オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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暑すぎる。
喉が渇いて夜中に起きてしまいます。


歪み

 帝国を拠点とするワーカーに『フォーサイト』というチームがいる。メンバーは、戦士でありリーダーのヘッケラン・ターマイト、ハーフエルフで盗賊のイミーナ、神官のロバーデイク・ゴルトロン、魔法詠唱者の少女アルシェ・イーブ・リイル・フルトだ。ワーカーは頭の螺子が外れた者が多いというが、彼らは全員金が欲しいという理由だけで集まった稀有な例だ。その実力は冒険者でいえばミスリル級に匹敵する。

 

 そんな彼らにその依頼の話が入った時、実に割りの良い仕事だと思った。

 

 内容はシルク・タングステンという魔法詠唱者の調査。なぜこの人物の情報が欲しいかは詮索無用。王都にいることと、商人の令嬢に用心棒として雇われていることは分かっていた。王都までの旅費や滞在費用は依頼人が出してくれるということだった。ただの身辺調査にしては妙に待遇が良いため不審だったが、結局は報酬の高さに負けた。調査の結果次第では追加報酬もあるということで、チーム一同はりきっていた。無論、何か裏があると分かればすぐに退かせてもらうつもりだが。誘拐や暗殺というわけではないため、危険性は低いはずだった。

 

 王都に到着したフォーサイトはまず聞きこみを開始した。それなりに目立つ人物らしく、方々で彼の話が聞けた。具体的な出生などについては分からなかったが、興味深い話も多かった。

 

 曰く、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』や王国戦士長と交流がある。曰く、顔面の巨大な火傷がある。曰く、彼を雇っている商人の令嬢はとても美人だ。曰く、魔術師協会で変な魔法のスクロールばかりを買う。曰く、彼が披露する詩曲は面白い。曰く、包帯に隠された顔の左半分には巨大な火傷がある。曰く、よく分からない人間である。

 

 総合的に見れば、謎の多い人物ということしか分からなかった。

 

 彼を雇っているという令嬢にも奇妙な点がなくもなかったのだが、彼女やその使用人に関しては調査の対象外だ。余計なことをして虎の尾を踏む必要もない。もし問題が起きたとしても、ワーカーである彼らを守ってくれるものは何もないのだから。仮に依頼人である伯爵の名前を出しても、あちらは知らぬ存ぜぬを通して切り捨てられるだろう。

 

 聞き込みで情報を得た後は、実際に彼を見て、尾行することになった。

 

 彼がよく目撃される街道で待ち伏せていると、すぐに発見できた。情報の通り、如何にも魔法詠唱者らしい群青色のローブを着て、顔の左半分を包帯で覆い隠している。髪や右目の色から南方の血が入っている模様だ。

 

 その姿をアルシェは観察する。彼女には看破の魔眼とも言うべき生まれながらの異能(タレント)がある。これは目視しただけで、相手がどの位階まで使用できるかを見破れるという能力だ。フォーサイトは実際にこの能力のおかげで窮地を脱したことも多い。どの位階まで使えるかは立派な情報になるはずだ。

 

 だが、どういうわけかアルシェの生まれながらの異能(タレント)はシルク・タングステンには反応しなかった。

 

「――どういうこと?」

「考えられるパターンとしては、探知妨害のマジックアイテムを常備している、彼が本当は魔法詠唱者ではないといったところでしょうか」

「いえ、魔力系魔法詠唱者じゃない可能性もあるわ」

「だけど、あの格好で精神系や信仰系ってあるのか?」

 

 首を傾げながらも尾行を続ける四人は、シルク・タングステンの歩き方のパターンが変わったことに気付く。突然立ち止まってやたらとキョロキョロしては歩き出すを繰り返している。

 

「……尾行がバレたか?」

「この距離でですか? 盗賊や暗殺者ならともかく魔法詠唱者であるならば、常時《警報(アラーム)》の魔法を使っていない限りは有り得ませんよ?」

「――でも不思議。あの人、すごく上手い歩き方をしている」

「確かに。素人目には分かりにくいけど、絶妙に人の間を縫うように歩いているわね」

 

 言っている内にシルク・タングステンは人気のない裏路地へと入っていく。一般人ならば足が遠のく暗くて不気味な雰囲気の漂う場所だ。

 

「……さすがに四人で行ったら目立つな。ここからは俺が行く。やばくなったら助けを呼ぶから、皆は待機しておいてくれ」

「分かったわ。気をつけて」

 

 仲間に見送られながらヘッケランはシルクの姿を見失わないように裏路地を歩いていく。尾行をまいたと思っているのか、裏路地に入ってからシルク・タングステンは周囲を窺おうとしない。ヘッケランにとってはそれで好都合だったが、奇妙な違和感は拭えない。

 

 角を曲がったシルク・タングステンを追おうとしたら、何もない場所から当の本人が突然出現した。

 

「んな!」

 

 驚くと同時にヘッケランは自らの失態に気付く。相手がどのような魔法を得手としているかは不明だったのだから、幻術を使用してくる可能性も考慮すべきだったのだ。

 

 後悔してももう遅い。首を掴まれて、動けない。尋常ではない膂力だ。

 

「助けを呼んだら殺す」

 

 低い声からは感情が見えてこない。それがヘッケランの恐怖をかき立てる。

 

「抵抗したら腕をもぐ。嘘をついたら目玉を抉る。無視したら鼻を潰す。言い淀んだら耳を千切る。目を逸らしたら頬を裂く。理解したら一度だけ頷け」

 

 やばい。この男は、本気でやるつもりだ。それを直感してしまったヘッケランは、嘘を考える余裕もなく、自分の身分を口にする。

 

「へ、ヘッケラン・ターマイト。帝国のワーカーだ」

「……はい?」

 

 怪訝そうな態度を取るが、当たり前のことだとヘッケランは判断する。まさか帝国のワーカーが王都にいる自分を嗅ぎ回るとは思わないだろう。交流があるという戦士長や蒼の薔薇の方面の関係者だと思うのが自然だ。

 

(早まったか? いや、ちょっとでも嘘だと判断されたら本当にやられる。今の内に……)

 

 隙をついて逃げることを考えているヘッケランの耳に、ぐちゃっという音が聞こえた。それが自分の足をブーツごと踏み潰された音だと理解したのは、とんでもない激痛に襲われてからだった。

 

「ぎゃああああああ!」

「うるせえ」

 

 顔面を思いっきり蹴飛ばされる。とても身体能力が低い魔法詠唱者とは思えない威力の蹴りだった。先ほど拘束された時も覚えた違和感だが、こと男は魔法詠唱者のくせに妙に膂力が高い。脳味噌が揺れて心身ともに重大なダメージを受けたヘッケランは地面に倒れた。口の中が切れたらしく、血の味がした。

 

「がふっ!」

「さてと。二つ目の質問と行こうか」

 

 ここでヘッケランは思い違いをしていたことに気付く。この男には、ヘッケランの言葉が本当だろうが嘘だろうが関係ないのだ。ただ尾行されていたことが不愉快だったから。いや、むしろワーカーであることで安堵してのだろう。半殺しにしても、誰も文句を言わない種類の人間だ。

 

「ヘッケランから離れなさい!」

「あん?」

 

 苛立ちを隠そうともしないシルクが声のした方を見れば、フォーサイトのメンバーがいた。先ほどの悲鳴を聞きつけたのだろう。それぞれの得物を構えているが、本気で戦闘をする意思などない。いざとなれば覚悟を決めるしかないが、脅しの意味が強い。

 

 対して、戦闘態勢にある三名を見ても、シルクは一向に構えようとしない。今の僅かな攻防とも言えない対応で理解できた。フォーサイトが四人でかかっても、この男は余裕で対処できる。

 

「ば、馬鹿、逃げろ! この男はやばい!」

 

 ()()()()()()()。今更ではあるが、ヘッケランはこの仕事を請け負ったことを後悔する。依頼人がなぜこの男を調べようとしていたかは依然として分からないままだが、ある程度の情報はあったはずだ。それがあればこのような仕事は請けなかったかもしれないと憤りを感じられずにはいられない。

 

 このシルク・タングステンという男は、関わってはいけないタイプの人種だ。法律や倫理には関係なく、感情で人間を憎悪し、破壊する。そして、悪意に貶めて破滅に追い込む。ワーカーというより、八本指や邪神教団のような犯罪組織の上位者に近い。

 

 だが、ヘッケランの直感とは真逆にシルク・タングステンの殺気は小さくなっていく。その視線はイミーナに集中していた。だが、そこに敵意や悪意は込められていない。どこか拍子抜けたような表情をしている。

 

 深い溜め息を吐き出すシルク。そこには言い表しがたい感情が宿っていた。やがて、芝居がかった動きで両手を広げる。

 

「俺は人間を嫌悪していた」

 

 突然の発言についていけないフォーサイトを無視して、シルクは続ける。特に言う意味はないが、言わない方が良いということでもない。所詮、ただの昔話なのだから。共有できる人物はどこにもいない。

 

「人間の善性など信じていなかった。人間には悪性しかないと知っていたからだ」

 

 どこか遠くを見るような表情をして、シルクは語る。文字通りの意味で遠くなってしまった光景の思い出を。

 

「お前達には分からないだろうな。俺に初めて愛を与えてくれた女性が、俺よりも不幸であったことへの安堵を。優しさが恵まれた人間にだけ許された特権ではないと知った歓喜を。薄っぺらい偽善者の戯言ではなく、真の慈愛に触れた至福を。俺のような人間でも誰かを愛せるのだと理解した開放感を。あれは、そういう生き方をした人間にしか分からないものだ」

 

 噛み締めるように言った後、どこか照れたような態度で頭を掻く。その視線は、なぜかヘッケランとイミーナの間を往復していた。やがて、性格が悪そうににやにやとしてから、急に真顔になった。

 

「だからな、何だ。あの人に免じて、お前達は見逃そう。さっさと失せろ。十秒後くらいには気が変わって殺すぞ、多分。いや、俺が去るか」

 

 コロコロと変わる男の言い分に、フォーサイトの四人は困惑するしかなかった。毒気を抜かれたというか、呆気に取られている彼らを横切って、賑やかな街道へと足を向ける。

 

「あ、最後に一つだけいいか?」

 

 だが、シルクは突然足を止めた。顔はフォーサイトには向けていない。相手の反応を待たず、シルクは問う。答えは特に

 

「お前ら何でワーカーなんてやってんの?」

「え?」

「だって、俺が知るワーカーってどっかいかれてんだよ。でも、お前らすっごいまともそうじゃん。ワーカーって冒険者と比較しても危険な職業じゃん。何でわざわざワーカーなんだ? 冒険者でも通じそうな力量だと思うけど」

 

 あっさり無効化され圧倒された身としては素直に喜べない賞賛だ。褒めたつもりは微塵もないのだろうが。逆に、貶しているつもりもないのだろう。本当に軽い興味だったとばかりの態度と口調だった。だが、先ほどの気が変わったら殺すという言葉のために、素直な回答が出来ない。だが、嘘を言っても時間を開けすぎてもまずいと判断したアルシェが代表して口を開く。

 

「――お金のため」

 

 アルシェの答えに、シルクは笑んだ。意味不明なことに、それは慈愛に溢れた聖者の如き微笑だった。顔を向けていないため、表情は彼らには分からなかっただろうが。

 

「ふうん? そういうことにしておこう。はっはっは!」

 

 別段、少女の答えは裏がない発言だ。だが、男は何かを深読みしたのか、それとも本当に心の奥にあるものに気付いたのか。妙に高らかに笑い出す。

 

「じゃあな。素敵な人生を。選択肢を間違えないことだ! はっはっは、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 

 火傷顔の男はどこか上機嫌でその場を後にした。

 

 後には何が何だか理解できていないフォーサイトだけが残された。――少女の返答が、星霊の最後の枷を外してしまったとも知らずに。

 

 

 

 

 随分と顔ぶれが変わった。

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは定例会議に出席した貴族達の姿を見て、そのようなことを考えた。彼の感じたように、実際この場所にいる人物は半年前と比較すると三割ほど変化している。別段、大きな戦争や革命運動、疫病が起きたわけでもないのにだ。

 

 しかし、理由ははっきりしている。この数ヶ月の間に断続的に発生している謎の事件だ。

 

 ある時は村一つが洪水でも起きたかのように流されていた。人も家も畑も流されているため、村として再建することは不可能だ。ある時は貴族が異常な手段で暗殺された。これがこの場所にいる貴族の顔ぶれが変わっている理由だ。

 

 当主が死んだだけで、跡継ぎや予備が残っているような家はまだよい。一族郎党皆殺しの憂き目にあった家も多いのだ。予備の予備さえ残っておらず、遠い親戚の三男坊が突如として当主に抜擢された例さえある。責任者がいない状態を許せるような余裕が王国にないためだ。

 

 しかし、ガゼフはさる筋から被害を受けた貴族や商人、村の共通点を聞かされている。いずれも、王国の裏社会を牛耳る犯罪組織『八本指』と関わりが強い者達だったのだ。単なる愉快犯やテロリストなどではなく、怨恨の可能性が高い。一件二件ならば内心では自業自得だと思えただろうが、これほどの規模となるとガゼフも犯人を突き止めないわけにはいかない。貴族の減少のしわ寄せは確実に王の心労を強くしているのだから。

 

 重い空気の中、国王が口を開く。

 

「皆も知っての通り、我が国では不可解な事件が続出している。被害は貴族や上級商人にも出ている。我は王として、この悲劇の早期解決を願っている。皆の意見を聞きたい」

 

 沈黙を貫く者がいれば、失笑する者もいる。失笑した者は当然、一連の事件を他人事だと勘違いしている者達ばかりだ。いや、事件のおかげで位が上がったり家を継げたり敵対派閥が弱体化した者もいるため、感謝を覚えている貴族も少なくはないはずだ。

 

「陛下、そのような訳の分からない者達のために時間を割くなど如何なものかと思いますぞ」

「聞き捨てなりませんな。私の贔屓にしている商人も被害に遭っています。即刻解決して負債を回収しなければなりません」

「まったくですな。帝国との戦争も間近であるというのに。このような賊に時間や労力などかけたくはないものですが」

「帝国といえば、いい加減、奴らの侵攻を撃退するのは飽き飽きしますな」

「偽帝諸共、このような暴挙を行う愚か者に我々の恐ろしさを思い知らせる時が来たというわけですな」

「まさに伯爵殿のおっしゃるとおり」

 

 愚か者はどっちだ、と口に出来ればどれだけ楽か。報告に上がっている怪事件の数々は、どれも人間業ではない。相手の正体を掴んだところで、戦闘になればこちらも無事ではすまないだろう。その気になれば王都に甚大な被害を与えられると考えても過小評価とは思わない。つまり、相手は全く全力ではないのだ。後手に回っている以上、事態はすでに手遅れかもしれないのだ。

 

 今回の下手人には、かなり高位の魔法詠唱者が複数名いる。そうなると一番の候補者は帝国だが、今回ばかりは容疑者から外しても問題はない気がする。毛色があまりにも違いすぎるのだ。そうなると、次に怪しいのは先日ガゼフを暗殺しようとした法国だ。秘密結社ズーラーノーンの仕業にしては、行動が徹底すぎている上目立ちすぎている。

 

 結局、ガゼフには王が斬れと命じられた相手を斬ることしか出来ない。単純ではない思惑が見えるからこそ、ガゼフの頭では理解しきれない。

 

(万が一の場合には、またゴウン殿やタングステン殿の助力を乞うべきなのだろうが……これ以上の貸しを作るのはな)

 

 カルネ村でガゼフと部下を助けてくれた二人組の一人、シルク・タングステンは現在王都にいる。あの一件の後、エ・ランテルで商人に用心棒として雇われ、王都まで来たそうだ。時折、家に招いて酒を飲んでいる。彼は苦手らしいので、あまり酒は飲まないが。

 

 なんとか彼が王都にいる間に宮廷魔術師になってくれるように説得しようと思っているが、口下手なガゼフでは難しい。あの口の上手さ、彼は彼で余程大変な人生を歩んだと見える。政治には関わりたくないと言っているが、その辺りも彼の出生と関係しているのだろうか。

 

 ガゼフはちらりと、普段はこの場にいない第三王女ラナーを見る。

 

 政治的な権力を一切持たないラナーがこの場にいるのは、彼女の存在を暗に報酬として伝えるためだ。つまり、この一連の騒動を解決できた貴族の家にはラナーを嫁がせると言うことだ。事態はそれほど切羽詰っている。対応次第では、事件後に国が二分する可能性も高い。実際、六大貴族を始めとした上級貴族は余裕を装いつつも、内心ではかなり慌てているはずだ。ただ、本気でどうにかなると考えている暢気な貴族がいることも事実だが。

 

(王女もまさかこのような形で婚約を決められるとは思っていなかっただろうに……。クライムともども気の毒なことだ)

 

 まさか、ガゼフはそのラナー王女がこの会議を見て心底「くだらない」と考えているなど思ってもみなかった。それどころか、彼女はここにいる全員の言葉が滑稽だと理解している。今更、自分達の利益など考えたところで何も残りはしないというのに。

 

 偽りの微笑みを顔に張り付けたラナーは、あの夜のことを思い出す。まさに自分が選ばれた人間であると強く実感した、命の王と出会った夜のことを。

 

 蛙顔の悪魔を伴い、命の王はラナーの前に現れた。王城の守りを突破するどころか侵入したことを全く気付かせないのだ。警備を呼んでも意味がないと理解したラナーは、彼らと交渉を始めた。幸いにも、相手はラナーの価値を理解してくれる程度には知性がある存在だった。『世間話』をいくらかした後、命の王はラナーにクライムのことを尋ねた。彼のことをどう思っているのかと。偽るのはまずいと直感で理解したラナーは正直に答えた。この怪物の協力を得るにはそれしかないと。

 

『私の望みはクライムと結ばれること……うーん。ついでにクライムを鎖に繋いで、どこにも行かないように出来ればもっと幸せかもしれません』

『あー、異常な性癖と切って捨てるべきなんだろうけど、少年にその姿は似合いすぎるな』

『性癖ではなく、純愛なのですが』

『いや、それはまあ、人の愛の形にとやかく言うつもりはないよ。……本当言うと、てめえに不治の病をかけて治療薬と引き換えに彼をこっち側に引き込もうとか考えたんだが、ままならないな。黄金の姫の正体が、こんなゲテモノだったとか』

『……偉大なる御方。他のどんなものでも差し上げますが、クライムだけは譲れません。どうか彼だけはお許しください』

『いいよ。どうやらあの少年は、てめえの傍だからこそ輝けるようだ。ちなみにだが、お前と少年の永遠を約束すると何くれるの?』

『そうですね。王国は貴方様ならば楽に得られるでしょうから交換条件にはなりませんね……不肖の身ではありますが、私の頭脳を必要とされる時にいつでも使えるというのは如何でしょうか?』

『悪くないな。どうやら想像以上に賢いようだ。純粋な頭脳労働担当は欲しかったところだしな』

『それから、蒼の薔薇もおつけしましょう』

『うわあ、この女、自分のことを友人だと言ってくれる相手を簡単に売り払ったよ』

『駄目でしょうか?』

『いや、大丈夫。むしろ、十分な報酬だ。あ、一つだけ言っておくぜ?』

 

 命の王は一瞬だけ、本当の感情を曝け出した。

 

『少年がお前のことを好きじゃなければぶっ殺していたところだよ、お姫様。本来ならば、俺はお前みたいなヤツが大嫌いだ』

 

 嫌悪で殺されてはたまったものではない。いや、嫌悪だけではなく未来への危険性も考えての選択肢だったのだろう。しかし、あの星霊はそうしなかった。彼がクライムを気に入っていたからだ。彼の自分への愛が結ばれることを願っていたからだ。

 

(ああ、クライム。貴方のおかげで素晴らしい御方を味方に出来たわ。貴方が私を想ってくれなければ、あの御方は私を殺していたでしょうね。きっと私達が結ばれる運命にあるという証明よ)

 

 自分の提案した計画が実行される日が待ち遠しい。こんなくだらない国などさっさと捨ててしまいたい。そして、愛する彼をゆっくり甘い蜜で溶かすのだ。神に等しい命の王も、それを望んでいる。

 

 狂気の姫君は人知れずに心の中で邪悪に微笑む。

 

 

 

 

 その日、トブの大森林近くの開拓村、カルネ村は少しばかり騒然となった。

 

「シルク・タングステン様!」

 

 かつて村を惨劇から守ってくれた救世主の片割れ、シルク・タングステンがやってきたからだ。相方であるアインズ・ウール・ゴウンの姿は見えないが、シルク曰く、環境の苛酷な僻地で修行中とのことだ。冒険者などの目安を知らない村人達ではあるが、あれほどの戦士になるのはやはり壮絶な修行を要するというのは納得のいく話だったため何も疑わなかった。説得力のない話でも、救世主であるシルクの言葉を疑うような村人はいないが。

 

「しかし、いつの間にか新しいゴブリンやオーガまでいるとはな」

「あ、あの。あのオーガ達はちゃんと言うことを聞かせるようにしましたので、別に人間を襲ったりはしないはずですので、どうか退治しないでもらえないでしょうか?」

「いやいや。俺は種族で相手を見ることはないから」

 

 そもそも、彼らは東の巨人や西の魔蛇といった森の騒動に関係して弾き出された存在だ。シルクにも責任の一端はある。それに、彼らをこの村の住人として受け入れたのは他ならぬ村人達だ。それでシルクが損得を受けることはないのだから口出しするつもりはない。

 

 一番驚いたのは、モモンガの言っていたジャイアントハムスターだが。想像よりもでかかった。毛並みの色によっては森の精霊獣っぽいよなあとどうでもよいことを考えた。成る程、確かにこれはローラが騎乗すればさぞメルヘンチックな光景になるだろう。

 

「ハムスケでござる! タングステン殿の御話は村人の方々から聞いているでござる……む?」

「何だ、ジャイアントハムスター。なぜ俺をくんくんする。食べても美味しくないぞ」

「いや、そうではなく、タングステン殿から殿の臭いがするような……」

「殿?」

 

 それがモモンガのことだと理解したシルクは少し焦る。モモンガと最後に直接出会ったのは八本指に襲撃をかける前だ。それなりに時間が経過しているため、臭いなど消えていると油断していた。

 

「それよりも、今日は村長に話があって来たんだ。時間はあるかな?」

「はい。勿論でございます、タングステン様」

 

 シルクから村長への話とは、件の八本指から助け出した人間のことだ。カルネ村はあの悲劇以来、人手が不足していた。帝国騎士らしき一団はカルネ村以外にも村を襲っており、その生き残りが移住してきたが、それでも足りない。辺境の開拓村の生活が過酷であることは明らかなため、新しい人間が入ってくることはあまり望めない。しかも、ゴブリンやオーガ、ハムスケの問題もある。だが、シルクに恩義を感じている彼らならば、そのくらいのことは目を瞑れるだろう。元々、人間として扱われることさえなくなり、人間不信になった者達だ。

 

 ただ、そこまで精神をやられた者を心理の専門家もいない村に寄越して大丈夫なのかという疑問がある。ある程度のカウンセリングはナザリックの者達で行い、人間的な生活が送れるほどには精神的回復はさせるつもりだ。それでも、村の代表者と面通しをしてある程度の信頼関係を築いておく必要があるだろう。

 

 話の途中で、エンリ・エモットは現在、カルネ村の中心人物になっていることを聞いた。村長は彼女を新しい村長として押したいと考えているとも。

 

「ふうん? じゃあエンリに来てもらった方が良いかもしれないな」

「ええ。私もそう思います。新しい村の代表者として、村の外の世界を知ることも大切なことだと思いますので」

 

 複雑な問題だったが、話は割りと簡単にまとまった。シルクがあらかじめ村の事情を知っていた上で話の行く先を狙っていたからこそだが。

 

「そういうわけで、エンリには新しい村の住人になる……かもしれない彼らと会ってもらう。まあ、かなり特殊な事情を抱えている。もしかしたらこの村には合わないかもしれない。だからこそ、新しい村長であるエンリに彼らがこの村に適合するか見極めてもらおうというわけだよ」

「まだ村長ではありませんけどね。それに、私にちゃんと判断できるかどうか」

「心配ないさ」

 

 シルク・タングステンの言葉は、エンリにとって絶対の真理に等しい。この偉大なる神が自分で大丈夫だと言ってくださったのだ。ならば、その信頼に応えないでどうするのだと己を振るい立たせる。

 

 ちょっとした長旅になるため、ゴブリン達は留守番だ。エンリの護衛が出来ないことに不満と不安を感じていたようだが、シルクが同伴するのだ。ゴブリン達はシルクが自分達よりも圧倒的に強いと肌で理解できるし、彼が信頼できる人間だということはエンリへの対応で明らかだ。

 

 出発前に妹のネムのことを村人やゴブリン達に頼み、最後にネムを強く抱擁する。ネムもそこに込められた想いに抱き締めることで返答する。

 

「お姉ちゃん、絶対に帰ってきてね」

「うん。大丈夫だよ、ネム。ちゃんと帰ってくるから」

 

 妹は不安そうに姉から離れると、密かに神と崇める男へと視線を移す。

 

「タングステン様、お姉ちゃんをお願いします」

「応。任された」

 

 荷物をまとめたエンリはシルクの用意してくた馬へと乗る。村人に見送られながら、エンリとシルクを乗せた馬は走り出す。

 

 かなり走って、村が完全に見えなくなった辺りで、シルクは馬を止めた。エンリが何事かと怪訝に思っていると、シルクはエンリに声を掛けた。

 

「さてと……。エンリ、一度馬から降りてもらえるか?」

「え? は、はい!」

 

 シルクの言うままに、エンリは馬から降りる。シルクも降りると同時に、特殊技術(スキル)を発動させる。シルクの取得している職業「エクスキューター」の中でもかなり脅威的な能力だ。

 

特殊技術(スキル)発動、シャトー・ディフ」

 

 空間が閉ざされた。

 

 風が、音が、光が、あらゆる生物の気配が、シルクとエンリを中心とした範囲で絶縁された。それはさながら脱出不可能の牢獄だ。かの監獄の名を持つこの特殊技術によって閉鎖された空間は、外界からのあらゆる魔法やアイテムによる干渉を拒絶する。世界と等価値のアイテムならば可能かもしれないが、それは他ならぬ『太陽の雫』によって無効化される。

 

「え?」

 

 突然、自分が世界から隔離されたエンリはその感覚に驚く。ある意味、時間停止を受けているのに意識はあるという状態だ。慣れなければ強烈な違和感に襲われるだろう。まして説明も受けていないのだから当然だ。エンリが呆然としている間に、シルクは次の行動へと移る。

 

特殊技術(スキル)解除、化身転生(アヴァターラ・オン)特殊技術(スキル)発動、プロミネンス・オーラ」

 

 突然、火傷顔の男から紫色の炎が燃え上がり、その身体を包む。炎はやがて人型にまとまり、顔に当たる部分に黄色い亀裂が表情を作った。エンリがその姿に既視感を覚えていると、次の瞬間には炎の色が紫から黄金や橙色と称するべき聖なるものへと変化する。その姿はまさに、人間の形をした太陽だった。

 

 エンリはその姿に目を大きく見開く。覚えていないはずなのに、彼女は自分がかつてその姿を見たことを理解していた。

 

 神の姿を再び見れたことに歓喜するエンリは、大地に跪いて祈りを捧げる。

 

「ああ、神様……」

「……今宵だけはそう呼ぶことを許そう、我が使徒よ」

 

 その言葉に、エンリは強い幸福感に支配される。この信仰は自分だけのものだ。厳密には、自分と妹だけのものだ。本当は村の住人達とも分け合いたいが、他ならぬ神からの啓示によりそれは出来ない。だが、この神の威光は全人類が知るべきものだと考えていた。

 

「エンリ・エモット。いや、エンリ」

 

 名前を呼ばれたことで、エンリの脳はとろけるような衝撃を受ける。

 

 同時に、後悔が生まれる。かつて友人だと思っていた少年に、この神を侮辱する発言をさせてしまったことだ。あれ以来村に来ていない。おそらく、都市で薬草でも煎じているのだろう。あの男のせいで、自分は神の輝きを直視できてないというのに。強い怒りが生まれるが、神の声を聞くことでそんなどうでもよい感情は吹き飛んだ。

 

「新しい村人の件は真実ではある。だが、本当の用件はあれだけではない。本当は、君に伝えたいことがあって来たんだ」

「は、はい!

 

 エンリは罪悪感と緊張と不安に襲われる。罪悪感は自分のために神にわざわざ足を運ばせたことだ。呼ばれたらエンリは地の果てに這ってでも参上しただろう。出来るかどうかは別として。緊張はこれから神託とも言うべき言葉を受けるからだ。使徒として当然の心理である。不安はもしものことを考えてだ。もしも、この神が自分達を見捨てたらどうすればよいのか。この慈悲深い神に限ってそれはないと思いたいが、絶対にありえないと誰が言い切れるだろうか。

 

 だが、エンリのそれらの感情はひどく的外れであったとしか言い様がない。

 

「エンリよ、あの日、君の両親を殺したのは帝国の騎士ではない」

 

 この真実を口にした以上、もう後には戻れない。知れば、目の前の『無垢な少女』は恐ろしい復讐鬼に堕ちるからだ。だから、本当は我慢するつもりだった。彼女を復讐鬼にしても、シルクやナザリックには利益がないからだ。至高と謳われる支配者の片割れとして、超個人的な衝動に従って愉快犯的な行動は慎むべきと考えているからだ。そして、なけなしの最後の良心がその衝動を咎めていたからだ。

 

 だが、その縛りをあのゲテモノによって外されてしまった。極端なことを言えば、こんなことをする必要性はない。あのゲテモノがあんな提案をしたのは、シルクの機嫌取りの意味合いが強い。『あなたはこういう人間ですよね?』という脅しにも似た行為だ。彼女の目的を考えれば、こちらが善人すぎては困るのだ。

 

 最後の枷も、あのワーカー達が外してくれた。メンバーの一人が金のためだと言った。しかし、シルクにはその発言の裏にある何かを感じた。おそらくだが、彼女は家族のために金を稼いでいる。そのため、危険が多くても報酬が良いというワーカーになったのだ。そこで死んだとしても、それは彼女の選択した道だ。他人がとやかく言う権利はない。シルクがこれからエンリに示す道も同じだ。シルクは示すだけで、選ぶのはエンリだ。違いがあるとすれば、エンリには全てが終わった後に全てをシルクの責任に出来るというだけの話だ。

 

(そういえば、あのお嬢さんはどうにも昔の俺にも似た感覚があったな。名前だけでも聞いておけば良かったかな?)

 

 シルクは理由なく悪意をバラまくようなことはしない。現状では、ほとんどは八本指を始めとした犯罪者や腐敗した外道貴族およびその関係者に留めてある。だからこそ、必要性が生じてしまった場合、あるいは大義名分を得てしまった場合、シルクは自分でもその悪意を止められないし、消したくないし、終わらせない。

 

「あれは、王国戦士長を暗殺するための貴族の陰謀だったんだ」

 

 ここで法国の陰謀だと言わなかったのは、これから彼女にさせることの規模を考慮してのことだ。憎むということは、憎む相手の敵になることを意味する。さすがにこの少女をブラックボックスである法国の敵にするのは気が引ける。感情的な理由だけではなく、法国に必要以上の刺激を与えたくはないというのが本音だ。あくまでも、法国には別の国の騒動に首を突っ込ませるという形を取っておきたい。

 

 それに、王国貴族の陰謀というのも嘘ではない。たとえ、法国の工作員に思考誘導されていたのだとしても、それは彼らが選んだ道なのだから。切羽詰っている国家情勢でありながら、暢気に派閥争いをして国民を見殺しにしたのは、間違いなく彼らの選択だ。ならば、その報いを受ける義務がある。

 

「え……?」

 

 エンリは神から受けた啓示に硬直していた。意味が分からなかった。どうして戦士長を殺すのに、カルネ村を襲う必要があったのだろうか。どうしてたった一人を殺すために、いくつも村を襲う必要があったのだろうか。エンリに分かったのは、それが真実だということだけだ。何故ならば、神が口にしたのだから嘘であるはずがない。

 

「帝国騎士が王国の村を荒らしている。そういうことにすることで、戦士長を出動させた。知っているかい? あの時の戦士長は最高の装備ではなかったんだ。部下の戦士も多くを王都に置いてきたんだ。エ・ランテルの衛士を村の警備に派遣することもできたけど、それを妨害されたんだ。冒険者を雇って騎士を探させることもできたけど、それを禁止されたんだ。王国貴族はガゼフ・ストロノーフを殺すためだけに、多くの国民を、君の両親を――いや、()()()()()()()。だから」

 

 強制するつもりはない。誑かしているつもりもない。あくまでも提案だ。全てを選ぶ権利は彼女にある。ただ、シルクは『こちら』を選んで欲しいというだけだ。理由は、その方が面白そうだから。

 

「エンリ・エモット。君には権利がある。君がこれから送れるはずだった平凡にして平穏の人生全てを代償に、復讐の手段をあげるけど、どうする?」

 

 彼女の手で、王国の歴史に終止符を打たせよう。きっとその方が素晴らしい終わりになる。シルクがすれば八つ当たりの強奪だが、エンリが行えば正当なる復讐に成り上がるのだから。

 

 さあ、復讐譚を始めよう。




神様の仕事は人を殺すことと唆すことですので、こうなることはある意味必然。

シルクは単純な性格なので誘惑に弱かったりします。背中押されると割りと従っちゃう。たとえ、押した相手にその自覚がなくとも。

先に断っておくと、シルクとエンリが男女の仲になることはありません。シルクは自分で育てた豚を食べられないタイプですので。
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