オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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傾き

 王国の某所にある村。

 

 その村は八本指の麻薬売買部門の大きな収入源、『ライラの黒粉』の大規模な農場がある村()()()。つい数時間前までは。

 

 村は壊滅状態だった。村を警備していた者達は皆殺しに遭い、その死体は虫についばまれ、一種の地獄絵図が作り上げられていた。麻薬の原材料の畑は魔法詠唱者の放つ雷によって焼き払われていた。

 

「ちっ! しけてやがるぜ!」

 

 罵声を吐き出したのは、灰色と薄紫の気色の悪いスライムだ。彼は粘っこい身体で村長の家に隠されていた金貨や銀貨を麻袋に投げ込んでいた。

 

「麻薬の売買は隆盛傾向にあるって聞いてたんだけどよお。期待外れだぜ。まあ、販売所じゃなくて生産地だからそれもしょうがねえんだけどよ」

 

 その隣では、猫科を思わせる金髪の女が壁に大きな血文字で何やら文章を書いていた。彼女の手にある大きな筆は血で赤黒く濡れていた。女の名前はクレマンティーヌ。元漆黒聖典所属の戦士であり、現在はナザリック地下大墳墓に所属する人間の一人である。この場には『文字が書ける』および『王国の情勢をある程度把握している』という理由で選抜された。

 

「ふんふふーん。あれー? 分量間違えちゃったかなあ……。エントマ様、ちょっとその血をもらって良いですか?」

「もうぅ、しょうがないなぁ」

「ごめんなさいねー」

 

 クレマンティーヌはそう言うと、エントマが食していた肉の塊の血を筆に吸わせて再び壁に向かう。

 

「『次はお前達の番だ』っと。ほい、完成」

 

 我ながら達筆だとクレマンティーヌは自画自賛する。もっとも、この場に法国の文字が読める者はいないため、誰もが褒めることも貶すこともできないのだが。法国の文字を使っているのは、特に言語の指定を受けていないからだ。

 

「あ、そういや、みーさん。外の草は焼いちゃっていいの?」

 

 この作戦の主な目的の一つは、物資や金銭の補充だったはずだ。だからこそ、高値で取引される麻薬をあのように灰にするのは勿体無いと思うのだが。

 

「いいんだよ。その辺りの判断は俺に一任されているからな。つうか、あんなもん持って帰ってどうすんだ。シュレッダーにぶち込んでも大した金貨にはならねえし、売買ルートなんてねえんだよ。それに、シルク様はああいうの嫌いそうだ」

「ああ、納得」

 

 おそらく最後の理由が最も重要なのだろう。ミリオンにとってシルク・タングステンは絶対の存在だ。故に、ミリオンの行動の指針は彼が好きか嫌いかによる。

 

「ミリオン先輩」

 

 そんな呼称を口にしたのは、肌が黒い緑髪の少年。封印の魔樹と呼ばれ、現在ドラゴンのザイトルクワエの人間形態である。もしもレベル七十以上の敵が現れた時は、彼が異形形態になって戦闘することになっている。それこそ、カンストプレイヤーか竜王でもない限り、彼には勝てない。実際、人間形態でもミリオンを数回の打撃で倒せるほどだ。立場で言えば、クレマンティーヌの上、下から二番目といったところだが。

 

「はっはっは、『先輩』ってのは良い響きだ。まあ、『お兄』には負けるけどなー? で、何か用事か、ザイトルクワエ」

「はい。前々から気になっていたんですけど、これって何の意味があるんですか?」

 

 彼の言う『これ』とは八本指狩りのことだ。この三ヶ月ほど、一定期間ごとに八本指の拠点を襲撃している。金や物を奪ったり、情報を知っていそうな人間を攫ったり、『羊の餌』を確保したりした。その甲斐あってかなりの利益を得られたが、ザイトルクワエが聞きたいのはそういうことでないのだろう。

 

 ――御方の目的がこの程度であるはずがない。

 

 普段はシルクが指揮をしているのだが、本日はミリオンが代理となっている。だからこそ、疑問を口にしたのだ。直接シルクに尋ねるのは恐れ多いのだ。

 

 ザイトルクワエは、この中でも最も『人間』から遠い存在だ。だからこそ人助けの意味が分からない。いや、人間であるクレマンティーヌにも分かっていないようだ。

 

 ここでミリオンが説明する義理などない。しかし、変な疑問を抱えたまま働くのはモチベーションに関わる。今回はもう事後処理だけだから問題はないが、今後失敗されても困る。襲撃する予定の場所はまだまだあるのだ。そこで失敗して叱責を受けるのは現場責任者のミリオンだ。

 

「ほとんど守護者統括様と第七階層守護者様の受け売りなんだけどよ、聞くか?」

「勿論」

「聞かせてぇ」

 

 喉もないくせに偉そうに咳払いをして、ミリオンは話を始める。

 

「このまま八本指を潰していくと、この国はいずれ滅ぶ」

 

 それを聞いて全員がぽかんとした顔をする。クレマンティーヌだけは得心したような顔をしているが、口を挟むことはなしない。ザイトルクワエが首を傾げる。

 

「えっと、何でですか?」

「この国はな、八本指が深く食い込みすぎている。国王の威信はほとんど消滅して、貴族は犯罪組織と癒着、帝国との戦争で金銭も人間も物資も不足しがち。あっちこっちがボロボロだ。しかし、国民には革命を起こすだけの気力もねえ。元々滅ぶのは時間の問題だが、俺達の八本指狩りはそれを加速させている」

 

 犯罪組織が国の根幹に絡まっている時点で、王国に復活の目処などない。この国の何割かの資本は八本指が握っているからだ。そんな状態の国に未来などない。物資も人間も金銭も、八本指が消滅した時点で王国はその所持権を失う。

 

「八本指という虫に寄生されている王国は、もう自分だけじゃ生きていけねえのよ。間違いなく悪いタイプの寄生虫なんだけどな。だって、王国は貴族の力抜きではどうにもならないのに、その貴族は八本指と密接な関係にあるんだから。八本指がなくなったら、貴族の力は一気になくなるぞ。だって、違法行為って儲かるからな。新しい犯罪組織が出来た所で、どうしようもねえ。今ほどの規模を作るには時間がかかる」

 

 正直者がバカを見るのは、どこの世界でも同じだ。だが、悪人がいつまでも甘い汁を吸えるほど世界は甘くない。弱ければ誰も味方にはなってくれないが、力を持ち過ぎれば敵が増えるからだ。

 

「ここで疑問が生じるだろう。なぜ武力で王国を殲滅しないのか? こんな方法だと時間がかかりすぎるのに。簡単だ。それは余計な敵を作ることを避けるためでもあるが、時間をかけることこそ目的なんだ」

 

 もったいぶった言い方をするスライムは、身体の一部を指を立てるように変形させる。

 

「ゆっくりと、しかし明確に滅びの兆しを作っていく。ボンクラ貴族達が無視できない形でな。こうすることで、国を割る必要があるんだよ」

 

 恐怖公の情報網を頼るまでもなく、この国の貴族にはほとんど価値がないことは分かっている。だからこそ、傀儡にするなら誰でも同じということだ。

 

「まず王国はでかい。しかも、派閥はいくつかある。このまま王国が滅んだ場合、勘の良いヤツは早々に近隣国家に媚びるだろうな。その結果、現在の王国は周辺国家に吸収されつつも、新しい都市国家がいくつか出来るだろうな。そして、国に必要なものは金と力と人だ」

 

 金がなければ必要な組織や施設を作ることができない。力がなければ他国に攻められるか、最低でも不利な外交関係となるだろう。人がいなければそれはそもそも国とは言えない。

 

「おそらくだが、その王国崩壊と新国家建国のドサクサに紛れて、モモンガ様とシルク様は国の後ろ盾を得るつもりだ。いや、この場合は裏の支配者になるって言い方の方が正しいか。表向きに出ないのはプレイヤーどもを警戒してだな」

「どうしてぇ? ナザリックを国にすればいいんじゃないぃ?」

「『国』というか『権力』って存在は何かと厄介なんだよ。時には、直接的な武力以上だ。特に現在のナザリックには公的権力がねえ。皆無だ。当然だな。ナザリック地下大墳墓の存在は世間から認知されていねえんだから。それも人間の国家が集中している辺りのど真ん中に突然出現したんだからよ」

 

 そんな存在を誰が認めるというのか。現在判明している周囲国家の軍事力を考えれば無理矢理認めさせることはできるだろう。しかし、それは不要な敵を回すことになるし、歴史にどのように記されるか。ナザリックの名誉と今後のために、あえて裏に隠される道を選んだのだ。

 

 どうせモモンガやシルクは寿命のない種族だ。時間をかけても問題はない。

 

「まあ、このプランのためには帝国が邪魔なんだけどな。漁夫の利を与えてやることもねえ。近い内に、例の鮮血帝だっけ? あれを潰すことになるだろうぜ。いや、帝国こそを飲み込むつもりかもな」

 

 生まれながらの支配者、最高の皇帝、鮮血帝。そんな風に評されるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスを潰す。万人が戯言と聞き流すだろうが、ナザリック地下大墳墓の支配者が決めた以上は絶対的な決定事項だ。これから起こるのではない。すでに終わっている。

 

「だから権利を得る。国という後ろ盾があれば、それが手に入る。便利だぜ? 国という後ろ盾があるってのは。異形種だろうと大手を振って国を訪れることができる。法国や評議国とも対話の機会を設けることができるってもんだ」

「ああ、僕が暴れることで接触しようとした国ですよね」

 

 プレイヤーの影があるスレイン法国と、竜王達が存在する評議国。モモンガやシルクは全ての国を警戒しているが、やはり明確な危険性を孕んでいるこの二国は特に注意しているはずだ。

 

「そういえば、何で来なかったんだろうねー。絶対、復活間近だって予言されていた破滅の竜王と勘違いして最秘宝を持ってくると思ったんだけど」

 

 法国の意向と戦力、存在意義を幼少期から知っているクレマンティーヌからすると、不思議でしょうがない。あの先祖返りは出せないかもしれないが、隊長くらいは姿を見せると思ったのだが。

 

「あー、あれな。あの原因、俺なんとなく分かったんだわ」

「え?」

 

 ミリオンの言葉に周囲が呆然となる。なぜならば、あの作戦が不発になった理由は、至高の御方々やアルベド、デミウルゴスにさえ分かっていないのだから。別に、ミリオンは叡智を以って生み出された存在ではない。

 

「いや、御方々だからこそ気付いていないんだよなー。で、俺だからこそ気付けた。あの御方らしくもないミスではある。アルベドやデミウルゴスも薄々は感づいているんだろうけどな。簡単に言えばあの件の失敗は、()()()()()()()()()ってことだよ。どういうことかと言えば……」

 

 不意に、ミリオンが言葉を止める。

 

「……侵入者か。こいつらが蒼の薔薇だな。()()()()()()()()だな、おい。ジャストすぎんぞ。あのゲテモノ、マジでどういう脳味噌してんだ?」

 

 心底不愉快とばかりに、いつもより口調を荒げるミリオン。どうやら村の周囲に展開していた彼の分身体が侵入者を補足したようだ。

 

「んじゃ、さっさとずらかるかね。エントマ、外のナーベラルにも連絡入れろ。すぐに撤退だ」

「分かったぁ」

 

 王国の各地で断続的に発生している大規模かつ摩訶不思議な事件。その犯人は依然として不明である。

 

 

 

 

 都市エ・ランテルの冒険者組合で、王国三番目となる最高位――アダマンタイト級の冒険者チームが誕生した。

 

「おめでとう、モモンくん。これからも活躍を期待しているよ」

「ありがとうございます、アインザック組合長。非才の身ではありますが、慎んでこのアダマンタイトのプレートを戴きます」

 

 相変わらず謙遜の姿勢を崩さないモモンに、アインザックは少し驚く。最高位冒険者になったというのに、そこには一切の傲慢さがない。いや、なって当然と考えているのかもしれない。彼と彼のチームメイトはそれが許されるだけの実力者だ。

 

「このエ・ランテルに君ほどのアダマンタイト級冒険者が誕生するとは。組合長として私も鼻が高いよ」

 

 チーム『漆黒』の昇格の決め手となったのは、彼らがギガント・バジリスクを討伐したからだ。元々彼らは難度百超の悪魔を倒していたのだから妥当な成果だろう。ただ、悪魔は古い文献にしか登場しないモンスターであるため決め手にはいまいち欠けていたのだ。また、さすがに高位の悪魔を倒したというだけでアダマンタイト冒険者にするのは少々厳しかった。

 

 しかし、冒険者ならば誰もが知っている規格外のモンスター、ギガント・バジリスクの首級を上げたことで、晴れてアダマンタイトに相応しいと判断されたのだ。

 

「早速で悪いのだが、モモンくん。一つ依頼をお願いしたいのだよ」

「依頼ですか?」

 

 昇格と同時に依頼を入れるというのが少し意外だったモモンガは聞き返す。アインザックは申し訳なさそうな表情で頷いた。その態度は、色々と事情があると語っていた。

 

「モモンくんが倒した悪魔の遺体の一部を、王都の魔術師組合本部に送ることになった。その運送をモモンくんにお願いしたい」

 

 本来であれば、物資の運搬の護衛などアダマンタイト冒険者の仕事ではないだろう。しかし、物が物なだけに組合としても半端な相手をつけるわけにはいかない。

 

 いや、王都の冒険者組合へのアピールもあるのだろう。聞けば、王都には二つのアダマンタイト級冒険者チームがあるそうだ。彼らと顔を合わせておいてくれと言うことだ。倒した悪魔の遺体を持っていくことで、よりモモンの力を宣伝できる。

 

「何しろ、最近は奇妙な事件が多発しているからね。モモンくんがあの悪魔を倒してからあちこちで奇妙な騒ぎが起きているんだよ。竜王国では謎のドラゴンが出たそうだし、王国でもあちこちで村や貴族の館が襲われているんだ。モモンくんが倒した悪魔は魔術的に大変価値のあるものだ。確実に王都まで守って欲しい」

 

 ここでモモンの脳裏に、一抹の不安が横切った。『魔術的に価値がある』。ユグドラシル基準で言えば、雑魚モンスターであるが、この世界ではそこそこ強いモンスターだ。それ以上でもそれ以下でもないと考えていたが、新しい生物からは新しい技術が生まれる可能性があるのだ。

 

 もしも、悪魔の遺体から生まれた技術が、回りまわってモモンガやシルクを一撃で殺せる武器となったら? 有り得ないと笑い飛ばすことはできない。鈴木悟の世界では、人間は些細な現象から驚異的な兵器を生み出してきたのだから。

 

「……分かりました、組合長。喜んでお受けしましょう」

 

 王都までは運ぶ。昇格直後に依頼を意図的に失敗するのは少々まずい。だが、王都の魔術師組合本部まで運んだら、すぐに襲撃をかける。ついでに色々とマジックアイテムを強奪して、カモフラージュすれば完璧だ。

 

「そういえば、モモンくんは王都に行ったことはあるのかね?」

「いえ、ありませんが」

「では、王都まで行ったことのある冒険者を案内役につけよう。ああ、同行者にかかる費用はこちらで払おう。無論、モモンくん達の分も」

 

 ここで断る理由はない。それに、『モモンは無事に魔術師組合まで物資を運び、そのままエ・ランテルの帰路についた』と証言してくれる存在は必要だ。そう判断したモモンガはすぐに承知した。

 

 

 

 

 王都の高級住宅街。

 

 シルクは借りている館の一室にいた。人間形態の姿をして、ソファに腰掛けている。手には分厚い紙の束があり、顔には若干だが疲労の色が見られた。彼の傍らには鋼の執事――セバスが、正面には眼鏡にスーツの悪魔――デミウルゴスが直立していた。

 

 シルクが疲れている顔をしているのは、資料の内容以上にこの二人のプレッシャーに耐えかねているというのがある。無論、口には出さないし、出来るだけ隠そうとはしているのだが。だからこそ、シルクは気軽そうな口調を意識する。

 

「ふーん、羊皮紙の補充は順調か。さすがだな、デミウルゴス」

「お褒めに預かり光栄でございます、シルク様」

 

 モモンガの又聞きだが、デミウルゴスは聖王国両脚羊(アベリオンシープ)なる獣の牧場を作り、その獣から羊皮紙を調達しているらしい。モモンガの予想によると、単なる羊ではなく混合魔獣(キマイラ)の新種かもしれないそうだ。

 

 だが、シルクとしてはその予想は間違いだと判断している。何故ならば、本当に混合魔獣(キマイラ)の新種ならば何故それを直接報告しないのか。新種のモンスターはユグドラシルの出身者としては非常に興味深い存在だ。例のジャイアントハムスターことハムスケもそうだが、未知とは心躍る存在だ。それが分からないデミウルゴスではないはずだ。

 

 つまり、モモンガに知られたら何か問題のある種族に他ならない。ここで注目するべきなのは、それを口にした者がデミウルゴスである点だ。

 

 おそらく、聖王国両脚羊(アベリオンシープ)とは悪魔だ。それもユグドラシルにもいた種類と見た。デミウルゴスが口にしないのは、結果的に同族殺しをしているからだ。デミウルゴス本人は気にしないだろうが、自分達に気を使わせることを遠慮しての行為だろう。だが、それは杞憂というものだ。シルクは、デミウルゴスが本当に『羊』の世話が楽しんでいると理解している。。ギャップという話ではないだろう。何せ、『羊』からは皮を剝ぎ取っているのだ。一種の『共食い』を楽しんでいるというのが真実なのかもしれない。実に悪魔らしいと、シルクは笑む。

 

「例の『羊』、皮を剝ぎ取るのはいいけどあんまり苛めてやるなよ? 家畜だって大事にしてやったらその分だけ良質なものが取れるんだから」

「はい。おっしゃる通りでございます」

 

 余談ではあるが、シルクが先日潰した娼館で助けた『従業員』はセバスの提案でこの館で働いてもらっている。さすがに三人だけで長期滞在、しかも料理や掃除ができる人間がいないというのは怪しまれるという意見が出たためだ。

 

 あれ以後助けた人間の半分は、デミウルゴスの牧場で働いている。死んだ羊を潰してミンチ肉を作っているそうだ。農業や酪農は肉体労働の中でもきつい部類に入るだろうが、人間としては扱ってもらえるのだから以前よりは上等だろう。もう半分は、ローラの管理しているリザードマンの集落に送った。異種族共存の実験の一つだ。

 

「ローラは上手くやっているか?」

「ええ。報告があったと思いますが、先日は湖の北側にいるトードマンの一族を支配下に治めました。しかも、リザードマン側の犠牲はほぼ零です。見事な手腕としか言い様がございません」

「そうか。俺も父として鼻が高いよ」

 

 デミウルゴスはトードマン側の犠牲については口にしなかった。つまり、そういうことなのだろう。いくら白井絹花を象ったとしても、シルクの娘ということだ。血は争えない。それが察知できるからこそ、シルクもそれ以上この話題には突っ込まない。

 

「そういえば、デミウルゴス。お前に渡した異能写しの指輪(リング・オブ・スキルコピー)は役に立っているのか?」

 

 この世界に来たばかりの頃、ローラが廃館で発見した異能写しの指輪(リング・オブ・スキルコピー)は三つだが、新に見つかった形跡はない。だから、三つの指輪の持ち主は変わっていない。現状それで不足もないが、もしデミウルゴスが持て余しているならば他の誰かに使ってもらった方が良いだろう。あれは別に化身転生(アヴァターラ・オン)だけを複写できるわけではないのだ。しかし、シルクの心配は杞憂だったようだ。

 

「ええ。たまに人間の街に物資を補充に行くことがありますから、その際に人間の姿をしていると何かと便利なのです。私や部下は幻術が使えませんから」

「そうか、それは良かった」

 

 確かに、酪農ともならば色々な道具が必要になってくるだろう。地面と家畜だけがあれば牧場というわけではないのだ。囲いのための木々は森のものを使うとしても、釘や藁、布などの消耗品も手に入れないといけないのだから。

 

「加えて、様々な実験にも活用させて戴いております」

「実験?」

「はい。報告はシルク様やモモンガ様が満足できる成果が上がってからになりますが、よろしいでしょうか?」

「構わないぞ」

 

 下手な口出しして邪魔しても何だし、という言葉を飲み込んで出来るだけ不遜な態度を取るシルク。……モモンガもこういう演技を心掛けているそうだが、いつか破綻してしまいそうで不安だ。だが、突然態度を変えてもNPC達が困るだけだ。リアルの観点で言えば、それは社長が急に駄洒落を言ってくるようなもの。はっきり言って、こっちは困る。そのような感情を抱かせるのは本意ではない。

 

「あのゲテモノ……じゃなくて協力者のおかげで、八本指もスムーズに潰せそうだな」

 

 シルクが苦虫を潰したような顔をする。至高の御方にそんな表情をさせた存在を不愉快に思うが、『彼女』に利用価値があることはデミウルゴスも認めているし、シルク自身が構わないと言っているのでとやかく言うつもりはない。それに、デミウルゴスとしても『彼女』は非常に興味深い人間だったのだから。

 

 シルクにしては、あのゲテモノと深い関係になるつもりはない。ただし、敵に回すのは勘弁して欲しいし、殺すには惜しい。結果として、非常に不本意なことだが、彼女の提案した計画を飲むことになった。本当に不愉快なことに、シルクの()()を押さえた演出であるだけに訂正も却下もできなかった。

 

「はい。全ては御方のお考えの通りでございます。先ほど、ミリオンから連絡もありました。予定通り、『蒼の薔薇』に焼け野原となった村を目撃させられた模様です」

 

 アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』。メンバーは五人で、全員女性。リーダーであるラキュースは、貴族の娘であり、復活魔法を使える神官であり、第三王女の友人である。あと、美人だ。戦士ガガーラン、双子の忍者ティナとティア、魔法詠唱者イビルアイ。

 

 クライムという少年の縁で『蒼の薔薇』には実際に出会ったことがある。というか、割とよく逢ってお茶をすることもある。相手は純粋に楽しんでいるというよりはこっちの腹を探っているのだろうが。ラキュースは異国の話に興味があるらしく、そういった話をする。彼女とのやり取りで、タブラ・スマラグディナを思い出したのは内緒だ。ガガーランにはクライムともども貞操を狙われている。

 

 実は彼女達――特にラキュースとの初対面、ギルドメンバーとのこんな会話を思い出した。確か、あれはペロロンチーノがこう切り出したことから始まった。

 

『やっぱり「くっ、殺せ!」系はビキニアーマーの女騎士が森で触手に襲われているのが似合うと思うんですよ』

『異議あり! ペロロンチーノさん、俺はそもそもあのビキニアーマーとかいう装備の存在意義が分からん! あれ完全に防備の意味をなしてねえじゃねえか! まさか貴方ともあろう人が、露出が多ければエロいなんて三流の意見をのたまうつもりじゃないでしょうね?』

『ふっ。露出が少ない方が興奮するタイプか。その考え方にも一理はあります』

『いや、肌色成分多めは普通に好きよ? でも、何事も加減だと思うのよ。例えば、うちにも戦闘メイドのプレアデスがいるじゃん。ユリみたいなオーソドックスな――ロングスカートのメイド服がいいとは思う。でも、ルプスレギナのスリットの入ったメイド服やソリュシャンのミニスカートのメイド服も良いと思います。露出皆無のエントマもいい感じですねー。シズはあのマフラーが映える』

『その通りです! メイド服はどうあっても素晴らしいんですよ! ビバ、メイド服』

『突然入ってこないでくださいよ、ホワイトプリムさん』

『その意見には激しく同意。メイド服は良いものだ。もっと言えば、メイドは良いものだ。多分最高に良いものの一つだ。良いものは決してなくならない』

『つまり、くっ殺もなくならない』

『あと、巫女服もなくならない』

『大正浪漫も不滅だ』

『個人的には、セーラー服こそ最強だ』

『世界は萌えでできている』

『参加者が増えたところで、話を戻しますか。俺はどっちかといえばがっちり鎧を着た女聖騎士が捕虜になるとか良いシチュエーションだと思う。鎧や服を奪われるたびに露になる女としての本性。とてもそそります』

『あー、分かる』

『そういう作品ってあります?』

『良いのがあったんですけど、同じ作品に茶釜さんが出ていまして……』

『使いづらいっすねー』

『ここにも姉ちゃんの被害者が』

『モモンガさんはどう思いますか?』

『とりあえず、皆さん。一回落ち着きましょうか? 特にシルクさん。普段そういう会話しないくせに、かなりコアな性癖をばらすのはやめてください。反応に困ります』

『なぜ俺だけ責められるんだ。解せぬ。弁護士を呼んでくれ』

 

 正直、失礼極まりないという自覚があるが、思い出してしまったのだからしょうがない。尋常じゃないくらい無礼だと思うが、滅茶苦茶「くっ、殺せ!」が似合いそうだった。無論、口には出さないが。ペロロンチーノがいれば彼女達をどう評価しただろうか。

 

 あの猥談も全て懐かしい思い出である。非常にバカらしい会話だったとは思うが、今ではそのバカらしい会話をすることさえできないのだ。寂しさが募る。なお、この後ぶくぶく茶釜に折檻されたペロロンチーノに良い作品を紹介してもらった。まあ、やらなかったけど。キャラクターデザインが好みではなかったのだ。その辺りは地味にうるさいのがシルク・タングステンである。

 

 それ以外で蒼の薔薇の印象を言うのならば、『悪くない』といったところだ。最善や最優、最強には程遠いが、決して悪くはない。むしろ良い。シルクの好む『人間』としての長所が上手く折り合っているという感じだ。ナザリックの不利益になるのならばともかく、それ以外の目的では殺したくないと思うほどに。

 

 特に興味深いのはラキュースだ。ガガーランから闇の人格と戦っている云々の話を聞いて、シルクはその正体が分かった。おそらく彼女は乖離性人格障害、俗に言う多重人格だ。おそらく、伝説の魔剣の持ち主、最高位冒険者としてのプレッシャーが生み出した人格。吐き出せない感情がもう一つの人格を生み出した例は、シルクも精神病院の患者で見たことがある。噂の魔剣とやらが死の宝珠と同じインテリジェンス・アイテムで、持ち主の意識を乗っ取ろうとするタイプの呪われたアイテムという可能性も捨てきれないが。

 

 また、イビルアイも謎が多い。こっそりセバスが鑑定したところ、彼女だけがレベル五十ほどなのだ。他のメンバーは三十であるのに。いや、『蒼の薔薇』だけではなくこの国には彼女より強い存在はナザリック以外には存在しない。あと、どうでも良いことだが、『仮面の魔法詠唱者』というキャラが被るため、最近のシルクは仮面を外して包帯で顔の半分を覆うようにしている。

 

「ゲヘナの用意は?」

「準備はできております。お許しを戴けるのならば今夜にでも開始することは可能です」

「そうか」

 

 王国にはもうこれといって調べるような価値はない。協力者のおかげで恐怖公では調べようもない貴族社会の勢力図を完璧に把握できたし、アダマンタイト級冒険者と戦士長以上の戦力はこの国になさそうだ。いない虎の尾など踏みようがない。虎も竜もいないのならば、魔王たる我らが奪うとしよう。

 

 あと、最近は戦士長が宮廷魔術師の誘いをかけてくるようになった。若干、いや結構うざい。そろそろ潮時だとシルクは判断している。

 

「まあ、しばらくはいいや。機が熟したらな」

「はっ! では、私は牧場の方へ向かおうと思います」

「応。いらぬ心配だと思うが、『羊』を逃がすなよ?」

 

 意味深な笑みを浮かべたデミウルゴスが退席すると、シルクはセバスに声をかける。

 

「ちょっと出てくる」

「どちらに?」

「いつもの本屋。今日あたり、クライム少年に逢えそうな気がするからな。逢えなかったら、適当に街をぶらついてくる」

「畏まりました。御供は?」

「影のこいつだけでいいよ。指輪のこいつもいるしな」

「畏まりました」

 

 シルクは指輪を掲げながら、別の指で足元を指差す。影から悪魔が出現し、感極まったように身体を振るわせながら頭を下げる。シルクは手でそれを制して、ソファから立ち上がる。

 

 そういえば最近ソリュシャンと外出していないなー、あれデートっぽいから好きなんだよなーと考えながらドアを開いて、通路に出る。さすがにちょっと広い程度の家の中で転移魔法は使わない。

 

「シルク様」

「ツアレか」

 

 部屋を出るなり、シルクは通路で掃除をしている少女と目が合う。かつて娼館で働いていたが、セバスの提案でこの館に匿うことになった人間の一人だ。可愛いとか美しいとかよりも、愛嬌のある顔をしている。以前は会話もろくに出来ないほどに精神的外傷を持っていたが、現在ではある程度回復している。ふとした拍子にかつての光景がフラッシュバックするようだが。

 

「ちょっと出てくる」

「はい。行ってらっしゃいませ、シルク様」

「ん、ご苦労」

 

 王都から引き上げた後、彼女達をどうするかは明確には決めていない。おそらくナザリックに連れて行くことになるだろう。クレマンティーヌという前例を作っておいて良かったと思う。今回のように偽装身分の使用人として使うことが主になるはずだ。あるいは、カルネ村にでも預けるか。あの惨劇で人口が減ったため、人手には困っているはずだ。

 

 シルクは群青色のローブに風を受けながら、王都の道を歩く。

 

(しかし、いつまでも悪臭のひどい街だ)

 

 本屋の道中はすっかり見慣れたものだ。何気に、王都に来て半年近くが経過している。愛着は抱いていない。そこまで感情移入するほどシルクはこの街が好きではない。むしろ嫌いだ。ふとしたきっかけで超位魔法を使いそうなほどに。いくら掃除しても、人の腐ったような臭いは消えないのだから当然だ。今後の作戦の関係で後回しにしていたが、麻薬売買部門の長の館は早めに潰しておくべきだったのだろうか。

 

 不意に、シルクは立ち止まった。

 

「……あん?」

 

 シルクの常時発動型特殊技術(パッシブスキル)が発動した。『心の盾』と『濃霧の返答』だ。前者はユグドラシルではヘイトを向けられると発動する特殊技術だったが、この世界では単純に『敵』に対して発動するものになった。そして、後者の特殊技術は何らかの隠密系の能力を発動していた場合、その位置を探知するというものになる。この二つが発動したということはつまり、誰かがシルクを尾行しているということになる。その証拠に、急に道を変えても反応は追いかけてくる。

 

 ティアやティナの尾行ではない。『蒼の薔薇』は焼け野原になった某所の村周辺にいるはずだし、彼女達よりも若干下手くそな尾行だ。低位の魔法を使用しているだけで、専門職ではないのだろう。はっきり言って、シルクはこういう手合いが嫌いだ。舐められているようで非常に気分が悪い。

 

(……うざいな。ちょっとしばくか)

 

 そっと人気のないエリアに向かうシルク。少しだけ急ぎ足で。相手の方もそれに合わせて歩き出す。自分の尾行がバレていることには気付いているだろうから、まるで逃げるような足取りを装う。

 

 路地裏への角を曲がり、壁の隅にそっと身を寄せる。指輪に封印してあるモンスターの力によって、幻影を作って相手を待ち構える。

 

 相手が来た瞬間に、幻影を解除した。突然シルクが現れたことに、その男性は驚く。

 

「んな!」

 

 シルクは男の首を掴み、そのまま壁に押さえ付ける。空いている方の手を男の顔面にかざした。下手に抵抗すれば魔法を撃つという意思表示になるはずだ。シルクは純粋な攻撃魔法を習得していないため、使うとしたら拘束魔法になるのだが。

 

「助けを呼んだら殺す」

 

 出来るだけ声を低くして、表情と感情を殺して宣言する。男はいきなり首を掴まれて殺すと言われたことに大きく目を見開く。いや、片手の握力だけで完全に動きを封じられてることに驚いているのかもしれないが、どちらでも良い。主導権をこちらが握っていると判断しているのならばそれでよい。

 

「抵抗したら腕をもぐ。嘘をついたら目玉を抉る。無視したら鼻を潰す。言い淀んだら耳を千切る。目を逸らしたら頬を裂く。理解したら一度だけ頷け」

 

 男は冷や汗を流しながら頷く。それを確認して、シルクは手を離した。もう片方の手はかざしたまま、攻撃の意思表示をする。

 

「まず名前を聞こうか。てめえ、どこの誰だ?」

 

 シルクの予想では、王国の貴族の手先だ。戦士長への嫌がらせのためにシルクを調べていたというところだ。いや、蒼の薔薇の関係者も考えられる。プレートがないからワーカーだろうか。もしくは法国の刺客だ。件の陽光聖典の意趣返しのためにシルクを探っていると考えられるからだ。だが、この予想は大きく外れていた。

 

「へ、ヘッケラン・ターマイト。帝国のワーカーだ」

「……はい?」

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