そして、次回の更新もたぶん遅いです
――五百年と少し前、命の神と竜王の間にこんな会話があった。
なあ、ツアー。僕の古い友人の話を聞いてくれるか?
スルシャーナや他の仲間よりも古い友人の話だ。僕の人生で初めての友達。『こいつにならどんな裏切り方をされてもいい』と誓った親友。どうしようもないくらいにヒトデナシのロクデナシで、悪意の塊みたいなヤツで、キレっぽくて、でも温かいものを大切にできて、他人の痛みを理解できるヤツだった。だけど、僕はあいつを裏切ってしまった。
だって、あいつは狂っていた。
ある人曰く、僕は生まれながらにして欠落していた。人間が人間であるために必要な感情や感性が存在していなかった。愛なんて感情を知らずに育った『純白』だった。
対して、あいつは狂っていた。あいつは悪意以外の感情を知らずに生きてきた。あのまま生きていたら、間違いなく怪物になっていただろう。『あの人』に出会わなければ、世界の敵になっていたかもしれない。あの死にかけた世界の寿命を食い殺す、悪逆の怪物になっていたはずだ。それは僕だって同じだった。
だけど、僕達は『あの人』に出会った。すでに名前を思い出すことさえできない、あの太陽のような女性に。ああ、あれがきっと運命だったんだろう。
僕は『あの人』に出会って愛を覚え、あいつは『あの人』に出会って愛を与えられた。僕達はようやく人間になれたんだ。
だから、幻想を抱いたんだ。僕達も『あの人』のように愛を教えようと。僕達がそうされたように、愛を知らない誰かに愛を知って欲しかった。まあ、挑戦さえもできなかったんだけど。失敗さえも許されなかったんだけど。
僕はあいつをユグドラシルに誘った。リアルでは叶わないと理解した幻想を、あの世界で叶えようとした。誰かを救おうとした。だけど、あいつをユグドラシルに誘ったことを、すぐに後悔することになった。
だって、あいつは
小さいギルドだったさ。異形種を問答無用で襲うような連中だった。だけど、だけど、あそこまで壊すことはなかっただろう。あそこまで呪う必要なんてなかっただろう。どう考えても、やりすぎだった。
あいつはずっとそれを続けていた。一人のときも、ギルドに属してからも、ユグドラシルが衰退期に入るまで、あの世界に悪意をバラ撒いた。
愛を知ってしまったからこそ、悪意に悪意以上の感情で返すようになったんだ。悪意を向けられたら、悪意を返すのが元々だったけど、それ以上になってしまった。それ以下に成り下がってしまった。あれはまさに、倫理観の死んだ時代が生んだ怪物だった。もう少し生まれる時代が早ければ、それこそ歴史を変えたかもしれない。当然、悪い方にだけど。
だから、僕はあいつを裏切った。どんな裏切り方をされてもいいとまで考えていた親友を、裏切って、背中から刺した。あいつは僕が裏切った理由を知らない。けど、どうでもいいんだ。あいつが求めているのは理由ではなく、感情だ。
僕があいつを想ってあいつを裏切ったことを、あいつは見抜いただろう。そういう男だ。だから、
あいつは人間を愛しているからこそ、後悔も逡巡も加減もせずに滅ぼしつくす。
僕達は神になったが、あいつはきっと、いや、必ず魔王になる。誰かの敵ではなく、誰もの敵になる。あの世界で許さなかった自暴自棄の自殺行為で、この世界のほとんどを道連れに死のうとする。
あいつの両手が血で汚れるのは構わない。僕だって同じだ。だけど、あいつの人生が憎悪されるだけのものになんてなって欲しくないんだ。あいつは優しくはなくても、悪意に満ちていても、ちゃんと誰かを救うことができるはずの男だから。
なあ、ツアー。もしも僕が死んだ後にあいつが来たら。もしもあいつが道を間違えそうになったら。もしもあいつが『あの人』の輝きを忘れてしまったとしたら。
僕の代わりに――あいつを、シルク・タングステンを殺してやってくれ。
■
「えへへへへ」
ナザリック地下大墳墓の一室、時折階層守護者を始めとするNPCが会議室として使用するその部屋の中で、ダークエルフの少女は上機嫌に笑う。嬉しくて嬉しくてしょうがないといった様子だ。
「……むう」
「くうぅ! 羨ましい!」
それを見て、吸血鬼の少女が面白くなさそうに頬を膨らませる。女神の如き女悪魔は美人が残念なことになる表情をしていた。ダークエルフの少年も羨ましそうに、恨めしそうに姉を見る。
「いいなあ、お姉ちゃん」
「ふっふーん」
部屋にはガルガンチュアとヴィクティムを除いた階層守護者全員とセバス、ローラ、プレアデスのユリ、プルチネッラが集まっていた。会議の内容は当然、来たるべきシルクの生誕祭についてだ。
「今回の任務、よろしく頼むよ、セバス」
「こちらこそよろしくお願いします、デミウルゴス様」
「その敬称はいらないよ、セバス。略してくれて構わない」
「ではそのように」
シルク・タングステンへの贈り物となるかもしれないドラゴンの捕獲作戦。その同行者のNPCは三名が選ばれた。その三名ともがレベル百だ。アウラと、セバスと、デミウルゴスである。驚きの人事である。強者三名がいるという点ではなく、よりにもよってセバスとデミウルゴスを行動させるというのは。
モモンガがこの三名を選んだ理由は、以下の通りである。
まず、未知数な部分が多いため、レベルの低い者を連れていくのは危険である。この時点で、高レベルのNPCと傭兵モンスターに限定される。傭兵モンスターについては後々考えるとして、逆にレベル百NPCを連れていきすぎるのも危険だ。ナザリックが手薄になっては元も子もない。
次に、モモンの影武者をしてもらうパンドラズ・アクターは自動的に除外される。ナザリックの管理運営をしているアルベドも同じだ。トブの大森林のことを考えると、アウラ、マーレ、ローラの誰かは残しておかなければならない。件の『ツアー』が来る可能性もあるし、蒼の薔薇が来訪した時の対応も必要なのだから。
そして、今回の目的はドラゴンの捕獲だけではなく、ドワーフとの接触もある。そのため、人間種に見える者の方が良い。人間化の指輪があるが、そちらは使用者が決まっている。
最後に、個々の能力だ。アウラの探索能力とテイマーとしての能力はドラゴンを見つけ出し、捕獲するために必要不可欠だ。ドラゴンが相手であるため、近い種族である竜人のセバスが上手く交渉できるかもしれない。
セバスとデミウルゴスを一緒に行動させるというのは危険かもしれない。彼らの仲の悪さは、創造主譲りであるからだ。だが、共に行動させることで和解できるのではないかとモモンガは考えているのだ。自分が一緒にいればどうにかなるのではないかという期待もあるし、和解できないのならできないでそれがどの程度なのか正しく把握しておくべきだからだ。
今回の作戦に参加できなかった者は、各階層ごとに贈り物を作ることを許可された。第一階層から第三階層までは一括りということだが。第七階層の代表者代理はプルチネッラが、第九階層はユリ・アルファが請け負うことになった。この場に二人がいるのもそういう事情がある。
「それにしても、シルク様のお誕生日かー。モモンガ様ももうちょっと早く言ってくれたら良かったのにね」
一ヶ月という時間ではできることが限られてしまう。それこそもう少し前に教えてもらえれば、完璧を追求できたというのに。苦笑をする者もいるが、同じ考えだった。だが、ある悪魔の発言により、その空気は一変する。
「ふふ、それこそがモモンガ様のお考えだと気付かないのかい? もっと深いお考えがあり、今回の提案をされたのだとね」
「え?」
「何ダト?」
モモンガ本人がいたら間違いなく「え?」と言ってしまうであろうことを口走るデミウルゴス。アルベドもデミウルゴスの意思を理解しているとばかりに深く頷いた。
「どういうことですか、デミウルゴス。まさかモモンガ様がシルク様の生誕祭をご計画されているのは嘘だとでも言うつもりですか?」
セバスが若干矢継ぎ早に問うと、デミウルゴスは若干目を細める。
「馬鹿な。そのようなことを言うつもりはないよ、セバス。モモンガ様は当然、全力でシルク様のお誕生日を祝われるつもりだろう。だが、副産物的な目的があると言っているのだよ」
視線が集まっていることを確認して、デミウルゴスは自らの考えを披露する。
「私達がこの世界で何をどこまでできるのか、ということさ」
元から理解していたアルベド以外の頭には疑問符が浮かぶ。
「ん? どういうことでありんす?」
「分かっているが、至高の御方の一人であるシルク様に贈呈するお祝いの品で手を抜く者などいないだろう?」
「と、当然です」
マーレの言葉に、他の者も頷くことで追従する。確認する必要もないことである。
「だが、その『至高の一品』というのが問題なのだよ」
もったいぶるデミウルゴス。皆が視線の力を強めることで先を促す。
「これも言うまでもないことだが、シルク様を祝うことということはモモンガ様の番もあるということだ。そして、誕生日とは毎年あるものだろう?」
当然のことだと理解する一同。だが、話はまだ見えてこない。
「だが、モモンガ様の誕生日や来年のシルク様の誕生日にまさか同じような品を出すわけにはいかないし、グレードを落とすなど以ての外だ。そして、我々が至高の御方々から賜ったものやナザリック産の物資を使うことも駄目であることは理解できるね?」
当然である。このナザリックにある物は最初から至高の御方々の所有物だ。所有者に所有物を与えるなど馬鹿な話があるはずもない。
「我々がこの世界でどれほどの品を手に入れることができるのか。モモンガ様は誕生日を祝うという名目でそれを定期的に調べるつもりなのだよ。それも、一ヶ月という制限の中でね」
「成る程。さすがはデミウルゴス。慧眼でございますね」
セバスはそれで理解したが、シャルティアやコキュートスは首を傾げた。
「例えば、ナザリックから出る許可をもらっていないシャルティアと、トブの大森林を支配しているアウラと、著名な冒険者として多くの人間に顔が利くコキュートス。この三名が同じように物資を集められるかと言えば、そうではないだろう?」
「え、えっと、でも、集めるのはできる人がやれば、その問題ないんじゃないんでしょうか?」
「アア。私モ別ニ一人ダケ立派ナ物ヲ贈ロウナドトハ考エテイナイ。頼マレレバ届ケル」
「それこそがモモンガ様の願っていることだよ」
悪魔を両手を広げて、その場にいる全員を示す。いや、より正確にはこのナザリックに所属する者全てを指し示している。
「モモンガ様は我々の協力を促しているのさ。いや、正確には協力と競争、この両立を我々がどのように行うか。モモンガ様は我々を試しておいでなのさ」
それでようやく全員が理解する。
「私とデミウルゴスが選ばれたのも、そのあたりが関係しているのでしょうか? 外に直接的なコネクションを持っているからこそ、それを制限するために」
「ですが、コキュートス様も冒険者として外に出ていらっしゃるのでは?」
「ユリ、それは違うのよ」
アルベドは指摘する。
コキュートス――冒険者コートスの立場でいえば、あまり目立つ買い物はできない。いや、モモンとして各地の鉱物などを買い漁っていた時期もあるから、変なものを買っても、収集癖があるのかと思われるだろうが、それを前提として微妙な匙加減が必要なのだ。
そして、その手の計算はコキュートスには難しい。得意であろうセバスやデミウルゴスはモモンガに同伴するし、アルベドはナザリックから離れることができない。つまり、ある程度はコキュートスが自分で考えなければならないのだ。
「我々は成長しなければならない。それはモモンガ様だけではない。シルク様の意思でもある」
デミウルゴスは御方がいるであろう帝国の方角を見る。
「帝国に向かわれる前に、シルク様は言っていた。帝国を落とすには三手で足りるとね」
「三手……? まずは宮廷魔術師筆頭だというフールーダ・パラダインを離反させることかしら。聞いた限りの情報通りの人間なら、裏切らせることは簡単でしょうしね」
フールーダ・パラダイン。帝国の重鎮。大陸に四人しかいない逸脱者の一人。第六位階魔法が使用可能な生きる伝説。――もっとも、ナザリックからしてみれば価値の薄い人間なのだが。
「私もそう思ったよ、アルベド。しかし、シルク様は違った。あの御方は三手中の三手目でフールーダ・パラダインを懐柔するのが最善だとおっしゃった」
――デミウルゴス、それはジョークか? お前は人間について何も知らないな。お前はナザリック一の知恵者だと思っていたのだが、勘違いだったか?
あの失望した声音を思い出しただけでも背筋が凍る。王都襲撃作戦を成功させたことで油断していたのだろう。忘れてはならない。あの御方は、ナザリックを去ってしまうかもしれないのだ。だからこそ、今回の作戦は下手をすれば先の王都襲撃よりも重要度が高い。
「最初に最大の力を失っても、人は抵抗を続ける。思考を巡らせて、あらゆる可能性を考える。“そんなことがあったのだから”と視野が広がってしまう。逆に、一番の力が残っているからこそ人は絶望的な状況に気付かない。思考が停止するのさ」
「思考が停止する、ですか?」
「ああ。最後に残った希望こそが最も脆いとは考えなくなるからだ。人間は考えたくないことを……最悪の可能性を考えないという悪癖があるからね」
“まずい状況かもしれない。しかし、フールーダがいるなら大丈夫だ”。
そう思わせて油断を誘う。切羽詰まっていることを自覚しても、切り札が残っている限り、人間には微かな慢心が宿る。それこそが、文字通りの意味で致命的な一撃となる。
「フールーダ・パラダインはナザリックにおいては無価値な雑魚だろうが、帝国においては最強の魔術師だ。そのような大層な立場の人間が裏切ってしまえば、皇帝は思考の幅を広げてしまう。“あのフールーダが裏切ったのだから誰も信用してはならない”とね。だが、裏切らなければ、その最後の瞬間までその力が最も強大だと勘違いを続ける」
「でも、それだと裏切ったことを隠させていれば……いえ、シルク様はその帝国の宮廷魔術師が裏切れば、すぐに皇帝にバレるとお考えなのね?」
「ああ。貴族社会や権力にも疎い、魔術にしか興味のない老人だろうだからね。市井に出ている一般的な情報だけでそこまで読まれるとは……流石はシルク様だ」
そのような人物だからこそ、裏切らせることも容易である。そして、相手の使用する魔法の位階を視認できる異能も持っているのだ。モモンガを視界に入れた瞬間に跪くことであろう。
「もし帝国を攻略する場合、私は容易かつ相手の戦力を一気に掌握できるからこそ、フールーダ・パラダインの懐柔を進言しただろう。それが無駄な手間を増やしてしまうとも考えずに。あえて簡単なことを後回しにして相手のための逃げ道を作ろうという発想は私にはなかった。……そして、恥ずかしいことに、シルク様のおっしゃる残りの二手が私には全く思い浮かばない」
「そうね。せめて五手は欲しいところだわ」
「デミウルゴスやアルベドさえ上回る策略とは……」
「ひゃー。さすがシルク様だね」
「あ、憧れちゃいますぅ」
ここにシルクがいれば『調子乗らなきゃ良かった』と思っただろうが、幸か不幸か本人はいない。いや、ほぼ確実に不幸なのだが。
「おそらく、シルク様が帝国に出向かれた理由はその最初の一手を打つためだろうね。我々にそれを教えていただけないのは、我々が考えて、成長することを促すためだ。二手目を我々に打つチャンスを与えてくださっているのだ」
王国の裏社会を完全に支配したこと、表社会に崩壊の決定打を与えたこと。この二つで、ナザリックの全シモベは『現在の価値』を示すことができた。だからこそ、シルクは『未来への可能性』として帝国を攻め落とす手段を考えさせようとしている――と、デミウルゴスは深読みしてしまったのだ。
「難しいよ。シルク様もモモンガ様も頭良すぎだもん」
「だからといって、思考を停止するなんて論外でしょう。御二方の言動には深い意味があるの。同じレベルは無理でも、言葉の裏にある真意を読み取れるように努力すべきだわ」
「ムウ。私モ冒険者トシテ働クコトデ色々ト新シイコトヲ覚エル必要ガアッタ」
コキュートスは自分の指に嵌められている指輪を見る。星霊の力が込められた人間化の指輪を。
「コレヲ賜ッタ時ハタダ命ジラレタママニ斬ル一本ノ刀デアレバ良イト考エテイタガ……。自ラノ至ラナサデモモンガ様ニゴ迷惑ヲ掛ケテシマウコトモ多カッタ。影武者ノパンドラズ・アクターニモドレダケ助ケラレタカ」
「コキュートス様のその考えもまた御方の思惑かもしれませんね。それこそが、コキュートス様に期待されている成長の形なのかもしれません」
セバスの言葉に、同意の息を漏らす一同。
「ミリオン、ローラ。かの御方の被造物である君が羨ましい……ん?」
羨望を言葉にしようとしたデミウルゴスだったが、言葉を向けようとした存在の片割れ、廃棄物型スライムことミリオンの姿が見えなかった。
「お兄やったら宝物殿に行っとるでー。なんやパンドラはんに呼ばれたらしいわ」
「パンドラズ・アクターに?」
宝物殿の墓守、パンドラズ・アクター。モモンガの被造物という意味では、彼への嫉妬と羨望もまた存在する。確か、今頃はモモンガが今後の打ち合わせをしているはずだ。
「どうしてパンドラズ・アクターが……。外での打ち合わせだろうか? 冒険者モモンと組織が遭遇するのは極力避けたいことだからね」
「それだとデミウルゴスを呼ぶんではありんしょうか?」
「さあ? 詳しいことは聞いとらんわ」
「あ、あの、二人のことより、贈り物の話をしませんか? こ、ここで決めておかないと、その、準備も進みませんし」
「それもそうね」
「では、ユリ。この後、私とエ・ランテルの商会に行って顔を繋いでもらえますか? モモンガ様をお待たせするわけにはいきませんから急がなければ」
「はい、セバス様」
「プルチネッラ。牧場の羊から使えそうな素材を集めてもらえるかい? 本来であれば私が手をかけて作りたいところだが、君がリーダーとなって製作してくれたまえ」
「お任せください、デミウルゴス様。御方に相応しい献上品を!」
自分の代理に対してこれからの指示を出すセバスとデミウルゴス。だが、セバスが片方の眉を不快そうに歪めた。執事の見本たる彼にしては珍しい態度だ。相手がデミウルゴスだからだろう。
「……デミウルゴス。まさか貴方の言う『羊』を素材にしたものをシルク様に贈られるつもりですか?」
「ああ。その通りだが、何か問題があるのかい?」
「ええ。貴方の『羊』に問題があるわけではありませんが、そのような血生臭いものを祝うべき日の贈り物とするのは如何なものかと」
「そうかね? シルク様はそういったものをこそ好みそうだが」
「私はそうは思いませんが。シルク様は美しさに強い拘りを持つ御方です。申し訳ありませんが、貴方の考えているそれはシルク様の趣味には合わないのでは?」
「シルク様にではなく、君の趣味に合わないのでは?」
「……おんしら、これから一緒にモモンガ様の御供をするんでありんしょう? もうちょっと仲良くできんのかえ?」
「嘘でしょ、シャルティアが正論を言っているわ」
「やんのか、大口ゴリラ!」
一ヶ月後に向けて、彼らの戦いが始まった。
■
守護者達の会議が始まる少し前。
宝物殿では、パンドラズ・アクターが久方ぶりのモモンガとの再会に盛り上がっていた。当然、パンドラズ・アクターは無駄にテンションが高かった。
「おお、モモンガ様! お久し振りでございます!」
「いや三日振り……んん! う、うむ。お前も元気そうで何よりだ」
「この通り、息災でございます!」
二人は宝物殿の開けた場所にある椅子に腰掛けている。パンドラズ・アクターはモモンガの隣に座っている。座る動作もオーバーリアクションだった。
普通は正面に座るものだろうとか近すぎるとか言いたいことは色々とあったが、モモンガはぐっと堪えた。彼がこのような言動を繰り返すのは、他ならぬモモンガが原因だ。
現在、パンドラズ・アクターは色々な場所で働いている。単純な仕事量はデミウルゴスに次ぐだろう。ほぼ万能である彼は、宝物殿とあちこちの部署を行ったり来たりしているのだ。王国の裏社会を掌握した現在は落ち着いているが、いつ彼の力が必要になるか分からない。本当はドラゴン狩りにも参加して欲しいところだが、他にモモンの影武者ができそうな人材がいないというのが難点だ。魔法詠唱者ならば大勢いるが、人間の姿になれる点やモモンの細かい癖を再現できる点などを考えれば、パンドラズ・アクター以外の適任などいない。
「モモンガ様、本日はどのようなご用事で?」
「本題に入る前に、だ。パンドラズ・アクターよ。お前に言っておきたいことがある」
「はっ!」
「私とお前は創造主と被造物という関係だ。お前が私の創造した通りの姿を見せようと努力してくれるのは非常に嬉しい」
脳裏に浮かぶのは、シルクとミリオンとローラである。あの三人はどうしようもないほどに親子で、家族だった。創造主と被造物という難しい関係ではない。単純に、父と子だったのだ。
「だが、こうも思うのだ。子は父を超えてこそではないかとな」
「おお……モモンガ様。私を子と」
「不思議なことではないだろう? シルクさんとローラやミリオンを見れば、私がお前を子と呼ぶのは当然のことだ。シルクさんはローラやミリオンの成長を楽しんでいる。だから、その、何だ。ドイツ語とか敬礼とかオーバーリアクションとか、私の前でする必要はないぞ。私が生み出したものよりも、私が生み出していない部分を見せて欲しいのだ」
パンドラズ・アクターはしばらく沈黙した後、深々と頭を下げた。
「畏まりました――父上!」
「お、おう」
「この私、父上のお望みを必ずや叶えてご覧に入れます!」
早まったかと後悔するモモンガ。しかし、シルクの言動を考えるに、これで間違いはなかったはずだと思いたい。いや、彼が例外だとは思いたくない。シルクは器が大きい方ではないし、ミリオンはほとんど設定が書かれていなかったはずだし、ローラは結構歪んだ感情で作られたが、正しく親子をしているのだから。
(こんなことなら俺も少女型のNPCを作っておけば良かった……。多分、シルクさんもミリオンだけだったら今ほど上手くはやってないよな)
現在はそうでもないが、この世界に転移してから最初の内はローラを贔屓していた。ローラで慣れることで、ミリオンも受け入れられたのだろう。アインズ・ウール・ゴウンの黄金期の彼自身に似ているという息子を。
「パンドラズ・アクターよ。この会話を他の者に話してはならないぞ。お前は特別だが、そのことは軋轢を生みかねない。そして、お前が特別だからこそ、私はお前の優先度を低く設定する。お前と守護者、どちらかしか助けられない状況ならば、お前を切り捨てる」
「無論でございます! 私を御切り捨てください!」
胸を張って言われると罪悪感が生まれる。
「それはそうと、父上」
「何だ?」
「私は、父上にお詫びしなければならないことがあります」
「え……んん! 何だと?」
思わず間抜けな声が出そうになったため、必死に堪えるモモンガ。まだ本題にも入っていないのに、何やら面倒臭いことが開始しそうな予感がする。
「実は父上に前々からお伝えしたいと思っていたことがあるのです。しかし、事が事だけにご報告が本日まで遅れてしまいました。父上のご慈悲に甘える形になってしまいますが、どうぞお許しください」
「何だ? 言ってみろ」
やけにもったいぶった言い方に違和感を覚えるモモンガ。金貨の使用ペースが早いとかそういう問題だろうかと流れないはずの冷や汗を感じてしまう。
だが、パンドラズ・アクターからの報告はモモンガの予想を遥かに凌駕するものだった。
「ミリオンに、裏切りの可能性があります」
「は?」
「具体的には、彼がスレイン法国に情報を流している疑いがあります」
「……はあ!?」
精神が沈静されても驚きが抑えられないモモンガに、パンドラズ・アクターは提案する。
「しかし、証拠はございません。また、彼がそのような行動に出ていた場合、その根底にあるのは創造主であるシルク様への忠義。父上。どうか彼の調査と処分を私に一任していただけないでしょうか?」
次回予告的な文章
てめえに何が分かる
ああ、お前はいいよ
だって、お前の存在はこのアインズ・ウール・ゴウンの結晶だ
お前の親父は、メンバーの誰からも信頼され、誰よりも親愛を向けられた男だ
間抜けな埴輪顔だが、お前はどのNPCよりも美しいんだろうよ
そんなお前に……盾として死に続けて、壁として使い潰されて、挙句の果てに『最後』を押し付けられた男の息子である俺の気持ちなど理解できてたまるか!