「ん……あれ?」
「マミさん!?」
謎の少女が去った後、先に目を覚ましたのはマミだった。
「私、生きてるのね」
上体を起こし首に手をあてて、確認するようにマミは呟く。殺されかけた……というより一度殺されたというのにそこに混乱の様子はない。
「あの、マミさん……」
「鹿目さんはなにもされなかった?」
「あっ、わたしは大丈夫……です」
なにか言おうとする前にまどかの声は遮られた。それはある種の優しさなのだろうが、まどかの表情からは不安が消えていない。
「美樹さんも問題ないようね」
さやかの無事を確認してマミは安堵する。しかし何事もなかったわけではなく、とある変化に気づき疑問を感じた。
(どうして、穢れががなくなっているのかしら)
多くの使い魔を相手にしていたというのに、さやかのへそに光るソウルジェムには一切の穢れがなく、自分もまたあんな大技を使ってソウルジェムが穢れていた……はずだった。
(グリーフシードが目的だというのにそんなことをしては、お互い無駄に魔力を消費しただけ。なにか別の目的があって?)
鞄からグリーフシードが消えていることを確認しながら考え込む。
穢れを浄化するにはグリーフシードを使う以外方法がないが、逆に言えばグリーフシードはそれ以外の使い道がない。良心が働いて傷を治すというのはおかしくないが、その上穢れを取り除くというのは良心とは考えにくい。そんなことをするなら最初から奪おうとしないからだ。
(まあいいわ。直接訊けばわかることだもの)
余計な思考は振り払って、マミは立ち上がる。
「鹿目さん、わたしはこれから彼女を追うから、申し訳ないんだけど美樹さんをお願いするわ」
「えっ? 追えるんですか?」
「問題ないわ」
小指から伸びる黄色い糸を見せながら、頼れる先輩の表情を見せるマミ。
警戒心を強く持っていたマミは、念のため自分と少女を糸で繋いでおいたのだ。気づかれないように細く薄い糸を気づかれないように慎重に。殺されても解けなかったのは不幸中の幸いといったところだ。
「悪い子には、お灸を据えてあげないとね」
問題のある魔法少女のために、活き活きと飛び立っていった。
* * *
「見つけた」
暗い裏通りに降り立ち、目立つ桃色の髪に声をかける。
「ん? ああ、なんか用?」
まるで知り合いに声をかけられたように、さっきの出来事なんてなかったかのように、少女は首だけ後ろに向けて普通の反応を示してきた。
「よくそんな反応ができるわね」
少女から少し間を空けた所に立ち、マミは嫌味っぽく言葉を返す。
「後を追う方法なんていくらでもあるし」
そっちじゃないとマミは思う。強奪した相手に対して開き直るでも申し訳なくするでもなく、どうしてそんななんでもない反応ができるのかということだ。
「で、なに? 奪い返しにでも来たの?」
「それもあるけど、本題は違うわ」
奪われたグリーフシーは二つ。一つはマミとさやかに使ったとして、感じ取れる魔力からして少女が自分自信に使った様子はないためもう一つ残っている。
「私は、お仕置きに来たの」
「……へぇ」
顔を前に向けて、呟いた。それだけ……だというのに、何かを含んだ笑みが見えた気がしたマミは反射的に身構えた。
「お仕置きされるのはあんたのほうでしょ」
「なんで」
特に意味のない問答。そう思ったマミはとりあえずといった感じで問いかけた。
しかし、少女のほうはそうではなかった。マミの問いに対し、顔を斜め上から後ろに傾けて、先ほどまではなかった恨みのこもった視線を向けてこう言い放った。
「あんたが悪い子だからだよ……巴マミ」
同時に吹き出す、黒い力。迫り来る刃。
「なんの話?」
挟むように左右から迫るそれをリボンで絡めとりながら、真面目に首を傾げる。
人を助けたことは何度かあっても、恨まれるようなことをした覚えはなかった。……否、一つあったがそれは全く関係のないこと。
しかしあの表情と名前を知っているということから、それなりの恨みがあって調べたか、知り合いだということ。マミはさらに意味がわからなくなった。
「わからないならいいよ。こっちだって逆恨みのようなもんだし」
マミに体を向け、黒い刃を維持したまま大量の斬撃を飛ばす。跳躍してそれを避けたマミだが、後を追うように、先を塞ぐようにさらに斬撃が飛ばされる。避けられないモノは全て銃を使って弾き飛ばしながら、どうするべきか考えていた。
(殺す気があるわけじゃない。あるなら、さっき治していないから」
相手に殺す気がない異常、こちらもその気でいくわけにはいかない。だからどうやって終わらせれば良いか戸惑っていた。
「そりゃ明確な恨みがあるわけじゃない。直接何かあったわけじゃない」
攻撃をの手を休ませず、少女は独りでにしゃべり出す。
「あんたを恨むのは筋違いかもしれない。あたしの勘違いかもしれない」
喋りながら黒い力は形を変え動きを変え、攻撃は複雑かつ激化していく。
触手のような刃が何本も動き回り、大きな鈍器のようなものが振り回され、幾千もの針が伸びてくる。攻撃を避けても防いでも、さらに攻撃が迫る。そんな理不尽な状況を、しかしマミは全て無傷で捌いていた。
「でもね、あんたしかいなかったんだ……」
そんな中、マミは違和感を感じていた。この攻撃について。
「あたしにはなにもできなかった……」
こんな多様な攻撃をできる魔法少女は前にも見たことがあった。派手な攻撃を平然とできるのも不思議なことではない。一番もんだいなのは、この黒い力からは魔力を感じ取れないということ。
「あんたが一番近かったんだ」
喋りながら、少女の周囲に小さななにかがいくつも出現した。遠目に見てもなにかわかるほど、それは見慣れていたモノだった。そして信じられないことだが、それを見てこの攻撃の正体を把握した。
「あんただけが助けられたんだ!」
それは穢れを溜めたグリーフシード。そこから出てきた黒い力がマミを襲う。先ほどまでと比べものにならない量の力が、大げさすぎるほど大規模に飲み込んだ。
「その中で後悔するといい、あの時手を差し伸べなかったことを」
それは球体となって転がる。人が数人は入れそうな大きな球。しかしそれは見た目だけで、実際は人ひとり入れる空間を残して分厚い装甲が施されている。そんなものに閉じ込め、少女は背を向けた。
「――『アンミッコ』」
黄色い剣が、黒い力を貫いた。
「……え?」
少女は小さく声を上げる。
自分の持てる力を最大限発揮した堅牢な物体を貫通するなんて。それ以前に、何故剣なんて武器が出てきたのか。いくつか疑問が出てきたが、しかし壊されたわけではない。気を取り直して、そのまま立ち去ろうと……できなかった。
突き出た剣先は長さを増し、リボンへと姿を変え、複雑に螺旋を束ね、形を創っていく。大きく、硬く、鋭く――
「『コンクワッサーレ・バリスタ』」
中空に、巨大な弩砲が出現した。コンクワッサーレ……破壊するという言葉がわかる、荘厳な武器。創造から数瞬でそれは放たれ、対抗させる隙も与えず、轟音をたてて黒い球体を破壊した。。
「穢れを武器にしてるなんて驚いたけど……」
崩れた球体を蹴飛ばしながら、中からマミが姿を現す。
「さっき、不意打ちできたからって、慢心しすぎじゃないかしら?」
依然として見せる余裕の表情。穢れが武器だということで、あの不意打ちの正体に気づいていた。あれはマミのソウルジェムの穢れを使ったのだ。だから、少女からはなんの動きも見られなかった。それを知った今のマミには、負ける要素など何一つない。
「……くっ。そんな余裕、今はいらないの!」
対して余裕をなくし、歯ぎしりをする少女。崩れた瓦礫の形を変え、針となり鎌となり剣となり切り刻む。
「どうせそんな余裕すぐ崩れるくせに! 都合のいい時だけそんな顔して!」
もう生死なんて関係ない。ただ倒すことを考えた攻撃が、何度も何度もマミの体を通り抜けた。
「――私が貴女に何をしたのかはわからない」
通り抜けながら、マミは喋り出した。
「だからね、ちゃんと話して? 話してくれないとわからないわ」
「あんた……一体なにを……!?
話す云々以前に、少女は今のマミの状況のほうが重要だった。
その体からは血が出ることも身体の一部が飛ぶこともなく、まるで立体映像のように接点が歪んでいるだけだった。
「これ? これは、肉体と魔力を繋いで曖昧な状態にしているの。ちょっと時間かかるけどこう来ることは予想してたから、さっき同時にやっておいたの」
マミの願いは『命を繋ぐ』こと。そのわかりやすい武器として『結ぶ』『縛る』ことのできるリボンが設定されたのだが、本質は『繋ぐ』こと。できないこともない技だが、それをあのバリスタを創造しながら行っていた。
「それにこの場から動くことはできないけど、その点は関係ないわ」
「あう!」
その状態のまま、少女を縛り上げた。その影響か、同時に黒い力も霧散する。
「さて、ゆっくりお話しましょうか」
ここでもまた、頼れる先輩の……優しい表情を向ける。
「あんたと話すことなんか……なにもない!」
ここまで打ちのめされてもなお、変わることはなかった。恨みの籠もった表情で言い放ち、霧散した穢れをグリーフシードへと回収しながらその闇に紛れる。
「チーズ!」
名前を叫ぶと、少女の横に結界の入り口が出現した。そこから現れたあの蛇のような魔女が穢れごと少女を口に含み、あっという間に戻っていってしまった。
「あ……!」
気づいた時には結界が消え、リボンの切れ端だけが残っていた。
「逃げられちゃったわね……」
伸ばした手を下ろし、沈んだ声で悔やむ。そのまま……身体が崩れた。
(あれ、身体が動かないわ……)
理不尽な攻撃の回避、強大な必殺技、完全無敵の魔法。それらを使った反動が、少女が去って緊張が解けた今になって襲いかかってきた。むしろ途中で倒れなかったのが不思議なぐらいだ。
(穢れがなくなっていたとはいえ、無茶しすぎたわね)
その無茶は、ソウルジェムからも見て取れた。あの少女に武器として使われたおかげで綺麗になっていたは、もう強く濁っている。
(美樹さんと鹿目さんのところに、戻らないと……)
まだ意識はあるが、身体が動かないだけ。だったら、動かせばいい。
「……く……はっ……んぁ……!」
ゆっくりとぎこちない動きだが、身体が起き上がる。リボンを透明な糸に変え、外から無理矢理動かしているのだ。満身創痍のこの状態でまだこんなことができるのは、流石ベテランというべきか。はたまた先輩としての責任か。
(あそこに戻って、二人を送って、家に帰る。……それぐらいなら大丈夫)
軽く身体を動かして、魔力の残量を確認して、いけることを確信する。
「よし、いくわ――っ!」
飛びあがろうとして地に膝をつく。やはり無理だと……そんなことは考えず、もう一度――
「――無茶すんなって」
音もなく、後頭部に衝撃を感じた。
「子供はもう寝な。あとは大人がやっておくから」
身体は前に倒れ、徐々に目の前が暗くなっていく。
(この声は……)
聞き覚えのあるその声を最後に、マミの意識は途絶えた。
* * *
「なんか最近おかしいね、この町は」
鹿目詢子は、気を失ったマミの横に立って考え込む。
「さて、どうしようか」
はい、妖歩です。明けました。
ええ、またおかしな設定を出しましたよ。無茶苦茶だと思う人も大勢いるでしょう。まあ、そんな大勢見てくれているわけでもないですが。
実は前回一つミスをやらかしまして、それをどこで補おうか悩み中。大したことではないんですが。
さてさて、この先どうしよう。全く考えてないです。
それでは