本丸 第1部隊の宿舎-
へし切長谷部が珍しく興奮した様子で、大倶利伽羅と光忠の部屋の障子をいきなり開いた。
「大変だ!」
あやとりをしていた大倶利伽羅と光忠は、驚いた表情で長谷部を見た。
「どうした長谷部?ちょっと今、手が離せないんだけど。」
光忠が言った。大倶利伽羅が「後じゃだめか?」と眉をしかめた。
長谷部は、息を整えながら言った。
「何で今、この状況であやとりしてるのかは敢えて聞かないが、とにかく大変なんだ!」
「なんだよ?」
「さっきの鍛刀で、3振り目の「大倶利伽羅」が出たんだ!」
光忠と大倶利伽羅は同時に「何だって!?」と声を上げた。
……
「今、主(あるじ)に挨拶してるところだ。」
長谷部はそう言って、光忠の入れた湯飲みの茶を一気に飲み干した。
「3代目か。…えらいことだな。「大倶利伽羅」だけに。」
光忠が、長谷部の湯飲みに茶を注ぎ足しながら言った。1代目「大倶利伽羅」が、長谷部に尋ねた。
「それを、倶利伽羅…じゃない、2代目には言ったのか?」
「いや、まだだ。遠征に出てるからね。」
「あ?あいつ、今日遠征だったか!」
その1代目の言葉に、光忠があきれたように言った。
「倶利伽羅~…忘れてたのか?かわいそうだろう。見送りもしなかったのか?」
「何で見送りなんてする必要がある。子どもじゃあるまいし。」
大倶利伽羅の言葉に、光忠は「はいはい」とあしらった。
長谷部が、苦笑しながら言った。
「帰ってきたら、2代目もびっくりだな。」
光忠が、興味深げに尋ねた。
「顔は見たのか?長谷部」
「ああ、とにかく目力(めぢから)が強い奴だった。」
「目力?」
「ん。1代目とは、また違う感じなんだが…。とにかく目つきがするどいんだ。」
長谷部が続きを説明しようとした時、障子に人影が映った。
「たのもーーー!」
障子の外から、そんな声がした。
……
3代目「大倶利伽羅」は、長谷部の言うとおり、眼光の強い青年だった。今で言う「イケメン」タイプと言える。
「わー…彼女を紹介したくないタイプだな。」
光忠が、前で正座をしている3代目を見ながら言った。
「今時の青年って感じだが、さっきの「たのもーー」はちょっとなぁ。」
長谷部が腕を組みなおしながら、そう言って笑った。1代目はただ黙って、3代目をにらむように見つめている。
「先輩、どうぞよろしくお願いいたします。」
3代目がそう言って、頭を下げた。
「先輩は、やめろっ!」
1代目がいきなりそう怒鳴りつけた。3代目は「え?」と言って顔を上げた。
「ここでは「先輩」という言葉は禁句だ。訳は後で説明するよ。」
光忠が、優しく3代目に言った。3代目は不思議そうな表情をしながらも「すいません」と頭を下げた。
……
3代目は、長谷部と共に第2部隊の宿舎へ戻って行った。
「実直そうな青年じゃない。」
光忠が、少し不満気にしている1代目に言った。
「…納得できない。」
1代目の言葉に、光忠は首を傾げて「何が?」と言った。1代目は、その場にごろりと寝転びながら言った。
「あまりに普通すぎるんだ。やつが。」
「ああ「大倶利伽羅」らしくないってことだね。」
光忠が、苦笑しながら言った。1代目がうなずいた。
「確かに、腕には倶利伽羅文様があったが…好青年過ぎる。」
その言葉を聞いた光忠が、思わず笑った。
「自分は、好青年じゃないって思ってるんだ!」
「言ってなんだが…「好青年」って言葉だけでも、虫唾が走るんだ。」
「あ、もしかして…倶利伽羅の嫌いなタイプ?」
「嫌いだ。大倶利伽羅じゃなかったら、関わりたくないところだが…。」
1代目は嘆息してから、言葉を続けた。
「そうはいかないだろうな。」
光忠は(こりゃ、またひと波乱起きそうだな)と予感した。
……
2代目「大倶利伽羅」は、第2部隊の宿舎の玄関を開き、後ろにいる短刀達に言った。
「お疲れ様、みんな。ゆっくり休むんだよ。」
2代目は、今は隊長として誰にも認められるくらいのレベルを持っていた。短刀達の信頼も厚い。
「隊長も、お疲れ様でした!」
短刀達が、2代目に一斉に頭を下げた。2代目は短刀達に手を振って、自室に向かった。
……
(疲れた。すぐに寝よう。)
2代目はそう思いながら、自室の障子を開いた。
「!?」
目の前に、自分と同じ格好をした男が寝っころがっている。
「?????」
2代目が目を見開いたまま固まっていると、その男がゆっくりと起き上がって言った。
「なんだ。2代目は柔そうなやつだな。」
2代目は、今の自分の状況がつかめず、ただその男(3代目大倶利伽羅)を見つめたまま動けない。3代目は、すっくと立ち上がり、いきなり2代目に本体(刀身)を突きつけながら言った。
「俺が認める「大倶利伽羅」は1代目だけだ。決闘を申し付ける!」
……
第2宿舎の庭で、2代目「大倶利伽羅」と3代目「大倶利伽羅」はお互いの本体を構え、対峙していた。
(俺、疲れてるんだってー…)
2代目は、そう心の中で嘆息しながら、3代目の送ってくる敵意の視線を受けていた。
(目力が半端ない。)
2代目は、そう思った。この時点でもう負けていることもわかっているが、あえてのんきな声を3代目にかけた。
「なぁ、3代目。」
「なんだ?」
「俺が遠征帰りって知ってて、決闘を挑んでるんだよね?卑怯だと思わない?」
「どういう意味だ?」
「遠征って、まだ経験のない君にはわからないだろうけど、俺、結構疲れてんだよ。これでも。」
「それは、お前の鍛錬が足りないからだろう。」
「言うねー。」
のんきな答えとは裏腹に、2代目は何かが自分の中で弾けたのを感じた。
「じゃぁ、遠慮なく受けて立たせてもらうよ。」
「そうこなくっちゃな。」
2代目の目つきが変わったのを見て、3代目はにやりと笑った。
……
勢いよく振り下ろされた3代目の刀身を、2代目が強く弾いた。きぃん、という音が辺りに響く。同時に、2代目が体をくるりと返して、上段から刀身を振り下ろした。それを3代目が弾き、真横に斬り付けたが、2代目が真上から叩きつけた。…それでも、3代目は刀を落とさず、再び振りかぶった。…が、そこから2人とも動かなくなった。
(なんだこいつ…!柔そうな顔して、結構強い!)
3代目は息が切れている。2代目も目の前が霞みかけていた。打ち合いが始まって20分経つ。お互い1分ですませようと思っていたが、そうはいかなかった。
「この程度か!」
息を切らして動かない3代目に、2代目が言った。
「それ以上、手が上がらないんだろう。」
3代目は、刀身を握り直しながら答えた。
「まあね。後は、振り下ろすだけだからな!」
その言葉通り、振り下ろされた刀が2代目の肩に落ちた。
きぃん!という音が辺りに響いた。
「!?」
「そこまで!」
2代目の肩を守ったのは、光忠の刀身だった。
「手合いは木刀でって、何度言ったらわかるのかなぁ?」
そんなのんきな声と共に、大倶利伽羅達の刀身が、ほぼ同時に光忠に叩き落された。
……
3代目「大倶利伽羅」は、険しい表情の1代目と光忠の前で、正座をしてうなだれていた。2代目は、あぐらをかいた光忠の足を枕に寝入っている。1代目が口を開いた。
「恐ろしい奴だなお前。来て早々、決闘なんて法度(はっと)を犯しやがって。光忠が「手合い」ということにしてくれたから良かったものの…。2代目を壊すつもりだったのか?」
「…それくらいの気迫じゃないと、受けてもらえないと思って…。」
1代目がその3代目の言葉を聞いて、くすっと笑った。光忠が驚いた表情で1代目を見た。
「倶利伽羅、今、笑った!?笑ったよね!」
「それがどうした?」
「いや、珍しいと思って…。」
「こいつが案外「大倶利伽羅」らしくて、ほっとしたんだ。」
それを聞いた3代目が顔を上げた。1代目は表情を引き締めて言った。
「2代目をどう思った?」
「え?」
「今、ガキみたいな顔して寝てるが…」
1代目がそう言って、寝ている2代目の顔をちらと見て続けた。
「こいつの腕はどうだった。」
「…遠征帰りじゃなかったら…俺が壊されています。完全に。」
素直に認めた3代目の言葉に、光忠が嬉しそうに微笑んだ。1代目が、表情を崩さないまま言った。
「そうか。じゃぁ、明日は俺とやってみるか?」
「!!遠慮します!」
「え?」
「すいません。俺、今ですら手の震えが止まらなくて…」
「はああ!?」
1代目があきれたような声を上げた。光忠が、1代目の肩をひじで突いて言った。
「そりゃ、生まれてすぐにあんな長い間、刀身を握り締めてたらそうなるだろう。俺達だって、最初の方の出陣の時、長丁場で手の震えが止まらなくて困ったじゃないか。」
「……」
1代目が黙り込んだ。光忠が3代目に向いて言った。
「3代目君、お咎めはここまでだ。第2部隊の宿舎に戻っていいよ。」
「はい。申し訳ありませんでした。」
3代目は丁寧に頭を下げてから立ち上がり、部屋を出て行った。
「…やっぱり、気に入らん。」
3代目の足音が消えてから、1代目が呟くように言った。
「うん。素直すぎるね。」
光忠が認めた。そして、まだ眠っている2代目の目にかかった前髪をよけながら言った。
「そう考えたら、この2代目の方が反骨精神が強いというか、大倶利伽羅らしいというか…」
その時、2代目が突然寝言を呟く。
「やだ光忠、何するんだよ。ふふっ。」
光忠が、驚いて目を見開いた。
「お前、どんな夢見てんだよっ!!」
1代目が立ち上がって叫んだ。
……
夜-
2代目は、第2部隊宿舎の縁側で寝転がり、煌々と輝く月を見ていた。昼間寝すぎて、目が冴えてしまったのだ。自室には3代目が寝ている。同じ大倶利伽羅だということで、同室にさせられたのだ。
(決闘し合わせた奴と同室とはな。)
2代目はそう思い、苦笑した。2代目が1代目の部屋から戻った時、3代目は先に部屋にいた。
そして、2代目を見て一言「すまなかったな」と言っただけで、後はお互い口を利いていない。
(やつは猫をかぶってる。)
2代目はそう思っていた。実は、光忠の足を膝枕で寝た振りをしながら、3代目の様子を伺っていた。
(狡(こす)い大倶利伽羅か…。それも面白いな。)
そう思った時、足音が聞こえた。
「?」
2代目は半身を上げた。3代目が足元に立っていた。
……
2人の大倶利伽羅は、同じように縁側に座り、月を見上げていた。しばらくお互い口を利かなかったが、3代目がその沈黙を破った。
「さっき、1代目に明日の手合いを誘われたんだけど…」
2代目は(俺にはタメ口か)と、心の中で苦笑したが「ん」とだけ答えた。
「断った。」
「どうして?」
「怖いんだ。まだ右手が震えてて…」
「お前、決闘の時、ずっと刀を握り締めてただろう?」
「え?」
3代目は驚いた表情を2代目に向けた。2代目は月を見上げたまま言った。
「刀はずっと握り締めるもんじゃない。相手を斬る時だけ、握り締めるんだ。後は、落ちない程度に軽く握っていたらいい。」
「そうなのか?」
「ああ、そうじゃないと、いざという時に力が出なくなる。」
3代目は、驚いた表情のまま、震える右手を開いて見つめた。2代目が続けた。
「その震えは、怖いからじゃない。握り締め続けたせいで手が痙攣しているだけだ。明日には治る。」
「でも、駄目だ。」
「え?」
「1代目との手合い。…やっぱり怖い。」
2代目は苦笑して、初めて3代目の横顔を見た。切れ長のその目は、怖いと言いながらも目力が変わらない。
「じゃ、明日また俺とやるか?」
「え?」
3代目は、その目を見開き2代目に向けた。2代目は、再び月を見上げながら言った。
「決闘じゃないぞ。手合いだ。木刀で。」
「いいのか?」
「ああ、今日の決闘でお前の太刀筋は見切った。アドバイスできるところはしてやる。」
「…お前、顔で得してるな。」
「え?」
2代目は(損してるの間違いじゃないか?)と思いながら、3代目を見返した。
「俺、お前のこと、まじで柔い奴だと思った。」
3代目のその素直な言葉に、2代目は吹き出しながら答えた。
「ああ、よく言われる。」
「俺は、逆だ。そんなに強くないのに、強く見られる。」
「だから、強がってたわけか。」
「…そうだ。でも、ここでは、素でいられそうだ。」
「それでいい。」
3代目が、うなずいた
……
翌朝-
2代目の怒号が、第2部隊の庭に響いている。
「こら立て!こんなことで、出陣は持たないぞ!」
芝生に四つんばいになって息を切らしている3代目は「ひえー」と小さく声を上げた。
「もう無理。」
「お前、出陣だったら、今の時点で首落とされてんぞ。」
「え?」
「出陣は、いつ終わるかわからない戦いだ。音(ね)を上げた方が負ける。」
「え?時間制限ないの?」
「!?ないに決まってるだろう!」
「ゲームみたいに、鐘ならないの?」
「出陣はゲームじゃないっ!!命がけだ!」
2代目はあきれながら、そう怒鳴りつけた。
「もう勘弁です。お代官さまー!」
3代目がそう言って、木刀を放って走り出した。
「どうしてお前は、いざと言う時にそうやって茶化す…こら!逃げるなっ!」
2代目も木刀を放り投げると、3代目を追いかけた。
…それを、木の陰から見ていた1代目がため息をついた。横にいる光忠も苦笑している。
「これは、しばらく2代目に任せておいた方がいいようだな。やっぱり、3代目は今時の子だ。」
1代目がうなずいた。だが、楽しそうに追っかけあいっこをしている2人を見ているうちに、1代目の体がうずき始めた。
「倶利伽羅?」
「行ってくる。」
「え?」
1代目が急に走り出した。そして「こらー!お前ら遊ぶなー!」と叫んでいる。
「!?1代目!?」
2代目3代目が驚いて、それぞれ振り返った。
「3代目逃げろ!捕まったら、くすぐりの刑に処される!」
「!!」
2代目の言葉に3代目は戦慄して、2代目とは反対に逃げ出した。
「お前ら卑怯だぞ!おい光忠!お前は3代目を追え!」
「え?何で僕まで?」
そう光忠は言ったが、1代目はもう2代目を追いかけて姿が見えない。
「やれやれ、やっぱり倶利伽羅は1人で十分だな。」
光忠はそう笑いながら呟いて、姿が見えなくなりかけている3代目に向かって走り出した。