オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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最初の日

 状況を確認しよう。

 

 シルク・タングステンはそう考えた。

 

「えっと、俺の時計は0時を回っているんですけど、モモンガさんは?」

「ええ、俺もです……」

 

 第一の異常は時間だ。サービス終了時間を回ったにも拘らず、自分はシルク・タングステンというアバターの姿のままだ。時計はシステム上狂うことなど有り得ないため、終了時間が来ていないということは有り得ない。

 

「……あれ? シルクさん、コンソールが開きません」

「は? あ、本当だ」

 

 第二の異常として、コンソールが開かない。キャット機能、GMコール、強制終了などの機能全てが行えない。

 

 しかし、これらは運営に何らかの問題が生じたため、サーバーダウンが遅れたという可能性が高い。よって、問題がこれだけならば運営のダメっぷりを再確認したというだけだ。というか、二人はそう判断して叫んだ。

 

「どういうことだ!」

「あの糞運営が! やらかしやがって!」

「どうかなさいましたか? モモンガ様? シルク・タングステン様?」

 

 だが、ここで事情が大きく変えてくるのが、第三の異常だ。アルベドが――NPCが、困惑しているモモンガとシルク・タングステンに話しかけてきたのだ。

 

「……GMコールが利かぬようだ」

 

 モモンガが言葉を発したことで、シルク・タングステンは第四の異常を発見する。モモンガの言葉をシンクロして、口が動いているのだ。おかしい。表情の変化などユグドラシルのシステムにはない。発声に応じてアバターの口が動くなど有り得ないのだ。

 

「……お許しを。無知な私ではモモンガ様の問いであられる、GMコールということにお答えすることが出来ません」

 

 間違いなく会話している。アルベドってこんな綺麗な声だったんだとシルク・タングステンは軽く現実逃避しそうになったが、

 

 以上のことから、考えられる可能性は二つ。

 

 一つ目は、ゲームがアップデートされたということだ。しかし、それは技術的に有り得ず、法律的に危ういため、可能性としては限りなく零に近い。

 

 そして、二つ目は――こちらの方が非現実的だが――ゲームが現実になったという可能性だ。

 

「うわあ……。モモンガさん、俺、夢でも見ているんでしょうか?」

「だといいんですが、現実じゃないですか?」

 

 聞いたシルクも口に出したモモンガも頭を抱える。

 

 そして、ここで新たな異常が明らかになる。――頭の中を支配していた混乱、焦燥、不安といった感情が、強制的に落ち着かされたのだ。まるで、自分という体が精神の動揺という機能を無理矢理押さえ込んだかのように、あらゆる感情が沈静化された。

 

 

「……何だ、今の」

「シルクさんもですか? 俺も何か変な感じが……」

 

 何やら苦悩している主人達を見て、どうすればいいのか困惑するアルベドやセバス達。そんなセバスを見て、モモンガは指示を出す。

 

「……セバスよ」

「はっ!」

 

 その姿は一流の執事。鋭い眼光に称えた忠誠心は、どのような命令であってもすぐさま実行するという覚悟を語っていた。

 

「異常事態が発生している可能性がある。戦闘メイドの一人をつれて大墳墓から出て周辺地理を確認せよ。知的生物がいた場合は友好的に交渉してここまで連れてこい。もし帰還が困難になった場合、プレアデスに情報を持って帰らせろ」

「かしこまりました。直ちにご命令を実行します」

 

 

 モモンガの慎重かつ思慮深い指示にシルクは感心する。自分ではそこまで細かいところまで気を使えないだろう。心強い。さすがギルマス。対応力が半端ではない。

 

 これで、NPCが拠点から出られることも明らかになった。そして、そのことをNPC達が不自然に思っていないこともだ。この辺りの意識の食い違いがどのくらいあるのか知りたい。というか、NPC達には異常が発生しているという意識はあるのだろうか。いや、そもそも、彼らは自分達がゲームのキャラクター、データであるという自覚があるのか。

 

 シルクが考えている間にも、モモンガは指示を出す。

 

「プレアデスよ。セバスについていく一人を除き、他のメンバーは第九階層の守護に行け」

「承知しました、我が主よ!」

 

 玉座の間から出て行くセバスやプレアデスを見送りながら、あの重いくらい畏まった態度はNPC共通なのかと考えるシルク。もしそうならば、少々胃が痛い。……いや、この体に胃はあるのかと腹部を触れてみるが、すり抜けた。まるでお湯の中に手を入れたような生暖かい感覚がある。

 

(シルクさん)

「え?」

 

 頭の中にモモンガの声が聞こえたため、慌てて彼を見るが、口を動かした様子はない。

 

(良かった。魔法は使えるみたいだ。シルクさん、今、通信魔法を使ってみました。どんな感じですか?)

(頭の中に声が響きます)

(念じるだけで会話できるみたいですね。今、シルクさんの他にも運営や他のギルメンにも使ってみたんですけど、通じませんでした)

(成る程。でも、こうして脳内会話ができるってことは、使えないってことではないみたいですね?)

(とりあえず、今確保すべきなのは俺達の安全です。魔法やスキルが使用可能かを試すために第六階層に行こうと思います。スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのテストという形で。ついでに各階層の守護者を集めて異常がないかの確認もしようと思うんでしょうけど、どうでしょう?)

(あ、モモンガさん、ヴィクティムはそのままにしておいた方がいいんじゃない? あと、ガルガンチュアも来てもしょうがないのでは?)

(それもそうですね)

 

「アルベドよ。第四と第八を除く階層守護者に、第六階層の闘技場に来るように伝えろ。時間は一時間後だ」

「かしこまりました、御方」

 

 この数分間の検証で理解できたことがいくつかある。

 

 まず、NPC――今となってはこの呼び方が正しいのかも微妙だが――には、間違いなく意思があり、感情があり、生命がある。加えて、本来ゲームにあるはずの縛りがいくつか無効化されているようだった。より正確に言えば、自由度が上がった。例えば、持ち場から離れることができる上、細かい指示の受け答えもできる。

 

 次に、NPCだけではなく、物事の自由度が上がっていることだ。ついでだが、同士討ちも解禁されているようだ。何かの間違いでモモンガやNPCに攻撃を当てないように気をつけなればならないだろう。

 

 逆に、ゲームのままであることもいくつかある。モモンガの常時発動型特殊技術である「負の接触」が発動していることがその証明だ。

 

 有り得ない話だが、本当にゲームが現実化した? だとしたら、『あれら』はどうなっている?

 

「モモンガさん、第六階層の前に宝物殿に行こうよ。ワールドアイテムがどうなっているか見ておきたい。タブラさんみたいに悪戯でワールドアイテムを自分のNPCに装備した人がいないとも限らないしさ」

「ああ、そうです……あ」

「ん? どうした、モモンガさん」

 

 シルクが宝物殿というワードを出した途端に、顔色(?)が悪くなるモモンガ。

 

「えっと、NPCが生きて動いているってことは『あいつ』もそうだってことですよね……」

 

 モモンガが何を言いたいのかいまいち理解できなかったシルクだったが、モモンガの作ったNPCがどんなものだったかを思い出す。

 

「黒歴史ノートが生きて動いているのか。うわあ、俺も怖いわー。あいつ、ほとんど設定書いてないからな。どんな奴になってんだろう」

 

 頭を抱えるモモンガを見て、自分の作ったNPCがどんな風に動いているかを想像して寒気がした。寒気を感じるための肌はないのだが。

 

「分かりました。何かあったら連絡しますから、第六階層の円形闘技場で落ち合いましょう」

「あ、そうですね。あっちはお願いします。でも、本当、危なかったら逃げてくださいね! お互い、無事を祈りましょう」

 

 シルクは不安そうに(多分)こちらを見つめるモモンガに見送られながら、指輪の力を使って、宝物殿へと転移する。

 

 

 

 

 

 

 転移が終わったシルクの前に現れたのは、財宝の山だ。数えるのも馬鹿馬鹿しくなってくるような枚数の金貨や片付けることが不可能な量のアイテム。これらは貴重なものではあるが、アインズ・ウール・ゴウンの財産と考えた場合、あまり価値のないものだ。これだけのものが『大したもの』ではないと扱えるあたり、アインズ・ウール・ゴウンというギルドの強大さが垣間見えるというものだ。

 

 

 金貨と宝石でできた山脈を踏み越えて、乱雑に放置してある多種の財宝の森を通り抜けて、シルクは黒い靄のようなものの前で合い言葉を口にする。

 

 

「『かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう』」

 

 靄は扉となり、シルクはそこを突き進む。

 

 この通路には猛毒のブラッド・オブ・ヨルムンガンドが垂れ流されている。毒を無効化できる種族か、毒耐性のアイテムを装備していない限り、侵入者はこの通路でダウンである。

 

 シルクは前者であり、猛毒の通路を鼻歌を歌いながら進む。鼻歌は余裕の表れではなく、余裕を取り戻そうとする強がりからくるものである。財宝の山を見たことで、アインズ・ウール・ゴウンの栄光を思い出したということもなくはない。ある程度進むと、この場所の墓守の名前を呼ぶ。モモンガが製作したNPCの名前を。

 

「おーい、パンドラズ・アクター。いるかー?」

 

 声をかけると同時に出現した影。その姿を見て、シルクは目を剥く。いや、目玉はないのだが。

 

「タブラさん……?」

 

 そこにいたのは、ここにはいないはずのギルドメンバーの一人。タブラ・スマラグディナという名前の脳喰い(ブレイン・イーター)。アルベドの産みの親である大錬金術師。単純な火力でいえばモモンガを凌駕する。

 

「……パンドラ。さっさと元の姿になれ」

 

 だが、その正体をすぐに理解したシルクの声に反応して、蛸のような異形種はぐにゃりと形を変える。そこに現れたのは、軍服姿の埴輪怪人だ。卵のような頭部には一本の産毛も生えておらず、目と口は子どもがボールペンで書いたような点だ。

 

 名前をパンドラズ・アクター。モモンガの作り出したNPCであり、この宝物殿の領域守護者である。種族は二重の影(ドッペル・ゲンガー)であり、四十五の外装を持つ。変身した場合はオリジナルの八割の性能程度しかないが、万能性という意味では最強だろう。

 

「これは失礼しました! 至高の四十一人の御一人にして偉大なる星の守護者、シルク・タングステン様!」

 

 なんというオーバーリアクションとハイテンション。どうやら、NPCの性格というものは、やはり製作者がテキストに書き込んだ「設定」に左右されるということか。

 だとすると、ほとんど設定の書きこまれていないNPCはどのようになるのだろう。それに、NPCの設定は性格の全てについて書き込んでいるわけではない。設定はかなりの文章が書けるようになっているが、一人の生物の全てを描き込めるほどではないし、そこまで書き込んでいるプレイヤーもいない。

 自分達プレイヤーへの認識やNPC同士の人間関係、ユグドラシルの知識などはどのようになっているのか。『ゲーム』や『リアル』という世界を認識しているのだろうか。もしそうならば、自分やモモンガに敵意を持つことは有り得る。

 

「それで、シルク・タングステン様。本日はどういったご用件でございますか? 不肖私でお役に立てることがあれば幸いなのですが」

 

 はたして、帽子をくいっとしながらオーバーな敬礼をしてくる軍服埴輪に敵意はないと見なして良いのだろうか。シルクは自らの頭上に疑問符を浮かべながらも用件を伝える。

 

「大至急、ワールドアイテムを確認したい」

「ワールドアイテム! それは世界を変えられる力――」

「今はそういうのはいいんだ」

「――何やら火急の事態のご様子。了解しました、シルク・タングステン様」

 

 やはり大仰な敬礼。こいつ、モモンガに見せて大丈夫なのだろうか。自分は他人事のようにちょっとうざい程度の印象で済んでいるが、これを自分が作ったと考えたらぞっとする。

 

「む? シルク・タングステン様、お急ぎの中申し訳ありません。一つお伺いしたいのですが……」

「長い。シルクでいいぞ。モモンガさんもそう呼んでいるから」

「左様でございますか? では、そのように呼ばせていただきます。それで、シルク様。もしや、その御身の首に提げられているネックレスはもしや……」

「目ざといな。ああ、こいつはワールドアイテムだ。といっても、性能はアホだが」

 

 シルクが最後の日に手に入れたアイテムを除けば、アインズ・ウール・ゴウンは十一のワールドアイテムを所持している。他のギルドの最高所持数が三個であることを考えれば、規格外の所有数だ。

 十一のうち二つは正式な所有者が決められており、一つはアルベドに勝手に装備されており、一つは玉座の間に配置されている。よって、宝物殿には、七個のワールドアイテムが存在するはずだ。そして、かの『二十』のうちの二つもそこに含まれている。

 

 そんなアイテムと比べたら、この『太陽の雫』はほとんどゴミである。ワールドアイテムという分類である以上、他のワールドアイテムを防ぐお守りとしては使えるが。

 

 しかし、効果の優劣など、アイテムマニアのパンドラズ・アクターには関係がないようだ。目に見えて高揚している。これは設定のせいなのか、それとも血(?)は争えないということなのか。

 

「なんと! 素晴らしい! このナザリックを飾る宝石がまた一つ増えたのでございますね! 失礼ながら拝見してもよろしいでしょうか!」

「そのうちな。今日は忙しい」

「それは残念です」

「本当にめちゃくちゃ残念そうにするな……。いつかじっくり見せてやるよ。ああ、指輪を預かってもらえるか?」

「かしこまりました」

 

 パンドラズ・アクターは何の疑問ももたず、シルクの指輪を受け取る。それを見て、シルクはパンドラズ・アクターはこの宝物殿の最強トラップの存在とそのシステムを知っていると理解した。ここの領域守護者だからシステムとして知っているのか、ゲーム時代に自分達がそのように出入りする姿を見て記憶として知っているのか。それが今後の大きな分かれ目となりそうではある。後者だとしたら、色々とまずい。

 

 何がまずいのかと問われたら、自分の作ったNPCの片割れが、である。ゲームの中だからと、べらべらと『余計な事』を喋ってしまった。幸い、この子はほとんど隔離された領域の守護者だから誰かと会話することはない。よって、自分があの子に語った内容がナザリックに広まるようなことはないと思うが……。こんなことならば、あの子に「実は無口である」や「余計なことは他言しない」という設定をつければ良かった。

 

「シルク様?」

「いや、いい。ちょっとな」

 

 不思議そうにするパンドラズ・アクターを尻目に、宝物殿の最奥部――霊廟へと足を踏み入れる。

 

 しばらく進むと、通路の窪みにゴーレムが配置してあるエリアに差し掛かる。ゴーレムならナザリックのあちこちに配置してあるが、このゴーレム以上に立派な武装がされているものなど存在しない。なぜならば、このゴーレム達の装備は全盛期メンバーの最強装備に他ならないからだ。

 

 このナザリックを去っていたメンバーは、引退時、モモンガに課金アイテムや装備を譲り渡したのだ。好きなようにしてくれとは言われたようだが、当然だがモモンガには棄てることも売ることもできなかった。そして、その結果がこのゴーレム達である。最終的に、ギルドメンバーを模したゴーレムに彼らの装備をさせることで、アインズ・ウール・ゴウンの影法師を作り出したのだ。いつ戻ってきてもいいように、いつまでも彼らの残像を見ていられるように。正に、化身(アヴァターラ)だ。

 

 ちなみに、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備したままこのエリアに差し掛かると、このゴーレム達に問答無用で攻撃される。それがギルドメンバーであってもだ。だからこそ、シルクは指輪をパンドラズ・アクターに託したのだ。

 

「改めて見ると、痛いよなあ。主に俺の胸が痛い」

 

 もしも、自分とモモンガ以外の誰かが残っていたならば、その誰かの装備をここに取りに来ただろう。だが、この化身たちの武装はそのままだ。当然だが、モモンガとシルクのアヴァターラは存在しない。

 

 シルク・タングステンは宝物殿の最奥部にあるそれらを確認する。皆で集めたワールドアイテムを。

 

「篭手も杯も刃も巻物も……、『二十』も無事だな。良かった」

 

 ギルド最強の装備が喪失していないことに安堵の息を漏らすシルク・タングステン。それを見計らったように、モモンガから魔法で連絡が来る。

 

『シルクさん、聴こえますか?』

「ん、ああ、モモンガさん」

『ワールドアイテムはどうでした?』

「無事でしたよ。ちゃんとここにあるべき数があります。機能するかどうかを試すわけにはいきませんが」

『ですね。ああ、それから、その……』

「パンドラズ・アクターだったらちゃんと、モモンガさんの設定したとおりの性格でしたよ」

『ぐほお!』

「いやあ、ダサいわあ。あそこまで堂々とやられると逆にカッコいいんじゃないかと思えましたよ」

『や、やめてください! そこに行きたくなくなるじゃないですか!』

「はっはっは。……で、そっちはどうですか?」

『ええ。アウラとマーレに敵意はないみたいです。二人とも、如何にも子どもって感じです。性格は正反対ですけど。それからスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも魔法も問題なく機能します。こうして離れていても連絡ができていますしね』

「ですか。じゃあ、俺もすぐにそっちに行きます。いざとなったら宝物殿に逃げ込みましょう。指輪がないと出入りできないですし」

『だったらワールドアイテムはそのままにした方がいいでしょうね』

「了解。パンドラも信用していいと思いますし」

 

 通信を終えて、シルクは霊廟を出て、パンドラズ・アクターの下へと戻る。

 

 

「これから第六階層の闘技場に行ってくる。パンドラ、引き続きここの番を頼むぞ」

「かしこまりました、シルク様。しかし、何事なのでしょうか。……もしや、私の創造主たるモモンガ様に何か!」

「いや、モモンガさんは無事だ」

 

 今のところは、とは言えない。しかし、パンドラの反応からすると、やはり自分の創造主は特別な存在なのだろうか。

 

「詳しいことは後で話す。いや、俺たちも現状を把握しきれていないんだ。お前は何があってもここを守れ。最悪、またすぐここに来るかもしれないからよろしく。……ああ、最後にいいか?」

「はい、何でございましょうか?」

「お前、俺とモモンガのどっちかを選ぶとしたら、どっちを選ぶ?」

 

 突然の質問だったが、パンドラズ・アクターは大げさな身振りで姿勢を正して、一切言い淀むことなく答えた。

 

「シルク・タングステン様、不敬を承知で申し上げます。――モモンガ様でございます。いかなる状況であろうとも、私は私の創造主であるモモンガ様を最優先いたします」

「……ああ、それでいい。それが正しい。たとえ、世界を敵に回してでも、俺を殺すことになったとしても、お前はモモンガさんを守れ。お前はあの人の願いの結晶だ。だからこそ、あの人の愛に報いてやってくれ」

 

 敬礼をして承諾するパンドラズ・アクターから指輪を受け取り、転移の力を発動させる。目指すは第六階層で、モモンガと合流するためだ。先程の『伝言』の限りでは安全のようだが、警戒心は忘れては駄目だ。パンドラズ・アクターからは敵意のようなものは感じなかったが、これから逢うNPC全てがそうだとは限らないのだから。それこそ、モモンガの作った彼だけが特別だという可能性も零ではない。

 

 そんな想いを抱きながら第六階層に転移したシルク・タングステンを出迎えたのは、かつてのメンバーが製作した円形闘技場と星が瞬く夜空、そして――

 

「む。皆、シルク・タングステンさんが来たようだ」

 

 モモンガと、アルベトを含めた階層守護者たちだった。第四階層のガルガンチュアや第八階層のヴィクティムを除いた全員がいる。

 

 階層守護者とは、簡単に言えばこのナザリック地下大墳墓のエリアボスだ。玉座の間にいたアルベドはそのまとめ役であり、守護者統括という立場にある。また、階層守護者の部下として、階層の中にある細かいブロック――領域を守護する領域守護者がいる。先程のパンドラズ・アクターが領域守護者の一例だ。まあ、彼はほとんど例外みたいなものだが。

 

 まず目に入ったのは、銀髪の少女。

 シャルティア・ブラッドフォールン。第一階層から第三階層『墳墓』の階層守護者である。吸血鬼の上位種、真祖だ。製作者の趣味が尋常じゃないくらい反映されている。あと、胸はパッドである。

 

 次に、ブルーライトの巨大なインセクト。

 コキュートス。二足歩行で、蟷螂と蟻の融合体といった姿。製作のコンセプトは「武人」。二メートルにもなる巨体。ただ一本の武器であることを求められた、剣聖昆虫だ。極寒の第五階層を守護している。

 

 更に、双子の闇妖精(ダークエルフ)

 姉のアウラ・ベラ・フィオーラ。赤を基調とした活発そうな少年の格好をしているが、実際は少女である。男装は製作者の趣味。

 弟のマーレ・ベロ・フィオーレ。自分の身長より長い樹木の杖を持っている。青を基調とした女装をしているのは、これまた製作者の趣味だ。天真爛漫な姉と違い、怯えたようにおどおどしている。

 共にこの第六階層の階層守護者である。

 

 そして、眼鏡にスーツの悪魔。

 第七階層の階層守護者、デミウルゴス。優秀なビジネスマンを思わせる容貌をしているが、悪魔特有の邪悪な雰囲気は隠し切れていない。確か、ナザリック一の知恵者という設定だったはずだ。

 

 最後に、アルベド。

 

 ――生きている彼らの姿を、製作者である皆に見せたかった。

 

 彼らがここにいないことが悔やまれる。おそらくモモンガも同じ思いであろう。むしろ、モモンガの方が強くそう思っているはずだ。シルク・タングステンよりも、モモンガの方が彼らとの付き合いは長く、深いのだから。

 

 肩の力を抜いているようだから、ここにいる階層守護者たちが敵であるということはないのだろう。いや、アンデッドだから肩の力云々はシルク・タングステンの主観なのだが。あるいは、シルクが来たからだろうか。

 

 モモンガの隣に向かって歩くが、守護者達からのプレッシャーがやばい。彼らはプレッシャーをかけようとはしていないのだろうが、視線に込められた感情の濃度が辛い。崇拝、敬愛、忠誠。そういったリアルでは向けられることなどなかった感情を向けられている。経験したことのない感情をこれほどの濃度で浴びせられて、苦痛でないはずがない。

 

 シルクがモモンガの隣に立つと、それを待っていたアルベドが口を開く。

 

「では、皆、至高の御方に忠誠を」

 

 一斉に守護者たちが跪き、シルクやモモンガが口を挟む間も与えず、隊列を整える。

 

「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

「第五階層守護者、コキュートス。御身ノ前ニ」

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御身の前に」

「第七階層守護者デミウルゴス、御身の前に」

「守護者統括アルベド、御身の前に」

 

 まるであらかじめ練習していたかのように、彼らは一直線上に並び、臣下の礼をする。

 

「御命令を、御方。階層守護者各員、いかなる難行といえども全身全霊を以って遂行します。創造主たる至高の四十一人の御方々――アインズ・ウール・ゴウンの方々に恥じない働きを誓います!」

『誓います!』

 

 そんな彼らを見て、シルクの口から漏れたのは、感嘆の溜め息だった。

 

「ああ……」

 

 重圧はある。このような経験は人生で一度もなかった。リアルのシルクは従える身ではなく、虐げられる側の人間だ。人間とすら扱われないような幼少期を過ごしたこともある。このような経験は苦痛でしかない。だが、苦痛以上の何かがシルク・タングステンの心を貫いた。

 

 過去の遺物? 過ぎ去った栄光? 忘れ去られた残骸?

 

 いや、そうではない。あの日々に皆で築き上げてきた黄金の輝きは、確かにここに存在する。たとえ、たとえ皆が忘れたとしても、あの時抱いた思いはここで生命を持って動いている。

 

 モモンガもその様子で、ギルドマスターとしての言葉が滑り落ちた。

 

「素晴らしいぞ。お前達ならば、私達の目的を理解し、失敗なくことを運べると強く確信した」

「我らの想いは此処にある。我が友の愛し子たちよ、お前達の気持ち、確かに理解した」

 

 こうして、ゲームか現実か分からない世界での、二人の支配者の戦いは始まった。

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