拙作ではその話は触れない方針だけど、ザイトルクワエはユグドラシルのレイドボス説でいきます。
この姿になる前『彼』には、記憶と呼べるような記憶はない。
強いて言うならば、孤独な戦いの日々だった。いや、あれは戦いというほど立派なものではない。ただの迫害だった。相手からすれば妥当な『討伐』だったのだろうが、彼にとってそうではなかった。彼がそれを理解していなかったのは、誰も説明してくれなかったからだ。
最初の記憶は、
人間に殺された時もあった。エルフに殺された時もあった。アンデッドや同種であるはずの植物モンスターに殺された時もあった。共通することは、自分よりも遥かに小さいというのに、自分よりも強いということだった。自分よりも弱いものも稀に来たが、それでも倒されることはあった。もう甦りたくなどないというのに、もう殺されたくないというのに、何度も生き返った。そして、何度も殺された。そこには選択肢などなかった。なぜ自分がここまで悪意を向けられるのか理解できぬまま、ただ殺され続けた。どういう理屈か分からなかったが、同じ時間に違う自分が何度も死ぬ感覚があった。
『あの糞運営が! 我が憎悪を受け取れ、ゴミトレント!』
『死にさらせ、うどの大木! アイテム落とせ!』
『無駄に体力ばっかりありやがって』
『季節外れだけど、メリー苦しみますツリー!』
記憶が磨耗するほどに死んだ時だっただろうか。ある日を境に、自分を殺し続ける存在――『ぷれいやー』が自分の下に来なくなった。ようやく落ち着けることを理解したが、突然、自分は別の場所にいた。
それまでいた『ゆぐどらしる』という世界とは違う世界だと理解できた。また殺され続けることはなかったが、別の問題が生じた。今度の世界は弱すぎた。自分が生きるための栄養の確保さえも苦労する。
あらゆる者が自分のことを様々な名前で呼んだ。歪んだトレント、魔樹、バケモノ。
誰も彼もが自分のことを拒絶した。悪意以上に、殺意と恐怖を向けられた。当然だ。彼らにとって、自分は世界に仇なす化け物なのだから。殺されることはなかったが、無理矢理眠らされた。
彼はただ、誰かに手を伸ばして欲しかっただけなのに。
彼が悪かったのかと言えば、違う。ただし、悪ではなくとも、罪はあった。怪物として生まれてきたという罪があったからこそ、誰からも愛されないという罰を受けた。彼にとって最大の不幸は、彼自身が怪物であることさえも求められていなかったということだろう。彼は作り手に
遠い昔、触覚の一部だけが復活できたことがある。しかし、倒された。その中の一人が自分を『あの名前』で呼んだことから、『ゆぐどらしる』の『ぷれいやー』であることは間違いなかった。自分が知る『ぷれいやー』よりも弱い存在だったが、触手の一部ではそんな脆弱な人間さえも殺せなかった。
そして、ようやく起きることができた。一部だけではない、完全にだ。だが、起きた彼を待っていたのは、まるであの日の魔王の如き強者達だった。小さい者達だったが、かの日を思い出した。この小さい者達は敵だと瞬時に理解した。そして、自分では勝てないことも理解してしまった。最終的に、かつてはよくされたように丸焼きにされて終わった。
ああ、自分はこれで終わるんだ。結局、こんな終わり方をされてしまうんだ。独り寂しく死んでいくんだ。自分に向けられてきた敵意と憎悪を悲しく思い、彼の意識は暗闇に沈んでいった。かつてのような無理矢理甦るような感覚はない。今度こそ、永遠に眠らされるのだと理解した。どうして自分が殺されるのか理解できないまま、彼は死んだ。
意識が完全に消え去った後で、手を伸ばされた。
「特殊技術発動、星獣転生。
自分の身体よりも遥かに小さい紫色の炎の塊が、その手を差し出してきた。魔王の如き、命の王。最初はその手を拒むつもりだった。また殺されると思ったからだ。しかし、命の王からは太陽のような温かさを感じた。それはずっと、彼が求め続けていたものだった。
だから、彼は無意識的にそれに応え、魔樹から竜へと生まれ変わった。
百メートルを超える身体は十メートルほどに縮小された。枝の数本が竜の頭へと変化し、言語を発するだけの知性を手に入れた。表皮は樹木のようだが、その下には動物のような肉があり、血が流れている。根っこは蛸の足のように柔軟性に優れたそれに変化した。
「いやあ、レイドボスも来てやがるとは驚いた。そして、レイドボスも転生できるとは驚いた」
「え? シルクさん、こいつを知っているんですか?」
「ああ、モモンガさん知らない? まあ、長いことイベント参加はしていないからね。一年くらい前かな? 周回イベントのレイドボスだよ。こいつから採れる薬草を一定数集めることで、報酬もらえるんだ。俺は参加しなかったけどー」
「へー、ずっとイベントの確認はしてなかったから知りませんでした」
「まあ、糞イベントだったしね。報酬アイテムも碌なもんなかったみたいだったから。俺もこいつの姿を見るまで忘れてたよ。あー、でも、ざいとるなんちゃらで分かるべきだったか」
命の王は、彼の誕生を祝福した。
「
初めて名前を呼ばれたような気がした。彼――ザイトルクワエはようやく生まれることができた。
だから彼には、無力なビーストマンを滅ぼすことに何の躊躇もなかった。殺しても殺さなくても、ビーストマン達がザイトルクワエを求めることなどないのだから。
■
ナザリック地下大墳墓第五階層は極寒が支配する世界である。そんな世界の一角に、御伽噺に出てきそうなメルヘンチックな館がある。外見とは裏腹に、その名前を氷結牢獄という。ナザリックに敵対したものが収容されるという設定の場所である。
その中の一室に、絶対支配者であるモモンガはいた。モモンガの他には、アルベドとローラ、そして部屋の住人であるニグレドがいた。
ニグレドはアルベドの姉であり、情報収集に特化した魔法詠唱者である。タブラ・スマラグディナのホラー趣味が反映されているため、顔の表皮がなく、目や歯といったパーツは美しいのに異様な外見となっている。コンセプトは「亡き子を求める怪人」であり、彼女の部屋に入室した際は誰であろうと襲いかかってくる。赤子の人形を渡せば落ち着くが、逆を言えばそうしないと会話にも入れない。
子ども好きとして作られたニグレドとしては、幼い少女であるローラに御満悦のようで彼女の頭を撫でている。ローラもローラでされるがままに頭を撫でられ、ニグレドの出してきたビスケットをもしゃもしゃと食べている。
「美味しいわー」
「そう? 良かったわ。ローラ、もっと食べてね」
「おおきに」
「でも、姉さん。そのお菓子、どこから手に入れたの? ペストーニャにでも頼んだの?」
「いえ、これはミリオンが置いていったものよ」
「あのヘドロスライム・・・・・・」
「近いうちにモモンガ様と貴女が来るだろうから、その時にローラが一緒にいたら出してくれと言っていたわ」
「えー、お兄、気持ち悪い・・・・・・」
ミリオンは一体何を予測していたのか。シルク・タングステンの子どもだけあって、他人の行動を読むことが得意なのだろうか。自分では謙遜しているが、彼は先読みがかなり得意だ。モモンガが連戦で行動パターンを正確に把握するのに対して、シルクは初戦で相手の戦い方を大雑把に予想して対処する。
竜王国のこともそうだが、エ・ランテルの問題もある。トブの大森林が荒れている云々は悪魔騒動とンフィーレア・バレアレの死のおかげで有耶無耶になってくれた。だが、悪魔騒動そのものが問題だった。
例の悪魔がミリオンに倒される前に冒険者を殺していたのは予想外だった。しかも、その冒険者に生き残りがいたのは非常にまずかった。時間の関係で、エ・ランテル上層部は悪魔が二体いたことに気付いてしまったのだ。さすがに二体が全く無関係の個体であるとは考えていないようだが、もう一体の悪魔が死んだとも思っていないようだった。
悪魔の詳細が判明するまで、モモンにはエ・ランテルにいてもらうことを決定したそうだ。他の冒険者にトブの大森林に行くのも控えさせているそうだし、森林近くを通る際は普段より厳しい警護体制を取っている。現在エ・ランテルにいる冒険者モモンはパンドラズ・アクターである。影武者として彼を残しておいた。
やはりシルクにまた新しい悪魔を作ってもらってそれをモモンが倒すしかないだろう。他の冒険者に倒させるというのもありかもしれないが、そこまでの実力者はエ・ランテルにはいないようだ。
せっかく冒険者になったというのに自由が制限されたのでは本末転倒である。積極的に依頼をしないとお金も集まらないし。
「それにしても、見事な暴れっぷりだな」
モモンガの視線の先には、ニグレドが発動した魔法の水晶がある。そこでは、ドラゴンと植物が混ざったような巨大なモンスターが暴れており、ビーストマンの大軍が逃げ惑っていた。戦おうとするビーストマンもいるようだが、全く歯が立っていない。塵も積もれば山となるというが、どれだけ矢を放ってもあの程度ではザイトルクワエは倒せない。あのモンスターには攻撃した相手のHPを吸収する特殊能力があるからだ。回復量がダメージ量を上回っているため、どうやっても倒すには至らないだろう。
モモンガは怪獣映画を見るような気分でいた。もしもここにいるのが自分だけであったら、指輪の力で人間化してポップコーンでも食べていたかもしれない。モモンガはつい先ほどから見始めているが、このドラゴンが暴れ始めて半日が経過している。その甲斐あって、ザイトルクワエの通った後には大量の死体が転がっている。
現在のザイトルクワエの種族名は
これで特殊技術による補助がないというのだから、とんでもない。星獣転生が召喚系特殊技術でも上位の能力であるというのは伊達でも誇張でもないのだ。むしろ、シルクの星獣転生は弱いくらいなのだ。
本来の
モモンガが同じレベルのものを作ろうとしたら、“アンデッドの副官”などの経験値消費型の特殊技術でも無理だ。超位魔法ならば『仔山羊』を呼べるが、あれを呼ぶには大量の敵が必要な上、召喚時間がある。
シルクは量を作れない自分を恥じているようだが、モモンガからすると贅沢な悩みだ。隣の芝生は青いというやつなのだろう。
「ほんでも、モモンガ様。これ何のためにやっているん? まだ竜王国は情報が少ないはずやん?」
「ローラ、口が汚れているわよ」
ローラの口元を拭いているニグレドを微笑ましく思いながら(ニグレドの見た目はともかく)、モモンガは質問に答える。
「大きくはザイトルクワエの試運転というのがあるな。ナザリックの近くで暴れるのは論外だ。しかし、せっかくのドラゴンという存在だ。派手に宣言しておこうと思ってな」
ローラだけではなくニグレドも不思議そうにしている。確かに、ドラゴンが暴れたら世間は騒ぐだろう。しかし、なぜ竜王国なのか。王国や帝国の方が近くて手軽だと思うのだが。そもそも何故世間を騒がせる必要があるのか。
「陽光聖典曰く、竜王国はビーストマンから毎年襲撃を受けているそうだ。襲撃というよりは狩りと言った方が正しいか。食すために人間を襲っているそうだ。つまり、これは竜王国がビーストマンの国と隣接しているということになり、人間と異形種の生活圏の境であることを意味している」
つまり、竜王国で騒動が起これば、人間側とビーストマン側の両方に知れ渡るはずである。プレイヤーが人間種の国以外にもいる可能性を考えれば、
「そして、竜王国はその由来から竜王、つまり評議国と、立地と援助から法国と関係が深い。つまり、あの国で騒ぎを起こせば、必ず評議国と法国はリアクションを起こすというわけだ。私が冒険者として集めている情報、シルクさんが王都やその道中で集めている情報、恐怖公の情報網によって収集されている情報、デミウルゴスが聖王国方面で集めている情報。それらには限界がある。だからこそ、大きな騒動を起こして、無理矢理にでも相手の出方を教えてもらうというわけだ。考え方の分からない相手ほど怖いものはない。要らぬ敵を作る可能性も多いが、後手後手になる方が危険も大きいからな」
これはモモンガではなく、シルクの案である。石橋を叩いて渡るという諺に則るならば、石橋に鉄球を投げ落としていると表現するべき行為だ。
おそらく、シルクの脳裏には評議国にいると思われるアーラ・アラフの存在があるだろう。シルク・タングステンというプレイヤーをユグドラシルへと導いた男。ローラによく似ているという旧友。
モモンガとしては、アーラ・アラフには複雑な感情を向けている。彼がいなければシルクがアインズ・ウール・ゴウンのメンバーになることはなかったかもしれない。しかし、シルクがアインズ・ウール・ゴウンの仲間以外のプレイヤーを親友と呼ぶのは面白くない。
(嫉妬なんだろうな、これは。まあ、『田中優』を知っているのは向こうでも、『シルク・タングステン』としてだったら俺の方が詳しいもんな。それでイーブンのはずだ。いや、何年も逢っていないことを考えると俺の方が上だ)
自分でも小さいことに拘っているという自覚はある。しかし、モモンガにとっては無視できないことだ。
シルクとしても迷いがあるようだった。生きているのか死んでいるのか、自分達の味方になるか敵になるのか、早めに決着を付けたいのだろう。
(何だかわけありみたいな言い方もしていたし・・・・・・まあ、深く触れないのがマナーだよな)
「はー、流石はモモンガ様におとんや。大胆なことをしはるね」
ローラの言葉に、アルベドが不敵な笑いを上げる。
「くふふふ、ローラったらモモンガ様とシルク様のお考えがその程度だと考えているの?」
「え?」
「・・・・・・ぇ」
「どういうこと? 可愛い方の妹」
ローラとニグレドの視線がモモンガに向く。モモンガは内心の動揺を隠しながら。笑みを浮かべるアルベドへと視線を送る。
「・・・・・・流石だな、アルベドよ。私の考えに気付いているとは」
「お褒めに与り光栄でございます、モモンガ様」
アルベドが何を言っているのか分からないモモンガだったが、反射的に知ったかぶりをしてしまったため撤回はできなくなった。しかし、ここでアルベドが何を勘違いしてしまったのか把握しておかないとまずいことになりそうだ。
「アルベド。私は映像に集中したい。お前が理解したことをニグレドやローラに説明してもらえるか。出来れば、子どもであるローラにも分かり易いようにだ」
「畏まりました」
画面を見つめるモモンガだが、意識は存在しない耳に集中していた。映像に見落としがないように注意はしているが、どうしてもアルベド達の話に意識を割いてしまう。
「二人ともいい? まず今回、ザイトルクワエが暴れているのは竜王国の国境線。それも、ビーストマン達に侵攻を受けている辺りよ。ここで暴れた場合、被害が大きいのは誰かしら?」
「え? 人間もビーストマンも同じくらい死ぬんやないの?」
「違うわ。ビーストマンの被害の方が圧倒的に大きいのよ」
当然だ。国境沿いと言っても、攻め込んでいる側と追い詰められている側では配置している人数も、その価値も違うのだから。猟犬と家畜の価値が同じことは有り得ないのだ。
「おそらくザイトルクワエの存在は、竜王国の人間にとっては『救済』、ビーストマンにとっては『災害』として映るでしょうね。これがどういうことか分かるかしら?」
分かりませんと首を振るう生徒と、その仕草に微笑む保護者と、他一名。
「人間は崇拝で、ビーストマンは恐怖で、ザイトルクワエに平伏すわ。愚かな人間達はたまたま通り過ぎただけの嵐を、自分達を守護してくれた神だと勘違いするわ。そんな風に思われている状況の中、もしもザイトルクワエが何者かに倒されたらどうなるかしら?」
「人間は不安になるんやない。だって、ザイトルクワエがビーストマンから自分達を守ってくれたって思い込んどるわけなんやし。それがおらんようになったらごっつい怖いわなあ」
「逆に、ビーストマン達はほっとするでしょうね。そして、また人間を食べに竜王国に行くわ」
「そうね。つまり、人間側はザイトルクワエを倒すわけにはいかないわ。でも、野放しにはできないわよね。所詮はモンスターですもの。いつ自分達に襲いかかってくるか分からないのだから。ビーストマン側の国境の方に行ってもらいたいはずよ」
ナザリック以外の存在にとって、あのドラゴンの正体は不明だ。評議国が魔樹の伝承をどのくらい知っているかは不明だが、ミリオンがツアーから聞いた話を振り返ると、ドラゴンのような要素はなかった。つまり、誰にとっても不明な存在。つまり、国境沿いをうろちょろしているドラゴンが自分の味方か敵かは誰も判断ができないはずだ。まあ、被害を受けたビーストマンは敵だと判断しているだろうが。
「だとすると、最も効率が良いのはザイトルクワエを支配することよ。普通の手段では無理でしょうね。ザイトルクワエは生まれ変わった瞬間、感激の涙を流しながら絶対の忠誠を誓ったわ。モモンガ様ではなくシルク様だけが対象であることは少々不満だけど・・・・・・」
「いや、それはしょうがないやろ。ざいちゃんを作り変えたのはおとんやで?」
ざいちゃんというのはザイトルクワエのことだろうか。世界を滅ぼすとまで言われた魔樹が随分と可愛らしい呼ばれ方をされているものだ。
「ええ。つまり、ザイトルクワエを心で支配することは不可能に近いわ。考えられるとすれば、彼よりも強い者が無理矢理従わせるか、洗脳するしかないでしょうね」
「洗脳? まさか、おとんが言っとったワールドアイテムか!」
ワールドアイテムという言葉に、モモンガは強く反応しそうになった。
「その通りよ、ローラ。これはつまり、傾城傾国を誘き寄せるための計画なのよ。他のことはそのついででしかないわ。モモンガ様やシルク様が警戒されているワールドアイテムの一つ、私達でさえ支配できてしまうという最悪のマジックアイテム。現在、最も警戒に値するものよ」
ワールドアイテムはモモンガにとって最も警戒する存在の一つだ。ユグドラシルプレイヤーである限り、絶対にその存在は無視できない。加えて、傾城傾国に関しては、その存在がかなり高い確率であると思われる。もしもNPC達がその能力の餌食になったらと思うと、骨しかない背筋が凍りそうだ。そのため、階層守護者全員にワールドアイテムを渡してある。モモンガには自らの名を持つワールドアイテムが、シルクには『太陽の雫』がある。
「洗脳以外の未知の手段も考えられるけど、そうなれば、その手段を知ることができるだけ良しとできる。勿論、来ないなら来ないで問題はないのよ。ザイトルクワエが竜王国で神聖視されることは明らかなのだから、彼を使って竜王国を味方につけさせるわ。そうなれば、国単位での行動が可能になり、行動の自由度がかなり上がるの。今のようにモモンガ様やシルク様に人間の街なんかに行ってもらわなくてもいいというわけよ」
「成る程! 将来を見据えてそこまで考えとるとは! 流石はモモンガ様や!」
キラキラとした純真無垢な視線に重圧を感じながら、モモンガは手を振って応える。ないはずの汗腺から冷や汗が出ているような気分だ。
重圧から逃れる意味でも、モモンガは話題を変える。
「そういえばシャルティアはどうなっている?」
「
「だろうな」
シャルティアには少し意地の悪いことをしてしまったな、とモモンガは罪悪感を抱いていた。
■
「・・・・・・おい」
シャルティアは困惑していた。困惑が苛立ちとなり、シモベのアンデッドへの問い掛けには殺意が込められていた。普段の言葉遣いは完全に乱れ、露骨に怒気が溢れていた。
「私は蜥蜴人の村を襲っているはずだよな?」
「は、はい、そのはずでございます」
「じゃあ何で、蜥蜴人の他にオーガやらトロールがいるんだよ!」
そう、シャルティア指揮の下に動き出したアンデッドの軍勢と敵対しているのは、リザードマンだけではなかった。ゴブリンやオーガ、トロール、奥の方にはナーガの姿まで見える。
リザードマン以外は慣れない足場の湿地に苦戦しているようだが、それでも数の暴力というものがある。総合的にはこちらが勝っているが、一体一体の強さはあちらの方が上だ。特に、オーガやトロールのような巨体を持つものの一撃は大きい。
シャルティアが求めている返答は、ヘドロのようなスライムが知っていた。
「一応、どうしてリザードマン以外にも色々いるのか知っているけど、聞くか?」
「知っているなら何で言わねえんだ!」
普段の言葉遣いが乱れて素が出てしまうほどシャルティアは切羽詰っていた。しかし、ミリオンは暢気そうに答える。
「だって聞かなかったし・・・・・・待て待て! そのおっかない槍をしまえ! モモンガ様には報告したけど、お前には言うなって言われたんだよ! 自分から気付くまで待てって!」
「ど、どうして?」
もしや、これは全て御方の思惑なのか。まさか自分が失敗することを望まれているのだろうか。だとすれば、どうしてだ。まさかこの失敗を理由に自分を階層守護者の地位から下ろすつもりなのでないか。何か失望されるようなことをしてしまったのか。シャルティアの思考がぐるぐると回る。
そんなシャルティアの額に、ミリオンが頭突きをする。いや、体当たりだったのかもしれないが、彼は頭部と胴体の境が分からないため判断ができない。
「泣きそうになるんじゃねえよ、デコスケめ。口止めは意識改革の一環だよ。別に御方々はお前のことが嫌いなわけじゃねえよ。失敗して欲しいわけでもねえ。ああ、俺はお前のこと嫌いだけどな」
「なんですって!」
「よし、怒鳴る元気があるなら大丈夫だろ。敵にリザードマン以外の種族がいる理由を簡単に説明していくぞ」
喉もないのにこほんと咳払いをするミリオン。シャルティアだけではなく、彼女のシモベやクレマンティーヌも耳を傾ける。
「話はまず、第六階層守護者の二人がモモンガ様から森の支配を命じられた場面に遡る」
シャルティアの頭に、アウラとマーレの顔が浮かぶ。あの二人がどうかしたのだろうか。
「ああ、ここからの解説はここ数日で締め上げたゴブリンからの情報だからな? そこは理解してくれ。えと、まず二人は森の支配の他に、この建物の建造を命じられたよな。まあ、人の手の入っていない森といってもそれまでここを縄張りにしてきた奴らはいるわけだ。そいつからかしてみれば、急に来てなんだって話なんだよな。まあ、ナザリックの力を知らないからこその愚考だけどな」
シャルティアからすれば不愉快な話だ。こんな低レベルモンスターしかいない森を栄光あるナザリックが支配してやろうというのに、それを拒否するなど。偉大なる御方々のお役に立てるというのだから、即刻森の全てを差し出すべきなのだ。
ミリオンの話は続く。
「森の連中――ゴブリンやオーガにはここは『滅びの館』って呼ばれているらしい。アンデッドが支配しているかららしいけど、安直なネーミングだよな。そして、東と西に縄張りを作っている奴らがいるんだが、こいつらはそこに攻め入ろうとしたわけだ。ああ、西を支配していたのがあのナーガな。西の魔蛇とか呼ばれているらしい」
ミリオンは映像の中に映されているナーガを指差す。指はないため、身体の一部を触手のように伸ばしている。
「で、だ。ほんの少し前に東の側を支配している巨人――トロールがどっかに消えたんだ。何の脈絡もなく、突然な。西の魔蛇は思った。滅びの館の連中にやられたんだって」
それは間違いではない。実際、滅びの館を建設しているアウラとマーレの手によって、東の巨人グは倒されたのだから。
西の魔蛇を倒さなかった理由を問われたら、あの二人はこう答えるだろう。“どうでも良いと思いました”と。実際、ザイトルクワエの探索を命じられていなかったら、東の巨人に逢おうとは思わなかっただろう。庭にある石ころの数を把握している人間がいないように、ダークエルフの姉弟もまたモンスターの存在を無視した。
「あまりにもあっさりと東の巨人が倒されて、西の魔蛇は今の戦力だとやばいと思ったんだろうな。東の巨人の配下に収まった連中だけでは足りないと考え、使い捨ての兵隊を探した」
南の大魔獣は配下がいないし、森からいなくなった。東の巨人の配下は消失した者を除き、自分の配下になった。しかし、北の滅びの館の力は底知れぬ。言い様のない不安が西の魔蛇を襲った。
「そして、西の魔蛇は次なる戦力の強化として蜥蜴人を選んだ。そして、湖にやって来たんだよ。これが二日ほど前な」
使い捨ての奴隷として蜥蜴人の村に来た西の魔蛇だったが、彼らが戦闘の準備をしていることに気付く。自分に対してではない。強い個というよりは軍勢への備えをしていた。
「蜥蜴人どもはアンデッドとの戦争を控えていた。あれれ? 西の魔蛇たちの敵はなんだったかな。そう、
「え、えーと、つまり、どういうことでありんす?」
「一言で済ませるなら、敵の敵は味方ってことだよ。敵の敵は未来の敵だから、安心して背中を預けているわけじゃねえだろうけどよ」
結局、シャルティアには理解できない部分もあった。しかし、このままでは負けてしまうという可能性はある。最大戦力であり指揮官であるエルダー・リッチと敵のナーガは互角のようだ。リザードマン達が支援に入れば負ける。
そして、シャルティアの指示も悪かった。考え方は悪くないと言える。数で勝っている以上、相手の対処能力を潰すということで全体で突撃するのは悪くない。しかし、非常に悪い問題があった。それはこの軍勢が『知性のない低位のアンデッド』であることだ。早い話、連携が取れていないのだ。指揮官であるエルダー・リッチ一体だけでは、数だけは多いこの軍勢に細かい指示を出すことは不可能である。
こうしている間にも、戦線は崩壊に向かっている。まるでシャルティアが全力突撃を出すことを予見していたかのように仕掛けられた罠や陣形であり、すでに戦況は向こうの有利に傾いている。
「・・・・・・どうすればいいの?」
恥を承知でミリオンに尋ねる。悔しいが、このスライムは自分よりも現状を把握しているし、自分よりも賢い。守護者の誰かに連絡を取って助けを乞うというのもあるが、最後のプライドが許さなかった。もしや、御方はこの状況を予想されていて、ミリオンを寄越したのかもしれない。
ミリオンは首を横に振るうような動作をして、シャルティアに一歩分近付く。
「んじゃ、ちょいと耳貸せ。バトンタッチだ。連中に白旗を揚げさせるとしよう」
「白旗でありんすか?」
皆殺しにするのではないのか。シャルティアとしては自分に不快な思いをさせた存在を生かしておくのは許しがたいのだが。
「それが手を貸す条件だ。何日か観察していると、愛着湧くんだよ。まあ、死体は確保するから命令はこなしているさ。それよか、命令以上のことを考えられるようになったら進歩したって考えてもらえるよ。それもこれから説明してやる。じゃあ、さくっと死んでもらって心を折るぞ。あっちのためにもな」
そんな風にのたまうミリオン。彼こそがこのリザードマンの部族と西の魔蛇の同盟を促した『黒幕』であるのだが、シャルティアはそんなことを知る由もなかった。
忠義の在り方は人それぞれ(意味深)