オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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また更新に一ヶ月もかかってしまった。
今年最後の投稿です。
皆様、良い御年を。


シルク、感動する

 バハルス帝国のやや西側に位置する帝都アーウィンタール。鮮血帝の居城である皇城を中央にして、放射線状に魔法学院や各行政機関が配置されているという構造になった都市だ。まさに帝国の心臓部とも言うべき場所である。人口ではリ・エスティーゼ王国に劣るものの、規模という点では超えている。革新期にある帝国の中心部だけあって、古く淀んだものは排出され、新しいものがどんどん取り入れられている。これからの未来に期待してか、市民の顔も明るい。

 

 帝都は新時代の光そのものだった。こことは別の世界のとある国の歴史に則るならば、王都は京都で、帝都は東京だろうか。

 

「綺麗だ……」

 

 シルク・タングステンが人々の熱気にあてられながら帝都の情景を見た最初の感想がそれであった。ただ貴族の腐敗が充満していた王都とは違う。この新時代の光の前には少なくない犠牲者がいると分かっていても、感銘を受けずにはいられない。

 

 その感性は一種、歪でさえあるだろう。王国のように古い歴史のある都を見て言うのならばわかる。法国の寺院を見てその荘厳さに魅入られて言うのならば自然なことだろう。だが、人の活気――溢れる生命力を見ての感想ではないはずだ。だが、シルクは涙を零しそうでさえあった。

 

 ずっと彼の求めるものがここにはあった。

 

「この光景を見れただけでも、()が帝国に来た甲斐があるというものだ」

 

 自らの一人称が変化していることに、シルクは気付かない。意図的でもなければ無意識ですらない。そちらの方が“素”に変わろうとしていることなどどうでも良かった。

 

 この人間の熱気に、もう少し浸っていたかった。

 

 だが、ナーベことナーベラルによってそれは打ち切られる。

 

「シルク様……お師匠様。これから如何なさいますか?」

「……………ちっ……………そうだな。闘技場とやらにでも行くかな」

 

 古代ローマでも、闘技場は人気の観光スポットだった。そこで披露されるのは、単なる戦いではなく、『殺し合い』。熱い戦いほど刺激を与えるものはない。いつの時代でも、“スポーツ”観戦には一定の人気がある。

 

 今回の旅の目的は、ほとんど観光である。それほど資金に余裕があるわけではないが、闘技場で行われる賭けをやってみたいと思う。ギャンブルは熱中しすぎないように注意が必要だ。

 

 王都では有り得なかった『ほぼ全てがレンガや石に覆われている道路』を踏みしめながら、田舎者のおのぼりさんよろしくシルクは周囲を見渡した。

 

「まあ、のんびり行こうや。急ぎの旅でもねえんだしさ」

「はっ!」

「あと、その態度はやめようか。もうちょっと砕けていいからな、ナーベ」

「畏まりました、シル……お師匠様」

「もうそれでいいや」

 

 絶世の美女を連れているからだろうか、やたらと視線を感じる。王都ではそれなりに有名人になってしまったが、流石に帝都まではシルク・タングステンの名前は届いていないだろう。帝国に知人など皆無なのだから。

 

(いや、あのワーカー達がいたか)

 

 あのワーカー達のことはモモンガには書類の隅に書いて報告した。だが、何も言ってこないことを考えると、流し読みされたのだろう。誰がどう考えても、シルクのあの時の行動はまずかった。

 

 相手が本当に帝国のワーカーだったのかは分からないし、本当だったとしても依頼主は誰なのか不明だ。特に意味が分からないのが『帝国』という部分であるが、おおよその見当はついている。おそらく、王国貴族の裏切り者が流した情報に、帝国上層部が食いついたのだろう。あるいは、そこから漏れた情報に由来するのか。

 

 思考しても仕方がない。そこらの露店で果物でも買って、そのついでに闘技場までの道でも教えてもらおうか、などと考えていた時だった。

 

「げぇ!」

 

 あからさまほどに驚いた声。

 

「ん? あ……」

 

 シルクが其方を向けば、年齢が二十ほどのどこかで見たような男が露骨に驚いた顔で此方を見ていた。武装している点から冒険者かと思ったが、プレートがない。騎士や兵士のような正規の武装ではない。戦闘を生業にする犯罪者にしては、武装が堂々としすぎだ。その他諸々を考えると、ワーカーである可能性が高い。

 

 シルクは記憶力が良くない。はっきり言って、滅茶苦茶物覚えが悪い。特に、人の名前や顔を覚えることが非常に苦手である。ユグドラシル時代、掲示板で書き込みをした時も、誤字を連発した。まして、一度だけ見た顔、一度だけ聞いた名前を覚えられることはまずない。だが、その瞬間を想起している場合ならば話は別だ。

 

「お前、もしかしてあの時の……」

 

 シルクが言葉を最後まで聞くことなく、男は逃げるように踵を返して走り出した。実際に逃げたのだろう。

 

「待て、てめえ!」

 

 そして、逃げられたら反射的に追いたくなるのが心情である。まして、シルクは相手の正体に気付いてしまった。もしも本日の彼が武装をしていなかったら、物覚えの悪いシルクであれば、思い出さずに終わっただろう。しかし、タイミングの悪さも相まって、シルクは彼を思い出してしまった。

 

 それは間違いなく、ワーカーの彼――ヘッケラン・ターマイトにとって不運なことだった。顔面を蹴られた記憶が甦ったのであろうが、反射的に逃げ出したのも悪手であった。この場合、彼は過去の出来事を指摘されても、その場でただ震えているべきだった。もしそうしていれば、いや、何もしていなければ、シルクも「そんなことあったな」程度の関心しか持たなかったはずだ。この二人の縁は此処で切れたはずだ。

 

 こうして、シルク・タングステンが帝都入りして十分と少々。

 

 恐ろしく無益で有害な鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 エ・ランテルの街道。

 

「えっと、次は花っすね。魔法で大量に栽培させるらしいっす」

「ふむ。花屋はどこだったか」

「そこの角を右だったっす」

 

 二人の有名人が歩いていた。エ・ランテル唯一のアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のメンバー、武人のコートスと神官のルナだった。その正体がナザリック地下大墳墓に所属するコキュートスとルプスレギナであることは住人の誰も知らない。

 

 有名人である彼らが歩けば道ゆく人の注目を受けることは毎度のことだった。しかし、本日に限っては更に注目される理由があった。

 

「ふむ。あちらでござるな?」

 

 二人の隣で、ハムスケと名付けられたモンスターが荷台を牽引しているのだ。

 

 ハムスケ。かつて森の賢王としてトブの大森林の南部を縄張りとしていた魔獣。英雄譚に語られるような強大な魔獣が馬車馬のように荷車を引いているのだから、注目を集めること間違いなしである。

 

 王都の一件以降、ハムスケはナザリックに回収された。しかし、モモンとして森の賢王を支配した話はエ・ランテルにもそれなりに広がっていた。本来であれば、モモンとしてはこのような珍獣を人目に触れてほしくないし、騎乗するなど御免であるが、様々な理由が絡みあって、使わないわけにはいかなかった。

 

 そして、現在は馬車馬ならぬ馬車ハムスターが生まれたというわけだ。

 

「それにしても、モモンさ――んは一体、どうしたんすかね?」

「分からん。私達にも言われなかったということは、何か重大な案件が出来たということだろうが」

 

 本来であれば、この場にはモモンに扮したパンドラズ・アクターもいるはずだった。だが、どういうわけか彼には重要な仕事ができてしまったらしく、そちらをこなしている。どのような件であるかは一切教えてもらえなかったが、それだけ大切なことなのかもしれない。

 

 案外、シルクへの贈り物に関して新しい案が出ただけかもしれないが。

 

「あ、コートスさん、ルナさん」

 

 と、二人と一匹が街道を進んでいると、見慣れた四人組が現れた。

 

 エ・ランテルで最も付き合いの長い冒険者チーム『漆黒の剣』である。

 

 ひょっとしたら、この四人は三人であったかもしれない。だが、ニニャはチームを抜けずに、ここに戻ってきた。

 

「その荷物、どうしたんですか?」

 

 ペテルが驚きながらも不思議そうな顔をして訊ねる。

 

 無論、コートスもルナもそのための返答は用意してある。買い物をしている間も店主などから訪ねられた際にも返した言葉を向けた。

 

「故郷の者から仕送りを頼まれたんすよ」

「左様。こちらに来て長いため、向こうの者達から手紙が来たのでな」

 

 その言葉を聞いて、若干顔を強張る『漆黒の剣』。

 

「え、まさか故郷に帰るんですか?」

 

 この質問も予想していた。

 

「それはないから安心してほしいっす。いやあ、これだけ買い込んでいるのもそれが理由なんすよねー」

 

 それを聞いて、四人とも安堵の笑みを零す。おそらく馬車(ハムスターが牽引している以上この名称は不確かだが)に乗せている物資は、帰郷が遅れることへ言い訳もあるのだろうと推測した。聞き耳を立てていた周囲のエ・ランテル市民もそうだ。

 

 理由がある。最近の王国の波乱さである。このエ・ランテルで発生した炎の壁事件から、王国では不審な事件が相次いだ。王都のヤルダバオト出現、ラナー王女暗殺事件からは落ち着いているが、それが逆に不安なのだ。悪魔が力を溜め込んでいるのではないか、悪魔達が実は周囲の人間に化けているのではないか。魔の手は自分の背後まで迫ってきているのではないか。そんな不安に駆られているのだ。

 

 無論、そんな不安もいつまでも続くわけではない。喉元通れば熱さも忘れる。人間とは忘れる生き物である。それがどれだけ重大な事件であったとしても、ヤルダバオトが倒されていないのだとしても、ラナー王女の死によって再び下の階級の人間にとって厳しいだけの政治が繰り返されるとしても、人々はいずれこの不安と恐怖を忘れるだろう。

 

 だから、その忘却の日までは『漆黒』、アダマンタイト級冒険者チームという武力の象徴が消えてもらうわけにはいかないのである。当然、いつまでもいてほしい存在ではある。アダマンタイト級冒険者など簡単に現れるものではないのだから。彼らがいるだけで犯罪の抑止力にもなるし、彼らに憧れて有力な冒険者がこの都市に誕生する可能性だってある。英雄とはそこにいるだけで価値があるのだから。

 

 そして、ルナはその視線をニニャに向ける。

 

「それにしても、ニニャちゃんが戻ってきたのは意外だったっす」

 

 ニニャ。その名は、姉を忘れないための偽りの名前。つい最近第三位階魔法を習得した魔法詠唱者。貴族に攫われた姉と王都で再会したが、そのまま姉についていき、冒険者はやめるものばかりだと思っていた。

 

「ええ。私もここにこうしていることが意外なんですが。姉を助けてくれた人にペテル達のことを話したら、もう少しだけ冒険者を続けてみたらどうかと言われまして……。姉のことは心配なんですが、どこぞの豚とは違う信頼できる方達でしたので」

「そうっすか」

 

 第三者目線で見れば優しい微笑を浮かべているルナ。だが、詳細を知っている人間から見れば、その笑顔がどれだけ邪悪か理解できる。なぜならば、ルプスレギナは知っているからだ。ニニャの罪を、ニニャがどういう立場にあるかを。

 

 ニニャの認識ではこうなっている。

 

 悪辣な貴族によって、ツアレは誘拐同然に妾にされた。その後、ツアレは飽きられ、娼館に売られた。そこで使い潰され、男だけではなく、時には人間でさえないものにさえ犯された。

 

 ここまでは正しい。この後から、シルク・タングステンが教えた“物語”になってくる。

 

 娼館の裏路地に捨てられたツアレの前に、悪魔が現れた。言わずと知れた王国で起きた悲劇の元凶、ヤルダバオトである。そして、ツアレに文字通りの悪魔の契約を持ちかけたのだ。

 

 復讐の魔人モンテ・クリストとなり、王族を皆殺しにしてみないかと。

 

 ニニャとツアレの再会の物語はそれなりに複雑怪奇な縁が働いたため、省略する。簡潔に述べると、ツアレの顔を知っている人間がニニャに屋敷で働いているツアレの存在を教えてもらい、セバス達がいる屋敷へと向かったのだが、そこからセバスを巻き込んだ冒険――という名の茶番――が繰り広げられたという運びである。

 

 最終的に、ニニャがツアレと対面した時、彼女は復讐を遂げた後だった。そして、シルクはニニャに選択肢を迫ったのだ。

 

『姉を告発して世紀の怪人として処刑させるか、一生この真実を胸に仕舞い込んで生きていくか。辛い方を選んでいいぞ?』

 

 実に邪悪。実に悪辣。悪意の塊に相応しい提案だった。

 

 ニニャには最初から選択肢などありはしない。あの豚やその同類を殺した罪で姉が処刑されるなどあってはならない。どうして貴族に犯され、社会に壊された被害者である姉が、罪人として扱われなければならないのか。だから、ニニャが選んだ答えは沈黙だった。姉が、ツアレニーニャ・バイロンが復讐の魔人モンテ・クリストであることは一生秘密にして生きていく。シルクもまたその選択を肯定した。

 

 ニニャ自身が選んだというよりは、シルクが選ばせたと言った方が正しい。おそらく、ニニャの冒険者としての生活はそれほど長くないだろう。だが、やめるにはまだ早いと思った。それはペテル達への感謝と罪悪感から来るものか。

 

 現在、ツアレニーニャ・バイロンはナザリックでメイドとしての訓練を受けている。ペストーニャを始めとする優秀な教師がいる上、本人のやる気も相まって、成長は期待できる。彼女は自分の手がどれだけ穢れているかを忘れることはないだろう。その罪悪感と一生付き合っていくと決めた。というよりも、これもまたシルクが決めさせたのだ。――妹が君とともに罪を背負うと言っている、などと嘯いて。

 

「それじゃあねっす」

「はい」

 

 嗚呼、この偽りの平穏の、何と滑稽なことか。

 

 

 

 

「何の用だ、埴輪野郎」

 

 ミリオンは宝物殿に貸し与えられた指輪を使って転移した。開口一番に、突然自分を呼び出したパンドラズ・アクターにそのように問う。苛立ちを隠そうともしていない。

 

 パンドラズ・アクターは形相を崩すことなく、ズレてもいない帽子の位置を整える。

 

「無論、これからのナザリックに必要なことですよ。御方々に相応しい輝きを増すために!」

「あ、そういうのいいから」

 

 つれない対応である。ミリオン自身、自分がなぜ呼ばれたのか理解しているのだろう。わざわざリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを与えられて、こうして二人きりの空間になっている時点で、他者に聞かせることができないであろう会話であることは明白だ。そして、ミリオンにはその心当たりが一つしかない。他の者は一つもないだろうが。

 

 そういう意味では、ミリオンは自分の罪を理解している。それでも後悔や逡巡などあるはずもない。そういう生き方しかできないのだから。創造主が後悔や罪悪感から最も遠い時期の被造物。それがミリオンなのだから。

 

「では、単刀直入に訊ねましょう」

 

 シリアスなシーンではあるが、わざとらしくポージングを決めるパンドラズ・アクター。「キラーン」という効果音が聞こえてきそうだ。

 

「貴方の目的は何ですか、ミリオン」

 

 その質問を受けて、身体をぶるりと震わせるミリオン。一瞬の内に、彼は覚悟を決める。

 

「はっはっは。バレているとは気付いていたが、まさか正面切って質問してくるとはな。意外だな。てっきり、てめえが決断した場合は問答無用で首を切り落とされると思っていたぜ」

「貴方、首なんてないじゃないですか」

「比喩だ、ボケ」

 

 分かっていますよ、とパンドラズ・アクターは肩を竦める。

 

 ある意味、ミリオンの裏切りは露呈した時点で勝ちなのだ。なぜならば、自分の子どもがナザリックを裏切ったと知って、そのまま支配者としていられるほど、シルクの精神は頑丈ではない。彼の属性は間違いなく悪であるが、強いわけではない。それこそ、責任を取る形で、ナザリックからいなくなるだろう。

 

 これで気付いた相手がデミウルゴスならば良かったのだが、そうはいかなかった。『気付かれたら勝ち』という勝利条件を満たすためには、全力で暗躍をする必要があるからだ。簡単に気付かれるようでは、自分の目的が見え透いてしまう。デミウルゴスにもバレないように全力でやった。計算外のことも多かったが、このタイミングでバレたということは最高かもしれない。

 

 否、パンドラズ・アクターは気付いていたのだろう。それこそ、この世界に転移して、宝物殿から出た瞬間から。でなければ、辻褄が合わないことがある。創造主譲りの仲間想いが今日まであったのだろうが、それも限界というわけだ。いいだろう。報いを受けよう。

 

「それで、返答は?」

「ああ。そうだな。こっちも簡潔に言おう。我が父、シルク・タングステンにこのナザリックからいなくなってもらうことだ。正しくはこう言うべきか? 親父にアインズ・ウール・ゴウンを忘れさせることが俺の目的だよ」

 

 今、ミリオンは「忘れさせる」と言った。ただ去るのでもない。単に捨てるのでもない。忘れさせることが、この墳墓に残らなかった三十九人のように、あの栄光を忘れさせることこそが、自分の願いであると。

 

 それは一種の自殺であり、無理心中に近い。なぜならば、先ほどの彼の言い方ではまるで――自分やローラが捨てられることさえ願っているようだからだ。最初から自分の命どころか存在理由さえも、彼は勘定に入れてはいないのだ。

 

「お前も予想しているんだろうが、アーラ・アラフ様がいらっしゃるのはスレイン法国に間違いない」

「おや、まるでまだ確証が手に入っていないような言い方ですね」

「実際に確証できてねえんだからしょうがねえだろうが」

「それは……意外ですね。信用されていないんですか?」

「誰にだよ」

 

 ミリオンの反応を若干怪訝に思いつつ、パンドラズ・アクターは肩を竦めた。

 

「俺はな。パンドラズ・アクター。親父が、この墳墓のために自分を殺しているのが嫌なんだよ。この現状を憎んでいると言っても、過言じゃねえ」

「それは少し、予想と違いましたね。いえ、シルク様の創造物である貴方は、シルク様と同じように、アインズ・ウール・ゴウンを愛しているのだとばかり思っていました」

 

 もしも周知の事実だと思われている事象が間違いであると自分だけが気付いてしまった場合、人はそれを公表すべきなのだろうか。あるいは、絶対に起こらないであろうと誰もが油断していた事態を自分だけが察知してしまった場合、人は誰かにそれを言うべきなのだろうか。

 

 答えは否である。

 

 簡潔に言えば、パンドラズ・アクターはシルク・タングステンがローラを後継者にするつもりもなければ、ナザリック地下大墳墓を出て行くつもりもないということに気付いてしまった。否、デミウルゴスが言い出した瞬間から違和感はあったのだが。

 

 もしもパンドラズ・アクターが宝物殿から出されるのがもう少し遅ければ事態は変わっただろう。ミリオンの些細な変化に気付かなかっただろう。ある意味、他のNPCと全く接触がなかったパンドラズ・アクターだからこそ気付けた微妙な変化。

 

 ある意味、二人は近いのだ。

 

「お前には分からんさ」

 

 だからこそ、ミリオンはパンドラズ・アクターを突き放す。

 

「四十一人の中において、誰よりも信頼され誰よりも愛され誰よりも大切に思われていたギルドマスターであるモモンガ様の息子であるお前には俺の気持ちはなど分からない」

 

 近いからこそ、明確な違いが絶対的な隔絶を生み出す。

 

「お前に想像できるのか? 自らの王が請け負った役目の下に殉じながら、他の連中が能天気に笑っている情景が」

 

 一番に死ぬ。特攻組よりも先に逝く。

 

 それがシルク・タングステンの盾としての役割だ。長期戦に備えて残ることはあったが、それでも必ず途中で死んだ。間違いなく、アインズ・ウール・ゴウンに属するプレイヤーの中で最も死亡回数が多いのはシルク・タングステンだ。彼がどれだけ意義のある死に方をするかで、勝敗が分かれることさえ多々あった。

 

「お前に理解できるのか? 勝鬨を上げるとき、自分の神は決してその場にいないと」

 

 自ら望んだ役割だ。自ら願った生き方だ。そういう戦い方しか出来ないのだ。しかし、それは本人の意見であって、ミリオンの意見ではない。かつてのシルクに似ているからこそ、ミリオンはそんな立場にいることに納得できるはずがないのだ。献身を尊ぶが故に、自己犠牲を受け入れられない。それでも、それがシルクなりの友情の在り方ならばと我慢していた。

 

「お前に認識できるのか? 至高の御方々が、自分の創造主を都合の良いサンドバッグ呼ばわりしていたという現実が」

 

 しかし、あるとき、知ってしまったのだ。御方々がお隠れになる少し前のある日、ミリオンの守護する領域『底無し沼』をたっち・みーとウルベルト・アレイン・オードルが通りかかった。その時、確かに言ったのだ。

 

 それは彼らからしてみれば、記憶にも残らないような軽口だった。言った側も言われた側も覚えていない。だが、聞いた者は忘れなかった。

 

「お前に共感できるのか? 自らの父が仲間と仰ぐ者達から、実際は信頼も親愛も向けられていなかったと知った時の、この俺の無力感が……」

 

 ミリオンは、アインズ・ウール・ゴウンにおいて最も信念の堅いスライムとして生み出された。

 

 こんな連中に捧げる信念などあってたまるか。

 

「親父が滑稽なピエロだと知ったときの、この俺の胸を抉った感情の名前を、お前は知っているのか、パンドラズ・アクタぁああああああ!」

 

 それが慟哭であり、それは本音であり、それは懺悔であり、それは糾弾だった。

 

 結局、パンドラズ・アクターとミリオンでは違いすぎるのだ。最後まで創造主が残ってくれたという意味では同じなのかもしれない。しかし、そこには大きな差がある。

 

 ユグドラシルしかなかった男が、寂しさを紛らわせるために去っていくギルドメンバーの影法師として生み出されたパンドラズ・アクター。

 

 現実に妥協してユグドラシルに答えを求めた男が、賑やかさに紛れるために生み落したミリオン。

 

 言ってしまえば、彼らにはアルバムと記念写真ほどの差がある。だから、最初から分かり合えるはずがないのだ。創造主に求める生き方も抱く感情も違う。ナザリックを去ったギルメンへの感情も違い、ナザリックに残ったNPCへの態度も違う。

 

 そして、根本的に、創造主が違う。ギルドメンバーの存在こそが大切なモモンガと、アインズ・ウール・ゴウンという名前に憧れたシルク・タングステン。中身と外側。ましてその被造物である彼らは数ヶ月しか付き合いがなく、その開始の時点で大きな差がある。そんな彼らに、相互理解の時間などなかったのだ。

 

 それこそ、創造主達の最大の違いがそうさせる。モモンガはギルドメンバーの帰還を願っているが、シルク・タングステンは内心ではどうでもよいと考えている。モモンガにとってこの世界はユグドラシルの延長線上だが、シルクにとってはリアルの延長線上だ。

 

 忘れられないものが、忘れたくないものが、忘れてはならないものが、あの二人では違いすぎる。ボタンの掛け違いに本人達は気付いていないが、すでに致命的なのだ。

 

「だからといって、法国に情報を流すなどやり過ぎです」

「はっ! それに関しては素直に感心してやるよ。見事に邪魔してくれたよな。俺があのタイミングで動くとよく分かったもんだ」

「え? 何ですそれ?」

「え?」

「え?」

 

 見つめ合う両者。といっても、スライムのミリオンは勿論、パンドラズ・アクターにも眼球などないのだが。

 

「「え…………?」」

 

 数瞬の空白。しかし、ナザリック地下大墳墓でもトップクラスの頭脳を持つパンドラズ・アクターの方が立ち上がりは早かった。

 

「え、じゃあ、ちょっと待ってください! あ、あの、王国戦士長が陽光聖典の死体を盗まれた事件。あれ、貴方ですよね? 分身体を使って盗んだんですよね? 廃館から拝借したマジックアイテムで蘇生させて、彼を通じて法国に情報を流していたんですよね?」

 

 どうか頷いてくれという祈りを込めたパンドラズ・アクターの質問に、ミリオンはようやく意識を立て直し、激昂しながら返答する。

 

「ああ!? やろうと思ったけど、盗んだ直後に誰かに分身体を潰されたんだよ! え、あれ、お前じゃねえの?」

「知りませんよ!?」

「じゃ、じゃあ、俺があのまな板がリザードマンの集落を襲った時、裏でこっそり分身体を使って色々していたの、あれに気付いて情報操作したの、お前だろ? 一応、あの時は謹慎処分中だから手心ありでもお咎めなしなんておかしいと思っていたんだけど……」

「貴方そんなことしたんですか!? おかしいと思ったんですよ! リザードマンが生息地の違うナーガの一団と同盟を組むなんて!」

「お前も気付いてないってことは、あの眼鏡と大口も知らねえってことだな! あの二人が俺を庇うとは思えない!」

「そこは同意見です!」

 

 双方、自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付いた。そして、強い焦燥に包まれながらも思考を回す。

 

「い、いや、待ってください。貴方以外にそれをする理由がある者なんているはずが……」

「だ、だが、お前以外に俺の行動を予想して、邪魔できる手段があるやつなんて数えるほどしかいねえ。その中で、俺の行動を黙っていることに意味を持つやつは……」

 

 一人だけいる。

 

 ミリオンやパンドラズ・アクターを出し抜けるほどの知能――否、悪意を持ち。

 

 数多のマジックアイテムをある程度自由に扱える権利を有し。

 

 ナザリックの現状を破壊しようとする思想を抱き。

 

 ()()であるミリオンへの攻撃も一切躊躇わないだろう妖精が。

 

「ローラ……?」




次回予告的文章

奴らの創造主は十年たらずで、お父さんを裏切った。
奴らは創造主と酷似している。
ならば、奴らもまた十年と待たずに裏切るだろうよ。
だが、お前達は六百年裏切らなかった。
だから、『私』はお前達を選ぶ。
嗚呼、愛しているぞ。愚かで矮小で脆弱な――いと素晴らしき人の子らよ。
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