オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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Q 友人が悪い宗教にはまりました。どうすればいいですか?
A とりあえず、その宗教から距離を取るように誘導しましょう。間違っても正面から否定しては駄目です。あくまでも、その友人に「間違っていること」を気付かせることが重要です。

単に「一緒にエ・ランテルで暮らさない?」だったらンフィーレアにもワンチャンあった可能性。

この手の説得をする場合は慎重な対応が必要です。くれぐれも御注意ください。


悪魔

 えーと、今日は何話そうかな。

 

ギルドのことはメンバーやNPCや階層のことから何まで話しつくしたしな。アインズ・ウール・ゴウンのことはもう話すことがないよな。俺の人生についても色々と話し過ぎちゃったしさ。……話してみると意外と尽きるな。

 

 もう製造した目的は果たしたんだし、来なくてもいいんだけどなあ。やっぱり、変な愛着沸いちゃったよな。どうせ、残り一週間もないってのに。最終日まで毎日来そうだぜ。ああ、いや、最終日は来ないか。オークションもあるし、カウントダウンするだろうし。じゃあ、それまで何を話そうかねえ。

 

 ああ、そうだ。だったら、ギルド以外のユグドラシルプレイヤーのことでも話すか。別に、この世界のプレイヤーは俺達だけってわけじゃないし。俺みたいにNPCに思い出を語っているプレイヤーはあんまりいないだろうけど。

 

 そいつは俺をユグドラシルに誘ってくれたプレイヤーでな。あいつはあれだ。リアルで、俺と同じような場所の出身だ。同類というか同種というか。同じ地獄を見てきて、同じように絶望して、同じように絹花さんに救われた仲だ。そして、同じように仮想現実に逃げ出したわけだが。はっはっは、笑えないな。

 

 あいつのアバター、絹花さんをモデルにしたらしいんだよな。お前と結構似ているか? まあ、『似ている』程度だな。それこそ親子程度の類似って感じ。関係性は伯父と姪ってところだが。

 

 あれは十年くらい前、久し振りに……絹花さんに逢ったのが俺が十歳の時だから、五年振りくらい? に会ったらユグドラシルの話が出てな。そこから誘われたんだよ。一緒にギルドを組むことはなかったけど。あいつ、友達勧誘ボーナスが欲しかっただけみたいだし。初期に軽くパワーレベリングに付き合ってもらったくらいだな。

 

 そういえば、あいつは人間だけど、あいつのギルドのギルマスも死の支配者(オーバーロード)だって聞いたな。中堅まで育って、何かワールドアイテムも手に入れたとか聞いたな。

 

 アバターネームは……えっと何だっけ? 由来はよく分からんけど、中二病の臭いがすごいネーミングだったような気がする。リアルの知り合いな分だけ、こっちの名前は覚えてないんだよな。

 

 確か、アブラカタブラとかそんな名前だったような気が……。

 

 

 

 

 深夜。エ・ランテル近郊の森に身を潜めながら、『死を撒く剣団』という傭兵団の構成員数名が獲物を待ち構えていた。傭兵団といっても、戦争時以外は野盗に一変するような集団だ。まともな集団ではない。

 

 その中に、存在感の強い男がいた。

 

「それで、その魔法詠唱者(マジック・キャスター)ってのは強いのか?」

 

 男の名前はブレイン・アングラウス。本来であれば野盗などには勿体無い実力者であり、王国でも屈指の戦士。かつて御前試合で現王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに惜敗した男。

 

 戦士長に負けた彼は、強くなろうとした。あの雪辱を晴らすために。その過程で、傭兵団に入った。貴族に仕えることも冒険者になることもなく、実戦で人を斬り続けた。現在では南方からたまに流通する貴重な武器『刀』さえも手に入れている。

 

「ええ。ザックの奴もその手の相手にはあまり詳しくないんですが、執事のジジイが腕利きとか言ってみたいなんで。冒険者や魔術師組合に所属している奴ってわけじゃないみたいですけど」

 

 それを聞いて、ブレインは鼻を鳴らす。あまりにも適当すぎて参考にならなかったからだ。おそらく、ブレインがいるから大丈夫だとでも思っているのだろう。信頼するのも油断するのも彼らの勝手だが巻き込まないで欲しいものだ。もっとも、ブレイン自身、負けるなどとは毛ほども考えていないが。

 

 いつもであれば、ブレインは今回のような野盗には参加しない。しかし、実力が未知数の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるということでブレインが引っ張り出されたのだ。本来であれば明日の昼頃に襲いにかかるはずであったが、ターゲットであるという令嬢の我が儘でこんな時間の強襲となってしまった。

 

「お、来たようですぜ」

 

 男に言われるまでもなくブレインは気付いていた。ポーションを飲んだり装備の力を発動させたりして、戦闘の準備を整える。戦闘中に発動できる余裕があるとは限らないし、後で発動しておけば良かったと考えても遅いからだ。

 

 立派な馬車が一団の潜んでいる辺りにやってくる。御者をしているザックという男は『死を撒く剣団』のメンバーだ。ザックが馬車を止めると、『死を撒く剣団』が一斉に馬車を半円形に包囲する。当然、扉の正面にはブレインが立つ。反対側のドアはすでに細工をしてあり、男達の方にしか出られないようになっている。

 

 ザックは御者台から降りて、傭兵団の元に小走りで向かう。逃げられないように、馬の手綱を切ることは忘れない。

 

 やがて馬車から出てきたのは、仮面の人物だった。全身の露出が極めて少ないため体格でしか判断できないが、おそらくは男だろう。彼が『腕利きの雇われ魔術師』と考えて間違いがない。

 

 群青色のローブに、奇妙な仮面。聞いた通りの格好ではあるが、露骨なまでの魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい格好に苦笑が漏れる。警戒心の薄さを注意する意味でブレインが鋭い視線を送ると、彼らの表情に真剣さが戻る。

 

 それを受けてではないが、仮面の男は罵倒を吐き出す。

 

「糞が」

 

 その言葉には強い不快感が込められていた。最初はそれが罠に掛かったことに対してなのだと思ったが、魔術師の視線がブレインにのみ注がれていることで、彼にだけ発せられたものだと気付いた。

 

「大義も理想もなく、ただ力の精進のみに生きる小汚い求道者。いや、挫折から立ち上がれず、勝利にしがみつこうとする無価値で無意味な敗北者か。視界にも入れたくない、とまでは言わないがそこそこの汚物だな。俺が最も忌み嫌う存在の一つだ。みっともない」

 

 ズバズバと、魔術師の言葉がブレインの心に傷をつける。強い怒りを覚えるが、もしやあの御前試合を知る者かと思ったブレインはそれを問う。

 

「お前、俺が誰か知っているのか?」

「知らないよ、お前みたいなの」

「……言ってくれるな」

「さっさと終わらせよう。面倒くせえわ」

 

 それだけ言うと、魔法詠唱者(マジック・キャスター)は実に無用心にブレインに近付き出した。一瞬だけだが、ブレインはたじろく。どうして魔法詠唱者(マジック・キャスター)が戦士に近付いてくる。距離の利が活かせるのはどう考えても魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方だ。間合いに入ってくるのは有り難いが、どんな狙いがあるのか全く掴めない。

 

 だが、ブレインはその思考を放棄する。古来より魔法詠唱者(マジック・キャスター)は変わり者が多いからだ。あるいはブレインの剣よりも速く魔法を放てるという余裕の表れかもしれない。もし何らかの魔法を仕掛けるつもりならば、それよりも速く斬ればいいだけの話。

 

 ブレインは数歩だけ前に出る。反対に、彼以外の傭兵団達は一歩下がる。これから始まるであろう死闘に巻き込まれたくないからだ。その視線は馬車に注がれるが、扉は閉められていた。最後の抵抗なのか、諦めたのか、この仮面の男が負けるつもりがないと思っているのか。ブレインの実力を知る彼らからすれば、最後は有り得ないが。

 

「――ブレイン・アングラウスだ」

「そうか。俺はシルク・タングステンだ」

 

 名乗っている間も、男は気軽な足取りを止めない。

 

 ブレインは居合いと呼ばれる構えを取り、武技を発動する。

 

 武技〈領域〉。ブレインオリジナルの武技であり、半径三メートルの音、空気、気配全てを知覚できるというものだ。極限まで攻撃命中率と回避率を上げてくれる武技と言えば説明は容易か。

 

 そして、ブレインにはオリジナルの武技〈瞬閃〉がある。これは相手に致命的な一撃を与えるために生み出した、速さに一点特化した武技だ。そして、〈瞬閃〉を繰り返し、〈神閃〉という武技が生まれた。その速度はまさに神の領域。一度放てば知覚することすら不可能。

 

 この絶対必中と神速二つの武技を併用させて発動させて、相手の急所――特に頚部を切り裂く。これを以って秘剣、虎落笛。

 

 その一撃の速さは、まさに雲耀。剣が抜かれたと思った瞬間には首が落ちている。回避不可能の一撃必殺。最強の戦士ガゼフ・ストロノーフを殺すために編み出した技。

 

 仮面のために表情も思惑も理解できないが、足取りだけはやけに無用心だ。ブレインは相手がぎりぎりの範囲に入るまで待つ。そして、魔術師は虎落笛の攻撃範囲に足を踏み入れる。

 

「しぃ!」

 

 ブレインは決まったと思った。いつものように、相手を殺したと。

 

 ガキン!

 

 そんな金属と金属がぶつかり合うような音の後、のんびりとした声が夜の闇に響く。

 

「やっぱり、難しいな。こんな細い物体を素手で掴むのは。しかし、『防御』なんていつ以来だ?」

「は、あ……?」

 

 ブレインの刀の刃が、魔術師の手の甲に当たっていた。理解ができない光景だった。

 

 どうして、人間の身体が刃物に切りつけられて、傷一つついていない? どうして、まるで金属同士がぶつかったような音がした?

 

「も、修行僧(モンク)か!」

 

 もし目の前の仮面の男が魔術師ではなく修行僧だとしたら全てに納得がいく。どちらも武器を持たず、鎧を着ることがない職業だ。戦士の間合いに自分から入ってきたとしても、不思議ではない。それこそが修行僧の間合いなのだから。そして、修行僧には身体を金属のように堅くする特殊技術がある。一流ならば最高硬度金属のアダマンタイトにさえ匹敵する堅さが実現できるという。今の手応えからして、この男はそれほどの領域にいると考えていい。

 

 思わぬ形で強敵に遭遇したことにブレインは驚くが、これは自分が成長するチャンスだと考え直す。これほどの堅さが実現できる修行僧ならば、かなりの上級者だ。この男を倒せれば、ガゼフ・ストロノーフに挑みに行けると考えられるほどの。

 

 種は割れた。次の一撃で今度こそ仕留める。ブレインはそう決意するが、次の一撃などない。彼の人生はここで終了する。彼が刃を振るうのは、今ので最後だ。

 

「――――!」

 

 ばたりと、ブレインは倒れた。近くでも同じように誰かが倒れるような音が続き、苦悶と困惑の声が聞こえてくる。ブレインも理解不能だった。動けない、立ち上がれない、身体に力が入らない。指も例外ではなく、刀を地面に落としてしまったが、それを取ることもできない。何かをされたということだけは理解できたが、その『何か』の検討が全くつかなかった。目の前の男は修行僧ではなかったのか。

 

「おいおい、状態異常対策なんて基本中の基本だぞ」

 

 どこか呆れたような仮面の男の声。そこには明確な落胆が込められていた。

 

「俺には攻撃を受けた場合、半径三十メートル以内にいる敵全てに麻痺を発生させる特殊技術がある。無用心に近付いた相手を普通に攻撃してどうするよ。カウンターを警戒しろや」

 

 麻痺を受けた。確かに、この身体の感覚は魔術師やモンスターから麻痺攻撃を受けたものに酷似している。しかし、これほどの人数を一度に対象とするなど有り得ない。予備動作のようなものは一切なかったというのに。

 

 シルク・タングステンは、自らの特殊技術で動けなくなった野盗達に恐怖が浮かんでいるのを見てキレた。

 

「バカにしてんのかてめえら! この俺に、このシルク・タングステンに喧嘩を売っておきながら、死ぬ覚悟もなかったのか? もっと決死の覚悟でかかってこいよ! ああ、でも、俺に防御をさせたのは誇っていいぞ。俺は基本的に防御を行う意味がないから、そういことはしないんだ。ま、お前のさっきの居合い斬りも防ぐ価値なんてなかったけど」

 

 真剣白刃取りをする気分で遊んでみただけだ。しかし、純粋な戦士職ではないシルクにとっては微妙に難しかった。手を出すのが速すぎて手の甲で受けてしまったのだから。繰り返し練習すればできるようになるだろうが、別にそこまでの興味はない。

 

「お、俺は努力して……」

「努力? ちげえだろ、てめえはしていたのは犯罪だ! それで強くなれたら誰も苦労しねえんだよ! ま、俺も人のこと言えないけどな」

 

 その言葉を聞いて、地面にブレインの涙が染み込む。身体はやはり動かない。

 

「お、俺は……」

「そこそこのレベルはあるみたいだが、武技使いなら昨日手に入ったんでな。お前はいらん」

 

 頭の上に衝撃を感じ、ブレインの意識はそこで途絶えた。

 

「あ、そうだ。こいつは悪魔の素材にでもするか。とりあえず、他の連中はナザリック送りだな。あ、ソリュシャン、ほれ。約束通り、こいつで楽しむといい」

 

 

 

 

 森林のある場所で、六人の冒険者が隊列を組んでいた。前衛として戦士三人、その後ろに女戦士、そして信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)と魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)という一行だ。実際はその後ろに野伏(レンジャー)が控えている。

 

 その冒険者チームは街道の警備を主にしていたが、森の奥地に野盗の塒があるという情報が入ったため、様子を窺いに来ていた。野盗の数が不明なため、チームは二つに分けられている。このチームでちょっかいをかけ、もう一つのチームが罠を仕掛けている地帯で待ち伏せるという連携だ。

 

 その結果、窪地にいかにもな洞窟を発見する。だが、その洞窟の入り口付近を見てみると様子がおかしい。人の気配がないのだ。いや、野盗の塒ならば気配を消して当然だし、そもそも誰もいない可能性があるのかもしれない。しかし、それではバリケードの残骸らしき木片が散らばっていることや流血の痕跡の説明がつかない。

 

 洞窟に踏み込んで様子を見ようという猛者はチームにはいなかった。とにかく、この場所の情報だけを持って帰り、もう一つのチームと合流という方針が固まった時だった。

 

「ん? 洞窟から何か出て来るぞ!」

 

 月に照らし出された巨大な影を見て、冒険者達は絶句する。

 

 洞窟から出て来た『何か』は、醜悪極まりない悪魔だった。

 

「ぐ、ぐひひひひ、ぐひゃひゃひゃひゃひゃは、ははああ、ぐちゃあああああああああああ!」

 

 体長は二メートル半ほどだろうか。奇怪な声はひどく耳障りだ。刀剣のように鋭く大きな爪。蝙蝠のような羽は人間一人を包めそうなほど大きい。蛇のような尾。焦点の合っていない三つの眼球。大きな口から生えている歯はサイズがバラバラで、とても不恰好。胴体は風船のように膨れ上がっていた。

 

 とにかく、バケモノとしか形容のできない存在が現れた。

 

 巨大な口には何人もの人間がいる。血だらけで判別ができないが、おそらくは野盗だろう。大きな手には握りつぶされた人間がいる。あれも野盗だろう。しかし、いくら野盗と言ってもあんな死に方をしていいとは思えなかった。

 

「あーぐ、あぐあぐ、んぎゃがががあああ、ばああああああああ!」

 

 グロテスクな咀嚼音を立てながら、口に咥えたり手に持っていたりした野盗を飲み込んでいく。冒険者達は呆気に取られ、ただ恐怖に震えていた。

 

 冒険者達は知らないが、このモンスターの名前は発狂する悪魔(マッドネス・デーモン)。ユグドラシルにおいては、そこそこ人気のモンスターだった。人気といっても、召喚モンスターしてという意味ではない。攻撃が非常に単調で避け易いため、レベルの割りに倒しやすいモンスターという意味で愛された。

 

 シルク・タングステンという星霊の手によって、かつてブレイン・アングラウスと呼ばれた男を素材に作り出された悪魔。本来であればレベル四十もないモンスターであるが、特殊技術によって強化されているため、レベル五十強のステータスとなっている。冒険者の難度で言えば、百五十を越えている。つまり、人間の勝てる領域ではない。

 

 彼に与えられた指令は三つ。『お前の拠点にいる野盗を襲え、生き残りは許さん』『この森にいる人間を襲え。これに関しては数名の生き残りがいる』『決して俺達の存在を口にするな』である。

 

 見ただけで難度を計測できるような人間はこのチームにはいない。それでも、これだけは理解できた。あのバケモノには自分達では絶対に勝てない。

 

「うばあああああ! こ、ころしゅううううう!」

 

 冒険者達を視認するなり、醜悪な悪魔は彼らに襲いかかった。

 

「推定、悪魔! 勝てない――」

 

 リーダーである魔法詠唱者(マジック・キャスター)が大声で撤退を叫ぼうとするが、その前に悪魔の舌が槍のように彼の腹部に刺さった。

 

「ごふ……」

 

 舌が抜き取られると、腹部から一気に流血する。撤退さえ意識から抜け落ちて、冒険者達は仲間を殺した悪魔の舌を見る。まるで真っ赤な大蛇のようだった。洞窟の入り口付近にいたはずの悪魔はいつの間にか冒険者達のすぐそばまで来ていた。

 

「うははははは、うぎゃあああはっはっはっはびゅうあ!」

 

 現実離れした光景を見て、恐怖で動けない冒険者達を見て悪魔は笑う。狂ったような悪魔の笑い声で我に返った冒険者達は一斉に逃げ出す。逃げ切れるはずがないのに。

 

「か、神よ! お助け――」

 

 祈る暇さえ与えられず、神官が頭から丸齧りにされる。

 

「うわああああ!」

「に、逃げ……」

「ぎゃあああああああああ!」

 

 戦士三人が一気に叩き潰される。手で、足で、尾で。まるで木の棒でもへし折られるように命を奪われた。

 

「あ、ああ……」

 

 最後に残ったのは赤毛の女戦士。名前をブリタといった。ブリタは先日、ある事情で超レアアイテムを手に入れたことがある。その時は自分が幸運な女だと思っていたが、現在は自分が不幸な女だと理解した。こんな悪魔に出くわすこと以上の不幸があるなら教えて欲しい。

 

 逃げようにも足が動かない。恐怖で竦み、転んでしまった。振り返れば、そこには肉片となった仲間達と、その犯人である悪魔。悪魔はその大きな手をブリタに伸ばすが、突然思い留まる。ブリタの主観だが、何かを思い出したような顔をしていた。

 

 やがて周囲に散らばった冒険者達の死体を軽く見渡すと、空気が軋むほどの声で絶叫した。

 

「お、おれつよい、つよいにょおおお! とんれもれえきゅらい、ちゅええええ!」

 

 悪魔は天高く飛翔する。

 

 ブリタはただ呆然とその姿を見るしかなかった。やがて悪魔が戻ってこないことを理解して、地面に倒れたまま泣きじゃくった。

 

 飛翔した悪魔は空を飛びながら考える。次はどうするべきか。野盗は殺した。森にいる人間を殺して、生き残りはいる。御方の存在は口にしていない。指令は全て終わってしまった。悪魔はそう判断してしまった。自分に与えられた命令が半永久的なものであると理解できるだけの知性が、このモンスターには備わっていない。

 

「つぎ、だれころす? そ、そうだ、あ、あああいつ、あいつ、だれ? す、すと、すとののおお、ろおす、のふうう? ころしゅにいりゅうううう!」

 

 それは星獣転生という特殊技術の特性上、どうしようもないことなのかもしれない。どうしても、モンスターには素材の残滓が残ってしまう。素材となった生物の最も脳裏に刻まれたものは、どうやっても消せはしない。生前の記憶が全て消えるのならばこの洞窟の場所も分からなかっただろうが。『転生』とはよく名付けられたものだ。

 

 ブレイン・アングラウスは剣技を研ぐ人間から、力を振り回すだけの悪魔へと生まれ変わった。

 

 だから、悪魔は王都に行こうとした。あの男を倒すために。人間であった時の最大の未練を晴らすために。

 

「でも、うにょおおお! おれ、つよよよよいいいい! もっところしょおおおおお! あ、なんきゃいるううう! あれもころすんだああああ!」

 

 悪魔は視界の端に人影を視認した。そして、それに対して突撃を行う。相手もこちらに気付いたようだが、急加速による突撃は予測してなかったのか、諸に激突を受ける破目になった。

 

 大地に衝突する悪魔と謎の影。土埃が立ち込める中、悪魔は自分が攻撃した相手を睨み付ける。

 

 影の正体は、白銀の騎士だった。全身鎧であるがゆえに、表情はうかがえないが、相手は突然攻撃されたことに困惑している様子だ。

 

 悪魔は一目で理解した。理解してしまった。――この騎士は自分より強いと。

 

「一体何を……」

「お、おれりょり、俺よりつつっつ、つよい? ざざけ、あざけ、ふざけるなあああ!」

 

 白銀の騎士からの問い掛けを遮る形で、醜悪な悪魔は絶叫し、攻撃する。逃げようという発想が出ないのは、そういう種族だからだ。真っ当な思考ができないという設定の種族だからだ。だから、勝てないと判断した相手にも挑んでしまう。いや、もっと単純に認めたくなかったのかもしれない。文字通りの意味で人間の領域を超越した自分より強い存在がいるという事実に。

 

 凶悪な爪が鎧に傷をつけようとするが、白銀の騎士はそれを回避する。悪魔は追撃を放つが、今度は剣で受け流す。

 

「……どうやら話し合いは無理のようだね」

 

 白銀の騎士は剣を振るい、悪魔の身体を斬りつける。攻撃にばかり集中していた悪魔は咄嗟に対応できず、大きく鮮血が散った。

 

「ぐがあああああああ!」

 

 激痛。それは間違いなく死の痛み。だが、それ以上に、今の一撃でこの騎士の方が自分より強いということを実感してしまった。それこそが、この悪魔にとっては耐えがたい痛みだったのだ。死よりも敗北にこそ恐怖を覚えた。恐怖を否定するかのように、悪魔はがむしゃらに攻撃する。

 

「う、うおおおおおお!」

「くっ! ちょっとは落ち着いてくれ! こちらに敵意はないんだ!」

「おれにはあるるっるんだばばば!」

 

 白銀の騎士は悪魔の攻撃を回避しながら、確実に悪魔に攻撃を当てていく。

 

 第三者の冒険者がみれば、それは神話の戦いのようにも思えたかもしれない。吟遊詩人ならば歌っただろう。常人にはどちらも常軌を逸しているため、どちらが互角かは戦い振りだけでは知覚できない。しかし、その身体を見てば差は一目瞭然だった。ダメージの差が力量の差として現れていた。

 

 ブレインという男の残滓が悲鳴を上げる。

 

「何でだよ、俺は強くなったんだよ……ストロノーフなんかよりずっと、ずっとずっとずっとずっとぉ! あいつなんて相手にならないくらいに強くなったんだよおおおおお! もう誰にも負けるはずねえんだよおおおおおおお! なのに、何でこうなってんだああああ!」

 

 喚く悪魔を無視するように、白銀の騎士の剣を振るう。その一太刀により、悪魔の首が刎ね飛んだ。特殊な再生能力を持たない悪魔であるため、そのまま絶命する。

 

 確かに死んだことを確認して、ふうと溜め息を吐き出す。騎士が、ではなく遠い場所にいる()()がだが。

 

「手ごわい相手だった。魔神くらい強かった」

 

 というか、ちょっと怖かった。

 

「魔樹や法国とは違ったっぽいけど、何だったのやら……」

 

 呟いた瞬間、がさりと背後で茂みのなる音がした。己の感知能力を以って全く気配に気付かなかったことに驚愕しながら振り向くと、茂みから声がした。

 

「おっと、そこの鎧はん。動くんやない。お兄が相手になるで!」

「俺頼みか、妹よ。まあ、いいけど」

 

 茂みの中から現れたのは、スライムと妖精という奇妙な組み合わせだった。

 

「はっはっは! 可愛い妹と散歩していたら、何やら戦闘の気配を感じ、妹の特殊技術で気配を完全に隠蔽しながら近寄ったら、明らかに強そうな鎧騎士に出会っちまったぜー! いやあ、『休暇』って制度もいいもんだ。これで他の連中より一歩リードできるんじゃね?」

「お兄、なんでそんな説明っぽい独り言を」

「世界の声が聞こえたのさ」

「へー。うざ」

「妹が冷たくてお兄ちゃん辛い」

 

 まずスライムだが、どこか生理的嫌悪を催す色合いだ。泥臭さを超えた悪臭がこちらまで匂ってきそうな不気味さがある。一言で表現するならば邪悪な汚物。プレイヤーであれば、彼を見て『ヘドロみたい』と評しただろうが、そもそも産業廃棄物という概念が成立していない世界で、ヘドロという言葉がそういう意味で通じるはずもない。

 

 問題は妖精の方だった。人間でいえば十歳前半の見た目。背中から生えている羽は純白であり、足元まで伸びた髪も同じく純白。衣装まで白に統一してあり、全身の色素の薄さがあまりにも美しい儚さを醸し出していた。例えるならば、月光。手にはこれまた白に染められたハープ。このまま育てばあらゆる男を虜にするであろう美少女。人間離れした美しさがあった。

 

 その妖精によく似ている存在を、白銀の騎士は知っている。いや、妖精の少女はまるで『彼』をそのまま少女に変換したような見た目だった。

 

 ここで、一つの仮定の話をしよう。

 

 ここにいるのが白銀の騎士ではなく、人類の守り手であれば歴史は変わったかもしれない。いや、もっと前に、王国戦士団と陽光聖典の戦いの場に、彼女が姿を現していれば話は全く変わっただろう。さらに言えば、現在ナザリック地下大墳墓にいる陽光聖典の生き残りが彼女を目撃すれば事態は急変するだろう。

 

 だが、それらは無意味な仮定の話でしかない。現実に彼女に出会ったのは白銀の騎士であり、人類の守り手達ではない。そして、彼女の立場上、捕虜に出会うことなどない。

 

 白銀の騎士は無意識に『彼』の名前を紡ぐ。六百年前に出会った神の一人の名前を。

 

「――アーラ・アラフ?」

 

 それを聞いて、妖精とスライムは顔を見合わせる。スライムの方は表情がないため、身体のぐちゃりとした動きが『おそらくそうである』としか言えないが。

 

「……アブラカタブラって何だ?」

「魔法の呪文やない?」

「え、今攻撃受けたの!?」

「きゃー、お兄近寄らないでー。呪いがうつるー。お兄のことは明日まで忘れんわ」

「え、ちょ、妹よ! 見捨てないでー!」

 

 何やってんだこいつら。




父親が放った野良犬が正当防衛で殺された瞬間に立ち合った兄妹の図。


ブレインファンの方、色々とごめんなさい。

私の頭の中では、アーラ・アフラのイメージはアルスラーン戦記のアルスラーンです。情報がほとんどないから妄想で補ううちにそんなイメージが固まってしまいました。
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