オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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祝、オーバーロード11巻発売

発売前に投稿しようとしていたのに遅くなって申し訳ない
難産でした


潤い

 ナザリック地下大墳墓、第九階層、円卓。

 

 至高の四十一人のために作られた席も、座る者は二人しかいない。

 

 死の魔王と呼ぶに相応しいアンデッド、モモンガ。星の生命力の化身であるエレメンタル、シルク・タングステン。

 

 人間らしさどころか生物らしさが欠片も見えない外見の二名であったが、実に人間臭い仕草で溜め息を吐き出した。

 

「結局、プレイヤーの影は見えませんでしたね」

「何のために国一つ潰そうとしていると思ってんだ……」

 

 とてもNPC達には見せられない態度で、モモンガとシルクは苦笑を漏らす。

 

「じゃあ、現状の整理をしてみますか。何か発見があるかもしれません」

 

 第一に、このナザリック地下大墳墓およびトブの大森林についてだ。ナザリックに関しては、戦力強化と情報収集を続ける必要があるだろう。他にできることもやることもない。シルク達を悩ませていた金欠も、八本指や王国貴族から奪いまくった金銭や物資のおかげでかなり潤った。デミウルゴスのおかげでスクロールの安定的供給ラインも確率した。

 

 トブの大森林は支配が完了している。恐怖とそれ以外のバランスを上手い具合に取れた、理想的な支配だ。アウラとマーレが南側を、ローラが湖を中心とした北側を支配している。

 

(資金の心配はしばらくいい。エクスチェンジ・ボックスが思った以上の成果を出してくれた。次はナザリックに公的権利を認めさせる手続きが必要だな。そのための国崩しだったんだが、さて。これからは誰がどう動くかは分からんからな。タイミング一つで大きく歴史が動く。いくつかの計画を立てて、随時適応って感じかな)

 

 次に、カルネ村だ。エンリは一度帰した。しばらくナザリック的な出番はないが、村長の役割が忙しいだろう。八本指から救ったそれから、用心棒代わりに置いてあったハムスケは回収してある。如何せん他にそれらしい個体がいない希少種のため、危険度の高い実験には使えない。

 

(やっぱり、あの時断られたのは予想外だったなー。でも、あれはあれでいいんだ。やはり、人間はああではなくてはな。神の指差した方に歩くのが人間であって、手を取ったらそれはもうバケモノだからな)

 

 リ・エスティーゼ王国。シルク・タングステン指揮の下に行われた作戦のおかげで、かなり疲弊してしまった。もっとも、シルクがしたことはほとんど八本指からの強奪と彼らと深い関係にある貴族の粛清だ。それで疲弊する腐敗国家が悪い。権力が裏社会と深い関係にあることはどの世界でも共通していることは承知していたが、人間嫌いを自称するシルクでさえも呆れるほどに王国は腐敗していた。

 

 加えて、先日の悪魔による物資の強奪、モンテ・クリストによる王城襲撃、ラナー王女暗殺のダメージはかなり大きかったようだ。

 

 現在、王都には孤児が溢れている。しかし、王国には彼らを救う余力などない。そのため、商会などが食料の配給をしている。この商会というのは、かつて「八本指」と呼ばれた犯罪組織の支配下にあるものだ。現在の八本指は名前を変えて、ナザリックの支配下にあるため、一連の配給は全てシルクとモモンガの指示だ。「国」ではない存在から施しを受けることで、「国」への反抗心・不信感を芽生えてもらおうという算段である。

 

(彼らから親を、家を、幸福を奪ったのは『悪魔』だ。だけど、人間って奴は次元の違い過ぎるものに対して感情を抱きにくい。どこにいるか分からない真犯人よりも、助けてくれない国家の方を憎む。たとえ、『悪魔』を憎む奴が多くても問題はない。()()()()()()()()への賞賛が強まるだけだからな)

 

 スレイン法国。六大神の正体は不明。恐怖公の情報網を以ってしても、あまり重要そうな情報は集まっていない。

 

(てっきり王都にいる間に風花聖典とかが接触してくると思ったんだけどな。自覚なかったけど、それなりに目立ってたみたいだし、分からないってことはないはずなんだが。色々と焦りすぎたか?)

 

 アークランド評議国。アーラ・アラフの名前を知るツアーなる騎士がいること、竜王達がいること以外はほとんど何も分かっていない。近い内に身分のある誰かを通じて、正式な形で接触したいと考えている。

 

(あのゲテモノを殺すのは、そっちをしてもらった後の方が良かった? ……いや、王国のスタンスじゃ無理っぽいか)

 

 最後にバハルス帝国。法国と評議国に手を出し辛い現状では、次は帝国に情報網を広げるべきだろう。カジットの話では、貴族が裏で邪神信仰をしているそうだ。これは実際に邪神なる存在がいるわけではなく、法国の死の神が他国では信仰されていない点を利用して、秘密結社ズーラーノーンが勢力圏を伸ばしたり収入源を得たりするために作ったらしい。カジットやクレマンティーヌを見ても、ズーラーノーンにプレイヤーがいる可能性はかなり低いように思われる。悪魔関連で濡れ衣を着せたことだし、このあたりで乗っ取って本格的に悪役になってもらうとしよう。

 

 帝国に関しては、鮮血帝や主席宮廷魔術師、魔法省の地下に封印されているという噂のアンデッドなども気になるところだ。特に、人間側の人材を手に入れたいと考えている。王国は貴族はほとんどが愚かで、民衆は教養も根気もない。全くいないわけではないが、彼らには国が堕ちた後に働いてもらう必要がある。よって、帝国の学院や没落貴族から人材を確保しておきたいのだ。直接的な戦力としてではなく、知識や社会的地位などのために。

 

(デミウルゴスやアルベドはともかく、いまいちそのあたりを理解していないNPCが多いよな。相手の常識に合わせるって能力が低い。いや、この場合は人間に合わせることができないって感じ……いや、そもそもうちの子達は、相手が異形種であればちゃんとコミュニケーションが取れるんだろうか?)

 

 ナザリックこそが最高であると考えているがゆえに、種族に関係なく傲岸不遜な態度に出てしまうのではないだろうか。百歩譲って王国貴族ならば問題ないが、評議国の竜王達にそのような物言いをされてはたまったものではない。デミウルゴスやアルベドがいるから問題ない、とは言い切れないのである。優秀な人材はいくらいても困るものではない。無論、裏切らないことが前提だが。そのため、外部の人間を取り入れるより、NPC達の意識を改善した方が安心なのだ。

 

 だが、逆に彼らの価値観を変えてしまうことで、叛逆されたらおしまいだ。もっとも、それが彼らの意思であるというのならば受け入れるしかないが。

 

「シルクさん、そういえば竜王国のことなんですけど……何、樹海なんて創らせてんですか」

「……ああ、忘れてたよ」

 

 竜王国の国境線には現在、肉食植物による樹海が広がっている。これは自然に発生したものではなく、シルクがザイトルクワエに出した指示が元で作り出されたものだ。

 

「いやあ、でも結構自由度の高い能力みたいだね。やっぱりザイトルクワエを星獣にしておいて正解だったわ」

「それはそうなんですけどね。って、話を逸らさないでくださいよ。ああいう指示を出したならちゃんと報告してください。竜王国の方では、ザイトルクワエは軽く守護神扱いみたいですよ? なぜか六大神の従属神ってことになっているみたいですし」

「らしいねー。本当、どうしましょうか。はっはっは」

 

 出来てしまったものは仕方がない。しかし、今から樹海を焼き払うのは違うだろう。かといって、放置しておくのもまずい気がする。ザイトルクワエが念話で指令を出したため、これ以上の拡大はないはずだが。

 

「まあ、アルベド達は現状が俺達の狙いみたいに思っていてくれているみたいなんですが」

「何をどうしたらそうなるんですか」

「知りませんよ。でも、ザイトルクワエの存在を前に出すことで、竜王国へ恩を売れるらしいです」

「それ、ほとんど押し売りですよね、モモンガさん。……うーん。ザイトルクワエを連れて竜王国に行くってのもありなんですけど、ちょっと怖いんですよね。特に法国の反応が」

「六大神ですか」

 

 法国にいるであろう神の正体は未だに不明だ。陽光聖典という口はあるが、彼らにはその身に施された口封じの魔法がある。ユグドラシルにはなかった魔法だけに、解除の方法も分からない。

 

 スレイン法国。

 

 人類を救済した神々の立てた国。人間以外のあらゆる種族を拒絶する国。人類の守護者を自称しており、彼らは人類を守るために行動するという。しかし、そんなわけがない。絶対に嘘だ。

 

 人間はそんな殊勝な存在ではない。危機を実感しながら逃走する。美麗を理解しながら強奪する。正義を謳いながら虐殺する。貴重を解きながら破壊する。人間とは、そういう種族だ。個人ならばともかく、集団や組織としてそのような機能を持っていることなど()()()()()

 

 シルクは人間を素晴らしい生物だと愛してるが、立派な存在だとは信じてはいない。むしろ醜悪で自分勝手で独善的な生き物だと知っている。それが人間の本質である以上、国という集団になってしまえば、醜い本質は浮き彫りになってしまう。まして、権力や軍力を持つ人間などそういうものだ。誰よりも利己的な思考をしていなければ、その重圧には耐えられない。

 

 人類のためだと? そんな大義名分のために今日を生きるのも必死な無辜の農民を殺して回ったのはさぞや優越感があっただろう。罪悪感などなかっただろう。自分達が同じ立場になったとき、みっともない命乞いをするだろうに。大を守るために小を切り捨てているのではない。自分という強者が肥えるために、弱者から奪っているのだ。

 

 陽光聖典の言っていた人類を守るなんて戯言は建前だ。そうでなければならない。もしも本音だというのならば、シルクはきっと――彼らを殺せなくなってしまう。

 

 だから、シルクは全力で法国から目を逸らす。自分の懸念が真実ではないことを祈りながら。

 

「王国の整理が落ち着いたら、帝国に観光がてら偵察にでも行きますか?」

「……うーん。一回大人しくした方が良いような気もしますけど」

「難しいもんですね」

「でも、見るだけなら一回やっておくべきかもしれませんね。王国が荒れている以上、モモンがいくのは空気的にまずいのでシルクさん頼めますか?」

「おっけい」

 

 情報が不足しているというよりは、自分達に決断力がないのが原因だ。万が一のことを考えれば、これ以上大きな動きを見せるのは危険だとも考えられる。

 

 せめて、シルクの旧友であるアーラ・アラフの所在が分かれば動き方もあるのだが。

 

「そういえば、例のえっと、ツアーだっけ。彼がこの近くに現れたって報告はないの?」

「ないみたいですね。トブの大森林の支配を担当しているアウラやマーレには最重要だと伝えてありますから、それらしい気配があるだけで報告されるようになっています。それがないということは来ていないんでしょうね」

「いっそ、こっちから行くか? でも、どのくらいの立場の奴かも分かってないし、評議国も小さい国じゃないからなー」

 

 やはり、現状では王国を支配しつつ勢力圏を帝国に伸ばす以上のことは出来ないし、すべきではないだろう。後手に回るかもしれないが、先手を取る手段もない。

 

「まあ、しばらくは休みましょう。俺達にもNPCにも休息が必要です」

「彼らはあんまり休みたがっていないんですけどね」

「休暇を入れたら抗議が来るとかマジホリックワーカー」

 

 NPCはギルドメンバーの可愛い子どもにも等しい存在達だ。出来るだけ無理はさせたくないが、他ならぬ彼らが休息を望んでいない。なぜそこまで社畜属性があるのか。ブラック企業を恨む者達が作り上げたのだから、むしろ怠惰になりそうなものだが。サボリ癖があったらあったで不安だが、働きすぎは此方のプレッシャーになってしまう。

 

 特に顕著なのは一般メイド達だ。六週間に一回しか休みがないというのに、もっと働きたいと言っている。結局、「モモンガ様当番」と「シルク様当番」を作る代償として、当番の前の日に英気を養わせるという名目で休日とした。

 

「なんか疲れた。議題は終わりだよな? じゃ、ちょっとローラを抱きしめてくる」

「出たよ、この親バカ……」

 

 モモンガは自分もパンドラズ・アクターに家族サービス(?)のようなことをするべきなのか悩む。しかし、早くに親を亡くした鈴木悟には父親から息子に向けた慈しみなど思い出せない。自分の理想像らしきものはあるのだが、それが適切なのかは不明だ。シルクは自分の思い描く「家族」をローラに写し出しているようだが、ローラが元々『娘』として作り出されたという点もあるだろう。

 

「そうだ。ついでにミリオンの顔も見ておくか。あいつの顔面どこらへんか分からんけど」

「ミリオンはついでなんですね……」

 

 モモンガの嘆くような呟きを受けて、シルクの炎の身体がゆらりと蠢いた。

 

「いやあ、正直こんなこと言うのはあれなんだけどさ。あいつとはあんまり会話したくないんだよ。いや、嫌いとかじゃなくて接しにくいって言うか。ちゃんと息子として愛しているんだよ、これでもさ」

「それは見た目の問題ですか?」

「違うよ。あいつ、昔の俺そのものなんだ」

 

 シルクは見た目で好き嫌いを感じるほどにまともな感性はしていない。だから、問題なのは外見ではなく中身の方だ。

 

「忘れていた輝きを見ているようで、なんか虚しいんだ」

 

 あのスライムの中に生きているのは、人間性を失いつつある醜悪な自分ではなく、他ならぬ栄光の日々にいた自分そのものだから。

 

 

 

 

 なんかもういろいろとどうでもいいや。

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層の『底無し沼』領域守護者、産業廃棄物型スライムのミリオンはそんなことを思って、思い直した。

 

「どうした、愚息よ」

「ダメになりそうです……いえ、何でも」

 

 現在、彼は創造主であるシルク・タングステンに身体をべたべたと触られていた。パンの生地でも扱うように引っ張ったり揉みこんだりしている。

 

「面白いけど気持ち悪い感触だな。お前の身体どうなってんだ」

「さあ、分かりません……」

「何でスイーツ食った女子みたいな声上げてんだ。オススライムのくせに気持ち悪い」

「いや、お兄の身体をこね回しているおとんも大分気持ち悪いで」

 

 シルクの創造したもう一体のNPC、第四階層『廃館』領域守護者ローラの若干引きながらの発言に、シルクは自分のやっていることを省みる。

 

「うん、やめるわ」

「そんな!」

「だって、ちょっと触り心地を確認したかっただけだからな。つうか、もう綺麗になっただろう。あとは適当に流すぞ」

 

 そう言うと、シルクは風呂桶に満杯になっていたお湯をミリオンの身体にぶちまけた。当然だが、ミリオンの薄紫と灰色が混じった身体の色に変化はない。

 

 現在、三人はナザリック地下大墳墓第九階層の大浴場スパリゾートナザリックにいる。ベルリバーとブルー・プラネットが中心となって製作したエリアであり、九種十七個の浴槽があり、十二のエリアに分かれている。珍しい種類の風呂も多いのだが、彼らが使用しているのは家族風呂である。

 

 早い話、愛に溢れた家族に憧れ続けた人間もどきが不器用にも家族サービスをしている場面だった。余談だが、シルクは異形形態だと湯に浸かることはできても身体を洗うことはできないため、人間形態である。

 

 シルクが石鹸でミリオンを――恐れ多いと遠慮したのに無理矢理――手洗いしていると、その不思議な感触にシルクの好奇心が盛り上がり、先ほどのような状況になったのだ。

 

「しかし、なぜ急に我々とお風呂など?」

 

 数ヶ月前にモモンガが男性の守護者を伴ってここを訪れたことは聞いていた。あれには特別な事情などなく、モモンガからの労いだ。いや、NPCからすれば十分すぎるほどの報酬なのだが。

 

「いや、親が子に愛情をそそぐのは当然だろう?」

「――――」

 

 その言葉に、ミリオンは感動に打ち震える。

 

「と言っても、ローラと比べてお前は素直に可愛がられないんだけどな。悪いな。こんなくそったれな屑親で」

「……いえ、それでも私にとっては十分な報酬です。それでも許されるのであれば……」

 

 一瞬躊躇って、それでもミリオンは口に出した。歯も舌も喉も唇もないのだが。

 

「どうか、この三人でいる時だけは『親父』と呼ぶことを許していただけますか?」

「……どうでもいいけど、渋い呼び方だな」

 

 そう言いながら許可したシルクは、寂しさと物足りなさを感じた。

 

「お前らは無欲すぎるな。なんか欲しいもんとかねえのか? えこ贔屓は無理だが、ある程度なら融通は効かせるぞ? お前ら、結構働いているしな。ミリオンは八本指を潰すのに結構動いてくれたし、ローラはリザードマン達の支配をしているだろう? 本当、我が子が優秀でお父さん泣きそうだよ。というわけで、俺に父親らしいことをさせろ。なんかご褒美を出させろ」

「しかし……」

 

 求めるものはなくはないのだが、ミリオンとしては憚られる。それに、万が一叶ったところで色々ときまずいことになりそうだ。葛藤する兄を差し置いて、ローラが声を上げる。

 

「あ、じゃあうち前々から欲しいもんがあるんやけど」

「ほう? 何だ?」

 

 すると、ローラは見た目相応の少女のような「お願い」を口にした。

 

「うち、妹か弟が欲しい!」

「……それはちょっと無理かなー」

 

 現在気になっている女性はいるが、彼女は生憎とアンデッドだ。おまけに、身体が幼すぎる。ここでふと、シルクの脳裏に美しい女悪魔とモモンガの妃の座を争っている銀髪の吸血鬼が浮かんだ。

 

「いや、でもそれだとシャルティアはどうなるんだ?」

「あの脳筋吸血鬼がどうかされましたか、親父様?」

「セクハラとかじゃなくて純粋な興味で聞くんだけどさ、シャルティアって子ども作れるの?」

 

 前置きが無駄でしかないようなセクハラの質問だったが、ミリオンは真面目に考える。

 

「……難しい質問でございますね。異形種と人間のハーフは確認されています。至高の御方の一人、弐式炎雷様もハーフ・ゴーレムですし、この世界の英雄譚――十三英雄の一人も悪魔との混血だったとか。書物でも、ハーフ・ヴァンパイアという存在は聞いたことがありますが……どうなのでしょう? 母親が人間だったらなんとなく想像できるのですが……お耳を穢すようですが、あのまな板の腹が臨月状態なのは絵的にかなりアウトなのでは?」

 

 問題はそこかと呆れていると、ローラはローラで身構えていた。

 

「え……シャルティア様がお義母さんになる予定でもあるん?」

「ローラのそういう顔は珍しいな、安心しろ。そっちじゃねえ。だいたい、あいつはペロロンチーノさんが嫁として創造した存在だからな。手は出さねえよ」

 

 シルクの言葉に心底安堵したような吐息をするローラ。そんな娘の様子を見て、かつて猥談に花を咲かせた友の娘がどんな内面を持っているかを想像し、遠くを見るシルクだった。

 

「いや、そもそもだ。俺は人間の姿になれるが、女の人間相手に子どもが作れるのか? 作れたとして、それはちゃんとした人間なのか? 俺のような人間にもなれる星霊じゃないか? あるいは、星霊に近い人間なのか? それとも、ハーフスターエレメンタルみたいな存在が生まれてくるのか?」

「そのあたりの繁殖実験は、デミウルゴス様が研究しとるはずやで。プルはんが言っとった」

 

 ローラが言うプルはんとは、プルチネッラのことだだ。全ての者を幸福にしたいと本気で願っている道化師であり、現在はデミウルゴスの牧場で羊の世話をしているNPCの一人だ。シルクには、彼の製作者と古代中国の拷問について盛り上がった記憶がある。

 

「あいつ何やってんだ」

 

 そういえば、シルクの特殊技術を込めた指輪で実験をしたという話を聞いたことがある。あれはそういうことだったのだろう。よって、何をやっているかが想像できるというものだ。

 

「プルはん曰く、『デミウルゴス様の実験わ種族を越えた愛の実現を意味します。御方の力が血によって引き離される愛をなくすことに繋がるとわ。このプラチネッラ、感動で前が見えません!』」

「うわあ、あいつそんな寒いこと言ってんの?」

 

 面倒臭い奴だとは前々から思っていたが、度を越している。

 

 というか、デミウルゴスは具体的にどのような実験を行っているのだろうか。彼の実験の成果次第では、シルクは新しい家族を得ることができるため、非常に興味がある。

 

「近いうちに、牧場を見に行くか。現場を知らずに指示だけ出すダメ上司にはなりたくないからな」

「おっしゃる通りで」

「せやねー」

 

 身体を洗い終わった三名は湯船に向かう。

 

「コキュートスはん曰く、スパといえば水風呂らしいで。というわけで、おとん、お兄。水風呂に行くで!」

「あの昆虫、人の娘に何吹き込んでんだ」

「お前は兄にゼリーになれと言うのか」

 

 

 

 

 ワーカーチーム『フォーサイト』に所属する魔法詠唱者の少女アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、苦悩していた。

 

 フォーサイトはここしばらく王都でのある依頼をしていたのだが、それを半ば強制的に終えて帝都へと戻ってきたのだ。依頼は完全には遂行されたとは言えないため、依頼料は約束された額よりも少し減らされてしまったが、完全になくなったわけではないので助かった。

 

 アルシェの家系は貴族だった。しかし、鮮血帝の貴族粛清によってその地位を剥奪された。娘であるアルシェから見ても、両親は優秀な貴族とは言い難い。貴族ではなくなったというのに、たちの悪いところから借金までして貴族のような生活をしている。鮮血帝が死ねばまた貴族に戻れると考えているようだが、そんなに上手くいくわけがない。

 

 学院ではトップクラスの成績優秀者だった彼女が、犯罪者まがいのワーカーに落ちてしまったのにはそういう事情がある。しかも、アルシェが仕事をしている間に金貨十枚以上の美術品を買っているのだから呆れて何も言えない。

 

 今回も、アルシェが王都に行っている間にやたら高価なだけの美術品が家に増えていた。当然だが、アルシェが今回の依頼で稼いだ金額よりも遥かに多い。長期間家を離れることは不安だったが、流石に父も危機感を抱いてくれると期待していたのだ。呆気なく裏切られたが。自分がいない間に出来た借金の額を聞いた時は、倒れそうになってしまった。アルシェがワーカーとして稼ぐことでどうにかフルト家は回ってきたが、いよいよ限界が近付いてきたことだ。

 

「――はあ」

 

 借金を重ねる両親に失望した彼女は、執事に現在雇っている使用人を解雇するためにはどのくらいの費用がいるかをまとめてもらうように頼んだ。どこからも金を借りられなくなった場合、あるいはアルシェが怪我をしたり死亡したりした場合、彼らまで付き合ってもらうわけにはいかない。

 

 二人の妹と軽く戯れた後、倒れるようにベッドに寝転がった。自分が、貴族らしい優雅さなど欠片もない冒険者臭い動作をしたことに小さな笑いが零れる。自分がもう心身ともに貴族ではないのだと再認識した彼女の脳裏に、ある言葉が甦る。

 

 

 ――じゃあな。素敵な人生を。選択肢を間違えないことだ! はっはっは、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!

 

 

 王都で出会った魔術師、シルク・タングステンという男が言い放った言葉だ。

 

 傲慢な物言いも、狂ったような笑い声も、アルシェにとってはどうでもいい。彼女にとって一番重要なのは、『選択を間違えるな』という部分だ。

 

 アルシェとチームが受けた依頼は、シルク・タングステンの素性調査だ。

 

 実は、分かったことは少ない。名前も、偽名か本名かは判断できなかった。魔術師であるようだが、どんな魔法を得手としているかは不明だった。黒髪黒目だが、実際に南方の出なのかは断言できない。顔面に大きな火傷があるらしいが、どうして治癒していないのかは予想できない。巷に流れている人物像はかなり混沌としており、人格を理解できなかった。

 

 そこで実際に接触を試みた。接触といっても、尾行だ。報酬の良い仕事であるにも関わらず、特別な情報がなかったために焦りがあったのかもしれない。だが、アルシェは直接会ったことを後悔した。それは尾行が相手にバレたからではない。

 

 有体に言えば、()()()()()()()()。ただそこにいるだけで、自分の否定的な部分を肯定されたような気分だった。詳しく説明するのは難しいのだが、あの男はとにかく気持ちが悪かった。泥沼に足を突っ込んだような感覚が、全身に走った。

 

 突然笑い出したことや、意味の分からない言葉を並べた点などどうでもいい。もっと根本的に、もっと究極的に、存在そのものが不自然だった。まるで魔法も使っていないのに空中を歩いているような違和感を突き付けられたのだ。

 

 それでいて、そこにいることが当然であるかのような存在感があった。

 

 だから、彼の言葉が異様に頭から離れない。

 

 ――選択を間違えるな。

 

 シルク・タングステンの男の「おかしさ」を目の当たりにしたフォーサイトはこれまで収集した情報を手に、王都から逃げ出した。王都から最も近い都市で骨休みをしていると、耳を疑いたくなるような『事実』を聞くことになってしまった。

 

 王都で発生したという悪魔騒動。悪魔達によって倉庫街の物資が強奪され、ただならぬ被害を受けた。謎のアンデッドによって多くの貴族達が殺された。復讐鬼の炎によって、王城は半壊、黄金の姫君は死亡した。あまり表社会には知られていないようだが、巨大犯罪組織『八本指』でも大きな騒動があったそうだ。

 

 もしも王都に残っていれば、アルシェ達もこれらの事件に巻き込まれた可能性は大いにある。そうなれば、無事に帝国に戻ってこれる可能性は低かった。しかし、アルシェはこうして家に戻り、妹達と出会うことができた。報酬が多少削れたことなど命に比べれば些細なことだ。

 

 あの時、アルシェは選択を間違えなかったということなのだろう。そういう意味では、あのシルク・タングステンという男には複雑な感情を向けてしまう。王都に行った理由が彼ならば、事件前に王都から出ることが出来たのも彼が理由なのだ。

 

「――選択を間違えるな、か」

 

 その言葉を、アルシェは頭の中で何度も反すうする。

 

 次の選択も間違えないように。何よりも尊い妹達を失わないで済むように。




最新刊、本編とは関係のないネタバレをすると、至高の御方図鑑で本編の内容が吹っ飛ぶような設定が出てきた。
でも、本編も超面白かった。まさにオーバーロード。
もう次の刊が読みたくてしょうがねえよお!


追記


次回あたりで、拙作の王都編の後処理的な話をしておきます。
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