オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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他のSSとの差別化を図った結果です。
多少強引かなーって自覚はあります。


戦士よ、歌を聴け

 スレイン法国の特殊工作部隊群が一つ、陽光聖典が周辺国家最強と謳われる戦士、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺を命じられた経緯を説明するには、まず世界から見た人類の立ち位置を語らなければならないだろう。

 

 覆しようのない事実であるが、人間は弱い。

 

 速い足もなく、飛べる翼もない。水中で呼吸することもできず、夜になれば暗闇で目が見えず、獲物を斬り裂く爪や牙がなく、五感も他の生物と比べて低い。膂力も決して高い方ではなく、強い耐性力や免疫力もない。妊娠期間が長い上、一度の出産で産める子どもは一人である場合が多く、育成には時間がかかるため、繁殖力が高いとも言い難い。そして、人間より強く、人間を餌にする生命はこの星にいくらでもいる。トロールの国では人間の胎児がご馳走とされているし、つい二百年前までミノタロスの国では人間は家畜だった。竜王国などはビーストマンに家畜小屋扱いされているほどだ。

 

 それこそ六百年前に六大神が人類を救済しなければ、あるいは五百年前に八欲王によって多くの種族が殺戮されなければ、人類は滅びていた可能性が高い。

 否。

 現在でも、決して滅びの道を回避したとは言えない。それこそ、明日に人間の生存圏が瓦解しても不思議なことではないのだ。

 

 だから、人間は協力し合って生きていかなければならない。それを国単位で最も理解しているのが、スレイン法国だ。六百年前に降臨した六大神を崇拝する国の正体は、人類の護り手に他ならない。

 

 そんな彼らが無辜の村人を巻き込んでまでガゼフの抹殺を決意した最大の理由は、王国の腐敗にある。

 

 王国は恵まれた土地だ。二百年前に王国が出来上がったとき、法国は王国を支援した。豊かさと平和が強い戦士を産む環境を作り、新しい人類の護り手が誕生することを願ったからだ。

 しかし、法国の願いは、いや人類の希望は裏切られた。豊かさは上級社会の腐敗を招いたのだ。その腐敗は人類全体の弱体化が懸念されるほどだ。その腐敗は誰がどう頑張ったところで解消されるほど簡単なものではない。それこそ、国が滅びなければ解決できないだろう。

 

 ある事情により、法国は王国を支配することができない。そこで、隣接する大国である帝国と合併するプランに移行することにした。現在の皇帝は法国の最高機関でも認められるほど優秀な男だ。彼の手腕と帝国の国力があれば、王国の状況も改善されるだろう。

 

 帝国が迅速に王国を支配するためには、現在よりも王国に弱体化してもらう必要がある。そのための最も確実な手段が、戦士長ガゼフ・ストロノーフの暗殺である。無論、簡単なことではない。彼個人の実力もそうだが、彼には国王より賜った至宝の装備がある。

 

 しかし、王国の貴族の愚かさがここで役に立った。王に敵対する貴族派を思考誘導することで、ガゼフが至宝を装備することを禁じられたのだ。……思考誘導した法国から見ても愚かの極みだ。ガゼフの死は王とか貴族とかの問題ではなく、国全体の損失だというのに。ガゼフを失った状態でどうやって帝国との戦争に勝つつもりだというのか。王国には彼と同じレベルの戦士は四人ほどしかおらず、その全員が戦争に参加しそうにない者ばかりだ。性根だけではなく脳味噌まで腐っているようだ。

 

 本来、この手の任務は六色聖典最強の漆黒聖典か、隠密行動を得意とする風花聖典の仕事である。しかし、両聖典とも現在は他の重要度の高い任務中であるため、陽光聖典に白羽の矢が立ったのだ。

 

 陽光聖典は殲滅を得意としているため、総合的な戦闘力は漆黒聖典に次ぐ。隊長のニグンを始めとした隊員は非常に信仰深く、優秀な者ばかりだ。万が一を考えて、最高位天使を召喚できる至宝を渡してある。対して、敵は牙をもがれているのだ。失敗は有り得ないし、許されない。

 

 六色聖典の指揮を任されている土の神官長はニグンから成功の報告を待っていた。だが、任務成功の知らせではなく、至宝の使用が確認された。戦士長を侮っていたわけではないが、まさか陽光聖典をして最高位天使の召喚を余儀なくされるとは驚きである。

 

 大至急、巫女姫を中心とした儀式魔法で、陽光聖典の現状を確認する。そこには最高位天使の放った光の一撃によって戦士長が消滅する映像が映るはずだった。

 

「な……!」

 

 土の神官長が驚いたのは無理もない。彼だけではなく、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。変化がないのは、アイテムに自我を奪われた巫女姫だけだ。

 

 魔法によって映された情景の中では、最高位天使が黄金に輝く鎖に雁字搦めに締め上げられていた。

 

 

 

 

 

『やべえ、モモンガさん。敵も味方も想像以上に弱い。本人達は本気なんだろうけど、遊んでいるようにしか見えないよ』

『実はこれは他のギルドが俺達にドッキリを仕組んでいると考えた方がまだすっきりしますね。木っ端天使を斬るのも飽きてきました』

『アルベドを村で待機させておいてよかった。あいつが来たら加減せずに全部ぶっ殺したかも。予定を若干変更しますか』

『それがよさそうですね』

 

 陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは焦っていた。

 

「くっ! 何だ、あの戦士は!」

 

 ニグンが戦っているのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと彼の部下である戦士約二十名。ここまではいい。予定の範囲内だ。だが、事前の資料にはなかった人物が二人いた。

 

 まず、漆黒の戦士。立派な全身鎧を纏い、巨大な剣を軽々と振るう姿は彼の力が英雄級であることを示していた。現に一撃で第三位階魔法で召喚された天使を倒している。戦士にしては動きが杜撰なように感じられるが、最低でもガゼフ級の身体能力の持ち主だ。魔法を放つが、まるで効いていない。高度の対魔法化加工がされているのだろう。

 

 次に、群青色のローブを着た仮面の男。おそらく魔術師だろう彼は漆黒の戦士の後ろに隠れるように追従するだけで何かをしている様子はない。だが、彼は間違いなく未知の魔法を使用している。

 その理由が、先程からニグンの身体を襲う強い疲労感だ。まるで全力疾走をした後のように体が動かない。見れば、隊員全員が同じようなものを感じているようだ。この状態は一部の吟遊詩人が使用可能な呪歌に似ているが、歌や楽器の音のようなものは聞こえないし、肝心の吟遊詩人の姿が見えない。つまり、一番奥で群青色のローブを着ている仮面の男がなんらかの魔法を行使していると考えるべきだろう。これほどの人数相手にこれほどの錬度で魔法を使えるとは尋常ではない相手だ。

 

 漆黒の戦士といい仮面の男といい、ガゼフはどうやってこのような協力者を得たのか。貴族の横槍がある以上、王国の騎士というのは考えづらい。顔を隠しているが、『朱の雫』や『青の薔薇』とは違うだろう。帝国のアダマンタイト級とも違う。だが、アダマンタイト級でないのならあれほどの実力の辻褄が合わない。どこかの組織の虎の子だとしても、王国のために貸すとは到底考えられない。

 

 考えても答えが出ない以上、実力で対処するしかない。現在最も解決すべきなのはこの疲労感だ。

 

「黒い戦士を引き付け、その隙にあの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒せ!」

 

 ニグンの指示に従って、三体の天使がモモンガとシルクへと差し向ける。二体が正面から襲い掛かるものの、モモンガの一振りによって呆気なく倒される。その間にもう一体が背後からシルクに斬りかかろうとするが、そんなことが出来るはずがなかった。

 

「特殊技術発動、封印の棺」

 

 それはシルクの習得している「アンダーテイカー」の特殊技術の一つだ。自分や仲間が召喚されたアンデッドを一時的に封印――というか、保存できるというものだ。利点として、経験値消費型のモンスターを好きなタイミングで使うことができる。一体だけではなく、複数体の保存が可能であり、ユグドラシル時代にモモンガからもらった死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)がまだ封印されているが、この程度の戦場では過剰戦力だろう。デス・ナイトの支配権をモモンガから変更したのもこの特殊技術の効果だ。

 

 突如として、シルクの前に重厚な石棺が出現したことに陽光聖典は目を見張る。大きさはシルクの身長よりやや大きく、全体的に黒い。それを見たニグンは警戒する。天使や悪魔を召喚する魔法ならば知っているが、棺桶を召喚する魔法など聞いたこともない。

 

「オオアアアアァ!」

 

 棺桶の蓋が開き、そこから棺桶そのものよりも大きなアンデッドが出現する。アンデッドの持つ剣によって、シルクに襲いかかろうとしていた天使は両断される。アンデッドの姿を見て、ニグンは戦慄した。

 

「で、デス・ナイトだと!?」

 

 そのアンデッドを端的に示すなら、死の騎士。伝説のアンデッドの一体であり、非常に強力なモンスターだ。伝承どおりならば、その力量はガゼフに匹敵するだろう。しかも、アンデッドのため疲労しない。仮面の男がこれまでデス・ナイトを温存していたのは、時間制限があるか代償を伴うからか。何らかのデメリットがあるのだろう。そうでなければ、あれほどのアンデッドの支配などはできないはずだ。それを使ってくるということは相手も本気だということだ。

 

 そう判断したニグンは切り札を使うことを決意する。国宝を装備していないとはいえ最強の戦士であるガゼフに、それと同等の能力を持つと思われる漆黒の戦士に加えて、伝説のアンデッドまで加わっては戦況は危うい。

 

「こうなれば仕方がない。お前達、時間を稼げ! 最高位天使を召喚する!」

 

 ニグンの口から出た最高位天使という言葉と手にした水晶に、その場にいた全員の表情が変わる。勝利が視野に入っていた戦士長と戦士団には焦燥が、敗北を予感していた陽光聖典には勝利への確信が、退屈を感じていたモモンガとシルクには期待と警戒の表情がそれぞれ宿った。

 

『お、魔法封じの水晶じゃん。色的に超位魔法じゃないけど、何か出してくるっぽいな。モモンガさん、俺が対処してもいいかな?』

『ええ。どの道、この姿じゃ俺は魔法が使えませんから。……それにしても最高位天使か。熾天使だとは思うけど、どれが来るのか。でも、また予定変更ですかね』

『出てくる天使の種類によるかな。この世界特有の未知のモンスターだったらやばいっすけど』

 

 ニグンが水晶を破壊し、天使が召喚される。彼らにとっての最高位天使。かつて魔神を倒したこともある、単騎で都市を滅ぼすことさえ容易い神のシモベ。

 

「見よ! 最高位天使の尊い姿を! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

 それは光輝く翼の集合体だった。足や頭がないにも関わらず、それが聖なるものであると見る者に感じさせるほどの聖なる存在感があった。

 

 ある者は神への崇拝を抱き、ある者は勝てるはずがない怪物の登場に戦慄する。誰もが最高位天使の登場に心を揺さぶられた。ただ、二人を例外として。

 

『『熾天使じゃねえのかよ!』』

 

 脳内で叫ぶ大墳墓の支配者二人。まさか、あそこまで自信満々の態度をされてたかが第七位階魔法とは思わなかったのだ。実際に声に出さないだけ偉かったと褒めて欲しい。

 

『……まあ、いいや。本当だったら天使を一撃で倒してあいつらの本気の絶望顔を見たいけど、今回の趣旨からは外れるし。んじゃ、これから天使を封じて適当に拮抗してもらいますか』

『じゃあ、適当にそれらしいことしてください。合わせますから』

『了解』

 

 天使の登場から、戦場は停止したままだった。戦士団は絶望で、陽光聖典は歓喜で。ほんの数秒であったが、戦場においては長すぎる時間だった。

 

 

 

聖なる鎖(ホーリー・チェイン)

 

 

 

 だが、その希望と絶望は突如として現れた黄金の鎖に封じられた。その鎖は何もない空間から壁を突き破るように出現し、最高位天使を雁字搦めに縛りつけたのだ。

 

「なっ! 貴様、最高位天使に何をした!」

「見て分からないか? 無効化したんだよ。この鎖に縛られている限り、こいつは俺の支配下だ」

 

 シルクの言葉に、またしても場の空気が一変する。陽光聖典の隊員達はその言葉を信じるわけにはいかなかった。最高位天使の支配権を奪う魔法など聞いたこともない。

 

「残念だったなあ。ねえねえ、今どんな気分? 自分達の切り札があっさり奪われてどんな気分ごふううううううう!」

 

 突然、シルクが膝を折って地に伏す。仮面の隙間から溢れる血を見て、その場にいる全員が、彼が吐血したのだと理解した。

 

 なぜ吐血したかと言えば、ダメージを負う代わりにMPを回復するスキルを使用したからだ。こんな場面で発動する意味はない。相手の手札はもう切れたのだろうから。なぜ使用したかと言えば、当然この場にいる全員を騙すためだ。

 この世界の最高位天使(笑)の動きを完全に封印できるような魔法だ。彼らかしてみれば有り得ない魔法だが、吐血という代償があれば、『有り得るのかもしれない』という範囲に収めることができるのだ。人間はそれらしい理由を見つけるとすぐに飛び付く生き物なのだから。

 そして、モモンガがその勘違いを助長させる。

 

「戦士長! シルクの魔法には制限時間と肉体的な代償があります! 今のうちに指揮官を!」

「……! 分かった、ゴウン殿!」

「させるか! ただちにあの魔法詠唱者(マジック・キャスター)を倒し、最高位天使を取り戻せ!」

 

 二転三転する戦場の優劣。

 

 戦士達が剣を振るい、陽光聖典が魔法を放つ。国民のために戦う男達と、人類のために戦う男達は刻一刻と命を削り合う。ある意味、彼らの本来の敵は王国貴族で共通するというのに皮肉なことだ。

 

『あ、モモンガさん。何か俺の探知発見スキルに引っ掛かった』

『え? 一体誰が?』

『いや、それが何も見えないんだよ。音は聞こえるから探知妨害されているわけじゃないんだろうけど』

『シルクさんのそのスキルって、情報系魔法を発動した相手の聴覚と視覚をハックできるんでしたよね? 片方だけ妨害ってできるんですか?』

『いや、それは無理だわ。聴覚と視覚で一つの能力だから。片方をはじかれたらもう片方も駄目になる。考えられるのは、うーん。この探知魔法の使い手、目が見えないとか?』

『だとしたら興味深いですね。いや、目を閉じていないと発動できない魔法の可能性もありますよ。音はどんなのが拾えているんですか?』

『それがごちゃごちゃ言っていてよく聞き取れないんですよ。結構な人数がいるっぽくて。天使が拘束されていることに動揺しているっぽいんですけど。何も見えないんでどの声が使い手かも分かりにくいし』

『あー、もしかして敵の本拠地であるスレイン法国ですかね。水晶を使用したら分かるようになっていて、使用されたから情報系魔法で見てみたら天使が奪われていたって感じでしょうか』

『どうだろう? あ、今、勝てニグンって聞こえた。ニグンってのが敵の名前だとするとそれで正解だな』

『便利ですね、そのスキル』

『便利と言っても、こっちとあっちで視界と音が混ざって気持ち悪いんですよ。酔います。モモンガさんが使ってくれって言うから発動しておいたけど、ユグドラシルじゃ勝手に探知しやがるからあんまり使えないスキルでしたし。切っていいですか? あんまりいい情報は手に入りそうにないし。どうせ相手が魔法を切ったら自動的に切れますし』

『さっきも言ったけど、この姿だと魔法が使えませんから。一応、戦闘が終わるまではそのままでお願いします』

『しょうがねえなあ……。ゲーム時代だと結構気持ち悪くなったけど、改善されたかな』

 

 戦士団はシルクの限界が来る前に戦士長が指揮官を倒せば勝ちだ。陽光聖典は召喚の制限時間前にシルクを倒して天使を奪い返せば勝ちだ。……まあ、この程度の戦場ではシルク・タングステンの限界などお目にはかかれないのだが、命を賭けて戦っている者達が知る必要はない。

 

「デス・ナイトおおおおおおお!」

 

 血反吐を吐きながら、シルクがデス・ナイトに指示を出す。伝説のアンデッドは高速で移動し、ニグンへと突貫する。監視の権天使が食い止めようとニグンの前に出るが、圧倒されるのも時間の問題だ。

 

「ぐっ……! さすがは伝説のアンデッドだ。権天使でさえも凌ぐか」

 

 デス・ナイトの攻撃に怯んでいる隙に、ガゼフはニグンを自分の攻撃範囲内に捉えた。ガゼフは疲労しているはずの自分の体が不自然に軽く感じたが、それを疑問にする精神的余裕などなかった。

 

 考える必要のないことを考えるくらいならば、自国の民を虐げた敵の指揮官を、怒りを込めて視線で睨み付ける。

 

「覚悟しろ!」

「し、しま、て、天使よ!」

「させるかあああ!」

 

 複数の天使がガゼフとニグンの間に割り込む。しかし――

 

「六光連斬!」

 

 同時に炸裂するガゼフの六の刃が、天使ごとニグンを切り裂いた。

 

 

 

 

 指揮官が倒されたことで、陽光聖典は撤退を余儀なくされた。召喚者が死んだことで支配権を奪われていた最高位天使は消滅したからだ。ガゼフは疲労困憊であり、仮面の男は血反吐を吐いている状態だ。しかし、こちらの人数は予定以上に減っており、相手は予定よりも減っていない。おまけに、相手にはまだ謎の戦士やアンデッドの騎士がいる。

 

 逃げる陽光聖典を追おうとする戦士がいたが、戦士長の「深追いは禁物だ」という制止により思い留まった。実際、彼らも立っているのが辛いほどに疲労していた。負傷したものだって少なくない。戦っている間は自分でも不思議なくらい……不自然なくらいに力が沸き出たのだが、今は逆に不自然なことに体が重い。本来ならば、地を這ってでも追いかけて八つ裂きにしてやりたい。しかし、ここで死ぬような不様を晒すことは出来ない。敵の指揮官を倒せたことが、犠牲となった村人や仲間達への弔いになったと信じるしかなかった。

 

 日も落ちてきた。急がなければ、カルネ村へと戻るまでに完全に夜になってしまう。村でもこちらの戦闘結果を不安や恐怖とともに待ち望んでいることだろう。だが、戦場後でしなければならない後始末はある。仲間の遺体の弔いがそれだ。この場に放っておけば夜の間に獣に持って行かれてしまう。家族のいた者に関しては遺体を王都まで運ぶ必要もある。敵の遺体からも情報や証拠となる者を漁らなければならない。

 

 死んだ戦士の遺体を見ていると、不意に戦士長がモモンガに頭を下げた。

 

「礼を言う、ゴウン殿。貴方とタングステン殿がいなければ、私はこうして生きてはいなかっただろう。そうなれば部下は全滅し、村人も口封じに殺されていたはずだ」

「いえ。指揮官を倒したのは戦士長殿です。我々はそのお手伝いをしたに過ぎません」

「いや、今回のことはほとんど御二人の手柄だ。ゴウン殿のおかげで戦線を強化できたし、タングステン殿のおかげで敵の天使を封じることができた……それで、報酬のことなのだが、すまない。今、手持ちの金貨はないのだ」

「それは戦闘前に聞きましたが」

「本来であれば御二人ほどの実力者を雇うにはアダマンタイト級冒険者ほどの金額がいるだろう。にもかかわらず、口約束だけでご協力してくれたこと深く感謝する」

 

 なぜアダマンタイトなどという柔らかい金属の名前が出てきたのか不思議だったが、社会人としてのモモンガのスルースキルは鍛えられている。まさかこの世界の最高硬度の金属はアダマンタイトじゃないだろうから、戦士長の皮肉かこの世界特有の比喩なのだろうと判断した。

 

「お気になさらず。そうですね……。我々が王都に出向いた時には色々と案内していただけますか?」

「ああ、喜んで! ……ところで、タングステン殿は大丈夫なのか?」

 

 大地に突っ伏したままでいるシルクに、ガゼフは心底心配そうに声をかける。さすがに血だらけの状態では色々と苦しかったのか、仮面は外していた。顔は皮の上が赤くなっているし、仮面の内側は血でかなり汚れている。服が汚れていないのは魔法の衣服だからだろう。相当な高級品と見た。

 

「いや、結構駄目かもしれねえ。口の中が鉄臭くて気持ち悪い……。あと頭もいたくて、何か色々ガンガンする……。血以外にも口から出てきそう、とりあえず水が飲みたい……。先にカルネ村に戻っていいでしょうか? ちゃんとした場所で横になりたいんです」

「構いませんぞ、タングステン殿。おい、誰かタングステン殿を村まで送って差し上げろ」

「ああ、それはいいや。適当に魔獣を召喚して自分で行きますよ」

「そうか。……そういえば、敵と戦っていた時、自分でも不思議なほどに力が出たことがあったのだ。あれはタングステン殿の魔法か?」

「いや、俺じゃねえな。火事場の馬鹿力でも発動したんじゃないんですか?」

「成る程。かもしれないな」

 

 ガゼフはあの感覚を参考にして新しい武技を生み出せないか考える。未知の感覚だった。今思えば強化魔法をかけられた感覚に近かったが、何かが決定的に違った。というか、強化魔法では説明がつかないほどに力の増強を感じたのだ。それこそ、法国ではないが神の加護でもあったのかもしれない。

 

「んじゃ、先に村で休ませてもらいますよ」

「ああ。村人達にもこの勝利を伝えてもらえるだろうか」

「いいですよ」

 

 シルクが魔法で召喚したモンスターは、ガゼフの知らない屈強な魔獣だ。外見は馬に近いが、爬虫類のような鱗に鹿のような角がある。下手な軍馬を圧倒するだけの迫力があった。あれだけの激戦の後にこれだけの魔獣を召喚できるとは底知れぬ魔力だ。それとも、早く村に戻って休みたいだけか。彼との付き合いはまだ数時間だが、そちらの方が正しいと思われる。

 

 魔獣に乗ったシルクの手がまるで子どもの頭を撫でているような動きをしているが、そこには誰もいない。癖か何かだろうとガゼフは気にしないことにした。だから、彼と『娘』の会話を聞き逃した。

 

「よくやった、ローラ。ナイスパワーコントロール。『無音な歌』ってのも大概矛盾しているけど、強いよなー。お前みたいに特化型の吟遊詩人にしか使えないけど。それを使いこなすとはさすが俺の娘。後で飴をあげよう」

「わーい、おとん大好きー」

「俺もだよー。さて、逃げた連中が不幸なことに『アインズ・ウール・ゴウンとは無関係な悪魔の群れ』に襲われている頃かな。可哀想だけど同情はできねえなー」

 

 このような回りくどいことをしたのには当然理由がある。

 

 それはスレイン法国からのヘイト値だ。村を襲っていた騎士を殺した時点で相当喧嘩を売ったはずだが、それに重ねて特殊工作部隊を潰すのはまずい。だから、戦士長に指揮官を殺させることでそのヘイト値を王国に引き取ってもらうことにしたのだ。本来は敵なのだから文句を言われる筋合いはない。それに、法国はこれから『正体不明な悪魔』を探るのに必死になるだろうから漆黒の戦士と仮面の魔術師に構っている暇はないはずだ。

 

 ローラの試験も兼ねている。今回、ローラはずっと戦場にいた。気配遮断系のアイテムをフル装備した状態で。ローラは強化と弱体化に特化した吟遊詩人。理論上は乱戦状態の戦場のパワーバランスさえも自在に操れる。しかし、それがどの程度まで可能なのかは分からない。そこで戦士団と陽光聖典で実験を行ったのだ。さすがにパワーアップとダウンの差には気付かれたようだが、その原因は掴めていないようだった。これで今後の戦略の幅がかなり広がった。

 

 加えて、国の深い部分まで知っていそうな『情報源』を手に入れることができた。一番知っていそうな指揮官を失ったのは少々残念だが、欲の張り過ぎは良くない。それに、最前線に出る人間など基本的に使い捨てだ。上司部下に関係なく本当の意味でシルクが欲している情報は知らないだろう。現在こちらが欲しいのは、どちらかと言えば一般常識と正確な国の勢力図だ。

 

「おっぷ。スキルの反動でまだきもい……。おい、駄馬。あんまりスピード出すんじゃねえ……」

「ガチ酔いやなあ、おとん」

 

 世界が荒れる日は近い。

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