オーバーロード―死の支配者と星の裁定者―   作:逆真

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時代よ、我らが名を刻め

 ――ローラ、上手いこと『無音の歌』を利用して戦士団となんちゃら聖典って連中を拮抗して戦わせろ。ただし、聖典側にはできるだけ数が多い状態で『撤退』してもらう。『全滅』でも『降伏』でもなく、『撤退』だ。

 

 それが今回の父の注文だった。褒められたということは上々の結果だったということだろう。ローラはご機嫌で口の中の飴を転がす。

 

 現在、シルクとローラはカルネ村のある民家の中にいた。村人達はシルクが休みたいと言うと喜んで家を貸してくれた。血だらけだったのでかなり心配されたが、吐血だと言うと更に心配された。とにかく休んでくれとも言われてしまった。当然である。

 

 貸してもらえた家は住人が全員殺されてしまった家族の家らしく、生活の痕跡が色濃く残っている。ナザリックとは比べる価値もないようなボロ小屋だが、まだ冷め切っていない人の温度があった。

 

 アイテムの効果をカットして姿を現したローラは、シルクがどこか寂しそうな顔をしていることに気付く。

 

「家族、か」

「どしたん、おとん」

「あー、お前には話しただろう? 俺、親から愛されなかったからさ」

「ん。せやったな」

 

 凄惨な幼少期だったと語ってくれた。親は子に似るというが、あれは半分くらい嘘だろう。父の話に出てきた父の両親は、父とはまるで似ていないのだから。しかし、自分は父に似て素晴らしい存在だ。

 

「大丈夫やで、おとん。うちがおる。もっとうちを頼っていいんやで?」

「はっはっは。俺の娘は妖精だと思っていたが、どうやら天使でもあったらしいな。今は人の身だからな。眩しいぜ」

 

 部屋の隅で胡坐をかくと、シルクは自分の股の上にローラを乗せる。ローラの頭の上に顎を乗せて、後ろから抱き締めるようにすると、シルクはやけに落ち着いた溜め息を吐き出す。

 

「はあ、癒される。酔いと疲れが泡のように消えていくようだ」

「そういえば、おとん。有り得えへんけど、うちがしくじったらどうするつもりだったん?」

「んー。相手が強過ぎるってのは杞憂だったから、俺達の敗北ってのはなかった。聖典が『全滅』した場合は情報源を諦めるってだけの話だったかな。王国に、最低でも戦士長にでかい貸しはできたわけだし。『降参』だった場合はあれだ。帰りの戦士団ごと襲ったかな」

 

 カルマ値が高めに設定してあるローラとしてはドン引きの回答である。つまり、同じ戦場で戦った相手を良心の呵責なしで潰すというのだから。

 

「いや、そっちの方がよかったか? 情報源は多いがいいし……。ああ、でもなあ。戦士長は結構俺やモモンガさん好みの人間だからな。そうなるのはちょっと惜しいな」

「え、おとん、そっちの気が?」

「いや、違うから。……眩しいって意味だよ。俺達が協力を断っても、戦士長は戦いから逃げなかっただろうよ。罠だと分かっていてもここまで来たことがその証明だ。負けると分かっていても、その命を賭けて誰かを護る。その決意は、俺達にはないからな。そういうの憧れるんだよ。今の俺が愛しているのは、アインズ・ウール・ゴウンだけだから」

 

 それは本音であると同時に、建前であることをローラは知っている。父も分かって言っているのだろう。……仮に、父一人だけでこの世界に来ていればそんなことは言わなかっただろうが。

 

「それに、『撤退』の方が難しいからな。どうせなら難しい方がいいと思って。これから何があるか分からないから、能力の程度は把握しておきたかった。結局、お前を戦わせることなんて一度もなかったからな」

「ふふん。あれ以上の難度でもうちは可能やで?」

「そうか、それは頼もしい」

 

 もっと褒めてー、と言おうとするローラ。しかし、それは出来なかった。

 

「失礼します、シルク・タングステン様」

 

 突然、第三者の声が入る。おのれ父との至福の時間を邪魔する不届き者はどこの誰だてめえコラ呪うぞと考えるローラだったが、声の正体を知って一応の怒りを抑える。

 

 ナザリック地下大墳墓第七階層守護者、炎獄の造物主デミウルゴス。ナザリック随一の叡智を誇る悪魔である。

 

 デミウルゴスの姿を見るなり、シルクはローラを膝から下ろす。体面の問題があるのは分かっているが、ローラの心はささくれる。しかし、文句を言えるわけもなく、シルクの近くに正座した。

 

「応。デミウルゴス、首尾はどうだった?」

「はい。タングステン様の()()されたとおり、例の聖典なる部隊は『謎の悪魔』によって襲われたようです。逃げられた者はわずかに三名。残りの者は悪魔達の持つ圧倒的な力によってどこかに捕らえられた模様でございます」

「そうか。悪いことは出来ないもんだなー。こんな場所に来なければ捕まることもなかっただろうに。いやあ、その悪魔ってのはどこの誰の差し金なんだろうな?」

「御方の叡智を以っても分からないというなら、我々下僕では到底検討もつきません」

 

 なんと白々しい会話だろうか。しかし、何事も形式というやつは必要ということだろう。

 

「……さて、デミウルゴス。意味のない演技はここまでだ。五大最悪の使用を許可しよう。あいつらも長い間侵入者がなくて暇だろうから働かせてやれ。まあ、働きたくないってなら他の奴でもいいけど」

「シルク・タングステン様。ナザリックに属するシモベにとって御方の御命令によって働けること以上の至福はございません。御方の御命令ならばどのような難行であろうと、シモベ一同喜んで行うでしょう」

「そ、そうか。忠道、大義である。努その在り方損なうな」

「はっ!」

 

 思わずかなり偉そうなセリフを言ってしまったシルクだったが、デミウルゴスはむしろ嬉しそうだ。

 

「あ、そうだ。この村はファーストコンタクトに成功した場所だし、できるだけ仲良くするつもりだ。そこのとこ、よろしく頼むぞ」

「承知しました」

「モモンガさんが村に戻って次第、そのままナザリックに戻るつもりだ。この世界の知識を共有しておかないとな。連絡網ってのは構築されているのか?」

「はい。問題ありません。御二方が入手された情報はただちにナザリックの全シモベが共有できるように手配しております」

「優秀だな、お前は」

「勿体無いお言葉でございます。……シルク・タングステン様。不躾を承知で、一つだけ質問をお許しいただけないでしょうか」

「何だ。答えられることなら何でも答えてやるぞ」

「はい。シルク様はナザリックが謎の転移を受ける前に、ワールドアイテムを入手されたとパンドラズ・アクターから窺いました」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「どうして、シルク様はそのワールドアイテムを手に入られたのでしょうか?」

 

 意味の分からない質問だった。少なくともローラにはとっては疑問符が頭の上から消えることはなかった。

 

 ローラは父がワールドアイテムを手に入れていたことは今初めて知った。しかし、どのように手に入れたかは察することができた。シルクがローラに垂れ流した情報の中には、ユグドラシル最終日に開催されたオークションについての情報があったからだ。いくら何でも他ギルドを攻め落として手に入れたものではないだろうし、オークションで落札したというのが現実的である。ただし、個人の所持金で手に入れられたということはあまり強いものではないのだろうが。

 

 しかし、デミウルゴスの質問が理解できなかった点はそこではなかった。彼は『どうのように』ではなく『どうして』と尋ねてきたのだ。ワールドアイテムを手に入れる理由など問うに値しない。それはライオンに肉を喰らう理由を問うようなものだからだ。『ぷれいやー』は世界を探求する冒険者。ワールドアイテムは世界一つに匹敵する最高の至宝。プレイヤーであるシルク・タングステンがワールドアイテムを手に入れる理由など、彼がプレイヤーだからに他ならない。そんなことはデミウルゴスにも分かっているはずだ。

 

 元々、最高の叡智を持つ悪魔の思考など、聖女の模造品の妖精として作られたローラには分からないが、同じNPCである。彼ほどの男をしてこのような質問を口にする動機とは何なのか。そして、そこに込められた意味とは一体。

 

「おと……シルク様?」

 

 だが、質問こそが、シルク・タングステンの逆鱗に触れた。デミウルゴスの仕事に上機嫌だったシルクの顔から、一切の感情が抜け落ちた。そして、次の瞬間には憤怒に染まっていた。

 

「デミウルゴス。てめえ……」

 

 だが、それは家屋の扉をノックする音によって止められた。話に熱中していて、接近に気付かなかった。デミウルゴスは転移魔法で、ローラはアイテムを使用して姿を隠す。

 

「タングステン様。ゴウン様や戦士長様が戻ってきました」

「……分かりました。すぐに行きます」

 

 立ち上がる父が何を言うつもりだったか、ローラには結局分からずじまいだった。

 

 

 

 

 アルベドは愛しい主人の元に下賤な人間が群がっていることに不快感を覚えるが、その理由が賞賛であることを理解し、どうにかして苛立ちを押さえ込む。下等生物はただ御身の栄光に平伏して下等生物のままに死ねばいい。本来であれば御方の視界に入ることさえ畏れ多いのだ

 

『アルベド』

 

 アルベドの頭に念話が入る。相手はデミウルゴスだ。

 

『シルク様より、この村とはできるだけ友好的に接せよとのことです。それから、五大最悪の手によって聖典を尋問せよとの御命令をいただきました。モモンガ様とシルク様が入手した情報と彼らから引き出せた情報をナザリック全体で迅速に共有したいと思います』

「そう。潰してでも情報を引き出しなさい」

 

 そして、アルベドはこう続けた。声に大きな危機感を込めて。

 

「貴方だって、シルク様がお隠れになるのは避けたいでしょう?」

『……気付いていましたか?』

 

 デミウルゴスの声には驚き以上に、アルベドならば当然だという納得があった。

 

「ええ。ここしばらくのシルク様の言動を省みれば一目瞭然よ。私と貴方以外は気付いていないようだから、この後にでも知らせた方がいいでしょうね」

 

 二人がシルク・タングステンに違和感を覚えたのは、ローラの存在を知らされてからだ。

 

 レベル百のNPCは、ヴィクティム以外の階層守護者と、セバス・チャン、桜花聖域の領域守護者、パンドラズ・アクターのみだった。階層守護者がレベル百なのは言わずもがなだ。他の三名も大切な領域を護っていたり、重要な役割を与えられていたりしている。

 

 しかし、ローラにはそれがない。現在の彼女にはレベル百である意味がない。

 

 彼女が守護する領域は、至高の四十一人からは「ゴミ捨て場」と揶揄されていた廃館だ。ローラの存在を知るまではアルベドやデミウルゴスもあまり価値のない場所なのだろうと考えていた。栄えあるナザリック地下大墳墓の中でも例外的な領域なのだろうと。しかし、それは間違いであった。

 まず、廃館へは行く事さえも困難だ。廃館へ行くためには秘密の入り口を見つけ、トラップだらけの通路をあるく必要がある。セバスがシルクから聞いた話では、壁や天井を伝って行くことは不可能らしい。廃館はその名の通り廃棄物だけがあると思っていたが、そうではないらしい。ローラ曰く、大量のゴーレムが配置されているとのことだ。詳しい個数は話だけでは把握できないが、おそらく第一階層まるごとと同じだけの戦力があると思われる。ローラの能力を考えれば、それらは侵入者を撃退するためのゴーレムに他ならず、彼女の能力で強化されることが前提であったと思われる。

 一つの領域がそれだけ厳重になっている理由とは一体なんだろうか。

 

 次に、ローラの存在自体も謎が多い。第一に、なぜレベル百のNPCの存在が秘匿されていたのかということだ。シルクはどうやらモモンガにも彼女の存在を隠していた模様だ。下克上というのは考えづらい。モモンガがまとめ役を務めていたものの、至高の四十一人は基本的に平等に偉大なのだから。それに、シルク・タングステンがモモンガを深く尊敬していることは誰もが知っている。逆に、ミリオンにはその存在が知らされていたらしい。製作者が同じなのだから当然とも言えるが、彼だけに知らされていたというのが問題なのだ。

 

 そして、ローラの扱いだ。シルクはローラを「娘」として扱っている。それは創造主と被造物の関係を超えた、本当の親子の関係のようだ。ローラはシルクと二人きりの時、彼を父と呼ぶことをデミウルゴスは知っている。だが、ローラの兄にあたるミリオンは「息子」として扱われていない。ミリオン本人はそのことを知った上で納得している。この差は、すなわち与えられた役割の差だ。

 

 これらを総合して考えれば、自ずと答えは見えてくる。廃館そのものに価値があるのではなく、廃館という場所こそが重要な宝の隠れ蓑だったのだ。そして、ここで言う宝とはシルク・タングステンの『娘』であるローラに他ならない。ローラの役目は重要と言えば重要だ。それこそ、他のNPCとは比較にならない。子どもの役割と言えば、すなわち跡継ぎである。

 

 新しいワールドアイテムを手に入れたのもその一環だろう。いかに至高の御方といえど一人でワールドアイテムを手に入れることなど不可能だ。おそらくとんでもない手段を使ったのだろう。それこそ、御身に大きな危険が及ぶようなことを。それを与える相手はローラに違いない。自らの後継である証明として、シルクはあのワールドアイテムをローラに与える予定なのだ。

 

 

 つまり、シルク・タングステンはローラを自らの後継として作り出し、他の方々と同じようにお隠れになることを考えている。

 

 

 転移後のシルクの言動もそれを裏付ける。

 

 転移直後、シルクはパンドラズ・アクターにモモンガと自分のどちらを優先するか尋ねたそうだ。そして、モモンガだと即答したパンドラズ・アクターに対して、シルクはその答えを肯定したそうだ。心底嬉しそうに。

 

 夜空を見た時の変装についても同じだ。あの時、デミウルゴスは御方々がマーレの労を労うために変装しているのだとばかり思っていた。

 だが、真実は違った。

 モモンガは「シルクさんと待ち合わせをしている」と言っていたが、実際は待ち合わせではなく、待ち伏せだったのだろう。ナザリックから去ろうとするシルクを止めに入るために、モモンガはあそこにいたのだ。近衛の編成を移動能力に優れたシモベで統一していたことがその証拠である。普通は逆にするだろうが、シルク・タングステンならば矛盾はない。かの裁定者の能力は、長所を短所として反転する特殊技術を使用できるのだから。人知れず、ナザリックを去ろうとお考えだったのだ。

 

 また、あの時のモモンガとシルクは妙に険悪な雰囲気だった。シルクの苛立ちとモモンガの気まずさが証明となる。星空を見た途端にその雰囲気が一掃されたのは、この世界を手に入れるまでナザリックに残ってくれることを決意してくださったからだろう。

 

 ならば、あの言葉の裏にある意味も察することができるというものだ。

 

 

 世界征服なんて面白いかもしれないな――世界を相手に戦いませんか? 俺一人では無理です。まだここにいてください。

 

 だったらいっそ、アインズ・ウール・ゴウンを、この世界の神の名にしようぜ――その誘い、乗ることにしたよ。俺はアインズ・ウール・ゴウンとともにあろう。

 

 

 だから、モモンガは人間達にアインズ・ウール・ゴウンと名乗ったのだ。シルク・タングステンがこの名前とともにあると言ってくれたから。

 

 先程の質問で、デミウルゴスは確信した。あの時、シルクは「その質問をする以上覚悟はできているんだろうな?」と言おうとしたのだろう。

 デミウルゴスは自嘲する。覚悟はできていたつもりだった。少なくとも、質問をする前までは。後悔した。御方の怒りなど二度と向けられたくはない。

 

 デミウルゴスは御方々にもしもの時のためにお世継ぎを残して欲しいと考えている。だが、それは後継者を残してくれていればいなくなってもいいという意味ではない。御方々にはずっとナザリックに君臨していて欲しい。然る理由があれば引き止めるつもりはないし、シモベにそのような権利がないことは承知している。まして後継を残し忠誠を果たせる相手がいるのだから、その慈悲に感謝すべきなのだ。

 だが、それでも……。

 

『私はあの御方に残っていて欲しい』

「全てのシモベがそう思っているでしょうね。いえ、シモベだけではないわ。シルク様がナザリックから去られるようなことがあれば、モモンガ様が悲しまれるわ。それどころか、モモンガ様まで……考えただけでも震えが止まらないわ」

『それはない、と言いたいところですが、絶対にないとも言い切れません。あの御二方は他の御方々がお隠れになる中で、最後まで残ってくださった。そのような慈悲深い御方々が求められるというのなら、我々はどのようなことであろうとその期待に応えなければなりません。いつまでもナザリックに君臨していただくために』

「分かっているなら早急に行動しなさい。モモンガ様やシルク様の御期待以上の情報をお伝えできるように。ああ、それからローラが後継候補であることはしばらく秘密にしておいた方がいいでしょうね。無用な争いが起こる可能性があるわ。それに、そのような重要な決定は御方自身の口から知るべきでしょうから。」

『分かっていますよ、アルベド。まだ発表しないのも御方の計略の内なのでしょうから。では、私はこれで失礼します』

 

 念話はそこで切れた。

 

 アルベドは漆黒の鎧に身を包んだ主人を見つめる。普段の姿も美しいが、現在の姿もまた麗しい。御方の威光は鎧で隠しきれるものではないのだから当然だ。ただ、その尊顔が隠されているのは惜しい。人間に対する配慮らしいが、なぜ下等生物の感性に合わせなければならないのか。御方は慈悲深くも下等生物の命を救ったのだから、人間はその慈悲の前に平伏せばいいのだ。

 

 主人の元に、シルクが向かう。仮面は脱いで、顔の左側を覆う巨大な火傷は露出したままだ。現在の姿形こそは人間だが、その正体は星の守護霊。偉大なる星の法の番人。かつてワールド・チャンピオンの一人さえ打ち破った神の贋作。唯一、愛しい主人の隣に残った御方。

 

「シルク・タングステン様。どうか貴方様だけは、モモンガ様を裏切らないようにお願いいたします」

 

 貴方様は彼らとは違いますよね、という独り言は夜の帳の中に消えていった。

 

 

 

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間。ギルドサインと四十一人のサインが刻まれた旗が並ぶ聖域。王族でさえ絶句してしまいそうな、神々しい光景が広がっていた。

 

 玉座に座るのは、当然、至高の四十一人のまとめ役であるモモンガ。その風貌はまさに魔王、死の支配者。濃厚な負のオーラを纏い、死という不可避の現象の具現化だった。骸骨の顔の真紅の眼孔は、その場にある全てを見通している。手には至高のギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。胸に輝く赤い宝玉は、かの大侵攻の軍を討ち滅ぼした彼の名前を持つ究極のワールドアイテム。

 

 モモンガの隣にはシルク・タングステンが佇んでいる。紫炎の体に、亀裂のような黄金の光が変化のない表情を浮かび上がらせる。モモンガが死の具現化であるのと対象的に、彼は生命力の権化だった。暗黒星雲の鎧と銀河のマントは見慣れたものだが、首から提げているワールドアイテム『太陽の雫』が輝く。

 

 玉座の間には監視や収監といった特殊な設定を持つ者を除いた全NPCが集結していた。百鬼夜行と呼ぶに相応しい光景に、ギルドメンバー達の想像力に喝采を送りたくなる。人型のものから完全な異形なもの、巨大なものから小さいもの、目を離せなくなるほど美しいものから目を背けたくなるほど醜いものまで多種多様だ。そして、その誰もがモモンガとシルクに崇拝を捧げている。

 

「今日、私はモモンガに加え、もう一つの名前を背負うことにした。これより私のことをナザリック外の者の前で呼ぶときは、アインズ・ウール・ゴウン――アインズと呼ぶが良い」

 

 異論がある者がいないことを確認すると、モモンガは一度息を吸った。アンデッドである彼には呼吸が必要ないので、人間の残滓が起こした行動だ。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが床を叩く音がその場に響く。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ」

 

 至高の御方の宣言を聞き逃すまいと、全てのNPCは全神経を耳に集中させる。

 

「英雄がいるならば塗り潰せ。より強い者がいるならば力以外の手段で。今はまだ準備段階に過ぎないが、将来、いずれ来る時のために備えろ。このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なものだと知らしめるためにだ!」

「神を玉座から引き摺り下ろせ。魔王がいるなら食い殺せ。邪魔をするならねじ伏せろ。畏怖も正義も天地も我らの物。この世界に、何者にも覆せぬ絶対的な存在はアインズ・ウール・ゴウンだけでいい!」

 

 友たちよ。この名前が世界の果てまで知れ渡るように頑張るから、いつまでもこの旗を掲げて待っているから、帰って来てくれ。

 

 俺達は此処にいる。

 

「行くぞ、お前達! これよりアインズ・ウール・ゴウンの名前を世界に刻み込む!」

「この瞬間から、この時代の名前こそがアインズ・ウール・ゴウンである!」

 

 すべての知性ある者に、我らの名前を知らないものが存在しない領域まで上らせる。あの栄光をもう一度、いや、あれ以上の栄光をもたらし、ギルドメンバーの元に届くように。

 

 二人の覇気ある声が場に満ちて、すべてのシモベが頭を下げた。そこに込められた崇高な念は、祈りとも称するべきものだった。

 

 

 

 

 

「ふう。緊張しましたよ、シルクさん」

「お疲れ様です、モモンガさん。俺も疲れたんでローラに癒されに行ってきます」

「どんだけ好きなんですか」

「そりゃ世界一愛している娘ですもん。俺はあいつのためなら、モモンガさん以外なら殺せますよ」

「うわあ」

 

 愛が重い。

 

「……今、俺の愛が重いって思ったでしょう」

「え。アストラルガーディアンに心を読む能力なんてありましたっけ?」

「いや、自覚あるから。さすがに『あの人』とは違う生き物だってのは理解しているけど、それはそれで本当に自分の娘だと思えるんだよ。モモンガさんこそパンドラに優しくしたら?」

「恐ろしいことを言いますね! ……まあ、考えておきます」

「はっはっは。それは良かった。あ、そうだ、モモンガさん。俺が『太陽の雫』に全財産つぎ込んだこと話しました?」

「いえ?」

「そうなんですか? ん? だったらあいつ何であんなこと……。無駄遣いしたことを怒られると思ったから余計なお世話だって言い返そうとしたのに」

 

 自分が考えていたこととは全く違い意味合いがあったのだろうか。しかし、キレかけただけに今更聞き辛い。まあ、深い意味はないのだろう。

 

「何かあったんですか?」

「いえ、お気になさらず。それよりこれからの指針を考えましょうよ。伝説になるのは大変だぜ?」

「ええ。とりあえず、人間社会に出るメンバーについて話し合いますか。俺、冒険者をやってみたいです。新しい冒険の始まりですよ」

「ふむ。だったら、そっち方面で英雄でも目指しますか」

 

 この時、まさか全シモベがあの夜空の冗談を本気にしているとは全く思いも知らない支配者達であった。

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