鹿目まどかは、ぼんやりと外を歩いていた。
昨日、謎の魔法少女から聞かされた秘密。魔法少女は、魂を抜かれた人間みたいなものだという真実。それは自分だけでは抱えきれるのもではなく、しかし誰かと共有できるものでもなく、気を紛らわそうと外の空気を吸っていた。
今日が日曜日でよかったと、まどかは安堵する。こんな精神状態では、まともに授業を受けられそうにないから。
(ほむらちゃんに……いや……でも)
なんでも知っていそうなほむらならば、この事実すら知っているだろうと考えた。しかし、まどかがなぜその事実を知りえたのか、その説明ができない。
まず、謎の魔法少女に会ったことを説明しなければならない。だがそれを上手く説明できるほど、まどかは事態を理解できていなかった。
「どうしよう……」
辛さを吐き出すように、重く呟く。
助けてくれる人は、誰もいない。
――そこへ、電話が鳴り響いた。
携帯に表示される名前は『さやかちゃん』
一番知られてはまずい相手が、そこにあった。
「……っ!」
悩んでいることを知られるわけにはいかない。心内を悟られぬように意気込んで、通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あっ、まどか? 今へいき?』
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
努めて、明るい声を出す。大丈夫だと、自分で自分を励ます。
『ちょっと、聞きたいことがあってさ』
「うん」
さやかの飄々とした声に、少し安心する。何も知らない元気な友達が、向こうにいる。
『昨日のことなんだけど』
「……うん」
『なにがあったのか、くわしくおしえてくれない?』
「っ!」
変わった。声が、空気が、雰囲気が。一瞬にして、重苦しいものへと。
「……なにがって?」
震えそうになる声を精一杯押さえて、平静な声を出す。
じっとりと濡れて滑りそうな手を、しっかりと掴む。
『私とマミさんがやられた後のことだよ。まどか言ったよね? あの後、私とマミさんを治して、帰って行ったって」
「う……うん……」
全身が硬直する。
声という圧力に、声という刺激に、心が震える。
『首をとばした後、首をくっつけて生き返らせたっていうの?』
「え……っと……」
失敗した。今になって、後悔する。なぜ、もっと言動に気を付けなかったのか。なぜ、もっと違和感のない言い訳ができなかったのか。
『ごめん。思い出したくないよね。でも、重要なことなの。だって、もしそうだったら、おかしいじゃない』
今のまどかに、そんな口の上手さがあるわけはない。あの時のまどかに、そんな冷静さはなかった。そんなことはわかっている。
でも、後悔せずにはいられない。
『首をとばされても生き返ることのできる私たちって、なんなの?』
こんな考えに至るのは、当然だったのだから。
「…………」
さやかの心の弱さはわかっている。ここでなにか上手い言い訳ができなければ、どうなってしまうかわからない。
でも、声が出せない。言葉が出ない。頭が回らない。なにも、なにもできない。
『まどかに聞いてもわからないよね、ごめん。昨日あったことが本当か確かめたかっただけだから。じゃあ』
そう言い残して、一方的に通話が終了された。
声色から、まどかになにか不信感を抱いている様子は感じられない。ただ戸惑って何も言えなかった……そんな風に感じていることだろう。
それは間違いではあるが、事実でもある。
「……どうしよう」
もう一度、重い呟きを吐く。しかしそこには、絶望の色が追加されていた。
「キュウべえ、訊いてもいい?」
「なんだい?」
通話を終えたさやかは、生気のない瞳で傍らにいるキュウべえに問いかける。
「魔法少女って、普通の人間なの?」
「……普通かどうかと問われれば、答えは否だね」
一瞬逡巡したものの、応える声に悪びれる様子は感じられない。
「どういうこと? 私は一体なにになったの!?」
必死な形相でキュウべえに掴みかかるさやか。にもかかわらず、相変わらずな様子でキュウべえは言葉を返す。
「なににもなってないさ。ただ、魂の在り処が変わっただけ」
「たましい?」
「そうさ。君たち人間に限らずこの地球上の生命は総じて、思考を司る精神と、生命を司る肉体と、その両方を司る魂という三要素によって存在している。その中で精神が機能停止しても他の二つに影響はないというのに、肉体が機能停止してしまったら同時に魂も消滅してしまう。そんなリスクを抱えたまま人間の脆い肉体で強力な魔女と戦ってくれだなんて、とてもお願いできないよ。だから、僕たち考えたんだ。肉体と魂が直結しているのなら、上位要素である魂さえ保つことができるならば、肉体がどれだけ傷ついても問題ないと。そこで僕たちは作り出したんだ、肉体と魂の関係を維持したまま別個に保つ術を。それがソウルジェムさ。僕たちインキュベーターの役目はね、君たち魔法少女が安心して戦えるように魂をソウルジェムへと変換することなのさ」
「なにそれ!? つまり、このちっちゃな物が私だっていうの!?」
「理解がはやくて助かるよ。そういうことさ」
「そんなの、ゾンンビじゃない! 人間じゃないじゃない!」
「なに言ってるんだ。人間であることに変わりはないよ。ゾンビでもアンデッドでもないし、不老不死でもない。魔法少女だって成長するし、ソウルジェムが砕ければ死にもする。死を超越した存在とはまた別さ」
狼狽え、戸惑い、動揺を露わにするさやかの声を受けても、キュウべえは淡々と理屈を通す。何も変わらない。感情よいう盾を、理屈という剣でズタズタにする。
「似たようなもんでじゃない!」
「わからないな。君たちは魂なんて不可視な物体は気にしてなかったじゃないか。それがどこにあるからといって、君が生きていることに変わりはない。むしろ、魂が目に見えて守れる状態にしたことを褒めてほしいな」
「わかんない! あんたの言ってることわかんないよ!?」
「きゅ!」
キュウべえを投げ飛ばし、悲痛な声をあげながらさやかは頭を抱えてうずくまる。
「痛いな。もっと丁寧に扱ってよ」
そんな状態を目の当たりにしても、キュウべえは変わらない。
キュウべえは決して嫌がらせをしたいわけでない。ただ、事実と感想を述べているだけ。
「……どっかいって。あんたの顔なんて見たくない」
だから、こう言われて抵抗する理由もない。
「やれやれ。真実を話すと君たちは決まってそんな反応をするね。わけがわからないよ」
そう言い残し、キュウべえはさやかの前から姿を消した。
「…………はぁ」
まどかは一人、河原の土手に座り込んでいた。
天気の良い日曜日の朝だというのに、表情は暗く溜息は重い。
絶望というほどではない。しかし、苦悩という言葉があてはまるとはだれが見ても思うだろう。
「こんにちは。隣、いい?」
そこへ、訊きながら既に座っている少女がいた。
「あなたは、昨日の……」
「ごめんね。昨日の今日であれなんだけど、気になったから」
その少女は、昨晩路地裏で襲ってきた謎の魔法少女。昨日の剣呑な雰囲気とはうって変わり、心配する様子を見せてきたから、まどかは変に構えず消沈したまま対応する。
「本当にごめんなさい。昨日は、心の傷になるようなことをしちゃって」
「なんで、あんなことしたの?」
怒るでもなく、呆れるでもなく、ただただ平坦な声で、疑問を投げかける。
わかっていてやったことに対して、怒りの気持ちは沸き上がらない。それよりも苦しみが強くて、怒る気力がないから。
「あなたが、魔法少女にならないように。魔法少女と関わってる人間を見つけたから、魔法少女になりたくないようにしようって思って」
「だから、殺したの?」
「そう、だね。あんな派手のやるつもりはなかったんだけど、つい気が昂っちゃって」
つまり、最初から殺す気だったということ。弁明しているが、そこは明らか。
でも、自分のためだったと言われて、少し印象が変わった。
「あなたのおかげで、さやかちゃんが少し気が付いちゃったんだよ」
「えっ……! どのぐらい?」
「魔法少女は人間じゃないってことぐらい。直接話をしたわけじゃないから、たぶんだけど」
「……ごめん。そこまで考えてなかった」
沈んだ表情を浮かべる少女を見て、本当は優しい子なんだという印象をまどかは抱いた。
さっき言ってた気が昂ってたというのは本当にそうで、もし平静だったらもっと気の利いたことができたんだろうと考える。
「私に謝られても困るよ」
だから、この言葉はちょっと困ったように笑いながら言えた。
少女がしたことは許せることではないけれど、頭ごなしに責めるのは間違いじゃないか。そんなことも思った。
悪いことだと自覚して謝って、失敗したことは後悔して、よく見てみればちょっと不器用な女の子だと、沈んだ表情を見てまどかは思った。
ただ不器用なだけで、魔法少女という人の枠を超えた存在だから、不器用の不器用さが広がっちゃっただけ。自分よりもちっちゃい子供なのだから、それも仕方がないんじゃないかと。
(仲良くなれないかな……?)
まどかは思う。この不器用な少女を、どうにかできないかと。
悪いことを咎めるのは、簡単だ。相手に関与しないのも、簡単だ。でも、それでは何も解決しない。
「お友達に、ならない?」
悩んで、心をそのまま口にした。
「え……?」
思いがけない言葉だったのか、少女は小さく声を出してまるで不思議なものを見るような目をまどかに向けた。
一瞬だけだったが、その声から、その瞳から、待望のような感情をまどかは感じ取った。
「余計なお世話かもしれないけど、私は、あなたを助けたい。ううん、そんな高尚なものじゃない。ただ、あなたと仲良くしたい。だって、なんか寂しそうだから」
なんの飾り気もない。素直な想いを吐露する。
突然かもしれない。少女からすれば、意味がわからないかもしれない。でも、そんなことは構わない。
「なに言ってるの? あたしは、あなたの友達を傷つけたんだよ。それだけじゃない、あなたと、友達の心も傷つけた。それなのに、仲良くなんて」
顔を逸らし、拒否の意を示す少女。でも、まどかは意に介さない。
「寂しくないの?」
表情の見えない少女に向かって、まどかは真っすぐ目を向け、言葉をぶつける。
「……寂しくなんて、ない。ずっと一人だったから」
「ずっと一人だったんだ。寂しかったでしょ?」
少女の言葉は聞かない。声に潜む本音に、耳を傾ける。
「だから、寂しくなんて……!」
そんなことはないと、まどかは確信している。
さっき、一瞬だけ見せた、待望の眼差し。あれこそ、彼女の本音。側に誰かいてほしいという、心の現れ。
「無理しなくて、いいんだよ」
素直になれない小さな少女を、後ろから優しく抱きしめてあげる。
ふわりと首に腕を回して、背中に胸をあて、耳元に顔を近づけて、柔らかい声をかけてあげる。
「私は、あなたのことを知らない。でもね、これだけはわかるの。とても無理してるって。ずっと一人で、ずっと無理してて、それが当たり前になっちゃったんだよね」
なにも知らないから、まどかは自分が感じたことを突き通す。
きっと、少女は一人で頑張ってきたんだと。
まどかにしたみたいに、不器用に誰かを助けてきたんだと。
不器用だから、憎まれることはたくさんあったんだろうけど、感謝されることはなくて、それでも頑張ってきたんだろうと。
「それじゃあ駄目だよ。人は、一人じゃ生きていけないんだから」
もしも、本当に一人でいたかったのなら、こうして自分の前に現れてないはず。
もしも、本当に一人でいたいのなら、まどかを振りほどいているはず。
「私、鹿目まどか。お友達になろうよ、『さくらもも』ちゃん」
あの時くれた、さくらんぼ。別の言い方では桜桃だとネットにはあった。読み方は『おうとう』だが、別の読み方をすれば『さくらもも』
不器用だけど、しっかりと名前を教えてくれた。そんな子が、一人を望んでいるわけがない。
「……いいの?」
問いかける声は、弱々しく震えている。
「いいの。私がいいって言ってるんだから。いいんだよ」
耳元で、優しく諭してあげる。
なにも心配することはないんだと、なにも不安に思うことはないんだと。声に乗せて伝えてあげる。
「あたし、決めたのに。絶望を背負い続けるって。希望を持ったって誰も救えないから、絶望だけを持ち続けようって」
まどかは、袖が冷たくなるの感じた。
泣いてる。表情は見えないが、ボロボロと涙をこぼしている。
「だからって、ももちゃんが孤独じゃなきゃいけないなんてことはないよ。みんなに希望を与えられないからって、ももちゃんが希望を持っちゃいけないなんてあるわけないよ」
震える背中を、強く抱きしめてあげる。揺れる心を、宥めてあげる。
堰を切ったように感情を溢れさせる小さな少女を、包んであげる。
「……あたしね、佐倉モモっていうの」
「うん」
「まどか、お友達になってくれる?」
「いいよ」
「……ありがと」
その一言で、孤独な少女の殻が砕けた。
孤独ではなくなった佐倉ももという少女は、声をあげて、感情のままに想いを吐き出す。
今までの苦しみを、寂しさを、辛さを、全部洗い流すように、泣きじゃくる。
「いっぱい泣いていいよ。全部、私が受け止めてあげるから」
はい、妖歩です。
ついに書けました、まどもも。書きたかったカップリング。強引と自己満足の塊。
見直していて、細かい矛盾があった箇所をこっそり修正しました。
第十三話にて、仁美は病院の帰りだったはずなのに、明と話した後に稽古に行くとか言ってたり。
第十八話(前話)にて、日曜日のはずなのに、和久がマミへ学校のためにお弁当を持たせてたり。
今後気を付けたいです。