だが、静ちゃんは大人である。
しっかりと次善策を用意しておいた……のだが。
一学期の終業式の一時間前である。
クリーム色のテーラードジャケットに薄いピンクのブラウス、そしてグレーのタイトミニに身を包んだ私は、一人の女生徒と待ち合わせをしていた。
勿論、と云うのは変な話だが、ブラウスの下やタイトスカートの下は無防備な状態だ。
え、それじゃわからん?
……ノーパンノーブラだよ。文句あるかっ。
私だってこんな状態でスカートなんか穿きたくは無かったんだよ。
じゃあ何故スカートなんか穿いてるのかって?
……それしか洗濯、もとい選択肢が無かったんだよ。
くそっ、こんな日に限ってパンツスーツをクリーニングから引き取り忘れるなんて、本当についてないな。
若干説明くさい自問自答を脳内で展開していると、風通しの良いお尻の方から声を掛けられた。
「平塚先生、おはようございまーす」
振り返って、安堵する。
私に勝るとも劣らない豊かな胸部を揺らして駆け寄ってくるのは、由比ヶ浜結衣だ。
そして、彼女が今日の私のキーパーソンとなる。
「おはよう。朝早くにすまないね」
「いいえ、あの、これ……」
ふむ。ちゃんと持って来てくれた様だな、感心感心。
昨晩の内に、私は由比ヶ浜にある頼み事をしていた。
明朝早くにブ、ブラとパンツを持って来て欲しい、と。
分かっている。
本来ならば生徒に頼む事ではない。だが、私とてノーブラノーパンで終業式に出席するのは嫌だ。
うっかり男子生徒達に具が見えちゃったらどうするのだ。
もう、お嫁に行けなくなっちゃう……。
ま、まあ、最悪比企谷ならセーフかな。なんなら見て欲し……いやいや違うっ。
よし、冷静になれ平塚静。
一応、陽乃に頼むと云う方法も考えた。陽乃ならブラのサイズも丁度良さそうだからな。
だがあいつにそんな事を頼んだら最後、伝言ゲームの如く私の痴態が皆に知れ渡ってしまう。
そんな事になったら、もう総武高校には居られない。それどころか日本のあらゆる教育現場から爪弾きにされるだろう。
だが陽乃はそんな事お構い無しに、面白いと思ったらそれをネタに存分に楽しむ悪癖があるからな。
そこで私は改めて思案した。
私と関わりのある、同サイズ程度の胸部の持ち主で、かつ信用の置ける人物。
心当たりは二人いた。
一人は川崎沙希。
だが生憎、私は彼女の電話番号を知らない。
となると、もう一人の人物である由比ヶ浜に頼らざるを得なかった。
「ーーすまないね」
「あはは。洗濯機が壊れて下着が黒コゲになるなんて、普通考えられないですよね」
うん。そんな事考えられないよね。だって……咄嗟の思いつきで言った嘘だもん。
コインランドリーに洗濯物を全部閉じ込められちゃったんだぁ〜なんて恥ずかしくて……
「う、うむ。助かったよ由比ヶ浜。では早速学校のトイレで着用させて頂こう」
「え。じゃ、じゃあ先生って今はノーパ……」
「い、云うなぁ、もうっ」
「ーー何だか先生、可愛いっ」
「う、ううっ」
何てことだ。借りるだけでも充分恥ずかしいじゃないか。
顔面が紅潮するのが自分でも分かる。思わず顔を覆った。
もう、いやんいやん。
だが私は、この後衝撃の事実を知る。
「でも、パンツくらいならコンビニとかにも売ってーー」
「え?」
顔を覆った両手を離し、由比ヶ浜を見る。見られた由比ヶ浜は、唖然として固まったままだ。
「まさか先生……気づかなかった、とか?」
「……全然気づかなかった。考えもしなかった」
「あ、あはは……」
教え子の乾いた笑い声が蝉時雨の中に消えてゆく。
もう、
* * *
密偵の様な足取りで、人目を避けるように校内に忍び込み、素早く職員用のトイレの個室に入る。
「ふう。これで安心だ」
個室の鍵をロックした私は、深く息を吐いた。
フックにジャケットを掛け、ブラウスの前ボタンを外す。直接外気に晒された豊かな双丘が揺れて踊った。
よく母親には、
『あんたはよくもまあ育つだけ育って。使い道も無い癖に。駄肉だよ駄肉っ』
などと云われて一晩泣き明かしたのは、今はどうでも良い。
では早速、由比ヶ浜に渡されたポーチから下着を……は?
「な、なんだ……この乙女ちっくなブラは」
白いフリルがあしらわれたピンクのそれは、まさしく夢見る少女の好きそうなブラジャーだった。
大人の私には到底似つかわしくない代物だ。
「ま、まあ、ノーブラよりマシか」
無理矢理に自分を納得させて着替えを始める。
ブラウスを脱ぎ、着けてみる。
あ、あれ?
すっごく隙間があるよ?
去年の私の目測では、由比ヶ浜はアンダー65のEだった筈だ。私が65のEだから、ピッタリだと思っていたのだが。
まさか、私の目測に狂いがあったのか。それともあの子……さらに育ってるのか!?
サイズを確認すべく、ブラをはずしてタグを探す。
「じ、じ、Gカップ……」
ーーはっ。一瞬意識が遠のいてた。
よもや二段回も私より大きいとは、恐るべし由比ヶ浜結衣。
「ま、まあ、隙間にトイレットペーパーでも詰め込んでおけば大丈夫だろう」
こう云う時、即座に機転を利かせるのが大人というものだ。
わしゃわしゃと隙間にトイレットペーパーを詰め込んで、胸を形作る。
出来上がった胸は、通常の私の胸を遥かに凌駕していた。
「お、大っきい……」
いかん。うっとりしてる場合ではない。
早くショーツを着けなければ。
「ん、あれ……ああっ!?」
緊急事態だ。
ショーツがきつくて入らない。正確に云えば……お尻がすっごくきつい。
穿き続ければショーツが破けてしまうかも知れないくらいに窮屈だった。
「……なんて事だ」
非常事態の中、私の脳は思うより思慮が浅かったらしい。
由比ヶ浜は私より身長がかなり低い。従って尻も小さいのだ。
胸は私より発達していても、やはりまだ十代。発達途上の年代なのだ。
サイズを確かめたらやはりSだ。メーカーによって差異もあることを勘案すると、これは小さめに作られたSサイズだろう。
対して、私は尻が大きい。サイズで云えば、ぎりぎりM。本当はLサイズのフルバックを穿きたいくらいなのだ。
いやそんなに大きくは無いのだが、何と云うか、その、厚みがね、あるのだ。
仕方ない。私の尻は成熟した大人の女のそれなのだから。
母親からは無駄な安産型だと度々揶揄されている悲しみはこの際捨て置こう。ぐすん。
「終わった……」
トイレの個室、仕切りに切り取られた狭い天井を仰ぐ。
ブラはゆるゆる。
下半身は剥き出し。
バレたら色んな事を云われるんだろうなぁ。
ビッチ。淫乱。
露出狂。節操無し。
いつでもどこでも準備万端。
ありとあらゆる罵詈雑言が頭の中を廻る。
「変態淫乱ヤリ○ン露出エロ教師、かぁ……」
本当に私がそうだったらどんなに楽か。
まだ誰にも貫かれていないのにヤリ○ン扱いは悲し過ぎる。
つーか何だ由比ヶ浜は。
私よりでかい乳してる癖に尻は小さいとか、舐めてるのかっ。
いやいや、由比ヶ浜は善意で下着を貸してくれたのだ。彼女を責めるのはお門違いである。
『諦めたらそこで試合終了ですよ』
天から啓示が降ってきた。
私の尊敬する教師、あのアゴがたぷたぷでお馴染みの安西先生の御言葉だ。
そうだ
諦めるな。考えろ。
計算しか出来ないなら、計算し尽くせ。
時間は残されていない。
早く、急げ私。
くそっ、何か、何か方法はーー。
ふと脳裏に「コンビニ」の言葉が過る。
ーーはっ、由比ヶ浜が言ってた、コンビニパンツ!
ふっ、またしても由比ヶ浜に助けられたな。
コンビニの綿パンツなら、多少サイズ違いでもパンツとしての役目は果たしてくれる。
ストライプ柄だったらギャップ萌えも期待できるかも。誰のだよ。
腕時計を見る。終業式の開始まであと二十分ちょっと。
高校の近くのコンビニまでは車で約五分。往復と買い物の時間を考えて、およそ十五分でミッションコンプリートだ。
よしっ、まだ神は我を見捨てては居なかった。
安西先生、由比ヶ浜。本当にありがとうございます。
待っていろコンビニパンツ、すぐに穿いてやるぞーー!
すぐさまトイレを出て駐車場へと走る。
走ると股間がすーすーするが、それも今しばらくの辛抱だ。
急げ。急げ私。
ノーパンのまま、華麗なコーナリングで渡り廊下へ走り出る。
むっ、前方に人の気配か。生徒の手前、廊下を走る訳にはいかない。
足の回転を止め、何事も無かった様に颯爽と歩く。
……んっ。走ったから、ちょっと擦れて湿ってきちゃった。
と恥ずかしがってる場合じゃない。生徒の前では毅然としていなければ。
すれ違う生徒たちの挨拶をやり過ごして、再び走り出そうとした時である。
背後から声を掛けられた。
「あ、先生。こんなとこにいたんですかぁ。早く来てくださいよぉ」
敵はいつでも突然現れる。
今回の敵は生徒会長、一色いろは、だ。
「もー、先生は生徒会の顧問なんですからねー」
「いや、その、ちょっと急用がーー」
焦ってしどろもどろになる私に、一色いろはは冷たい視線を無遠慮に刺してくる。
「何ですか急用って。生徒の終業式よりも大事なんですか?」
3年F組、一色いろは。
生徒会長に就任したばかりの頃は自信無さげで危なっかしかったが、三年生になった今では立派に職務を全うして……じゃないっ。
私は今からコンビニパンツを買いに行くんだっ!
「とにかくっ。もう式始まりますから。ほら、こっちです」
がしっと腕を掴まれる。
あゝ、もう、駄目なのだな。
悟った頭の中に、曲が流れ出す。
『世情』
ーー卒業式の前、校内で暴れる中学生と、それを取り押さえる無慈悲な大人たち。
その悲しい場面で流れていた曲……「世情」。
何故この曲が脳内に流れてきたかは分からない。
だが。私の気持ちはあの時の加藤
と重なった。
大人に翻弄された、加藤優。
一枚のパンツに翻弄された、私。
「……なんで泣いてるんですか、先生。そんなに終業式が悲しいんですか?」
いつの間にか私の頬を涙が伝っていた。
「一色」
「は、はい?」
「これは悲しみの涙ではない。無実の罪で苦しむ女の……悔し涙だ」
ここにはーー私を飲み込むシュプレヒコールの波は無い。
だが。
私は行かねばならない。立ち向かわなければならない。
たとえどんなに傷つこうとも、たとえどんなに現実が厳しくとも、たとえ……ノーパンだったとしても。
私は、教師だ。
「……もう大丈夫だ、一色。さあ、征くぞっ」
「ーーは、はぁ」
私は風を切り、颯爽と歩く。
ノーパンだっていいじゃないか。
多少擦れて気持ち良くなったって、私は立派に耐えてみせる。
パンツなんてただの布。そんなもの無くたって、私は私だ。
それよりも大事なのは、生徒の笑顔だ。
時に間違い、時に迷う。
そんな生徒たちをより良い方向へと促す。
それが……私の選んだ仕事なのだから。
そこにパンツは必要無いじゃないかっ。
「……あれ、先生。何か落ちましたよ」
何も落としたって気にしない。もう私には体育館で待つ生徒たちしか見えない。
「これって……トイレットペーパー!?」
見ると、ブラの隙間に詰め込んだトイレットペーパーが落ちていた。
しまった、詰めが甘過ぎたか。
ーーえっと、これは別にトイレットペーパーの詰め込みの量が足りなかったことと、私自身の詰めの甘さをかけている訳じゃなくてだなーー
「……平塚先生、女子力低過ぎです。そんなんだから結婚出来ないんですよ」
呟かれた言葉が耳に届いた瞬間、私は崩れ落ちた。
グスン……もうやだ、
了
お読みいただきましてありがとうございました。
平塚先生は、大人の様な子供。
生徒思いで凛としていて、でも私生活はダメダメで。
そんな静ちゃんが大好きです。
ノーパンの静ちゃんのスカートの中身が見えちゃったかどうかは読者様方のご想像にお任せして……
このお話はこの辺で締めたいと思います。
では、またいつかーー