オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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今回、ちょっとグロテスクなシーンがありますのでご注意ください。


事件の前触れ

 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるシルク・タングステンの自室には、部屋の主である星霊シルクと、戦闘メイドユリ・アルファ、つい先日ナザリックの一員になった半魚人カジットがいた。

 

「カジット・バダンテール。お前、人間の時の知識や記憶はすべてあるな?」

「はい、その通りでございます、我が神シルク・タングステン様」

「シルクでいい。で、お前、ユリに勝てるか? 今と昔、どっちの意味でもだ」

「ユリ殿ですか?」

 

 半魚人となったカジットの知覚能力は人間だった頃と比較して格段に上昇した。相手の強さをより正確に測ることができるようになったが、このナザリックには世界レベルのモンスターが大量にいるため、心臓に悪い。

 

 シルクの傍らに立つ伊達眼鏡のメイドはナザリックの中では比較的レベルの低い方だが、それでも現在のカジットよりも強い。人間だった頃など比較にもならない。

 

「ユリ殿を倒すなど、アダマンタイト冒険者でも不可能でしょう。数の利でどうにかできる差ではありません。王国戦士長でも無理のはずです。帝国闘技場の武王やかつての我が盟主ならば可能かもしれませんが……いえ、彼らでも厳しいでしょうな。はっきり言って、ユリ殿に勝てる存在は六大神、竜王、魔神や国堕としのような伝説上の存在のみです」

 

 どれもこれも話でしか存在を確認できていないものばかりだ。そんな存在がこの森に来る理由とは何だろうか。ナザリック地下大墳墓の場所を探していたのではないことを祈るばかりだ。

 

「やっぱり、俺達と同じような存在か?」

 

 もしあの悪魔を倒したのがプレイヤーだった場合、色々と面倒なことになる。あのような危険生物を森に放って人を襲うように指示したのだ。敵対的な行動を取られることになる。個人だった場合はどうにかできるかもしれないが、組織単位での敵対は避けたい。

 

 あの悪魔にはシルクの名前を口に出さないように指示を出したが、何らかの手段で脳から直接情報を引き出されたことだって考えられるのだ。そんな芸当ができる存在はユグドラシルにはなかったが、この世界独自の技術も有り得る。自分にできないことが他人にもできないと判断するなど愚の極みだ。現実を直視すれば、武技のような未知の能力も確認されているのだから。

 

「もし伝説上の存在でなかった場合、可能性があるとすれば……漆黒聖典でしょうか?」

「漆黒聖典?」

 

 どこかで似た名前を聞いたことがあったシルクは記憶を引っ張り出し、その答えに辿り着く。

 

「六色聖典の一つか?」

「ご存知でしたか。その通りです。六色聖典は秘密工作部隊であるがゆえに元々秘匿された存在ですが、その中でも漆黒聖典は存在しないことになっている部隊です」

「秘密部隊の上に存在しないことになっているってややこしいな」

 

 何重にも情報を秘匿しているということなのだろうが、知っている人は知っているであろう情報だから意味はないと思うのだが。

 

「無論、漆黒聖典の隊員もアダマンタイト級冒険者を超越した者はそれほどいないでしょう。しかし、クレマンティーヌ曰く、第一席次と番外席次――神人は桁が違うということです」

「神人?」

「六大神の末裔で、先祖返りをした強者のことをそう呼ぶそうです。特に、番外席次はその存在が明るみに出れば、竜王との戦争が始まるとか」

「六大神ねえ」

 

 八欲王、十三英雄とともに、プレイヤーだと睨んでいる存在の筆頭だ。

 

 何となく、本当に何となくなのだが、その名前を聞く度に、シルク・タングステンの心が妙に荒れるのだ。大波が起きた海のように、どこか落ち着かない。ただし、悪くない気分なのだ。まるで古い友人の名前を良い意味でテレビで見たような感覚だ。まあ、友人の数自体が少ないため、そんな経験はないのだが。

 

 六大神の正体がアインズ・ウール・ゴウンのメンバーである可能性は低い。スレイン法国は人類至上主義を掲げる国であり、他種族を完全に排除している。ギルメンには異形種しかいなかったのだから、異形種に敵対的な国を作るはずがない。

 

 次に、リアルで唯一友人と呼べる男が脳裏に浮かぶが、切り捨てる。

 

 彼のはずがないのだから。

 

 彼もユグドラシルプレイヤーであった以上、可能性がないわけではないが、かなり低いだろう。もし彼ならばそれはどんな偶然だ。だいたい、陽光聖典のような連中の頭に旧友がいるとは考えたくない。

 

 もしカルネ村襲撃や戦士長暗殺が彼の指示だったとしたら、神の玉座にふんぞり返っているのは自分が知る彼ではないのだろう。あのような行いをさせるなど、自分達の恩人の名を穢しているに等しい。同じ輝きに魅せられた者として、説得(物理)をさせてもらうしかないだろう。

 

 彼との思い出に少しだけ浸ろうとしていたが、ノックの音で我に返る。

 

「シルクさん! お待たせしました!」

 

 モモンガの帰還である。アルベド、シャルティア、パンドラズ・アクターを伴っている。

 

「ルプスレギナとコキュートスは連絡のために宿屋に置いてきました。それで状況はどうなっていますか?」

「変化なし。現状としては、俺の作った悪魔を倒したのはスレイン法国の漆黒聖典の可能性が高いかもって感じかな。でなけりゃ、伝説の化け物じゃないかだってよ」

 

 頭を抱えるモモンガ。そのような存在が自分の家の近くに出没したのだから当然だ。

 

「アウラやマーレは戻っているな?」

「ええ、現在、アウラ様やマーレ様の帰還の連絡も入っております。デミウルゴス様も現在、ナザリックに向かっているとのことです」

 

 デミウルゴスが帰還すればナザリック地下大墳墓に所属する者で外に出ているのは、あえて囮になってもらっているセバスとソリュシャン、ルプスレギナとコキュートスのみのはずだ。

 

「ん? そういえば、ローラはどうした? 姿が見えないけど。俺が帰ったと聞けば、一番に来るかと思っていたんだが」

 

 すぐに返答がないことに怪訝そうにするシルクに、ユリが言いにくそうに伝える。

 

「その、ローラ様はミリオン様と共に、『休暇』を使って、トブの大森林に散歩に出掛けておりまして……。時間としては、そろそろ帰って来る頃なのですが……。申し訳ありません、緊急事態ということでたった今まで忘れておりました」

 

 それを聞いた途端、シルクの炎の身体が大きく膨れ上がった。彼の心情を語っているようだ。

 

「うにゃああああああ! ろ、ローラあああああ! 俺の可愛い愛娘ええええ! 夜中に出歩くとか、不良になっちまったのか!? ミリオンがついていながら何という体たらく! 無事でいてくれ、おいアウラとマーレを呼んで来い! それと、デミウルゴスと魔将全員でゲヘナの炎を発動しろ! すぐにトブの大森林で山狩りじゃああ!」

「落ち着いてください、シルクさん! 魔法で連絡……聞いてない。俺がしとくか。……アルベド、シャルティア、パンドラズ・アクターよ。俺が許すから、シルクさんを拘束しろ。ただし、特殊技術や魔法は使うな。お前達の方がダメージを受けてしまう」

「「「はっ!」」」

 

 この人はつくづく受身に関しては無敵だなあとモモンガが考えていると、パンドラズ・アクターがシルクの左腕を押さえながら進言する。

 

「しかし、モモンガ様。ゲヘナの炎は名案ではないでしょうか」

「却下だ。目立ちすぎる。……いや、待てよ。シルクさん、ちょっと訊ねたいことが」

「何だ! 手短にな!」

「星獣転生のことについてちょっと」

 

 

 

 

「おや、ンフィーレアや。帰っていたのかい……ンフィーレア?」

 

 リイジー・バレアレは店に戻って、孫がひどい表情で椅子に座っている姿を発見する。周囲には薬草が入っているであろう壷の他に、大量の薬草や木の実――それも、かなり貴重な物――が多くあったが、孫の有り様の方が気になったため、あまり意識に入らなかった。リイジーの帰宅にも無反応だ。

 

 孫の他には、冒険者らしい四人がいる。もしや件のモモン達かとも思ったが、人数が合わないし、聞いていた特徴に一致する人物がいない。それに、モモンは銅級のはずだが、彼らが首から提げているプレートは銀だ。

 

「リイジー・バレアレさんですね? 我々は漆黒の剣という冒険者チームです。私はリーダーのペテル・モークと申します。今回の依頼で、モモンという冒険者とその一行とともに、ンフィーレア・バレアレさんの護衛をさせていただきました」

「成る程。……それで、うちの孫はどうしたんじゃ?」

 

 ペテルはンフィーレアの様子を窺い、彼に聞こえないようにリイジーに囁く。

 

「その、彼、失恋してしまいまして……」

「ああ、成る程……」

 

 カルネ村には確か、ンフィーレアが気にかけていた少女がいたはずだ。彼女に振られてしまったということだろう。村に愛しい相手でもできたのか。それとも、ンフィーレアが嫌われることをしたのか。いや、袖にされたのが勘違いということもある。

 

「ンフィーレアや、大丈夫かい?」

 

 孫が想像以上に純情であったことに驚きつつ、これから新しい相手を見つければいいとも思う。ンフィーレアの顔は悪い方ではないし、財力もある。素敵な相手がこのエ・ランテルで見つかるはずだ。

 

 リイジーの声に、ンフィーレアはようやく祖母の帰宅に気付いた。ンフィーレアはぎこちない笑みを浮かべて祖母に応える。

 

「え? ああ、おばあちゃん。大丈夫だよ。ちょっと疲れただけさ」

「そうかい。今回はたくさん薬草が取れたようだね」

「うん、モモンさんのおかげだよ。聞いてよ、おばあちゃん。珍しい薬草が手に入ったんだ。この壷の中に……」

 

 ンフィーレアは近くの壷を開いた。そこには森の賢王の協力で手に入った貴重な薬草が入っているはずだった。だが、そこには薬草などなく、他の物が入っていた。

 

「え?」

 

 それは()()スライムだった。血のように真っ赤なスライム。そのゼリーのような身体がぶるりと振るえたと思えば、そのスライムはンフィーレアに襲いかかった。

 

 ねばねばする身体でフィーレアを拘束し、口に身体の一部を突っ込んだ。そして、胃袋に直接酸を放出する。

 

「が、が……!」

 

 痛い。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 ンフィーレアの体内に焼かれたような痛みが走る。あまりの激痛に悲鳴を上げることさえ出来ない。スライムに口を塞がれているため、声など届きようがないが。

 

 スライムは拘束する身体を締め付けるようにしながら、酸を分泌する。体内と体外から同時に攻撃を受けて、ンフィーレアは激痛のあまり気絶した。しかし、激痛が強制的に意識を起こす。

 

「スライムめ! 儂の孫に何をする!」

 

 リイジーの声に警戒をしようとするンフィーレア。魔法はンフィーレアがいるために放てないだろうし、このスライムに触るのは危険だ。しかし、喉が痛く声が出ない。このまま酸で焼き殺されると思ったが、スライムはンフィーレアから離れて、窓から素早く逃げ出す。

 

「くそ! 何だ、あのスライム! いつから壷の中に……」

「放っておけ! それよりンフィーレアさんだ!」

 

 逃げるスライムを無視して、リイジーはンフィーレアの傷の具合を見る。ひどい有様だ。酸で身体の大部分が焼けている。表面しか焼かれていないのが幸いか。しかし、皮膚が焼き爛れて、血管などが剥き出しになっているのだ。大丈夫なはずがない。そして、表面上は分からないが、内臓もぐちゃぐちゃなのだ。このままでは、死ぬ。

 

「ンフィーレア! 大丈夫だよ、ンフィーレア! 今、ポーションをかけてあげるからね!」

 

 リイジーは店にあったポーションをンフィーレアにかける。商品ではあるが、孫の命には変えられない。

 

「なぜじゃ……なぜポーションが効かない!?」

 

 リイジーは驚愕する。自分のポーションはこの都市で最も効果が高いと言っても良い。だが、そのポーションをもってして、全く治癒した痕跡がない。どれだけかけても結果は同じだった、

 

 リイジーや漆黒の剣は知らないが、先程のスライムは真毒の粘体(ヴェノム・ウーズ)。このスライムの特殊技術による酸は、非常に厄介な特性がある。アイテムによる回復は特定のポーションでなければならず、魔法で言えば第五位階以上の回復魔法でなければならない。ユグドラシルでいえば『厄介』を超えることはない能力だ。だが、この世界においては凶悪極まりない。被害に遭えば間違いなく、助からない。

 

「儂のポーションが効かないとなると……モモンじゃ! お前達、モモンを探してきておくれ!」

 

 ここでモモンの名前が出たことに首を傾げる漆黒の剣。モモンは魔力系魔法詠唱者だ。神官であるルナならばまだ分かるが、わざわざモモンを呼ぼうとする理由が分からない。

 

「モモン達は持っておるのじゃ! 超レアアイテム、完成されたポーション――神の血を! あれならば、ンフィーレアを救えるかもしれん!」

 

 はっきり言ってしまえば、例えユグドラシル産のポーションであっても、下位の治療薬では真毒の粘体(ヴェノム・ウーズ)の酸は治せない。しかし、ポーション職人であるが故に、リイジーはそう判断できなかった。唯一の可能性に縋っているとも言えるが、伝説のポーションを過大評価しているとも言えた。

 

 あらゆる薬師や錬金術師の理想である神の血ならば治せない傷などないと、信じていた。神の血の価値を知るが故の妄信があった。

 

 漆黒の剣の顔に一瞬だが嫌悪が宿る。それはつまりポーションが目的でモモンに近付いたということだ。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

「お願いじゃ! どうか、どうか神の血を持ってきておくれ!」

「分かりました!」

「でも、モモンさんはどこにいるんだよ! 宿屋の場所は聞いてねえぞ!」

「冒険者組合に行くのである! モモン氏は新米冒険者、宿屋を紹介されているはずなのである!」

「どうでしょう、モモンさんはあの実力者です。実は高い宿に泊まっている可能性も……」

「いや、あの外見だ! あの三人は目立つ! まだ組合にいる可能性もある! 組合前で、手当たり次第に聞いていくぞ!」

「あのスライムのことを組合に報告する必要もあるしな! あんなのが暴れたら一大事だぞ!」

「頼む! 儂はンフィーレアを神殿に連れて待っておるぞ!」

「ダインはリイジーさんとンフィーレアさんを運んでくれ!」

「了解である!」

 

 漆黒の剣を見送りながら、リイジーはダインに担がれたンフィーレアに励ましの言葉を掛け続ける。

 

 だが、漆黒の剣は間に合わない。リイジーは神殿に辿り着けない。今夜、エ・ランテルはンフィーレアどころではなくなるからだ。

 

 天井に張り付いたゴキブリが彼らを見下すようにしていたが、誰もそれに気付くことはなかった。

 

 

 

 

「……ちっ。我ながら詰めが甘い。恐怖公の眷属が見張っていることを忘れていた」

 

 事の発端は、ミリオンがカルネ村に配置していた分身体からの情報だ。無論、自分の意思で配置したわけではなく、シルク・タングステンからの命令だ。カルネ村を監視していたスライムを通して、ミリオンはンフィーレア・バレアレの愚行を目撃した。

 

 あ、こいつ死ぬよりやばい目に遭うわ。

 

 確かに創造主への侮辱は許しがたいものだ。だが、それとは別の思惑もある。あと、エンリの過剰な信仰心がちょっと理不尽じゃないかなーとちょっとだけ同情した。

 

 慈悲などない。皮膚が爛れてその激痛に塗れて死ぬなど、『普通』の考えでは最悪から何番目の死に方だろう。すぐに死ねるなどナザリックの価値観で言えばかなり甘いかもしれないが。創造主を愚弄されて我慢できなかったとでも言い訳しておこう。多少の情状酌量はもらえるはずだ。

 

 それに、ンフィーレア・バレアレは自分で第二位階魔法が使えると言っていた。ならば、究極的には問題などないはずだ。魔法習得の法則がユグドラシルと同じならば、あの薬師の少年は最低でもレベル八はあるのだから。

 

 こういう思考回路をしている辺り、ミリオンはどうしようもないくらいにシルク・タングステンの被造物なのだろう。彼も『多分バレても許してもらえるよね?』くらいの気持ちでとんでもないことをする傾向にある。ローラの存在がその良い例だ。

 

「はあ? お兄、爪なんてないやん。あと、恐怖公ってどういうこと?」

「いや、こっちの話」

 

 怪訝に思うが、妖精はそれ以上追及することはなかった。こういう態度の時は余程きつく問い詰めないと吐かない。しかし、状況がそれを許してくれない。ローラは正面に立つ白銀の騎士を見つめる。

 

 月光の妖精とヘドロ型スライムは、白銀の騎士と話をしていた。仲良くしているというよりも、談話という形で情報交換をしていると言った方が正しい。お互いに敵意は引っ込めて、暗黙の了解の上で情報を渡し合っているという感じだ。戦闘が始まればどちらも無事ではすまないと直感で理解しているのだ。

 

 ローラとミリオンの接触した白銀の騎士はツアーと名乗った。

 

「えーと、ツアーさん。つまり、アンタはそのざいとるなんちゃらって魔樹の封印を確かめに来たのか?」

「ああ。そろそろ封印が解ける時期だからね。まだ目覚めていないようだけど、時間の問題かな」

「ふうん。わざわざ評議国からご苦労なことだ。まあ、この辺りは俺達の縄張りになるからな。俺達で対処することになると思うぜ」

「そうかい? まあ、僕としてもそちらの方がいいかな。竜王が出張ってくる必要がなくなるんだから」

「アンタ、竜王と知り合いなのか?」

「まあね」

 

 嘘は言っていない。ツアーの正体は永久評議員の竜王だ。しかし、同族である竜王に知り合いはいるのだから。

 

「へー! ドラゴンかあ。なんやおとんが苦い思い出あるって言うてたな」

「あの御方が? 上位ドラゴンだとしても、あの御方が苦戦するとは思えないが……。妹よ、お前の聞き違いか何かじゃないか?」

「うーん。何やったかなあ。なんか苦々しい口調だったような気が」

 

 妖精とスライム。同じ異形種と言っても、全く別の種族だ。それがお互いを兄と妹と呼び合っている。単に、血の繋がりのない、精神的な意味での兄妹として見ることもできるだろう。だが、ツアーはそういう存在達に心当たりがあった。

 

 その存在は『えぬぴーしー』と呼ばれている者達だ。六大神や八欲王など『ぷれいやー』の従者達であり、実力はピンキリだが、単騎で一国を滅ぼすことができる者もいる。同じから創造主から生み出された場合、彼らはお互いのことを兄弟姉妹と呼び合うことがある。全く別の種族であったとしてもだ。

 

 ツアーは彼らがえぬぴーしーであると判断していた。だが、ツアーの知る限り、彼らのようなえぬぴーしーはこれまで見たことがない。つまり、新しくこの世界に来た可能性が高い。百年の揺り返しである。

 

 えぬぴーしーが来た以上、ぷれいやーも来ている可能性は高い。もしこの考えが正しい場合、探りを入れる必要があるだろう。

 

 だが、ぷれいやーの存在以上に、気になることが一つある。

 

「ローラ。君はアーラ・アラフという名前に覚えはないかい?」

 

 このローラという妖精はツアーが六百年前に出会ったある人間に似ている。白髪が特徴的な温厚そうな男に。まあ、中身はかなり苛烈だったが。

 

 もしやローラはアーラ・アフラの従属神ではないかという考えが浮かんだための質問だ。死の神の従属神を除いて、六大神の従属神は魔神に堕ちた。だが、魔神になっていない従属神もいないわけではない。ローラがそれに当てはまるのではないかと思ったからだ。直接的に訊ねなかったのは、間違いである可能性を危惧してだ。えぬぴーしーは狂信的なまでの忠義を持っているため、主人に関する質問は慎重にする必要がある。

 

 ローラはしばらく悩ましげに唸った後、首を横に振った。その表情には否定が浮かんでいる。

 

「いや、知らんな」

「君によく似た人間なんだが」

「人間の知り合いなんて身内に一人しかおらんよ。あ、でも、アブラカタブラって名前の人なら知っとるで。おとんの古い知り合いや」

「そんな名前じゃなかったなあ。ということはやっぱり他人の空似だったか」

 

 実際は、ローラの方が間違っている。彼女が記憶している父の友人の名前は、父自身がひどくうろ覚えだったものだからだ。ローラの父、シルク・タングステンの友人はこの世界あるいはユグドラシルにおいてアーラ・アラフと名乗っていた男で正しい。

 

 ただし、その微妙なすれ違いに気付く者はいなかった。

 

「ところで、君たちはどうしてここに? 私のように魔樹を探しに来たってわけではないようだが」

「いや、散歩だって言ったじゃねえか。うちらの庭にそんな物騒なもんがあるとか知らないって」

 

 彼らの行動範囲がどのくらいかは分からないが、散歩程度ならば彼らの拠点はこの近くにあるのだろうか。トブの大森林を縄張りにするという旨の発言もあったことがその裏づけとなる。

 

 もう少し詳しい話をして、ぷれいやーの存在だけでも確認したいツアーだったが、ミリオンがぶるりと身体を振るわせたかと思えば、空中に向かって話しかけ始めた。

 

「おお、これはモモンガ様!」

『無事か、ミリオン! ローラも一緒か?』

「え? あ、はい、ローラも一緒におります」

『よし、ではただちにナザリックに帰還せよ。急げ。ダッシュだ。詳しい話は帰還してからだ。アルベド達がシルクさんを止められている間に』

 

 なぜ我が創造主があのゴリラに止められているのか。モモンガの口調から、ンフィーレア・バレアレ襲撃がバレたわけではないようだ。状況が全く読めないため、命令通りにするしかないだろう。

 

「畏まりました。ローラを伴い、直ちにナザリックに帰還します」

 

 ミリオンは存在しない眼球をローラに向ける。

 

「悪いな、ツアーさん。ちょっと家に帰らないといけなくなった。ローラ、帰るぞ」

「何かあったのかい?」

「さあ。ご主人様が何やら慌てた様子でとにかく帰って来いだとよ」

 

 やはりぷれいやーも来ているのだとツアーは判断した。二百年前の『リーダー』のように世界に協力してくれる者であることを願いつつ、衝突も考えられる。ミリオンやローラは善良な様子だが、彼らの仲間や主人がそうだとは限らない。現在は温厚だとしても、将来的にどうなるかは不明だ。魔神に落ちた従属神達のように、突然世界の敵になる可能性だってあるのだから。

 

 急な帰宅命令に、ローラは可愛らしく首を傾げる。

 

「え? 何でなん?」

「分からん。用件だけ伝えられたんでな」

 

 まさか目の前にいる白銀の騎士と彼に倒された悪魔が原因であるとは露ほども思わないミリオンとローラ。

 悪魔が自分達の創造主であるシルク・タングステンの作った存在であることは気配で理解していたが、「我が父の被造物でありながらなんと情けない」程度の感想しか抱いていなかった。この辺り、二人が特殊な価値観を持つNPCであることが原因である。つまり、一から十まで全部シルク・タングステンの責任と言える。

 

 不甲斐ない悪魔の仇よりも、このツアーという騎士からの好感度の方が重要だ。竜王の知人だというならば、友好的に接して悪いことはないだろう。自分達の判断が正しかったと思う兄妹は心の中で笑う。

 

「では、私も森から出た方がいいかな。君たちの仲間に攻撃されるのは困る」

「だな。ああ、そうだ。次この森に来た時はこのミリオンの名前を出してくれ。アンタのことは話しておくから、それで通じるはずだ。うちの連中は過激だから気をつけてくれよ」

 

 要約すると、次はこんな対応は取れない、仲間がアンタとの敵対を選ぶかもしれないということだ。

 

「そうか。では、できるだけ平和的な再会を願っているよ」

 

 要約すると、君たちが世界の敵にならないことを願うということだ。

 

「あ、その悪魔、俺が殺したことにしていいかな?」

「え……ああ、この森――君たちの縄張りで殺生をしたことで難癖を言われるからかな?」

「そういうこと。正当防衛とか関係なしに、あの性悪ゴリラなら絶対にそう言うね。俺達に襲いかかったことにしておくよ。その方が俺としても()()()()()んでな」

「うん?」

 

 ツアーだけではなくローラも首を傾げるが、ミリオンが補足する様子がない。

 

「……では、そうさせてもらうよ。君たちが悪魔を倒して、私がそこに話しかけたということにね」

「真実とは真逆やなあ」

 

 ツアーと分かれて、特殊技術で気配を消しながらナザリックへと足を進めるローラとミリオン。当然、時折ツアーや他の誰かが尾行していないか確認している。

 

「ある程度情報は渡したけど、シルク様の名前は出してねえし大丈夫だろう。それより、魔樹の話の方が大きい。最悪、竜王と衝突が有り得たんだからな。本当の話が何割あるか知らんけど」

「うちに似ているっていうアーラなんちゃらさんって誰やろな? おとんの友達にうちに似とる人がおるらしいけど、名前が違うしなあ」

「その辺り、シルク様にも話す必要があるかな。さてと、さっさと帰るか」

「せやね。おとん褒めてくれるなー?」

 

 この後、めちゃくちゃ叱られた。

 

「お前ら、何考えてんだ! 未知の実力者を見かけたら逃げろよ! 色んな意味で危ないだろうが! あと、報告が遅いんだよ! 心配するだろうが! 今後は門限を設けるからな! ああ、でも、勝手に襲いかかるような悪魔作ってごめんな! 大丈夫だったか、ローラ」

「あの、私の心配はしてくださらないのですか?」

「ふざけんな、この駄スライムが!」

「しょぼーん」

 

 二人とも、支配者二人及び守護者統括及び各階層守護者及びメイド長にこれでもかというくらいこってりお説教コースに漬け込まれた。そのまま一週間の謹慎を受けることになる。アルベドはもっと長期間にするべきだと進言したが、魔樹などの有益な情報もあったため、この程度となった。

 

 なお、ミリオンに関しては勝手に『実験体』を殺した罰として、謹慎処分の期間が一ヶ月追加となった。

 

「解せぬ。弁護士を呼んでくれ」

「ふざけんな、アホ兄! うちまで巻き込みやがって! 元々、お兄が散歩に行こうなんて言うからこんなことになったんやぞ!」

「がーん」

 

 また、ツアーなる人物が言っていたローラに似ているという「アーラ・アラフ」のことを聞いて、シルク・タングステンが思考停止を起こしたのは別の話。




「ミリオンは何を考えているか?」という問いには、「シルク・タングステンへの忠義とローラへの愛のことだけを考えている」としかお答えできません。
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