俺ガイル短編集   作:エコー

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自称恋愛に敏い副会長、本牧牧人は、比企谷八幡に招聘された人物を新聞部に導く。



解決、そして

 

 人気(ひとけ)のない放課後の校舎の廊下を新聞部の部室へ向かう。

 後ろにコートを(まと)った同級生を一人引き連れて。

 

「──(われ)は本来、色々と忙しいのだが」

 

 我がクラス内で、飛べない豚、肉塊、ボンレスなどと揶揄されている、材木座義輝。

 

 およそ二十分ほど前──

 比企谷に呼び出された彼は、数分の内に購買の自販機の前に現れた。

 暑苦しいコートを身にまとってゼェゼェと肩で息する彼に、比企谷は無慈悲な指令を下す。

 

「材木座。お前な、新聞部を手伝え」

 

「な、なんだと。(われ)には偉大なる創作活動が控えて──」

 

「あー、お前のこないだの小説な、あれダメだ。難解な上に読みにくい。あと比喩が的外れだし、何だ冥土の土産(メイド イン ヘブン)って。新聞部で人に伝える文章の書き方を学べ。そうすりゃ少しはマシになるだろうよ」

 

 よくもまあ、つらつらと出任せが出ると思って苦笑しながら聞いていたが、当の材木座はしきりに唸っている。

 

「──ほむん、要はあれだな。我が有り余る才能を表現する為には、精進が必要だということだな」

 

「もうそれでいいや。これ以上の説明は面倒だし」

 

 これ以上の説明は無意味と悟ったのか、突き放すようにしっしっと手を振る比企谷。それに対して材木座は何故か上機嫌である。

 

「あい分かった。ならば精進の後、貴様に更なる傑作を叩きつけてやるとしよう」

 

 え、今ので納得したの?

 本当にそれでいいのか材木座。

 もう高校三年生だぞ。受験が控えてるんだぞ。

 まあ、本人にやる気があるなら止めはしないけども。

 

 で、現在に至るのである。

 意気揚々とコートの裾を棚引かせて歩く材木座を、ちょっと格好良いと思ってしまったことは内緒だ。

 

「──他ならぬ八幡の頼みだから、こうして直々に出向くのであるぞ」

 

 言葉とは裏腹に材木座の足取りは軽い。

 付け足すように俺が云った「今、新聞部は結構可愛い女子一人しかいないんだ」という言葉が大きかったのだろうか。

 彼だって健全な男子だ。女子と二人きりになれる場に魅力を感じない訳がない。

 男女の機微に敏い俺には、まるっと全てお見通しなのだ。

 

「生徒会です、失礼します」

 

 ノックの後に扉を少しだけ開け、隙間から伝える。

 

「──帰れ」

 

 返された言葉は昨日と同じだが、その語気は昨日よりも強い。

 

「今日は提案に参りました」

 

 昨日と同じ席に座って突っ伏す女子──相沢るいは、訝しげに俺を見上げた。

 

「壁新聞の発行を、月に一回にして欲しいんだけど」

 

 理由は告げないで、主旨だけを伝える。

 

「ふーん、ま、どうでもいいけど」

 

「それと、一人、新聞部を手伝いたいという人物を紹介したいんだけど」

 

 ひくん、と相沢さんの長い髪が揺れた。

 

「はぁ?」

 

 顔を上げた相沢さんの視線が、俺と材木座を往復する。

 まあ、ぱっと見は怪しいよな。よく見れば……それでも怪しいか。

 

「材木座義輝、俺の同級生だよ。こいつは自作の小説を書いていてね、文章を書くのには向いていると思うんだけど」

 

 相沢の視線は材木座に移っている。

 その巨体の爪先から頭の天辺まで走査線の如く視線を走らせた相沢は「異形ね」と呟いた。

 

「ほむん。異形で何が悪い。そもそも物書きとはオリジナリティを武器とする人種である。俗世と違う価値観を有するのは当然の理であるっ」

 

 太い腕を肥えた腹の上で組んだ材木座が高らかに語った。

 

「あんた、バカでしょ。物書きに必要なのは、共感を得ることなの。奇抜でキモい格好をすることじゃないの。そんなんじゃ、あんたの作品もロクな読み物じゃ無いわね」

 

「笑止っ! 書かぬ輩が物書きを語るなど、片腹痛いわっ」

 

「お、おいっ材木座。それは言い過ぎじゃないのか」

 

 俺は材木座の小説を読んだことは無い。しかし比企谷の言葉を聞く限り、読みたいとは思えない。

 対して相沢るいには、新聞部で人に伝える文章を書いてきた実績がある。物語を創作するのとは違うかも知れないが、書くという作業においては相沢に一日の長がある様に思えた。

 ちらと相沢の様子を窺う。が、その表情は穏やかで、その口元には笑みさえ浮かべている。

 それは、初めて見る相沢るいの感情だ。

 備品のノートパソコンを開いて、画面を表示させる相沢。そこにあるのは、ただの文字列。新聞の原稿だろうか。

 

「ふん、新聞の原稿を書いている程度で(われ)の執筆能力を推し量ろうなど、笑わせ……ん?」

 

 材木座の嘲りが止まったかと思ったら、今度は食い入る様にノートパソコンの画面の文章を読み始めた。

 そして、何かに恐れおののいた風に後ずさりする。

 しかし材木座って、こんな芝居がかった言動しか出来ないのか。一々面倒臭い。担任や親御さんはどう思っているのだろう。

 後退を続ける材木座は、ついに準備室の壁に背中をつけた。

 

「ま、まさかお主……某ハーメルンで『ピュアラブ板前』の二次小説を投稿しておる、『CoCo☆夏』氏……なのか?」

 

「……えっ、知ってるの?」

 

「あ、いや、実は(われ)、CoCo☆夏氏の小説を愛読していまして」

 

「へぁ? ど、読者様?」

 

「いかにも。執筆に行き詰まった時、いつもCoCo☆夏氏の小説を読んで活力を頂いているでおじゃるよ。秘技『真・裸包丁』の特訓の下り、あの文章で(われ)は努力の大切さを知ったのだ。目下の(われ)のバイブルと云っても良い程であるのでごぜぇますだ」

 

 熱弁ご苦労だけど……言葉遣いが平安貴族から農民まで多岐に渡り過ぎだな。

 

「そ、そんな、あたしの文章なんてまだまだで……」

 

「いやいや、ご謙遜を。あの素晴らしき作品を執筆される御仁であられるのだぞ」

 

 ──何だか分からないけど、あれだけ盛り上がってれば上手くいきそう、かな。

 

 二人の空気を壊さない様に準備室を退出した俺は、晴れやかな気分で特別棟へと向かっていた。

 比企谷に礼を言う為である。

 しかし、今回もまた比企谷に助けられてしまったな。

 俺は、この事件の解決だけしか見ていなかった。対して比企谷は、とりあえずの方法だけど新聞部の先行きの不安を解消することを考えた。

 やはりあいつは軍師や参謀に向いている。周囲の女子の好意に鈍感なのが玉に瑕だけどな。

 

 特別棟一階、購買の横にある自販機で比企谷へのお礼の品を買おうとすると──ふと、その奥から声が聞こえる。耳を澄ますと、その会話の主は知っている声だ。

 一方は比企谷、もう一方は……書記の藤沢さん。

 え。

 まさか藤沢さんも比企谷を。

 

「──ありがとうございます、比企谷先輩」

 

「どうってことねぇ」

 

「でも、比企谷先輩のお陰で、本牧先輩の悩みがひとつ解消されたんです。本当にありがとうございました。あ、でも……」

 

「わかってる。副会長には内緒、だろ?」

 

「は、はい。あたしなんかが余計な事をしたなんてバレたら、きっと本牧先輩を傷つけてしまいます」

 

「……副会長は果報者だな。お前みたいな味方がいて」

 

「何言ってるんですか。比企谷先輩には強い味方が三人もいるじゃないですか」

 

「──笑えねえ冗談だ」

 

「とにかく、ありがとうございましたっ」

 

「おう、こちらこそマッカンご馳走様」

 

 軽い足音が近づいてくる。咄嗟に物陰に身を隠し、藤沢さんの背中を見送る。

 ……今の会話はどういうことだ。

 訳が分からない。

 藤沢さんには今回の事件の詳細は伝えていない。

 

「──おう、副会長」

 

「な、なあ、比企谷。今の話は……」

 

「何の話だよ。俺は誰とも話なんかしちゃいない。だから、お前が俺と誰かの会話を聞いた事実も無い」

 

「は?」

 

「そういうことにしとけって云ってんだ馬鹿野郎。とっとと生徒会室に戻って爆ぜろリア充め」

 

「あ……ああ、分かった」

 

 何が何だか分からない。

 だけど、走った。

 無性に藤沢さんの顔が見たくて。

 彼女は陰ながら俺の心配をしてくれて、それを比企谷に相談していたんだ。

 でも比企谷は、それを口にするなと云う。

 結局、生徒会全員あいつの世話になっちゃったな。今度あの甘ったるいコーヒーをたんまり差し入れしてやろう。

 

 そんな愚考を繰り返しながら走り、生徒会室の前に着いた。

 扉に手をかけて少し力を込めると、かららと乾いた音を立てて開いた。

 中に居たのは、長机に向かって書類の整理をしている──藤沢さん。

 

「あ、お帰りなさい。どうでした?」

 

「う、うん。お陰様で何とかなりそうだよ」

 

 さっきの、走り去る藤沢さんの後ろ姿が浮かぶ。

 

「えっ、い、いやだなぁ、あたしは書類の整理しかしてませんよぉ」

 

 あくまで自分は関与していないというスタンスを貫こうとしながらも、若干動揺する藤沢さんに苦笑しつつ、長机の自分の席に腰を下ろす。

 

「──ああ、そうだった、ね」

 

 笑いを押し留めた笑顔を作って藤沢さんに向け、咳払いをひとつ。

 

「あの、藤沢さん」

 

「はい?」

 

「あ、あの、俺さ、ちょっと脳が疲れてて、甘い物が欲しいというか、その……」

 

「……はい。あたしも頭が疲れてたところです」

 

「じゃ、じゃあ、一緒に喫茶店でも──」

 

 藤沢さんが笑顔を咲かせる。しかしすぐに俯いてしまう。

 やはり喫茶店に誘ったのは早計だったか。

 

「ー─駅前に新しいクレープ屋さんが出来たんです、けど」

 

 え?

 それってもしかして。

 いやいや、どう考えても一緒に行こうって意味だよな。

 

「今日の帰り、暇かな」

 

「は、はいっ!」

 

 弱く発した俺の問いに、藤沢さんは笑顔で応えてくれた。

 やばい、すごく可愛い。勘違いでも思い過ごしでもいい。

 この子と、時を過ごしたい。

 

「じゃ、じゃあ、仕事を終わらせてしまおう。俺も手伝うから」

 

「よろしく……お願いします」

 

 ん?

 やっぱり藤沢さん、風邪かな。

 

 

  了

 

 

 

 

 




副会長編を最後までお読み頂きまして、本当にありがとうございました。

ちょっとした日常系ミステリーを書こうとしたら、鈍感副会長と内気な書記ちゃんのお話になっちゃいました。

さて、次はどの脇役キャラで書こうかな。
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