オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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妖精さんは病んでいるとの言葉を戴きましたが、そもそも創造主である星霊も結構病んでいます。


世界よ、お前が欲しい

 異世界に転移してから三日目になった。

 

 パンドラズ・アクターやローラの紹介、シモベの配置の変更、連絡網の形成などは終了した。マーレの超弩級土木工事はもう少しだろうだし、そろそろ調査隊を組んで知的生命体を探しても良いだろう。モモンガからは特殊技術や装備に関する実験をしていこうとも言われた。確かに、手数は増やしておくべきだ。作業や検証に追われながらも、睡眠も食事もいらず、疲労感もない体であったことにシルクは感謝する。

 

 だが、謎の転移が発生してから七十三時間ほど経過したこの段階で、一つの問題が生じた。割と深刻な問題だ。

 

『……………………リフレッシュが必要です』

 

 ギルドマスターのキャパが限界に近付いていた。

 

 現在、シルクは第九階層の自室にいた。凝り性のメンバーが多かったからだろう、メンバー用の部屋はかなり豪勢だ。ホテルのスイートルームをイメージしたと聞いている。無論、全員の部屋が同じわけではない。部屋割りが決まったら、各自が思い思いのアレンジを加えるからだ。シルクの部屋には神話をモチーフにした装飾が多い。英雄が怪物を倒そうとしている絵画や古い時代の刀剣、古代の城の模型などである。

 

 調査隊メンバーを選定するためにNPC面談用のアンケートを作成している中、突然、ギルドマスターから《伝言(メッセージ)》の魔法が入ったのだ。

 

「どうしたんです、突然」

『ここまで他人について回られたことがないんです。生活圏を侵されているような気分なんです。プレッシャーがやばいんです。美人だから余計に息苦しいんです。息抜きがしたいんです。一人になりたいんです』

 

 シルクはそっと自分の部屋を見渡す。彼の部屋にもメイドと護衛用のシモベがいる。これは特別な状態ではなく、転移後はずっとだ。

 

 二人一緒にいれば感じる視線は半分で済むのではないかと言う者もいるかもしれないが、そうではない。二人一緒にいても二人分の護衛がつくだけだ。もっといえば、供回りたちはどちらかではなく両方ともに意識を向けてくるため、感じる視線は倍になる。

 

「俺は平気ですけど」

『シルクさんは廃館で一人になった時間があったじゃないですか。その差です。明日あたり、シルクさんも音を上げます』

「一人じゃねえし、娘もいたし」

『いいですね! おたくの娘さんは可愛くて! こっそりローラに聞きましたよ! 遊んだそうですね!』

「ごめんなさい。マジでごめんなさい。現実化したらあそこまで可愛いとは思わなかったんです。色々と枷が外れちゃいまして。いやあ、黒歴史とか考えていた頃の自分を殴りたいわー」

 

 源次郎やぶくぶく茶釜がいないのが残念だ。彼らがいれば娘自慢をし合えただろう。

 アインズ・ウール・ゴウンは男性プレイヤーの割合が多かったが、女性型NPCを作ったメンバーは『嫁』と『娘』のどちらを意識していたのだろうか。ペロロンチーノのシャルティアは絶対に『嫁』だろう。ロリコンが永遠の美少女(見た目)を作ったのだから。

 

『うう、あと、パンドラズ・アクターがうざいんです。俺の前ではするなと言っても、ドイツ語を向けてくるんです』

「自分の子どもをうざいとか言うなよ。親が子どもを愛さないってのは、それだけで虐待だぜ?」

 

 言っておきながら、心の中で自嘲する。どの口でほざいているんだか。その子どもを殺そうとしたくせに。親から愛されたことなどなかったくせに。

 

『そうなんですけどね。いや、嫌いじゃないんですよ? はあ……。とにかく、リフレッシュです。俺にも廃館の行き方を教えてくれますか? アルベドやパンドラズ・アクターに指輪を渡したから、宝物殿は一人になれません。ローラは今、色んなNPCに顔を見せているから、廃館は空っぽのはずですよね。何か理由をつけてあそこに行きます』

 

 シルクは考える。あそこには対アンデッド専用のトラップはなかっただろうか。自分(エレメンタル)に反応するトラップの配置は完璧に覚えている。だが、アンデッド専用のトラップがいくつかある。その配置は覚えているつもりだが、最近自分の記憶力に自信がないのだ。それに、自分が知らないトラップがある可能性も零ではない。あそこに仕掛けを施した奴はそういう男だった。

 

「……いや、やめた方がいいと思う。あそこに行くくらいなら、外に出た方がいいんじゃないですか? 部屋の中にいるから圧迫感も強いんだと思う。広い世界で解放感を味わいましょうよ」

『それはいいですね! そういえば、まだ外の空をまだ見ていませんでした。汚染されてない生の空ってどうなんだろう。どうせだから、シルクさんも行きませんか?』

「おっけい。じゃあ、第一階層の入り口で」

『あ、ちゃんと変装して一人で来てくださいよ? リフレッシュの意味がなくなります』

「パパラッチから逃げるアイドルじゃないんですから」

 

 モモンガからの《伝言(メッセージ)》が切れると、シルクは執務机から立ち上がり、ドレスルームへと向かう。特に何も言っていないが、メイドもついてくる。本日のお付はシズ・デルタだ。

 

 ユグドラシルでは自分だけの装備が無限に作ることができた。ただし、そのためには能力を決めるデータクリスタルもそうだが、外装が必要だ。極端な話、データクリスタルならばどれだけ貴重でもモンスターを倒せばいつかは手に入る。だが、販売品の外装、特に衣服に関しては期間限定のアイテムも多い。買うのを先送りしたせいで二度と手に入らないなんてことは茶飯事だった。だから、シルクだけではなく、ある程度の資産があるプレイヤーならば服など衝動的な買い込みが基本だ。少しでもいいと思ったら買う。そんな経緯があるため、ドレスルームは衣装や武器の外装でごった返していた。職業的に使うことも装備することもないようなものまで大量にある。モモンガや引退メンバーの部屋も同じような状態のはずだ。

 

 壁際に設置してある姿見の前に立つ。そこに映ったのは、紫色の炎の怪物。黄色い光が亀裂にように顔を描いている。精霊ではなく、レイスに代表される死霊系のアンデッドのように見えるが、正真正銘精霊種の最上位である星の守護霊(アストラルガーディアン)だ。そんな存在が、漆黒の鎧と銀河のようなマントを着ていた。我ながら歪なファッションであるとは思う。

 

「……特殊技術(スキル)発動。化身転生(アヴァターラ・オン)

 

 シルクを包んでいた――否、シルクの身体そのものであった星のオーラが収束し、弾け、光となった。光が止むと、そこには一人の『人間』がいた。

 

 性別は男性。年齢は二十代半ばから後半。体格は中肉中背。髪の色は黒で、長さは首ほど。目も右目は黒色だ。色白でどこか中性的な美しさを感じるが、顔の左側がその美しさを台無しにしていた。顔の左側には、額から首筋にかけて巨大な火傷があったのだ。しかも、左目の色は黄金であり爬虫類のように瞳孔が縦に割れている。

 

「……ふむ」

 

 星の守護霊(アストラルガーディアン)の種族特殊技術(スキル)の一つ、化身転生(アヴァターラ・オン)

 効果は単純で、種族レベルの全てを無効化し、種族を『人間』に変更するものだ。シルクはレベル百のうち、種族レベルが三十なので、現在はレベル七十ということになる。

 異形種の中には複数の形態を持つ種族がいる。悪魔や竜人などがそれに該当する。人間形態、半異形形態、完全異形形態と設定でき、人間形態で弱体化のデメリットを負うことで、完全異形形態ではステータスにボーナスを得ることができるというものだ。ユグドラシルでは人気のあるシステムだったため、形態変化を好む者はプレイヤーにも多かった。

 だが、この特殊技術(スキル)はそれらとは一線を画す。通常の形態変化で変化するのは姿形とステータスだ。種族までは変更されない。それに、ビルド構築にもよるが、一気に三十レベル分のステータスダウンなどデメリットどころの騒ぎではない。当然メリットもある。レアドロップの確率が著しく上げることだ。しかも、パーティー全体で効果を共有できるため、特定の素材集めでは重宝した。ただ、その時は元々低い攻撃力を更に下げることになるので案山子に徹することになるのだが。

 

「あー、あー。声も変わったっぽいか? 魔法の衣服だから、体長が変化してもそれに対応するか……。しかし、異形形態でもそうだけど、人間形態だと更に似合わないな」

 

 鎧とマントを脱ぎ捨てると、ドレスルーム内に転がっている適当な衣服を拾い上げる。いかにも魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)が好みそうなデザインの、群青色のローブだった。これならば何も知らないシモベが見たところで、接近戦重視の神官戦士、シルク・タングステンだとは思うまい。ついでにこれまた適当に落ちていた仮面を被る。……適当に拾ったはずなのに嫉妬マスク(クリスマスの特定時間にプレイしていると強制的に入手させられる呪われたアイテム)だった。別の仮面を探すのも面倒臭いのでこれで我慢する。

 

「シズ。俺はこれから少し出てくる」

「………………近衛の準備は既に終わっています」

「いや、俺一人でいい」

「………………それは駄目です。何かあった時、私達がシルク様の盾になれません」

「盾? この俺に防御を説くか。大きく出たな、シズ・デルタ」

 

 どうするか。これを振り払うことは多少の無茶を言えばできるかもしれない。しかし、NPC達は自分を守るためにこのようなことをしてくれているのだ。それを無下にするのはこの子達にも仲間にも不義理だ。しかし、モモンガには一人で来るように言われてしまった。あちらを立てればこちらが立たない。悩み所だ。

 

 機械的な瞳がシルクを捉える。オートマトンである彼女は感情を滅多に表に出さないという設定だ。だが、無表情ということは決して無感情ということではない。

 

「……はあ、しょうがない。分かった。ただし、近衛は足の速い奴にしろ」

 

 こくりと頷くシズ。すぐにドレスルームの外に待機している儀仗兵に近衛の変更を伝えるだろう。それが罪悪感を産む。何故ならば、シルクの出した要望はかなり性根の悪いものだったからだ。さながらおにぎりを注文しておきながらサンドイッチを食べたいと言いだすクレーマーのような所業だ。

 

 モモンガに連絡しておかないとなあ、と色々な方面に罪悪感を覚えたところで、当のモモンガから連絡が入る。あまりにも間の良いタイミングにまさか盗聴器でも仕掛けてあるのか、この部屋はかなりの情報系魔法阻害が施してあるはずだがと身構えてしまうが、モモンガからの内容に脱力してしまう。

 

『シルクさん、すみません。中央霊廟でデミウルゴスに見つかっちゃいました』

「早いよ」

 

 

 

 

 シルク・タングステンの娘、ローラは誉れ高きナザリック地下大墳墓の第二階層を歩きながら思考する。即ち、己が何を為すべきかを。

 

 ローラは知っている。このナザリック地下大墳墓を支配していた四十一人のうち、自分の創造主とまとめ役であるモモンガを除いた三十九名。彼らは、この御二方とナザリックを棄てたのだと。

 

 ローラは知っている。三日前、このナザリック地下大墳墓……否、ユグドラシルという世界は消滅するはずであったと。『げーむ』という宇宙観に関しては理解しきれていないところがあるが、父やモモンガのような『ぷれいやー』にとって『げーむ』とは夢想のようなものらしい。この世界のすべては『りある』の現実逃避のための娯楽でしかないと父は語っていた。

 

 ただし、ローラは知らない。己の創造主とモモンガ以外のギルドメンバーのことを創造主の話の中でしか知らない。何故ならば、ローラが生み出されたのは一ヶ月前。だから、『至高の四十一人』とやらに、忠誠など微塵も感じていなかったりする。だって、知らないのだから。逢ったことがないのだから。絵でしか顔を知らず、話でしか人格を知らず、録音されたものでしか声を知らない。

 

 ローラが生み出された時、最初に投げかけられた言葉は、謝罪だった。父曰く、『どうせ一ヵ月後には消えるのに、作ってすまない。だけど、このままじゃ俺は笑顔で最後を迎えられない』と。

 

 そして、ぶつけられた。『りある』での己の人生への呪いと、ローラのモデルとなった女性への崇拝と、ユグドラシルのすべてと、父を棄てた三十九名への感謝と尊敬と親愛と友情と憎悪の全てを。

 

「どうしたもんかなあ」

 

 おそらく、このナザリックにおいて自分と感情を共有できるNPCはパンドラズ・アクターだけだ。彼はその由来から、一部のギルドメンバーとは面識がない分、創造主以外の御方への忠誠心は薄いはずだ。それに、創造主もいる。

 自分には父を同じとする『兄』が存在する。が、彼は自分とは事情が違う。

 兄、ミリオンと名付けられたスライムは至高の四十一人のことを知っている。彼らがちゃんとナザリックを愛していた姿を知っている彼と、そうではない自分では差がありすぎる。

 だから、自分の心中に渦巻く敵意を知れば、階層守護者に密告され、動きを封じられる。さすがに殺されることはないと思うが、最低でも半永久的な謹慎処分になるだろう。

 

 そもそも、自分はどうしたいのだ? 三十九名が前に現れたら、どうすればいいのだ? モモンガや父に対して謝罪をするように要求するのか、それとも断罪するのか。はたまた、また父達と一緒に遊んで欲しいと願うのか。

 

 父が自らに与えた性格は『ある女』に由来する。父の心を照らし続ける太陽。ローラにとっては半分くらい母のような存在。その善性に従えば、許すべきだ。しかし、その正義に基づけば、殺すべきだ。

 

「うーん、もうちょっと賢く作ってくれたら嬉しかったんやけどなあ」

 

 優しい父に文句を言ってもしょうがない。他のNPCにギルドメンバーの話を聞いて、とりあえずの方針を決めるとしよう。これから第一から第三の階層守護者であるシャルティアに逢いに行くところだ。

 階層守護者ではコキュートスやアウラとの話はすでに終わっている。アルベド、デミウルゴス、マーレは忙しいようなのでまだだ。

 NPC達は創造主について聞けば必要以上に喋ってくれるのだ――ある意味、自分以上に何も知らない者も少なくなかったが。創造主と被造物はそういう関係だ。人生の全てを語ってくれた父が特別だったようだ。いや、特別なのは自分か。自分は異物だ。

 

 これだけ彼らに愛されているから許せと善性が言えば、これだけ愛している彼らを棄てたのだから殺した方がいいと正義が言う。

 

「『モモンガさん、ギルメンの皆にメール出したんだってさ。来てくれるといいなー。いや、来てくれるよな。まあ、お前には色々言ったけど、あの人達だってモモンガさんのこと大好きだしね! さすがに全員は来てくれないかもしれないけど、十人くらいは来てくれると思うなー。いやー、俺がオークションに行っている間に全員揃ってハブられたらどうしようっかなー。はっはっは、そんな人達じゃねえか。……じゃあな、我が娘。どうか俺を許すな』」

 

 それが『げーむ』最終日の前日に父が自分に向けた最後の言葉だ。だが、父のあの様子から来た気配はない。誰かが戻ってきたという話をNPCから聞いたこともない。

 

 答えなど最初から分かっている。自分は――

 

「あら? その言葉はどなたのお言葉かしら?」

 

 純白のドレスに身を包んだ美しき悪魔。守護者統括アルベド。防御力重視だが、攻撃力や素早さが低いわけではない。容易く自分を無力化することができるだろう。

 

「こ、これは守護者統括殿。どうしてここに?」

 

 やばい。劇的にやばい。しかも、相手がめちゃくちゃやばい。今のセリフを聞かれた以上、自分どころか父の立場もやばい。しかし、どうやって誤魔化す、ナザリックでも屈指の頭脳の持ち主を相手にして。

 

「大墳墓の入り口で待機しているデミウルゴスに逢いに来たのよ。シルク・タングステン様が計画中だという周辺調査の下準備の打ち合わせがあるの」

「嘘やな。統括殿はモモンガ様から指輪をもらっとるはずやろ? リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが」

 

 それを聞き、アルベドは自慢げな表情で指輪が見せるようにする。……何でこいつ、左手の薬指にはめてんだよと思うローラだったが、無視した。今はシリアスなシーンだ。

 

 アルベドは同性ですら虜にする魅惑的な笑みを浮かべて、ローラに囁く。

 

「ねえ、協力しない? ローラ」

「協力?」

 

 この場で最もそぐわない言葉に、怪訝そうにするローラ。

 

「簡単なことよ。今後のナザリックのために必要な秘密の同盟を組みましょう?」

「……同盟?」

「ええ――」

「あー、糞。面倒臭えー」

 

 突然の声に、アルベドとローラは声のした方に振り向く。

 

 巨大な金魚鉢に収納されたミリオンだった。生理的嫌悪を誘発する色合いのスライムは、車輪がついた巨大金魚鉢によって運送されていた。ちなみに、誰かが押している様子はない。金魚鉢もしくは車輪がマジックアイテムなのだろう。

 

「あのメイドどもめ。何が『泥で汚れるので墳墓を移動する際はこれに乗ってください。こぼれないでくださいよ?』だ! この俺を産業廃棄物みたいに扱いやがって! 泥はちゃんと洗い流しているってのによ」

 

 ようやくアルベドとローラの存在に気付いたのか、体の一部を持ち上げて揺らした。どうやら手を振っているつもりのようだ。

 

「お、奇遇だな。俺の可愛い妹よ。ついでに守護者統括殿」

「……お兄。仮にも守護者統括殿に『ついで』で挨拶するって何様なん?」

「ふっ、『お兄』とはいい響きだなー。さすがは俺の妹……いや、この場合、シルク様の娘と言わなければ不敬だったか。はっはっは」

 

 違う。反省するところはそこじゃない。

 

「貴方、御方々と私達とで性格が違いすぎない?」

「うるせえよ、統括殿。俺はそういう風に作られた……というか、俺を創造したシルク様がそういう御方なんだから、仕方ねえだろう?」

 

 アルベドの引きつりながらの問いに、悪びれるどころか全力で開き直るヘドロ型スライム。ここまでくると感心の領域である。

 

「それに、俺達は同等のはずだ。あくまで階級は便宜的なものに過ぎねえ。一々態度なんざ改まってられるか。面倒くせえ」

「……そう。御方の前ではそのような態度を見せないように、とだけ言っておくわ」

「そうかよ、守護者統括様」

 

 ぐいと気色の悪い体をアルベドに近付ける。どうやら凄んでいるようだが、目玉も表情筋もないので伝わりにくい。効果がないと分かると、今度はローラの方に顔……? を向けた。

 

「俺の可愛い可愛い妹よ。あんまりこんなゴリラと会話するな。筋肉がうつる。お前のか弱い身体が筋肉に侵されることがあれば、俺はシルク様に顔向けができねえ」

「失礼ね! ちゃんと適正体重から逸脱しないように筋肉量は調節しているわ。あと、筋肉はうつらないし、誰がゴリラよ」

「そう思うならもうちょっと慎ましくしてくれよ」

 

 口もないのに減らないスライムの挑発に青筋を浮かべかけるアルベドだったが、上の階層にデミウルゴスが待っていることを思い出す。ローラに出会ったのは本当に偶然だったため、これ以上時間を浪費するのはよろしくない。

 

「まあ、いいわ。じゃあね、ローラ。今日は時間がないから、さっきの話はまた今度。でも、よく考えておいてね?」

「……まあ、考えとくわ」

 

 ローラの答えに微笑んで、アルベドはその場を去った。

 

「んー? どうした、我が妹よ。あのゴリラと女子会の予定でも組んだか?」

「お兄。アルベド様のこと、嫌いなん?」

「嫌いだよ」

 

 即答だった。しかも、舌打ち混じりに。

 

「基本的に、俺はお前以外の他のNPCのことが嫌いなんだ。どいつもこいつも、至高の御方々のためになら死ねるとか。はっ。……ヴィクティムの奴を除いて、俺達は死ぬために作られたわけじゃねえってのにな」

 

 どこか寂しそうにスライムは呟いた。その背中は父に似ていた。……背中がどの辺りか全く分からないが。

 

 

 

 

 

(そうか。飛べないNPCで来て、空に飛べば少しの時間だけでも護衛の目から解放されたのか……。さすがシルクさん。悪意のある詐欺をしますね)

(モモンガさん、こんなことで感心されても全く嬉しくないです。つうか、喧嘩売ってんだろう、てめえ)

(護衛は連れてこないでって言ったのに。俺なんて罪悪感を覚えながら無理矢理置いてきたのに)

(面倒くせえな、このギルマス。転移して即行で見つかった人が何言ってんですか)

(しょうがないじゃないですか! まさか第一階層にデミウルゴスと親衛隊がいるなんて思いませんよ) 

 

 そんな少し険悪な雰囲気の中で第一階層の中央霊廟で落ち合った。中央霊廟から地上へ出るまでの間、二人はちょっとギスギスした。シモベはそんな二人の様子に動揺していたが、本人達には全く自覚がなかった。

 

 本来、モモンガは魔法で、シルクは特殊技術で空を飛べる。しかし、モモンガは魔法で作った鎧を着ているが故に、シルクは人間形態になることで種族由来の特殊技術を封印している。しかし、アイテムの力を使えば空を飛べるし、そのようなアイテムはNPCには基本的に持たせていない。

 

 至高の存在であるシルクが足が速いシモベを望んだということは、自然と地上移動に特化している面子が選ばれるということだ。つまり、高確率で空は飛べない。あとは、気まぐれを装って飛行すれば良いだけの話だ。ナザリック地下大墳墓はその名の通り、地下にある。近くに巨大な樹木もないため、飛行能力のないものが空中に出ることは不可能のはずだ。

 

 ……しかし、目論見は外れた。何故ならば、選ばれた近衛は飛行能力を有するものが大半だったからだ。どうやら、『足が速い』という要望は『移動能力が高い』と判断されたらしい。おそらく伝言ゲームをしていくうちにそのように変更されたのだと思う。ホウレンソウは正しくできるように教育する必要があるだろう。

 

 だが、どういうわけか、デミウルゴスが「なるほど……。私が御方々についていくのでお前達はここで待機だ」と言ってくれた。理由を聞けば、「御方の深い思慮は理解しております」とのことだった。だから、どういうことだよ。モモンガは適当なことを言ったら深読みされたらしいと判断したが、だからどんな誤解を受けているんだ。

 

 もう一つ不可解なことは、人間形態となったシルクを見ても、モモンガを除いた全員が「誰?」と聞いてこないことだ。体格も服装も声も変化しているにも拘らず、誰もが仮面の魔法使いをシルク・タングステンだと看破しているのだ。これでは何のために変装したのか分からない。『人間』になっているため、異形種である彼らがどんな反応を示すか見る狙いもあったのだが、それも外れてしまった。

 

(いや、本当、何で分かったんだ? あらかじめシズが連絡していたってことは、俺を見たデミウルゴスの反応からしてなさそうだし。モモンガさんと待ち合わせしていたからか? 何か違う気がするな)

 

 いまいち腑に落ちないまま、モモンガとシルクはデミウルゴスを伴い、ナザリックの外に出た。

 

 

  そこには、本物の夜空があった。写真でも絵画でも再現映像でもない、正真正銘、自然がおりなす究極の美。その絶景を見て、これまで胸にあった感情すべてが吹き飛んだ。

 

 

「……おお」

 

 モモンガやシルクの貧弱な語彙力では言葉で表現することなど不可能だった。

 

 ギルメンの一人、ブルー・プラネットが熱く語っていた星の輝き。漆黒の夜空に浮かぶ星々は数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの数で、一つ一つが宝石のように煌いていた。空気そのものが透き通っているため、リアルのような人工心肺など必要ないだろう。

 

 シルクは深呼吸を行う。人間形態であるため、新鮮な空気が肺に満ち、体中の全細胞が喜びの声を上げる。おそらく、精霊形態でも同じことを行っただろう。

 

 沸き上がる衝動が止まらない。精神の沈静化が起こっても、次から次に感嘆の思いが湧き上がる。愉快で愉快で仕方がなかった。己の矮小さを、このような形で思い知らされるなど初めての経験だったからだ。

 この世界とは無限で、個人の力など高が知れている。ユグドラシルで知っていたはずのことを、改めて思い知らされたような気分だ。

 

 それほどまでに、この星空は美しかった。星空をイメージして作った自分のマントがどれだけ無様かを理解した。自分の贋作如きでは到底及ばない。星の裁定者と死の支配者は、この夜空に酔いしれていた。

 

 モモンガとシルクは《飛行(フライ)》の魔法が込められたアイテムの力を使い、ナザリックの上空数百メートルまで上昇する。

 

 その後ろに、半異形形態となったデミウルゴスが追従する。彼の半異形形態は顔が蛙のようになり、蝙蝠のような翼が生えている。余談だが、完全異形形態は「男の浪漫最強」とまで言われた超かっこいい姿である。

 

 上昇を止めて、その景色に息を飲む。闇夜を月のような惑星と小さな星々が地上を照らす様は、非常に幻想的だった。人工的な光が一切ないというのに、ものが見える。ゲームが現実化したという現象は理解しているはずなのに、自分達はゲーム以上の何かにいるような気分だった。

 

「素晴らしい。いや、そんな言葉で片付けるべきではないな」

「何だこりゃ。第六階層もかくや、という次元の美しさだ。ブルー・プラネットさんが作りたかったってのは、こういう空のことか!」

 

 二人は思い出に浸る。久し振りに彼の薀蓄が聞きたくなったが、いない者の声など聞こえるはずがない。

 

「ブルー・プラネットさんなら、この空をどんな風に表現したんでしょうね。俺には、キラキラと輝いて、宝石箱みたいだとしか言えません」

「この世界が美しいのは、御二方を飾るための宝石を宿しているからに違いないかと」

 

 デミウルゴスが聞いたこともないようなお世辞を言う。大げさだとは思いつつ、それに乗ることにした。こいつも雰囲気に酔っているんだろうと考えて。

 

「そうかもしれないな。いや、私とシルクさんだけで独占すべきではないな。我らアインズ・ウール・ゴウンの皆で持つべきものかもしれない」

「ああ。この夜空はナザリックを飾る宝石に相応しいものだ」

 

 モモンガが手を前に出し、星を掴むような動きを見せる。無論、モモンガの視線から星が手に隠されただけだ。現実には何の変化もありはしない。

 

「もしお望みになり、許可を頂けるのでしたら、ナザリックの全軍をもってこの宝石を集めて参ります。それを敬愛するモモンガ様とシルク・タングステン様に献上できるのあれば、このデミウルゴス、これに勝る喜びはありません」

「まだこの世界での私達の立ち位置も分からないのに、そのようなことを言うのは危険だぞ?」

「はっはっは。そうだぞ、デミウルゴス。案外、俺達はちっぽけな存在なのかもよ?」

 

 苦笑で返す両名だが、気分が高揚してしまったのだろう。思わず、『悪のギルド』として振舞ってしまう。後に死ぬほど後悔することになってしまうというのに。

 

 

 

 

「だけど、そうだな。世界征服なんて面白いかもしれないな」

 

「だったらいっそ、この世界の神の名を、アインズ・ウール・ゴウンにしようぜ」

 

 

 

 

 この時、二人の支配者は後ろのシモベの表情を見ようとしなかった。ナザリック最高の頭脳を持つデミウルゴスならば、軽い冗談のつもりだと理解すると判断したからだ。世界征服だの神になるだの、中二病患者でなければ吐けないような戯言なのだから。

 

 だから、二人はまだ理解していなかったと言うべきだろう。NPC達の忠義がどれだけ深いか、彼らが自分達にどのくらい過大――ある意味では正しい――評価を抱いているか。

 

(この御方々は、我々に道を示してくれる)

 

 星空を眺める主人達の冗談を、デミウルゴスは本気の野望だと受け取った。世界を征服し、アインズ・ウール・ゴウンを神として称えさせる。それはなんて心躍る言葉だろうか。いや、ナザリックの支配者達にこそ相応しい偉業である。

 

 ならばこそ、我々はその御心のままに――

 

 




ヘドロ型スライムはメイド達からは嫌われているわけではないけど、恐怖公的な方向性で避けられています。ナメクジ的なものだと思ってください。
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