ミリオンがポンコツってことで誤魔化そうとしましたけど、なんか無理があったのでちょっと路線変更。
読者の皆様にはご迷惑をおかけします。
あと、前話の感想を見て思ったのですが一ヶ月は短かったみたいですね。
でもあんまり長く設定したら濃度が伝わらないかなあと思いまして。長すぎると引っ張りすぎる感じがしたので。
匙加減が難しいですね。
「・・・・・・結局、そうなったのか」
「? 何かおっしゃいましたか、シルク様」
「いえ、こちらの話だ、ソリュシャン・・・・・・おっと、お嬢様ってつけないとな」
「今はまだよろしいかと存じます」
「それもそうか」
場所は王都の一番大きな入り口の前、王都に入ろうとする者達の長い行列の中にある立派な馬車の中。シルク・タングステンはソリュシャンの怪訝そうな視線を受けながら、溜め息を吐き出した。セバスは御者を務めているため、馬車の中には二人しかいない。無論、影の中に護衛のモンスターは潜んでいるが。
シルク・タングステンは魔法による連絡で、ンフィーレア・バレアレの末路を聞かされた。現時点ではまだ生きているが、そのうち死ぬだろう。一ヶ月もてば良い方か。否、早めに死んだ方が良いか。死体がどうなるかは知らないが。
別に、出会ったこともない少年の不幸を悼んでいるわけではない。むしろ少年の『どんなアイテムでも使用可能になる』というタレントはナザリック地下大墳墓にとって大きく役に立つだろう。それに、かの指輪でタレントが奪えることが判明したことは大きい。モモンガがあと二回タレントを奪えることを意味するのだから。
だから、シルクの意識にあるのはンフィーレア・バレアレではなく、自分が助けた少女エンリ・エモットに関してだ。
あのエンリ・エモットという少女は危うい。言葉で説明するのは難しいが、強いて言うなら『素質』がある。組織として警戒する必要はないが、個人としては心配してしまう。それがシルクの感想だ。
あの少女は元々間違いなく、一般的な村娘だ。辺境の開拓村で育ち、それに応じた能力しかない。シルクの見立てでは、数年の内に結構な美人に育つだろうが、ナザリックのメイド達には及ばない。それ以上でもそれ以下でもない。しかし、人は誰しも心の中に悪魔と天使を飼っているものだ。些細な出来事で、悪魔は天使を食い殺すし、天使は悪魔を弱らせる。死んだはずの天使が甦ることだってある。
人間は変われるというのは決して良い意味ではない。人間は変わってしまう。時間で、知識で、幸運で、会話で、鍛錬で、病気で、欲望で、環境で、人間関係で変化してしまう。変わらない思いはあっても、変わらない人間などいない。
しかし、人間を最も変えるのは悲劇だろう。
それをシルク・タングステン――田中優は嫌と言うほど知っている。そういう人間をたくさん見てきた。悲劇がなければ人間が不変であるとは思わない。しかし、大抵の場合、大きな悲劇は人間を変える。悪い方にだ。憎悪と絶望は人間を退廃的な存在へと貶めてしまう。ただ一人の例外を除いて、人間とはそういう生き物だった。
帝国騎士に偽装した法国の工作部隊の行動は、エンリ・エモットという少女の中にいる悪魔を目覚めさせた可能性がある。別に、それでナザリックや自分に害が及ぶとは考えていない。所詮、知力も権力も武力ない、無力な少女だ。彼女にあるのは、全てを奪った帝国――本来は法国――への憎悪と、モモンガが渡した二本の角笛だけだ。一つは使用済みのようだが、もう一本を使用しても倍にしかならない。五十にも満たないゴブリンを召喚したところで、何ができるのか。そうだというのに、どうしてこうも心の中が乱れるのだろうか。答えは分かっている。
(俺はきっとエンリ・エモットが魔女になる瞬間が見たくてたまらないんだろうな)
世界から悪意を向けられたのならば、世界に悪意を向けるしかない。そう考えていた時期がシルクにもあった。その考え方は初恋の相手によって木っ端微塵に粉砕されてしまったが。しかし、誰もがそうなるわけではない。むしろ、あの人や自分が特殊なのだ。だから、きっとエンリは世界を憎んでいるだろう。
ンフィーレア・バレアレが上手くやればそうはならないような気がしていたのだが、彼はこんな間違いをしてしまった。やはり、自分がエ・ランテルに行くべきだったのだろうか。
エンリの将来を心配する反面で、大きく期待してしまう。
(ああ、胸が痛いほど楽しいだろうな。目を背けたくなるほど美しいだろうな。頭が割れそうなほど面白いだろうな! 平凡な村娘が、家族を殺された憎悪を材料に、哀れで狂った魔女へと堕ちる様は!)
狂っている。だが、ひどく正常でもある。何故ならば、彼は少女の不幸を願っているようで、幸福を望んでいるからだ。ただし、それを押し付けようとも思わないし、変えようとも思わない。ただ、少女の行く末を見守るだけだ――見過ごすだけだ。
いや、自分に対する信仰心を利用すれば、容易く堕落させることができるだろう。おぞましくも美しい復讐鬼へと。
(彼女は仇に対面した瞬間、どんな対応を取るんだろうな? 憎悪に従って復讐しようとするかな? 憎悪を抑えて許容しようとするかな? それとも、憎悪を忘れて困惑するかな? いやいや、憎悪を乗り越えて和解するって可能性もあるのか! 大穴だな。これが当たったら最高だ! ・・・・・・はっはっは、我ながら腐ってんなー)
兎に角、シルクはもうエンリに逢うべきではない。出会ってしまえば、自分はあの少女の中にある悪意を育てたくなってしまう。人間だった頃ならば我慢できた。育てるための力がないからだ。だが、困ったことにナザリックには彼女の悪意を育てる為の力がある。そして、ナザリックのシモベ達は自分の要望に応えて、彼女を魔女へと堕とすだろう。デミウルゴス辺りが張り切りそうな気がする。
そうならないために、ミリオンにカルネ村の監視を頼んだという面もある。あまり重視はしていなかった。しかし、彼はンフィーレア・バレアレを殺してしまった。まあ、話を聞く限り、その辺りの原因は自分にあるようだが。アフターケアを慎重に行うべきだったか。
あの少女はもう終わるべきだ。両親を亡くしたがゆえに苦労するだろうが、それ以外には平凡な村娘としての生涯を迎えるべきだ。あのカルネ村という閉鎖された世界で、普通に育ち、普通に夫を持ち、普通に子どもを生み、普通に老いて、普通に死ぬべきだ。彼女がその胸に抱えた憎悪の炎は小さな村の中で燻っていなければならない。国を焼く業火など、少女が持つべきではない。
(あの日のことなどさっさと忘れてしまえ。でなければ、お前はきっと堕ちる所まで堕ちてしまう)
それはきっと、あの日自分達をあの場に呼び寄せたお前の父の願いに反するものだ。親から愛されたのならば、その愛には応えるべきだ。親から愛されたことがない者としては、そんな贅沢を許したくはない。
村娘の未来を懸念していたシルクは、ソリュシャンの視線に気付く。
「シルク様、一つだけよろしいでしょうか?」
「許す。何だ?」
「なぜ、私が今回、シルク様のお供に選ばれたのでしょうか?」
「お、与えられた役目に疑問をもつか?」
「い、いえ! 決して不服ではないのです。ただ、少し気になったものですから。不躾でした。お許しください」
「いやいや、いい傾向だ。与えられた役目の意味を考えようとするのは、ちゃんと進化しようとしている証拠だぞ?」
ナザリック地下大墳墓に所属する者はシルクやモモンガの命令に無条件で従ってしまうところがある。反抗してくるよりは良いのだが、ちゃんと正しい指示が出せている自信がない自分達としては、命令される側の意見が欲しいのだ。そのための意識改革の一環が、ある階層守護者を対象として進行中のはずだ。
「まず、ナザリックの中で一番人型に近い奴から選ばれた。これは分かるよな?」
「はい。ローラ様が見つけられた指輪は三つしかなく、モモンガ様とコキュートス様、デミウルゴス様が所持しているため、他に人間社会に出られる者は極端に限られます」
「そうだな。そして、比較的人間に近いものでも、アルベドやエントマのように非人間的特徴を持つ者や、シズのように目立つ武器を持っている者、一般メイドのように脆弱な者は除外される。これも分かるよな?」
「はい。しかし、私と同じ条件に当てはまるものとしてユリ姉さんやナーベラルがいるはずですが?」
「理由は色々あるな。だが結局、ナーベラルは人間が嫌いすぎるし、逆にユリは甘いし真面目すぎる。『わがままなお嬢様』を程よい感じで演じてくれるのがお前だってことだ」
シルクの個人的な見解では、ナーベラルに関してはカルネ村辺りで訓練してもらえば、ある程度はコミュニケーションを取れるようになるのではないかと考えている。ユリも性格が悪いわけではないため、単独で別の場所に潜入してもらう場合には彼女が選ばれるだろう。
「あと、一番重要なことだが」
「はい」
「お前がプレアデスの中で一番俺の好みに近いんだ」
実を言うと、初恋の女性が肉体が欠損だらけであったため、シルクの異性の外見のストライクゾーンはかなり広い。そのため、ソリュシャンが特別に好みということはない。しかし、生粋の日本人として金髪巨乳美女には強い憧れがあるのも事実だ。無論、ユリやナーベラルのような綺麗な黒髪にも魅了されるし、ルプスレギナのような褐色肌も麗しい。シズやエントマは異性というより娘という印象が強いため、そういう目では見ていない。
「ご慈悲に感謝します、シルク・タングステン様。必ず御期待に応えてみせます」
セクハラをかましたはずなのに、とても嬉しそうな顔でお礼を言われた。なぜだ。撤回しづらいじゃないか。あと、期待とは何のことだ。ソリュシャンは令嬢役のため、ほとんど屋敷にいてもらう予定だ。情報収集はセバスとシルクが行うため、彼女にはあまり仕事がないはずだが。
少し混乱するシルクだったが、どうにか持ち直す。人間形態だと精神安定化が働かないのがネックだが、シモベ達のこういう言動に慣れつつあるせいか、動揺は小さい。王都では、嫉妬マスクを外さなくてはならない状況もあるだろうから、良い感情コントロールの訓練になっている。
「そうか」
「はい」
何となくソリュシャンと見詰め合う形になったシルクはその空気に耐え切れず、馬車の窓から王都の城塞を見る。そして、顔をしかめた。顔の左半分を覆う火傷が大きく歪む。
(それにしても、悪臭がひどい街だ。人の腐った臭いがここまで届きやがる)
この時、シルクは予期しておいても良かっただろう。少し考えれば分かることだ。この都には、いや、この国には、彼の逆鱗に触れる愚者が溢れかえっている。
■
ほんの少し前まで、トブの大森林は三体の強大なモンスターがそれぞれの縄張りを支配していた。ウォー・トロール『東の巨人』グ、ナーガの『西の魔蛇』リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。そして、『南の大魔獣』『森の賢王』元名無しで、現在はハムスケと呼ばれる獣である。
ハムスケに関しては、住処を微妙に移した。現在、
そして、三竦みのバランスが崩れたトブの大森林がどうなったかと言えば、ダークエルフの姉弟によって完全に支配されようとしていた。
東の王と西の王は、それぞれ彼女達の住処である滅びの館を攻め落とすために使い手の兵隊――森に住むゴブリンやオーガなどをかき集めようとしていた。そんな時だった。グの住処に、ダークエルフの姉弟が訪れた。
相手が丸腰で来たことに、グとその部下達は一斉に襲いかかった。結果は、惨敗だ。
東の巨人グ。人間でいえば、アダマンタイト級冒険者チームでなければ倒せないような怪物。それが、無様に地面に倒れ、ダークエルフの少女に頭を踏まれていた。
「があああああああ!」
グの配下たちは、自分達の王が上げる悲鳴を聞いて恐怖した。自分達が束になっても勝てないグを、あの小さなダークエルフ達はまるで子どもの相手でもするように簡単に無力化したのだ。トロールの再生能力があっても関係ない。多少体力がある程度など、ダークエルフ達にとっては誤差ですらないのだ。むしろ手加減を間違えても問題ないため、尋問するのに助かっているくらいである。
「だーかーらー、貴方達、この森にいて長いんでしょ? 封印されている魔樹について何か知らないの? あたし達はそれを見つけないといけないの」
「な、何者だ、お前! 何でそんなにちっこいのに、俺の攻撃が通じない!」
「そりゃあんたが弱いからでしょ。当たり前じゃん」
弱い。この現状はどうしようもないくらいに、その言葉を肯定していた。しかし、グはそれを認めるわけにはいかなかった。
「というか、さっさと質問に答えてよ。魔樹について、知っているの? 知らないの?」
「う、うおおおおおお!」
起き上がったグは、魔法の剣を上段からダークエルフに向けて一気に振り落とす。
「知らないみたいだね」
だが、それを相手は片手で楽々と受け止めた。グの渾身の一撃を受け止めたダークエルフは、暢気そうに欠伸をする。グは剣を引き戻そうとするが、まるで大地に挟まったように動かせない。グの全力は、このダークエルフにとっては片手でも余裕なのだ。
「お、お姉ちゃん、知らないならここにいても意味ないよ。他を探そうよ」
「そうだね。あーあ。時間を無駄にしちゃった」
どうでもよさそうにすると、グの剣を自分の横に逸らす。バランスを崩したグは転倒し、魔法の剣は地面に放り出される。しかし、それを再び掴もうとする気力はすでになかった。グは、最強でも何でもなかった。
「あ、でも、このトロールを持って帰ったら褒められるんじゃないかな?」
「そう? ああ、でもこの辺りじゃ強いみたいだし、御方々の駒としてはちょうどいいかな? シルク様も珍しい死体があると嬉しいって言っていたしね」
「な、なにを、うがあああああああ!」
どこから現れたのか、強大なモンスター達がグや配下に襲いかかり、拘束する。
シモベ達に運ばれていくトロール達を見送りながら、さて次は西側の蛇に話を聞きに行こうかとしていると、森の奥から巨大な狼が走ってきた。アウラのお気に入りのシモベであるフェンである。アウラとフェンは何か会話をするように吠えたかと思えば、アウラの目に期待が宿る。
「え? 本当?」
「お、お姉ちゃん、ど、どうしたの?」
「フェンが森の奥で樹木が枯れているエリアを見つけたんだって」
「じゃ、じゃあさきにそっちに行く?」
「そうだね」
二人はフェンの背中に乗って、目的の場所へと向かう。しばらくすると、動物の気配がなくなった。これは奇妙だ。
「ん? フェン、ちょっと戻って」
アウラの命令に従い、フェンは急ブレーキで急旋回する。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん」
「そこにドライアードがいた。何か知っているかも」
アウラの言う通り、今来た道を戻ってみれば、ドライアードがいた。フェンはそのままドライアードの真正面で急停止をする。
ドライアードからしてみれば、前を疾風のような獣が走り去ったかと思えば、また戻ってきたため面食らった。しかし、巨大な獣以上にその上に乗っている二人の姿に驚いた。
「き、君達はダークエルフ?」
「うん」
「そ、そうです」
「私はピスニン・ポール・ペルリア。ねえ、君達、前にここに来た人達を知らない?」
「前に来た人?」
「うん。その人達とは約束をしていてね。太陽がたくさん昇った頃に来た人で、若い人間が三人、大きい人が一人、年寄りの人間が一人、羽の生えた人が一人、ドワーフが一人。全部で七人の人達さ」
情報が適当すぎる上に、要領を得ない説明だ。ここにシルク・タングステンがいれば「太陽がたくさん昇った頃って具体的にどのくらいの回数なんだよ! 人についてももうちょっと特徴はねえのか!」と盛大にツッコミを入れたであろう。
「知らない」
「ご、ごめんなさい」
ダークエルフの返答に肩を落とすピスニン。だが、彼らから投げかけられた質問に勢いよく反応した。
「貴女こそ、この辺りに封印されているっていう魔樹を知らない?」
「ぼ、僕達、その魔樹を見つけないといけないんです」
「え!? 君達、あの魔樹を知っているのかい? も、もしかして強いドラゴンの知り合いとか? 封印がもうじき解けそうで困っているんだよ」
それを聞いて、アウラとマーレの脳裏にミリオンが思い浮かぶ。正確には、彼が話していたツアーなる鎧騎士についてだ。竜王の知り合いを自称していた人物。
「ああ、それだったら少し前にあたしの仲間が逢ったらしいよ。帰ったけど」
「えー! 何で帰しちゃったのさ!」
「あたし達が倒すから問題ないよ。で、この先にいるの? その魔樹は」
「いや、倒すって・・・・・・探しているくせに知らないの? 相手は世界を滅ぼす魔樹だよ! 君達なんてあっと言う間に倒されちゃうよ! ねえ、聞いてる!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ焚き火の材料を無視して、アウラは弟を促す。
「やっぱりこの先にいるのが魔樹みたいだね。行くよ、マーレ」
「で、でも、あの、お姉ちゃん。い、一度報告に戻った方が、い、いいんじゃないかな? だ、だって、ほら、ミリオンさんやローラさんは、そ、それで怒られたんだから」
「あ、そっか」
確かにマーレの言う通りだ。至高の存在に作られた自分達に失敗など許されない。仮に失敗しても優しい御方々は許してくれるかもしれないが、御慈悲に甘えるなどあってはならないし、自分自身や他のシモベは許さないだろう。まして、誰かが一度してしまった失敗を繰り返すなどあってはならないことだ。
「じゃあ、一度帰ろうか。ちょっと待っててね。あたし達のご主人様の意見を聞いてくるから」
「だから、相手は竜王じゃないと勝てない化け物なんだって! 君達のご主人様だって、絶対に勝てないよ!」
この後、ピスニンは世界を滅ぼせる存在など割といることを思い知る。
■
「シャルティア様はおる?」
「はい、いらっしゃいますが・・・・・・」
「あん?」
何やら視線を逸らす
「大変失礼なのですが、しばらくお待ちいただけますか?」
「構へんで。アポも取ってないしな」
一時間ほど経過しただろうか。ローラがシャドーボクシングに飽きた頃、ようやく
だが、案内された部屋に充満する臭いに、ローラは顔をしかめる。これに関して深く触れるつもりはないが、一言だけ物申しておく必要があるだろう。
「一時間は待たせすぎやろ」
相手が御方々ならば臭いも消すだろうし、もっと早く案内するだろう。シャルティアは最強の階層守護者であり、ローラは小さな領域を守護する最弱のレベル百NPCだ。立場が違うことは十分に理解しているが、それでも自分が待っている間に何をしていたかを考えていると無性に腹が立つ。
シャルティアは全く悪びれる様子もなく、堂々とした態度で応じる。
「突然来たローラが悪いでありんす。それに、侵入者が来ないから、階層の巡回以外にやることがないでありんす・・・・・・。なんなら、ローラもやるでありんすか?」
「遠慮するわ」
本気で誘っているわけではないのだろうが、ローラにそんな趣味はない。異性として意識する男性はいないが、だからといって同性にいくつもりはない。
「ところで何の用でありんす? おんしがここに来るなんて珍しいでありんすね」
「モモンガ様――いや、アインズ・ウール・ゴウン様の御命令を伝えに来たんやけど」
「なんですって!」
思わず言葉遣いが変わるシャルティア。一呼吸置いて、口調を直すとローラに詰め寄る。
「それを先に言うでありんす! さあ、早く教えるでありんす! 御方の御命令を!」
これほどまでにシャルティアが興奮するのには理由がある。
早い話が、彼女も活躍して御方に褒められたいのだ。
例えば、アウラやマーレはトブの大森林の支配や魔樹の捜索などの任務が与えられている。デミウルゴスはスクロール補充の目処が立ったそうだ。コキュートスに至っては御方のお側にいる。モモンガの正妃の座を争っているアルベドはナザリック地下大墳墓の指揮を任されており、主人の部屋に出入りする権利さえ与えられている。
つまり、階層守護者でシャルティアだけが仕事を与えられていないのだ。
階層守護者以外でも、コキュートスと共にモモンガの御供をしているルプスレギナ、シルクと共に王都に向かったセバスとソリュシャン、情報網の構築を命じられた恐怖公など特別な勅命を受けたNPCは多い。ローラが発見した件の指輪もこの世界では大きく役に立っている。パンドラズ・アクターもその叡智と万能さを活かし、様々な部署のサポートをしていると聞く。結果的に謹慎処分になってしまったが、ミリオンも創造主を愚弄した不遜な輩を誅殺したという。
無論、シャルティアには現在のナザリック防衛の要としての役割がある。ナザリックが襲撃を受ければシャルティアが最前線で戦う手筈となっている。しかし、侵入者がいなければそれは案山子と同じだ。成果が出なければ、御方に褒められることもない。一度だけエ・ランテルに呼ばれたこともあるが、結局自分は何もできないまま終わってしまった。だからこそ、鬱憤を晴らす意味でも、今のように配下と戯れることで暇を潰すしかなかった。
早く早くと鼻息を荒くするシャルティアを見て、内心呆れるローラ。懐にしまっていた羊皮紙を取り出す。そこにある長い文章を読もうかと思ったが、この空間から早く逃げたかったので御方々への不敬を承知でシャルティアに提案をする。
「あー、うちも前置きは苦手やから用件だけ言うで?」
シャルティアが了承の頷きをすると、ローラは小さく咳払いをして告げた。
「アンデッドや星獣にするための死体が欲しい。トブの大森林の湖に
「おお!」
至高の御方々は敵対する愚か者達の拠点を幾度も滅ぼしたと聞く。しかし、シモベ――NPCでそれをしたことがあるものなどいない。つまり、防衛ではなく初の遠征である。
それほど名誉ある役目を与えられるということは、それだけ御方々が自分に期待してくれているということだ。ローラがモモンガの名前をアインズ・ウール・ゴウンと言い直したのも、モモンガという個人としての命令ではなく、ギルド長としての命令であるという意味があるのだろう。
「
「まあ、待ちや。条件がいくつかあるから、よく聞いてや」
「条件?」
「せや。まず、シャルティア様が前線に出てはあかんそうや」
「え?」
そういえば、先ほどローラは「兵団を指揮して」と言っていた。
「指揮官として動けということやね。それから、軍の構成はモ・・・・・・アインズ様がされるそうやから、それで攻めるようにとのことや」
「アインズ・ウール・ゴウン様のお考えになった軍隊ならば間違いないでありんす」
「そして、
「恐怖に支配される
「最後になるけど、強そうな死体はできるだけ綺麗な状態で残しておくようにしろとのことや」
「星獣転生やアンデッド創造に使うからえ?」
「せや」
自分が前線に出てはならないという条件の意味は分からないが、御方の御命令に間違いなどあるはずがない。自分はただその命令に従い、見事に遂行してみせればいいのだ。
「分かりんした。慎んでお受けするとモモンガ・・・・・・アインズ様に伝えておきなんし!」
「了解や。指令書はここに置いておくで」
「ふふ、アインズ様から与えられたこの役目を見事に果たして『よくやったシャルティア。お前こそが私の最も大切な奴隷だ』って褒められるんでありんすえ。そいで『お前こそが私の横に立つに相応しい』って言われるんでありんすから」
「大役おめでとうございます、シャルティア様」
「シャルティア様ならば、必ずナザリックに名誉ある勝利を齎すでしょう」
「当然でありんす!」
張り切るシャルティアとそれを応援する彼女のシモベ達を横目で眺めながら、ローラはそっと彼女の部屋を後にする。
「シャルティア様に指揮官なんて務まるんかいな? 突撃以外の指示が出そうにないんやけど」
どう考えても人選が間違っているような気がするが、至高の御方々の意図はローラには分からなかった。
やったね、リザードマン達。『戦い』の被害は少なくなるよ。