我が家にはブルーレイを再生する手段がねえ
『モモンガさん、次のアヴァターラは誰ですか?』
『次はぷにっと萌えさんのアヴァターラを作ろうと思っています』
『あー、あの植物体は地味に難しそう』
しばらく見ていない彼の姿を思い出すシルク。愉快そうに笑っているが、無理をしているのは分かり易かった。声に寂しさが込められているのだ。
『やっぱり俺の手は要らない? こう見えて、ゴーレムには一日の長がある身だけど』
『ええ。ギルド長として、最後の門番は俺の手だけで作りたいんですよ』
『そっかー。まあ、モモンガさんがそれでいいならいいんだけどさ。もう過半数になっちゃったから、今更俺が手を加えるのもね。統一感を失って美しくない』
あの歪さが良い味なのだと嘯くシルクに、モモンガは苦笑いを返す。
『んじゃ、俺は拠点維持用の金貨でも集めてくるよ』
『すみません、シルクさん』
『いいって。どうせもう俺とモモンガさんしかいねえんだ。誰かが戻ってくる時のために、ここは守っておかないとね』
『……そうですか』
どうせ、貴方だってそのうちいなくなるくせに――
「…………………………………ぅそが」
モモンガはそこで目を覚ました。
場所はナザリック地下大墳墓のモモンガの自室だ。
モモンガは本来であれば夢など見ない、というか睡眠を必要としない。アンデッドのスケルトンから派生している種族なのだから当然だ。アンデッドであるがゆえに精神的な疲労もないというのは非常に便利なのだが、それは睡眠ができないということも意味している。睡眠だけではなく、食事もそうだ。あと、大きな声では言えないが性行為もそれに該当する。なまじ僅かな残滓があるだけ、それらができないことは非常にもどかしい。完全に残っていたら、欲望に溺れていた可能性も高いが。
しかし、モモンガには特別な指輪がある。シルク・タングステンの人間化の特殊技術「化身転生」が込められた「異能写しの指輪」だ。この指輪を使用することで食事や睡眠を取ることができる。必要だから取るというよりは嗜好の意味が強いが。どうせ指輪の効力を切れば意味がなくなるのだから。例えば、人間の姿で食事をすれば味も感じるし満腹感もある。しかし、指輪の効果がなくなると、舌に残っていた後味や満腹感もなくなってしまうのだ。
それでも、『楽しめる』という行動の意味は大きい。一般市民であるモモンガにとって、支配者の演技など疲労しか感じない。精神が強制的に安定されるが、ジリジリとしたストレスは残る。心の余裕を保つために、モモンガは一定期間で人間化して食事や睡眠を楽しんでいた。人間化してしまうと精神の強制的な安定も解除されてしまうため、程ほどにしている。
今日はそういう日だった。久し振りに睡眠を楽しもうと良い香りのするベッドに横になった。その結果、あのような夢を……過去を見てしまった。
シルク以外のメンバーがログインしなくなって、ついに二人だけになってしまったと自覚した頃の記憶だ。あの頃、モモンガはシルクもいなくなってしまうんだろうと考えていた。最後に残ったのが彼だったのは意外だった。シルクは
理由は、シルク・タングステンというプレイヤーのビルド構築だ。彼の能力はあまりにも極端な耐久特化。ちょっとしたレイドボスと我慢比べができるほどの、ユグドラシル全プレイヤーの中でも上位のHP。弐式炎雷のような紙装甲の攻撃・瞬発力特化とは対極のスタイル。やまいこは『とりあえず殴ってみる』という脳筋の発言をよくしていたが、シルクは逆で『とりあえず殴られてみる』という考え方をしていた。『相手の攻撃手が尽きるほどの耐久力こそ最高である。最強からは程遠いが、最高にして最悪である』とよく嘯いていた。
だが、あれを使いこなし、使い続けられるのはユグドラシルにはシルクしかいなかった。少なくとも、モモンガの知る限り――上位ギルドの所属者には。アインズ・ウール・ゴウンのメンバーである彼のビルドを真似したプレイヤーは大勢いたが、ほとんどがすぐに職業を変えた。シルクの真似をしたことが引退の理由になったプレイヤーも少なくないほどだ。それほどまでに使いにくい――否、
彼は最後まで残ってくれたというのに。
「はあ……。ん? そういえば……」
モモンガはある事象を思い出し、カレンダーを確認する。
「やっぱりだ。今、シルクさんは帝国に行っているんだったよな?」
今頃は道中で馬に揺られていることだろう。シルクはアレで尋常じゃないくらい面倒臭がり屋だ。余計なことをそれなりにするが、必要以上のことは滅多にしない。帝国に行っている間は、定期連絡以上のコミュニケーションを取ることはないだろう。
「よし、そうと決まれば善は急げだ」
モモンガは指輪の効果を切り、死の支配者たるアンデッドの姿へと戻る。そして、待機していたメイドに指示を出した。
「階層守護者とローラとミリオン、セバス。この中で手が空いている者だけ呼んでくれ」
■
バハルス帝国の首都である帝都に向けての街道某所の道端にて、一組の男女が休憩を取っていた。
休憩と言っても、二人ともこんな旅路で疲れるほど軟弱ではないし、馬も疲労していない。女の方は馬型ゴーレムであるし、男の方は魔獣の馬だからだ。だから、二人が腰を下ろしているのは肉体的にではなく精神的な休憩というのが大きい。あるいは、帝都到着時の最後の打ち合わせだ。
男は如何にも魔術師といった風貌だ。灰色を基調としたローブを着て、フードを目深に被って顔が隠れるようにしている。加えて、顔の左半分に包帯を巻き付けているためその顔はほとんど見えなくなっていた。携帯している小さな袋からドライフルーツをつまみ、無言で咀嚼している。
女も魔術師らしい格好をしているが、何よりの特徴は絶世の美貌だ。深い茶色のローブが、彼女が着ることで豪華なドレスであると錯覚してしまうほど。見る者が見れば、『今は亡き黄金に匹敵する』と口にするだろう。光沢のある黒髪をポニーテールにしている。
そんな美女は包帯顔の男に向かって、畏まった態度で声をかける。
「シルク様」
「お師匠様と呼べ、ナーベ」
男の名前はシルク・タングステン。ナザリック地下大墳墓の支配者の片割れであり、神の贋作。人間の姿をしているが、その正体は最上級の精霊である。
女の名前はナーベラル・ガンマ。戦闘メイドの一人であり、雷光を得意とするエレメンタリスト。彼女が今回のシルクの御供に選ばれたのは彼女の人間嫌いを矯正するためだ。人間の姿をしている存在はナザリックでは貴重だ。しかし、ナーベラルは人間が嫌いであるため、積極的には街に出せない。だからこそ、人間にある程度慣れさせておきたいのだ。今回のシルクの帝国滞在は短期であるため、ちょうど良いと判断したのだ。
「畏まりました、シルク様……お、お師匠様」
「何か質問でもあるのかか?」
「はい。よろしいでしょうか?」
「いいぞ。どんどんしなさい。説明できる奴はしてやろう」
と言って、本当に説明できないことを訊ねられても困るのだが。
「件の、ズラだかカツラだかいう下等生物の集まりですが」
「ズーラーノーンな。アンデッドを使役する秘密結社」
「はい。そのズラ集団は自分達がヤルダバオトと関係のないことを知っているのですし、御方々の計画を狂わせるような真似をしかねないと思うのですが……」
「いや、連中に関しては心配ない」
シルクは躊躇なく言い切る。
「ズーラーノーンの幹部連中はこう考えているはずだぜ? 一体全体、
それも間違っているわけではないが、完全に正しいとも言い切れない。いや、部分的に正解であるために、余計にその思考から逃げることはできないだろう。
「人間なんてそんなもんだ。予想外の誰かが出現したことよりも、知っている奴が自分を嵌めていないかと気にする。はーっはっは! 滑稽滑稽。遠くの魔王より近くの同胞ってな。てめえらの足を引っ張り合うことはするだろうが、俺達に辿り着ける奴などまずいねえ。いたらいたでこっちに本格的に誘うだけだ。この世界のレベル的に、デス・ナイトでもくれてやれば尻尾振るだろうさ」
御方の叡智に感動するナーベラル。
「まだ質問があったら今のうちに聞いておけ」
「はい。では、帝国に向かってよろしいのでしょうか? 王国を元に新しい国を建てさせるとうかがっていますが」
「確かに、手は打った。元々ズタボロだったが、ひびだらけになった王国は分裂して新しい国家がいくつかできる。だけど、それって何年後の話だ? 国なんてそう簡単には割れないし、作れないんだよな。誰かが革命でも起こさない限りは」
他ならぬリ・エスティーゼ王国があそこまで腐敗していながら国として保っていたことが良い証拠だ。王城にあった資料を漁ってみたが、帳簿やら何やらが目を疑いたくなる内容が書いてあった。国は簡単には壊れない。だからこそ、壊れる時は一瞬だ。磨耗した柱が折れるように。
「王国の民衆に革命は期待できねえ。いや、正確には誰かが先導すれば可能だ。だけど、自分から革命を起こそうって発想の人間はいねえだろうな」
これもまた現状を見る限り確実だ。予想外の人間がこれから生まれるというのならば大歓迎だ。余計な手間が省けるというものだ。
「加えて言うなら、王国が丸ごと新しい国にはならんだろうな。いくつかに分かれるはずだ」
かつて、現実世界にあった「ソビエト連邦」なる国が崩壊した後、大部分はロシアという国になったが、多くの国が独立した。
「できれば三つ以上に分解して欲しいな。評議国との境界線になる国、帝国みたいに繁栄する国、王国の因子を多く残した火種だらけの国だな。いや、最後のやつに関しては小国がいくつかになった方がいいかな? 紛争が続きそうだ」
紛争が実際に起きた場合は多少強引な手を使ってでも鎮めた方が良いだろう。元王国民は事実上ナザリックの財となるのだから。死体を回収しにくいことや第三者の介入の見込みも望めないことなどから、利益を得られるとは思えない。
評議国との境界線に国が必要であるのは、法国対策だ。今後、場合によっては法国が王国の残骸を吸収する可能性がある。ここで問題なのは、法国は人間以外の種族を認めていないという点だ。そして、評議国は国の代表が竜王であり、様々な亜人種も生息する多種族国家だ。もし法国が評議国方面に広がってしまえば、そして法国の国民性が伝染してしまえば、紛争が発生しかねない。勝手にしてくれる部分には良いが、ナザリックが巻き込まれることは避けなければならない。
「あの、もう一つだけよろしいでしょうか?」
「ん? どうぞ」
「なぜ御方々が直接支配されないのでしょうか? 御尊名を隠される必要など……」
「俺達の主な目的は情報収集と戦力の強化だが、それ以上に英雄譚を生み出すことだ」
シルクの顔に強い影が宿った。影といっても、そこにあるのはドス黒い喜悦だ。これから自分が為すことの難易度を想像して、笑いが止まらない。マゾここに極まる。
「英雄を作り出すためには背景が必要だ。強さの根源たる血統が、力の象徴である武器が、あらゆる呪いを弾く加護が、秘伝を授けた師匠が、永遠に等しい期間の戦争が、無辜の民を虐げる暴君が、軍勢を退ける怪物が、不倶戴天の魔王が、悲劇と呼ばれる結末が必要だ。……まあ、最後のやつはぼかそう」
とにかく、とシルクは仕切り直す。
「大英雄にはそれを用意しなければならない。王国はそのための舞台となる。ランポッサⅢ世には稀代の暗君として歴史に名前を刻んでもらう。すべてはそのための準備なのさ」
いや、実際は「王」だの「皇帝」だの面倒臭い職業になりたくないだけなのだが。これはモモンガも同意してくれた。当然だ。所詮、自分達は一般出身だ。ナザリックの配下からの忠義だけでも重いのに、何千何万という人間の世話など見切れない。いや、シルクだけならば途中で破綻することを覚悟でするだろうが、モモンガを道連れにするわけにはいかない。
裏側から支配するのならば、一部の権力者に大雑把な命令を無理でないレベルですれば問題ない。正体は徹底的に隠すし、いらぬ敵は作らない。しかし、仲間や敵対的ではないプレイヤーを呼び込むためにも、ある程度のメッセージは仕込むつもりだ。具体的には、新しい地名や概念の名前にあの世界の固有名詞を使うなどが考えられる。
「あの世界では駄目だった。挑戦さえもできなかった。この世界では成さねばならない。成功しなければならない。理想の英雄像を以ってして、この世界を変えてみせる。あの誓いを成就してみせる」
意味深な独白にきょとんとしているナーベラルに気付いて、シルクは思考を切り替える。
「で、俺達が帝国に行く目的を述べるとしよう。まず、さっきのズーラーノーンが仕切っている邪神集団とやらをぶっ潰すための事前調査だ」
「潰すのですか?」
「ああ。気に入らないからな」
第三者がいれば理由はそれだけかと聞くだろうが、この話を聞いているのはナーベラルだけだ。御方が気に入らないというのならば、そんな存在は消えるべきだと考えているため、彼女に異論などあるはずがない。邪神集団がしていることを考えれば、ユリ・アルファやセバス・チャンでも納得するだろう。
「次に、今我が愚息に……正確にはその分身体に帝国に行ってもらってんだわ。あいつの仕事振りの影響、というか帝国社会の空気を実際に見ること」
かつて八本指だった組織の支配は完了した。そして、八本指の支配力は王国上層部にまで及んでいる。悪魔騒動で王国の兵力はかなり削がれた。犯罪組織を対処する余裕さえない。
だが、帝国はそうではない。皇帝は優秀であり、かの騎士を主体とした軍隊は屈強だ。無論、ナザリックの相手などではないが、八本指の構成員はこの世界の人間なのだ。脅威的でないはずがない。だからこそ、八本指の再構成が帝国にどのような影響を与えているのか、第三者の一般人目線で見る必要があるのだ。影響が分からないなら分からないで、成果がある。
「それで最後の目的についてなんだが、そろそろ人間以外の種族の事情も知りたくなってきた」
現状、人間が他種族にとっては餌でしかないことくらいだ。評議国に手を伸ばすのはまだ早いし、王国のパワーバランスをコントロールしないといけないので、あまり遠出はできない。だが、王国にいる人間以外の知的生命体は森の中にいるゴブリンやトロールくらいだ。トブの大森林にはダークエルフが住んでいた時期もあったそうだが、ザイトルクワエが追っ払ってしまった。
「帝国じゃエルフの奴隷が流通しているって話だし、ドワーフ製の武器も入ってくるって聞いた。王都での情報収集も無駄じゃなかったってことだ。他種族への干渉。できればエルフの国の事情を知りたいな。法国と戦争をしているって話をちらっと聞いたが、実際どうなんだ? 戦争のきっかけとか戦況とか曖昧なんだよな。ま、法国の腕がそれだけ……ん? ちょっと待った」
シルクが突如として言葉が切り、視線がナーベラルから空中に移動する。
「へい、モ……モーさん。どうかした? え? あー、はい、はい。モーさんも家を離れて大丈夫なの? あー、それもそうだけど。うーん。じゃあ、気を付けてねー」
再びナーベラルと向き合うシルク。
「如何なさいましたか?」
「何かうちのリーダーが、えーと、あーなんとか山脈に生態調査に行くらしい。あと、なんか帰ってくる日を指定された」
どうして突然とシルクもナーベラルも不思議に思うが、相手はあのモモンガだ。詳しい話をしなかったということはその意味がないということだ。情報交換は忘れないようにしないと。
「よし、じゃあ最後に帝国、もとい人間の街に行く時の注意事項だ。復唱しろ、ナーベ」
「畏まりました、し、お師匠様」
「まず、『スリにあっても相手の手を潰さない』」
■
モモンガの自室に、守護者統括のアルベドを始めとして、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス、デミウルゴス、セバス、ローラ、ミリオン、ザイトルクワエが集結していた。
これほどのメンバーを集めて一体何をするつもりなのかと身構える面々に、まさか呼んだ全員が来るとは思っていなかったモモンガは若干緊張しながら言う。
「――あと一ヶ月ほどで、シルクさんの誕生日だ」
不思議そうに首を傾げる者、目を大きく見開く者、モモンガの発言を意味を理解して空中を見て考え込む者と反応は様々だ。だが、否定的な感情は見られない。
そんなことで呼ぶなと言われなかったことへの安堵を隠しつつ、モモンガは話を進める。
「当然、この世界の暦ではなく、元の世界、ユグドラシルの方式で日数をカウントした場合だが、まあ、この世界で生まれたわけではないのだ。当然だな」
この世界の人間の暦は月を四大属性で上中下と数える方式だ。数字で月日を数えていたモモンガには〇ヶ月前が何月だったのか分かりづらいのだと思うが、そこは慣れなのだろう。生まれ育った土地の言語が他の国からしてみると理解できない部分があるのと同じだ。
「そこで皆に相談なのだ。シルクさんの誕生日を祝いたいのだが、何かアイディアはあるか? いや、他に仕事があるのならばそちらを優先してもらって構わない。あくまでも時間に余裕のある者の手を借りたい」
モモンガとしては、アウラやマーレ、ローラあたりの協力が得られたらそれで良かったのだが、場の雰囲気的には全員が参加する覚悟を決めているように見える。
アルベドは恭しく頭を下げて進言する。
「モモンガ様。偉大なる御方々のご生誕なされた日が訪れたことを祝うこと以上に、重要な仕事などございません。ナザリックのシモベ一同、全身全霊を尽くさせていただきます」
無駄に強い意志を感じたモモンガは若干たじろいだ。
「そ、そうか? しかしデミウルゴスなどは王国の裏社会の管理などで忙しいのではないのか? もしも今の勢力を奪われたら面倒なのだが」
「いえ、システムはほとんど掌握しております。魔将を監視につけておきますから、一ヶ月程度であれば問題ないかと」
ナザリック一の知恵者であるデミウルゴスがそう言うのだから問題ないのだろう。モモンガは詳しい内容を話し合おうとするが、それよりも先にNPC達が意気揚々と口を開く。
「ナザリックに所属する者は当然として……」
「世界をあげて祝福すべきでありんす」
「そうだね。いずれはそうすべきだ。しかし、現在は少し難しいね。とりあえず、弱味を握っている人間を動かして、王国の祝日にしようか」
「ソレハ良イ考エダ」
「は、はい! とってもいいと思います」
誕生日が国の祝日になるとかどこの王様だ。シルク・タングステンの名前を出すわけにはいかないから、色々とちぐはぐになってしまうと思うのだが。
「ま、待つのだ、お前達。そこまで大事にする必要はないぞ。私はあくまでも、ナザリック内で彼を祝いたいのだ。わざわざ無関係な人間を巻き込む意味も、価値もない」
「畏まりました。浮き立ってしまい申し訳ありません」
そう言いながら高揚を隠せないNPC達を見て、モモンガは全盛期のことを思い出す。メンバーの誕生日だけではなく、ギルド結成日やナザリック攻略記念の日には皆で盛り上がったものだ。反面、メリー苦しみますのような儀式も行ったが。かつてのシルクの呟きが記録に甦った。
『え? 誕生日を祝うのって、フィクションの中だけじゃないの?』
深い闇を見た気がした。忘れよう。
「会場は無論、ナザリックだ。第六階層の円形闘技場を使いたいのだが、問題はないか?」
「はい! むしろどんどん使ってください!」
「こ、光栄です!」
一番理想的な場所は玉座の間だが、あそこだと肩が凝る。それにシルクも気が引けるし、シモベも力を抜けない。今回のパーティーはシルクの誕生日を祝うこと以外にも、シモベ、特に苦労をかけている階層守護者達への慰安も兼ねるつもりだ。無礼講ができる空間を用意したい。
「そうか。では、次はプレゼントだ。量をもらってもシルクさんが困ってしまう。そこで、階層ごとに代表者が渡すという形式にしたいと考えているのだが、何が良いと思う? 内容を被らせるわけにはいかないからな。思いついた者から挙手して欲しい」
モモンガが言い終わると同時に、アルベドが手を挙げる。
「例のイビルアイとかいう吸血鬼など如何でしょうか? シルク様が大変気に入られたようですし」
蒼の薔薇の魔法詠唱者イビルアイ。
その正体は十三英雄の物語にも登場する伝説の吸血鬼、国堕とし。
「却下だ。あの娘には余計な手出しをすべきではない。シルクさんはシルクさんなりの口説き方を考えているはずだからな。それを邪魔するのはどうかと思うぞ」
でもあの人も初恋しか知らない童貞だからなー、と悩むモモンガ。
アルベドもやっぱりこの手の話が好きなのかとモモンガは考えているが、実際は微妙に違う。
もしもイビルアイがシルクの正妻となった場合、アルベドには色々と有利なのだ。具体的には、シルクがナザリック外から正妻を入れた場合、モモンガが対象的に内側から正妃を選ぶ必要が出てくるからだ。さらに、シルクが所帯を持つことで、モモンガに結婚を意識してもらおうという考えがある。
「そういえば、聞いておきたかったのだが、シルクさんがナザリック以外の存在に心を割いているというのはお前達にとってはどうなのだ?」
「……不敬を承知で言えば、あまり面白い話ではありません。しかし、彼女がナザリックの所属となるのならば話は別でございます。それに、シルク様が我々のことを疎かにしているわけではないのですから」
「そうか」
頷くモモンガだが、何か微妙に引っ掛かる部分があった。まあ、モモンガとしてもイビルアイはナザリックに迎え入れたいと思っている。『異形種』であり冒険者という『社会人』である彼女はアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの加入条件を満たしている。ギルメンとするにはメンバーの同意がないが、同じような扱いをすることには文句はないだろう。ペロロンチーノあたりは「シルクさんの裏切り者!」と罵倒しそうだが。
「昨夜はお楽しみでしたね、とか言ってみたいな。いや、リア充爆発しろが先かな」
本気で怒りそうだからタイミングは見計らう必要があるけど。それにしても、シルクがロリBBAがいける口だとは思っていなかった。彼はモモンガと同じように巨乳好きだと思っていたのに。
(いや、巨乳というより年上が好きなんだったっけ? 柔らかく包んでくれる母性がある系って聞いた記憶が……イビルアイとは全く違うタイプだと思うんだけど)
すると、シャルティアがなぜか意気込む。
「もしその小娘を調教する予定でしたら、私にお任せくださいでありんす!」
「やめてくれ。シルクさんが聞いたら本気でキレかねない」
今度はアウラが手を挙げた。
「はーい! 星獣にする用の新しい死体はどうでしょうか?」
「それは考えたが……。シルクさんの枠も少なくなってきた。相応しい存在がいるのか? 死体がなくなっても問題がないことが条件だぞ」
シルク・タングステンが召喚できるモンスターは九体までだが、彼の切り札の超位魔法――通称『方舟』は召喚魔法であるため、実質八体までだ。魚人のカジット、植物竜のザイトルクワエ、火の精霊のグ、霧裂き魔、ヤルダバオト(偽)、元王女の天使によって、残りは二つだ。現状では霧裂き魔とヤルダバオト(偽)くらいしか使い潰せるようなものはいない。
シルクは九体までしかモンスターを召喚できないという縛りがあるため、召喚系の魔法は量よりも質を求められる。ただし、『方舟』だけは例外だ。あれは召喚系モンスターとしては特殊すぎる。
本来であれば枠の一つをイビルアイに使うつもりだった。レベル五十の死体ならば補助スキルを併用することでレベル百の星獣が作り出せるからだ。しかし、彼女は吸血鬼――アンデッドだ。星獣転生はアンデッドを作ることはできても、アンデッドを作り替えることはできない。モモンガの作成したアンデッド、ナザリックのPOPするアンデッド、カッツェ平野のアンデッド、六腕のエルダーリッチなどで実験したが、結果は同じだった。イビルアイほどのレベルならばひょっとしたら可能かもしれないが、試すわけにはいかないだろう。貴重なこの世界原産の吸血鬼、それもレベル五十前後だ。それに、シルクの超個人的な感情もある。
(ザイトルクワエとまではいかなくても、レベル五十くらいがいてくれたらいいんだけど。でも、そのくらいの実力者だと死体が消えることが非常に面倒になる。まして、星獣転生は素材の自我や記憶を完全に消しきれないみたいだからな。殺して手に入れるのは愚策だ)
封印されている魔神とやらを調査してみるのも良いかもしれない。何せ実際に魔神と戦った『情報源』がいるのだから。彼女に顔を知られているのはシルクだけだが、イビルアイはよくトブの大森林を訪れるという。そして、彼女にはトブの大森林が現在ダークエルフと妖精によって支配されていることは教えてあるそうだから、偶然を装って、アウラやマーレ、ローラに接触してもらえば良い。
トブの大森林と言えば、件の元王女である。冒険者モモンとして彼女の『世間』での認識を知っているが、それとは異なった本性があるようだ。詳しくは聞いていないが。
(ちょっとだけしか聞いてないけど、なんかやばい娘みたいなんだよな、例の元王女。シルクさんもガチで嫌っているみたいだし。天然の人間なのにアルベドやデミウルゴスと同じくらい賢いって……。会話しただけで俺の正体……元一般人だってことも見抜いてきそうだし、会うのは避けよう)
今度はマーレがおずおずと手を挙げた。
「え、えっと、その、ドラゴンは如何でしょうか?」
「ドラゴン?」
「何で?」
「えっとね、ぶくぶく茶釜様が僕達に与えてくれたドラゴンがいるでしょう? あのドラゴンって、シルク様も欲しかったらしいんだけど、手に入れられなかったんだって。ペロロンチーノ様とぷにっと萌え様がお話しされていたよ」
アウラの問いに応えるマーレの言葉で、モモンガは当時のことを思い出す。
『うぎゃがああああああぁぁあぁあああ! まただよ、また出なかったよ。何で出ねえんだよ、ドラゴンがぁ! もういい加減出てきてくださいよお、ドラゴン様よお! 明日から塩と水の生活が開始する覚悟でつぎ込んだのによ。お願いだ、お願いだ、お願いだ! これで出ないとマジで資金がないんですぅ! 回すうううう! これでラストの回すうううう! 出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ出ろ! 来い、来い、来い来い来い来い来い! よっしゃ、高レア演出来たぁ! そのまま、あ、ああ……あああああああああ、運営マジ許さねえ! 糞運営があああ! まぎらわしい演出流してんじゃねえよ、この糞アイテムはすでに他人にあげるほどあるんだよ! 俺に何の恨みがあるんじゃー! どんだけこれまで課金してやったと思っとんじゃ! 今回だけでどれだけ溶かしたと思っとんじゃ! 運営にはユーザーの心が分からねえ! 爆発で死にたい! 略して爆死! うにゃあがあああばああああ! もう二度と課金ガチャなんてしねえ! うわーん、きぬかさーん! ……んじゃ、そこらへんのモンスターを八つ当たりで狩ってくるぜ!』
うん、忘れておこう。
モモンガが回想している間に、デミウルゴスが得心したと頷く。
「ザイトルクワエもいるが、元はトレントだからね。純粋なドラゴンというのは、シルク様にも満足して戴けるかもしれない」
「ぐっ。面目ありません」
「気にせんでええで、ざいちゃん」
「シカシ、竜種ナド簡単ニハ見ツカルノカ? コノ世界デハ評議国ノ評議員クライシカ話デ聞カン。流石ニ、シルク様ニ気付カレナイヨウニ探スノハ無理ガアルゾ」
「確かに」
ここで、モモンガの脳裏にふとある記憶が甦る。
「ドラゴンか。確か、フロスト・ドラゴンがアゼルリシア山脈の方にいるんだったか?」
その昔には天変地異を操る強大なドラゴンがいた、という伝承も残っている。もしもそのドラゴンが現代も生きていたとしたら、ナザリックの強化にも使える。
「モモンガ様。ドラゴンと言ってもピンからキリまでです。弱すぎた場合はシルク様を落胆させてしまう可能性もあるかと」
アルベドの言う通りだ。シルクがかつて欲しかったドラゴンのレベルはかなり高い。高額ガチャで低確率でしか出なかったものだから当然だ。レベル三十程度のドラゴンをプレゼントしたら、あの時のショックがぶり返すのではないだろうか。あのような狂乱した姿をNPCに見せるわけにはいかない。
「しかし、ちょっと見に行ってみるのは良いかもしれないな。実際にいるかどうか確認するだけでも価値はあるし、強者だった場合は友好的な関係を築けば良いだけの話だ。弱かった場合は数匹を生かして、残りは素材に使おう」
最後の一匹だけが山の片隅で生き残っているというパターンはやめて欲しい。ハムスケと被る。
他にあるかと促すと、今度はローラが挙手した。
「珍しい金属とかどやろ?」
「金属? ああ、ゴーレムの素材か」
シルクの趣味の一つに、ゴーレム作りがあった。ローラの守護する領域『廃館』にも彼やかつてのギルメンの失敗作ゴーレムが大量に廃棄してある。しかし、るし★ふぁーを始めとするゴーレム好きが引退してから、シルクがゴーレムを作る機会も少なくなった。
「うちの世話しとるリザードマンの一人にな、アゼルシリア山脈でドワーフと知り合いになった奴がおりますねん。そいつ曰く、ドワーフは特殊な金属の加工に優れた技術を持っとるらしいんや。特殊な金属への技術があるってことは、特殊な金属の現物もあるってことやん?」
ユグドラシルプレイヤーとして、未知というのは心躍る。それに、ドワーフの技術とやらも気になるところだ。ユグドラシルにはなかった技術が存在するかもしれない。
そこでミリオンが身体をうにょりと縦に伸ばした。どうやら手を挙げているらしい。
「十三英雄の末裔を調べてみるのは如何でしょうか?」
「む?」
十三英雄。かつて魔神や神竜なる存在を倒したとされる英雄達。実際は十三人より多くいたそうだが、人間以外の種族の物語は削られた。伝承の添削には、法国やそれに近い立場の思惑があるようだ。
「十三英雄は国堕としを倒したと伝説に語られていました。実際は仲間だったようですが。十三英雄にはイビルアイ嬢に近い実力者もそれなりにいたのではないかと思います。そして、強者の血が次代の強者を生み出している可能性もまた高いかと。それこそ、その死体を回収してみては如何でしょうか? 石碑に祀られているケースもあるでしょうし」
「なるほどな」
十三英雄の数名がプレイヤーだった可能性もある。シルクの星獣転生で甦らせて話を聞いてみるのも良いかもしれない。イビルアイから聞き出せる情報もあるだろうが、彼女には今後の立場を考えると手荒なことをしたくない。
プレイヤーかもしれない存在のことは色々と調べたが、広く浅くというスタンスだった。二百年前の十三英雄にだけ焦点を絞って調査を行うのは良いことかもしれない。
「では、私がアゼルリシア山脈を見るとするか」
「も、モモンガ様自らですか?」
「ああ。我が友に捧げるかもしれないのだ。当然だろう? 場合によっては、そのままドラゴン狩りだ。ああ、パンドラズ・アクターに冒険者稼業の代理を頼まないとな」
そこでモモンガは自分に多くの視線が向けられていることに気付く。視線に込められているものは期待や不安だ。視線の意味を理解したモモンガは苦笑しながらも、どうしたものかと考える。
「無論、私一人で行くつもりはない。同行者には、そうだな――」
原作との差異
・この時点ではドワーフの技術はついで(ルーンがあることもモモンガは知らない)
・むしろいるか分からないドラゴンがメイン
・モモンガには王という立場がない
・原作の描写は十一巻だったが、時系列的には現在七巻くらいであるため、ドワーフはまだ余裕がある
ここから導き出される結論は?