元々、愉悦神父や池袋の情報屋に属性が近い人格をしています。それに『初恋』という鍍金で善人ぽくあれたんだけど、それが剝がれているのが現在です。
ユグドラシルでも敵対ギルドの人間関係をめちゃくちゃにして遊んでいました。屑ですね。
王都某所の施設に、その円卓の部屋はある。犯罪組織『八本指』の長達が会議を行うための場所だ。
現在は、最近の王国全土で断続的に発生している事件についての対応について話し合われているはずだった。貴族や商人も襲撃されているが、誰も彼も八本指と深い関係にある者達ばかりだった。そして、麻薬の生産場所や秘密の保管倉庫などが襲撃されているのだから、一連の事件が八本指を標的にしたものであることは明らかだった。物資や施設の損害だけではなく、面子の問題もある。一部の貴族は事件に巻き込まれることを避けるために、八本指と縁を切りたがっているほどだ。だからこそ、この事件の主犯を突き止めなければならない。組織の存続にさえ関わることだからだ。実際、奴隷売買部門はほとんど存在しないに等しい。長であったコッコドールの変死もそうだが、王都全域にあった支部が徹底的なまでの襲撃を受けて壊滅してしまったのだ。
当初はアダマンタイト級冒険者のどちらかと思われた。しかし、襲撃が続くにつれ、彼らの可能性は捨てられた。第一に、襲撃のペースが早すぎる。大規模な組織の仕業だと判断して間違いがない。第二に、襲撃の方法が明らかに人間業ではないようなものが多い。代表的なものならば、コッコドールの死因が『餓死』だったことだろう。麻薬を育てていた村は地盤ごと津波に飲まれたそうだ。雨など何ヶ月も降っていない地域で。いくら何でも、長達も悠長に構えている暇などなくなった。早急に手を打たなければならない。おそらくは、此方が襲撃犯側に下るというところでどうにかするしかないだろう。無論いつまでも謙るつもりはないが、一時的には頭を下げる必要がある。これほどの事件を起こせる相手だ。心当たりはないが、八本指よりも強大な組織と見て間違いはない。
しかし、それほどまでに重要であるはずの会議は中断されてしまった。会議に出席外からの襲撃犯があったというわけではない。何と言っても、八本指の最高幹部達が集まっているような場所なのだ。警備は王城などの最上級層を除外すれば、王国で最もレベルの高い場所のはずだ。
会議が中断された理由は、会議に出席していた男が他のメンバーを皆殺しにしたからだ。
「あ、あああ……」
男はゼロ。警備部門の長。『闘鬼』の二つ名を持つ、裏社会最強の男。人間の
そんな男が、血だらけになった自分の両腕を見て震えていた。
部屋には、他部門の長とその護衛達の死体が散乱していた。すべて、ゼロの手によって葬られた者達である。ゼロの実力を考えれば不思議なことではない。元々、ゼロを除く各部門の長達も護衛は彼以外への対処として連れている。だが、それは流石に彼も自分達を殺すようなことはないと考えていたに等しい。
何故、このようなことになったのか。
始まりは、会議中に浮上したゼロおよび警備部門への疑惑だ。なぜならば、今回の一連の事件において警備部門だけがほとんど被害を受けていないのだ。例えば、警備部門の最大戦力、ゼロを含めた『六腕』。アダマンタイト級冒険者に匹敵するとされる彼らだが、一人も死んでいない。また、それ以下の構成員の被害もほとんどない。他の部門には一年前と比較して総員が半分以下になったところもあるにもかかわらず、警備部門だけが規模を維持できている。
警備部門に利益が流れるような仕事は無事に完遂できるが、警備部門が損害を受けるような仕事はほとんど破綻している。警備部門に警備を頼んでいる期間は何も起きない。だが、警備の契約が切れた途端に襲撃を受ける。これで警備部門と事件の関係を疑うなという方が無理がある。
ゼロもそのことは事前に感じていた。だが、ゼロはこのような事件の下手人とは無関係である。だからこそ、会議で疑惑を向けられたとしても、鼻で笑ってすませるつもりだった。俺に恐れをなして衝突を避けているんだと。だが、それは口にしたところで虚勢になることはゼロも理解していた。
しかし、なぜか、麻薬取引部門の長であるヒルマが『アンタ、今回の犯人について知っていることがあるんじゃない?』という言葉を出した途端、ゼロの心を怒りが支配した。自分でも押さえきれないほどの破壊衝動が溢れ出して、気付けば自分以外の室内にいた全員を殺していた。
ゼロ自身、分からなかった。もっと確信的な逆鱗に触れてくるようなことを言われてヒルマだけを殺すのならばわかる。だが、なぜあの程度の探りにもならない程度の発言でこれほどの激怒を起こしたのか。まるで自分の心身を血に飢えた猛獣に乗っ取られたようなだった。
「な、なんで……」
実力的には殺せることは分かりきっていたことだった。だが、本当に殺すつもりなどなかったし、殺すことになるはずがなかった。物理的に殺せるということは、社会的に殺しても良いということではない。いくらゼロが強くても、裏社会全体を敵に回せるはずがない。これもまた物理的な話ではない。精神的な話だ。例え数え切れない人間を殺してきた戦闘屋であろうと、例え犯罪組織の一部門の長であろうと、例え裏社会最強の男であろうと、例え自分以外の一切を信じていない犯罪者であろうと、世界の全てを敵に回せるはずがない。
だが、今のゼロの状況はそういう状況だ。世界の全てが彼の敵になった。
「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」
まるで幽霊を見た子どものような悲鳴を上げて、ゼロはその場から全力で逃げ出した。冷静な思考など残っていない。どこへ逃げるかなど考えられるはずがない。逃げたところでどうにかなるはずもないが、逃げる以外にどうすればよいというのか。意味不明の状況に泣きじゃくりながら、ゼロはただその場から少しでも遠くへ行くために走り続けた。その間、一切後ろは振り返らない。二度とこの場所に戻ることなどない。
彼は知らない。
この場にいたのは、彼だけではなかったということを。『六腕筆頭ゼロが他の幹部を殺した』という事実を作るために、このような茶番じみたことを起こさせたということを。自分が聴こえない歌によって支配されていたことを、ゼロは自覚できなかった。
死体しかないはずの部屋に、幼い少女の声が響く。当然、その声を聞くものはいない。
「ほな、さいならー」
白い妖精は、くすくすと可笑しそうに笑った。
「はっはっは。ああ、やっぱり人間ちゅうのは美しいなあ。ほんま、大好きやわー」
妖精はそう呟くと、待ち合わせ場所へ向かうために部屋を後にした。今後こそ部屋は死体だけになった。
長年に王国に蔓延り、貴族と癒着し、民衆を苦しめ、麻薬などで人類全体に被害を及ぼし、裏社会を支配してきた巨大犯罪組織『八本指』。その薄汚い歴史はここで途絶えることになる。
■
王都、冒険者組合で、一人の美しい女性は悩ましげな表情を浮かべていた。
「はあ……」
王国貴族にしてアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』リーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは最近溜め息が増えたことを自覚していた。
理由は、王都で断続的に発生している事件のことだ。単純に物騒だから自分や身内の心配をしているというのではない。
実際の現場を見たラキュースだからこそ断言できるが、あれは人間業ではない。第三位階魔法程度では再現不可能である。チームの魔法詠唱者イビルアイ曰く、「あれと同じことができるということは、私と同じ難度を持っていてもおかくしくはない」とのことだった。アダマンタイト級冒険者の難度は九十前後だと言われているが、イビルアイの難度は百五十である。はっきり言って、イビルアイだけで他のチームメンバー全員と戦えるほどの強さなのだ。そんな存在が犯罪組織を相手にしているとはいえこれだけ大々的に暴れているのだ。真実に近いという立場のため、心労で倒れそうだ。
しかも、転移を使えることを考えても、相手は大規模な組織である可能性が非常に高いのだ。
本当に『八本指』だけを相手にしているのならばラキュースも内心では応援できたのだ。しかし、相手は犯罪者だけではなく、貴族や商会、村人さえも手にかけている。無論、彼らが清廉潔白の身であったと言うつもりはない。詳しく調べれば法律で裁かれないのがおかしいようなことをしている者ばかりだ。
それでも、
ラキュースは以前から友人であり第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフの依頼で、八本指が麻薬栽培の拠点にしている村を焼いていた。犯罪行為であるし、冒険者組合の『国家の事情には干渉しない』という規則に反するため、極秘の依頼としてだが。
一連の事件の始まりは、おそらく八本指奴隷売買部門コッコドールの死だろう。正しくは、娼館襲撃か。ラキュースやラナーもどうにかしなければならないと考えていた場所だった。金さえ払えばどんな快楽でも得られるという噂のあった店であり、襲撃されたと聞いた時は安堵さえ覚えた。だが、詳細を聞いた途端、悪寒が走った。餓死させられたコッコドール、館内に残された大量の血痕、消失した利用客や従業員、全く存在しない目撃証言、意味深な血文字。
そして、悪夢はまだ終わらない。その正体や目的さえも掴めていない。
ラナーからは『私達の手に負える問題ではないわ。お父様達に任せましょう。でも、力が必要になった時はお願いね』と言われている。自分よりも遥かに賢い『黄金』の姫君がそう言うのだ。確かに、自分達に出来ることなどない。できることは未知の相手が次に襲いそうな八本指の拠点を探すことくらいだが、それは少し前に入れ違いになった。
「……はあ」
「鬼リーダー」
「鬼ボス」
「何よ」
かなりイラっとした態度のラキュース。その不機嫌な理由を察せられるメンバーはそれ以上突っ込まない。普段ならばティアとティナの二人がいじるのだが、彼女達も参っているのだ。そこで、ガガーランが世間話を始める。
「そういえば、例の新しいアダマンタイト級冒険者チームっていつ来るんだっけ?」
「彼らなら、すでに王都に到着したそうだ。依頼である悪魔の死体の運搬が終わり次第、こちらにも顔を出すだろうな」
数ヶ月前、エ・ランテルで強大な悪魔が出現したが、それを倒したのがそのチームだと聞いている。事件の解決により銅級から一気にオリハルコン級まで飛び級し、あのギガント・バジリスクを倒したことで王国三番目のアダマンタイト級冒険者となったらしい。
「えっと、確か……」
「チームの名前は『漆黒』。リーダーは魔術師で、他に剣士と神官の三人構成となっている。リーダーのモモンが着ているローブが黒色であることから『漆黒』と呼ばれるようになったそうだ」
「神官のルナは美人らしい。楽しみ」
むしろそれしか興味のない口調の忍者その一。
「それから、王都への案内で『漆黒の剣』という金級の冒険者チームも一緒に来ているそうだ。まあ、ランクも低いから大した情報はないな」
「全員男で一人、若い子がいるらしい」
なぜかついでの方に興味を示す忍者その二。
「それでよ、イビルアイ。エ・ランテルに出た悪魔は難度百五十だとかいう噂もあるんだけど、有り得るのか?」
ガガーランの言葉の裏には、例の事件と関わりがあるのかを尋ねている。一部の上級悪魔には高位魔法を使用できるものもいる。事件の犯人が悪魔ないし悪魔使いであることは十分に考えられるのだ。
「どうだろうな。実物を目にしない限りはなんとも言えん。仮に見たとしても、運ばれてくるのはただの死体だ。どこまで参考になるかは不明だな。難度は単純な大きさだけでは計れないものなのだから」
「じゃあ、私からも質問。その悪魔はどうしてエ・ランテルに出たのか分かる?」
「それも分からんさ。ズーラーノーンが召喚したという話もある。だが、召喚されたモンスターは死ねば消滅するが、例の悪魔はこうして死体も残っている。それと、ズーラーノーンがアンデッドではなく悪魔を使用したというのも気になる話だ。召喚者はどうやら悪魔の腹に収まったようだからな」
「成る程……」
結局、関係性のない点と点の可能性が高い。自分達はこれからも走り回らないといけないだろう。先日、冒険者組合長から遠回しに釘を刺されたが、ここまで来ればせめて相手と直接出会って話をしたい。そして、その真意を問い質したい。
そうラキュースが考えていると、冒険者組合の中に入ってくる二つの人影が目に入った。どちらもよく知っている人物だ。
「結局のところ、物事には『保険』を張っておく必要がある。何事にも失敗は起こり得るからな。物理的な戦闘でも精神的な舌戦でもな。失敗を前提に考えるなど臆病だと言うバカもいるだろうが、絶対に成功するなんて保障は神様はしてくれねえからな。必殺の一撃を持つことはよいことだが、その一撃が防御されたり回避されたりした場合の繋ぎの攻撃を持っていることは非常に大きい。いや、攻撃ではなく切り替えの早い防御や回避でも良いかもしれない。何と言っても、少年は近接戦しかできない戦士なのだからな」
「はい。ご指導ありがとうございます。タングステン様」
「よせよせ。この程度は指導の内に入らんよ。というか、俺も保険を作っておいたおかげで仕事で助かったことがあってな。いやあ、世の中予想外のことはいくらでも起きるもんだね」
一人は少年。もう一人は群青色のローブを着た魔術師然とした二十代後半の男性。顔の左半分を包帯で覆い隠しているが、その下には大きな火傷が広がっている。
少年の方はラナーの護衛であるクライム、青年の方はクライムの縁で知り合ったシルク・タングステンという魔術師である。職業は、ある商人の用心棒。あくまでも話をする程度の仲だが、中々博識で、面白い人物である。イビルアイ曰く、「偏りが強いが、かなり博識だな。歴史に関しては私が上だが、魔法やモンスターに関しては私より上かもしれん。戦闘能力は分からんが、足運びからしてかなり強い部類だな。魔法詠唱者のくせに肉弾戦もできる口だぞ、あれは」とのことだった。
――神の視点から言えば、蒼の薔薇が全員で掛かったとしてもシルク・タングステンには勝てないだろう。攻撃力でいえば、『この姿』のシルクはイビルアイに負ける。素早さに関しては、ティアとティナにも負けるほどだ。しかし、豊富な特殊能力と桁外れの耐久性で圧倒できるのだ。シルク・タングステンの恐ろしさは、実際に殴ってみないと本当の強さを知れないところにある。
「小僧にタングステンか」
「はい。お久し振りです、皆様」
「どうも、蒼の薔薇の皆様方。本日も大変お美しくて何よりだ」
お世辞にしても『とりあえず』感の強いセリフだ。だが、いつものことなので蒼の薔薇は気にしない。
「今日はどうした? ついに冒険者に登録でもするつもりか? それとも、暇つぶしにいつものように詩でも歌いに来たか? 吟遊詩人でもあるまいに」
「うっせえよ。ありゃ金にもならん趣味だ。吟遊詩人のやつは仕事だ。一緒にすんな」
シルクは時折、蒼の薔薇やクライムを対象にして物語を披露する。本人は素人の趣味だと言っているが、十分にお金を取れるレベルの独創的な内容の話ばかりだ。
内容は選定の剣を抜いた少年王の話だったり、十二の難行を成した益荒男の話だったり、聖地を取り戻した聖女の話だったり、魔王を倒した理想王の話だったり、大航海を楽しんだ海賊の話だったり、母国を守るために吸血鬼に堕ちた君主の話だったりした。ラキュースのお気に入りは、太陽と雷光の異父兄弟の物語だ。彼の話を聞いた後だと、ラキュースは秘密のノートに書く内容が非常に捗る。
ただ、一つの傾向として、彼の語る話はほとんどが悲劇で終わる。そのあたりは、彼の人間性に大きく関係しているのように思う。冒険者のマナーとして、仲間にもこれまでの人生に関しての詮索は控えている。だが、どうも彼の歩いてきた人生が気になって仕方がない。決して恋とかそういう感情ではないが。
「いえ、実はラナー様からアインドラ様に伝言がございまして。タングステン様とはそこの道でお会いしまして」
「伝言?」
「はい。近々動きがあるようだから準備だけはしておいてくださいとのことでした」
この言葉に、流石はラナーだと舌を巻く。正体不明の相手の動きをどうやっては知らないが、察知したようだ。考えられるのは、王国上層部の会議の内容を誰かから聞いたということだろう。しかし、ラキュース達でも分からない情報を誰が手に入れたのだろうか。一連の事件の関係で、宮廷に出入りする貴族の顔ぶれはかなり変わった。質という面では、悪い意味で変わった。その程度の人間達が立派な情報網を持っているとは考えづらいのだが。
「ふうん? なんか仕事っぽいな。お前らも大変だね」
「他人事だな」
「そりゃ他人事だからな。俺はお前らみたいな真っ当な人間とは違うんだよ」
興味がないというよりは嫌悪があるといった態度でシルクは続ける。包帯に隠れていない顔の右側はどこか嘲笑を湛えて歪んでいた。
「俺は人間が嫌いだ。人間という脆弱でありながら身の程を弁えず、竜にさえ挑もうとする傲慢さが嫌いだ。だからこそ、俺はヒトデナシなのさ」
非常に人が悪そうな顔をしてそう言うシルク。だが、ガガーランがにやりと笑った。
「へー、知らなかったな。ヒトデナシは転んだ婆さんを家まで背負ってやったり、酔っ払いから少年を助けたり、溺れている犬を助けに川に飛びこむんだな」
「困っている人を見たら助けるのは当たり前だからな」
ほとんど反射的に口にしてから、はっとした態度になるシルク。そして、視線を蒼の薔薇やクライムから外して、上擦った声を出す。
「ち、ちげえし。婆さんを運んだのは筋トレだし、偶々前を見ずに歩いたら酔っ払いにぶつかっただけだし、暑かったから川で水浴びしただけだし」
「タングステン様、嘘が下手すぎますね……」
クライムや蒼の薔薇の視線に耐えられなくなったのか、シルクは露骨に話題を逸らしにかかる。
「ああ、そうだ。アインドラ殿」
「ラキュースでいいですよ? それに、殿もいいです。タングステンさんの方が年上なんですから」
「……やめて、そういうこと言うの。歳を取ったことを実感しちゃうから。結構気にしてんだよ。俺もう三十路近いんだよ……」
やっぱりこの人は面白いなー、気疲れが微妙に安らぐなーとラキュースが思っていると、ガガーランが身を乗り出す。
「まあ、その歳で童貞は悲しいよな。どうだ? 今からでも俺と寝ないか?」
「黙れ、筋肉。俺は俺の神に純潔を誓っている。俺がこの純潔を捨てる時は、俺が俺の神以上の何かを見つけた時だ」
「言い訳にしか聴こえないぞ」
「黙れ、ちみっこ。泣くぞ、てめえ」
「はいはい。話がどんどん変わっているわよ。それで、タングステンさん、脱線してしまいましたけど、何を言おうとしたんですか?」
少しばつが悪そうな顔をするシルク。
「実は俺の雇い主が近々国に帰るそうなんでな。多分、これがお前達との最後の話になりそうなんだ。今日来たのはそれが理由。最後の挨拶をと思ってね」
「えー! そんな……」
「それは、何というか。残念です。タングステン様の話される物語はとても面白かったのですが」
表情や言葉を取り繕う余裕もないラキュースとクライムを見て、シルクは愉快そうに大笑する。
「はっはっは! こんなたわいもない話をそこまで楽しんでもらえたなら嬉しい限りだ。じゃあ、最後なんだ。とっておきの奴を出そう」
急に真顔になるシルク。その表情は真面目そのものだった。それでいて、その黒い瞳はここではないどこかを見つめているようだった。
「一人の女の話をしよう」
その言葉を発した瞬間、周囲の声が小さくなる。シルクは蒼の薔薇とクライムだけに物語を聞かせているつもりだろうが、実際は周囲の皆が聞いている。彼の語る物語に、誰もが耳を傾けた。
「人間として生まれ、人間のために戦わされて、人間を憎悪して悪魔に成り果てた。そんな哀れで狂った復讐者の話をしよう。女の名前はモンテ・クリストという」
■
王都某所の館。かつて八本指の拠点として使われていた場所に、金髪の女と、人型になった植物ドラゴンと、薄気味悪いスライムがいた。別段、この館の主人をナザリックの支配下にしたというわけでもないのだが、館の主人と鉢合わせになることはない。この館の主人はもう戻って来ることはないのだから。
「邪魔するでー」
部屋に入ってきた純白の妖精。後ろには人間の少女を連れ添っている。ローラの姿を確認すると同時に、クレマンティーヌとザイトルクワエが頭を下げる。元々素養のない二人ではあるが、精神年齢が上のはずのクレマンティーヌよりも、ザイトルクワエの方が様になっていた。
「ローラ様、どうも」
「お久し振りでございます、お嬢様」
正反対な態度で出迎える二人に対して、ローラはやや憤慨した。
「そこは『邪魔するなら帰ってー』と言うところやろうが!」
そんな理不尽なと心で呟くクレマンティーヌと、姫君の要望に応えられなかったことを嘆くザイトルクワエ。ミリオンはなぜか無言だった。いつもならば、彼がローラの我が儘を嗜めるはずだが。
「えっと、お兄、何で黙っとるん?」
「さあ。今朝からこの調子でして……」
今日、前々から長期間に計画されてきた例の大規模作戦が決行される。ミリオンはその作戦に思うところでもあるのか、最初からあまり乗り気ではない。しかし、彼の分身体の能力は非常に便利であるため、強制参加である。元々、彼の創造主であるシルク・タングステンの考案した計画なのだから、彼が参加するのは当然のことである。だからこそ、このヘドロ型スライムは今朝から不機嫌だった。
しかし、いくら不機嫌だとしても、愛する妹であるローラが来たというのに無反応なのは奇妙だ。
「おーい、お兄ー。可愛い可愛いローラちゃんやでー。おーいって」
ローラがミリオンのお世辞にも綺麗とは言い難い身体に触れようとした瞬間だった。ミリオンの身体が大きく膨れるように動いた。
「ふざけんなあああああああ!」
「うお! びっくりした!」
「え?」
なぜか驚いた様子のミリオンは周囲を確認する。皆、呆然としていた。
「お、おお? 悪い。思わず寝言を」
「みーさん、何? 変な夢でも見たの? てか寝てたの?」
ミリオンは目玉も瞼もない。肺もないため寝息もかかない。加えて、普段は饒舌であるが今日は朝からひどく無口だった。そのため、その場にいた誰もが彼が眠っていたことに気付かなかった。
「ああ、ひでえ悪夢だったよ。って、ローラ、いつの間に」
「さっき来たばっかりやでー。てか、お兄、スライムのくせに眠るん?」
「スライムだって寝るよ。生理現象っていうよりは嗜好だけどな。……ちっ、昼寝で悪夢を見るのは割りに合わないぜ。あの糞悪魔と蟲野郎、勝手なことほざきやがって……」
舌もないのに舌打ちをするミリオン。悪魔と蟲という言葉から察するに、デミウルゴスとコキュートスの夢でも見たのだろう。詳しい夢の内容を聞こうとするクレマンティーヌだったが、聴こえてきた足音によってそれを中断する。ナザリックに所属して半年も経過していない彼女だが、上位者の足音程度ならば把握している。無論、意図的に分からなくされると彼女程度では見抜けないのだが。
部屋の扉が開かれ、そこから現れたのは眼鏡とスーツの悪魔、デミウルゴス。その顔にはおぞましい笑顔が浮かびあがっていた。宿っているのはこれから起こる悲劇への喜悦。
デミウルゴスの後ろには、第六階層守護者であるマーレや魔将達が続く。
「シルク様より連絡が入った。最後の仕込みが終了したそうだ」
その言葉に、場にいた全員が振るえ立つ。
今回の作戦はただ貴族を殺し、物資を奪い、一人の少女の復讐を遂げるというだけではない。この国を滅ぼして新国家を作り上げるための前準備だ。もし成功すれば、シルク・タングステンはきっといつまでもナザリックにいてくれるはずだ。一名を除いて、それを強く願っていた。
デミウルゴスはその視線を、ローラの後ろに立つ少女へと向ける。今回の主役とも言うべき人物だ。何も知らない者が見れば、仮面とローブという魔法詠唱者と判断できる姿だ。これは彼女の元々の持ち物ではなく、シルクが貸し与えたものだ。これから作り出す『復讐者』という偶像の衣装と言うべき姿。
本来であれば、一度殺してシルクの手によって星獣にするべきなのだろう。だが、シルクの趣向には微妙に合わないし、今後のことも考えれば少女は『人間』の方が良い。何せ、彼女はこれから長い歴史において英雄として名前を残さなければならないのだ。だが、それは彼女の本名ではい。
デミウルゴスは少女を本名ではなく、シルク・タングステンによって与えられた記号で呼ぶ。
「モンテ・クリスト。準備はいいかね?」
モンテ・クリストという名前は、ある世界において最も有名な復讐譚の主人公が使用した偽名だ。そして、この世界においても、これから復讐者の代名詞となる。ただし、一個人を示す名前としてではなく、概念であり、偶像としての名前だ。これからこの名前を名乗る者は時間も国家も超えて、人間社会に出現し続けるのだ。復讐という名目で全てを破壊し、ナザリックに利用される人形。それがモンテ・クリストという名前の意味になる。
「はい。ヤルダバオト様」
始まりの復讐者となることを了承した少女の右手の人差し指には、奇妙な指輪がはめられている。
指輪に封印されているモンスターは、
「それでは、これより『ゲヘナ』を開始する」
命の王が求めるまま、悪魔はタクトを振るう。
「作戦の確認をする前に、それに関する諸注意を改めてしておこう。シルク様が気にかけていたからね。まず、子どもは殺してはならない。この子どもというのは十歳を基準と考えたまえ。つまり、マーレと同じ程度の背丈だね。それ以上は殺しても構わないそうだ。また、不可抗力による殺害も許可するとのことだ。次に、ナザリックに所属する者の名前は一切出さないこと。今回の悲劇の主犯は『魔王ヤルダバオト』なのだから。最後に、ワールドアイテム『傾城傾国』への警戒を忘れないこと。――各員承知していると思うが、失敗は許されない。心してかかるように」
デミウルゴスの言葉に頷く同胞達を見て、ミリオンは創造主のことを憂う。
(でもさ。お前は誰でもいいんだろう? 最後まで残ってさえいれば、モモンガ様でもシルク様でも良かった。他の連中も同じだ。俺も、お前達と同じ立場ならそうだったんだろうけどよ)
ミリオンは、かの千五百人の大侵攻がある直前に製作されたNPCだ。だから、その人格はシルク・タングステンが最も穏やかだった時代の影響を強く受けている。そんなミリオンだからこそ考えてしまうのだ。
人間の少女をちらりと見る。彼女には迷いがない。本来ならばあるはずの葛藤や恐怖、逡巡がない。なぜならば、シルク・タングステンが言葉でそれを剝ぎ取ったからだ。底無し沼のように、一度足を取られたら抜け出すことはできない。星の裁定者とはそういう存在だ。
我が王は随分と変わってしまったと。いや、此方が本質なのかもしれないが、今まではそのように思えなかった。蓋をしていた人格が誰かによって開けられてしまったのだ。それが誰かは分からない。だが、かつての王が望んでいた姿と今の在り方は異なるもののはずだ。今のシルク・タングステンの愛し方では、きっと誰も救えない。
だから、あの御方にナザリックもモモンガもアインズ・ウール・ゴウンも必要ないのだ。だって、本当は誰もあの御方を求めていないのだから。何より、あの御方自身が自分達を必要としていない。あの御方にとって、自分達は『捨て損なった存在』でしかない。
取り返しのつかない所まで堕ちる前に、あの御方はナザリックから離れなければならない。例え、世界の何が犠牲になろうとも。
初の活動報告を書いたんでよろしければ見てください