オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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読者の皆様に感謝を。

ちょっと間が空いちゃってすいません。
学校絡みで色々あったのです。


事件

「しかし、どうするよ、折角悪魔作りなおしたのに無駄になったぞ」

「いえ、このまま計画は続行しましょう。今回のことでシルクさんの『召喚モンスターは九体までしか召喚できない』の意味が『同時に九体まで召喚できる』という意味だと判明しましたしね」

「使い潰す分には問題ないってことだな。星獣召喚はまだ何度でも使えるけど、素材選びは慎重にしないとなー」

「それにしても、ミリオンやローラに襲いかかるってどういうことでしょうか。自意識を薄くすると、星獣は敵味方の区別もつかなくなるとか? 悪魔であることが問題なんでしょうか。ユグドラシルではフレンドリィ・ファイアができるモンスターでしたけど」

「いや、ちゃんと命令聞いた感はあったんだけどなあ……。知性が低い設定の種族にしたけど、それが原因か?」

「実験の積み重ねが必要ですね。悪魔を作るのは今回を最後に……いや、それよりも『悪魔が敵である』という証明にもなりますから、そういう場合にのみ作ることにしましょうか。演出としては最高の部類です。ああ、だからこそ強過ぎのは作らないでくださいよ。高くても、レベル六十ってところですね。今回程度が最大限ってところでしょう」

「森が荒れているのも、この悪魔のせいになってくれたらいいんですけど」

「もし悪魔のせいにならなかったら、またシルクさんお願いします。あ、ミリオン達が言っていた魔樹のせいにする方向でもいいかもしれませんね」

「了解。じゃあ、英雄になってきなよ、冒険者モモン」

 

 

 

 

 夜も深い時間のことだった。

 

 それに初めて気付いたのは、エ・ランテル墓地で警備をしていた衛兵だった。場所は墓地の奥にある霊廟の辺りだろうか。

 

「おい、何だよ、あれ……」

「何って……は?」

 

 最初に気付いたのは一人だったが、その一人を皮切りに、誰もがそれに気付いた。同じ班の人間が気付き、城壁付近の人間が気付き、家の外にいたエ・ランテルの人間が気付き、エ・ランテル全ての人間が気付いた。

 

 夜の道でモモンを探していたペテルとニニャや、謎の赤いスライムについて組合に説明しているルクルットや、ンフィーレアを運んでいるダインも、それを見た。

 

「何だ、あれは……」

 

 誰もが言葉を失った。冒険者であろうと商人であろうと老人であろうと子どもであろうと関係ない。誰もがその存在を理解できなかった。

 

 それは天に届かんばかりの炎の壁だった。紅蓮の炎が、夜の世界を赤に染めていた。巨大な炎の塊であるがゆえに、漆黒の闇の一切を照らし出していた。しかし、その炎は決して神聖でも何でもなかった。むしろ、人々は本能的に邪悪なものであると理解していた。炎の壁が出現しているのは、墓地の奥にある霊廟からだ。といっても、ある程度離れた場所にいる人間達には、墓地の方向程度にしか分からなかったが。

 

「お、おい! 火の中から何か出てくるぞ!」

 

 炎の壁に一番近い場所にいた衛兵の一人が叫んだ。彼らがこの場所にいるのは勇気があるからではない。義務感でもない。危険であることを察知できても、あまりにも常識外の光景に反応ができなかったのだ。不測の緊急事態すぎて、思考が麻痺していた。

 

 そして、逃げていなかったことを後悔した。

 

 

「ギャォオオオオオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 雄叫びとともに炎の中から出現したのは、『悪魔』としか呼ぶほかないようなバケモノだった。

 

 その悪魔の姿が見えないものも、そのおぞましい雄叫びを聞いて、それが火の壁から出現したバケモノであることだけは理解できた。

 

「あ、ああ……」

 

 うわ言のように悲鳴を上げる衛兵がいるが、誰が彼を責められようか。歴戦の戦士であろうと、あのようなバケモノを見てしまえば、同じような態度になるはずだ。

 

 体長は二メートル半ほどだろうか。奇怪な声はひどく耳障りだ。刀剣のように鋭く大きな爪。蝙蝠のような羽は人間一人を包めそうなほど大きい。蛇のような尾。焦点の合っていない三つの眼球。大きな口から生えている歯はサイズがバラバラで、とても不恰好。胴体は風船のように膨れ上がっていた。

 

「ギャオ? ギャオオオオオオ? ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 衛兵を視認すると、その悪魔は圧倒的なスピードで一気に間合いを詰めた。そして、その巨大な腕で衛兵の一人を掴むと、そのまま握りつぶす。まるで豆腐のように、成人男性が潰されてしまったのだ。その常識外の光景に、誰もが思考停止を起こしていた。

 

「ギャギャギャギャギャ!」

 

 間の抜けた顔をする人間を見て、悪魔は笑う。握りつぶした衛兵を大きな口で一飲みすると、別の人間に手を伸ばす。そして、同じように握り潰す。二人目が死んだことで、ようやく他の者はそれが現実であると理解した。だが、理解したところでどうになるだろうか。絶叫を上げることしかできない。

 

「う、うわあああああああ!」

「逃げろ! 逃げるんだ! こんなの勝てるわけねえ!」

「か、かか、神様ぁ!」

 

 悪魔は二人目も平らげて、三人目に手を出そうとする。逃げなければならないと気付きながらも、誰も足を動かせないでいた。恐怖で竦んでしまったのだ。

 

 もう駄目だと誰もが諦めた瞬間、彼らの前に物理的な光が見えた。

 

「《雷撃(ライトニング)》」

「ギャオ!?」

 

 悪魔の顔面に、雷光が当たる。一瞬の怯んだ隙に、衛兵達は死に物狂いで悪魔から遁走する。

 

 そこにいたのは、魔法詠唱者だった。奇妙な仮面にローブという格好であるため、他に判断しようがない。他の特徴としては、首に冒険者であることを証明するプレートが下げられていることだろうか。

 

「大丈夫か?」

 

 落ち着いた声だった。巨大な悪魔や炎の壁が脅威ではないとばかりに、静寂な声。その緊張感のなさは、死から逃げられた衛兵達に安心感を与えた。

 

「私の名前はモモンという。代われ。あれはお前達では倒せない」

 

 その魔法詠唱者が首から提げているのは銅のプレートだった。本来であれば、彼こそ逃げ出す立場であろう。しかし、今の雷撃が最下級冒険者の攻撃だろうか。否である。

 

 悪魔の攻撃対象は魔法詠唱者へと固定される。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「うるさいぞ、成り上がりの中級悪魔め」

 

 魔法詠唱者は無骨なガントレットの指先を、醜悪なる怪物に向ける。

 

「《龍雷(ドラゴン・ライトニング)》」

 

 龍のごとくのたうつ白い雷撃が生じ、魔法詠唱者の手から肩口まで荒れ狂う。一拍の後、突き付けられた指先から、悪魔に向けて白い雷撃は落雷の如く放たれた。雷撃を受けた悪魔が白く輝く様は、皮肉なことに美しかった。

 

 魔法に詳しくない者しかいないため、その魔法が第五位階魔法――英雄の領域の大魔法である事を理解できた者はいなかった。しかし、数名ではあるが、一流の魔法詠唱者のみが使える《雷撃(ライトニング)》よりも上位の魔法であることは理解していた。

 

 悪魔が悲鳴を上げる。

 

「ギャアアアアア!」

「意外と効くものだな・・・・・・・。いや、耐性は消してあるのだから当然か」

 

 とんでもない威力の魔法を目の当たりにした衛兵達は、魔法詠唱者の後ろに巨漢と美女がいたことに気付く。巨漢は奇妙な形状の双剣を持っている。美女の方は服装からして、神官だろうか。

 

「コートスは前衛、ルナは後衛で私とコートスをサポートしろ。私達がダメージを受ければ、信仰系魔法を使用してすぐさま回復してくれ」

「畏まりました」

「はいっす」

 

 魔法詠唱者の指示とともに、コートスと呼ばれた巨漢の武人が飛び出す。そのまま、武人は悪魔に向けて刃を振るう。悪魔は当然避けようとするが、武人の剣の方が早い。悪魔の右腕を切り落とす。

 

「ギャオオオオ!」

「彼我の力量の差も分からぬとは。悪魔とはもっと賢いものだと思っていたぞ」

 

 武人は呆れたようなセリフを吐き出すと、追撃の刃を悪魔に向ける。悪魔は今度は刃の如き爪で弾こうとするが、その爪ごと両断される。

 

「よし、予定の範囲内だな。いくぞ、コートス! ルナ! この悪魔を滅ぼす!」

「「はっ!」」

 

 それはまさに御伽噺に出てくるような戦いだった。

 

 刀を振るう巨漢の武人も、攻撃魔法を放つ魔法詠唱者も、補助魔法で援護をする美女も、その一挙一動すべてが現実離れしていた。

 

 悪魔から逃げるように走り出しながらも、視線は三人と悪魔の戦いに向けられていた。本来であれば振り返ることなく逃げるべきであろう。しかし、その戦いから目を放つなど不可能だった。理由は、衛兵達が男だからだ。

 

「なんなんだよ、あの人達・・・・・・」

「あれが銅級冒険者なんて嘘だよ。あれこそが最高位冒険者であるアダマンタイトなんじゃないのか?」

「俺達は伝説を目にしているのかもな・・・・・・大魔法使い・・・・・・本物の英雄だ」

 

 男として生まれた以上、英雄――遥か彼方の強者の戦いを見たいと思う衝動を抑えられる手段などないのだ。その証拠に、ある程度離れてしまうと、衛兵達は足を止めた。そして、身を低くして、この戦いを見逃すまいと目を凝らす。

 

 誘蛾灯に誘われた虫のように冒険者や他の衛兵達も炎の壁に引き寄せられてやってくる。だが、誰もが一番乗りである三人と悪魔の戦いに戦慄していた。

 

 ――あれは自分達が踏み込んでいい領域ではない。

 

 この場所にはミスリル級冒険者数名もやってきていたが、すでに手負いである悪魔の威圧に飲まれていた。英雄級の戦士と魔法使いによって追い詰められながら、その悪魔は木っ端戦士など気にも留めないような迫力と殺意をばら撒いていた。

 

 だが、そんな悪魔を相手にして、三名の冒険者は全く呼吸を乱すこともなく、対処していく。彼らも決して楽な戦いではないようだ。しかし、援護などできない。邪魔になるだけだ。それに、あれほどの修羅場に飛びこむ勇気はない。悪魔の強さを考えれば決して安全ではないが、それでも臆病者と罵られるには十分な距離で、遠目で見ているのがやっとだった。

 

 ある者は憧憬を抱き、ある者は畏怖を感じ、ある者は嫉妬を覚えた。

 

 そして、ついに戦いは終わりを向かえる。

 

 ついに悪魔が逃げようとするが、武人が翼を切り落とし、そのまま地面へと激突する。激突の痛みで怯んでいる瞬間を狙って、魔法詠唱者がその手を悪魔へと向ける。

 

「そろそろ終わりだな・・・・・・。この一撃でトドメだ! 《魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)》!」

 

 魔法詠唱者の放った特大の雷撃が、悪魔の身体を貫く。

 

「ギャアアアアオオオオオオオオオ!?」

 

 悪魔が倒れる。起き上がる様子はない。悪魔の死が引き金なのであろう、炎の壁が消滅する。夜の帳が戻ってきたことが、人々に安堵を与えた。

 

 動かなくなった悪魔の首を、武人が切り落とす。魔法詠唱者が切り落とされた悪魔の首を高々に掲げると、それを見た全ての人間は賞賛の勝鬨を上げた。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 人々は知る由もない。

 

 この悪魔騒動のせいで夜の街に人ゴミが溢れたことで、恐怖に怯え、パニックに落ちた人々の喧騒のせいで、ある冒険者達が目的の人間を探し出せなかったことを。

 

 そして、一人の少年が間に合わなかったことを。

 

 少年の死は町に出回った所で、新しい英雄誕生の話に埋もれていった。少年の死体が忽然として消えたところで、少年の肉親と一部の人間以外は興味も示さなかった。

 

 

 

 

「ん。反応が消えた。モモンガさんが悪魔を倒したか」

 

 自らが生み出した悪魔が倒されたのを感知して、シルク・タングステンは笑う。といっても、その黄色い亀裂のような顔が愉悦の表情を浮かべることはないのだが。

 

 シルクの生み出した悪魔は拷問で死んだ陽光聖典の死体を使用した。あの野盗ほどの実力者はいなかったため、補助特殊技術を全て使ってしまったが。おかげでほとんど理性が残らない形になったが、元々倒す予定のモンスターであるため問題ない。

 

 新しく作り出した悪魔のレベルは六十手前ほど。ルプスレギナと同じくらいで、人間形態になったコキュートスやモモンでは一人では少々手こずるだろう。しかし、三人がかりならば倒せるレベルである。

 

「いやあ、これで一件落着かな?」

「いいえ、タングステン様。ミリオンやローラに出会ったというツアーに関しての問題は解決しておりません」

 

 デミウルゴスがその目をヘドロ型スライムに向けるが、相手は全くの無反応だった。ミリオンは現在、シルクの叱責とローラからの罵倒を受けて、全力で凹んでいた。

 

「いいって。ミリオンの対応は正しい。得られた情報も大きいしな。謹慎処分にするんだから、大目に見てやってくれ」

「畏まりました」

 

 デミウルゴスが頷いたのを確認すると、今度はアルベドを見る。彼女も不承不承といった様子で頷いた。シルクとしては無条件に此方の決定を受け入れるデミウルゴスよりも、自分の意見を態度で示してくるアルベドの方が好ましい。好ましいだけで、良いとは思わないが。

 

「アルベド。言いたいことがあるなら発言を許すぞ」

「では、失礼して。シルク様、ローラは兎も角、ミリオンにはもっと重い罰を与えるべきです。襲われたとはいえ、シルク様謹製の悪魔を倒した上、モモンガ様が処刑する予定だった人間を勝手に殺害したのですから。一ヶ月の謹慎では軽すぎると思われます。これでは他の者に示しがつきません」

「具体的にはどんな罰が妥当だと思う?」

「謹慎期間を最低でも倍にすべきではないかと愚考します」

 

 流石に二ヶ月は長すぎるのではないだろうか。しかし、シルクにはそれに対して強く反論できない。理由は、ないからだ。反論する理由がないのではなく、ミリオンの行動が二ヶ月も制限されたとしても、このナザリックの運営には全く影響がない。シルクがミリオンにカルネ村の監視を頼んでいたのは、自分のNPCであるため頼み事をしやすいというのが一つあった。もう一つは、ミリオンならばその程度の仕事が妥当だと考えたからだ。

 

 もしミリオンにンフィーレア・バレアレ殺害の責任があるとしたら、それはシルクの責任でもある。謎の鎧騎士を取り逃がしたのも、ローラとミリオン。どちらもシルクのNPCだ。

 

「あ、そうだ。じゃあ、ミリオンにこんな仕事をさせるのはどうだ?」

 

 シルクの考えを聞くと、アルベドは顔に不快感を現す。そんな表情でも美しさが崩れないのだから美人は得だなあとシルクは寝ぼけたことを考えた。

 

「かなり甘すぎると思われますが」

「そうでもねえよ。……認めたくはないが、ミリオンは俺に似ている。ならば、俺が苦痛だと感じることと同じことをさせるだけだ」

 

 シルクはミリオンを見つめる。気色の悪い産業廃棄物めいた身体のスライムは相変わらずぶよぶよとした身体だった。

 

「それにしてもなあ」

 

 自分に創造主の視線が向けられたことに気付いたのか、ミリオンはぐちゃりと身体をシルクに向ける。正直、前後左右が不明な身体であるため、背中を向けられていたことには気付かなかったが。

 

「何でございましょうか。我が創造主、シルク・タングステン様」

「なあ、ミリオン。確かに、そのリョコウって奴は……」

「リョコウではありません。ツアーです、シルク・タングステン様」

「そうだ、そのツアーって奴は確かにアーラ・アラフの名前を出したんだな?」

「ええ。彼曰く、ローラに似ているそうで」

「じゃあ、確定だな」

 

 アーラ・アラフのアバターとローラの姿はそのモデルが同じである。必然的に、その姿は似てしまうだろう。事情を知らない人間には親子に間違える程度には。

 

 彼の姿と名前を真似ている可能性も零ではない。だが、そんな気がしないのはなぜだろうか。

 

「シルク様。そのアーラ・アラフなる御仁とはどのようなご関係なのですか?」

 

 デミウルゴスの問いに、シルクは遠い昔のことを思い出しながら語る。

 

「アーラ・アラフはな、俺の古い知り合いだ。俺がユグドラシルという世界に足を踏み入れるまでは、アインズ・ウール・ゴウンに入るまでは、あいつだけが俺の友だった」

 

 昔は友達までとは思っていなかったが。

 

 かつて同じように、絹花という女に憧れた。自分が『恋』と表現しているのに対して、彼は『運命』と称していたが。

 

「竜王の知り合いがあいつを知っていたってことは、単純に考えて評議国にあいつがいると見て間違いないな。陽光聖典の話じゃ人間の住みにくそうな国ではあるが、何食わぬ顔でふてぶてしく生活している様子が目に浮かぶようだぜ」

 

 とても嬉しそうな顔をするシルクを見て、シモベ達は不安に襲われる。

 

 星の裁定者シルク・タングステンが近いうちにお隠れになられるかもしれないということは全てのシモベが周知していることだからだ。

 

 もしや、その旧友に逢うためにナザリックから去られるつもりなのかもしれない。だから、デミウルゴスは愚かだと理解しならがも問わずにはいられなかった。

 

「し、シルク様はそのアーラ・アラフ様にお逢いになられるつもりなのでしょうか?」

「逢いたいか逢いたくないかで言えば、逢いたいな。ぶっちゃけかなりの屑だが、俺にとっては親友だった男だからな。まあ、逢いに行くとしても評議国の情報が手に入ってからだな」

 

 なぜか安堵した様子のシモベ達を眺めながら、シルクは自嘲する。本当は逢いたくなどないし、逢ってはならないと理解しているからだ。田中優として×××××に逢うのならば良い。だが、シルク・タングステンとしてアーラ・アラフに出会うのは駄目だ。だからこそ、自分がユグドラシルで彼と何年も逢っていないのだから。

 

 逢ってしまえば、始まるのはきっと殺し合いだ。コンタクトを取るのならば、直接逢うのではなく、モモンガかNPCに代理を頼むことになるだろう。あちらの反応が怖いため、ローラを行かせることはできない。しかし、彼が口を滑らせないとも限らない以上、やはりシルク自身が出向いた方が良いのだろうか。

 

 しかし、物理的に逢えるかも不明な現段階では不毛な思考だろう。

 

 ミリオンやローラの出会ったというツアーなる人物は、人間である可能性が低い。というのも、スライムや妖精に敵意を持たずに話し合えるような存在なのだ。この世界の人間の価値観からすると、かなり異質である。レベル七十のミリオンが警戒したという強さも考慮すれば、人間ではないと考える方が妥当である。

 

 つまり、ツアーがアーラ・アラフに出会ったのが百年ほど前であった可能性は非常に高く、その場合はアウトだ。彼のユグドラシルでの種族は人間だ。種族の変更や特殊な職業の取得をしていない限り、まず寿命で死んでいる。

 

「そうだ。これってナザリック中に伝えて欲しいんだけど、チャイナドレスには気をつけろ」

「チャイナドレスでございますか?」

 

 チャイナドレス。それは「中国」という国に由来する女性衣装の一つだ。御方々の衣服の中にそう呼ばれているものがあるため、アルベド達もその名前と形だけは知っている。だが、どうしてたかが衣服に注意しなければならないのか。彼らには理解できなかったが、続くシルクの言葉でその意味を十全に理解する。

 

「今思い出したんだけど、アーラ・アラフのギルドにあるワールドアイテムは二つで、片方がチャイナドレスの形をした洗脳アイテムなんだよ」

「……!」

 

 ワールドアイテム。それは至高の御方々をもってしても十一――シルクの『太陽の雫』を合わせると十二だが――しか集められなかった最高位のアイテム。その力は特殊な職業を得ているか、同じワールドアイテムでなければ防ぐことはできない。

 

 そんなランクの洗脳アイテムなのだ。気力や能力で堪えることはできないだろう。もし敵に操られて至高の御方々やナザリックの同胞達に攻撃するかもしれないと思うとぞっとする。

 

「まあ、あいつがギルドごと来ているって保障もないから、保険程度の警戒だけどな」

「成る程。王国の衣服を見る限り、一般的な衣装にはチャイナドレスがあるようには思えません。一目でそうと気付けるでしょう」

「どうだろうな。あいつがいつからこの世界にいるか不明な部分も多いからな。それこそ、この世界独自の魔法との融合やら他のワールドアイテムとの併用やらで、全く違う形状になっている可能性も高い」

 

 ワールドアイテム、傾城傾国。セクシーなデザインであったため、その形は人気だった。しかし、その性能は極悪であり、NPCの洗脳も可能なため、NTRアイテムなどと揶揄されたこともある。

 

「あの野郎がナザリックに使ってくるとは考えたくないが、それでも誰かに奪われた可能性だってある。その辺り、あいつは信用度の高い男じゃねえからな」

 

 友だとまで言った男に対して、ひどい言い様である。シルク・タングステンとアーラ・アラフの関係というよりは、田中優と×××××の関係だ。

 

「シルク様」

「何だ、ミリオン」

「件の魔樹はどういたしましょうか? ざいとるなんちゃらです」

「てめえとローラしか聞いてねんだからちゃんと名前覚えておけよ! それだとユグドラシル産かどうかも分からんだろうが!」

 

 ミリオンに怒鳴るシルク自身、人や物の名前に関するもの覚えは決して良い方ではない。アーラ・アラフの名前も今日の今までアブラカタブラとして覚えていたのが証拠だ。つまり、やはりこのスライムは根本的に創造主に似ているのだろう。

 

「よろしければ、このミリオンが探しますが?」

「いや、さりげなく謹慎処分から逃げようとしてんじゃねえよ。というか、アルベドの進言もあって罰は追加だ。心して反省しろ」

「ちっ。ゴリラめ、余計なことを・・・・・・じゃなくて、畏まりました」

 

 ・・・・・・徐々にだが、御方の前でも化けの皮が剝がれつつあるミリオン。創造主であるシルクをして、顔がひきつってしまう。

 

「ま、まあ、そっちの探索はアウラとマーレに任せておこう。あいつらの方が専門家だ。……てか、そいつ、ワールドエネミーとかじゃねえよな?」

「どうでございましょう。ワールドエネミーは至高の御方々でも三十六人でなければ挑めぬような桁外れの存在だったのでございましょう? そんなバケモノがいたら、それこそ本当に世界は滅びていますよ」

「だといいんだけどなあ」

 

 楽観的に考えるのは少々危険だ。だが、今だけは少しだけ肩の力を抜いて生きるとしよう。セバス達に無事に終わったと連絡して、あちらに転移するとしよう。

 

 それでも、ぼやかずにはいられない。シルクは苛立ち混じりに吐き出した。

 

「あーあ、本当、何でいるんだよ」

 

 旧き友よ。お前があの日のお前であることをどうか願う。

 

 俺はあの日から随分と変わってしまった。俺はもう届かない。あの人のように世界を愛することなど出来ない。しかし、人間であるお前ならば愛せるだろう。あの人が願ったように、俺達が誓ったように、あの人が特別ではない世界を作れるだろう。

 

 お前はちゃんとこの世界を愛しているか? 俺にはできそうもない。




ンフィーレアの死体が消えた理由?
意味は「-5」で理解してもらえると思います。
前話のミリオンが「レベル8あれば究極的には問題がない」と言ったのはそれが理由です。
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