「ま……ちょ……え……えぇ!?」
まさか事態にまどかは慌てふためく。布団を持ったまま口だけがわけもわからず動いている。
「ふわあ~~……!」
マミの横で寝ていた詢子が、大きな欠伸をしてから全身をぐーっと伸ばし、ぼけぼけとした表情で身体を起こす。
「おはよう、まどか」
「ま、ママ! なんでマミさんがここに!?」
「ああ、昨日拾ったんだよ」
「拾った!?」
とんでもない事実を、詢子は普通に告げた。
「詳しい話は後でするよ。この子起こしちゃ悪いし」
「う、うん……」
そう言われるとここで話を続けるわけにはいかない。胸にもやもやしたものを抱えながら、まどかは詢子の後ろをついていった。
「――んで、さっきの子なんだけどさ」
洗面所で身支度を整えながら、改めて詢子が話を切り出した。
「さっきも言ったけど、拾ったんだよ。仕事帰りに、道端で倒れてたからさ」
正確には『倒した』のだが、何も知らないまどかにありのままを言うわけにはいかない。
「……一体どうしたんだろう」
とぼける……というわけではないが、まどかは何も知らない風を装う。
思い当たる節はあった。正体不明の魔法少女との戦闘だ。だが、それが原因という確証はなく、そもそもそんなことを言うわけにはいかなかった。
「なんにせよ、まどかの知り合いで良かった。見知らぬ人に拾われるよりかは、幾分気が楽だろう」
いろいろ隠しているが、これは本音である。何回か顔を会わせているとはいっても、結局は他人同士だったから。
「それに、どこの子かわからなくて困っていたんだ。携帯見る限りまどかやさやかちゃんと知り合いなのはわかったけど、時間が時間だったしね」
詢子が帰ってきたのは夜遅く。その時間はもう子供が寝ている時間だ。そんな時間に電話するのも、我が子を起こすのも迷惑というものだろう。
「ただ、ご両親の心情が不安だよ。我が子が連絡も無しに一晩いなくなったってんだから、体調崩してないといいけど」
「……それなら大丈夫だよ。マミさん一人暮らしだから」
「おろ、そうなの?」
表面上は飄々としながら、その情報でいくらか心が軽くなった。自分も親であるため、同じ親のことは不安要素として結構大きかったのだ。
「高校生なのに一人暮らしなんてすごいねぇ。親御さんは反対しなかったのかな」
「……」
何気ない言葉だが、理由を知っているまどかは何も言えなかった。ここで否定するのは簡単だが、他人がおいそれと言っていいものでもないだろう。
「まあ、それはいいか」
話を区切り、化粧品を片付け、鏡の前で笑顔を決める。
「よし、完璧」
そうして、まだ歯を磨いているまどかに背を向けて歩く。
「あの子のことは心配しなくていいよ。あたしがうまくやっとくから」
そう言い残し、去っていった。
「…………なにがあったの、マミさん……」
別れた後なにがあったのか、どうなってしまったのか、まどかはなにも知らなかった。
「――あ」
「おや、目が覚めたのかい」
まどかと詢子が家を出て、家事が一段落ついて和久がリビングでお茶を飲んでいたところに、例の少女が姿を現した。
「よく眠れた?」
「……はい、お陰さまで」
見たところ目立った傷もなく、表情も安定している。問題がないことを確認してから、前の席を手で指し示した。
「いろいろ訊きたいことはあると思うけど、とりあえず座って」
「はい」
はっきりとした返事を訊いて、和久は立ち上がってお茶を用意する。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少女の前に置き、自分も座り直す。
「さて、話を始める前に確認なんだけど」
そして、和久のほうから話を切り出した。
「勝手ながら学生証を見させて貰ったけど、君は巴マミさんでいいかな?」
「……はい」
どうも全身に力が入っている様子。助けてくれたとはいえ、知らない人の家にいて安心できるわけもない。
「君を助けた女性のことはわかるかい?」
それをわかっているが、和久は構わず話を続けた。
「……あの、スーツを着た?」
「うん。その人は僕の妻、鹿目詢子。僕は夫の鹿目和久。娘が世話になってるね」
「娘って……鹿目ってことは、まどかさんの?」
「そ。だから、そんなに気張らなくいいよ。初対面とはいえ、全くの他人というわけじゃないんだし」
やはり知り合いというのは大きいのだろう。僅かだが、マミの肩の力が抜けた。安心してもらえたのだと、和久は安堵する。
「君のことは妻から聞いてるよ。魔法少女の活動を見学させてるんだってね」
「す、すみません! まさか事情を把握されているなんて!」
隠していた事実をあっさり指摘されて、マミが慌てて頭を下げる。
まどかも積極的についてきているとはいえ、危険なところを連れ回していることは事実。そんなの、親からしてみれば耐えられるモノではないと、そう思ったのだろう。
「いやいや、別に怒ってないよ。だから、頭を上げて」
だが、和久はほんわかとした笑顔でなだめる。
「きっかけがどうであれ。まどかが自分で決めてやってることだ。だから、僕たちは任せるよ」
「……でも、いいんですか? 先導している私が言うべきではないでしょうが、事情をわかっていて、子供を危険なことに巻き込ませるなんて」
親が魔法少女なのだから、その危険性はなおさらわかっているはず。それなのに何故止めないのか。それがマミにはわからなかった。
「それは、わかってるよ。でも、ぼくらが魔法少女について知ってることは、まどかには秘密なんだ。だから、何も言えないんだよ」
「ですけど……」
「それに――」
納得いかないマミの様子に、和久は言葉を続ける。
「まどかは優しくて強い。僕らが何言っても、納得はしないよ」
「…………」
親の言葉だとしても、マミはそれを否定したかった。だって、自分が死んだときに、一度まどかは心を打ちのめされているから。
でも、それは言えない。生き返った理由を説明できないというのもあるが、子供を守りきれなかったことを親に喋る勇気はなかったから。
「ただ、欲を言うならば、契約するなら、全てを知った上で契約してほしい」
「お言葉ですけど、それは無いと思います」
ぽつりと、マミが呟くように言った。この否定が言いたいのは、全てを知ったら契約することはない……ということだ。
「……君はなにを知ってるの?」
その意味を理解していて、その上で問いかけた。
「魔法少女が、魔女になることは」
「そっか」
俯くマミから視線を外し、間を保つように和久が一度お茶を啜る。一息ついて、改めて口を開いた。
「それをわかった上で、まどかを魔法少女にしようとしてるんだね? まどかだけじゃない、美樹さんも」
少し、雰囲気が変わる。表情が引き締まり、声が鋭くなる。
「私がそのことを知ったのは、まどかさんと知り合った後、つい先日のことです。以前、詢子さんに助けていただいたあと、キュウべえ……契約者に聞きました」
「それはまた、どうして?」
そんな話して不利益になるようなこと、インキュベーターが自ら話すとは思えない。だから訊いた。
「きっかけは何気ない疑問です。初めて大人の魔法少女を見たので、大人でも魔法少女と呼ぶのか訊いたんです。そしたら『魔法少女という呼称に年齢は関係ないよ。人間は大人になる前の女性を少女と呼ぶから、魔女になる前に君たちを魔法少女と呼んでいるだけさ』って。そう言われました」
「それは……君には悪いけど、うまい質問の仕方をしたね」
インキュベーターが重大で余計なことを言わないのは、訊かれないから。逆に言えば、訊かれれば答える。そういう意味で、うまい質問。
「それで? 君はどうしたの?」
和久が変わらずの優しい表情で続きを促す。
表情が優しくても、相手はしっかり事情を把握していて、なおかつ冷静な親である。その表情の裏には、同じくらい厳しさも潜んでいることだろう。
だから、マミは一息間を置く。心を確認して、言葉を整理して、魔法少女の先輩として、一般人を非日常へ引き連れようとしている責任を担う者として、誤解のないように、間違いのないように、事実と本音を打ち明ける。
「追求しました。どういうことなのか。そしたら、無機質な声で答えてくれました。ソウルジェムが魂の容れ物だということ、濁りきったら魔女になること。そして、何もしなくても濁っていくから、戦い続けないといけないこと。そんなこと知ったら、もう戦えない。そう思いました。だって、魔法少女が魔女を生んでしまうのなら、魔女にならないように死ぬしかないじゃないですか。でも、まどかさんと美樹さんのことを考えると、このまま死ぬわけにはいきません。かといって、こんな酷いことを打ち明ける勇気もありません。もうどうしようもないと思ったのですが、そこで思いだしたんです。私を助けてくれた女性のことを。魔法少女であるにも関わらずスーツを着こなす大人になっている人がいるというのに、なんで私は死ぬ前提で考えているんだろうって、そう気づきました。魔法少女でも普通の生活を送れる。正義の味方みたいに世の中を守りながら、それでも日常を送れる。そう気づきました。じゃあ、そうできるように、まどかさんと美樹さんを強くしないとって考えたんです。これは私の勝手な思い込みかもしれないですけど、まどかさんも美樹さんも魔法少女になりたくないわけじゃないと思うんです。美樹さんは既に魔法少女になってしまいましたが、躊躇していた理由は、平凡な日常が失われることを恐れていたから。それが一番大きかったはずです。なら、そうならないんだと教えてあげようと、そうならないように強くしてあげようと、そう考えました。だから、私は、今でもまどかさんを魔法少女にしたと思っています。そして、一緒に戦って欲しいです」
まどかの親の目を真っ直ぐに見て、強い意志がこもった声で、迷わず、臆さず、そう語りきった。
「…………合格、かな」
表情を綻ばせ、緊迫した雰囲気を和ませた和久。力を抜き、椅子に深く腰掛け、そこでようやくマミは緊張がほぐれた。
「僕はまどかの意思に口を出すつもりはない。だけど、まどかを巻き込んでいる君の覚悟が中途半端なものだったら、止めはしないけどいろいろ言わせてもらうつもりだった。その必要は無いみたいで安心したよ」
「ありがとうございます」
本来親が関わるような事案ではないため、親公認になったとしてもなにが変わるわけではないが、それでも認められたというのは安心した。
しかし、認められたということは、同時に任されたということでもある。もうなにかあったら、世間はともあれ親二人には原因不明の事故では済ませられない。
「なんて言っても、直接関われない僕には口を出す資格なんてないんだけどね」
不意に、和久がもの悲しそうに目を伏せた。
「そんな……こと……」
否定しようとして、言い淀んだ。
親という立場を考えればそんなことはない。しかし、魔法少女のことに口を出して良いのは、同じ魔法少女だけだという考え方もある。だkら、否定しきれなかった。
「ああ、ごめん。気にしなくて良いよ」
無意識に出ていた言葉なのだろうか。謝り、なかったことにするように笑いかけた。
「さて、君はこれからどうする?」
そして、話題を変えた。
「あ……ええ。もう身体は大丈夫なので、お暇させていただこうかと思っています。これい以上お世話になるのも申し訳ないですし」
「そうか。荷物は妻のベッドの脇に置いてあったけど、見つけた?」
「はい、ここにあります」
鞄を持ち上げて手提げヒモを見せる。
「身元がわからなかったから中を一通り見させてもらったけど、見たのは妻だからそこは安心して」
「お気遣い有り難うございます」
いくら友人の親といえど、異性に私物を見られたくはないだろうという配慮。
マミとしては見られても気にするようなことはないが、その配慮は嬉しく感じた。
「そうそう、ちょっといいかな」
「なんですか?」
またしても真面目な雰囲気になる。しかしそれは先ほどとは違い、その表情はどこか明るい。
「まどかから聞いたんだけど、一人暮らしなんだって?」
「……はい」
「言いづらそうだったからまどかには聞かなかったんだけど。気を悪くしたらごめん。一人暮らしをしている理由は、あまり良い理由ではないよね?」
「……はい」
まどかは優しい性格である。軽々しくはなくとも、勝手に言っていい内容ではないと思っていたのだろう。そして、親二人もそれを察して、そこには話がいかないようにしていた。
今の時点でも、和久は遠回しにマミに質問している。そいれは、言うかどうかは真美に任せるということだ。
「以前、家族でドライブ中に事故に遭いまして……。その時、私を助けてもらうために契約をしたんです」
それをわかっていて、それをわかっているから、打ち明けた。
ここまで気の回る人だ。だから、そこにはなにか理由があると感じて。
「……そうか」
細かいことは聞かない。どういうことかは把握した。
まず相槌を打ち、一つ息を吐き、数秒瞼を閉じ、改めて口を開く。
「じゃあ、うちに来ないかい?」
「……………………はい?」
唐突な明るい声で放たれたその言葉に、マミはキョトンとしてしまった。
はい、妖歩です。
三ヶ月ぶりですね。もっと空いてるかと思った。
ということで、今回はマミと和久の話でした。
仁美と杏子に続き、原作では絡む要素のない組み合わせです。そういう普通ない組み合わせを描くのが好きです。
あと一組、原作では確実に絡めない組み合わせを考えています。書けるかどうかわかりませんが。
それでは。