昨夜、家で家庭教師を待っていたはずのわたくしは、気がついたらどこかの工場でいろんな方とともに倒れていました。そのせいで、今日は病院で精密検査です。
(昨日のあれはなんだったのでしょう?)
その待ち時間を利用して、わたくしはじっくり考えます。
おぼろげですが覚えている記憶は、そのいろいろな方々と歩いていたことと、その中にいたまどかさんが取り乱していたこと。
その後に一度気を失ったようですが、それは一瞬のことで、すぐに目を覚ましたわたくしは音だけで周囲の状況を把握しました。
聞こえてきたのは数人の会話。
まどかさんと、さやかさんと、明美さんと、マミさんと呼ばれていた女性。
(あの様子からして、まどかさん以外は魔法使いなのでしょうか)
もう大丈夫と言ったマミさんに、契約したのねと言われたさやかさんは確実に魔法使い。あの状況を理解して冷静に行動した暁美さんもそうかしら。まどかさんは取り乱していたいので、事情を知っているただの人間といったところでしょう。
契約というのがどういったものなのかわかりませんが、それが魔法使いになるための方法。それによって、さやかさんは魔法使いになった。しかも昨日。
そう推測する理由は二つ。昨日と一昨日のさやかさんの態度と、あの時のマミさんの反応。
彼女たちが魔法使いだということと、わたくしが巻き込まれたあの事件を組み合わせて考えると、人間を脅かす何者かが存在していてその存在を倒すために魔法使いが存在しているという構図がなりたちますわ。 仮にそれが正解だとして、しかしマミさんという方は一昨日その戦いにおいて亡くなってしまった。その現場を見ていたから、あのお二方は落ち込んでいた。
そして次の日の放課後、つまり昨日、さやかさんは契約した。その前に契約していてマミさんを助けられなかったということも考えられますが、昨日のまどかさんとさやかさんの落ち込み方が同じだったのでそれはないでしょう。さらにマミさんの「契約したのね」という言葉から、あの場で初めて知ったということ。そんな状況になるには、昨日の放課後からあの時間までに契約するしかない。
(しかしそれは何故でしょう? もし亡くなった場面を見たとしたら、むしろ拒否するはずですのに)
そこが一番不思議です。しかもあの、ヒビの入ったガラスのような心を持ったさやかさんが。
考えられるとすれば、契約による対価。ただ魔法を使えるようにするから戦ってくれなんて言っても、応えてくれる人は限られています。そこにはなんらかの報酬があるはず。
《あたしの願った奇跡は間違ってたのかよ!》
そう、例えば奇跡。願いを一つ叶えられるとしたら、特に彼女なら契約してもおかしくないですわ。
現に、この病院において奇跡が起きたとあちこちで耳にしますもの。もう治らないと言われた腕が突然動くようになったという、不可思議な現象が起こったと。
マミさんを目の前で亡くして、腕が治らないと言われ自棄になった彼にやつあたりされて、その後すぐに願ったのが容易に想像できますわ。
彼の腕を治し、亡くなったマミさんの代わりに人々を脅かす存在と戦う。そんな希望を胸に抱いているのでしょうね、さやかさんは。
しかし実際の所、マミさんという方は戻ってきたみたいですけど。そこは彼女がなにかしたのでしょう。他人にできないことができる彼女が。
そのおかげでさやかさん一人で戦うことはなくなったわけですが、それでもあの方が戦い続けることに耐えられるとは思えません。でも妙に意地っ張りなところがあるので、それでも無理に戦い続けるのでしょうね。
(……そこにわたくしが追い打ちをかけたら、一体どうなってしまうのでしょうね)
「――志筑さん、志筑仁美さーん」
「あら、ようやくですわ」
名前を呼ばれて、わたくしはその雰囲気に見合った柔らかい物腰で立ち上がります。丁寧な足取りで診察室へと向かいながら、しかし内心では、不思議な感情が巡っていました。
――――――
――――
――
「おいあんた、祈ったって無意味だぞ。ここに神なんていないんだから」
とある教会で祈るように考え事をしていたら、誰かに声をかけられました。;
「祈っているわけではありませんわ」
振り返らずに、わたくしは否定します。胸の前で両手を握っているのでそう見えて当然でしょうが、これは教会に対するマナーのようなものであって意味などありません。
「自分自身に問いかけていますの」
祈ってるとすれば、それは自分自身。打ち明けるとすれば、それは自分自身。
「わたくしは、どうすればよろしいのか」
ここはわたくしがわたくしに対して素直になれる唯一の場。週に一回、しかもそれほど長い時間いるわけではないので、誰かが来るなんて初めてですわ。
「貴女はどうされたのですか? こんな寂れた教会に」
ここは街から外れた場所。一応道はあるので適当に歩いてたら来られる場所ではありますが、どうも彼女はそういった迷い人にはみえません。
「はっきり言ってくれるな。ここはあたしの教会だ。来たっていいだろ」
「あら、そうでしたの」
まさか持ち主が来るとは思いませんでしたわ。この教会の教主及び家族は一家心中によって亡くなったはずですから。……娘一人を除いて。
「ということは、佐倉杏子さんですか」
その生き残りが彼女。ニュースに出ていた顔写真とも一致しますわ。
「へぇ。あの事件に興味を持った奴がいたとはね」
どうやら彼女は察しの良い方のようで、あれだけで理解したようですわ。
あれから数ヶ月。世間にとってはただの悲しい事件だったのだから、覚えている人がいないのが当たり前ですわ。でも、わたくしは違いますの。
「ここの教主さんのお話はとても興味深かったですので、亡くなったと聞いた時はとても不思議でしたわ」
亡くなる前兆はありました。ある日突然表に出てこなくなってしまったのですから。でもその出てこなくなるのが、唐突すぎましたわ。
「悲しくなったわけじゃないんだな」
「別にその方が好きだったわけではありませんから。それに、いつかあのようになるとは思っていましたわ」
「……なんだって?」
わたくしの言葉に、彼女は声を低くして明らかに機嫌が悪くなりました。あの結末が彼女にとって最悪だったとわかっていますが、それでもわたくしははっきり言います。
「だって、なにもわかっていませんでしたから」
「てっめぇ!」
さすがに沸点を超えたようで掴みかかってきました。その手をなんなく払って、逆に投げ飛ばしてあげます。ついでに組み伏せて、どんどんとわたくしの意見を突きつけてあげます。
「あの方の話は正しかったですわ。でも、宗教において求められているのは正しさではなくて救いですの。正しいことが間違っていないとは限りませんのよ。そんな方の下に信仰者なんて集まるわけがないですのに、あの方ときたらそんなこともわからずに集まってきた方々にご高説を賜って……。あの光景はそれは面白かったですわ。信仰者の方々の動きは操られたように意志がなくて、大勢を前に調子乗ってるあの方はまるで夢の主人公で、わたくしは他人の夢に紛れ込んでいるみたいで」
「なにが言いたいんだよ!」
「いえだから、なにもわかっていなかったってことですわ。世に正しさを問いたいなら哲学者にでもなって論文でも書けばよかったですのに。世を正しくしたかったのなら、高い地位について改革すればよかったですのに。そもそも、世の中に決まった正しさなんて存在しないことを理解するべきでしたわね」
「だったら……」
怒りで震える彼女が全身に力を込め始めました。その感情を利用した力を使っても、そもそも力で抜け出すことなんてできないのですから無意味ですのに。
「だったら……」
おそらく自分の中に増幅する感情を爆発させたいのでしょう。立ち上がって思い切り叫びたいのでしょう。でもそんなことはさせません。わたくしは優しい人間ではありませんから。
抜け出せないことを悟ったのか、もう諦めたのか、彼女は拳を地面に叩きつけて叫びました。
「だったら、あたしの願った奇跡は間違ってたってのかよ!」
その言葉の真意は、わたくしにはわかりませんでした。でもどういうことを言いたかったのはわかります。だから、こういってあげます。
「貴女がそう思うのなら、そうなのでしょうね」
優しい言葉をかけることはいたしません。悲しむなら悲しめばいいですわ。
あの方は正しいことしか言ってませんでしたが、わたくしも間違ったことは言ってませんの。
それをどう受け止めて、どう考えて、どう答えを出すのかは、人それぞれですわ。結局、言葉の意味なんて……正しさなんて、解釈の仕方で変わるのですから。
「ただ、一つ思い違いをしてほしくないのは……」
あの方は悪人ではない。ただなにも知らなかっただけ。ただ固執しすぎただけ。ただ……
「あの方は、優しすぎたということですわ」
言いたいことはこれでおしまいなので、わたくしは彼女を解放します。
「親父のことを遠くからしか見たことないくせに、そんなわかったような口をきくなよ」
立ち上がって服をはたきながら、一度叫んだおかげか怒りながらも冷静な様子で言葉を返してきました。
一家心中を引き起こした張本人を間近で見てきた彼女にとってしてみれば、あんな知ったようなことを言われるのはそれは屈辱でしょう。なんたって彼女の中では、悪いイメージが強く残っているのですから。
「近くで見ていた貴女なら全てを理解していると思っているのですか? 近くでしか見たことがないのに」
「遠くからしか見てないあんたにも同じ事が言えるんじゃねえか?」
「大は小を兼ねる。近くでしか見ていない貴女がたとえ遠くから見ても小さな視点でしか見られないでしょうけど、遠くからしか見ていなくとも視野を狭めることによって近くを見ることは可能ですわ」
「それでも見えないところは見えないだろ」
「否定はいたしません。ですが、わたくしに見えないところがあると思えましたか?」
自信たっぷりに、余裕たっぷりに、わたくしは問いかけてあげます。
「くっ……」
彼女は気圧されたようにたじろぎました。何か言い返したくても何も言えないといった様子。他人が何もわからないとは思わないでほしいですわ。
「あの事件を貴女がどのように感じたかわかりませんし、あれからどのように生きてきたのかもわかりません」
それはこのわたくしが彼女を見てもわかりません。おそらくわたくしには見えないところで、理解の及ばないなにかがあるのでしょう。
「あの事件が起こったことは貴女にも責任があるのでしょう。それを否定することも責めることも、わたくしはいたしません」
そのわからない事柄の中におけるキーワードが……『奇跡』
「ただ、わからないことがあれば一緒に考えてあげます。誰かに聞いてほしいことがあれば、わたくしが聞いてあげます。ここでこうして出会えたのもなにかの縁。また出会う機会もあることでしょう」
また会いたいとは思うのですが、彼女にお互いの居場所を知る術があるようには見えません。だから、このような言い方をしました。
「理屈しか言わないかと思ったら、そういうことも言うんだな」
「わたくしだって女の子ですの。夢は持ちたいですわ」
見えるものをどう見るかが得意なだけで、見えないものを信じていないわけではないです。
「それで、貴女はどう思いますの?」
もし出会えても、彼女がお話したくなかったら無意味ですわ。
「あたしに拒否する理由はない。もしまた会ったら話につきあうぐらいしてやるよ」
「そうですか」
あくまでもこっちの話をきくという定義なところが彼女らしいです。それでも嬉しいですけど。
「それでは、また縁があったら」
「――待ってくれ」
話を締めて帰ろうとドアを開けたところで、彼女が声をかけてきました。
「一つ、考えをきかせてほしい」
「……答えられることであれば」
首だけ振り返って、わたくしは返事をします。そしていくらか逡巡したあと、彼女は言いました。
「親父は、なんであたしを殺さなかったんだ?」
自分含め家族全員殺しておいて、なぜ彼女だけ殺さなかったのか。もう正解を知ることはできません。
あの宗教が栄えた原因を作ったのが彼女だとして、その原因を知ったあの方が自暴自棄に陥って一家心中した。たったそれだけでも、答えを考えることはできます。
「貴女の考えは?」
聞かなくてもわかりますが、こちらだけ言うのはそうも間違いな気がするので聞いておきます。
「罰……なんじゃねえの? いろいろなモノ背負いながら一人のうのうと生きろっていう、そういうさ」
「悪く考えれば、そうでしょうね」
あの状況下であればその考えにいきつくのが妥当でしょう。ですが、それでは救われません。
「良く考えた答えなんてあるのか?」
「ありますよ。ですが、まだ教えてあげません」
わたくしは意地悪く笑いかけます。
もう一個答えはありますが、彼女はまだ知るべきではないです。
「なんでだよ」
「それを知るのは、貴女が家族の死を受け入れて、乗り越えてからです」
それだけ言って、質問は受け付けませんと言う代わりに教会を出て行きます。
あの方を悪者だと思っている今の彼女がこの答えを聞いても、一応聞くだけで納得するとは思えません。この答えは最後の後押しをするためにとっておきます。
(その時が来ればいいんですけどね)
――
――――
――――――
病院の帰り、わたくしは気分転換に散歩をしていました。
家から病院まで大した距離ではないのに家の者は車で送るなんて過保護なことをするので、部屋にいるとむしろ気分が悪くなると適当に理屈こねてあげました。あのまま帰ったら絶対家の外に出してくれません。
優しくしてくれるのはありがたいのですが、もう少し控えて欲しいものです。わたくしは行けると仰いましたのに学校も休んでしまいましたし。
「――見つけましたわ」
おかげで、思わぬ発見がありました。
「へぇ、本当に会うとはね」
後ろ姿に声をかけたの相手は、あの時の彼女……佐倉杏子さん。
「こんなお昼になにやっているのですか?」
「あんたこそ、私服で出歩いてていいのか? 今日は学校だろ?」
質問を質問で返すとは、どうやらあまり答えられない内容のようですね。どうせ学校に通ってないとかでしょうけど。
「今日はお休みしましたの。まったく、わたくしの親は過保護なんですから」
「あぁ……」
「……見ていたなら助けて下さればよかったのに」
理由も言ってないのに納得したように生返事をしたということは、なんとなく理由を察しているということ。そんな原因なんて、一つしかありません。
「あの存在はなんて言うのですか? 魔法使いさん」
怯んでいる間にどんどん追い打ちをかけてあげます。
わたくしが先ほど立てた推測は、あくまで推測でしかありません。誰かの口から、はっきりと証明の言葉を聞きたかった。
「さすがに、ばれるか」
少し戸惑っていましたが、前回のやりとりでわたくしの勘のよさを理解してくれたのか、誤魔化すこともなくあっさり認めてくれました。
「教えてもいいが、こっち側には来るなよ」
「それは承伏しかねます。もしわたくしに戦い続けることになっても叶えたい願いができたら、そちらに行ってしまうかもしれません」
「そこまでわかってるなら、説明する必要はないんじゃねえか?」
「あくまで、全て推測ですから」
「……推測ってレベルじゃねえよ」
呆れたように呟いてから、頭を掻きながら溜息を吐きました。どうやら観念してくれたようです。
「わかった。もう大体わかってると思うが教えてやるよ。魔法少女というものをな」
はい、妖歩です。杏子の口調わかんない。
前回のように前書きと後書きを利用した三部構成でもいいかと思いましたが、後書きを書きたかったのです。
強引な展開かと思いましたが、仁美×杏子でいきたかったのです。マイナー大好きです。
この先ころころ視点変更して書くかと思いますが、見放さないで下さい。
それでは