マミが去った後、眠るさやかの横でまどかはあの少女について考えていた。
さくらんぼがそのまま名前だとは思えない。であれば、花言葉か、品種の名前か、学名なんて可能性もある。しかし、まどかは花に詳しくないので何もわからない。
よく見ればなにかあったかもしれないが、実はもう食べてしまったのでそれは叶わない話。
思い出せるのは、さくらんぼではなく当の少女のこと。
自分と同じぐらいの背丈。桃色の髪。感情の読み取れない声。そして、悪くない悪い人だということ。さらに魔法少女について詳しい。
(あれ、本当なのかな)
少女の言っていた魔法少女の秘密。とても嘘をついているようには思えなかった。だからといって、簡単に信じられるものでもなかった。
(魔法少女の身体には、魂がない)
眠るさやかへ視線を移す。この事実をさやかが知ったららどう思うのか、まどかはなんとなくわかっていた。
肉体だけの存在。生きていない存在。そんなの、耐えられるわけがない。
まどかだって、まだ人間だからこうやって考えることができる。もし魔法少女になってからこの事実を聞かされたら、絶望にうちひしがれていたことだろう。
何も知らない魔法少女を目の前に、この事実を伝えるべきかどうか……その答えは、決まっていた。
(こんなこと、知っちゃいけない)
秘密はいつかばれる、とはよく言うが、それは絶対ではない。根拠はマミが知らないからだ。マミがそんなことを言わないということは、知らないと言うこと。ベテランである彼女ですら知らないような事実が簡単に知られるとは思えなかった。
仮にばれるとしても、その時はその時。自ら明かすようなことではないと、まどかは考えた。
「――なんだ、もうくたばってんのか」
「……!」
思考を振り払い、突然の声に反応する。
「あたしがぶっころしてやろうと思ってたのに、予想以上のクズだな」
マミでもほむらでもないその人物は、路地の奥からゆっくりと歩いてくる。
「誰!?」
まどかはさやかをかばうように立ち上がる。その人物は、紅い槍を携えて、威圧するように言い放った。
「魔法少女」
「魔法少女?」
事情がわかる魔法少女が来てくれたことに、緊張しながらも内心安堵する。
「あ、あの!」
同じ魔法少女だから手を貸してくれると思った。しかしこの少女からは、敵対意識しか感じられない。
「助けて下さい!」
だとしても、まどかは叫んだ。助けてくれると思ったから。
「なにふざけたこと言ってんのあんた?」
槍で肩を叩きながら、冷徹な目で答える。
「そんな得にならないこと、するわけないじゃん。むしろ、そこのクズを消してやろうと思っているのに」
「え?」
「人数いると取り分が減る。それじゃ困るんだよ」
「な、なにをいってるの?」
「あんたには関係ない話。邪魔だからどきな」
切っ先がまどかに突きつけられる。その目に慈悲や遠慮はない。本当に本気で――
「いや」
涙目になりながらも、まどかは頑なに動こうとしない。
傷つけられるのが怖いわけじゃない。どうせ傷つけることなんてできないと……侮っているわけでもない。
「あんたはただの人間だろ? だから、もう一度言う。そこをどきな」
「いや!」
本当に本気で、自分のために動く。そういう覚悟を感じた。だからこそ、まどかはきっぱり拒否した。腕を広げて、声を張って。自分以外のために動く。根っからの、そういう覚悟の持ち主だから。
「ちっ。なら、しかたないな」
「――なにが仕方ないのかしら?」
前触れもなく、少女の背後には別の少女が立っていた。
「ほむらちゃん!?」
まどかが驚きの声を上げる。その少女、暁美ほむらは少女の後頭部に銃口を突きつけていた。
「なんだあんたは?」
「なんでもいいでしょ。武器をしまいなさい」
「ことわる」
地面から赤い菱形が連なった鎖が出現し、乱雑に組み合わさって壁となる。
「拒否権はないわ」
壁によって分断された。……のだが、いつに間にか、ほむらの背中にまどかとさやかがいた。
「なっ!? お前どうやって!?」
壁を消して、振り向きながら今度はほむらに槍を向ける。
「あなたには関係ない事よ。佐倉杏子」
「なんで、あたしの名前を……?」
ただの呟きとも思える問いに、ほむらは返事をしない。ただ無感情の瞳で、睨み続ける。
「……やめだ」
槍と鎖を消し、観念した様子で両手を挙げた。
「わけわかんねえ奴と戦う気にはなれない。ここは引かせてもらうよ」
さっと身を翻し、壁を跳んで建物の上へと消えていった。
「――あ、ありがとう、ほむらちゃん」
緊張の糸が切れたのか、まどかはへたりとその場に座り込んでしまう。
「鹿目まどか、これでわかったでしょう?」
お礼に対する返事は、叱るような声だった。
「魔法少女は危険なの。いつ死んでもおかしくないのよ。こんなことに、貴女は付き合うべきじゃない。わかった?」
ような……ではない。叱っていた。怒っていた。冗談でも大げさでもなく、本当に本気で。
「そう……だね」
気の引けた、控えめな返事。それを聞いて、ほむらは一つ息を――
「でも、それでも、私は二人と一緒にいる」
吐こうとして、止まった。純粋で強固な瞳を、真っ直ぐに向けられたから。
「たとえ邪魔だとしても、見ていることしかできなくても、見ないことなんてできない。側にいたい」
「なんで、どうして貴女は……」
声を震わせながら、やるせなそうに唇を噛む。それは怒りというより、悔やんでいるようだった。
「勝手にしなさい」
まるで喧嘩のあとのようなきつい雰囲気のまま、ほむらは身を翻して去って行った。
「――……ん」
「さやかちゃん!」
その後、さやかが目を覚ました。
「あ、あれ? あたし……?」
なによりもまず、首に手をやった。切られたことを自覚していたから、繋がっていることに驚く。
「平気、平気だよ、さやかちゃん」
まだ現状を理解していないさやかを、まどかは抱きしめる。それは、自分に言い聞かせているようで、彼女に問うようでもあった。
「まどか……」
視線を動かして、今度は周りを確認する。
「マミさんは?」
「マミさんは、あの魔法少女を追いかけてる」
「無事だったんだ」
ほっと一息。そして、しっかりと起き上がった。
「どうする、まどか?」
もう魔女は退治した。もう帰路についても問題ない。
「帰ろっか。マミさんなら大丈夫だよ」
その言葉にさやかも頷いた。まどかが立ち上がって、笑顔でさやかの手をとる。
「――まどかはなにもされなかった?」
「うん、大丈夫だよ」
帰路にて。さやかの質問に、まどかは笑って答えた。
余計な一切口に出さない。なんて言えばいいかわからなかったし、なにを言えばいいのかわからなかったから。
「あの後、さやかちゃんを治して、マミさんを治して、グリーフシードを奪って帰って行った。なにがしたかったんだろう?」
言うのはそれだけ。嘘ではないが、本当でもない。
「単にグリーフシードが欲しかったんじゃないの? そのためにあそこまでやるのはどうかと思うけど」
やられた本人としては嫌な気しかないだろう。たとえ元通りになったとはいえ、一回殺されたのだから。
「今回は不意打ちでやられただけ。次会ったら倒してやる!」
「もうマミさんが説得してると思うよ」
この時、まどかは『倒した』とは言わず『説得』という言葉を使った。それは、マミの優しさか、まどかの優しさか。
「……そっか」
失念していたようで、少し肩を落とす。リベンジできなくて物足りないと同時に、少し安心したようでもあった。
「そうだ。マミさんにメールしとかないと。『先に帰ってます』っと」
お菓子の魔女を見つけたとき、連絡手段がないせいで苦労をした。それを教訓に教えて貰っていたのだ。念話があるとはいえ、限界がある。
「マミさん大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。マミさん強いから」
「……そうだね」
不意打ちにやられることはあっても、真正面から戦えば敵無し。そんな強さを持っていると、二人は知っていた。
だからこそ、想像すらしていなかった。
巴マミが、どうなったのか。
翌朝、それは判明した。
「おぉきろぉーー!!」
いつも通り、寝ている詢子の布団を引っぺがしたまどか。
「お……」
そこで、衝撃的な光景を目の当たりにする。
「……ま、マミ……さん……?」
詢子と一緒に寝ている、マミの姿があった。
はい、妖歩です。
前回から約七ヶ月。気まぐれに更新します。