1代目大倶利伽羅は、いらだたしげに第2部隊の宿舎に向かっていた。
(あいつら、何してるんだ!手合いの時間がすぎてるのに…)
時間を過ぎても2人の大倶利伽羅が姿を見せなかったので、1代目が直々に第2部隊の宿舎に向かっていると言うわけである。
1代目は、宿舎の玄関を開き、中へ入った。
(?おかしいな…?)
音が全くない。いつもなら、短刀達の笑い声や、走り回る音が聞こえるのだが…。
大倶利伽羅の部屋の近くまで来て、1代目は目を見開いた。
「おい!どうしたっ!?」
部屋の外の廊下で、短刀の「前田」が仰向けに倒れている。見ると、廊下の向こうにも「平野」がうつぶせに倒れていた。
1代目は、大倶利伽羅の部屋の中を覗き込んだ。
たくさんの短刀達に囲まれて、2代目と3代目も倒れている。
しかし、彼らの傍に散らかっているものを見て、1代目のとまどいの表情が怒りに変わった。
「お前らーーーーーーーーーーーっ!まとめて起きろーーーーーーーーーーーっ!」
先に飛び起きたのは、大倶利伽羅達だった。
「えっ!?あっ!?今何時だっ!?」
「うわ…1代目…!」
うろたえる大倶利伽羅達のそばで、短刀達も目を覚まし始めた。
……
光忠は、自室で腹を抱えて笑い転げていた。横にはふてくされ顔の1代目が「笑い事か」とつぶやいた。前には、2代目3代目「大倶利伽羅」が、正座して縮こまっている。
「短刀達と朝まで枕投げしてて起きられなかったって…。君達、どっかの修学旅行生か!」
そう言って、また光忠が笑い出した。
「最初にやったのは誰だ?」
そう1代目が2人の大倶利伽羅に尋ねると、2人ともが手を上げた。
「はぁっ!?お前達が!?」
「2代目が、俺の背中に枕投げつけたから、なんか頭きて。」
「だって、昨日は3代目が皆の布団敷く係だったを忘れてたから、俺が代わりにやってやったのに礼も言わないから…」
「だから、悪かったっていったじゃないか!」
「その謝る態度が、気に入らないってんだよ!」
「じゃぁ、どう謝ればいいんだよ!しつこいなっ!」
「おいおい!1代目がそろそろキレるぞ君達。」
光忠のその言葉に、2人の大倶利伽羅は、はっと1代目を見た。1代目の体から湯気のようなものがゆらゆらとゆらいでいる。
「2人とも表でろっ!!」
その怒鳴り声と共に、2人の大倶利伽羅は正座のまま飛び上がった。
……
「あー…きつかったー…」
2代目が思わず呟いた。手合いの後、2代目と3代目は自室で倒れこんでいた。
「1代目のあのバイタリティはどこからくるんだー?俺達の方が体若いはずなのに、ついてけない…」
3代目は、体をあおむけに返しながら目に拳を当てた。2代目がうなずいて答えた。
「出陣の回数の違いかねぇ。」
「ここしばらく、また出陣なくなったよな。」
「ん。最近誰かしら、傷ついて帰ってくるから、主が嫌がってるんだってさ。長谷部さんが言ってた。」
「主が優しいのはいいが…俺達、ほんとにこんなことしてていいのかな。歴史修正者とやらは、まだいるんだろう?」
3代目が、うつぶせのままの2代目に向いて言った。
「ん。なんでも、ここの他にもいろんな主がいて、それぞれが戦ってるらしいんだけど…。合わさることがないんだって。」
「んー…よく意味わかんない。」
「俺も、わかんない。ってか、今、何も考えたくない。」
「…だな…。」
2人はそう言うと、同じように目を閉じた。
……
「朝の第2部隊の枕投げの話を主にしたら、大笑いしてたよ。自分も混じりたかったってさ。」
長谷部が、光忠の部屋でニコニコしながら言った。常に主第一の彼には、うれしい事だったようだ。
「そうか。」
光忠も思い出して、吹き出した。1代目は横で寝転がっているが、ただ黙っている。
光忠が、そんな1代目ををちらと見てから言った。
「倶利伽羅、最初、皆が酒を飲んでしまったのかと思ったんだって。」
「ははっ。そりゃ、第1部隊の宴会じゃないか。」
「そう。宴会の後、皆酔っ払って倒れている姿に似てたらしい。」
「だが周りに散らばってるのが、酒瓶じゃなくて枕だったってわけだな。」
「それ、見たかったなー。俺だったら、絶対に写真撮っとくのに。」
1代目はむすっとした様子で起き上がり、部屋を出て行った。長谷部が、黙って見送りながら、光忠に尋ねた。
「?倶利伽羅はどうして、あんなに怒ってるんだ?」
「最近、1、2部隊とも出陣も遠征もないだろう。体がなまってるんだってさ。このままじゃ、ここの本丸全員がなまくらになってしまうって、昨夜、悩んでた。」
「戦う体なんだな、やつは。」
「2代目、3代目にはないけどな。」
「しかし、平和主義者の主に、また出陣させてくれって言いにくいなぁ。」
「そうだなぁ。」
光忠はそう苦笑してから、思い出したように言った。
「ああ、そうだ。そろそろ第3部隊の宿舎ができるって聞いたけど。」
「ん、ほぼできてるよ。3振り目達がそっちにうつれば、2振り目達もゆっくりできるようになるだろう。」
「じゃぁ、もう枕投げ大会はできないってわけか。」
「そりゃ、さびしい事だな。」
長谷部がそう言い、光忠が「確かに」と言って笑った。
……
第3部隊の宿舎が出来上がった。新しい家の香りに3代目は「おおー」と自室の障子を開きながら、感嘆の声をもらした。
「ここ、俺1人で使えるのか。…1代目すら、光忠と同室なのにいいのかな。」
そう呟いて、新しい畳の上にあおむけに寝転んだ。
(…いいのかな。本当にこんなことしてて…)
3代目はふとそう思った。
(俺達は戦うために、甦らされたんじゃなかったのか?)
そう思い、思わず首を横に向け「なぁ、2代目」と言った。
横には誰もいない。
「そうか…1人だったな。」
ふと寂しさを感じた。
……
夜 第2部隊の宿舎-
2代目「大倶利伽羅」の部屋に、2代目の「今剣(いまのつるぎ)」が、枕を持って入ってきた。
布団にもぐっていた「大倶利伽羅」は、驚いて飛び起きた。
「どうした?枕持って?」
「寂しいんです。」
「え?」
「いつも3代目(今剣)と一緒に寝てたのに…1人になったから。」
「ああ…。そうか。なるほどな。」
実は、大倶利伽羅もそう思っていた。
「おいで、一緒に寝よう。俺も寂しかったところだ。」
「ほんと!?」
「ん。入れ。」
今剣は、うれしそうに大倶利伽羅の布団にもぐりこんできた。
しばらくしてから、今剣が大倶利伽羅の顔を見上げていった。
「今、3代目達どうしてるかなぁ。」
「そうだな。うちの3代目は、寝言言いながら寝てるよ。」
「寝言言うの?」
「うん。おかしいぜー。この前はいきなり「もっと食わせろー!」って叫んだんだ。」
今剣が笑った。
「叫んだの?」
「ああ、でも寝てるんだ。その後に「もう無理。勘弁して。」だって。」
「どんな夢なんだろね。」
「大方、1代目に無理やりまんじゅうでも口に押し込められたんじゃないか?」
「あははっ!」
心地よい声で今剣が笑った。そのあどけない顔を見た大倶利伽羅は、ふと(これでいいんだな)と思った。…実は2代目も3代目と同じ事を考えていた。戦う付喪神として甦ったのに、これでいいのかと。
(こいつらに、戦いは似合わない。)
今剣が、急に真顔になった大倶利伽羅を見て「どうしたの?」と言った。
「いや、なんでもない。寝よう。明日は畑仕事の当番だったろう?」
「あっうん。」
「寝坊したら、またうちの1代目の大目玉くらうからな。」
今剣が、また笑った。
……
翌朝-
1代目3代目「大倶利伽羅」は、2代目の言葉に目を見開いていた。
「俺、長谷部さんに言って、主に頼んでもらおうと思うんだ。」
「大倶利伽羅部隊か。いいかもな。」
1代目が目を輝かせている。3代目が「でも」と言った。
「主、いいって言うかな…。ただでさえ、出陣嫌がってるのに。」
「戦うのは俺達だけでいい…。そう思ったんだ。」
「?」
「短刀達がどう思ってるかわからないが、俺は、あいつらを危険にさらしたくない。短刀を除いたら打刀でさえまだ1振り目しかいない中で、俺達「大倶利伽羅」だけが3人いる。」
「2代目、お前成長したなぁ。」
1代目が感心したように言った。3代目も嬉しそうにうなずいている。
「俺も賛成だ。」
「よし!さっそく長谷部に頼みに行こう。」
3人は揃って立ち上がった。
……
長谷部は最初渋っていたが、大倶利伽羅達の熱意に負け、結局主の部屋に3人を通した。
そして…。
主も3人の大倶利伽羅の熱意に負け「大倶利伽羅部隊」が誕生することになった。
「よし!早速、作戦会議だ!」
1番はりきっているのは、1代目だった。2、3代目は顔を見合わせて笑った。
……
2代目は、第2部隊の宿舎の縁側で体を横たえ、満天の星空を眺めている。
(明日、早速出陣か。…吉と出るか、凶と出るか…)
一瞬、死が2代目の頭をよぎった。
(俺らが強いといっても…3人だけで本当に大丈夫なものか…)
レベル云々の問題じゃない。それに相手が何人かわからないし、何が出てくるかもわからない。今更ながら恐怖を感じて、2代目はぶるっと体を震わせた。
(武者震いだ武者震い。怖いんじゃない。)
そう思いながら起き上がったとき、今剣と前田、平野が枕を持って現れた。2代目は思わず吹き出して「どうした?」と言った。
「明日…大倶利伽羅さん達だけで、出陣って聞いて…」
「ん。」
「無事に帰ってきて下さい。僕ら、本当は一緒に戦いたいけど…長谷部さんが駄目って。」
2代目は目を見開いた。
「長谷部さんに、何を言ったの?」
「僕達もお供させて欲しいって言ったんです。でも、大倶利伽羅じゃないから駄目だって言われました。」
2代目は胸を突かれる思いがした。短刀達も、本当は戦う体なのだ。
「前の2代目みたいになっちゃわないかって…皆、心配してて…」
「そうか…。ありがとう。でも、強い1代目もいるし、3代目もいる。大丈夫だ。」
短刀1人1人の頭をなでながら、2代目が言った。
「枕を持ってるって事は、俺と一緒に寝るつもりだったのかい?それとも、枕投げするつもりかい?」
2代目が笑いながらそう言うと、短刀達が顔を見合わせて笑った。
「大倶利伽羅さんと、一緒に寝るため。」
「そうか。しかし、4人一緒に寝られないぞ。ああ、そうだ。」
2代目は敷いてある布団に近寄り、向きを変えた。
「こうやって横にしたら、皆で寝られるな。」
短刀達が笑いながら、大倶利伽羅の傍に来た。前田が「大倶利伽羅さん、足出ちゃうよ」と笑った。
「構わない。さぁ、皆で寝よう。」
「はい!」
3人の短刀達が嬉しそうに返事をした。
……
翌日-
光忠が縁側で大きくため息をついている。
「大丈夫かなぁ…倶利伽羅達…」
その隣で、長谷部も同じようにため息をついた。
「そうだな…。いくら奴等が強いとはいえ、3人だけでは無謀だったかもしれん。今更だが。」
その時、短刀達の悲鳴のような声が聞こえた。それぞれが「大倶利伽羅さんっ!」と叫んでいる。
「!!…あいつら…まさか!」
光忠が駆け出した、長谷部も後を追った。
……
手入部屋では、大倶利伽羅3人共が入っていた。それぞれの部屋の前で、短刀達が涙を拭っている。1、2代目が中傷、3代目が重傷だった。3人とも刀装兵を連れていかなった事も、今になって光忠は知った。
(慢心のためか…刀装兵にも、情をかけたのか。)
後者だな…と、光忠は思った。
「まだ動いちゃ駄目です!」
そんな声が聞こえたとたん、1代目「大倶利伽羅」が四つんばいになって、ふすまを開いた。顔がかなりゆがんでいる。右肩から、左脇にかけて包帯が巻かれており、血がにじんでいる。短刀達があわてて、1代目を止めようとした。光忠が「大丈夫。僕に任せて。」と短刀達を避けさせ、立ち上がろうとする1代目の体を支えた。
「倶利伽羅!ばかっ!動いちゃ駄目だ!」
「3代目はどうだ?あいつ…俺、かばって…」
「え?」
「背中からやられた。援けようとした2代目は、かなりの数に囲まれてしまって…」
そこまで言って顔をしかめた1代目に「部屋へ戻れ!」と光忠は怒鳴りつけた。
「そうやってお前が動いたところで、2代目達が治るわけじゃないだろう!」
「…ああ…ああ、そうだな…」
1代目はその場に伏した。
「倶利伽羅!」
短刀達が、1代目を取り囲み声を上げて泣き出した。
……
2代目は意識は戻したものの、体を動かすことができない状態だった。
「大倶利伽羅さん」
2代目の短刀達が、それぞれ2代目「大倶利伽羅」の手を握っている。
大倶利伽羅が微笑みながら、短刀達に言った。
「大丈夫だ。まだ動けないだけだよ。すぐ治る。」
短刀達が、それぞれ目を拭いながらうなずいた。
「3代目は、どんな様子?」
「手入は無事に済んだそうですが、まだ目を覚まさないって。」
「命に別状はないんだね。ならよかった。1代目は?」
「1番に目を覚ましましたが、まだ治らないのに何度も起き上がろうとして、光忠さんに怒られてます。」
2代目は力なく笑った。
「1代目らしいな。」
「大倶利伽羅さん。」
平野が2代目に体を乗り出した。
「ん?」
「もう…3人だけで出陣に出ないで下さい。長谷部さんから聞いたんです。僕達に戦わせないために、3人だけで行ったって。」
「また余計な事を…」
2代目がそう言って、苦笑した。
「僕達、足手まといですか?」
「え?」
思わぬ前田の言葉に、2代目は目を見開いた。
「足手まといになるから、連れて行ってくれなかったのですか?」
「いや、そんなつもりは…」
「僕達も、付喪神です。戦うために生まれたんです。もっと鍛錬して強くなるから…」
前田はそこまで言って、涙をこぼした。
「今度は、一緒に行かせて下さい!」
今剣と平野が、前田の言葉にうなずきながら泣き出した。
「いや、その…泣かないで…」
2代目はそう言って体を上げ「あっ」と顔をしかめた。
「大倶利伽羅さん!」
短刀達が驚いて、2代目の体を押さえた。
……
「俺の慢心だったんだな。」
1代目「大倶利伽羅」が呟いた。床の横に座っている光忠が「そういうことだ」と言った。
「でも、君だけじゃない。2代目3代目の慢心もある。」
「ああ。本当は、俺が止めなきゃならなかったんだろうな。」
「倶利伽羅…」
「それを、俺までがガキみたいに喜んで、奴らを危険な目に晒して…何様だろうな。俺。」
「だが、それも「大倶利伽羅」だよ。お前らしくないと言えば、嘘になる。」
「光忠…」
「主も長谷部も、自分達を責めていた。前の2代目のようなことはしないと決めていたのに、結局同じ事を繰り返してしまったって。」
「……」
1代目は、目に拳を当てた。涙が頬を伝っている。
……
1ヵ月後-
新しい第3部隊の宿舎で、短刀達の楽しそうな笑い声が響いていた。
「これでもくらえっ!!」
3代目「大倶利伽羅」が、2代目を狙って枕を投げつけた。2代目は見事に枕を抱きとめ、それを3代目に投げ返した。あまりの素早い反応に、3代目は顔面で枕を受け止めてしまい、その場にひっくり返った。
短刀達の笑い声がした。
「3代目さん、大丈夫!?」
ひっくり返ったまま動かない3代目に、短刀達が不安を感じ始め、ぞろぞろと3代目に近寄った。2代目も不安になって「おい」と、3代目の腕をつかんだ。
「なーーーんてな!」
3代目はそう言って飛び起きると、2代目の顔に枕を投げつけた。今度は2代目がひっくり返った。
「卑怯だぞ!3代目!」
「戦いに卑怯も何もない!勝つことが正義だっ!」
「お前の辞書に、スポーツマンシップって言葉はないのか!」
「ないね!」
「このやろーー…」
2代目が3代目に素手でつかみ掛かった。3代目が笑いながら、それに応じる。…だが、肩をつかまれたとたん、顔をしかめた。
「!…3代目…」
2代目が、はっとして手を離そうとした。3代目はすぐに表情を戻し、その手を掴んで小声で言った。
「大丈夫。短刀達が不安がるから続けろ。」
「…ああ…」
2代目は、戦法を変えることにした。
「1代目大倶利伽羅直伝っ!くすぐりの刑だっ!」
そう言って、3代目の両脇に手をもぐらせた。
「あっばかっ!やめろっ!」
3代目が体をよじって、2代目から逃れようとした。
「そこ1番弱いんだっ!って言っちゃったよ、俺ってばかだっ!!」
その3代目の声に、短刀達が大笑いした。
…一方、第1部隊の宿舎では…
酒瓶の散らかる中で、1代目大倶利伽羅始め、光忠、長谷部を含む全員が倒れている。
「んーーもう飲めなーい…」
大倶利伽羅のそんな声が、宿舎中に響いた。