「じゃ、じゃあ、俺は宝物殿に行ってきます」
「そんな顔しないでください……いや、どんな顔しているかは分からないんですけど」
「さあ。自分でも分かりません」
色々と話し合った結果、一応、自分達の子どもを見ておこうということになった。
自分達の子。すなわち、自分の手で作ったNPCだ。プログラムや外装は他人の手を借りたことはあっても、設定や種族・職業のレベル、使える魔法、武装などは基本的に自分で作ったものだ。これを子どもと呼ばずに何と呼ぶ。まあ、パンドラズ・アクターの四十五の外装は例外だが。本当、彼は色んな意味で例外的な存在だ。
これからNPC達にどのように接するかを決めるための作業という面もある。とりあえず、一つの基準を作っておこうということだ。何事も最初から基準があると色々と決めやすくなるものなのだから。
なお、円卓から出た瞬間に、セバスに発見され、供回りを連れていくように言われた。ここは自分達の家なのだが。警戒態勢の中、御方が一人で歩くのは危険であるというのが彼らの言だ。
結果的に、モモンガにはアルベドと、プレアデスのユリ・アルファとシズ・デルタがついていくことになった。パンドラズ・アクターは表に出すことが決定しているため、彼を紹介する必要もあるのだろう。モモンガは反対したが、その理由は己の精神と思い出のためだ。それらを守るためにこそ、パンドラズ・アクターには働いてもらう必要がある。宝物殿で腐らせておく必要もあるまい。
アルベドは「モモンガを愛している」と設定されただけであって、一挙一動がまさに『恋する乙女』だった……いや、言葉を濁すのでなければ『飢えた獣』の方が適切かもしれないが。正直、あれが『設定』なのだと思うと色々と悲しくなる。
一方、シルクの供回りはセバスと、プレアデスのナーベラル・ガンマおよびエントマ・ヴァシリッサ・ゼータとなった。
モモンガにガンガンアタックするアルベドに引きながら、シルク一行も目的地へと歩き出す。
視界の端でモモンガがアルベドに指輪リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡す瞬間が見えたが、なんだか気苦労が増えそうな気がしたため、見なかったことにした。シルク・タングステンは何も見なかった。転移するために備品として渡されたであろうそれを、アルベドが何の躊躇いもなく左手薬指に嵌めたような気がするが、絶対に見なかった。モモンガに見えない角度ですごい顔でにやにやなんて絶対にしていなかった。
「シルク様。モモンガ様は宝物殿に行くとおっしゃいましたが、シルク様はどちらに?」
「ああ。第六階層の『底無し沼』に行った後、第四階層の『廃館』に行く」
「底無し沼……確か、シルク様に創造された『彼』がいる場所でございますね?」
「ああ、あいつだ」
そう、『娘』よりは気が楽だが、それでも彼に逢うには気が引ける。というのも、第六階層の彼には設定をほとんど書き込んでいないからだ。どんな人格になっているか想像できない。モモンガとパンドラズ・アクターを見ると、創造主と被造物は似るようだ。つまり、設定の書かれていないNPCは、ほとんど創造主と同じ人格になるのではないだろうか。性格の生き写しとは怖すぎる。自分の性格を客観視させられるだけではない。そんな相手に頭を下げられて、おまけに自分が書いた設定の影響もあるのだ。これが怖くないはずがない。設定を書き過ぎることも考え物だが、ほとんど書いていないのも問題がある。主に創造主の精神的な意味で。
(確か、この中ではセバスが設定が一番少なかったはずだ。彼の創造主のたっちさんがその辺りにあまり拘らない人だったからな。だからこそ、たっち・みーと仲が悪かったウルベルトさんはデミウルゴスに限界まで設定を書き込んだ……いや、逆だったか?)
デミウルゴスが設定過多だったからこそセバスは設定が削られたような気もする。色々と張り合ったような記憶はあるのだが、前後が曖昧だ。本人達はいないし、真相は藪の中である。
ともかく、このセバス・チャンというNPCが創造主の影響をどのくらい受けているかを調べることは簡単である。
シルクは自らに付き従う三名に対して、質問を投げかける。セバスだけに尋ねなかったのは、比較のためだ。
「突然で悪いが、お前ら、これからいくつか質問をする。簡潔に述べろ」
本当に突然だったにも拘らず、驚くことなく承知する三名。まさか心を読まれているとは思えないので、忠誠心のなせる技なのだろう。
「人間とは何だ?」
「非常に素晴らしい生き物です」
「蛆以下の虫けらです」
「ご飯です」
上からセバス、ナーベラル、エントマの順番である。うん。聞く前からなんとなく分かっていた。
「じゃあ、人間がケガで倒れていたとしよう。どうする?」
「助けます」
「無視します」
「美味しくいただきます」
そっかー。無視するはともかく美味しくいただいちゃうのか。今後の行動にも関わることだし、食人癖があるNPCは把握しておこうと心に決めたシルク。
「最後の質問だ。自分と同じような答えを出すNPCは誰がいる?」
この質問は微妙に難しかったのか、全員即答は出来なかった。
「おそらく、ユリとペストーニャは私と同じ意見を言ってくれると思われます」
「どうでしょう。ナザリックには人間を嫌うものは多いので……強いて言うなら、一般メイドでしょうか? 彼女達も人間のような下等生物には興味がありません。それと、シズもどちらかといえば私の側かと」
「恐怖公とグラントでしょうか。ソリュシャンも人間を食べますが、彼女は食事というよりは遊びですので」
「ふうん?」
圧倒的虫型モンスターの人食率。しかも、遊びで人間を食べるものもいるのか。さすがはほぼ異形種で構築されたナザリック地下大墳墓だ。大墳墓の隠蔽が終わった後の偵察隊の人選は思ったよりも難しいかもしれない。
「そういえば、エントマ。お前ってそんな喋り方だっけ?」
エントマの製作者、源次郎が言っていた。『甘ったるい喋り方って可愛くない?』と。だが、エントマの喋り方は普通だ。特に甘ったるいという印象は受けない。喋り方は実行が簡単な設定だと思うから、まさか無理な設定として破棄されたということはないと思うが。
「いえ、御方とあのような喋り方をするのは恐れ多いので」
「そうか。普段はどんな感じで喋っているんだ?」
「はい……こんな感じですわぁ」
「成る程、確かに甘ったるい」
NPCは原則として設定に従うが、主従の態度の方を優先するということか。だとすると、あのペンギンはどうなるのだろうか。やはり、一度、全NPCと面談か何かをする必要があるかもしれないと心のメモに書き残す。出来れば、自分やモモンガのいない場所での態度も知りたいところだ。
(俺が設定を覚えているNPCは自分のを除けば、プレアデスと階層守護者と……さすがに一般メイド達は覚えてないな。四十一人は多いって)
第六階層に到着し、階層守護者のアウラに軽く挨拶を済ませて底無し沼に向かった。マーレは外で例の土かけの作業中だということだ。ナザリック地下大墳墓の大きさを考えれば、いかにマーレと言えども、時間は必要とする。周囲の地形が不自然にならないようにすることを考えると、一日や二日では終わらないだろう。
シルクの目的地は濁った灰色の泥沼。嗅覚は鈍くなっているが、それでも沼からの腐敗臭は感じ取ることができる。あるいは人間の残滓が視覚から得た情報からそういう錯覚を起こしているだけかもしれないが。
「いるか、ミリオン」
シルクが沼に言葉を向けた瞬間、ドロリと、彼は沼から這い出てきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ。我が神シルク・タングステン様。ご機嫌うるわしゅうございます」
種族はスライムだが、灰色と薄紫の斑模様の体をしており、全体的に毒々しい。目や口や手足にあたる部分は確認できず、色合いもあってヘドロが自我を持ったようだ。二千年代の『環境破壊』をテーマにしたアニメで出来てそうなモンスターである。主に雑魚敵として。
彼こそがシルク・タングステンの作り出したNPC。名前をミリオンというが、特に意味はない。フィーリングでつけた名前だ。雑魚スライムのようにも見えるが、レベルは七十。レベルだけならば、プレアデスよりも強い。もっといえば、第七階層に溶岩スライムの紅蓮という領域守護者がいるが、その劣化版である。あちらが溶岩に引きずり込むのに対して、ミリオンは沼地に引きずり込む。……言葉の上だけでも劣化というのがよく分かる。
「うむ、苦しゅうない」
本当はもっと砕けた口調にしたいのだが、セバス達の目があるため、少々苦しい。あんまり特別扱いをして嫉妬の対象にはさせたくない。
「お前に逢うのはいつ以来だっけ?」
「今より三十日ほど前の夜、シルク様が我が妹めを創造したと報告にいらっしゃった時であったと記憶しております」
その通りだ。『娘』が完成した日、彼にもその報告をした。当時はデータ相手に何をやっているんだと自分でも思ったが、これで、NPCの記憶はゲーム時代から引き継がれていることも判明した。……だとしたら、『娘』の方は相当まずい。下手をしたら、彼女がナザリック地下大墳墓崩壊の引き金を引きかねない。
主人の焦燥を知らぬスライムは首を傾げるように体をぐちゃりと曲げた。
「ところで、本日はどのようなご用件で?」
こいつ口もないのにどこで発声しているんだろうと不思議に思うシルク。もっとも、骨だけのモモンガが動いたり、見た目炎の自分が触れても樹木や草が燃えなかったり、物理的におかしいことは多々あるのだが。
「いや、何、お前の顔を見たいと思っただけだ。ナザリックが謎の転移を受けたことは聞いているだろう? お前に何か変化があるんじゃないかと思ってな」
「なんと勿体無い! 我が神にそのようなことを言われるとは。シルク様、見ての通り、ぴんぴんしております、ご心配には及びません」
(これが俺の人格の模写だとでも言うつもりなのだろうか。こんな大仰な言葉遣いが。これでは、モモンガさんのパンドラを笑えない)
本当、知りたくもなかったとシルクは自嘲する。
「シルク様。シモベでありながらこのようなことを言うのは心苦しいのですが、一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
セバスが何か言おうとしたが、手で制す。
「何だ。言ってみろ。言うだけならタダだ」
「はい。我が妹に逢わせてくださいませ。無論、シルク様にお時間がある時でよろしいのですが。あの日、私に妹の存在を教えてくださった御身の様子から察するに、大変可愛らしい妹なのでしょう。実はずっと心待ちにしているのでございます」
もしもシルクが考えていることを見抜いているのだとしたら、何と趣味の悪い要望だろうか。いや、自分にもスライム種にもそんな知能はないと思うが。
「……心配するな。そのうち逢わせてやるよ」
「そうでしたか。申し訳ありません。シモベの分際で御方を不快にさせてしまったこと、深く反省いたします」
「いや、そういうのいいから」
「左様でございますか。では、私はこれで失礼いたします」
にゅるりと、沈むというより沼地と一体化するような動きで、ミリオンは姿を消した。
「損な生き方だよな、お互いに」
セバスもナーベラルもエントマも、その呟きの意味は分からなかった。
■
第四階層領域の一つ、『廃館』。
かつてナザリック地下大墳墓が攻略されアインズ・ウール・ゴウンのギルドホームとなった時、攻略メンバーの一人が遊び心で作ったスペースの一つだ。
地底湖の端にある岩の下に隠し通路がある。その中は長い通路になっていて、一番奥にそこそこ大きな部屋がある。部屋は一つしかないが、第九階層のギルメンのマイルームよりも広いだろう。
問題はこの隠し部屋を作ったメンバーが作ったはいいが、他のスペースの改造もあって、放置して後回しにした結果、中身をどうするかを忘れてしまったということだ。しばらく後、攻略後加入組の一人であるるし★ふぁーがこの隠し部屋を見つけ、「ちょうどいいからここをゴーレムの置き場所にするわ」と言い出した。それがきっかけで、ギルドメンバーが微妙系アイテムや失敗作の装備を棄てるようになった。金貨に換えずこのような場所に破棄したのは、雰囲気作りだろう。決して、普段から嫌がらせばかりするるし★ふぁーへの嫌がらせではない。多分。そんな経緯があるため、『廃館』という名前がつけられた。
ただ、奥の部屋に入るのは容易ではない。何故ならば、るし★ふぁーが引退直前に、奥の部屋までの通路に有り得ない質と量のトラップを敷き詰めたからだ。トラップを仕掛けたこと自体、張本人と共犯者数名しか知らない。どこにどんなトラップがあるかは、罠探知特化の盗賊でなければ完全に見抜くことは不可能だろう。性能的にも、精神的にも非常にいやらしい作りになっている。正直、産業廃棄物置き場をそこまで厳重にする意味が分からなかったが、理由を聞いて納得した。
曰く、「侵入者がここまで苦労して入った場所にゴミしかなかったらむかつくだろう?」。
「というわけで、お前らはここで待機な」
「しかし、御方を一人にするわけには」
「いや、ここのトラップは性質が悪いからな。速度も強度も関係ない。ただ、行き慣れているかどうかだ」
かなり無理を言って、セバス達には入り口付近で待機してもらった。実際、敵に逢いに行くのではない。
領域までの通路の床には笑えるくらいのトラップが配置してある。数、質、種類、配置など全てがある男の悪意によって構築されている。
ちなみに、
ほとんど片足でジャンプしながらの通行である。露骨に床の色を変えてある部分があるが、半分がデストラップで、もう半分が唯一の安全圏だ。
そうしてトラップを踏まないように格闘しながら進むこと十分。ようやく通路が終わり、『廃館』に到着した。さすがにこの領域内にトラップはない。入り口を除いて。
入り口のトラップを踏んでしまうと、ここにあるゴーレムが全起動するようになっているため、最大の注意を払わなくてはならない。
「はは、やっぱりすげえな。こりゃ」
乾いた笑いとともにシルクの口から出たのは、当然、皮肉だ。
物が散乱しているのは宝物殿と同じだが、あちらがその名に恥じない場所ならば、ここは正しくゴミ捨て場だ。一銭の価値もないような屑アイテムばかりが放置してある。
歪な形の剣や変色した絵画、砕け散ったガラス瓶、破れた本、槍が突き刺さった盾、曲がった鉄パイプ、枯れた花の山、針の動かない時計、帆船の残骸、扉がもげた金庫、穴だらけの鎧、何らかの金属の破片、弦の切れたヴァイオリン、ホルマリン漬けにされた巨大な蛙の骨、落書きだらけの机、中身の綿が溢れ出た人形などは一例でしかない。言葉では語りきれないほどの『ゴミ』があった。雰囲気作りのために棄てられたものも多いが、やり過ぎ感はある。
宝物殿は煌びやかだったが、廃館はその名の通り廃れていた。侘しく、寂しく、錆びて、朽ちて、色褪せていた。それこそサービス終了時のアインズ・ウール・ゴウンの栄光のようだ。
それはるし★ふぁーや自分を始めとしたゴーレム狂が生み出したゴーレムも例外ではない。歪なシルエットをした赤いゴーレム、明らかに腕と頭と胴体の大きさのバランスがおかしいゴーレム、傷だらけのガラス製ゴーレム、オリハルコンという柔らかい金属でできたゴーレムなどだ。傑作はちゃんとした場所に配置してあるが、ここに取り残されたゴーレムは基本的に失敗作ばかりだ。AIのバグなどではない。ただ単に製作者が『面白くない』という理由で廃棄したゴーレム達。見た目は悪くても、一体一体の性能は高い。下手をしたら、一つの階層分の戦闘能力がここにあるかもしれない。つまり、過剰である。
そんな廃棄物達の奥に、『娘』はいる。シルクは物音を立てないようにそっと歩き出す。
2体の細身のゴーレムを柱のように見立てて、一つのハンモックが下げられている。そこからくーすくーすと寝息が聞こえてきた。小さな寝息だが、この静寂なる廃棄場所では、その寝息だけが唯一の音だった。動かぬゴーレムに反響するその微音が、シルクの決意を鈍らせる。
――自分の娘はナザリックにとって有害な存在である可能性が高い、だから殺さないといけない。
もしNPC殺しが発覚しても、問題があるが、別の問題は解決する。即ち、NPCから見た自分とモモンガの優先順位である。トップが複数いる組織がまとまるはずがない。実質は同等だったとしても、便宜的な差は必要だ。それに、自分がモモンガより優先されるなどあってはならないことだ。かの伝説のクラン『ナインズ・オウン・ゴール』の一人、ユグドラシルの異形種の英雄であるモモンガと同等に扱われるなど恐れ多い。
だから、シルクには躊躇う理由がなかった。自分の『娘』がゲームでの記憶があるならば、殺さないといけない。このナザリックのために。自分の未練と感傷のために生み出した幻影がかの栄光を壊すなど、顔向けできなくなる。あの人に、ここから去った三十九人に、アインズ・ウール・ゴウンのファン全てに。だから、殺す。殺さなければならない。
性能的には殺せるはずだ。『娘』はレベル百だが、素の能力はレベル三十相当だ。MPは高いが、それを活かせる魔法攻撃は持っていない。強化魔法と弱体化魔法のみに能力の大半を費やしているからだ。無論、全力で強化と弱体化を行えばレベル百でも相手にはできる。だが、それには時間がかかる。ここのゴーレムを起動すれば話は別だが、ここにあるゴーレムはトラップ要素が強い。部屋に入る前にあるトラップに引っかからなければ、そもそも動かない。
自分もまた攻撃力は低いが、問題ない。『娘』には、自分と持久戦ができるだけのHPも防御も耐性もない。だから、殺せる。眠っているのならば是非もない。殺す。
そんな決意をして、ハンモックに眠る妖精を見た。
だが、その寝顔を見た瞬間、決意なんてものは砕け散った。
「あ、ああ、あ……」
動揺から声が漏れる。精神安定化が何度も発動するが、それに追いつかないほどに心が乱れ、荒れ狂う。目玉もないのに視界が乱れて、肺もないのに過呼吸を感じ、胃もないのに嘔吐に襲われる。
ゲームの時とは違う、命の鼓動がそこにあった。
名前をローラ。こっそり作ったレベル百NPC。恋した女性の模造品。当然だが、完全に似せているわけではない。だいたい完全な模造品を作るなら種族は人間にしただろう。妖精にした理由は、自分が精霊だからだ。自分が防御特化だからこそ、支援特化にした。攻撃特化にしなかったのは、あの人がそういう人ではなかっただからだろうか。だが、この少女はあの人ではない。たとえ、あの人に似せて作ったとしても、自分の娘だ。
無理だ。殺せない。殺せるはずがない。あの人の生き写しだからではない。見た目が幼い少女だからではない。ナザリックの役に立つかもしれないからでもない。もっと根幹的な部分だ。
自分の娘は、殺せない。
天使のように可愛い妖精はぐっすり眠っていたようだが、シルクの声を聴くと、ぱちりと目を開けた。
「おとん?」
目尻が下がった寝ぼけ眼。眠気を帯びた少女の声は、『あの人』とは違うものだった。『あの人』と同じような声で言われたら我慢できただろうが、全く違う声である以上、『あの人』とは別の生き物であるという意識は強かった。そんな状態で父親呼ばわりされたら、理性が耐えられるはずがなかった。エントマが源次郎に願われた喋り方を自分の前ではしていなかったということから、油断していた。「おとん」呼ばわりは不意打ちだった。
シルク・タングステンは、己の娘を抱き上げる。そして、叫んだ。
「俺の娘、可愛すぎー!」
「きゃー! 何ー!」
「ほーれ、高い高い!」
「きゃー! きゃー! おとん大好きー!」
「俺も大好きだよ、我が娘ぇ!」
その後、だっこしたり肩車して走り回ったり抱き締めて回転したり、とにかくはしゃいだ。シルクが思う「親子ってこういうことするよね?」みたいなことをやった。疲労しない体であるにもかかわらず、精神が疲れるほどにはしゃいだ。最早、暴れたと表現できるレベルではしゃいだ。
「はあ、はあ、はあ……。ごめん、何か変なテンションになっちゃった」
「大丈夫やでー、おとん。うちはそんなおとんも大好きや」
「うわあ、嬉しくて吐血しそう」
「おとんたら精霊のくせにー」
「変に間延びするくせは俺譲りかよー」
はっはっはと笑い合う精霊と妖精。
「でも、おとん、何でいるん?」
「え? 何、逢いたくなかった? お父さん泣くよ?」
「いや、だって、ユグドラシルはもう終わっとるはずやろ? おとんが言っとった時間はもう過ぎとるで」
「…………ああ」
『実はミリオンだけが例外で他のNPCはゲーム時代の記憶がない』や『ローラだけが例外的にゲーム時代の記憶がない』というパターンを期待していたのだが、それはあっさり打ち砕かれた。
そう、シルク・タングステンは、このローラというNPCに色々と話してしまったのだ。元々話し相手として作ったというのも大きい。会話の内容は、自分の一番古い記憶から始まり、初恋の相手との思い出、ユグドラシルという世界の正体、ギルメンとの記憶、ナザリックの由来など、一ヶ月に渡って全てを話した。
特にまずいのが、ギルメンのユグドラシル引退についてだ。NPCどころかモモンガにも聞かせることなど出来ない。とんでもない爆弾だ。だが、現状はその爆弾を遊ばせておく余裕などない。
「ああ。どうやらユグドラシルは終わったが、アインズ・ウール・ゴウンは終わっていないらしい」
「ん? どゆこと?」
シルクは玉座の間のこと、宝物殿のこと、忠義の儀のこと、ナザリックが謎の場所に転移していることなどこの数時間のことを話した。
「それでだ、我が娘よ。お前にはこの領域の外に出て欲しい。お前の後方支援能力は色々な職業の役に立つ」
「えー」
「何だよ、ここ好きなのか?」
「好きやでー。おとんがうちのために集めてくれたもんばっかりなんやから」
「ぐおお!」
言ってなかったか。ごめん。ここにあるのは全部廃棄物なんだ。それにほとんど俺の物はないんだ。そんなことを言える空気でないため、シルクは胸の内に刺さった槍に耐えるしかなかった。
「そ、それは嬉しいが、お前も外に出て世界のことを知るべきだ。箱入り娘という言葉があるが、折角の可愛い娘を箱の中にしまっておくこともあるまい。多くの人の目に入れて、称賛を集めてこい」
「おおー、それもそうやな」
「ああ、そうだ。俺がお前に語ったことは喋るな。絶対に、誰にもだ。モモンガさんも例外じゃない」
「具体的に何を言ったらあかんの?」
「俺の人生、あの人のこと、ユグドラシルやゲームという世界の正体、ギルメンの引退理由なんかだな。下手したらやばいことになるし」
「分かったわ」
「そうか? 愛しているぞ」
「うちもー」
星霊は血の繋がっていない妖精を抱き締める。母でもない女に似せて生み出してしまった憐れな娘を。
「ごめんな」
「んー、どしたん、おとん」
「ごめんな。本当に、ごめんな」
自分は一体、何をしようとしていた? 自分は娘を殺そうとした。どうせすぐに消えるのに生み出して。勝手な願いを押し付けて。女々しい理想を重ねておいて。無責任に殺そうとした。
最低だ。
「父としての責務を果たす。お前を愛そう、ローラ」
一度殺さないと決めた以上、絶対にもう殺意など抱かない。死ぬまで愛する。返事は「うへへへへ」というちょっと気持ち悪い笑い声だった。
あれー? こんなふうに設定したっけ?
「じゃあ、モモンガさんと軽く打ち合わせをしたらまた来るよ。その時までに、持って出たいものは整理しておけよ。お前でも、この領域から出るのは至難の業だぜ。何と言っても、るし★ふぁーさんが本気で仕掛けたトラップなんだ。たとえどこに何があるか分かっても、俺以外は通行できないだろうけどな!」
「うわあ、さすがおとん。うちらには出来ないことを平気でやってのける! そこに痺れる憧れる!」
「お前、それどこで知ったんだよ」
「おとん」
「全然覚えてないな」
ひょっとして、自分が記憶している以上に余計なことも喋った可能性があるのか。やばいかもと思いつつ、黙っているように言ったので大丈夫だろうと楽観視した。
子どもを信じるのも親の務めであるが故に。
そう考えて、シルクはセバス達の待つ通路入り口へと歩き出した。
「さてと。外に出たら、誰を味方にしたらええかな。手堅いのは、モモンガ様の作ったパンドラはんやろうなあ。うちと組めば、オリジナルを超えられるやろうし。パーに強いのは、チョキだけやない。より強いパーや」
創造主――否、父の姿が完全に見えなくなると、少女は呟いた。父の理想が込められた顔には、一切の表情が抜け落ちていた。無論、先ほどの喜びは演技ではない。だが、この能面のような無表情もまた偽りではない。その能面のような顔を、ゴミの山の一角に向ける。
「大丈夫やで、おとん。うちはおとんもモモンガ様も悪くないって、知っとるから」
この『廃館』にはゴーレム以外にも大量の廃棄物がある。それは引退前のメンバーが棄てたものが大半であったが、シルクが棄てたものもあるのだ。少女が今見つめているものもそうだ。それは、棄てた本人が『そのような形にした』ことさえ忘れるほどの前のもの。だからこそ、彼がかつて感じたものを雄弁に語っていた。
「悪いのはあいつらやって、知っとるから」
少女の目線の先には、アインズ・ウール・ゴウンの集合絵があった。絵画好きのメンバーが書いたもので、ギルドメンバー全員が持っていたものだ。ただし、絵の中では、ナザリックからいなくなった三十九人の姿が赤い絵の具で塗り潰されていた。
シルク・タングステンは忘れたというなら忘れていた。たとえ、短い期間でも、己がどんな風にギルドメンバーのことを思っていたのかを。
本作における最大の地雷登場。
……あれ? モモンガ様に仲間と仲良く異世界冒険させたくてこの二次を書き始めたのに、どうして主人公もそのNPCも地雷持ちなんだろう
早くも初志貫徹に失敗しているけど、円満ルートだから大丈夫なはず