オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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雨やばい。
マジやばい。


恐怖公計画

 ……はあ、すっきりした。

 

 あれだな、皆が悪くないと分かっていても、やっぱり溜め込んだものってのはあるもんだな。悪かったな、怒鳴ったりして。別にお前が憎いわけじゃないし、ギルメンが憎いわけでもないんだけどさ。

 

 いや、違うか。嘘だな。

 

 やっぱり、憎かった。今は憎くないだけか。お前に吐き出した結果ってところだな。お前に言うまでは、心のどっかで憎んでいた。我ながら糞だな。所詮はゲームだろうが。何しがみついてんだ。モモンガさんだって割り切ろうとしてんのによ。でも、やっぱりストレスってのは溜め込むものじゃないな。口に出すことでかなり楽になった。心の中が綺麗になった感じだぜ。例えデータでも聞いてくれる相手がいてくれると違うもんだ。

 

 ……というか、慣れって怖いな。データに話しかけることに全く抵抗がなくなってしまった。サービス終了間近にしてゲームとリアルの区別が曖昧になってしまったか。これはやばい。本当はこれだけをぶつけるために作ったのに、結局関係ない話ばっかりしっちゃってたな。おまけに、どんどん話したいことが増えてきたし、話すつもりじゃなかったことまで話しちゃったし。

 

 何だか本当に娘みたいな気がしてきたぜ。いや、リアルじゃ子どもどころか彼女もいねえんだけど。家族もいねえんだけど。童貞なんだけど。まあ、友人らしい友人ならいないこともないか。でも、あいつとも結構疎遠だしな。あいつもまだユグドラシルやってんのか? ああ、そもそもあいつに誘われてこのゲーム始めたんだっけ。うわあ、あれからもう十年以上か。懐かしいー。

 

 あーあ、でも、こんな姿見せられないな。みっともねえ。引退したギルメンの文句をNPCに愚痴るとか痛いどころの話じゃねえぞ。十年前の俺が見たら卒倒しそうだな。最低でも冷たい目で見られそうだ。まあ、あの頃の俺に『伝説のDQNギルドに所属しているけど最後の二人の片方になってます』って言っても、信じそうにないな。まして、仮想現実に絹花さんと同じ想いを抱いているなんて知ったら、ぶっ殺されるな。

 

 本当、俺も変わったよ。昔よりも、大分マシになった。……いや、昔の俺ってどんなだよ。これより悪いって救いようがねえな。いや、だからこそ救われたんだな、モモンガさんに。クラン「ナインズ・オウン・ゴール」に。あの偉大なる自殺点たちに。

 

 ふむ……。やっぱり、ヘロヘロさんにでもAIのいじり方を習っておくべきだったか。ちょっとでもいいから表情に変化が欲しいな。今から習うのもなあ。どうせ意味ねえし。そんなことするくらいなら、ちょっとでも喋るか。

 

 ギルメンのことは大体喋ったから、そうだな。今度はNPCのことについて話そうか。まずは階層守護者……と言いたいところだが、恐怖公かな。

 

 

 

 

 エ・ランテルの有名人といえば、誰が思い浮かべるだろうか。都市長か。冒険者組合や魔法組合の会長か。それとも、ミスリル級の冒険者か。いや、彼らも有名だろうが、それ以上の有名人がいる。

 

 都市一番の薬師リイジー・バレアレとその孫ンフィーレア・バレアレである。

 特に、ンフィーレアはあらゆるマジックアイテムの使用が可能という稀有な生まれながらの異能(タレント)を持っている。無論、薬師としても天才だ。バレアレ店の作るポーションは天然素材に拘っており、他の店と比べて一割増しの効果を持っているため、冒険者などからとても厚い信頼を受けている。

 

「ただいま、お祖母ちゃん」

「お帰り、ンフィーや。それで、どうだった? 例の冒険者に依頼はつけられたのかい?」

「うん。ちょうど組合にいたよ。準備ができたら、すぐにカルネ村に行ってくる」

「そうかい。それは良かった」

 

 昨日、ブリタという女冒険者がバレアレ店に訪れ、ポーションの鑑定を依頼した。問題は、そのポーションが赤かったことだ。普通のポーションは青い。ポーションは加工の段階でどうしても青くなってしまうというのは薬師の常識だ。それが赤いということは――。リイジーが魔法で調べてみると、彼女が睨んだ通り、ブリタの持って来たポーションは、『神の血』だった。

 

 伝説のポーション、『神の血』。

 

 ポーションは時間とともに劣化する。魔法をかけるなどして劣化を防ぐことができるのだが、『神の血』は魔法などかける必要がない。決して劣化することのない完成されたポーション。あらゆる薬師や錬金術師の目標にして、届かないはずの理想。交金貨に換算すれば、希少性抜きでも八枚分の価値がある。使えばなくなるポーション瓶一つに、交金貨八枚の価値がつくのである。付加価値を考えれば殺人を犯してでも手に入れたい者がいるであろうほどの超レアアイテム。

 

 ブリタにポーションの出所を問い詰めると、冒険者にもらったという。何でも、その新人冒険者がブリタのポーションを割ってしまい、その弁償としてもらったというのだ。

 

 褐色肌の美しい女神官、二本の刀を持つ巨漢、そしてリーダーらしき露出度零の魔法詠唱者。

 魔法詠唱者の名前はモモンといい、彼がブリタにポーションを渡した人物だそうだ。銅級の冒険者であるにもかかわらず、鉄の冒険者を投げ飛ばしたという。そう、肉体的に脆弱であるはずの魔法詠唱者が、大の成人男性を投げ飛ばしたのだ。モンクが魔術師の格好をしているのか、本当にそれだけの筋力を持つ魔法詠唱者なのかは不明だが。

 

 そこで、リイジーは冒険者ならば依頼をして顔を繋ごうと考えたのだ。バレアレ家はトブの大森林近くの村に薬草を取りに行く時、護衛や荷物運びのために冒険者を雇う。定期よりはまだ少し早いが、行って困るということはない。モモン達を今回の護衛として雇うことにしたのだ。新人の冒険者ならば名指しの依頼を断ることはないだろう。村までの道中で、ポーションを実際に使用したりポーションについての情報を何かこぼすかもしれない。どの道、顔を繋いでおいて損はないだろう。

 

 ンフィーレアが冒険者組合に行くと、ちょうどモモン達がいた。とても目立つ三人組だった。リーダーモモンのザ・魔法詠唱者という格好よりも、神官ルナの美貌や剣士コートスの巨体の方が目につくが。

 依頼を頼むと、何でも森での行動には自信がないからと、『漆黒の剣』という冒険者チームも加わった。だが、それくらいならば問題ない。バレアレ店は下手な商人よりも財力があるのだ。銀級の冒険者チームが一つ追加してもお金には困らない。元々、モモン達は銅級でお安いのだし。

 

「ああ、ついに『神の血』が! 伝説のポーションが!」

 

 リイジーが興奮するのも無理はない。もう自分も歳だ。残りの寿命ではどう足掻いても『神の血』を作ることなどできない。自分にできるのは優秀な孫が少しでも理想に近付けるように多くのものを残してやるだけだと思っていた矢先、正真正銘の実物が自分の前に現れたのだ。これで落ち着けという方が無理だ。

 

 それでも無理矢理興奮を押さえつけると、孫と向き合う。ンフィーレアもリイジーほどではないが、新しいポーションへの欲求が顔から滲んでいた。

 

「ンフィーや。相手は『神の血』の手がかりだ。逃がしたらもう二度と出会えないかもしれない。慎重な対応をするんだよ。もしこっちの考えがバレたら……」

「うん……。まずいことになるね」

 

 一般的なポーションの弁償として渡したにしては価値が大きすぎる。価値を知らないのか、それとも謝罪の意味が大きかったのか。どちらにしろ、相手のアイテムについての情報を掠め取ろうとしているのだ。こちらの思惑が知れたら、怒りを買うことは必至だろう。

 

「分かっているならいいんだよ。お前はいい子だ。きっと上手くやれるさ。……ん?」

「どうしたの、お祖母ちゃ、あ!」

 

 ンフィーレアは祖母の視線の先に、歓迎できない侵入者がいることに気付いた。そして、祖母の目がとても鋭くなっている。単なる老婆や薬師にはない、第三位階魔法を使う者としての眼光だ。リイジーは手近にあった羊皮紙を筒状に丸めると、そのまま不埒な侵入者へと振りかざした。

 

「せいっ!」

 

 不埒な侵入者の正体は、ゴキブリと言われる昆虫だった。

 

 年期の入ったリイジーの一撃だったが、彼女はすでに足腰の弱った老婆だ。ゴキブリは難なく避けると、人の手が入りづらい壷の隙間へと逃げてしまった。

 

「ちっ。仕留め損なっちまったよ。全く、気をつけているんだけどねえ。虫殺しの薬を作っておかないと駄目かねえ」

「一匹見たら三十匹はいると思えって言うもんね。薬草に群がらないように気をつけないと」

 

 ンフィーレアの視界の隅で、ゴキブリが隙間の奥に消えていく。すでにリイジーやンフィーレアの意識に、そのゴキブリの存在はない。これから薬師としての人生が変わるかもしれないのだ。不快な昆虫ごときに構っているような暇はない。

 

 そのゴキブリが自分の命運を決めることになるとは、この時のンフィーレアは知らなかったのである。まあ、命運が別れた後も気付くことはないのだが。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル一の宿屋、『黄金の輝き亭』の一室にその男はいた。椅子に腰掛け、誰が話しかけているのでもないのに、ぶつぶつと言っている。

 

 群青色のローブを着た、黒と金のオッドアイの魔法詠唱者。顔面の左側には大きな火傷。男の名前はシルク・タングステンといった。この宿には、ある商人の令嬢の護衛という名目で宿泊している。

 

『それじゃあ、バレアレ家はポーション絡みで俺達に接触したってことですか?』

「らしいよ? プレイヤーじゃなくて良かったね」

 

 ぶつぶつ言っているのは、独り言ではなく、魔法で『冒険者モモン』と連絡を取り合っていたのだ。

 

「でも、駄目じゃない、()()()さん。ユグドラシルと何が違うかまだ分からない段階なのに、ポーションなんて分かり易いものを撒いちゃ。何の為にこの世界の金貨を集めようとしてんだよ」

『ぐっ、面目次第もありません』

「いいけど、後で回収しておきなよ? 俺はその冒険者の顔知らないし、モモンさんはこれからカルネ村に行くんでしょう? その間に面倒事にならなきゃいいけど。まあ、命懸けの仕事が多い冒険者だからそんな貴重品の情報を漏らすようなことはしないか。奪われたら怖いしね」

『ああ、貴重なアイテムの情報は隠しておきたいですもんね。カルネ村から戻ったら、あの女冒険者の記憶を書き換えてポーションを回収しておきます。日数的に、シルクさん達とは入れ違いですね』

「それは残念だ。いってらっしゃい。お気をつけて」

 

 魔法が切れると、シルクは側で跪いてた臣下に労いと感謝の言葉をかける。

 

「ご苦労だったな、恐怖公。お前のおかげで杞憂をせずに済んだ」

「お役に立てて何よりでございます、シルク様」

 

 シルクの言葉に、明らかにサイズ感のおかしいゴキブリが頭を下げた。王冠にマントを付け、三十センチほどの大きさをした奇妙奇天烈なゴキブリだ。大きさと格好、直立している点を除けば、普通にただのゴキブリだ。

 

 そのゴキブリの名前は恐怖公。ナザリック地下大墳墓領域守護者の一人(一匹)である。かの五大最悪の一体に数えられるNPCで、称号は住居最悪。ギルメンにも苦手とする者が多く、多数決で存在を抹消されなかったのが奇跡だ。レベルは三十と低い方だが、その戦歴は侮れない。レベル的にはとてもプレイヤーを殺すことなどできないが、精神的に殺すことに長けている。彼の得意技は同族の大量召喚だと言えば、どういう意味かは理解できる。……はっきり言って、彼の創造主は頭がおかしい。

 

 なぜ恐怖公がここにいるかと言えば、当然、深い理由がある。彼はシルク考案のある計画の主軸だ。

 

 このエ・ランテルは三カ国貿易の要所である。つまり、人や物や情報が行き交う場所だ。他の都市や国外に多くの荷物が運搬されるだろう。例えば、その荷物に小さな昆虫が紛れ込んでいても気付かないのではないだろうか。

 

 そう、この都市を拠点に恐怖公の眷属を商人の荷物に紛れ込ませれば、王国・帝国・法国に勝手に情報網が広がっていくのだ。何も知らない商人は勝手に国の重要拠点にナザリックの目を入れさせてくれる。転移で飛ばせば手っ取り早いかもしれないが、あくまで『自然な形』で広げるのが重要なのだ。それに、この方法ならば流通ルートの把握もできる。

 

 仮に運搬中に恐怖公の眷属が発見されても、問題はない。一匹いれば三十匹いると思えとは言われる昆虫だ。だから、一つの荷台には三十匹乗せてある。だが、一匹いたからといって荷物を全部ひっくり返して二十九匹を探す奴なんていないだろう。

 

 仮に躍起になって殺そうとしたところでも同じだ。何せ、ゴキブリなのである。多少不審だからといって、捕まえて調べようとする者はいないだろう。潰して、捨てておしまいだ。その不快感からゴキブリを殺したことさえ即刻忘れたがるだろう。つまり、証拠は勝手に消えてくれるのだ。

 

 どこにでもいる生物というのも大きい。大量発生していると思った者がいても、それを誰かが召喚して操作しているなどと気付くことはないだろう。

 

 恐怖公の特殊技術による召喚は、時間によって消滅しないようにも出来るが、一日の召喚回数には限度がある。さすがに、これだけの都市の荷物に紛れ込ませようとしたらそれなり以上の時間がかかる。もっとも、このエ・ランテルの重要な場所、冒険者組合や魔術師組合、都市長の家などにはすでに恐怖公の眷属がいる。この都市は情報的にゴキブリに監視されていると言っても過言ではないのだ。先ほども、モモン達に接触してきた薬師というンフィーレア・バレアレの思惑を探るのに一役買ってくれた。

 

 行く行くはこの監視網を周囲の国家の重要拠点全てに広げたいと、シルクは考えている。それにはまだ時間がかかるだろうし、流通形式の把握が必要だ。恐怖公にも召喚を繰り返してもらわなければならない。

 

「これから苦労をかけると思うが頼んだぞ、恐怖公」

「苦労などと。我々は御方によって想像された存在。そのお役に立つのは当然のことでございますぞ。むしろ、このような大役を与えてくださったシルク様には感謝の念が耐えません」

 

 うちのNPCは本当にホリックワーカーだな、他のギルドのNPCもこうなんだろうかと考えるシルク。

 

 実際のところ、他のギルドのNPCは己の創造主をどう思っているのか。それこそ、最終日に無人だったギルドホームもあるはずだ。ログインしていても、カウントダウンイベントに参加していた者も多いのだから。

 NPCだけのギルドホームが転移してきた場合、NPC達はどういう行動に出るのか想像はできなかった。ゲームが現実化した時、ナザリックのNPC達はその異変に気付かなかった。つまり、ギルドの維持資金が枯渇するまで創造主達を待ち続けるのか、異変に気付いて拠点の外に出るのか。拠点から出て、ここが異世界だと気付いたところで、彼らは何をするのだろう。

 ナザリックには、モモンガやシルクがいた。主人がいたらこそ意思の統一が出来ていた。だが、プレイヤーが誰もいなかったら?

 

 二百年前、英雄達と戦った魔神とはそういう存在なのではないか。主人がいないから、もう帰ってこないから、世界に八つ当たりをしたNPC達ではないだろうか。

 

(ナザリックはそうならないようにしないとな。皆が帰ってくるのはいつになるか分からないけど、俺やモモンガさんでこいつらをちゃんと導いて、守ってやらないと)

 

 シルクがそう決意を固めていると、激しい足音が聞こえてきた。そして、勢いよくドアが開かれる。

 

「まったく、なんて宿なのかしら!」

 

 ドアの向こうから現れたのは、途轍もないような美人だ。品の良いドレスを着ているから、大商人か高位貴族の娘だろうか。怒りに顔を歪めているが、その美しさは欠片も損なわれていない。美人はどんな顔をしても美人だと証明だ。

 

 ドアを閉めると、美女は先ほどの怒りが嘘のようにお淑やかな態度になり、シルクに頭を下げた。

 

「お見苦しいところをお見せしました」

「いやいや、良い芝居だった。演技派だな、ソリュシャン。お前をお嬢様役に選んだモモンガさんの采配は間違いじゃなかったな」

 

 シルクがこの宿にいるのは恐怖公への指示のためだけではない。むしろ、本題は別にある。

 

 これから王都へと向かうソリュシャンとセバスに同行するためだ。本当は逆なのだが、名目上はそうなっている。『王都に商売をしに行く帝国商人の娘』がソリュシャン、『商人の執事』がセバス、『この町で雇われた腕利きの魔術師』がシルクなのだから。

 

 シルクとモモンガの現在の目的は大きく分けて三つある。

 

 一つ目は、この世界の情報収集だ。国家情勢だけではなく、武技や生まれながらの異能(タレント)といったこの世界の独自の能力についてもだ。この世界独自の魔法というものもあるらしい。また、竜王という大陸最強の存在に対しても調査の必要ありだ。その他、復活魔法など身内で試すわけにはいかない魔法の検証もここに含まれる。

 

 二つ目は、仲間や他のプレイヤーの探索だ。自分達だけが転移したとは思えないし、それらしい影はある。スレイン法国にはプレイヤーがいる可能性が高いため、現在は接触を避ける方が良いだろう。一応、秘密工作部隊と交戦したのだし。広義の意味では、ユグドラシル由来の存在の調査という面もある。

 

 三つ目は、アインズ・ウール・ゴウンの名前を伝説とすることだ。正確には、『大英雄アインズ・ウール・ゴウン』の物語を作るための下準備といったところか。これは一つ目と二つ目の目的の先にある。

 というのも、『アインズ・ウール・ゴウン』という人物が戦士であることは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが知ってしまった。ならばいっそ、『伝説の戦士』という路線でその名前を世界に刻み込もうという計画になったのだ。そのための武技の調査であり、プレイヤーの探索である。

 

 例えば、モモンガが魔法で戦士化してしまえば、この世界では比類なき戦士になれるだろう。ただの力任せではない、戦士としての戦い方ができるだろう。しかし、戦士化した魔法詠唱者では、特殊技術が使えない。つまり、『必殺技』が使えないのである。戦士だけに限らないが、必殺技があると分かり易いのだ。色々と。実際、ユグドラシルのワールド・チャンピオンやワールド・ディザスターがそうだった。

 どうせならば、子どもから大人まで『分かり易い英雄譚』を作り上げたい。そのためには、この世界の人間の趣向を正確に把握する必要がある。需要を知ることは広報の基本だ。適した宣言をしてこそ、商品は売れるのだから。

 

 わざわざコキュートスを人間化させて冒険者にしたのも、その計画の一部である。

 コキュートスには、冒険者が現場で武技を使用する場面を見てもらい、それを見極めてもらう役割がある。戦士職のレベル百NPCならば他にもいるが、人間蔑視の傾向があるアルベドや、剣士ではないセバスよりも、コキュートスの方が適任であるという考えがある。武人ならではの着眼点を持つNPCは意外と少ないのだ。

 コキュートスが選ばれた理由は他にもあるのだが。

 

 武技がユグドラシル生まれの存在にも使えるかどうかは、早急ではないが判明させるべき課題だ。結果次第では、ナザリックのPOPモンスターやモモンガ謹製のアンデッドの扱いが大きく変化する。

 

「ザック……えっと、ザックでいいよな? あの野郎」

「はい、そのような名前でございます」

「そうか。ザックの奴はやっぱり、襲ってきそうか?」

「はい、此方の目論見通りの行動をしてくれそうです。今、薄汚い男に雇われたことを報告している模様です」

 

 本日、御者としてザックという男を雇ったのが、彼は野盗の下っ端だ。彼の所属している野盗の一段が、数日後に出発するシルク達の馬車を襲う予定だ。勿論、それは罠だ。いなくなっても誰も構わないであろう人間が欲しいからこその罠。シルクの設定が『腕利きの魔術師』なのは、強い野盗を引き寄せるためだ。シルクに警戒して襲ってこないようでも問題はない。その場合は貧困街の人間を悪魔達に拉致させる予定だったが、無駄に終わりそうだ。

 

「そうか、ならいい。さて、何人くらいでくるかな?」

「そのことで、お一つよろしいでしょうか?」

「何だ、言ってみろ」

「あの男は、ことが終わったら私の方で処分しても構わないでしょうか?」

「ん? あ、あー、そういえばお前はそういう性癖だったな」

 

 友人が設定したソリュシャン・イプシロンの性格を思い出し、苦笑を漏らすシルク。

 

「構わないぞ、好きにしろ。あれはどこにでもいる、世界の不平等さを言い訳にする卑怯者だ。奪われる覚悟も奪う覚悟もないくせに奪い続ける、逃亡者。この俺が手ずからに殺す価値もないし、見所はゼロだ。別に子どもでも無辜の民でもないしな」

「子どもでしたら、駄目だったのですか? 私はどちらかといえば、無垢なる者の方が好きなのですが」

「駄目だ。良い機会だから言っておこう」

 

 シルクは傍らにおいていた嫉妬マスクを被る。その不快感に染まった表情を覆い隠すように。

 

「俺の前で子どもは食うな。俺の前で子どもを食った話をするな。食うなとは言わないから、俺の前で子どもが死んだ話をするな。食いたいと思ったら、俺以外に許可を求めろ」

 

 本当であれば何があっても子供を殺すことは許さないと言いたい。しかし、それは果たして正しいのだろうか。自分の仲間達の思いを否定することにならないだろうか。仮にNPC達が自分の設定に逆らうようなことをする場合は、彼ら自身の意思でなければならないはずだ。

 

「御命令でしたら、そのように。決してシルク様には感知させないと誓います」

「頼むわ。いや、すまんな。元々、そういうのは駄目なんだ」

 

 ゲームが現実化して、ローラと接してから特にそう思うようになった。子どもが死ぬのは嫌だ。特に、嬲られて殺されるのは。嫌なことを思い出す。

 

「……ふう、ちょっと街に出たいな」

 

 気分転換が必要だ。モモンガはシモベ達の忠誠心が重くてリフレッシュを求めていた。それに近いものはあるが、少し違う。シルクにとってNPCの忠誠心は重いのではなく、辛いのだ。傷を抉られているような感覚さえある。

 

「あ、でしたら」

 

 何を思いついたのか、ソリュシャンは咳払いをした後、やたら高慢そうな口調で――無論演技だが――シルクに言った。

 

「全く、こんな宿にいたら息が詰まってしまうわ! ちょっと外に出てくるわね。セバスにはよろしく言っておいてちょうだい」

「……お嬢様、それはいけませんね。お嬢様のような素敵な女性が一人で街に出るなど、危険すぎます。私でよければ、護衛としてついていきますが?」

「あら、ではそうさせてもらおうかしら」

 

 わざとらしい演技の後に、令嬢と魔術師は笑い合う。

 

 実際は、主人と護衛の立場は逆であるが、シルクはこの演技を楽しんでいる節はある。ソリュシャンとしては不敬だとは思いつつ、主人と二人きりになれることが嬉しい。まあ、二人の影には影の悪魔(シャドウ・デーモン)というモンスターが潜んでいるのだが。

 

「じゃあ、恐怖公、バレアレ店は引き続き注意して監視な。薬師のばあさんよりも、怪しい奴が現れないかを見ておけ。赤いポーションの噂を聞いて、プレイヤーが来るかもしれない。あ、冒険者らしき女が来たら教えてくれ。もしかしたら、モモンさんがポーションを渡した相手かもしれねえ。回収しておく必要がある」

「畏まりました、シルク様」

 

 ゴキブリの癖に妙に綺麗な恐怖公のお辞儀に感心しながら、シルクは手を振りながら部屋を後にした。ソリュシャンもそれに続く。

 

 偉大なる主人の気配が完全になくなると、恐怖公は頭を上げて思案する。

 

「ふむ、ソリュシャン殿がシルク様に見初められるならば、我輩としても安心なのですが」

 

 ――シルク・タングステンはお隠れになるつもりかもしれない。

 

 モモンガとシルクがアインズ・ウール・ゴウンを不倒の伝説にすると宣言した日、デミウルゴスから全シモベにそう伝えられた。その時の全シモベの動揺といったらなかった。だからこそ、世界征服なのだとも言われた。この世界を手に入れたら、シルクはナザリックから去ることはないはずだと。元々、世界を正当なる所有者の御方々に捧げるというのはシモベとしては当然のことだ。しかし、その結果次第で御方がお隠れになるかもしれないと言われて頑張らないシモベはいない。

 

 シルクの御供はモモンガが選んだらしい。つまり、モモンガはソリュシャンやセバスこそがシルクを繋ぎとめられると考えたのだろう。

 

 もしかして、モモンガはソリュシャンがシルクの妃に相応しいと考えているのだろうか。生命力の権化であるシルクと捕食型スライムのソリュシャンがお似合いの夫婦になれるかは分からないが、不足ではないだろう。シルクの被造物であるミリオンはスライムだし、その繋がりかもしれない。

 セバスに関しては、その能力と価値観だろう。彼は人間に対して甘すぎる。だが、今のソリュシャンに言った言葉からすれば、セバスで正しいのだろう。

 

「しかし、子ども好きならばユリ殿の方が良かったはず。人格的にも問題はないはずですが……。趣向の差でしょうか? 中身の相性でないならば外見ということになりますが、髪の色……いや、眼鏡ですか?」

 

 シルク様は眼鏡萌えではない、と恐怖公は心のメモに記した。

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