オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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更新が遅れてもうしわけありません。
パソコンのキーボードが壊れたり、卒業論文を書いたり、バイトが忙しかったり、就職活動をやったり、人類の未来を取り戻したりしていたもんで。


乱れ

 一人の女の話をしよう。

 

 悲しい女の話をしよう。

 

 女の名前は、分からない。彼女の本当の名前はどんな書物にも残らず、口伝もされなかった。彼女はそれだけの罪を犯してしまった。それだけの悪意を向けられてしまった。

 

 それは強い女だった。彼女が拳士だったのか騎士だったのか、あるいは暗殺者か神官だったのか、はたまた魔術師だったのかは語られていない。とにかく、強い女だった。それこそ、男でも彼女には勝てる存在がいないほどに。

 

 彼女は英雄だった。彼女は最強だった。彼女は聖女だった。彼女は生まれ育った国を愛する人間であり、弱い民を守る戦士であり、偉大なる王に仕える臣下であり、神に祈る信心深い使徒だった。まさに歴史に名前を残すに相応しい女だった。彼女は誰かのために強くあれる自分を誇りに思っていた。

 

 だが、彼女の周囲の人間は彼女を否定した。

 

 王は嫉妬した。彼女が自分以上に民に尊敬されるから。

 

 友は憎悪した。彼女が自分以上に出世するから。

 

 民は恐怖した。彼女の力がいつ自分達に向けられるか分からないから。

 

 神は激怒した。彼女が自分以外のために力を振るうから。

 

 女は全てに裏切られた。いや、最初から女の味方などいなかったのかもしれない。女の愛は間違っていたのかもしれない。女は、そんな立派な生き方をするべきではなかった。人間など信じるべきではなかったのだ。

 

 女は王位を簒奪しようとしたという濡れ衣を着せられた。誰もがそれを冤罪だと理解しながら、誰もがその嘘を真実だということにした。

 

 監獄に幽閉された女は、最後まで信じていたというのに。きっと誰かが助けてくれると。きっとこれまでの善行や愛、信仰が報いてくれると。――だが、彼女の人生に対する報酬は、他人から向けられる負の感情だけだった。

 

 魔女だと、悪魔の子だと蔑まれ、何もないまま、何も言えぬまま、何も癒えぬまま。女は死のうとしていた。死にたくなどなかった。彼女は国のために、民のために、王のために、神のために戦ったというのに、誰も彼女を助けなかった。いや、むしろ彼女を殺そうとした。これが裏切りではなくて何だと言うのか。誰も彼もを怨んだが、何もできなかった。

 

 そんな女を哀れに思ったのか、いや、単に興味を示しただけだろう。ある悪魔が面白半分に、死にかけの女に契約を持ちかけた。悪魔の名前はヤルダバオトといった。

 

「力が欲しいですか? 復讐がしたいですか?」

 

 悪魔は、女に仮面を差し出した。被った者に絶対的な力を与える禁忌の仮面を。

 

「復讐がしたい……私を裏切った奴らを全員殺したい!」

 

 彼女が仮面を受け取ったのは、決して彼女が彼女を貶めた者達の言うような魔女だったからではない。ヤルダバオトが言葉巧みに騙したからでもない。

 

 彼女が『人間』だったからだ。悪魔の仮面を被った以上、彼女は人間と呼ぶのは的外れだ。しかし、その身の程知らずなほどの憎悪と、世界を焼き尽くすばかりの憤怒は人間としか言えないものだった。

 

 仮面に力を与えられた女は、牢獄から脱獄した。そして、今までの名前を捨てて、モンテ・クリスト――恩讐の彼方より舞い戻った復讐者を意味する名前を名乗った。

 

 久し振りに青い空の下に出た女は、最初に殺した。自分を捕らえた衛兵を殺した。自分を殺す予定だった処刑人を殺した。自分に冤罪を被せた裁判官を殺した。自分を信じなかった民を殺した。自分を疎んだ王を殺した。殺せるものならば神様だって殺しただろう。それでも、女の怒りと悲しみが癒えることはなかった。

 

 殺して、殺して、殺した。それが間違いだと理解しながら。女はただ誰かに「ごめんなさい」と言ってもらえればそれだけでよかったというのに。

 

 誰もそんなことはしなかった。

 

「近寄るな、魔女め!」

「やっぱり、お前はバケモノだったんだな!」

「死んでしまえ!」

 

 後悔の表情も、謝罪の言葉も、懺悔の態度もない。誰も彼女を裏切ったことを悪いとは思っていないし、間違ったとも考えていないのだ。これが人間だったと、自分の生き方は間違っていたのだと、女は理解してしまった。こんなもののためになど戦わなければ良かったと、憎悪と後悔を抱くしかなかった。そこにかつての美しく強い女はいなかった。そこにいたのは、自分自身にさえも裏切られた哀れな魔女だ。

 

 そして、そんな女の胸を『真の英雄』の槍が貫く。誰からも求められないまま、誰からも拒絶されたまま、女は断末魔とともに死を迎える。

 

「私の憎しみは消えない! 世界の淀みとなって、永遠にお前達を苦しめるだろう!」

 

 人々は女の死に安堵した。やはり、誰も後悔などしなかった。

 

 だが、悲劇は終わりではなかった。仮面には、女の怨念が宿った。仮面は人から人へと渡り続け、悲劇を生み続けた。仮面の力は以前よりも凶悪なものと化し、次々と人々を狂わせ、復讐の連鎖を生み出した。

 

 ある時は、国を捨てた皇女だった。ある時は、路地裏で死にそうな娼婦だった。ある時は、金に飢えた神官だった。ある時は、愛を求めた暗殺者だった。ある時は、復讐を誓った戦士だった。ある時は、理不尽に家族を奪われた村娘だった。仮面の所有者の数だけ憎悪があり、悔恨があり、憤怒があり、恩讐があり、悲劇があった。仮面は今日も誰かの手に渡り、復讐の力を宿して、悲劇を起こす。

 

 仮面の力を求める鬼の子よ。仮面の心を救う神の子よ。仮面の魂に焦がれる人の子よ。復讐鬼の物語に魅入られた者達よ。次なるモンテ・クリストとの邂逅を望むのならば、この言葉を送ろう。

 

 ――待て。しかして、希望せよ。

 

 

 

 

「え、何この空気」

 

 誰にも聞こえない程度の小声ではあったが、モモンガもといモモンはそんな独白を漏らした。

 

 場所は王都冒険者組合。

 

 エ・ランテルの魔術師組合と冒険者組合の合同の依頼である、悪魔の死体の運搬。それが問題なく終了し、折角だからと冒険者組合に顔を出せば、奇妙な沈黙に満ちていた。

 

 しかし、完全に誰も口を開いていないかと言えば、そうではない。室内の一角にあるテーブルに、五人の女性と一人の少年、一人の青年が腰掛けている。

 

 青年は、モモンガがよく知る人物、シルク・タングステンだった。現在、冒険者組合では、彼が物語を披露していた。手には書物の類がないため、朗読ではない。手に楽器もないため、詩曲とも言えない。文字通り、ただの「御話」だった。

 

「以上が、モンテ・クリストの物語。ご清聴ありがとうございました」

 

 シルクと同じテーブルに座っていた六名が拍手を送る。大きくではなく、小さく静かにだ。そして、周囲にいた冒険者達も本当に小さな拍手を送った。

 

 それを見て、ルプスレギナとコキュートスはちょっとだけ不満に思った。御方が物語を披露してくださったのだからもっと感動を大きく表現するべきだと。無論、ここにいる二人はシルク・タングステンという人物を知らないことになっているため顔に出ないように努める。

 

 モモンガの記憶が正しければ、確か、シルクの物語に登場した「モンテ・クリスト」という名前はアレクサンドロス・デュマ著『巌窟王』――この名称は日本だけのものらしい――の主人公が用いた偽名だ。詳しい内容は覚えていないが、エドモンが復讐のために使った名前がモンテ・クリストだったはずだ。ウルベルトとシルクが熱く語り合っていたのでなんとなく覚えている。モモンガが実際に読んだことはないが。

 

 おそらく、内容も参考にしているのだろう。モモンガの知識では、男が女になったくらいしか違いが分からないが、ある程度は改変されているのだろう。

 

 場の空気は、シルクの話がつまらなかったという感じではない。むしろ感じ入っている様子だ。内容を振り返ると、有り触れたものだったが、シルクの語り口が上手かったのだ。

 

 なぜあのような話をしているかという心当たりはついている。

 

『ええ。これで御方々の目的である王国滅亡の決定打となりえるはずでございます』

 

 その話をデミウルゴスから聞いた時、なぜそうなったのか分からないとシルクと頭を抱えたものだ。八本指を攻撃していたのは、あくまでも物資や情報の確保のためだ。実際、かなり潤った。治安の悪さとも違った奇妙な風潮は上級階層の不安を煽り、冒険者としての名指しの依頼も増え、ナザリックの財政は潤ったと言ってよい。

 

 だが、いつの間にかナザリックの力を以って、王国を滅ぼすという話になっていた。しかも、その言葉を否定せずに「そ、その通りだ」と言ってしまったことは最悪だった。シルクもモモンガに合わせてしまい、「よ、よし、お前の考えている脚本を教えてもらえるか?」と言ってしまったため、非常に面倒なことになった。また、シルクがデミウルゴスの考えていた案によりにもよって「……つまらん。エンターテイメント性がたりねえな。脚本は俺がやるから合わせろ」と悪乗りしてしまったことが災いし、彼のプロデュースで王国崩壊プロジェクトが開始してしまったのだ。

 

 間違いなく、今の物語こそはその仕込みの一環だろう。

 

(皆に合わせる顔がないよ……。シルクさんも何で国盗りにそんなにノリノリなんだか。ああ、でもあの人、対集団の心理戦とか好きだったからなあ)

 

 シルク・タングステンはアインズ・ウール・ゴウンでも上級者の中二病だ。ウルベルトやタブラ、モモンガとはかなり方向性が違ったが。彼は「悪」というよりも、人間賛美歌を好んだ。彼が好きだというフィクションの作品を聞けば、それはモモンガでも理解できることだった。特に、個人対国家や英雄対世界という構図を好んでいた。それがこのゲームの能力が現実化した世界において、悪化してしまったのだろう。

 

 しかし、表立ってではなく、あくまでも国家の裏側に属するというのはモモンガとしても悪い案ではないように思う。それに悪名はすべて「大悪魔ヤルダバオト」が被ってくれるのだから。

 

 デミウルゴス曰く、この作戦には四つほど利点があるそうだが、モモンガには一つも想像できない。シルクは二つだけならなんとなく検討がつくそうだ。教えてもらえなかったため、虚偽である可能性も捨てきれないが。

 

(まあ、俺は二人が考えた作戦が失敗しないように言われた通りにやるか。でも、二人ともなんで思ったことをやってくれなんて言うんだよ。それじゃ分からないでしょうが)

 

 辛い。モモンガもできることならば投げ出したい。ナザリックの良い香りがするベッドで転げ回りたい。冒険者モモンとしての仕事が忙しくて、ナザリックに滞在する時間も短くなっている。この依頼が終わってエ・ランテルに戻ったら、しばらくは依頼を控えようと決意するモモンガ。

 

 最近、モモンガは階層守護者に戦士としての鍛錬を手伝ってもらっている。理由は、いつぞやの少年から奪った異能である。どんなマジックアイテムでも使えるようになったのはよいが、使いどころが見つからないというのが現状だ。冒険者モモンとしては武器を使えば不自然だし、支配者モモンガとしては武器など持っても邪魔なだけだ。英雄アインズ・ウール・ゴウンはまだ登場の下地ができていない。

 

 稽古の相手は、コキュートス、アルベド、シャルティアだ。当然、彼らの相手をする時は魔法で戦士化している。逆に、POPモンスターやレベルが低いNPCと模擬戦をすることもある。その時は、素の状態、レベル三十三相当の膂力で戦っている。

 

(アルベドといえば、最近変わったよな)

 

 いつからだろうか。「モモンガを愛している」ことを強制してしまった彼女が、転移直後のような猛烈なアピールを控えるようになったのは。心変わりというのは考えづらい。熱い視線を向けてくることは変わらないし、遠まわしではあるがベッドに誘うような発言もあるのだから。そのような変化もあるからこそ、稽古をつけてもらっているのだ。まあ、シャルティアの方は相変わらずだが……。

 

 彼女の言動の変化は一体何なのだろうか。どうも教えてもらったことを実践している感があるため、誰かに教授を受けているのだとは思うが、検討がつかない。

 

「……あのテーブルの方々が蒼の薔薇だろう。コートス、ルナ、挨拶をするぞ」

「畏まりました」

「はいっす」

 

 シルクの座っているテーブルに近づくと、面々が視線をこちらに向ける。シルクから特徴を聞いているため、間違いはない。

 

「失礼。アダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇の皆様ですね」

 

 格好からある程度の予想はついているのか、蒼の薔薇の面々は身構えることもない。だが、観察と警戒はしているようだ。これは周囲の他の冒険者達も同じことだが。

 

「初めまして、エ・ランテルを拠点に活動している冒険者チーム『漆黒』と申します。私はリーダーのモモンです。ある依頼で王都に訪れまして、折角ですからアダマンタイト級冒険者の先輩である皆様に顔を覚えてもらおうとお声をかけさせてもらいました」

「コートスだ」

「ル……ナっす」

 

 ルプスレギナがうっかり本名を言いそうになるが、ぎりぎりセーフだったため許すことにするモモンガ。ルプスレギナはシルクの推薦もあって採用したが、やはりナーベラルの方が良かったのではないかと考えてしまう。性格的に一番良いのはユリなのだが、何かの拍子で首が取れた場合のことを考えて彼女はナザリックだ。

 

「それはご丁寧に。私がアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」

 

 ラキュースはメンバーの紹介をしていくが、シルクからの報告で五人の素性はある程度知っている。

 

 リーダーのラキュースは王国貴族で、通称『蒼薔薇』。多重人格の疑いがあるそうだ。十三英雄の暗黒騎士の剣の一つを所持しているが、その影響だと考えられる。

 戦士のガガーランは人間離れした筋肉の塊だが、れっきとした女(しかも童貞食いが趣味)らしい。一般的な戦士よりも遥かに強いが、ガゼフよりは弱いとのことだ。

 ティアとティナは忍者だが、レベルは三十程度しかない。ユグドラシルでは忍者にはなるには特定の職業レベルが六十以上必要だったため、この世界独特の特殊な職業取得手段があるか、ユグドラシルとは職業の法則が乱れている可能性が考えられる。

 そして、要注意人物であるイビルアイ。他のメンバーがレベル三十程度であるのに対して、彼女だけがレベル五十前後であるとのことだ。モモンガやシルクには問題ないが、プレアデスだと一対一が厳しい強さだ。なぜ彼女だけがそれほど強いのかは不明だ。周辺国家最強の戦士であるガゼフや元漆黒聖典のクレマンティーヌでも三十ほどだというのに、一人だけレベル帯が二回りほど違う。

 

 以上のことから、シルクは蒼の薔薇から得られる情報は必ずナザリックの強化に繋がると期待しているようだ。モモンガも同意見である。今後の作戦の後にはナザリックに吸収できるように策を巡らせているそうだが、どうなっていることやら。

 

 そこでモモンガは紹介されなかったシルクともう一人の少年の方を見る。少年に関しても検討はついているのだが、知ろうとしないのも不自然だろう。

 

「そちらのお二人は?」

 

 ラキュースが口を開くより先に、少年は頭を下げて、青年は片手を挙げて答える。

 

「クライムと申します」

「シルク・タングステン。しがない魔術師だ。まあ、薔薇のお嬢様方とは……えーと、俺は冒険者じゃないから仕事仲間とは言えないし……一応、友達?」

「何で疑問形なんだよ、水臭えじゃねえか」

 

 そう筋肉の女性(多分)が気さくな態度で声をかける。

 

「あー、じゃあ友達で」

 

 シルクの言葉が切れたため、今度は一緒にいたペテル達の紹介をする。

 

「こちらはエ・ランテルの金級冒険者『漆黒の剣』の方々です。我々は王都が初めてのものですから、案内としてご一緒してもらいました」

「初めまして。漆黒の剣のリーダー、ペテル・モークと言います。後ろの二人はチームメイトのルクルット・ボルブとダイン・ウッドワンダーです」

 

 モモンから見れば同格でも、ペテル達にとって蒼の薔薇は天上人のようなものであるため、時間を取るわけにはいかない。よって、紹介は簡単にすませる。本来であれば、もう一人魔術師のニニャがいる。しかし、わけあって現在は席を外している。どうせ名乗ったところで覚えられるようなこともないだろう。

 

 そう考えていたため、忍者の片割れの質問には面食らう。

 

「もう一人、若い男の子がいると聞いていたけど」

「いえ、ちょっと私用で外れておりまして……」

 

 なぜアダマンタイト級冒険者が自分達のようなおまけ的冒険者の編成を知っている上、興味を示したのかはわからないが、そう答えるペテル。

 

 流石に貴族に攫われた姉がいるかもしれないから花街に行ったとは言えない。まして、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースは王国貴族だ。不快感を与えるかもしれないし、そうではなくても微妙な空気になることは間違いがない。

 

 ニニャもほとんど期待はしていない様子だった。仮に手がかりを見つけたとしても一人で突っ込むような無茶はしないと思うが、ペテル達もこの後にでもニニャを探しに行くつもりだ。

 

「そう」

 

 あまり強い関心はなかったのか、あっさりと、しかし少し残念そうにして、その女冒険者は引っ込んだ。他のメンバーは呆れながら苦笑していた。シルクやクライムもだ。

 

 その反応の理由を聞こうとした瞬間、窓の外から異常なほどの光が差し込んだ。突然のことに目を庇う冒険者が多数。しかし、それは太陽の光などではない。

 

 炎だ。

 

 状況を理解できないながらも、蒼の薔薇と漆黒のメンバーは急いで組合の外に出て、炎を見る。

 

 炎は近くの家屋が燃えているのではない。遠く離れた場所で、高さ三十メートルになるであろう巨大な炎が壁を作っていたのだ。しかも、その炎の壁は王都の一画を丸々包み込んでいる。長さは数百メートルになるであろうか。

 

 炎の壁という言葉から、ラキュースはある事件を思い出す。ちょうど当事者が目の前にいることも大きかった。

 

「も、モモンさん。あれはもしかして……」

「ええ。あの日、悪魔が現れた炎と同一のものであると思います。あれよりも規模が巨大ですがね」

 

 冒険者モモンがエ・ランテルで討伐したと言われる強大な悪魔。それは天を貫かんとばかりの巨大な炎の壁から出現したと聞く。まさに、あの炎こそがそれだということだ。つまり、あの炎からは悪魔が出現するということになるのだろう。――難度百五十などという馬鹿げた領域の怪物が。しかも、前回よりも巨大ということは召還されるモンスターも強大である可能性が高い。

 

 エ・ランテルの悪魔事件にはズーラーノーンが関わっていたそうだが、果たして今回もそうなのだろうか。ラキュースはそう考えつつも早く動かなくてはならないことを理解していた。今考えてもしょうがないことだ。自分がするべきことは、あの炎に対処することだろう。

 

 王都のあちことで警鐘が鳴り響く。それこそが王国への晩鐘である。

 

 

 

 

 その少女は、窓から見える巨大な炎を見ていた。数十メートルになるであろう巨大な炎は、王都の南側一帯を包み込んでいる。人々はその炎を不思議そうに見ているが、現実離れした光景だからこそ逆に危機感が沸きにくいのだろう。逃げようとする者はいなかった。なんとなく恐怖を感じる者もいるのだろうが、集団の心理のひとつとして、人間は周囲と反応を合わせようとする。自分以外が恐怖していないのに、自分が逃げることに抵抗があるのだ。

 

 少女はその反応を見て、どこか憤りを覚える。少女の生まれ育った村であれば、思考を後回しにして逃げようとするだろう。いくら何でも、あれはそういう現象だと理解できるからだ。しかし、この王都の人間はあれが超常の類だと理解しながらも、逃げようとしない。そんなある意味暢気な対応を見て、少女はどうしようもない怒りを覚えた。なぜこいつらは、失わずに済むための思考をここまで怠っているのだろう、と。

 

 部屋に何かが入る気配を察知してそちらを見ると、そこには血のように真っ赤なスライムがいた。ミリオンというヘドロ形スライムが生み出した分身の一体である。この場には、少女の監視という名目で配置されている。正しくは、少女の監視ではなく、王都の観察だ。人々の反応をリアルな視点で見て、そこから感じたことを報告するために存在している。

 

 ミリオンの持つ特殊技術の一つ、分身分離。

 

 文字通り、身体を分裂させて分身を作り出す能力だ。上限は三体まで。分身を多く作れば作るほど、分身が強ければ強いほど、本体は弱体化する。作り出した分身と本体は意識や五感を共有しているため、リアルタイムで情報共有ができるため、探索には非常に便利だ――ただし、ユグドラシルでは『酔いやすい』ため、プレイヤーには不人気だった。分身体はその色で能力が異なる。赤なら強い酸を生み出し、青なら特殊な毒を作り出せ、黒ならば肉体を硬化できるのだ。

 

 ミリオンという名前に意味はない。百万体に分裂などできない。しかし、三体までなら分身を作り出せる。現在、ミリオンは上限である三体を生み出し、王都に分散させている。

 

 少女はそんなミリオンの分身体をどこか親しみをこめた目で見る。一般的な人間であれば、おぞましさに目を逸らすであろうスライムに対して、少女は好意的な反応をしている。

 

「シルク・タングステン様の話を少しだけしよう」

 

 人型の太陽にして星の裁定者、シルク・タングステン。これから王都に対して彼が行うのは、まさに裁定だ。いや、判決はすでに決定している。ならば、これから実行されるのは、刑の執行だろう。国家という罪人に、滅亡という極刑が下るのだ。

 

「我が創造主にして我が神、偉大なる星の裁定者。あらゆる生命を星の法で縛っている御方ではあるが、あの御方こそがこの世界で最も自由な御方だ。いや、自由であるべきと言った方が正しいか」

 

 裁定の資格を持つがゆえに、誰よりも法に縛られている。だからこそ、シルク・タングステンは悪意に満ちた人格をしながらも、『理由』を探しているのだ。自分の悪意を向けて良い誰かを、常に探し回っている。そこに客観的な善悪や功罪など関係はない。基準となるのは、シルク・タングステンの好悪だけだ。

 

 十歳の時、彼は初恋の相手にそう生きることを許された。

 

「あの御方は人間を愛している」

 

 ここに本人がいれば口では拒絶しただろう。そして、分かり易い言い訳をしたはずだ。

 

「口では嫌いだ憎いだ言っているが、本当は愛している。心の底から愛しておられる。だが、それはお前たち人間が求める愛とは違う。なぜならば、あの御方の愛し方は人間のそれではなく、神や悪魔の愛に近いからだ。視点が違い、次元が違う」

 

 皮肉なことに、シルクの考え方は法国に近い。方向性は真逆だが。かの六大神の遺志が人類の繁栄を望んでいるのならば、シルクが願っているのは永遠の『現状維持』だ。今の文明レベルのまま、今の倫理のレベルのまま、その輝きを保って欲しいと考えているのだ。余計な不純物など必要ない。もし混ざるのであれば、絶滅させようとするだろう。

 

 あるいは、『旧友』と再開できれば考え方を変える可能性もあるが。

 

「……かつては、ああではなかったのだ。かつては人間として人間の愛を、人間に向けていた」

 

 この世界に来てからおかしくなった――のではない。もっと前だ。アインズ・ウール・ゴウン、至高の四十一人の御方々が次々とお隠れになるにつれて、あの御方は変わっていった。

 

 理由はわかっている。理由は知っている。シルク・タングステンが、ナザリック地下大墳墓を去っていくギルドメンバーに何を託されたのか、ミリオンは知っている。それが託された側にとって、どれだけ重荷になったかなど考えてもいなかっただろう。

 

 恨みなどない。あるはずがない。一番悪いのは、最後まで残ってしまったシルク・タングステンだ。ローラを作ったと同時にナザリックからいなくなってしまえば、こんなことにもならなかったのかもしれないのに。

 

「故に、これからあの御方が引き起こすことすべて、お前たちに捧げるお前たちへの愛だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。あの御方は人間を愛しているがゆえに、その人間性を否定する王国を滅ぼしにかかる」

 

 このリ・エスティーゼ王国は腐敗しすぎた。たった二百年の間に、ただでさえ余裕のない人類の総力を更に減らしてしまった。何も貴族や犯罪組織だけに責任があるのではない。余裕がある内に革命を起こせなかった民衆や、腐敗に対処できなかった国王一族にも責任はあるのだ。

 

 無欲な王は美しいだろう。しかし、無力な王に価値などない。すでに力がないのならば、王座を離れるべきだったのだ。確かに、息子達に玉座を譲れば貴族の傀儡になるだろう。

 

 だが、お前が王座に座っているのと一体、何が変わるというのだ?

 

 だから、この国は滅ぼす。シルク・タングステンはそう決めた。

 

 王国が滅べば、周辺の国家に近い都市はそのまま吸収されるだろう。しかし、王国は広大だ。ある程度は新しい国ができるはずだ。その国を裏側から乗っ取り、『アインズ・ウール・ゴウン』への信仰を作り上げる。その基礎を作ることを、この少女に任せるのだ。物理的な復讐をこの少女は拒絶した。だからこそ、かの神は歴史的に、文化的にこの国への復讐を提案したのだ。

 

「お前は間違ってなどいない」

 

 自分の判断が正しかったのか悩む少女に、スライムは諭すように言う。

 

「だから、お前は何も悪くない。お前があのとき、我が神にどのような返答をしたところでこの瞬間は起きていただろうさ。違いがあるとすれば、お前が当事者か傍観者か、お前が生きているか死んでいるか程度の差でしかないんだよ」

 

 少女は生きることを選んだ。堕ちることを拒んだ。その選択こそが彼女の罪であり、徳であり、罰であり、祝福なのだ。シルク・タングステンは星の裁定者としてそう判決を下した。

 

「もう一度言ってやろう。()()()()()()()()

 

 エンリがシルクの提案を断ったのは、『違う』と思ったからだ。復讐ができるのならばするべきだろう。しかし、何か『違う』ような気がしたのだ。強いて言うならば、自分を助けてくれた太陽は救済を望む存在であり、破壊をもたらす存在ではない。そう信じたかったからだ。実際、人型の太陽はエンリを咎めるどころか、その答えに対して歓喜の声を上げ褒め称えた。若干残念そうではあったが。

 

 真っ赤なスライムは、震えが止められない少女の名前を呼ぶ。

 

「お前は間違ってなどいない。何も悪くなどない。お前が我が王の誘いを断ったのは、はっきり言って英断だ。あの御方自身、喜んでおられたしな。だからこそ、お前は最後までこの王国の最後を見なくてはならない。なぜならば、それこそがお前の選んだ道だからだ」

 

 あのとき、首を横に振ったのだから、そのまま信仰など捨てるべきだった。だが、この哀れな村娘はそれを良しとはしなかった。捨てられなかったのだ。恐怖を感じようと狂気を読もうと、その偉大なる力に縋らずにはいられなかった。台風の中、たとえ折れてしまいそうな老木であってもその木陰に隠れようとするように、『死』を知ってしまった少女は星の力に縋らずにはいられなかった。

 

「お前の代わりに復讐鬼と化した少女の行く末を見届けなければならない。そして、お前はこの喜劇が終わった後、『導く』という形でこの国に復讐をするんだよ」

 

 スライムの発言のタイミングを見計らったように、大地が揺れた。




この展開読めた人いるのだろうか。一応、前回で伏線は張ってあったのだが。
書籍になっている作品を読んでプロすげえって思うのは、やっぱり伏線の仕込み方だと思うのです。

さてモンテ・クリストの正体や如何に。
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