オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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前回の話のリアクションが思っていた以上に大きくてびっくり。
流石は恐怖公。オーバーロードのファンから愛されている。
今度も活躍してもらいましょう。まあ、今回は登場しないんですが。

勘違いしないで欲しいんですが、作者もシルクも眼鏡女子は別に嫌いじゃないんですからね! 作者自身、眼鏡だし


今回は駆け足気味でよく場面が変わることをご了承ください。


森の賢王

 今日は一人の女の話をしよう。そう、お前のモデルにした女のことだよ、ローラ。

 

 子どもの頃、俺は地獄にいた。

 

 両親の顔は覚えていない。自分のことを愛してくれなかったということは覚えている。父親が俺や母親をよく殴り蹴り、母親は俺をそんな父親の盾にしたり八つ当たりで叩いたりするような人間だったことだけは、嫌なほどに覚えている。地獄というのは別に家庭内暴力のことだけじゃない。それだけでは、ない。本筋から離れるため、深く語ろうとは思わないが。思い出したくもない。ただのデータとはいえ、娘にあれを言おうとは思わない。

 

 ずっと一人だった。

 

 そんな地獄で生きていた俺は、ある日、神に出会った。神が大げさだとしたら、太陽だろうか。あー、結局大げさには違いないかー。

 

 あの人に出会ったのはカウンセリングの一環だったかな。俺をユグドラシルに誘った男とも、同じカウンセリングを受ける側として出会ったっけな。

 

 あの女を、絹花さんを一言で言うなら異質だった。あるいはバケモノだな。

 

 歳は十代半ばだった。髪は白髪だった。銀髪ではなく、白髪。ただし、綺麗な白というわけではなく、燃え尽きた灰のように黒味があった。右目には弱視だから光がなかった。それから隻腕だった。いや、左肘の辺りからなくなっていたから隻腕と呼ぶのが正しいのかは不明だ。足は、右側が腿の辺りからミイラのように枯れていた。肌には膿やら傷やら痣やらが大量に浮かんでいた。

 

 それだけの痛みを受けていながら、生きていた。立っていた。歩いていた。そして、何より笑っていた。それも壊れたように笑うのではなく、受け入れる微笑みだった。狂気と呼べるほどの博愛と慈愛があった。

 

 バケモノと呼んで差し支えないような女を前にして、田中優は恋に落ちた。『恋』とは呼んでいるが、果たしてこの感情を恋と呼んで正しいのかは微妙だ。しかし、あれ以来、恋と呼べる感情は抱いていない。ハードル上げ過ぎちゃったんだろうなー、きっと。

 

 確か、俺を見ての第一声は「君は、世界のことが嫌いやね?」だったかな。物凄く優しい顔なのに、物凄く意地悪そうにそう言ったのが印象深かったっけな。

 

「世界は君のことを愛しとらんし、それ以上に、君が世界を愛しとらん。せやけど、君は世界を愛してみたいと思っとる」

 

 図星だった。希望しているから絶望する。愛を求めていたから、憎悪しようとした。誰も愛してくれなかったから、憎しみで返そうとした。

 

「でも、もう大丈夫やで。だって君、うちを知ってもうたもん」

 

 あの女は愛していた。このくだらない世界を、バカみたいに愛していた。世界の誰よりも不幸でありながら、世界の誰よりも無価値な世界を愛していた。

 

 だから、あの時、田中優は選択肢を奪われたんだ。世界を憎悪する怪物になる理由を、根こそぎ奪われた。だって、自分より不幸な人間が世界を愛しているならば、自分もそうしなければならないじゃないか。

 

 不幸だから世界を憎むという当然の免罪符を、木っ端微塵に破壊された。

 

 

「これから君は――世界の全てを、好きになる」

 

 

 ああ、やっぱりこの気持ちは恋なんだろう。恋を知るってのは、神に祈るのに似ているな! どっちもその思いは届かない! 届いた場合にだけ、それは愛になるんだろう!

 

 

 

 

 夕日が世界を朱に染めそうな時間、その一団は野営地で食事を始めた。

 

 薬師ンフィーレア・バレアレ。そして、その護衛として雇われた二つの冒険者チーム。銀級の『漆黒の剣』のペテル、ルクルット、ダイン、ニニャ。そして、新人冒険者チームのモモン、ルナ、コートスである。

 

 食事のメニューは塩漬けの燻製肉で味付けされたシチュー、固焼きパン、乾燥イチジク、クルミなどのナッツ類だ。

 

 スケルトンから派生する種族は食事ができない。骨しかない身体のため、当然だ。ユグドラシルにおいては、食事をする必要がないという意味だったし、この世界でも同じだ。だが、未知の食材の未知の料理だ。折角だから味わいたい。

 

 モモン――モモンガは食事ができなかったはずだ。この場で妙な言い訳を思いつく必要があったはずだ。シルクの化身転生(アヴァターラ・オン)が込められた異能写しの指輪(リング・オブ・スキルコピー)がなければ。

 

(ありがとう、シルクさん! 貴方のおかげで食事ができます!)

 

 モモンガは指輪に込められた特殊技術を発動させ、人間の身体に変身する。肉がつき、皮がつき、血管や内臓、眼球といった組織が一瞬で構築される。当然、食事のために仮面やガントレットを外す。

 

 スープは塩気が強いが、ちょうどよい温度だ。パンやイチジク、ナッツも素朴だが、栄養がつきそうな味だ。何より、リアルでは滅多に味わえなかった『ちゃんとした食材』というのが大きい。にやついたりがっついたりしないように食事のスピードは抑える。

 隣で思いっきりがっついているルナ――ルプスレギナは無視しておく。はしたないという印象をあまり感じないのは、その美貌のおかげだろうか。

 対して、コートス――コキュートスはその見た目通り落ち着いて食べている。口の構造が本来の姿と大きく離れているため食事に苦戦するかと思ったが、そんなことはなかった。

 

 余談だが、モモンガはナザリックでは食事をしていない。一流の食事であるのに食べなかった理由は、今のためだ。美味しすぎる食事を知ってしまうと、普通に美味しい程度の食事でもまずく感じるかも――と、シルクが言っていた。

 

 食事をしながら会話をしていく内に、話題は今日の道中のモンスター退治の話になった。

 

「それにしても、モモンさんの魔法もコートスさんの剣術も凄まじかったですね」

 

 ペテルの言葉に、ンフィーレアと漆黒の剣全員が首を縦に振る。

 

 昼間の移動中、一同はゴブリンとオーガの集団に出くわした。だが、モモンとコートスは圧倒的な力でそれらを蹴散らしたのだ。コートスの刃はオーガを両断し、モモンの電撃は多くのゴブリンを殺しつくした。ちなみに、ルナは回復専門らしく後方に控えていたが、出番は全くなかった。二人ともかすり傷一つ負わなかったのだ。

 

「いえいえ。そのようなことは」

「左様。モモンさんはともかく私はまだ修行の身だ」

「謙遜がすぎるぜー、二人とも」

「そうである。モモン殿やコートス殿ほどの力量で修行中と言われては、ペテルやニニャの肩身が狭いのである」

「ダイン、勝手に名前を出さないでもらえますか? まあ、実際そうなんですけど」

 

 モモンの放った《電撃(ライトニング)》は凄まじい威力だった。ニニャの師匠よりも遥かに上だろう。コートスの一太刀は視認できないほどの高速の斬撃だった。王国戦士長と同等以上だと言っても過言ではない。とにかく、桁違いの実力者ということだけは分かる。自分達が彼らに勝っているのは、エ・ランテルの情報くらいだろう。

 

「今日は見れませんでしたけど、ルナさんの回復魔法も凄いんですか?」

「ふふん、そうっすよ。ばっちり回復させちゃうっすよ! それはもうびんびんに!」

「ずっと気になっていたんだけど、ルナちゃんとモモンさんって付き合っているの?」

「え? そう見えちゃうっすか? いやー、照れるっす。あ痛っ! 何するっすか、コートスさん!」

「お前の姉からお前が調子に乗っていたら頭に拳骨を落とすように言われている」

「ひどいっす!」

「ルナちゃん、お姉さんがいるの!? やっぱり美人?」

「やめてくれませんか、ルクルット。みっともない。仲間としては恥ずかしいんですが」

「ルクルットさん、あまり詮索はしないでもらえますか?」

「すいません、モモンさん。冒険者同士で余計な詮索はご法度なのに。よく言って聞かせますから許してください」

「ええ、別に構いませんよ」

 

 別にナザリックに所属している者の名前は出していないしな、と内心で呟くモモンガ。

 

 漆黒の剣の仲の良さを見て、かつての仲間達との日々を思い出す。アインズ・ウール・ゴウンの黄金期を。モモンガは星が浮かび始めた夜空を見上げた。この空を仲間達が見ているといいな、と想いながら。

 

 

 

 

 翌日、カルネ村に到着した一行だったが、ゴブリンに襲われた。いや、襲われたというのは語弊がある。正確には、ゴブリン達に包囲された。ゴブリン達にカルネ村が占拠されたとも考えられたが、幸いなことに真相は違った。ゴブリン達は、ンフィーレアの友人エンリ・エモットがマジックアイテムで召喚したカルネ村の新しい住人だったのだ。

 

 ちなみに、エンリ・エモットはンフィーレア・バレアレがずっと片思いをしている相手だ。だからこそ、ンフィーレアはカルネ村に行くときは心躍っている。エンリに逢えるからだ。しかし、今回は事情が大きく違った。

 

「そんなことがあったんだ」

 

 エモット家で事情を聞いたンフィーレアの胸には強い悲しみと怒りが沸き上がった。

 

 数日前、カルネ村は帝国の騎士らしき者達に襲われた。多くの村人が殺された。その中にはエンリの両親もいて、エンリやネムも殺されそうになったそうだ。だが、そんな村を圧倒的な力で救ったのが、通りすがりの魔術師シルク・タングステンと戦士アインズ・ウール・ゴウンだ。騎士たちを殺し、ゴブリン達を呼んだマジックアイテムも彼らからの贈り物らしい。

 

 シルク・タングステンという人物に心当たりがなかった。仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)ということでモモンを連想したが、違うだろう。シルク・タングステンには顔面に大きな火傷があるらしいが、食事の際に見たモモンの顔にそのようなものはなかった。

 アインズ・ウール・ゴウンという戦士の名前もやはり聞いたことがない。コートスとは違うだろう。共通点が二本の刀剣を使うことくらいしかない。

 

 召喚時間に制限のないモンスターを召喚できるようなマジックアイテムをポンと渡せるような人物だ。第五位階魔法の使い手であっても不思議ではない。そんな人物が無名であるとは考えにくい。

 

「他に特徴はない? もしかしたら、僕の知っている人かも」

「知らないと思うよ。だって神さ……んん! えっと、タングステン様は魔法で私の傷を治してくれたよ」

「ということは信仰系魔法か……。実は神官なのかな? 他には?」

「強いアンデッドを連れていたよ。確か、デス・ナイト? って呼んでた」

 

 これが帝国の主席魔術師ならば狂喜乱舞しただろう。その高弟達ならば少女の聞き違いだと判断しただろう。エンリが口にしたアンデッドとはそういうモンスターだ。伝説すぎて逆に知名度のないアンデッド。人類最強の魔法詠唱者でさえ支配が敵わない怪物。

 

「です・ないと?」

 

 だが、ンフィーレアにはそのアンデッドに対する知識がなかった。これでンフィーレアの無知を責めるのは酷だろう。王国戦士団でさえ知る者はいなかったのだ。冒険者でも知る者は滅多にいないだろう。なぜならば、そのアンデッドと出会うことなどないからだ。出会うはずのない存在の名前など知る意味もないし、機会もない。だからこそ、モンスターと戦うことがない少年がデス・ナイトの名前など知っているはずがなかった。

 

「そっかあ。ンフィーでも知らないんだ……」

 

 エンリの人生において、一番の物知りとはンフィーレアだった。あの御方はそのンフィーレアさえも知らないようなモンスターを従えている。やはり、あの御方は凄い神様なのだとエンリは再認識した。

 

「え、エンリ、何で嬉しそうなの?」

「え? え、いや、何でもないよ? 本当だよ?」

 

 怪しい。怪しすぎる。まさか、その何某という魔法詠唱者に恋心を抱いたのではないか。命の恩人に対してそういう感情が芽生えるというのは英雄譚でもよくあるパターンだ。若干顔も赤い。

 

「え、エンリはそのタングステンさんのこと、どう思っているの?」

「え?」

 

 僅かではあったが、その反応には棘があった。

 

「何でそんなこと、ンフィーに言わないといけないの?」

 

 エンリからしてみれば、この感情は自分と妹だけの秘密なのだ。ンフィーレアからの質問は自分の信仰心を侮辱されたように感じてしまった。無遠慮に自分の聖域に踏み込んできた相手に苛立ったとも言える。それが例え友人でも許すわけにはいかない。ほとんど無意識だったため、自分の言葉の棘に気付いていなかったが。

 

「え……?」

 

 だが、ンフィーレアからすればそう考えはしない。あれだけの情報で少女が恩人のことを本当の神様だと思っていると推理しろなど無茶だろう。ましてそこに込められていた信仰心を、恋愛感情だと勘違いするのも道理だ。どちらにしろ、明確な拒絶があったことだけは理解できたが。子どもの頃からの付き合いの中で、これほど距離を感じたことはなかった。

 

「あれ? ンフィー、突然どうしたの? 顔色悪いよ?」

「だ、大丈夫だよ、エンリ……。大丈夫……」

 

 少年の心に嫉妬の炎が燃え上がる。相手は当然、シルク・タングステンという男だ。旅人ですでにこの村にいないのが幸いだろうか。いや、むしろ災いではないのか? また来るかもしれないとエンリは期待とともに持っているかもしれない。強い男は女を引き付けるという話を思い出す。

 

 強くなりたい。

 

 大都市で有名な薬師の孫という立場、それに相応しい才能、稀有な生まれながらの異能(タレント)。それらと持っていたからこそ、これほどまでの敗北感を味わったことはなかった。

 

(凄い魔法詠唱者(マジック・キャスター)になって、そのシルク・タングステンって人より強くなって、エンリに振り向いてもらうんだ! でも、独学で強くなるのは限界があるけど、そんなに強い人なんて……あ! モモンさんがいるじゃないか!)

 

 客観的に見て、少年はここで選択肢を間違えたのだろう。無論、いつの時代でもそうであったように、当事者はそうと気付かない。ンフィーレア・バレアレが自分の過ちに気付くのは、かなり後のことである。

 

 

 

 

 モモンガは、丘の上から村を眺めていた。村人はゴブリンから戦い方の訓練を受けている。年齢の幅は広いが、誰もが真剣になっている。彼らの技術に目を見張るものはないが、数日前まで矢を持ったことがない者達が矢を放てるほどに成長しているのだ。そのやる気だけは賞賛すべきだ。ルプスレギナは理解していなかったが、コキュートスは共感をを示してくれた。武人である彼にとって、強くなろうとする姿勢はそれだけで好ましいのだろう。

 

 訓練を眺めながら色々考えていると、こちら目掛けてンフィーレアが走ってきた。だが、どうも様子がおかしい。また帝国の騎士でも来たのかとも思ったが、あの時の村人達とは全く雰囲気が違う。なんというか、殺気立っていた。

 

「モモンさん!」

「どうしました、ンフィーレアさん」

 

 いきなり頭を下げるンフィーレア。

 

「弟子にしてください!」

「ふぁ!?」

 

 突然のことに素っ頓狂な声を上げるモモンガ。沈静化が起こるほど混乱した。普段から人間化していなくて良かった。不便だと感じることも多いが、やはりこの能力には助けられる。

 

「お願いします! 僕は、僕は強くならないといけなくなったんです! モモンさんほどの魔法詠唱者(マジック・キャスター)はエ・ランテルには他にいません! いえ、僕が知る限り、モモンさん以上の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は王国にはアダマンタイト冒険者くらいしかいないでしょう! おばあちゃんより強いと思います! お願いします、僕に魔法を教えてください! 僕の師匠になってください!」

 

 モモンガが精神安定化を受け続けている間に、ンフィーレアは一気にまくし立てる。その熱意に蹴落とされそうになるが、NPC達の前でそんな不甲斐ないことが出来るはずがない。

 

「薬草に関しては詳しいし、荷物運びでも何でもします!」

「か、考えておきましょう。返事は今回の依頼が終わってからでいいですか?」

 

 これでは問題の先送りである。しかし、断っても諦めない雰囲気がするし、受けても面倒なことになりそうだ。困った時のシルク・タングステンといきたいところだが、彼に相談したところで答えがすぐに出るとは思えない。

 

 そもそも、弟子など取るつもりなどない。どうやって魔法を教えたらいいか分からないからだ。コンソールで覚えたい魔法を選択できたゲームとはわけが違うのだ。それこそ、この世界で魔法に詳しい者の教授が欲しい。この世界独自の魔法についても知りたいところだ。

 

「とりあえず、どうして急に強くなろうとしたか説明してもらえますか?」

 

 ンフィーレアから全てを聞いて、モモンガは天を仰いだ。

 

(なんて面倒くさい事態が発生しているんだ。彼女いない歴年齢の俺が腫れた惚れたの話なんて分かるわけないだろう。同じ童貞でもシルクさんの方が詳しいと思うよ。あれだけ初恋の人のことを想っているんだし。でも、そのシルクさんが原因なんだよなあ……それにしても)

 

「そのシルク・タングステンって奴は村を救ったらしいですけど、何か狙いがあったと思うんです。アンデッドを連れていたそうですから、ろくな奴じゃありませんよ。もしかしたら騎士達とグルだったのかもしれません。だとしたら、村人を利用して何か悪事をたくらんでいるのかも。いえ、高価なマジックアイテムを渡したのも、後々エンリを脅すために違いありません! もしそいつが村に戻って来たとき、エンリを守れるように強くなりたいんです!」

 

(シルクさんは危険を覚悟でお前の好きな女の子を助けに来たんだぞ、この糞餓鬼が! 俺は一瞬見殺しにしようとしたけど、あの人は違ったってのに……!)

 

 嫉妬が理由なのだろうが、ンフィーレアはシルクに対してこんな発言を繰り返してる。エンリが聞けば絶交を言い渡すだろう。

 

 コキュートスやルプスレギナは一切の無言だ。殺意を抑えるのに意識を総動員しているからだ。主人から許可が貰えないからこその対応だ。結構怖い顔をしているのだが、ンフィーレアは気付いていない。

 もっとも、一番ブチ切れているのはモモンガだ。存在しない眉間にできるはずのない皺を寄せていた。くだらない嫉妬が理由で仲間が蔑ろにされているのだ。仲間思いのモモンガの逆鱗に触れていないはずがない。精神安定がなければ、あるいは相手が有名人の孫でなければ殺していただろう。

 

 いや、殺すだけで終わらせるものか。それ相応の地獄を見せてやる。

 

「……一度落ち着きましょう。エ・ランテルに帰ってから、よく考えてみてください」

「分かりました。でも、僕の気持ちは変わりません。どうか弟子にしてください」

 

 モモンガは舌打ちを我慢できた自分を褒めてやりたかった。

 

 

 

 

 薬草散策が始まる前、モモンガ達は森林内に潜入したアウラと出会っていた。漆黒の剣やンフィーレアには警戒のために軽く見て回ると言ってある。

 

 アウラを呼んだ理由は森の賢王だ。かの伝説の魔獣とやらを倒して、賞賛を手に入れようという算段だ。もし予想以上の叡智を持っていれば、そのままナザリックに連れて帰る予定だ。シルクも十三英雄について知っているかもと興味を示していた。

 

「森の賢王……銀の毛並みを持つ四足獣なのだが、分かるか? そいつを私達の下に誘導して欲しい」

「はい。多分、あいつのことだと思います。森を探索している時に見ました」

 

 アウラとしてはあの魔獣が欲しかったのだが、モモンガの命令では仕方がない。後で毛皮だけでももらえないか聞いてみようと考えた辺りで、アウラの視線が人間形態のコキュートスで止まる。

 

「あれ? コキュートス、裸族やめたの? あ、当然か。その姿じゃ皮膚が鎧代わりって言えないもんねー」

「アウラ、その言い方はやめてくれないか。それだと普段の私が変態みたいじゃないか」

「止すのだ、二人とも。今は遊んでいる時間はない」

 

 モモンガの叱責により、謝罪の礼を取るアウラとコキュートス。ただ、普段のコキュートスがそういう方面で弄られているのならちゃんとフォローしないといけないとは思う。

 

「では、アウラ。上手く森の賢王を私達の下に誘導してくれ」

「はい! 畏まりました!」

 

 茶番を仕込んだ後、ンフィーレア達と合流し、薬草を散策する。しかし、モモンもコートスもルナもその手の職業を持っていないため、どの草がどれなのか全く見分けがつかなかった。料理はコックの職業がなければ出来ないという報告はあがっていたが、まさか草の見分けもつかなくなるとは。

 

 何もできない状態に若干居心地の悪さを感じていると、ルクルットが巨大な生物の足音を感知した。アウラが森の賢王をこちらに誘導しているのだと気付いたモモンはしんがりを買って出る。モモン達の強さをすでに知っている彼らはそれを承諾した。

 

 ただ、問題が起きた。森の賢王は漆黒の剣からすると強過ぎる部類だったらしく、ンフィーレアを伴って退散してしまった。護衛任務も兼ねているというのもあるのだろうが、証人がいなくては森の賢王撃退を宣言してもらえない。

 

 仕方がない。ナザリックに連れて行く場合は、その足を切り飛ばして倒した証明にしよう。足のサイズから巨大なモンスターを倒したと理解してくれるはずだ。

 

 そして、大きな足音とともに木陰の奥から、巨大な影が現れた。馬ほどの大きさを持つその獣は、モモンガ達の姿を捉えると、深みのある静かな声を発した。

 

「侵入者でござるな?」

「ま、まさか……そんなバカな!」

「ど、どうなさいました、モモンガ様?」

 

 モモンガ様呼びを咎めることさえ忘れて、モモンガはただ目の前に現れた生物に驚愕する。ただし、それは強大なモンスターが登場した時の感情ではない。醜悪なモンスターや神々しいモンスターを見て得るような思いでもない。このような衝撃を最後に受けたのか、いつだったか。

 

「お前が森の賢王で間違いないのか?」

「そうでござる。それがしはお前達が森の賢王と呼ぶ存在でござる」

「森の賢王よ。お、お前の……」

 

 モモンガはそこで言い淀む。果たして口にしていいのか。だが、問わねばなるまい。どうか否定して欲しいという思いを込めつつ、森の賢王に問う。

 

 

 

「お前の種族名は、ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 

 

 

 そう、森の賢王の見た目は、ジャンガリアンハムスターにしか見えなかった。いや、巨大であることを考えれば、ジャイアントハムスターと呼ぶべきか。

 大福のように丸々太った体格。毛並みが綺麗であることは否定しないが、白銀というよりスノーホワイトだろう。黒くつぶらな瞳からは叡智云々は感じない。巨大には違いないが、所詮はハムスター。とても恐ろしい獣には見えなかった。むしろ可愛い。

 聞いていた話と全然違う。

 身体のサイズと蛇の尻尾以外には、モモンガの知るハムスターとの相違点が見つからない。強いて言うなら喋るところだろうか。いや、それだけ違えば別の生物としてカウントすべきなのだろうが、モモンがにはどうしても目の前の獣がハムスターとしか認識できなかった。

 

「何と! おぬし、それがしの種族を知っているでござるか? 同族がいるならば教えて欲しいでござる。子孫を残せぬようでは生物として失格であるがゆえ」

 

 じゃあ子孫を残せていない俺は生物失格か、いや自分はもう生物ではないと思いつつ、指輪の力で肉体を得ているならば子作りは可能か? とも考える。ただし、実行した瞬間にアルベドやシャルティアがそこいらから出てきて押し倒されそうな気がする。彼女達は友人の娘であるため、色々と複雑すぎる。それに、アルベドには人格を捻じ曲げてしまったという罪悪感もある。

 

「無理だと思うぞ、サイズ的に」

「もしや、幼子でござるか?」

「いや、成体でも手の平サイズだ」

「そうでござるか……」

 

 落ち込む森の賢王。しかし、モモンガとしては繁殖を始めたらねずみ算式に数が増えて、世界が滅ぶんじゃないかという不安に襲われる。

 

「では、侵入者よ! 命の奪い合いでござる!」

「森の賢王とか言うから、期待したのに……」

 

 戦闘態勢に入る森の賢王と対極に、拗ねた子どものように地面を蹴るモモンガ。彼からは邂逅に溢れていたやる気というものが完全に失われていた。仮にこの獣を倒したとして、「これが森の賢王です」と言ったところでどんな反応をされるだろうか。とても信じてもらえないだろう。あと、この獣に噂ほどの叡智があるとは到底思えない。

 

「何でござる? 戦う前から諦めるとか有り得んでござろう! さあ、命の奪い合いをするでござる!」

「はあ……」

 

 しかも、森の賢王と自分の温度差がより一層やる気を奪っていく。さっさと終わらせてしまおう。魔法職の自分には正確なレベルは分からないが、この程度の相手ならこれで十分だろう。モモンガはそう判断して、ガントレットの指先をハムスターに向ける。

 

「絶望のオーラ・Ⅰ」

「ぴゃあああああああああああああああああああ!」

 

 森の賢王は大きな悲鳴を上げたかと思えば、そのままひっくり返って腹を見せた。もふもふできそうだ。

 

「そ、それがしの負けでござるよ。降参でござる」

「はあ、所詮は獣か」

 

 ここにシルクがいたら何と言っただろうか。従来のバカ親よろしく愛娘と動物が戯れるシーンを写真に収めたりするのだろうか。ならば、ナザリックに連れて帰ってシルクへのお土産にしよう。そのままローラへのプレゼントにしてもらえば問題はない。

 

 ローラやシルクが不要だったとしても、この世界独自の生物だ。利用価値は山ほどある。それこそ、同族を見つけて交配実験を行ってもいいかもしれない。この手のげっ歯類はたくさん子どもを産むらしいから、実験動物に使われることが多いと聞いたことがある。死んでしまったら、アンデッド化の実験に使えばいいだけの話だ。

 

「私の真の名前はモモンガ。私に仕えるならば、お前の生を許す。どうだ?」

「従うでござる! 絶対の忠義をお誓いするでござる!」

 

 つい先ほどまで自分と命の奪い合いがどうこう言っていたハムスターの変わり身の早さに、モモンガは深い溜め息を吐き出した。

 

 どうせ漆黒の剣やンフィーレアからは生暖かい目で見られるんだろうなあ。と思いながら、彼らの待っている地点まで森の賢王を連れて行ったのだが――

 

「これが森の賢王! すごい! なんて立派な魔獣なんだ!」

「え?」

「森の賢王と呼ばれるのも納得なのである! こうしているだけで強大な力を感じるのである!」

「……え?」

「これほどとは……。私達だけであれば皆殺しになっていたでしょうね。さすがはモモンさん。お見事です」

「…………はあ!?」

 

 巨大ハムスターがめちゃくちゃ畏怖されていた。皆口々に森の賢王を称え、それを服従してみせたモモンの強さを賞賛している。「可愛くないですか?」と問えば、その感覚に驚かれる。

 

 自分の価値観がおかしいのかと思い、ルプスレギナとコキュートスに振り返る。

 

 コキュートス曰く、このハムスターのレベルは三十強。漆黒の剣のレベルは、十程度。単にレベル差に蹴落とされているだけの可能性もある。危険を潜ってきた冒険者だからこそ見た目よりも中身、自分達よりも強いかどうかで恐怖しているのではないか。コキュートスは元々レベル百だし、人間形態でも七十だ。ルプスレギナも五十九。森の賢王より遥かに高い。

 

「ルナにコートスよ。お前達はどう思う?」

「強いかはともかく、力を感じさせる瞳っす」

「モモンさんから見れば脆弱な生物でしょうが、大変勇ましい魔獣かと」

 

 何だと。どうなっている。アンデッド化したせいで美的感覚も狂ったかと思い、指輪の力を発動して人間化する。そして、もう一度森の賢王の姿を見ているが、やはり巨大なだけで可愛らしいハムスター以外には思えなかった。

 

 この世界の美的感覚はおかしい、いやNPC達の感性もおかしい、シルクさんに報告しないと、あの人は価値観の食い違いを何より警戒していたからなとモモンガが軽く現実逃避をしていると、ンフィーレアが不安そうに問い掛けてきた。

 

「あの、森の賢王を連れて行くと、縄張りがなくなったことでエン……カルネ村がモンスターに襲われたりしませんか?」

 

 森の賢王は難しい顔をして答えた。

 

「村というのはあれのことでござるな? しかし、森は現在バランスを崩しているのでござる。それがしがあの地にいても安全とは言えないでござる」

「そんな……」

 

 森の賢王の言葉を受けて、ンフィーレアは絶望的な顔をした。漆黒の剣の面々は思い思いに口を開く。

 

「それはやばいな。組合に報告した方がいいんじゃないか?」

「である。森に何が起きたか調査する必要があるかもしれないのである」

「モンスターがエ・ランテルや近くの街道に出るかもしれませんしね。実際、昨日のゴブリンやオーガも本来ならあの辺りでは見ないはずです」

「森の賢王の縄張りが荒れるような事態だからな。同じ難度のモンスターが住処を移した可能性もあるのか……」

 

 漆黒の剣の話を聞きながら、モモンガは冷や汗を流す。現在は人間化しているため、本当に汗が流れている。

 

 現在、トブの大森林に調査が入るのは困る。森が荒れているのは、アウラやマーレが森の勢力図を変えているからだ。支配はまだ完全ではない。ナザリックに辿り着かれたら少々困ることになる。

 

 徹底的に隠すのが良いか。調査隊を全滅させるのはまずい。シルクに相談する必要があるだろう。いや、いっそ陽光聖典を襲った悪魔が森を荒らしているということにするのはどうだろうか。そして、謎の悪魔をモモンが倒し名声を得る。完璧である。『謎の悪魔』を演じてもらったのは魔将達が特殊技術で召喚した木っ端悪魔なので損害は実質ない。モモンガは内心でほくそ笑む。

 

 視線を感じたのでそちらを見ると、ンフィーレアがモモンガを見ていた。弟子入りを頼んだ手前、これ以上頼み事を重ねるのは嫌なのだろう。数秒躊躇ったが、やがて覚悟を決めたような真剣な面持ちで口を開く。

 

「モモンさん、森の賢王をしばらくカルネ村においてもらえませんか? 村の中にモンスターを入れるのは不安ですけど、モモンさんが命令すれば村人を襲うことはないと思うんです。森から溢れたモンスターがいても、森の賢王がいれば村を襲うことないと思いますし」

 

 本来ならばこんな糞餓鬼の頼みなどこれ以上聞きたくはないが、ここで断れば漆黒の剣に悪印象を与えてしまう。それに、このハムスターをどうにかできるなら渡りに船だ。シルクへのお土産にするにしても、彼はしばらく王都だ。

 

「それは名案ですね。おい、森の賢王。お前はあの村に残って村人を守れ。いいな?」

「そ、そんな! それがし、殿と一緒にいたいでござるよ! 連れて行って欲しいでござる!」

 

 おっさんがハムスターを連れ歩くのはちょっと、と言いかけるモモンガ。適当なことを言って森の賢王を納得させようとするモモンガだったが、それより先にハムスターが自らの胸の内を訴える。

 

「それがし、ずっと一人だったでござる! もう一人は嫌でござる! 寂しいでござる! 置いていかないで欲しいでござる!」

 

 ”ずっと一人だった”。

 

 その言葉が、モモンガの琴線に触れた。いや、心を抉ったと言った方が正しいか。

 

 自分にはシルク・タングステンがいた。彼がいなければ、本当に一人になっていた。自分は彼が残っていなくても最終日にあの場所にいただろう。つまり、NPCの重い忠誠心に耐えつつ、右も左も分からない異世界に、一人で立ち向かわなければならなかったのだ。

 最終日や現状だけではない。彼以外のメンバーが引退してから、ずっとシルクの存在に救われてきた。ふと呟いた独り言に反応してくれた。仕事が忙しくて数日ログインできなかったら心配してくれた。一人では不安なエリアでの狩りに付き合ってくれた。それだけで、モモンガは救われた。

 

 彼がいなかった場合、自分はどうなっていた? このハムスターが、有り得たかもしれない自分に重なった。……ハムスターに自己投影してしまったことに自嘲する。

 

 モモンガは森の賢王の頭を撫でながら、優しく語り掛ける。

 

「そうだよな、一人は寂しいよな。安心しろ、置いて行くわけではない。森が荒れているのだって永遠ではないだろう。護衛の依頼もあるだろうし、近い内にまた来る。それまで待っていろ。森が落ち着いたら、一緒に冒険してやる。お前の(つがい)を探すのもいいかもしれないな」

「本当でござるか?」

「ああ、本当だ」

 

 森の賢王の円らな瞳に、歓喜の色が浮かぶ。あるいは、モモンガの言葉にあった誠意に気付いたのかもしれない。獣は敵意に聡い生き物だ。ならば当然、その逆の感情にも敏感なのだろう。

 

「この森の賢王、殿の御命令通りあの村をお守りするでござるよ!」

「ああ。会ったばかりではあるが、信頼しているぞ、ハムスケ」

「ハムスケ?」

「お前の名前だ。いつまでも森の賢王では呼びにくい」

「おお! では、それがしは今からハムスケでござる!」

 

 モモンガに名前までもらった上に撫で回される巨大ハムスターを見て、コキュートスとルプスレギナが羨ましそうにしていたが、それは別の話。




ンフィーレア、フラグを立てるの巻。

ンフィーレアのお願いが原作と違うのは「村の救世主=冒険者モモンに気付いていない」「ポーション目的で近付いてきたことを知られていないと思っている」「弟子入りを保留にされている」などの要因があります。

この展開を書き終わってから気付いたけど、これって原作のイビルアイ枠じゃね?
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