オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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ミリオンはツンデレとか照れ隠しとか試しているとかじゃなくて、ガチで他のNPCが嫌いです。ローラは例外。
別にシルクが他のギルメンを嫌いってわけではなく、シルクが『全盛期のアインズ・ウール・ゴウン』を好きというだけの話。


彼の願い

「お前ら、今、俺はとても不機嫌だ。一分間でいいから話し掛けるな。殺すぞ」

 

 シルク・タングステンは不機嫌だった。

 

 いや、不機嫌などという言葉で誤魔化すべきではないだろう。控えめに言って、激怒していた。これが異形形態であれば表情が変化しないため、その感情は分かりづらかっただろう。だが、現在の彼は人間形態だ。その顔面に覆った大きな火傷を憤怒に歪ませながら、歯を軋ませていた。

 

 つい先ほどまで、シルクは王都を独りでぶらぶらしていた。いかにも魔法詠唱者という姿ではいたが、王都の冒険者や魔術師は多いらしく、それほどは目立たなかった。

 

 ある程度歩いてみたが、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフには出会えなかった。当然である。彼は近隣国家最強とまで言われる戦士だ。そこら辺をうろついているはずがない。だが、シルクは彼の家を知らない。まさか職場(王城)を突然訪問するわけにもいかない。その辺りの人間に適当に聞いたところで知っているわけもない。仮に知っていたとして、不審者極まりないシルクに教えてくれるとは思えない。

 

 道すがらに『興味深い存在』を見つけたが、それ以外の収穫はなかった。王都の全市民を見たわけではないが、それでもシルク・タングステンの興味をそそりそうな存在は片手で数えられそうだ。上級階級やその関係者に面白い人間がいれば意欲も沸くのだが、事前情報からそれは期待できそうにない。『黄金』と噂の王女だけは妙に気になるが。

 

(なんというか、変な感じがするんだよなー。王女様の話を聞く度になぜか気持ち悪くなってくる。出来れば逢いたくないかもな)

 

 若干テンションの下がった状態で帰宅したシルクは、そのまま臣下達から彼らの集めた情報を聞いた。そして、恐怖公の情報網からのある情報を聞いて、現在に至る。

 

 定時連絡のためにわざわざ王都まで来た恐怖公も、次の報告を控えていたセバスも、シルクと共に報告を聞いていたソリュシャンも、導火線に火がついた爆弾を足元に置かれたような気分でいた。下手に言葉をかければ自分がその憤怒の矛先を向けることを察しているため、誰もが無言だった。

 

 そして、重苦しい沈黙が一分どころか十分は続いた頃だろうか。

 

「おい、恐怖公」

 

 名前を呼ばれたゴキブリはびくりと身体を振るわせる。常に優雅である彼には似つかわしくない行動だった。それほどの敵意をシルクの声から感じ取ったからだ。

 

「今の報告に、嘘偽りや誇張の類は一切ねえんだな?」

「は、はい! 至高の御方々に誓って全て真実でございます!」

「そうかー」

 

 恐怖公の言葉を聞いて、シルクは笑った。つられて笑うことなど出来ない、極寒の笑みである。

 

「はっはっは。何というか、色々とふざけてんなー」

 

 元々、期待などしていなかった。だから善良である必要性など全くない。覚悟もしていたつもりだ。しかし、期待はしていなくても予想はしていた。だから、恐怖公から教えられた情報は予想外だった。いや、予想以下と言うべきなのかもしれない。

 

 ふと真顔に戻って、シルクは呟く。

 

「戦士長には悪いけど、やっぱり潰すか、この国」

 

 シルク・タングステンは優しい人間ではない。そもそも彼は生まれながらのヒトデナシだ。他人の苦痛や堕落が面白くて仕方がない。ある人物から愛を与えられていたがゆえに、普段はそれを抑えている。だが、一度開放されたらもう止まらない。だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンは最高の居場所だった。独善的に振舞いつつ、破壊的な行動をすることができたから。

 

 リアルでは環境が悪かったり手段がなかったりでそのようなことはできなかった。そこそこ要領の良い一般的な歯車として生きてきた。

 

 だが、今のシルクには魔法がある。ナザリックがある。ザイトルクワエもある。手段があって目的があって、そこから生じる利益も考えられる。躊躇う理由などどこにもない。

 

「お待ちください、シルク様」

 

 一歩前に出たのはセバスだ。彼も恐怖公からの報告で面白くない感情が芽生えたことは確かだ。そういう意味ではシルクに共感している。しかし、だからといって国を滅ぼすというのは飛躍が過ぎるのではないだろうか。関係のないものを多く巻き込む上、危険も大きい。

 

「この国の情報を集め終えたとは言えません。未知の強者がいる可能性もございます。要らぬ敵を作るような行動は控えるべきではないかと……」

「へえ?」

 

 シルクが口角を大きく上げて再び笑う。だが、それを笑顔と判断する者など存在しない。あまりにも邪悪な表情だったからだ。目には殺気さえ宿っている。

 

「てめえ、俺が誰か理解した上でそれを言ってんのか?」

 

 シルクは特殊技術を解除して、異形形態へと変化する。身体から紫色の炎が燃え上がり、人型を形成していく。紫炎の中に、黄色い亀裂の顔が浮かび上がる。攻撃力も素早さもセバスよりも低いが、実際に戦闘を行った場合、セバスが勝てる確率は皆無に等しい。単純な相性や経験の問題ではない。プレイヤーとNPCの差でもない。シルクの強さは、その性能と性格の極端さにある。

 

 シルク・タングステン――アインズ・ウール・ゴウンで最も忌避された男の一人。PVPの成績はギルドの中でも最悪に近いにも関わらず、他ギルドからの警戒心は最大に近かった。プレイヤーとしては最低だが、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーとしては最適すぎた。

 

 気に入らなければ捻じ伏せる。偽善独善上等だ。我が信念こそが我が法だ。侮辱も中傷も許さない。敵対すれば壊滅させる。悪意を以って、敵の全てを奪い取る。後悔してももう遅い。反省は生まれ変わってからにしろ。

 

 かの大侵攻に参加したギルド連合は、侵攻後に取り返しのつかない被害を受けた。だが、それは第八階層での敗北だけではない。敗退後の、シルク・タングステンによる圧倒的なまでの報復だ。決してチートやハッキングのような違法行為をしたわけではない。他のメンバーの手を借りてギルドホームに襲撃を仕掛けたわけでもない。掲示板で誹謗中傷をしたこともない。それどころか、自分達のギルドの“内部崩壊”の原因がシルク・タングステンであることに気付いたものは極々少数だ。

 

 真の悪意とは、人に全く警戒心を抱かせない。だからこそ人は容易く堕落するのだから。

 

 逆を言えば、悪意を病原菌のようにばら撒くことしか出来ないのがシルク・タングステンという男なのだが。破壊は出来ても、生産的な行動は苦手だ。生来の性分がそうさせるのだろう。

 

「申し訳ございません、シルク様。愚行をお許しください」

 

 セバスの顔の止まらない冷や汗を見て、シルクは若干居心地が悪そうな顔をした。自分がどういう態度でいたのかようやく自覚したようだ。

 

「あー、俺も悪かったよ。ちょっと熱くなりすぎた。だけど、組織や国家ってのはさ、あるべき姿を一度失ったらもう元には戻せないんだよ。そうなったらもうぶっ壊すしかない」

 

 国を車に例えるならば、このリ・エスティーゼ王国は廃車同然だ。粗悪品のガソリンで動かしていたからエンジンはボロボロ、タイヤはパンクしているのに無理に入っている上、ガラスは割れている。おまけに運転手は脳なしだ。よくも今日まで走ってきたものだ。全て買い換えた方が圧倒的に安い。

 

(さてと、やっぱり畑だな。うん、それから……。いや、先に近くから洗うか。正直うざい。『方舟』か『硫黄の雨』でも呼ぼうかな。あ、さすがに断りを入れておくか)

 

 脳内で軽くイメージを作った後、シルクはナザリックにいるモモンガへと連絡を入れる。

 

「おーい、モモンガさん」

『どうしました? 今、ザイトルクワエの観察で忙しいんですけど』

 

 自分が新しく作り出した星獣が健気に働いている姿を想像して、シルクは和む。苛立っていた精神が少しだけ落ち着いてきた。

 

「八本指とかいう組織がうざいからさ、この国、ぶっ潰してもいい?」

 

 一応許可はもらっているが、返事など聞いていない。星の器から溢れた悪意の泥が王国を飲み干すと決めた。これからこの国を襲うのは、災害の形をした人間の狂気だ。

 

 

 

 

 謎のアンデッドの軍勢に対して、リザードマンと西の魔蛇による同盟はまるで予知していたかのように陣営や罠を配置していた。これはこの同盟の一番の功労者であり、今回の戦において軍師の立場にいるあるスライムの提案だ。曰く、相手の数の多さを考えれば必ず全軍突撃を仕掛けてくる。

 

 第一の激突において、同盟側の損失は限りなく少なく、相手に対してかなりの被害を与えられた。

 

「なんつうか、思ったより上手くいるね」

 

 ぽつりと、その青いスライムは呟いた。誰に向けた言葉ではなかったが、それに反応する者がいた。リザードマン最強の戦士、ザリュース・シャシャである。

 

「ああ、上手くいっている。これも全てはハンドレッドのおかげだ」

「そうではありません。君達が頑張っているからですよ」

 

 ハンドレッドと呼ばれたスライムは、謙遜するように身体の一部を手のように振るう。このスライムこそは、ミリオンが種族由来の特殊技術で作り出した分身である。つい先日、ンフィーレア・バレアレを殺害した個体とは別であるが、ほぼ同じ時期に作り出された個体だ。

 

 アルベドやデミウルゴスでさえ失念していたと言って良い。なぜならば、彼らは不必要な分身を作り出す理由などないと考えているからだ。それは正しい認識だろう、相手がミリオンでさえなければ。

 

 この青いスライムがいつからリザードマン、ザリュースと一緒にいたかといえば、シルクにカルネ村の監視を命じられた瞬間からだ。この湖の周囲をうろついていると、彼に出会った。最初は戦闘モードだったが、ハンドレッドの見た目とは裏腹の知性ある会話を経て、現在の関係に至る。

 

 リザードマンは外部の種族を認めない文化があるため、彼の住処はザリュースの養殖場であったが。モンスターの番犬代わりとして働いていた。スライムが村を訪れることはなかったが、物好きな者達は彼の下を訪れた。そして、ザリュースですら知らない外の世界の情報を教えてくれた。彼はある人物を探している旅の途中らしく、ザリュースの生簀が形になったらこの地を去るつもりでいたと言っていた。

 

「いや、そんなことはない。お前が教えてくれた知識のおかげで、養殖も格段に進んだ」

「それは良かったね。でも、今まで形にしてきたのは君だ。僕はただ手伝いをしただけにすぎない」

 

 ザリュースに教えた知識は、ナザリックの図書館に保管されていた書籍からコピペしたものだ。今回の作戦も歴史本を読んで思いついたものが多い。だが、文字という概念に疎いリザードマンにそんなことは分かるはずもない。誰かから聞いた話であることは理解しているようだが、それは彼が人生経験の豊富さを意味していると捉えているのだ。

 

 何のきっかけもないのに、養殖などという特殊な書籍は読めない。一回や二回ならば気まぐれで済むだろうが、司書長にも不審に思われるかもしれない。だが、クレマンティーヌへの教育や常識のすり合わせという名目で図書館から借りることができた。勿論、カモフラージュのために他の分野の本も大量に借りた。

 

 本来、ミリオンはそれらの本を謹慎処分の時に『暇つぶし』として読むつもりだった。だからこそ、ンフィーレア・バレアレを殺害したし、ツアーが倒した悪魔を自分が倒したことにしたのだ。

 

「いや、それでも、あのナーガの助力は有り難かった。俺達では話も聞いてもらえなかっただろう」

「いえ、幸運ですよ。彼と敵対していたトロールは何者かに倒されてしまったようですからね。話を聞く限り、トロールの方が残っていたら今回の同盟は不可能だったでしょう」

 

 アウラとマーレならば、絶対に見落とすと信じていた。あのダークエルフの姉弟がそこまで『無能』であると信じていた。もう少しマシならば見捨てられることもなかっただろうにと、ミリオンは心の中で嘲笑する。

 

 きっと、ナーガよりもトロールの方に先に行くように思考誘導されたという自覚もないのだろう。東の巨人がいなくなったことで、ミリオンの分身体が西の魔蛇と円滑に交渉できるようになったことも知らないはずだ。

 

「それと……」

「ん?」

「アーラ・アラフという御仁の情報だが、やはり他の部族のものも知らないそうだ」

「……ええ、それだけが残念です。しかし、いつか出会えると信じております。()()()に」

 

 アーラ・アラフ。我が創造主の親友。

 

 シルク・タングステンはアーラ・アラフに出会うべきだとは言いつつ、出会いたくはないような雰囲気を出している。

 

 その理由は分かっている。シルク・タングステンに限りなく近い存在として生まれてしまったミリオンには、詳しい記憶はなくとも主人の内心が見え透いていた。それはきっとナザリックの誰にも知られてはならないことだ。知れば黙っていない連中が出てくる。

 

 聞く者が聞けば、自分のことをアーラ・アラフの被造物であると勘違いするような言い方をしているのはカモフラージュという意味もあるが、もっと別の狙いがある。あとは、このハンドレッドと名乗る分身体が死ねば完成する。

 

「それにしても、これだけの軍勢を用意できる滅びの館の主人とは一体何者なんだ」

「そりゃアンデッドの王様だろうね」

 

 憶測めいた言い方をしているが、事実だと認識した上での発言である。

 

 ハンドレッドの発言に対して、その通りだろうと納得するザリュース。

 

 突如として、爆発のような音が周囲に響く。音の方を見てみれば、紅蓮の烈火が蜥蜴人やゴブリン、アンデッド達を飲み込んで消える。衝撃に巻き込まれて、敵味方の区別なく倒れていく。

 

「まさか味方ごと攻撃しているのか?」

 

 いや、効率的な行動ではある。知性のない低位のアンデッドだ。どれだけ犠牲になったところで文句など言わないだろう。数も多いため、足止めには最適だろう。

 

 族長の一人であるゼンベル・ググーがザリュースに話し掛ける。

 

「おい、出番が来たみたいだぜ」

「そのようだな」

 

 ザリュースは舌打ちをする。先の作戦では、自分達は相手が最大戦力を出した時のために温存していくつもりだった。しかし、まさか激突があったばかりの段階で出て来るとは思っていなかった。

 

「どうするべきだ、ハンドレッド」

 

 リザードマン達のハンドレッドと名乗るスライムの評価は、強く、賢く、優しいということだった。どれも見た目に反しているが、彼のことを知る者は皆がそのように認識している。体長は通常のリザードマンの半分程度だが、西の魔蛇に負けない強さを持っているのだ。特に、スライム特有の酸や毒を使われたらリザードマン部族の族長ですら勝てない。そして、その強さに驕ることもなく、誰に対しても紳士的に接する。加えて、その知性は長老達も上回っている。だからこそ、ザリュースは一番に意見を求めたのだ。

 

 しばらく考えるような間があった後、ハンドレッドはぐちゃりと身体を曲げた。

 

「部隊は三つに分けるべきです。理想的なのは挟撃ですが、あれに近い実力を持ったモンスターが他にもいないとは限りません。僕とザリュースとゼンベル、それからクルシュは一緒に来てください。シャースーリュー殿は迂回して背後から攻撃を頼みます。リュラリュース殿はここで待機を」

「心得た」

 

 ハンドレッドの作戦に同意し、リザードマン達の族長達は二手に分かれて、爆撃が止まない地帯へと向かう。一瞬ごとにリザードマンやゴブリン達の命が散っていく。逃げようとするが、低位のアンデッドが足止めして逃げられない。

 

 ザリュース達が全力で接近している間も、爆炎は止まない。攻撃に巻き込まれないようにする者は、スケルトンやゾンビにまとわりつかれて動きが取れない。その隙を狙って、攻撃が放たれる。

 

『《火球(ファイアーボール)》』

 

 爆風に乗って肉の焼ける臭いと砕けたアンデッドが吹き飛ばされてくる。骨だけの身体であるため、軽いのだろう。そのまま地面に激突したスケルトンは動かない。元々が死体であるため妙な言い方になるが、偽りの命が死んでしまったのだ。

 

 見れば、ザリュース達の足元近くにも動かなくなったリザードマンの死体やアンデッドの残骸が多く散らばっている。

 

 次の瞬間、アンデッドの魔法詠唱者である死の大魔法使い(エルダー・リッチ)が燃え盛る死体を踏みつけながら登場した。

 

『我は偉大なる御方のシモベ。貴様らに死を与えるものだ』

 

 その態度からは他のアンデッドとは違う、知性と悪意が滲んでいた。

 

「まさか仲間ごと撃つとはな」

『ふん。この程度のアンデッドなど消耗品だ。邪魔になれば消すだけだ。それに、御方へ勝利を捧げるのに役立つならば、こ奴とて本望だろう』

 

 その腐った口から出た回答は予期していたものだ。だが、それは歓迎していない答えでもあった。言葉の裏に、アンデッドだけではなく、リザードマンへの侮蔑も感じ取ったからだ。

 

「そうか。相容れないな!」

 

 ザリュースは叫ぶと同時に剣を構える。未だに射程は相手の側だが、回避できない距離ではない。

 

『食らえ! 《火球(ファイアーボール)》』

 

 死の大魔法使い(エルダー・リッチ)の手から、燃え盛る球体が放たれようとしていた。予想していたよりも、モーションが早い。避けきれないことを覚悟で突っ込むかと考えるザリュースだが、彼よりも早く動く生命があった。

 

「ザリュース!」

 

 その叫び声とともに、青いスライムが飛び出す。スライムは変幻自在の身体を膜の盾のようにして、ザリュースを包みこんだ。

 

「ハンドレッド――」

 

 ザリュースが制止の声を上げる前に、炎はスライムに直撃する。直後、爆風が起こる。煙と熱がその場にいる生物全ての知覚を鈍らせた。

 

 煙が上がった後には、あの青いスライムはどこにもいなかった。

 

「は、ハンドレッド?」

 

 返事はない。西の魔蛇ほどではないが、自分達よりも強いスライムがあっさりと消滅した。あっけなく、何の前触れもなく、消滅した。そのことを理解してなお、彼らに恐怖はなかった。あったのは怒りだ。

 

「よくもハンドレッドを……。おのれえええ!」

「野郎ぉ!」

 

 荒ぶる蜥蜴人だったが、彼らは踏み込めなかった。恐怖で竦んだのではない。何かが彼らの足の動きを封じたからだ。水草でも絡まったのかと思ったが、そうではなかった。

 

「がっ……!」

「んだ、これ!」

 

 リザードマン達は知る由もない。彼らがハンドレッドと呼ぶ青いスライムには、死亡時に発動する特殊技術があることを。それは知る者が聞けば、ある天使の劣化版と呼ぶであろう能力だ。実際、彼の本体にもそこまでの能力はない。リザードマン達のレベルが低いことを考えても、一瞬麻痺させるのがやっとだ。

 

 もっとも、その特殊技術の発動を理解できたものはこの場にいなかった。死の大魔法使い(エルダー・リッチ)も、その特殊技術の発動など知らされていなかったため、気付くことはなかった。あのスライムの特殊技術はアンデッドには通じないが故に。

 

「え?」

 

 一瞬の硬直から回復した彼らの足を掴んでいたのは、骨の手だった。その感覚に驚いている間に、もう片方の足を腐った腕が掴む。

 

 誰が想像できただろうか。これだけ大量のアンデッドが死んでいた振りをしていたなど。指揮官である死の大魔法使い(エルダー・リッチ)がやたらと軍隊であるアンデッドを巻き込むように攻撃していたのはこのためだ。本当に攻撃を受けて行動できなくなったアンデッドと、攻撃の余波で倒された振りをしていたアンデッドを分からなくなるためだ。

 

 いつも通りの彼らならば気付けたはずだ。人間と違い、リザードマンの知覚は鋭い。相手がアンデッドであろうと、僅かに動く気配を察知できるはずだ。それがなかったからこそ、ザリュース達は隙だらけと言っても過言ではないほどの時間呆けてしまった。

 

 普段の彼らならば気付けたはずなのだ。そうそれこそ、先ほど消滅したスライムの手によって、彼らの飲食物に何か知覚を鈍らせる毒物でも盛られていない限りは――!

 

「は、離れろ!」

 

 見れば他の族長たちも大量のアンデッドに襲われていた。攻撃するというよりはしがみついて動きを封じようとしていた。一体を引き離してもまた別の方向から二体がしがみついてくる。四肢を封じられて地面に倒されると、その上から大量のスケルトンやゾンビが覆い被さってくる。

 

 大量のアンデッドに押し潰されながら、ザリュースは怒号を上げる。

 

「糞おおおおお!」

「ザリュース、助けて!」

 

 愛する雌の助けを求める声に応えることもできず、ザリュースの意識はそこで途切れた。

 

『安心しろ。此度の将軍殿の命令により命だけは助けてやろう。命だけは、な』

 

 

 

 

 蜥蜴人の族長達がアンデッドに潰されると、今度は西の魔蛇が“逃げ出した”。だが、逃走中に()()()吐血し絶命した。主力を失った蜥蜴人や西の魔蛇の配下達は戦意を失い、死の大魔法使い(エルダー・リッチ)の提案した降伏に応じた。最後まで戦い抜こうとする者もいたが、族長ですら勝てないアンデッドに為す術はなかった。

 

「ほら、終わったぞ」

「見事でありんす。感謝するぇ」

「礼はいらねえよ」

 

 肺も口もないくせに、溜め息を吐き出すような仕草をするミリオン。

 

「全ては世界征服のためだ。俺ほど御方々に世界の王になってもらいたいと願っているシモベは存在しねえよ」

 

 ――嘘だけど。

 

 ミリオンは本当はそんなことを望んでなどいない。世界征服などどうでもよい。それよりも、ミリオンには果たすべきことがある。

 

 やたらと世界征服のことを口にしているのはそのことを他のNPCに気付かせないためだ。

 

 目を閉じれば――眼球も瞼もないが――思い出す。己が生まれた日のことを。

 

『これがシルクさんのNPC?』

『うへえ。シルクさん、何この気持ち悪いスライム』

『ヘドロみたいですね』

『第六階層にこんなの配置して欲しくないんですけど……。第三階層に移動させません?』

『恐怖公とはまた違った嫌悪感がありますねえ』

『泣いていいですか?』

 

 違う。これじゃない。

 

『あれ、フレーバーテキスト何も書いてないじゃん』

『いや、だって、何書いていいか分からないんですもん。皆さんみたいにぎっちり書けているのは羨ましいですよ。拘りすぎでしょう』

『でも、何か一つは書いた方がいいんじゃないですか?』

『美女を引きずり込んで十八禁的なことをするとかは』

『黙れ弟』

『スライムだから、軟弱野郎とかどうです?』

『それだと普通でしょう。ギャップ萌えで硬派とかは?』

『いや、スライムに軟派ってイメージもありませんよ』

『あ、じゃあこうします』

 

 ミリオンに与えられた在り方はただ一つ、『アインズ・ウール・ゴウンに所属する者の中で、最も信念が固いスライムである』だ。

 

 だが、果たしてアインズ・ウール・ゴウンはナザリック地下大墳墓にいるのだろうか。ある者はいると答えるだろう。ある者はモモンガ様がアインズ・ウール・ゴウンであると言うだろう。ある者は御二方も残っていると言い張るだろう。ある者は三十九名もいずれは帰ってくださると信じているだろう。だが、ミリオンはそう考えていない。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは何処にもいない。

 

 いないのだ。ナザリック地下大墳墓にはアインズ・ウール・ゴウンなどいない。あそこにいるのは、その名前に縛られた骸骨と、それに付き合っている愚かな星霊だけだ。

 

 だから、あるべき姿ではないのだ。シルク・タングステンがナザリックにいるというのは。星の裁定者は輝きを失った墳墓にいるべきではない。他の場所に行くべきなのだ。あの御方が何かに縛られるというのは、被造物の立場から見ればかなり痛々しいのだ。

 

 我が創造主に、我が神に、ナザリック地下大墳墓もアインズ・ウール・ゴウンも必要ない。

 

 だから、ミリオンは裏切るのだ。己が創造主のために、己が創造主を裏切る。罪悪感などあろうはずがない。尽くすだけが忠義ではないのだ。あの御方に仕える資格などすでに自分にはない。他のNPC達にもない。自分の創造主がいないからといって、消去法で忠誠を誓うような者達に、星の守護者に従う資格があるはずがない。

 

(シルク・タングステン様。どうか俺達を見捨ててくれ。アンタが心を割く価値なんて、あの場所にはアンタの娘以外には存在しねえんだからさ)

 

 そして、それはモモンガでさえも例外ではない。

 

(どうすれば、あの骸骨はシルク様を裏切ってくれるんだろうなぁ?)

 

 お前が我が王を裏切ってくれたなら、あの御方もお前を遠慮なく裏切れるだろうに。彼がいなくなっていれば、きっと御方もお隠れになってくれたはずなのに。

 

「それで、あの蜥蜴人達はどうするんでありんすか?」

「モモンガ様にはこう報告しておけ。『今回の相手は多くの種族による同盟でした。様々な価値があると考えられます。彼らを対象にして、ナザリック外の存在を支配するという実験を行ってはいかがでしょう』ってな」

「成る程。つまり、玩具にしようというわけでありんすね!」

「何聞いてたんだ、この鬼畜。殺すぞ」




ミリオンの目的を端的に示すと、父親の転職。

創造主が残っているか否か。
それはきっと理解不能なほどに大きな差のはず。
まして、『最後まで残ってしまった』ことを後悔している男の子どもであるなら尚更。
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