エ・ランテルを襲った謎の悪魔騒動から一週間後。都市の権力者達による会議が開かれていた。権力者達といっても、各人の都合により三名のみしか集まらなかったが、仕方がない。悪魔騒動による物理的な被害は出ていないが、その影響は大きいのだから誰もが対処に見舞われているのだ。結果的に集まったのは、都市長、冒険者組合長、魔術師組合長である。
「本日の最初の議題は、先日エ・ランテルを襲撃した悪魔と、それを倒した
進行を務めるのは、魔術師組合長テオ・ラケシル。
「様々な文献を調べた結果、悪魔の名前は
「あれほど巨大な幻術を長時間? デタラメな悪魔だな」
幻術というのは特殊な魔法だ。実際の炎であってもとんでもないが、幻術となれば勝手が違ってくる。かなり特殊能力に長けていることになるからだ。状況にもよるが、特殊能力に長けたモンスターというのは、単純に身体能力が高いモンスターよりも厄介なのである。
「そして、同じ頃の時間、ある冒険者チームが未知のモンスターに襲われています。この冒険者チームはトブの大森林を塒にしている野盗の偵察をしている途中、野盗の塒らしき場所から未知のモンスターが現れたそうです。生き残った冒険者の話を聞いてみると、モモン殿が倒した悪魔に特徴が酷似しています。時間的に同一個体である可能性はないため、もう一体いたということになります」
「あ、あれほどの騒ぎを起こした悪魔がもう一体いるというのかね?」
都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアが顔を引きつらせた。モモンが倒してくれたからこそ、エ・ランテルの被害は衛兵数名という最小限で済んだ。しかし、彼らの対処が遅れたらどれだけの損害が出ただろう。モモンは冒険者である以上、常にこのエ・ランテルにいるわけではない。依頼で他の街に行くこともあるだろうし、拠点を別の都市に移す可能性だってある。その時、悪魔に襲われたらひとたまりもない。
「それで、その悪魔は具体的にどのくらい強いんだい?」
「結論から申しますと、モモン殿が倒した悪魔の推定難度は百五十を超えます」
「百五十!?」
冒険者組合長プルトン・アインザックは驚くが、パナソレイは逆に首を傾げる。
「すまんが、私にも分かるように教えてくれないかね。君達と違って、その難度という言葉には疎いんだがね」
「ああ、申し訳ありません、都市長」
冒険者組合ではモンスターの強さを「難度」という言葉で表現している。個体の大きさなどで変動するため正確な数値というわけではないが、一種の基準にはなる。
「まあ、難度というのが強さの基準だというのは分かる。そうだな。王国戦士長であるストロノーフ君で例えてくれないか?」
「そうですね・・・・・・。王国戦士長で難度九十から百程度でしょうか」
その言葉に、都市長は目をむく。
「では、モモン君が倒したモンスターは戦士長以上の怪物だと?」
「そうなりますね。無論、死体の大きさや牙の堅さなどから計算したため、多少の誤差はあるでしょう。それでも、難度百超であることは間違いありません」
近隣国家最強とまで言われるガゼフ・ストロノーフよりも強大な悪魔。そして、その悪魔を倒してみせた冒険者チーム。
一体、モモンとは何者なのか。それほどの実力者が突然現れた目的は何なのか。
「モモンと悪魔の関係は?」
「現段階では不明です。しかし、関係性は薄いと思われます。そもそも、モモン殿と悪魔に関係があったとして、その意味は何ですか?」
その部屋にいた全員が難しい顔で唸る。
例えば、モモンが冒険者として成功するためにあの悪魔を呼び出したとする。
果たして、それは元が取れる行為だろうか。確かに、あの悪魔を倒したことでモモンと彼のチームメイトは飛び級でオリハルコン冒険者となった。しかし、それ以外に得られたものなど評判くらいだ。
王国戦士長を超えると断言されている悪魔を召喚するなど一般的な手段では不可能だ。それこそ、あの悪魔一体でこのエ・ランテルを滅ぼすことだってできたはずだ。だが、悪魔はモモン達によって倒された。オリハルコンのプレートとエ・ランテルでの評判というのは、伝説級の悪魔の召喚と釣り合うのだろうか。
「ちなみに、ラケシル君はその悪魔を召喚できるかね?」
「無理ですね。どのような貴重なマジックアイテムを用意されても、組合に所属する魔術師全員に協力を要請しても無理です。法国の至宝であるという魔法封じの水晶ならば可能かもしれませんが・・・・・・」
「言うまでもないかもしれませんが、法国の至宝など逆立ちしても手に入りませんよ、都市長」
「だろうね」
名声を得るために悪魔を召喚したのならば、そこまで費用をかける必要はない。まさかあれほど強い悪魔でなければ召喚できないということはないだろう。コストパフォーマンスが悪すぎる。
「言い忘れましたが、モモン殿は魔力系第五位階魔法の使い手です」
「第五位階魔法!?」
「だから、私にも分かるように説明してくれないか?」
都市長の言葉に、ラケシルは頭を捻る。魔法とは無縁である彼にどこから教えたものかと考えていたが、やがて口を開いた。
「通常、魔法詠唱者として成功した者でも第三位階魔法が限界です。それですら、全魔法詠唱者のほんの一握りです。第五位階魔法・・・・・・いえ、第四位階魔法以上の使い手は、英雄級です。人類最高峰の魔法使いであるフールダー・パラダインが第六位階の使い手であり、彼の高弟ですら第四位階の使い手は数名しかいません」
つまり、モモンは王国よりも遥かに魔法技術が進んでいる帝国から見ても貴重な人材なのだ。
「これらから、モモン殿にはあれほどの悪魔を召喚する必要などないのです。第五位階魔法の使い手である以上、冒険者の階級はすぐに上がるでしょうし、名声も同じです。二人のチームメイト――特に、剣士であるコートス殿もそれに劣らない実力者です」
「悪魔が暴走したという可能性は?」
「零ではありません。しかし、暴走だとしたら、対処が遅いと思われます。あのような目立つ炎の壁が出現するまで待つ必要があるとは思われません。それに、あれほどの悪魔を召喚して何をしようとしたのですか?」
分からない。単純に都市への攻撃をしようとしたのならば、最適だ。しかし、他ならぬ彼らの手によって悪魔は倒されている。それも都市への被害がほぼ皆無の状態でだ。強力な悪魔を倒したことによる名誉というのは、先ほどのコストのことを考えればないと思われる。
「また、件の炎の壁が発生した霊廟を調査したところ、霊廟の下には隠し神殿がありました。そこでは邪悪な儀式が行われた痕跡、戦闘があった痕跡、真新しい血痕が多数発見されました」
単純に考えて、悪魔はその隠し神殿で召喚されたのだろう。これほどの騒動を起こした悪魔だ。個人が召喚魔法で呼び出したとは考えにくい。倒されても死体が消滅していないことからも、あの悪魔が通常の召喚モンスターではない証拠だ。
「あまり公にできない情報ですが、隠し神殿にはズーラーノーンの痕跡が多数発見されました」
その言葉を聞いて、アインザックの顔に納得の色が浮かぶ。
「決定だな。悪魔はズーラーノーンが何らかの儀式をしようとして召喚されたものだ」
ズーラーノーンはアンデッドを使う秘密結社だが、悪魔を召喚しても不思議ではない。そして、ズーラーノーンならばあのような悪魔を召喚する理由もあるのだろうし、悪魔召喚儀式のために必要なものを揃えることも出来るかもしれない。
「ただ、悪魔は二体召喚されていたと考えるのが妥当でしょうね。一体はエ・ランテルに残り炎の壁を出現させ、モモン殿に倒された。もう一体はトブの大森林に飛び、野盗や冒険者を襲った」
「悪魔が二体いたというのは伏せておいた方がいいな・・・・・・」
情報が漏れた場合、エ・ランテルにどのようなパニックが起こるか想像もつかない。
「モモンくんは今どこに?」
「チームの仲間と一緒にカッツェ平野に行きました。大量のアンデッドを倒してくるでしょうね」
他の冒険者が泣くことになるかもしれないが、安全の面から考えれば万々歳だ。というか、もう一体の悪魔の話を聞いた以上、速やかに帰って来て欲しい。
「もう一体の悪魔について詳細が分かるまで、モモンくんにはエ・ランテルから離れてもらわない方がいいかもしれないな」
「同感です、都市長」
「現在はオリハルコン級ということですが、私としては彼らはアダマンタイト級としても問題ないと思いますがね」
「そうなるのも時間の問題だろうがな」
「彼がどのような国のどんな人物かは不明ですが、現状は優遇しつつ警戒といったところでしょうか?」
異論は出ない。その出自が不明であることは冒険者には珍しくないことだ。関係の薄いであろう悪魔が出現したというだけであれ程の実力者に都市から離れられるのは困る。もう一体の悪魔やこれから議題に上がるスライムの件もあるのだから。
「では、次はリイジー・バレアレの孫、ンフィーレア・バレアレを襲ったスライムについてです」
あの騒動があった夜、エ・ランテル一のポーション職人リイジー・バレアレの孫であるンフィーレア・バレアレは謎のスライムに襲われた。そのスライムの酸による火傷はリイジーのポーションでも回復しなかった。そのために神殿まで運んで治癒魔法を受けたが、やはり回復しなかった。そして、出血が止まらないまま、ンフィーレアは死んだ。
「ンフィーレア・バレアレを襲ったスライムについてです。その場に立ち合った漆黒の剣という冒険者チームの話では、一瞬のことでしたが、血のような真っ赤なスライムのように見えたとのことです。スライムが町の外に逃げる場面も近隣の通行者が目撃しています。しかし、事件当夜以来、このスライムの目撃例はその後ありません。新種の可能性も検討するべきでして――」
スライムについての報告を聞いて、全員が溜め息を重ねる。
「それにしても、ンフィーレア・バレアレの死体はどこに消えたんだ?」
「調査しておりますが不明です」
悪魔騒動があったため、墓地に死体を埋葬することができなかった。そのため、死体は神殿に安置されていたのだが、何者かによって盗まれたのだ。その時のリイジーの悲嘆する様子は見られたものではなかった。唯一の肉親である孫が突然死に、その死体まで消えたのだから当然である。エ・ランテルのポーション職人は彼女だけではない。だが、ポーションの質は命にかかわることなのだ。冒険者などは困る。
「それもズーラーノーンじゃないか? 彼はどんなアイテムでも条件を無視して使えるという
「死んだ人間から
「いや、全く別の組織の仕業かもしれないな」
「スライムと悪魔が関係しているかどうかも考えないといけないね」
権力者達の苦労は続く。
この会議が開始された瞬間から、数匹のゴキブリによって監視されていたことに気付く者などいなかった。星の裁定者が考えていた以上の効果を発揮しつつある恐怖公情報網であった。
■
「かくして、不肖俺ことミリオンは謹慎期間の短縮の代わりに、クレマンティーヌことクレマンちゃんの更生教育を命じられるのであった」
「誰がクレマンちゃんだ、この変色スライム」
「では、くーちゃんで」
「ふざけてんだな、そうなんだな! というか離せよ!」
場所はナザリック地下大墳墓第六階層領域『底無し沼』。その状況を簡潔に説明すると、一人の女がスライムに沼に引きずり込まれそうになっていた。
元漆黒聖典第九席次クレマンティーヌ。
人外の領域まで足を踏み入れ、人格破綻者と呼ばれ、多くの冒険者から命とプレートを奪い、ズーラーノーンの一員にまで堕ちた女は、有体に言ってスライムに襲われていた。具体的には、沼に引きずり込まれそうになっているが、ぎりぎり岸で踏ん張っている。無論、ミリオンが本気を出せばすぐにでも沼に沈められるのだが、ギリギリの感覚を保っている。獲物は疲れさせるのが狩りの基本だ。
「そう荒れるんじゃねえよ。俺だって説教とか苦手なんだよ。沼に引きずり込んで嬲り殺すとかなら上手いけど。てか、もうそうしよっかなあ。面倒臭いし」
「て、てめえ! 罰を軽くしてもらう代わりにやってんなら真面目にやれよ! 私だってしねえぞ……多分」
「というか、人の話をちゃんと聞くのが苦手だ」
「傾聴力ねえだけじゃねえか!」
間違っても人格破綻者の言って良いセリフではない。もっとも、ヘドロ型スライムに傾聴力を期待する方が大きく間違っているが。
「つうか、何で私は普通に更生させられようとしてんだよ! 普通、拷問とかして情報を得ようとするもんじゃねえのか?」
基本的な情報を喋っただけで、クレマンティーヌの身柄はこのスライムの預かりとなった。漆黒聖典隊員としてもっと根掘り葉掘り絞り出されると思っていたのだが。
「そりゃあれだ。お前がうちの大将に気にいられたからだ」
「は?」
気にいられるようなことなどした覚えはない。このスライムが言う「大将」とは、シルク・タングステンというエレメンタル(見た目はどう見てもレイス)のことだ。彼とは会話も何もしていないから、クレマンティーヌの何が変わるということはないと思うのだが。
「だってお前、親から愛されてねえだろ?」
予想外の返答であると同時にかなり図星だったため、クレマンティーヌは言葉に詰まる。それがどうしたと言いたかったが、彼女の狂気の中にいる「子ども」が涙を流した。
シルク・タングステン。レイスのようなエレメンタル。間違いなく世界屈指の怪物の一体。
「要は、大将にとって悪意ってのは余分なもんなわけだ。余分だから見え易い。うちの大将も親から愛されなかったらしいぜ? そして、お前の悪意の中に『親から愛されない子ども』を見たってわけだ。同情ってよりは同調だな。てめえを更生させろってのはそれが一番の理由だ。まあ、親から愛されていなかったら無条件で好きになるわけじゃあねえけどさ」
「……ふうん」
「お前は大勢殺したんだろう。しかし、俺達の身内が殺されたわけじゃねえからな。それでお前を批判するのもおかしな話だ。それよりはお前を上手く使う方法を御方は考えておられるのさ。というわけで、俺の有り難い説法(物理)で命の大切さを学ぼうか。ずぶずぶ」
クレマンティーヌが油断した隙に力を強めてより深く引きずり込むミリオン。彼女の身体はすでに頭以外は沼に浸かっていた。浅瀬の岩でどうにか堪えているが、これも時間の問題だ。話に集中してしまったため、踏ん張るのは少し遅れてしまった。
「お、おまえええええ!」
「そう暴れるなよ。俺が力加減ミスったらお前泥の中で窒息死するぞ?」
「じゃあ、他の方法を考えろよ!」
「やだね。まずはその反抗心をぶっ壊してから一般常識って奴を刷り込んで、ナザリック魂に染め上げてやるよ」
「や、やめろぉ!」
「うるせえな。お前達の観点から見ても、俺はこの墳墓じゃまともな方だぞ」
「お前で!? 一番やばい奴とかどんな性格してんの!?」
驚いてみるクレマンティーヌではあるが、大体そんな気はしていた。このスライムははっきり言って、
だが、このスライムにはそれがない。こんな見た目のモンスターではあるが、人間と自分を対等に見ているのだ。自分より遥かに強い相手に対等に扱われるというのは、クレマンティーヌにとっては居心地が悪い。なおかつ、対等に見ているくせにしっかりと格下として扱ってくるため、非常に腹が立つ。
「白いドレス着た黒い翼と二本角の女がいただろう。あれが一番やばい。というか糞だ。他の連中もどっこいどっこいだな。俺が特に嫌いなのはこの階層の守護者である糞餓鬼ダークエルフズだ。あいつらマジ仕事をミスって御方から失望されろ。毒でも盛ってやろうかな」
「闇を見せないでよ!」
「お喋りはここまでにしておけ。本格的に沈めるぞ。もう分かっていると思うけど、この沼の泥はかなり気持ち悪い。ゴキブリ風呂には負けるがな」
「いやあああああああ!」
一時間後。
頭のてっぺんからつま先まで泥まみれになったクレマンティーヌがいた。余談だが、服装は捉えられた時の露出度の高い服装のままだ。つまり、ずっと気色悪い泥の感覚に襲われている。そのため、ガチ泣きしていた。折角の顔が泥と涙で台無しだった。口の中の泥とともに、実に彼女らしくない泣き言を吐き出す。
「ひっぐ、ひっぐ……。何で私がこんな目に遭うのよ……」
これ以上の拷問などいくらでも受けてきたというのに、なぜこんなに辛いのだろうか。
「キャラ変わってねえか?」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
クレマンティーヌが腕を振るうと泥がミリオンに飛んでいくが、同じように泥まみれであるため、ミリオンは全く気にしない。普段からこの泥の中で生活しているというのもある。物理的に拳が当たったとしても、高い物理耐性を備えているミリオンにはクレマンティーヌの攻撃は通じない。
「さて、飯の時間なわけだが、そのままの格好で食うのと、綺麗な泉で身体を清めてから食うのと、どっちがいい?」
「断然後者で」
即答するクレマンティーヌだが、まさかこのスライムと同じ食事を食べさせられるんじゃないかと不安に襲われた。
「あ、移動の時は泥が散らないようにしてくれ。メイドどもに文句を言われる」
「それ、アンタが普通に嫌われているだけなんじゃ」
「おいおい、傷付くだろうが。あと、嫌われているんじゃない。避けられているんだ。臭いからな、見た目的にも」
「いや、それを嫌われているって言うんじゃ……、いえ、何でもないです」
眼球がないため確認できないが、睨まれたような気がする。
「そういえば、カジっちゃん……私と一緒にいた魔法詠唱者はどんな目に遭わされているの?」
「半魚人に生まれ変わって図書館に入り浸っているよ。そこで復活魔法の研究をしたり、うちの研究者連中と共同で色々と検証をやっている」
「は?」
意味不明だった。特に、最初の「半魚人」という部分が。
「アンデッドになるつもりだったらしいけど、まさか半魚人になっているとか。ウケる」
「お前、そんな顔で笑うんだな。可愛いぞ」
「スライムに口説かれた。もうお嫁に行けない」
「俺は女子を褒めることさえ許されないと申すのか! 言葉は選べよ。俺の手心一つでてめえをゴキブリの餌にすることだって出来るんだからな」
「申し訳ございません、ミリオン様。このクレマンティーヌの失言をどうぞお許しください」
「変わり身早いなー。あと、様付けはやめろ。そこまで偉くはない。『ミリオンさん』と呼べ。みーさんでも可」
クレマンティーヌが敬語になれていないことを察するミリオン。心構えだけではなく言葉遣いも直したほうが良いだろう。御方に失礼があってはならないのだから。
「俺達にとってのお前の存在価値は武技だ。現在、ここの連中はどんなに強い戦士でも武技が使えん。お前の三倍強い奴でも同じだ。だからこそ、この墳墓の誰かが武技を使えるようになるまでに、お前は新しい価値を示しておく必要がある。そのことをよく理解しておけ」
「はいはい……いやー、改めて常識狂っちゃうね」
神人を例外とすれば、自分に勝てない戦士など存在しないと思っていた。だが、この程度の力量でどうしてここまで自信を持てていたのか。本当の最強から見れば、自分の戦士としての矜持などちっぽけなものだったのだ。武技が使えないと言うが、使えるようになる必要などないだろうに。
それでも、先祖帰りのあんちくしょう、番外席次なら良い勝負をするかもしれない。……一対一という前提ならばの話だが。あの番外席次級の怪物がこの墳墓には何人もいるのだから、集団でボコられたら負けるだろう。
異形種が多く、人間を蔑視しているという特徴のため、法国とこの墳墓の戦争は不可避かもしれないが、勝てるわけがない。番外席次や隊長がどれだけ強くても、最秘宝がどれだけ優れたマジックアイテムだとしても、近隣国家最強の国力があったとしても、質と量の両方で国が押し潰される。万が一勝てても、国家としての体裁など残らない。国力が低下したところを他の国や種族に襲われて滅亡だ。
今のうちに裏切っておいて良かった。クレマンティーヌはそう確信している。
「それにしても、この空も大地も全部作り物なんでしょ? どんだけなのよ」
クレマンティーヌの頭上には空が広がっているが、これは本当の空ではない。言うならば、空のように姿を変え続ける天井だ。
こことは別の階層に、墳墓の名に相応しい墓場もあるが、極寒の凍河や灼熱の地獄がある。神々の居城が如き玉座の間に絶句したのは記憶に新しい。
「このナザリック地下大墳墓は、至高の四十一人が作り出した一つの世界みたいなもんだからな。まさに神の力と言った所か」
「神様かぁ。六大神じゃあるまいし」
「例の六百年前の救済神か。その辺りのてめえの情報提供は助かったぞ。おかげでプレイヤーの存在が確認できた」
「でも、私は逢ったことないし。座学もあんまり好きじゃなかったから神の名前なんて覚えてないしね」
実在はしたはずだ。六大神の血を覚醒させた隊長や番外席次がいるのだから。しかし、現在もいるかと言われたらそれはない。もしいるのならば、竜王との戦争を警戒したりしないだろうし、番外席次をもっと前に出しても問題ないはずだ。天に帰ったのか、死んだのか、眠っているだけなのか。死の神に関しては、大罪人に追放されたと伝えられているが、その意味は不明だ。
「少なくとも『いた』ことは確かめられたからいいんだよ。てめえらの頭の上で玉座にふんぞり返っている連中がいるなら、その椅子から引き摺り落とすだけなんだから。俺達の……御方々の最終目的は世界征服だぞ?」
「神様同士の戦争かあ。あんまり関わりたくないね」
でも、六大神が負けるとしたらあの糞兄貴はどんな顔で絶望するんだろう。クレマンティーヌは少し想像して、愉快そうに笑んだ。
「そういえば、くーちゃんよ」
「誰がくーちゃんだ。何?」
「女の子はどうすれれば機嫌が直るんだ? あの夜以来、妹が最近ずっと口を聞いてくれないんだよ。寂しくてお兄ちゃん死にそうだ」
「…………」
「おい、何で蹴るんだ。物理的なダメージないからといって、俺が精神的に傷付かないと思ったら大間違いだぞ!」
■
「……かは」
ンフィーレア・バレアレは深い海の底から上がってきたかのような開放感とともに意識を取り戻す。身体すべてに著しい疲労感がある。
意識を覚醒させた彼の目に最初に入ってきたのは、言葉を失うような絶世の美女と、言葉では現せないような醜い半魚人だった。
半魚人も恐ろしいが、美女も人間のようには思えなかった。頭から生える角や腰の翼は作り物ではないリアルさがあったからだ。それに、その女神の如き微笑を湛えた美貌こそが、人間ではないことの証明だった。
そして、ンフィーレアは自分が赤いスライムに襲われたことを思い出す。祖母がポーションをかけたが、痛みは全くなくならなかった。あの激痛のまま、自分の意識がなくなってしまったことを理解する。
女神がいるのならばここが天国なのかと考えるンフィーレアだったが、自分の身体が鎖に縛られていることに気付く。そして、周囲の環境がとても天国とは言えないことに気付く。まるで牢獄のような部屋だ。鉄臭い血の臭いと強い腐敗臭が漂う。
「蘇生実験は成功ね」
「ええ、そのようです。しかし、生命力は失ってしまったようですね。神の御業の真似事でございますが、私の求める魔法にはまだまだ遠いということでしょうな・・・・・・。それでは、私は司書長と引き続きスクロールの研究がございますので、これで失礼いたします」
「そう。では、彼にもよろしく伝えてちょうだい」
「畏まりました」
半魚人は部屋から出る時に、一瞬だけンフィーレアを見た。その瞳には何の感情も宿っていないように見えるが、実際は深い憎悪と憤怒が込められている。しかし、半魚人はンフィーレアの処分を自分がしようとは思わない。何故ならば、自分以上に憎悪を抱いている御方がいるからだ。
恐怖で何が何やら分からず、ンフィーレアは涙を流す。口に猿轡を噛まされているため言葉は発せないが、なくとも喉や舌が振えて言葉など出なかった。
その時、半魚人が出て行った扉から別の誰かが部屋に入ってくる。
「第五位階の蘇生ならばこんなものか。神殿でも拠点でもなく、その場で復活するというのが分かっただけでも、今回の実験には大きな意味があったな。もっとも、プレイヤーやNPCも同じような結果になるとは限らないが」
ンフィーレアはその声に聞き覚えがあった。
見れば、そこには仮面とローブで全身の露出を隠した
「ももんふぁん、たふへてへくらはい!」
「では、次の実験だ」
ンフィーレアの希望を無視するように、モモンは手を掲げて、指の一つに嵌められたアイテムの力を発動させる。
「さあ指輪よ。
その瞬間、指輪が神秘的な色を宿して輝く。
指輪の眩しさに目を眩ませながら、ンフィーレアは自分から『何か大切なもの』がなくなっていくのを感じた。まるで内臓の一つが抜き取られたような感覚だ。痛みこそないが、強い喪失感に襲われた。
指輪の輝きがなくなると、モモンは強い感情を込めて呟いた。
「成功だ」
そこには喜悦があった。おぞましくドス黒い喜悦が。
「おめでとうございます、モモンガ様」
「ありがとう、アルベド。これで魔法を使わなくても、本物の鎧が着られるようになった。私が鎧を装備しても意味はない。だが、大英雄アインズ・ウール・ゴウン完成にまた一歩近付いたな。このような糞餓鬼でも利用価値はあるものだ」
意味の分からないンフィーレア。自分の大切な何かがあの指輪に奪われたことだけは理解できたが、それ以外の全てが不明だった。どうして、モモンが自分にこんなことをするのかが一切分からなかった。
「い、いっはい、なんらんで・・・・・・」
「――別に俺に関しての話ならば、どうでも良かったんだ」
ンフィーレアの問い掛けを遮ったのは、モモンが発した静かな声だった。地獄の底から聞こえてきたかのような絶対零度の冷たさがあった。
「別に俺自身は大した者だとは思っていない。だから何を言われてもそうなのかなと思うし、侮辱をされても我慢できる。――しかしだ。お前は俺の仲間の優しさにけちを付けたな。……あの人の信念に唾を吹きかけたな! 糞がぁ!」
仮面を取ったモモンの顔は、骸骨だった。皮膚も肉もない、純白の骨格だけがそこにあった。空虚な眼窩に浮かぶ赤い光が、これ以上ないほどの悪意をンフィーレアに向ける。
ンフィーレアはそのモンスターを知っている。強力なアンデッドの
「う、うわあああああああ!」
悲鳴を上げ、どうにか逃げようとするンフィーレアだが、その身体を縛る鎖が取れる気配はない。その様子を見て、モモン――モモンガは鼻で笑う。
こんな餓鬼に自分の大切な仲間が侮辱されたという事実に、心底腹が立つ。
「死すらも生ぬるい。このナザリックの全てを以って、お前に地獄を教えてやる。ミリオンの酸で死んでおけば楽だったろうに。己に半端なレベルがあったことを悔いるがいい」
ンフィーレア・バレアレが死を許されたのは、これより一ヶ月先のことである。