1代目「大倶利伽羅」の怒号が、本丸の庭中に響き渡っている。
「立てっ!まだまだだぞっ!そんなので、出陣なんて出られるか!!」
2代目「大倶利伽羅」は、息を切らしながら首元に突きつけられている刀を払った。そして、自分の刀身をつかむと、ゆっくりと立ち上がった。
「おいっ!!手合いは木刀でやれっていっただろう!?」
燭台切光忠がそう叫びながら、宿舎から驚いた様子で駆け寄って来た。
「本体使って、2人とも大怪我したりしたら、どうするんだ!」
「そんなへまはしない」
2人の大倶利伽羅が、同時に光忠に向いて言った。
「わー…なんか、すごい違和感ー。」
光忠が2人を見比べながら、そうのんきな声を上げた。
「どういう意味だ?」
また大倶利伽羅2人でそう唱和して、お互いの顔を見た。
「俺の真似するな。」
「真似しているのはそっちだ。」
「なんだと?先輩に向かっていう言葉か!」
2代目は、ふんと横を向いた。
「まるで兄弟喧嘩だね。」
光忠はそういいながら笑った。
1代目が2代目を指差しながら言った。
「光忠、こいつ全然かわいくない!!鍛刀失敗だったんじゃないか?」
「人を指差すな!!」
「やかましい!俺達は人じゃない!」
「屁理屈言うな!」
「なんだとーお?」
1代目がその場に刀身を放り投げて、2代目につかみかかった。光忠は驚いて駆け寄った。
「ちょっちょっと、やめ…」
「そんななまいきな事を言うのは、どの口だ!!この口かっ!」
組み伏した2代目の両頬をひっぱり伸ばしたとたん、1代目が吹き出した。止めようと後ろから覗き込んでいた光忠も思わず笑った。
「おもしろい顔ー!」
「~~~~~~!」
2代目は言葉がでないまま、必死にあがいている。
(なんだかんだ言って、仲いいんじゃないか。)
光忠はそう思いながら体を上げ、芝生まみれになりながら格闘してる2人の大倶利伽羅を背にして、宿舎に向かった。
……
「2代目君を出陣に?」
へし切長谷部の部屋で茶をすすりながら、光忠は前で同じように茶をすすっている長谷部に言った。
「ああ、主がね。そろそろいいんじゃないかって。」
「第2部隊の隊長は?」
「1振り目から誰か選ぶよ。短刀達しかいないとはいえ、まだ経験の無いやつを隊長にはできないだろう。」
「ん。それがいい。」
長谷部と光忠は同時に茶をすすった。
「大倶利伽羅たちは、どんな様子だ?」
「毎日、兄弟喧嘩してるよ。楽しそうだ。」
「そうか。」
長谷部が笑った。
「やっぱり、大倶利伽羅は大倶利伽羅なんだな。前の2代目が控えめな子だったから、ちょっと心配だったんだが。」
「僕もだ。でも、1代目にはない礼儀正しさは残ってるよ。出陣もちゃんと隊長に従うだろう。」
「1代目の初出陣は、大変だったからなぁ。」
長谷部が、思わず吹き出しながら言った。
「群れるつもりはないとか言って、勝手にどっか行ってしまって…」
「あの時の隊長は、長谷部だったか。」
「ああ。…でも、戻ってきたときは、傷ついた前田を抱えてきてくれた。彼が手当てをしてくれてなかったら、折れてただろうな。」
「倶利伽羅らしい。」
光忠が眼を細めながら言った。息子を褒められた、母親のような表情だ。
……
「やつを出陣に?まだ早いんじゃないか?」
1代目の大倶利伽羅が、口に持っていった箸を止めて光忠に言った。夕餉の途中である。
「主が許可を出したそうだよ。レベルも無理の無いところにするって。」
「それは当然だろうが…。まさか…」
「隊長にはしない。1振り目から誰か出すって。」
「俺が行く!」
「大倶利伽羅2人はいらんだろう。」
光忠はそう笑いながら言い、味噌汁をすすった。
「それに、出陣先で喧嘩されても困るしな。」
「…やつが生意気なだけだ。」
「他人の事言えたことか。…心配なら、心配だと正直に言ったら?」
「心配なんかするかっ!ただ、他に迷惑をかけないか不安なだけだ!」
「はいはい。」
大倶利伽羅は不満そうに箸を置き、立ち上がった。
「こら。ごちそうさま、しなさい。」
光忠がたしなめた。大倶利伽羅はふてくされ顔で再び座った。
……
第2部隊の隊長は「獅子王」と決められた。
「頑張るんだぞ。」
出陣の朝、光忠は2代目大倶利伽羅の肩に手を乗せた。2代目の顔色は悪かった。ただ、こくりとうなずき、光忠の遠く後ろにある第1部隊の宿舎の方をちらと見た。
…玄関先に、1代目が腕を組んで玄関にもたれて立っていた。2代目が見たと同時に、横を向いた。
(ほんと、素直じゃないんだから。)
その1代目の様子に、光忠は苦笑した。
……
「あーどうしたんだろう…」
光忠は庭に向かう框に座り、思わずそうため息混じりに呟いた。
日が暮れかかっている。出陣した第2部隊が帰ってこない。
「まさか、全滅なんてこと無いよな。レベルに無理の無いとこだったし…獅子王だってついてるし。」
そうぶつぶつと呟いてから、障子が開いたままの自室に振り返った。
1代目大倶利伽羅が畳の上で寝っころがっている。組んだ両手を枕にして、天井を凝視していた。
「倶利伽羅、大丈夫かい?朝も昼も何も食べてないけど。」
「俺に構うな。」
1代目がそう言って光忠に背を向けた時、第2部隊の姿が遠く現れた。
「帰ってきた!!」
光忠が思わず立ち上がり、庭を駆け出した。1代目もあわてて体を起こし、裸足のまま庭へ飛び降りた。
「!?」
2代目が獅子王の肩に担がれているのが、1代目の目に映った。光忠の「どうしたんだっ!」という声が響いた。
……
「とにかく無事でよかったよ…」
手入部屋で眠る2代目大倶利伽羅の傍に座り、光忠がほっと息をついていた。1代目は怒って自室にこもっているようだ。
2代目の怪我は軽症ですみ、大したことはない。短刀達と獅子王が囲んで守ったおかげだ。
2代目は、出陣先でいざ索敵となったとたん、座り込んで動かなくなったと言う。
獅子王が光忠の横で言った。
「両腕を抱えるようにして、座り込んでしまってね。目は見開いたままで、とにかく動かない。結局最後まで動けなかった。…彼の体の回りに鎖のような影が、一瞬見えたような気がする。」
「金縛りか?」
「かな。呪術か何かかけられたのかもしれない。」
「よりによって、2代目にかけられるとはね。」
「初出陣だというのが、相手に知られたのかもな。でも、こんなことは初めてだったが。」
「迷惑かけたね。短刀君達もよく頑張ってくれたよ。」
「…前の記憶があるからね。」
獅子王の言葉に、光忠は首をかしげた。
「前の記憶?」
「前の2代目の記憶だよ。前の2代目は、短刀達に覆いかぶさって自らの体を盾にしたんだそうだ。平野が、2代目の体に刀がぐさぐさと刺さる音が、まだ耳に残ってるって。」
「!…そうだったのか。」
「今度は守ってあげることができたって、皆、喜んでいた。」
光忠は目を細めた。獅子王がぽんと光忠の肩に手を置いて、ゆっくりと立ち上がりながら言った。
「1代目に、あまり2代目を怒らないように言ってくれ。呪術かけられたとしたら、石切丸さんくらいしか解けないからってね。」
「ああ、ありがとう。獅子王。」
障子を開いた獅子王は、2本の指で光忠に敬礼して部屋を出た。
「光忠」
その声に、光忠は、はっと2代目を見下ろした。
「目が覚めたかい?大丈夫?痛いところはないか?」
「…ごめんなさい。」
「僕は何もしてない。後で、獅子王と短刀達に礼を言っておいで。」
2代目がうなずいた。その幼い顔に、光忠は前の2代目の血だらけになった姿を思い出し、思わず目を背けた。
「記憶が…」
その2代目の呟きに、光忠は目を戻した。
「記憶?」
「索敵が始まったときに、急に目の前が真っ暗になって…。また明るくなったと思ったら、同じ顔をした俺が、短刀達の上に覆いかぶさって、やつらに次々に刺されてる姿が映って…。」
「!」
「体中が痛くて、息ができなくなって…。光忠の「気を失うな」って声と、先輩の怒鳴り声と…それから…」
「もういいよ、2代目。記憶が戻ったんだね。」
「あれは、俺じゃない。」
「…え?」
2代目は、両手で顔を覆った。
「俺…何もできなかった。…腰抜けだ。」
「2代目…」
光忠は何も言葉が告げず、声を押し殺して泣く2代目をただ見つめていた。
……
「やつの性根が腐ってる証拠だ!」
光忠からすべてを知った1代目は、そう吐き捨てるように言った。
「そう言うなって、呪術はどうしようもないよ。」
「違う。呪術なんかかけられてるものか。やつの記憶が戻って、怯えてしまったんだ。」
「…そうかもしれないが…」
それは、光忠も思っていたことだ。だが、1代目の前で、口に出せなかった。
1代目が吐き捨てるように言った。
「…やっぱり、やつを甦らせてはいけなかったんだ。もう2度と出陣には出せないだろう。そんなやつ、ここには無用だ。」
「ひどいことを言うね。」
「弱虫の大倶利伽羅なんて…!」
障子に人影が映っているのを見て、1代目が口をつぐんだ。光忠は1代目の視線の先を追って「あっ」と言った。
「2代目君!」
思わず立ち上がって、障子を開いた光忠に、1代目が「放っておけ!」と、どなった。
2代目の、廊下を駆け去る音だけが響いている。
……
2代目大倶利伽羅は、庭の隅に座り込み、自分の右手を見つめていた。
(あれは…俺じゃない…)
よみがえった記憶を思い出し、2代目はそう思った。
(俺には、あんなことできない。…でも、あの痛みは…確かに…)
その痛みを思い出し、2代目は目を閉じて一瞬空を仰ぎ、両腕で自分を抱えた。
「ここにいたのか。」
その声に2代目は振り返った。1代目大倶利伽羅が立っている。
2代目は、驚いて立ち上がった。
「先輩…」
「その呼び方やめろ。嫌な思い出しかないからな。」
1代目はそう言うと、2代目の肩に手を乗せ「座れ」と言った。2代目はその場に両膝をついて、目を閉じた。
「ばか、殴るんじゃない。さっきみたいに座れ。」
1代目は先に膝を立てて座りながら、自分の横を指差した。2代目はうなずいて、同じように座った。
「記憶が戻ったんだってな。」
「…でも…あれは、俺じゃない。」
「ん。残った刀身は、かけらだったからな。」
2代目は目を見開いて、1代目を見た。
「かけらの部分だけ、記憶として残ったんだろう。だけどそれ以外は、新しくできたお前自身だ。やっぱり、やつを丸々甦らせるなんてのは、無理だったんだよ。」
「…そう…か…」
何かほっとした表情をした2代目に、1代目が目を細めた。決して、他では見せない表情だ。しばらく、2人は沈黙した。鳥のさえずりだけが聞こえる。
「…これからどうする?」
唐突に1代目が口を開いた。2代目はうつむいたまま目を見開き、すぐにまぶたを閉じた。
「壊して欲しい。1代目の手で。」
1代目は一瞬息を止め、自分も目を閉じた。
「…そうか…そうきたか。」
そう言って、ゆっくりと立ち上がった。それを見た2代目も立ち上がり、1代目の背に言った。
「俺を…壊してくれ。」
「…やっぱり、殴っていいか?」
「え?」
次の瞬間には、2代目の体が吹っ飛んでいた。
「倶利伽羅っ!やめろっ!」
いつの間にいたのか、光忠が1代目の体を、背中から羽交い絞めにして押さえていた。
2代目は痛む頬を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。
「簡単に、壊せとか言うなっ!!この馬鹿っ!」
1代目が、光忠を必死に振り払おうとしながら怒鳴った。
「また、同じ思いを俺にさせるつもりかっ!!」
「!…倶利伽羅…」
光忠の手が緩んだ。1代目は光忠を振り払い、起き上がっている2代目を押し倒した。1代目の涙が、2代目の頬にぽたぽたと落ちた。
「もう、俺の前からいなくなるな!俺の前で傷つくなっ!!」
「先輩」
「その呼び方もやめろっつっただろっ!!倶利伽羅でいい!」
2代目はただ目を見開いて、1代目の泣き顔を見つめている。
「頼むから…俺より先に死なないでくれ…」
1代目の嗚咽が響いた。光忠が微笑みながら、そっとその背に手を乗せた。
……
翌朝-
「倶利伽羅」
「なんだ?倶利伽羅。」
「今日は、いつ手合いしてくれるんだ?」
「それが、人にものを頼む態度か。」
「悪いか。」
「てんめぇ~」
第1部隊の宿舎の一室で、大倶利伽羅の兄弟喧嘩が始まった。
「朝っぱらから、なんなのー?庭でやってくれる?」
1代目と同室の光忠が、縁側でのびをしながら言った。1代目が2代目を振り払いながら言った。
「おうっ!外に出ろ!」
「望むところだ!お前が先に出ろ!」
「お前とはなんだお前とはっ!先輩にいう言葉かっ!その生意気な口はどの口…」
1代目が最後まで言わないうちに、2代目が笑いながら1代目にのし掛かり、その両頬をひっぱった。
「いててて」
「わー!倶利伽羅のほっぺ柔らかい!結構伸びる!」
その2代目の言葉に、光忠は笑いながら振り返り、1代目の顔を覗き込んだ。
「あははははっ!倶利伽羅、かっこ悪い!」
1代目は顔を真っ赤にして、2代目を振り払うと庭へ飛び降りた。2代目が笑いながら、1代目を追いかけた。
光忠の笑い声が、辺りに響いている。