オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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人よ、汝を救おう

 星の守護霊(アストラルガーディアン)

 精霊種の上位に位置する星霊(スター・エレメンタル)の王。星の意思の代行者にして、異世界への抑止力。あらゆる生命の願いによって、地球が生み出した紛い物の太陽。裁定の日、その命を以って人類を魔王より救済する者。

 即ち、かの者こそが神の贋作に他ならない。

 

 百科事典より抜粋

 

 

 

 どうしてこんなことに。

 

 村娘――エンリ・エモットは、妹を抱き締めながらすべてを諦めかけた。

 

 今朝から何かがおかしくなった。

 

 エンリの住むカルネ村は王国の辺境にある、ありふれた開拓村だ。村人全員が顔見知りで、家族同然の環境。徴税の役人と薬草を採取する薬師以外は誰がやってくるでもない、時間が止まったと呼ぶに相応しい場所。村の近くに『森の賢王』と呼ばれる大魔獣の縄張りがあるため、森からこぼれたモンスターに襲われることもない。それ故に、平穏で平和な村だった。不便なことも多いが、生きるためには支障がない。

 

 そんな村だったが、その平穏な日々は突然現れた騎士によって破壊された。エンリは騎士の剣によって人が斬り殺されるところを見てしまった。父や母はエンリと妹を逃がすために騎士を足止めしたが、もう殺されてしまっただろう。幼い妹――ネムの手を引きながら逃げたが、追いつかれてしまった。

 

 騎士の兜に一発拳を打ちこんだが、数秒の間怯ませただけだ。逆に、激昂した騎士によってエンリは背中を斬り付けられてしまった。鎧を着ているとはいえ、成人男性相手に足の速さで勝てる可能性は低かったが、この痛みの中、妹をつれて逃げるなど無理だ。しかも、騎士は二人いる。自分と妹の生は絶望的だ。

 

 自分はここで死ぬ。せめて苦痛なく死にたい。そう全てを諦めそうになっていた。

 

 だが、抱き締めている自分の妹が、自分の体を抱き締め返すのを感じて、生への執着が吹き出した。

 

 ……嫌だ。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ。嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。こんな意味も分からぬまま、全てを奪われて、嘲笑を受けながら、理不尽に死にたくない。何で、自分や妹や両親が殺されないといけない。何も悪いことなどしていない。誰かに怨まれることなどせず、慎ましく生きてきた。殺されるようなことなど何もないはずだ。だから、生きたい、生きたい、生きたい。生きる生きる生きる生きる、生きる! 誰か、誰か誰か誰か誰か、助けて助けて、誰でもいいから助けて、お願いだから助けてください。でも、誰が? この状況で、誰が助けてくれる?

 

 エンリは足掻きですらないことを理解して、助けを呼んだ。

 

「助けて、神様!」

 

 神に祈りなど届かない。神は誰も救わない。神様はいつだって残酷だ。そもそも、彼女達を殺そうとしているのは『神の使徒』を担う者達だ。だから、神は彼女を救わない。

 

 だからこそ、神ではない存在が彼女達を救うのだろう。神より残酷で、神よりも優しい何かが。

 

「――いいぜ、助ける」

 

 あるはずのない返答。声がした場所は騎士達のいる方ではなかった。聞いたこともない声だった。声がした直後、エンリが声のした方を見る前に、騎士達のいるはずの方角から音がした。

 

 ざく。

 

 そんな包丁が固い野菜を貫いたような小気味の良い音だ。声のした方ではなく、そちらを見ると騎士の胸に槍が刺さっていた。槍といっても、成人男性の腕よりも太い、実際の戦場で振り回すような者はいないような馬上槍だ。鎧ごと貫通している。ずぶりと抜き取られると、槍は血だらけだ。急に槍を抜いたことで、騎士の胸に空いた穴からは大量の血が流れ出る。

 

 槍を持つ存在の姿を見て、エンリは愕然とした。おそらくネムや騎士もそうだろう。それほどまでに、()()の姿は常識から逸していた。

 

「やっぱり、気持ちの悪いもんだ。人を殺すってのは」

 

 それは、黄金の炎を纏った全身鎧の戦士に見えた。例えるならば、人の形になった太陽。眩しくて直接見られないほどの輝き。漆黒の鎧は騎士達のものとは比較にならないほど立派で、知識のないエンリですらとんでもなく高価なものであると理解できるほどだった。騎士を貫いた槍も、巨大なだけではなく細やかな細工が施されており、その使いにくそうなサイズ感もあって、武器としてではなく芸術品としての価値が高そうだった。

 背後には靄のようなものが広がっているが、まるで地獄に繋がっているかのように真っ黒だった。このバケモノはあそこから現れたのだろう。

 

 黄金の炎はゆらりと蠢き、鎧ごと騎士の方へと向いた。

 

「ひ、ひい!」

「おい、どうした?」

 

 悲鳴を上げた騎士を嘲笑うかのように、黄金の炎が怪しく揺れた。その不自然な炎の揺らぎに、エンリも騎士も理解する。目の前にいるバケモノは、炎を出す鎧を纏っているのではなく、炎そのものが鎧を着ているのだと。

 

「奪ってきたんだろう? こうなることは、分かっていたはずだ」

 

 次の瞬間、巨大な槍はエンリには不可視の速度を以って騎士の頭を貫いた。騎士の頭はトマトのように弾け飛ぶ。首から上を失った騎士の体は血を撒き散らしながら倒れる。炎のバケモノは槍を振るい、血を振り払った。その姿には、太陽のような絶対的な存在感があった。

 

 その姿を見たエンリは、目の前にいるバケモノの正体が何かを理解する。目の前にいる存在はバケモノなどではない。その対極に位置するものだ。

 

 

 

「神様……?」

 

 

 

 この日、少女は運命に出会った。

 

 王国で信仰されている四大神とは違うように思う。強いて言うなら火の神が近いかもしれないが、火というよりは日だ。スレイン法国で信仰されていると聞く命の神の方がしっくりくる。あるいは、その従属神かもしれない。

 

 神に感謝を述べようとするエンリだったが、神が出てきた『闇』から、何かが出て来ることに気付く。恐怖というより興味でそちらを見て、後悔した。

 

「転移阻害はなしか。上手くいったな」

 

 そこにいたのは『死』だった。

 

 

 

 

 

 

 上空天体観測終了後、支配者二人は仲良くセバス・チャンに叱られました。シルクはちゃんと護衛を連れていったのに、解せぬ。セバスの製作者であるたっち・みーは怒らせると怖かったが、そんな所まで似なくても良いのに。やはり、NPCの設定は多い方がいい。

 

 セバスの説教後、シルクは変装ファッションから着替え、精霊形態に戻り、調査隊選抜用アンケートを完成させた。もっとも、調査隊選抜とは名目の上だけで、実際はより根深いNPCを始めとするナザリック全体の意識調査だ。

 内容は先日のセバス達とのやり取りや御付の番の意見を参考にさせてもらった。しかし、知的生命体が発見された後、もう一度再アンケートを行う必要性があるだろう。なぜならば、今回のアンケートは『人間』を対象とした質問が多いが、この世界には人間がいない可能性だってあるのだ。もしくは、人間がいてもこの周辺にはいない可能性だってある。まさか進化したGが支配する星ではあって欲しくないが。その場合は全力で脱出の方法を探すことになるだろう。

 

 モモンガの部屋に行くと、モモンガとセバスがおり、モモンガの手元には大きな鏡があった。

 

「シルクさん、その封筒が例のアンケートですか?」

「そう。後で見てもらえる? てか、モモンガさんは何やってんの?」

「今、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で周囲の探索を試していまして」

 

 モモンガの使用しているアイテムは、指定したポイントを見る能力を有するものだ。低位の対情報系魔法で妨害されるため、微妙系アイテムに数えられるものだ。しかし、今の状況では大変役に立つ。

 

(ユグドラシルでは微妙系だったアイテムも、現実化することで利用価値が上がったものが結構あるよな。廃館のゴミを漁ってみるか? 棄てたものなんだから使い潰しても誰も文句言わんだろ)

 

 鏡を見れば、そこには映画のような草原が広がっていた。ナザリック地下大墳墓のあったヘルヘイムとは縁遠い光景だ。シルクは退廃的なヘルヘイムの地獄も嫌いではないが、夜空に感激したように生命溢れる自然も嫌いではない。もっと言えば、ブルー・プラネットとの交流で好きになった。

 

「シマウマの群れとかいねえかな?」

「えっと、確か大昔に絶滅した動物でしたっけ?」

「そう、それ。肉食獣ならチーターとか見たいなあ。ブルー・プラネットさん曰く、記録が確認された中では全生物最速の速度で走るらしいぜ? 詳しい時速は忘れたけど」

 

 ここにブルー・プラネットがいれば「シルクさんの挙げた動物達がいるのはサバンナです。この草原はサバンナとは違います」と指摘しただろうが、残念ながらここにいるメンバーにはその手の知識が欠如していた。

 

 来訪の目的も忘れて、シルクも鏡を凝視する。友達の家でテスト勉強をしていたら、ゲームが気になってしまう現象に近い。

 

「おっ!」

 

 モモンガが歓声を上げる。見れば鏡に映っている光景が大きく変わっている。どうやら指定ポイントの大きな移動に成功したようだ。

 

「おめでとうございます、モモンガ様。このセバス、さすがとしか申し上げようがありません!」

 

 性格の悪い人間ならば嫌味とも取れるほどの褒めっぷりだったが、セバスの表情には心からの賞賛があったため、モモンガは素直に受け入れた。

 

 モモンガが先ほどと同じ要領で視界の変更を続けると、やがて村が発見できた。牧歌的という言葉がよく似合いそうな小さな村だ。

 

「文明があって良かったぜ。さて、ファーストコンタクトを誰に頼むかな。美醜の価値観が俺達と同じだったらプレアデスに頼みたいところだけど。日本語通じるかな?」

 

 シルクの分かり易い考えに賛同しながら、村の映像を拡大してみるが、様子がおかしい。人々の動きが妙に忙しないのだ。

 

「……祭りか?」

「熊か狼でも出たんじゃねえ?」

「いえ、これは違います」

 

 セバスの言う通り、これは祭りでも獣でもない。人間による、人間の虐殺だった。騎士のような格好をした者達が村人らしき者達を殺して回っている。村人が逃げ回り、騎士がそれを追いかけて斬り殺す。

 

「ちっ!」

 

 この村にはもう利用価値がない。村人レベル百や騎士レベル千の危険性がある以上、ここで彼らを助けに行くメリットはない。それに、騎士の格好をしているというのがまずい。騎士ということは軍だろう。どのような理由で騎士が村人を殺しているのかは不明だが、右も左も分からない現時点では、国家権力を敵に回すなど愚者の所業だ。何かこの村が粛清される正当な事情があるかもしれないのだから。

 

 人間であった頃ならば覚えたであろう恐怖や義憤、憐憫、混乱といった感情が沸き出て来ないことにモモンガは戸惑う。体だけではなく、精神的な部分まで人間をやめてしまったということだろうか。シルクを見るが、相変わらず、光の亀裂が象る顔に表情はない。

 

 モモンガの手が滑り、映像が変わる。騎士と村人がもみ合っていて、二人の騎士が村人をはがそうとしている場面だった。村人は無理矢理引き離されると、両手を持って立たされ、何度も何度も剣が突き立てられる。致命傷だろう。もう助からない。そんな地面に倒れた村人と、モモンガは目が合ったような気がした。そして、彼が死に際に紡いだ言葉が聞こえたような気がした。

 

 ――娘達をお願いします。

 

「どう致しますか?」

「見捨てる。助ける価値も意味もない」

 

 そんな風に切って捨てようとするモモンガだったが、セバス・チャンの背後にたっち・みーを幻視した。

 

 

 ――誰かが困っていたら、助けるのは当たり前。

 

 

「な、たっちさん……」

 

 かつて、ユグドラシルでは異形種のプレイヤーを襲う異形種狩りという行為が流行っていた。異形種狩りに遭っていたモモンガを正義の味方のように助けてくれたのが、たっち・みーだった。家族も友達もおらず、底辺階層の中で必死に生き、ゲームの中でさえもこのような扱いを受けるのかと絶望していた自分を、ただ困っていたからという理由だけで助けてくれた。

 あの瞬間があるから、今の自分がここにいる。あの人に出会わなければ、あんなに楽しい時間はなかっただろう。

 

「そうですね、誰かが困っていたら助けるのは当たり前です」

 

 あの日の恩義をここで返そう。どの道、この世界の戦闘能力も確かめなければならない。

 

「シルクさん、助けに行きましょう」

「おっけい。すぐ行こう。モモンガさん、《転移門(ゲート)》開いてくれる? 俺も転移は使えるけど、モモンガさんの方がMPの量も回復速度も上だしね」

 

 一切の迷いなく、シルクは即答した。

 

「えっと、シルクさん。俺が決めて何ですけど、いいんですか? この世界のレベルも分からない以上、危険も高いですけど」

「は? 何言ってんだよ、モモンガさん。むしろ助けに行かないとか言って、俺の方が焦ってたんだぜ。自分が誰か忘れちゃったのかと思ったよ」

 

 俺はモモンガですけどという言葉より早く、シルクは言う。

 

「アンタは――アインズ・ウール・ゴウンじゃねえか」

 

 異形種狩りからの異形種救済。それがアインズ・ウール・ゴウンの始まり――クラン『ナインズ・オウン・ゴール』だった。シルク・タングステンというプレイヤーが元々は自分達のファンであったことを、モモンガは思い出す。

 

「……ええ。忘れたことなんて、ただの一度もありませんよ」

「そうか。分かりきったこと言って悪かったね」

「いいえ、そうでもありませんよ。セバス、ナザリックの警戒レベルを最大まで引き上げろ。待機しているアルベドに完全武装で来るように伝えろ。ただし、ワールドアイテムの所持は許可しない。次に、後詰の準備だ。私が帰られない場合を想定して、透明化に優れたシモベをこの村に来るように伝えろ」

「相変わらず、細かいところまで気がつくね……」

 

 的確な指示を出すモモンガを見て実は結構余裕があるんじゃないかとシルクは思う。ただ慎重なだけではそこまで思いつかないだろう。

 

「では、お二人と警護というのであれば私が」

「その場合、誰が命令を伝えるのだ? 何、心配ない。シルクさんと私が組むのだ。騎士達一人一人がたっちさんやウルベルドさんクラスでない限りは緊急事態など有り得ない」

 

 尊敬するギルドマスターにそこまで言われたら、張り切らないわけにはいかない。シルクは気を引き締め直す。

 

 鏡の画面が変わり、斬り殺されそうになる二人の少女が見える。もう時間はない。

 

「《転移門(ゲート)》」

 

 ユグドラシルにおいて最上位の転移魔法の一つ。距離無限、失敗確率なし。モモンガの前に黒い闇のようなものが広がり、シルクがその前に立つ。

 

特殊技術(スキル)発動、プロミネンス・オーラ」

 

 体を構築する炎の色が、魔界を思わせる紫から変化する。黄金と橙色と真紅が入り混じり、まるで太陽のような色だ。この特殊技術(スキル)は、発動中に使用者の全ステータスを上げるというものだ。

 シルク・タングステンは防御面重視。単純な堅さでは全盛期のメンバーやNPCさえも凌駕する。当然、その分だけ攻撃力や素早さは低いのだが。そんな彼のステータスが上がった状態である以上、彼を一撃で殺すことはワールドアイテム装備のワールド・チャンピオンでも不可能だ。

 

「うお、眩しい。シルクさん、太陽っぽいですよ」

「そういえば、モモンガさんって太陽光浴びても大丈夫なんですか? 灰になりませんよね?」

「物語の中に出てくるアンデッドじゃないですから」

 

 それもそうだが、ゲームが現実化したのだ。ユグドラシルでは関係のなかった『物語』の側面が出てこないとは限らない。その手の逸話が多いのは吸血鬼だから、後でシャルティアに話を聞いてみよう。

 

「よし、モモンガさん、俺が先に行って壁になるから、その間にあの女の子達を助けてやってくれ」

「分かりました。シルクさんが耐えられない攻撃だったら、アルベドでも無理ですからね。でも、いざとなったら俺はシルクさんを優先しますから」

「分かっていますよ。何事も我が身優先だ。じゃあ、行くぜ!」

 

 モモンガが開いた《転移門(ゲート)》を潜る瞬間、声が聞こえた。

 

『助けて、神様!』

 

 その悲痛に満ちた声を聞き、シルクは自らの種族の設定を思い出す。ユグドラシルの公式曰く、星の守護霊(アストラルガーディアン)は『神の贋作』らしい。意味は分からないし、最初から深い意味などないのだろう。シルク・タングステン……否、田中優は神が人間を救うとは考えていない。だが、自分は贋作だ。ならば、人間を救って何の問題があるだろう。

 

「いいぜ、助ける」

 

 シルク・タングステンは槍を構えた。

 

 

 

 

 

 突然現れた『死』を前にして、エンリは再び神へと縋った。

 

「お、お助けください、神様!」

「かみさま!」

 

 そう叫んで、騎士二人を串刺しにし終えたシルクの背後へと逃げるように隠れる少女二人。そして、ショックと気まずさで硬直するモモンガとシルク。

 

「何かごめんなさい……」

「いいえ、気にしないでください……」

 

 確かに直接助けたのはシルクだ。しかし、モモンガだって助ける目的で現れたのだ。そんな無条件に怖がらなくてもいいだろう。どっちも人間視点から見たら怪物だろうに。もしかして、アンデッドは滅多にいないけど、神聖視されているエレメンタルがいるのだろうか。

 

 震える姉妹を見つつも、モモンガに判明したことを話す。

 

「とりあえず、俺が殺した騎士はどっちとも笑うくらい弱いですよ。牽制に放った一撃を避けることもできず、耐えることもできず、そのまま死にましたから」

「つまり、素早さに関してはレベル六十以下ですか。プロオ発動しているとはいえ、シルクさんが一撃で殺せたってことは、防御面は五十もないのか?」

「いや、手応えからして、二十もないかもしんねえ。いや、情報系魔法もないから確かなことは言えないけど、間違っても三十はなかったぜ? 鎧だってほとんどゴミだったし」

 

 弱すぎる。それが二人の率直な感想だ。しかし、油断大敵だ。素早さや防御力はなくても、攻撃力だけレベル百相当の可能性だってあるのだから。それに、シルクが殺した二人が極端に弱いのかもしれない。とは言っても、張り詰めた警戒心と覚悟を張りなおすには時間がかかりそうだ。

 

「ん? 死体か」

「俺の殺した騎士の死体ですけど、どうしました?」

「いえ、折角なんで試してみようかと」

 

 何を、とシルクが問う暇も与えず、モモンガは特殊技術(スキル)を発動する。

 

 中位アンデッド作成、死の騎士(デス・ナイト)

 

 中空に黒い靄が出現したかと思うと、モモンガの前にあった死体に覆い被さる。粘着質な闇に包まれた死体は膨れ上がり、形を変化させていく。闇が消えると、そこにいたのは巨大な剣と盾を持ったアンデッドの騎士だ。体長は明らかに人間より大きく、禍々しい鎧を装着している。全身が腐敗しており、眼窩に宿る生命への憎悪はいかにもアンデッドらしい。

 

 名前を死の騎士(デス・ナイト)。レベルはそれほど高くないが、便利な能力を二つ持っている。相手の攻撃を完全に引き寄せるというものと、どんな攻撃でも一度だけHP1まで耐えられるというものだ。この二つの能力があるため、モモンガはこのモンスターを重宝してきた。

 

 恐ろしいアンデッドの出現に怯える姉妹と、彼女達に縋られるシルクを尻目に、モモンガは死の騎士(デス・ナイト)に指示を出す。

 

「この村を襲っている騎士……あのような鎧を着ている奴らだ。そいつらを殺せ」

「オオオアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 身の毛もよだつような咆哮を上げると、死の騎士(デス・ナイト)は村へと走り出した。その様子はまさに死の暴風雨。死の騎士が自分達に向かってこなかったことに安堵しつつ、それは「神様」がこちらにいたからだと考えた姉妹は、シルクのマントを強く掴む。この神がどうか自分達を置いていかないように。

 

 そんな姉妹に何とも言えない感情を抱きながら、シルクは考える。それは先ほどのモモンガが発動したアンデッド作成についてだ。ユグドラシルではあのようなエフェクトは存在しなかった。それに、自由度が高すぎる。NPCはAIをいじればある程度のコマンドは調整できる。しかし、召喚モンスターはそうではない。特定の状況下で特定のことしかできない。召喚者の傍から離れるなど有り得ないし、特定の特徴を持つ相手を殺すといった細かい指示を受け付けるはずがない。

 

「えー、行っちゃったよ。そりゃ指示を出したのは俺だけどさ……」

「常識の崩壊ほど怖いものはないよねー」

 

 この辺りの認識の差はNPCにも見られることだが、やがて大きな間違いに繋がりそうな気がする。古いSFによく見られる『ロボットには臨機応変な行動ができない』というパターンである。

 例えば、先ほどモモンガは「騎士を殺せ」と指示を出した。しかし、「村人を殺すな」とは言っていない。そのため、村に走っていった死の騎士(デス・ナイト)が騎士を殺している最中に無辜の村人を殺す可能性は十分にあるわけだ。……考えていて怖くなった。

 

 消えかけの《転移門(ゲート)》の方を見れば、何者かが姿を現した。見覚えのある鎧と声に、シルクはアルベドであるとすぐに理解する。

 

「準備に時間がかかり、申し訳ありませんでした」

 

 姿を現したアルベドは、漆黒の全身鎧を装着していた。当然だが、シルクのそれとは趣きや能力が異なる。同じ漆黒の鎧でも、シルクのそれは暗黒星雲をイメージしたもので、アルベドのそれは悪魔の具現化と呼ぶべきものだ。

 

「いや、ちょうど良いタイミングだった」

「ありがとうございます、モモンガ様。……それで、シルク様。御身のマントに小汚い手で触っている下等生物どもはどうしましょう? お手が汚れるというのでしたら、私が処理いたします」

「……セバスに何を聞いてきたんだ?」

「やっぱり、うちの子達は伝言ゲームが弱いみたいだな。あ、お嬢ちゃん達、そんな怖がるな。大丈夫だから」

 

 アルベドの言葉に恐怖を強める姉妹を宥めるように、シルクは優しく語りかける。幸いにして、娘との交流で歳下の女性との距離感はある程度掴めていた。

 

「ケガをしているな。治してやろう。《軽傷治癒(ライト・ヒーリング)》」

 

 未だモモンガに怯えている少女のうち、姉らしき方に回復魔法を発動する。ユグドラシルでは『出血』なんてバッドステータスはなかったが、現実で切り傷を負った場合、速やかに洗浄と止血が必要になってくる。それに、回復魔法はまだ実験をしていなかった。モモンガは使えないし、自分やNPCに手傷を負わせるのも何だかなあという気がしていたからだ。

 

「うそ……」

 

 シルク・タングステンは神官戦士だ。防御重視のステータスだが、MPは標準より若干低い程度であり、多くの回復魔法を習得している。少女に使ったのは、その中でも最も低位の、最後に使ったのがいつだったか分からないような魔法だ。

 

「痛みはなくなったか?」

「は、はい」

 

 自分の背中を確認してぽかーんとしているが、本当に痛みはなくなっているようだった。シルクは回復魔法を補助する特殊技術(スキル)を持っているが、それら全てを切っていた。その状態の低位の回復魔法で治せるということはダメージが少なかったのか、あるいはHPそのものが少ないのか。

 加えて、この世界の人間がアンデッド的体質でないことも判明した。アンデッドは通常の回復魔法を受ければダメージになるからだ。

 

 命を助けてもらった上に傷を治してもらったからか、シルクを見る目に輝きが増す。ケガを治したのは事実だが、実験の意味もあったため罪悪感を抱く。

 

 ただ、モモンガが近付くと警戒するように妹らしき少女を抱き締めた。若干ショックを受けたように立ち止まるギルマスに苦笑しながら、シルクは少女達に優しく話しかける。

 

「心配するな。お前達は怯えているが、彼らは俺の仲間で非常に優しい者達だ。敵対していない相手を殺すような真似はしない」

 

 基本的にはな。と心の中で呟く。神と認識しているシルクの言葉だからか、少女達がモモンガに向ける警戒心は少しだけ薄れた。

 

「お前達は魔法を知っているか?」

「わ、私は使えませんが、私の友人の薬師が使えます」

「そうか。だったら話が早い。私達は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

 

 モモンガが二つの魔法を発動する。生命を通さない魔法と射撃攻撃を弱める魔法だ。本来であれば魔法に対する防御魔法も発動すべきなのだろうが、この世界の魔法がユグドラシルと起源を異なるものであった場合、防げない可能性がある。モモンガは無駄なことはしない性格なのである。

 

「そこにいれば安全だ。それと、念のためにこれをやろう」

 

 モモンガが障壁の中に投げ入れたのは、二つの小鬼(ゴブリン)将軍の角笛。みすぼらしい見た目に違わず、ゴミアイテムだ。プレイヤーが改造不可能の入手した時点で完成されているアイテム――アーティファクトの一つだが、召喚されるゴブリンは数が多いが弱くて、非常に邪魔臭い。ただ一点、このアイテムが特殊な点は召喚されたゴブリンの召喚時間に制限がない点だろう(通常、アイテムや魔法によるモンスター召喚は時間制限があり、一定時間後に消滅する)。ちなみに、廃館には山のように積まれてある。

 

「吹けば小鬼(ゴブリン)というモンスターが現れ、お前を守ってくれる。そいつらを盾にしている間に逃げるといい」

 

 あまり貴重なアイテムではなく、使用した魔法も若干の手抜き感が否めないが、優しくして自分も感謝されたいのではないかと邪推してしまう。

 

「あ、ありがとうございます! ど、どうか、お父さんとお母さんを助けてください! 図々しいのは分かっているけど、神様しかいないんです! お願いします!」

「お願いします!」

 

 障壁や角笛から安心感を得た姉妹はようやくマントから手を放してくれたが、頭を下げてそのような頼み事をされてしまった。

 

(さっきから、何故俺は神様呼ばわりされているのだろうか。輝いているからか? 太陽っぽいからか? この辺りには太陽信仰があるんだろうか。発動するほどの強敵もいなかったみたいだし、明るさが敵に位置を教えるからそろそろ解除しておこう)

 

「分かった。生きていたら助けてやろう」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! ……あ、あの、神様達のお名前は何とおっしゃるんですか?」

「……人に名前を聞くときはまず自分から、だ」

 

 恩人である神に当たり前のことを言われて、エンリは羞恥で顔を赤くしながらも名乗った。ネムもそれに倣う。

 

「は、はい。え、エンリ・エモットです」

「ネム・エモットです」

 

 二人の少女の名前を聞いて、シルクはある程度の情報を得る。別に、本当に礼儀知らずだと思ったわけではない。少女達の『人名』から情報を得るためだ。

 

(そんな名前のイベントキャラはいなかったはずだ。騎士のレベルからするとプレイヤーにしては弱すぎるし、NPCっぽくもないんだよな。やっぱり、ユグドラシルじゃないのか? それに、姓名って概念があり、名前・姓名の順番ってことでいいのか? いかにもカタカナって名前ってことは、西洋文化か。見た目もそれっぽいし。間違っても日本ではないな。でも、喋っているの日本語だよな?)

 

 もう少し情報が欲しかったが、モモンガから《伝言(メッセージ)》が入る。

 

『シルクさん、名前についてなんですけど、ちょっといいですか?』

『どうしました?』

『いえ、実は――』

 

 モモンガからの要望に、シルクは快諾する。

 

『いいぜ。その名前はアンタにこそ名乗る権利がある名前だ。どーんと名乗りなよ』

『分かりました。では、お先にどうぞ、神様』

『てめえ、この骸骨』

 

 神の贋作と死の王は名乗る。

 

「俺はシルク・タングステン」

「我が名を知れ。我こそが――アインズ・ウール・ゴウン」




覇王ルート回避成功……?
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