「うちに……って?」
突拍子もない提案に、マミは理解が追いつかず言葉を繰り返した。
「ここに住まないか?……ってこと。余計なお世話かもしれないけど、一人暮らしは寂しいだろう?」
その声色から、同情という悲しい優しさなんかではないことは察した。純粋な善意というか、人数は多い方が楽しいというような考えでの発言だろうと、マミは読んだ。
一人暮らしが寂しいというのは、事実その通りである。室内に自分の音と声だけが響き、自分以外はなにもない。それが、自分一人だけだという事実を認識させられ、孤独感を強める。
それを、毎日感じているのだ。寂しくないわけをがない。
ここで、迷惑だと遠慮するのは、むしろ逆効果だろう。そんなことで引くようなら誘っていない。
「…………」
マミは考える。
建前や理屈を言ったとして、彼は納得しない。聞き返されるだけだ。だから、言うべきは紛れもない本音。
マミは考える。
自分の本音とは一体なんなのか。自分はなにを望んでいるのか。
悩むということは、悩む理由があるということ。現状を維持したい……一人でいてもいいと思う理由があるということ。
それはなんなのか。
自分の家族を思い出す。昔の、家族の団欒を想い出す。
それは、もう二度と感じることのできない、思い出となってしまった日常。あれは、楽しかった。それは事実だ。
鹿目家に来れば、もう一度感じることができるだろう。同じではない、でも、等しいもの。マミが失った、欲しかった、家族の団欒。
欲しい。入りたい。そう思う。そう思うが、なにかが、引き留める。
それは、なんだろうか。
わからない。わからないが、これだけはわかる。
自分は、心の底から納得して、この申し出を受けることはできないということだ。
「ごめんなさい」
だから、頭を下げた。その結論に納得したから。
「そうか」
和久は一言そう返し、お茶を啜る。
残念そうでも、ましてや責めるようなものでもない。その一言は、まるで安堵したような声色に感じられた。
「なにか、明確な理由があるわけではないんです。ただ、わからないんですけど、自分の中でなにか引っ掛かって」
頭を上げて、和久を真っ直ぐ見て、はっきりと自分の意思をそのまま伝える。
相手は善意で提案してくれたのに、内容に利点しかないはずなのに、それを理由もわからず断る。それを、恥じとは思わない。悪しとは思わない。だって、それは本当で、本音なのだから。
「……それは、家が大事だからだろう。家っていうのは、家族の居場所。家族の思い出が詰まっている空間。そこを離れるのは、そう簡単なことじゃないってことだよ」
提案を拒まれたというのに、まるでわかっていたかのような口ぶりで諭す和久。
しかし直後、ハッとして焦った様子で言葉を続けた。
「だからといって、こっちに住んだとしたら家族を蔑ろにしている……っていうわけじゃない。家庭を求めるのは当然のことで、それはそれこれはこれってやつなんだけど……説明が難しいな」
失言を訂正しきれず、ばつが悪そうに目を逸らす。その様子にはさっきまでの聡明さが感じられず、マミは思わず小さく笑ってしまった。
「大丈夫です、わかってますから。そんな深く考えたりなさらなくても」
「ああ、すまない。なにぶん繊細な内容だからね、柄にもなく焦ってしまったよ」
気恥ずかしそうに笑いながら、仕切り直すようにお茶を一口啜り、改めて口を開く。
「さて、帰ろうとしたところを引き留めて悪かったね」
「いえいえ、こちらこそ。貴重なお話ありがとうございました」
マミは丁寧に頭を下げる。
関係者とはいえ魔法少女の先輩と話すこと、また、子供の保護者という立場の人から話を受けること、どちらもマミにとっては本当に貴重だっただろう。
「ああ、そうそう、渡すものがあったんだ」
マミが立ち上がったところで、和久も立ち上がって台所かへと向かい、小さな布包みを持ってきた。
「お弁当。お昼に食べるといいよ。今日は疲れてるだろうからね。器はまどかに渡してくれればいいから」
「そ、そんな、そこまでして頂くわけには……!」
マミは胸の前で手をふって大げさに遠慮の意を示す。
「ダメだよ」
しかし、その手に押し付けられてしまった。
「もう作っちゃったから、食べないともったいない。大人の余計なお世話を仕方なく受け取っておくれ」
「……はい」
そこまで言われては、断るわけにはいかない。それに、助かるのも事実。マミはそのお弁当を優しく鞄に入れた。
「重ね重ねありがとうございます」
「どういたしまして。こちらこそ、まどかのこと頼むよ」
「はい」
明るい返事に、すっきりとした表情。どこか憑き物が落ちたような、そんな様子が窺えた。
「――それじゃ、いつでも遊びに来ていいからね」
「はい。お邪魔しました」
「お気を付けて」
玄関でマミを見送って、和久はリビングへと戻る。
先ほど出したお茶を片付け、また椅子に座る。
「ふぅ。真面目な話をして疲れちゃったな……」
そして、一息――
「まさか君がそんな人間だったとはね」
――つけなかった。
「……インキュベーター」
彼の対面、テーブルの上に、インキュベーターが、座っていた。
「やあ、初めまして。僕の名前はキュウべぇ。まどかの契約者になる予定だ」
初対面の挨拶に、自己紹介。話の始めとしても、礼儀としても正しい。
「キュウべえ……ね」
相変わらず利益と効率だけを求めた無感情な存在だと、和久は初対面でありながら堂々と呆れて見せた。
「僕が誰だかわかるかい?」
それに加えて、和久は質問を返した。それが無礼だと分かったうえで。
なぜか。こんな存在を相手に礼儀正しくする必要はないし、こちらから名乗る義理もないから。
「ヒフウ兄弟の片割れだろう? それ以外に、そんな非効率な形になる個体はいない」
加えて、インキュベーターは無礼を非難するなんて、無駄なことはしない主義だから。
「その通り、フウべぇだ。相変わらずの嫌味だね、"普通の異常個体"」
「そんな嫌味は僕たちには理解できないよ。嫌味だけじゃなくて、人間と同等の感情を持つ"異常の異常個体"である君たちの言葉全部が」
「言ってくれるね。こんな会話は久々だよ」
余裕と呆れの混じった、それでいて楽しそうな"らしくない表情"を、和久は見せる。
「楽しそうだね。僕らと話してそんな表情を見せるのは君たち……いや、"君"ぐらいだ」
対するキュウべえは、なにも変わらない。声も表情も仕草も、無感情。
「そうだろう。君たちが普段話しているのは中学生ぐらいの子供ばかりだ。そういう年の子はみんな、理屈という『剣』を持つどころか、感情という『盾』をまともに構えることすらできやしない。そんな未熟な者に対して、君たちは剣を両手に持って振り回しているんだ。怯えるに決まっている」
「面白い例えだけど、わからないな。剣を振り回しているのは否定しないが、それはあくまで比喩だ。実際に肉体が傷つく危険性は皆無なのに、どうして怯えるんだい?」
「わからないからさ。人は理解し得ないことに恐怖する。怪奇現象や心霊写真なんかが良い例だ。それは、君だって知識としてはわかっているだろう?」
「そうだね。理解はできないけど」
「それと同じさ。感情だけで動く彼女たちにとって、理屈なんて知ったことではない。知らないから、突きつけられると怖い。君たちはそれをわかってるから、真実を話さない。うまいやり方だよね」
「なにが言いたいんだい?」
「ただの嫌味さ。理屈という剣を隠して、願いという飴を使って天国へと連れていき、少し遊ばせたら剣で脅して絶望という穴へ突き落す。洗練された、とても卑しい技。感情のない君たちだからできることだよね」
「ここは、お礼を言っておけばいいのかな?」
「それで構わないよ」
のれんに腕押し、ぬかに釘。言っても意味がないのをわかっていて、だからこそ和久は嫌味を放っていた。いつもは温和な彼にとって、こんな辛辣な言葉を吐ける相手というのは珍しいから新鮮な感覚を味わっているのだ。
「さて、じゃあ話はお終いかな」
話は終わりだとばかりに立ち上がろうとした和久を、キュウべえは呼び止めた。
「待ってよ、まだ何も話してない。君が一方的に喋ってただけじゃないか」
「そうだったかい? まあいいじゃないか。君の話なんて聞く価値ないんだし」
悪態をつきながら、座りなおす。仕方ないから
「随分な言いぐさだね。僕の話なんて聞きたくないってことかい?」
「よくわかってるじゃないか」
話をしたところで和久の利益になることは何一つない。それどころか、キュウべえの利益になることもない。
「まあいいよ。確かに話すことはないからね。まどかに君たちのことを伝える気があるということを、言おうと思っただけさ」
「そうかい。別に構わないよ」
和久にとって予想できた展開だった。インキュベーターの生態を考えれば、秘密にする理由はないのだから。
「お? 慌てて止めるのかと考えていたけど、いいのかい?」
「確かに秘密にしてくれたほうが嬉しいけど、僕には止める方法がないからね」
どう反応したところで、彼の行動が変わることはない。下手に狼狽えたところで体力の無駄になるだけだから。
「でも、いつ伝えるかだけは知りたいかな」
「必要に応じてってところかな。母親が魔法少女だという事実は将来性や安全性を確かなものにする交渉材料だけど、だからこそ使う場面を見極めないとならないからね」
「そうかい。一応、期待通りの結果にはならないことは伝えておくよ」
「なぜだい?」
「ママが反対するからさ。まどかはママが魔法少女だと知れば、当然相談に来るだろう。そしたら、ママは絶対契約に反対する。まどかは、ママの説得に素直に応じる」
「どうしてそう言い切れるんだい?」
「愚問だね、理由なんてないさ。そういうものなんだよ」
「わからないな」
「そうだろうね」
心の繋がりなんて、インキュベーターには永遠にわからないもの。そんなわかりきったことについて丁寧に説明する気なんて、和久には全くない。
「さて、本当にもういいかな。僕だって暇じゃないんだ」
キュウべえを一瞥もせずに、今度こそ和久は立ち上がる。
「うん。忠告感謝するよ」
「心にもない言葉ありがとう」
和久の棘のある返事を受けて、キュウべえもどこかへ去って行った。
「……はぁ」
キュウべえがいなくなったのを確認して、和久は疲れた表情で大きくため息をつく。
続けざまにらしくもない真面目な、しかも種類の違う話。慣れないことをしたせいで、緊張が解けたら一気に疲労が襲ってきた。
少し休もうか。そんなことを考えたりもしたが、まだその時じゃない。
「さて、家事を始めないと」
掃除洗濯、やらなくてはならないことがある。休むのはそれが終わってからだと、和久は内心で気合を入れて動き始めた。
正直忘れてましたが、思い出したので書きました。
気が向けば続き書きます。