「ふぅ、ほくほく♪」
私は小さなビニール袋を肩下げ鞄の中にしまいながら、緩みきった表情で店を出た。
今日は待ち望んでいたグッズの発売日。それが当日に買うことができて喜ばないわけがない。速く家に帰ってすぐにでも包装を破り捨てて中身を拝みたい気分だけど、そうすぐには出来ない事情があった。
「…………はぁ。また歩かないといけないんだよね」
実は自転車の鍵を無くしてしまったのだ。家で。おかげで自転車の鍵を外すことが出来ず、でも欲しいモノは欲しいので徒歩でお店へと行く羽目になってしまったのだ。
「しかし、何事も前向きに受け取るのが大事かな♪」
二次元から学んだ考え方。そして昔、二次元のような人物に言われたこと。
「二次元なら、これはなにかトラブルに巻き込まれるきっかけとなる。つまりそういうことかもしれない!」
私は心の中でガッツポーズする。流石に人通りのあるところでガッツポーズするのは恥ずかしい。でも、この考えを恥ずかしいと思わない。ありえないことなんてないんだから!……って、なんかで言ってた気がするし。
「でも、流石に歩きだと時間かかるからんだよね~」
自転車でも十五分ほどかかる距離を徒歩で行こうとしたら、片道四十五分もかかった。自転車のありがたみを改めて痛感したね、うん。
(……でも、二次元だと大体歩いてるんだよね)
私はふと疑問に思った。というか、ちょくちょく思う疑問だった。まあそれは、歩いてる方が話を書きやすいからなんだろうなぁ。……それはつまり、今現在歩いてる私なら二次元的な話が発生するということにって、二回目!
(まあそれは置いといて)
私はひとまず二次元に対する可能性についての考えを横に移動し、、時間がかかるという問題をどうしようか思案することにした。
「ベタなルート(行きと同じ道)を通るのも面白くないし、適当に近道でもしてみようかな」
と思って失敗するのがベタ展開なんだけどね。というか、うちはいつも選択肢を間違えるからベタなんてレベルじゃないんだけどね。
「まあいいか。それでも楽しいし」
たとえ間違ったルートを選んだとしても、家に帰るのが少し遅くなるだけだからあまり問題じゃないからね。……遅くなりすぎて怒られることもあるけど。
「さて、とりあえず進もうかな」
どこに……なんてのはその場で決める。てことで、まずは方向的に近道になりそうな脇道に入ってみようかな。
(よく聞く話だけど、こうやって改めて見るといろいろ違うなぁ)
実際には初めて歩く道なので“改めて”というのは間違ってるけど、ゆっくりと辺りを見回すというのはとても新鮮だった。
「確か家があっちだから~、こっちに行けば近道かな」
なんとなく方向を思い出して、適当に道を曲がったり進んだり、本当に自由に進んだ。自転車じゃ通れないような入り組んだ道や、道じゃない道だったり、ちょっと座って休憩してみたり。
「う~ん、いつの間にか随分と歩いたのかな」
うちは辺りを見回した。一度道を逸れた時から、変わらず見慣れない景色。そして、低い角度から照らしてくる西日。
家を出たときはまだ日が高かったはずなのに、この調子で帰ったらまた怒られちゃいそうだな。
「…………って、そういえば、ここどこなんだろ」
うちはもう一度辺りを見回す。全然見たことも無い町並み。そういえば、どこをどうやって進んできたのかも覚えてない。自由に進んだからなぁ。
(う~ん……とりあえず、大通りに出れば大丈夫かな)
辺りは見慣れない景色だけど、大きな道に出ればどこに行けばいいか感覚でわかるかもしれない。しかしそこで、重大なことに気づいた。
「うち、選択肢間違えるからなぁ」
いつもいつも選択肢を間違えるわけではないけど、昔から運が良い時と悪い時の差が激しい。こんなに迷ったとなると、今日のうちは運が悪いみたい。
この調子だと、この後もバッドルートを進んで、最終的にはワーストバッドエンドを迎えそうな予感。
「今日はそんな日なのかな」
ということで、私は焦ることをやめた。こういう時は、運の悪さに抗おうとすればするほどどんどん悪くなり、そしてバグルート(無限ループなど)にはまってしまう。なので、ここは最初と同じように気分に身を任せよう。
「よし。じゃあ、行こうかな」
帰宅という名の散歩を再開。しかし今は家の方角がわからないので、なにも考えず適当に進むことにした。
「いやそれにしても、こんな見知らぬ道を女の子が一人で歩いていいものだろうか?」
二次元では女の子が一人でいると、決まってなんか変な奴が絡んでくる。酷いと事件に発展したりする。今まさに、そんなことが起こってもおかしくない状況。それなのに、一向にそんなイベントは起きない。
迷い始めてからかれこれ三~四時間は経ってるのに、単調な迷いルートしか進んでない。……というか、うちそんなに歩いてたんだなぁ。歩いてると、自然と時間は過ぎるんだなぁ。
「ふわぁ~~」
長時間歩いていることを実感したら、なんか疲れてきた。意識が現実に戻ってきたからかな。仕方ないから少し座って休もう。……と思ったけど、丁度良く座れる場所が近くに無い。
「う~ん、それならあそこでいいかな」
なので、なるべく綺麗そうな地面に直に座ることにした。柱を背もたれ代わりにして、飛び回る蝶を見つめながらゆっくりと息を吐く。
「ふぅ~……。意外と疲れてるんだなぁ」
こうしてみて、ようやく自分の体が疲れてることを実感した。珍しく沢山歩いたからなぁ。まあ、まだ歩くんだけど。
「しっかし、ここはどこなんだろうなぁ」
数分間目を閉じて落ち着いたところで、冴えた頭で辺りをしっかり確認する。さっきよりも空は紅くなってるし、それなのにどことなく暗い。それは恐らく、まわりがコンクリートだからなんだろうなぁ。
それなのに、なぜか蝶はたくさん飛んでる。こんな無機質な場所にも蝶はいるんだなぁ。しかもアゲハチョウぐらい大きくて黒い。始めて見るなぁ。
「……って、あれ?」
そこでうちは、ふとおかしな点に気づいた。確かうちは柱に寄りかかってたはず。それなのに、今うちの背後にあるのは壁。……色は一緒な気がするし、たぶん見間違えたんだろうなぁ。
「いやいやいや! 明らかにおかしいから!」
自分で自分にツッコム。だって、完全に建物の中じゃん! うち外にいたはずだよね!? いや、外にいたよ! 座ってたよ! なにこれ!? わけがわからないよ!?
「もしかして、これはフラグか!」
実はこれがきっかけでイベントが開始して、なんやかんやでうちが巻き込まれて、なんやかんやで活躍するとかそんな展開が待ち受けているのか!? それなら大歓迎だ! 戦闘だろうが恋愛だろうがシリアスだろうがなんでもこい! 常に二次元に憧れていたうちは全てを受け入れ全てを攻略してやるよ!
「てことで、まずはこのイベントを攻略しよう」
自分の心と周りの状況の整理がついたところで、うちは意気揚々と立ち上がる。勘違いだとか妄想甚だしいなんて反論は気にしない。そういったふざけた思考が現実となるのも二次元のベタだから。
「問一、この蝶はなにか?」
うちはすっと指をさしだして、大量に飛んでいる蝶を指にとめようと試みる。こういうの二次元でよく見るけど、実際には普通出来ないと思うんだよね。
「…………お!」
そう思っていたら、一羽の蝶が指にとまった。実際にあるんだなぁと少し感動していたら、指に痛みが走った。
「いた!」
うちは反射的に腕を振って蝶を逃がす。そして見てみると、ベタな感じに指から血が垂れてきた。
「噛まれた?」
疑問系。だって、蝶って噛まないでしょ? いや、どこでどうやって噛む行為を行うのって話。
うちは蝶の群れに視線を戻す。
「あれ?」
蝶の群れに視線を戻……したはず。なのに、そこにはさっきまでいたような綺麗な蝶は一羽もいなかった。
もしかして、さっき蝶を振り逃がしたことで敵としてみなされた? だって、みんな縦にパックリと割れて歯をむき出しにしてるんだもん。すごい気色悪い上にホラーなんだけど。
うちは辺りを見回す。後ろは壁。前方に道はあるように見えるけど、大量の蝶に囲まれてそこまで進めない。無理矢理突っ切れるとも思えないし――
「これは、戦闘フラグかな」
肩掛け鞄の中を探り、こんなこともあろうかと携帯していた十徳ナイフを取り出す。小型だけどないよりはマシ。
こんな一般市民に戦闘の技術なんて皆無だけど、二次元に憧れていろんな技をできるようになろうと日々練習と勉強を重ねてきた努力はある。まあいくら中二病といっても、本当にこんな空想的場面で発揮することになるとは思わなかったけど。
「攻略開始!」
まずは群れが薄い箇所を特定して、タイミングを見極めて突っ込む。向かってきた蝶に力強くナイフを振ってみると、あまり堅くないみたいで簡単に斬れて消滅した。
「っ! くっ! はぁ!」
薄い箇所といっても、そこにうちが行けば当然群がる。それでも移動したことで新たに出来た薄い箇所に突っ込み、避けながらも手や足も加えて蝶を蹴散らして、無理矢理にでも先に進む。
「やあああぁぁぁぁぁ!!」
うちはゴロゴロと転がりながら道の奥へと進んだ。二次元を見てるだけじゃわからなかったけど、やっぱり痛い。進めたとはいっても無事じゃ無く、所々服はちぎられて、いたるところに傷が出来た。最初の指を噛まれた時とは比べものにならないぐらい体中が痛い。
(こんな痛いのは初めてだなぁ。二次元ではこの程度当たり前なんだよね)
二次元のバトルモノだったらこれ以上の痛みなんて当たり前。二次元に憧れてるうちにとって、比較対象は日常では無く、異次元のそれだった。
(この程度で負けてたら、中二病じゃない!)
うちは全身の痛みに耐えながらも、全力で奥へと走り出す。ここの攻略方法がわからない以上、先に進むしかない。
追いかけてくる蝶から全力で逃げて、道の先にあった扉を開いてすぐに閉める。
「はぁっ! はっ! くっ! はぁ~……」
いくら中二病といっても……イタイ子といっても、流石に包帯とかは持ってない。男子ならともかくうちは女の子なんだから、そんなものを鞄に入れようとは思わない。……十徳ナイフはまあ、護身用?
――方法もないので、流れ出る血を止めようとせずに周りの状況を確認する。壁がコンクリート(のようなもの?)に変わりはないけど、道が細くて先がT字路になってる。そこから左右を見てみれば、どちらにも曲がり角がある。これは迷路なのかな? なんで?
「でも、敵がいないみたいでよかったかな」
さっきのような蝶は一羽もいない。ただ複雑そうな迷路があるだけ。安心かな。あれ以上一般人にバトらせるとかどんな鬼畜ルートなのかとツッコミたくなりますよ。
「しかしこうやって安心しているのもつかの間。実はすぐそこに奇妙な物体が出現して……って、ん?」
うちがベタ展開を妄想していると、なんか突然壁に黒いシミのようなモノができて、それがゆっくりと広がって、なんか出てきた。…………なんか出てきた!?
「なんか出てきた!!」
大事なことだから三回。なんて驚いている間にもいろんなところからなんか出てきた。それは黒くて丸くてもやもやとしたやつで、白い眼がついてるだけの変な奴。なんか壁を這ったり地面をぴょんぴょん跳ねて近づいてきてる。
「これは…………なに?」
見たところ危険度は低そう。速度は遅く、武器のようなものもない。でも、そういう敵に限って大変な能力があったりして侮れない。例えば、突然牙を剥き出しにしたり、触れた瞬間爆発したりとか。
うちは試しに、脚に跳んで来た敵を蹴り飛ば――
《だめだ!》
「へっ!?」
突然脳内に声が響き、反射的にその言葉に従って敵を避けるように脚を引く。……今のは、一体?
《それに触っちゃだめだ! 爆発する!》
「なん……だと……!?」
爆発……とな? つまり、ボ○兵的なあれなのかな? でもそれがわかったなら、やることは一つ!
「突進あるのみ!」
この敵は……とりあえず○ム兵ならぬ爆兵と呼ぶことにして……爆兵は移動速度は遅い。避けながら進む事なんてたやすいかな。
次は、脳内に響いた声がなんなのか明らかにしよう。ベタに考えるとするなら、あれは念話なのかな。こんな二次元ステージなら、そんなものがあってもおかしくない。
それがそうとしたら、次の疑問が出てくる。それは、発信者は誰なのかということ。爆兵は見たところ壁に当たっても爆発しない。しかし触れたら爆発するなら、生体感知でもあるのかもしれない。仮にそうだとすれば、爆発することを知っていた人物は爆発を喰らったということになる。
「発信者タグその一、怪我人」
という風に予想したけど、本当にそうなのかな? てことで、試しに今度はナイフで爆兵を斬ってみた。すると、それほど感触もなくスッと斬れて、すぐに霧散した。……ふむ。体で触れなければいいのかな?
それならと、今度は靴のつま先で蹴り飛ばしてみた。そしたら予想通り爆発せず、少し爆兵の体をへこませたら霧となって、足は勢いそのまま空を蹴った。
《ねえ、発信者。聴こえる?》
発信者がこの事実を知っているのか確認をとるために、感覚で念話を返してみる。
《……聴こえる。よく、平然と会話できるね》
どうやらできるみたい。でも、相手の声がかなり痛々しい。怪我してるのは確実のようかな。
《念話なんて驚くようなことじゃない。それはともかく、こいつらは素肌で触れなければ大丈夫みたいだよ。服や靴ごしなら消せる》
《それなら、僕には無理だよ。衣類もなにも纏ってないからね》
なんですと? なにも纏ってない……つまり裸? 変態ですか? 露出狂ですか? いや、そもそも人じゃないとか? 妖精的ななにか?
《あなた、人間?》
疑問に思ったらまず質問。ちなみにこの質問は、物理的な意味も社会的な意味も含まれているけどどうでもいい。
《違うよ。……僕はインキュベーターという種族。君達で言う、地球外生命体だ》
mjk! マジか! これはもう確実にトラブルイベントフラグ! このままいけば、『君を超能力者にするから僕を助けてほしい』みたいな中二病万々歳ルートに突入するかも!
もしそうならば、まずはそのインキュベーターさんを見つけないと。
《今どこにいるの!》
うちは訊きつつも、走りながらそれらしき姿を探す。
《君の近くにいることは確かだけど、どこと言われても応えようがないよ》
それもそうだった。こんな一色単の入り組んだ迷路でどこと訊かれても、答えられるわけないよね。
《あなたの見た目は?》
《四足動物。一般的な猫と同等の大きさだけど、毛がなくて全体的に白が目立つ。背中に黒い丸があるよ》
なにそれ? 全く想像が付かない。でも、それなら服を着てないことも納得できる。つまり、変な動物を探せばいいということかな。
《あなた、動ける? 動けるならそっちもうちを探して。念話出来るなら方向ぐらいわかるでしょ?》
大体こういう能力は、他者と繋がった時点で自然とちからの流れていく方向もわかるようになってる。まあ、こんな迷路で方向を把握できても大した効果は期待できそうに無いけど。
《怪我が酷くて大して動けない。今も使い魔の動きを避けるだけで精一杯だ。だけど、君が近づいてるのがわかる。恐らく僕と同じ道を通ってるんだ。だからそのまま道なりに行けば――って、あっ、来た! 来たけど行かないで! 戻って!》
《えっ!?》
うちは慌てて急停止して体ごと振り向かせる。だがいない。爆兵しかいない。
《敵しかいないけど。あなたからうちは見えてる?》
適当に爆兵を消しながら質問する。
《うん。君が使い魔を消してるのがわかる。でも、君には僕は見えないのか。ちょっと待ってて。今、認識できるようにするから》
なにそれ。その口ぶりからすると、見える人には見えるというのかな? そうなのかな? つまり、うちは見えない人なんだ。選ばれてない人なんだな。それならばそれでいい! 普通は普通なりに頑張ってやる!
《よし、もう見え――危なきゅっ!》
《えっ?》
「――ぐっ!」
突然足に痛みが走った。……膝裏をやられた。スカートだったのがミスだったね。むしろここまであしらっていけたのが奇跡だったのかな。でも感覚だと火傷レベル一程度、大した怪我じゃない。
《ごめん。気づいたけどかばえなかったよ。僕も被爆してしまって、もう生命維持が限界だ。でも、君にはもう見えるはずだ》
その言葉に、うちは足の痛みに顔をしかめながら前を見る。……いや、前を見る必要はなかった。足下になんか変なのが転がってる。全体的に白ではなく赤が目立つ、四足で長い耳の未確認生命体が。
「あなたなの?」
《……そう……だよ。……ひとまず、僕を連れて……安全な所まで、逃げて……。話がある……》
「わかった」
うちは右手でナイフを持ちながら左腕ですくうようにその生物を抱える。
白じゃなくて赤色の体。それほど爆発を受けたということなんだね。声も顔も辛そうにしてるけど、残念ながらうちにはなにもできない。ここの攻略法はわからないし、治癒能力なんてものも持ってない。
「……こういう時、あの能力があればいいんだけどな」
インキュベーターさんを抱えて進みながら、うちは小さく呟いた。中二病全開の思考だけど、超能力があればいいといつも思ってた。うちがいつも考えていたのは、これまた中二病っぽいチート能力。そんなものがあれば、こんな傷簡単に癒やせるのに。
《……超能力が、欲しいのかい……?》
《……う、うん》
呟きを聞かれてた。いやまあ、こんな距離で聞こえないと思うほうがどうかと思うけど、聞かれてると少し恥ずかしい。
《なに? あなたがうちに超能力をくれるって言うの?》
恥ずかしさを紛らわせる意味を含め、口ぶりから予想されることを訊いてみた。ちなみに今でも念話で話してるのは、そろそろ疲れてきたから。
《ああ、そうだよ……。詳しい説明をしたいけど、今は……余裕が無い。安全な場所に移動できる……気配もないから、さっき言った話を……今、することにする》
インキュベーターさんは一度切って、うちの眼を下から真っ直ぐ見てきた。なので、うちもそれに合わせて目を合わせたいところだけど、今はそんな余裕が無い。
《君の希望に合わせて、端的に言うとね……》
《君を超能力者にするから、僕を助けてほしい》
結界とか考えるの難しいですね。
そういうデザイン的な創作に関しては、正直無能です。
つまり、魔女も適当です。うん、無理。
それでは