目…」

 

光忠は何も言葉が告げず、声を押し殺して泣く2代目をただ見つめていた。

 

……

 

「やつの性根が腐ってる証拠だ!」

 

光忠からすべてを知った1代目は、そう吐き捨てるように言った。

 

「そう言うなって、呪術はどうしようもないよ。」

「違う。呪術なんかかけられてるものか。やつの記憶が戻って、怯えてしまったんだ。」

「…そうかもしれないが…」

 

それは、光忠も思っていたことだ。だが、1代目の前で、口に出せなかった。

1代目が吐き捨てるように言った。

 

「…やっぱり、やつを甦らせてはいけなかったんだ。もう2度と出陣には出せないだろう。そんなやつ、ここには無用だ。」

「ひどいことを言うね。」

「弱虫の大倶利伽羅なんて…!」

 

障子に人影が映っているのを見て、1代目が口をつぐんだ。光忠は1代目の視線の先を追って「あっ」と言った。

 

「2代目君!」

 

思わず立ち上がって、障子を開いた光忠に、1代目が「放っておけ!」と、どなった。

2代目の、廊下を駆け去る音だけが響いている。

 

……

 

2代目大倶利伽羅は、庭の隅に座り込み、自分の右手を見つめていた。

 

(あれは…俺じゃない…)

 

よみがえった記憶を思い出し、2代目はそう思った。

 

(俺には、あんなことできない。…でも、あの痛みは…確かに…)

 

その痛みを思い出し、2代目は目を閉じて一瞬空を仰ぎ、両腕で自分を抱えた。

 

「ここにいたのか。」

 

その声に2代目は振り返った。1代目大倶利伽羅が立っている。

2代目は、驚いて立ち上がった。

 

「先輩…」

「その呼び方やめろ。嫌な思い出しかないからな。」

 

1代目はそう言うと、2代目の肩に手を乗せ「座れ」と言った。2代目はその場に両膝をついて、目を閉じた。

 

「ばか、殴るんじゃない。さっきみたいに座れ。」

 

1代目は先に膝を立てて座りながら、自分の横を指差した。2代目はうなずいて、同じように座った。

 

「記憶が戻ったんだってな。」

「…でも…あれは、俺じゃない。」

「ん。残った刀身は、かけらだったからな。」

 

2代目は目を見開いて、1代目を見た。

 

「かけらの部分だけ、記憶として残ったんだろう。だけどそれ以外は、新しくできたお前自身だ。やっぱり、やつを丸々甦らせるなんてのは、無理だったんだよ。」

「…そう…か…」

 

何かほっとした表情をした2代目に、1代目が目を細めた。決して、他では見せない表情だ。しばらく、2人は沈黙した。鳥のさえずりだけが聞こえる。

 

「…これからどうする?」

 

唐突に1代目が口を開いた。2代目はうつむいたまま目を見開き、すぐにまぶたを閉じた。

 

「壊して欲しい。1代目の手で。」

 

1代目は一瞬息を止め、自分も目を閉じた。

 

「…そうか…そうきたか。」

 

そう言って、ゆっくりと立ち上がった。それを見た2代目も立ち上がり、1代目の背に言った。

 

「俺を…壊してくれ。」

「…やっぱり、殴っていいか?」

「え?」

 

次の瞬間には、2代目の体が吹っ飛んでいた。

 

「倶利伽羅っ!やめろっ!」

 

いつの間にいたのか、光忠が1代目の体を、背中から羽交い絞めにして押さえていた。

2代目は痛む頬を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。

 

「簡単に、壊せとか言うなっ!!この馬鹿っ!」

 

1代目が、光忠を必死に振り払おうとしながら怒鳴った。

 

「また、同じ思いを俺にさせるつもりかっ!!」

「!…倶利伽羅…」

 

光忠の手が緩んだ。1代目は光忠を振り払い、起き上がっている2代目を押し倒した。1代目の涙が、2代目の頬にぽたぽたと落ちた。

 

「もう、俺の前からいなくなるな!俺の前で傷つくなっ!!」

「先輩」

「その呼び方もやめろっつっただろっ!!倶利伽羅でいい!」

 

2代目はただ目を見開いて、1代目の泣き顔を見つめている。

 

「頼むから…俺より先に死なないでくれ…」

 

1代目の嗚咽が響いた。光忠が微笑みながら、そっとその背に手を乗せた。

 

……

 

翌朝-

 

「倶利伽羅」

「なんだ?倶利伽羅。」

「今日は、いつ手合いしてくれるんだ?」

「それが、人にものを頼む態度か。」

「悪いか。」

「てんめぇ~」

 

第1部隊の宿舎の一室で、大倶利伽羅の兄弟喧嘩が始まった。

 

「朝っぱらから、なんなのー?庭でやってくれる?」

 

1代目と同室の光忠が、縁側でのびをしながら言った。1代目が2代目を振り払いながら言った。

 

「おうっ!外に出ろ!」

「望むところだ!お前が先に出ろ!」

「お前とはなんだお前とはっ!先輩にいう言葉かっ!その生意気な口はどの口…」

 

1代目が最後まで言わないうちに、2代目が笑いながら1代目にのし掛かり、その両頬をひっぱった。

 

「いててて」

「わー!倶利伽羅のほっぺ柔らかい!結構伸びる!」

 

その2代目の言葉に、光忠は笑いながら振り返り、1代目の顔を覗き込んだ。

 

「あははははっ!倶利伽羅、かっこ悪い!」

 

1代目は顔を真っ赤にして、2代目を振り払うと庭へ飛び降りた。2代目が笑いながら、1代目を追いかけた。

光忠の笑い声が、辺りに響いている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。