お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

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RIDE-2 双子+夜道=不審者!?

 

 目が覚めなかった。

 

 いや、ばっちりおめめ開いてるし、顔洗ったし歯も磨いたし、お外は鳥が鳴いてて窓からは白い光が差し込んできてるけど、そういう事じゃない。

 あ、このバターおいしい……もっとパンに塗ろう。

 ……じゃなぁーい!

 

「…………」

 

 正確に言うならば、夢から覚めなかった、が正しいのだ。

 そう、夢。この遊戯王5D'sの世界に来てしまった夢の話。

 一晩寝たのに現実に戻れてない。これは由々しき事態だ。

 さっさと帰れると思ったからこそ着替えず、お風呂にも入らずに眠ったのに、起きたらこれなんだから、髪はべたべた……してなかったけど、えぇと、服に皺が……全然なかったけど。

 ……あっ、お腹ぺこぺこだった!

 もー、激おこだよ。ぷんぷんだよ。こんな事になるならもっと、こう、なんだろう。

 そういう気持ちで寝れば良かった。

 ……我ながら意味わかんないな。

 とにかく、夢なのに覚めないこの夢はいったいいつまで続くのかって話だ。

 今は朝ごはんなんぞ食べてるけど、なんとかして元の世界に帰る方法を探さなければならない。

 ごきゅごきゅと濃厚牛乳を飲み干して朝食を終え、気合いを入れて今日を生きる事に決める。

 

 食器を洗っている最中、ひょっとしたら胡蝶の夢……私が過ごしていたはずの現実こそ夢だったのではないかという考えが脳裏をよぎった。

 それはとても恐ろしい想像だった。

 私が培ったはずの経験、人脈、人生……全てが夢や幻だったというのなら、ここにいる私はなんだというのだ。

 私には、この世界で過ごしてきた記憶など無い。だから現実が嘘だというなら、私は何者でもなくなってしまう。

 

 やだ。

 

 怖い。

 

 一瞬手を止めて、でも、止まっていると恐怖に潰されてしまいそうだったから、スポンジを強くお皿に擦り付けて考えないようにした。

 私は……大丈夫、名前は思い出せる。そう、黒原曜子。

 26歳。身長129㎝。体重32㎏。……うん、何もかも思い出せる。そして悲しい。昨年度の成長体重-2㎏と身長+1㎜だった。神様ひどい。

 あ、でもまだ成長してる感じはするよね日々牛乳飲んでるのが効いてるのかなぁ。おっぱいも大きくなってきてる気がするし。……ふっふっふ、これは私の時代がくるな。

 ポジティブにシンキングしつつ食後の柔軟体操をし、昨日と同じ服装のまま家を出る。

 洋服ダンスを漁った結果判明したのは、これが私の唯一無二たる衣服だという事であった。

 高級感迸る黒いドレスは皺どころか汚れもなく、寝汗もなしでとても清潔なんだけど、さすがに下着や肌着までそのままってのはいただけない。だからこれから買いに行くのだ。

 その後に日課のランニングを行い、ついでにコンビニを探しておいて、最後にどっかで紙粘土を買ってくる。あと画材用具一式。

 鍵を閉めていざ出陣。えいえいおー。

 

 

 ただいまー。

 誰もいない自室へ声をかけるも、返事などなし。というか私の声も出ない。

 抱えてきたたくさんの袋を床に下ろし、ぺたんと座り込んで後ろに手をついて息を吐く。ふぃ~、疲れたぁ。この体、全然筋力と体力無いのよね。

 レッスンや自主トレによって少しずつ改善していってるし、この世界にきて機動力もあがったみたいだけど、ううん、まだまだ非力。もっと精進せねば。

 そんな事より着替えよう。下着と肌着、それから普通の洋服。

 

「…………!?」

 

 誰もいないんだからとその場ですっぽんぽんになって衣替えを実行したら、服が弾け飛んだ。

 …………弾け飛んだ。

 比喩表現ではない。肌着と下着を纏ったまでは良いものの、トレーナーに袖を通し終わったら、なぜか粉微塵になった。床に散らばった赤い布屑が現実を教えている。

 どうやら夢の中の私はあの真っ黒なゴスロリっぽいので装備固定らしい。おいこらどうなってんのよこれは。

 ……仕方ないから昨日まで着てた服を着直す。

 なんか自浄作用ついてる気がするこの衣服だけど、気分的にばっちい。せめて洗濯してから着るべきだったかな。

 さすがにこの服でお外走り回るのは恥ずかしいなぁ。

 良い年こいて子供の演技するのも恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど。……仕事の話。

 

 広い部屋の中でしばらくぼけーっとしつつ、自分を確かなものとする為に自分の記憶を掘り起こす。

 

 私は、四歳くらいまでは普通の女の子だった。

 でも、ある日お母さんとデパートに行った時、お母さんは私を長椅子に座らせて一人でどこかへ行ってしまった。それ以来彼女は帰ってこなかった。

 捨てられたのではない。ただ、失ってしまっただけだ。

 火事で多くの人が亡くなった。その中の一人にお母さんがいたというだけ。

 でも幼い私にはそれが理解できなかった。

 だから、最後にいいつけられた「大人しく待っててね」という言葉をかたくなに守って、口を閉ざしてじっと待ち続けた。そうすればお母さんが帰ってくると思っていた。

 気がつけばお父さんが消え、私は喋れなくなって、あの日を留めるように成長が緩やかになり、ついには完全に止まってしまって、ついでに現実を知らされ、私の脳みそはめちゃくちゃになって壊れてしまった。

 長い長い入院生活が始まった。

 およそ13年。数々の人との出会いがあって、どうにか私は人間に戻れた。思春期は棒に振ってしまったけど、良い人達と巡り合えたし、社会にも出れた。

 

 ある時は(ドク)モ(読者モデル)である時は子役(子供の役者ではなく子供の役をやる者)。その正体はフリーライター黒原曜子。日々の事や自分の事を書き止めていたノートを看護師さんに読まれてしまったのをきっかけに、後にエッセイを出す事になった。なったというか、まず自分でやれる事をやろうと思って売り込んでみたのだ。看護師さんの中にフリーライターだったって人がいてお話を聞いたのだけど、持ち込みは複数社に数十回に渡って行って、都度書き直しつつ売り込んでいくのだと聞いていたから、一社目一度目で契約が取れた時は拍子抜けした。……まぁ、興味を引ける内容だったからだろう。病気の事だし。

 

 エッセイが大ヒット! なんて事もなく、でも当分生きていけるだけの収入があって、とりあえず私と契約してくれたところとはよろしくやりつつ、また新しい事に挑戦して。青春を取り戻す事に熱を出しつつ通信教育によって高校の卒業資格を獲得し、日々ぼっち飯を楽しみつつやれスポーツクラブだのコンビニバイトだの渡り歩いてみた。

 長続きしない事の方が多かったけど。

 私が思っていたより、私の容姿によって起こるトラブルや諍いは多く、とてもじゃないけど普通に働くのは無理だった。

 色々あってオーディションに出て審査員の人とデュエルしたり、ドラマの端役になって演技指導の人とデュエルしたり、目をかけられて読者モデルになって同じ読モの子に指導デュエルしたり。

 ……遊戯王がなければ即死だった。

 というか、案外世間にはデュエリストが溢れているもので、私が多少仲良くなった人はたいてい遊戯王をやっていたのだ。コミュ障の私も共通の趣味を持っている人となら話す事ができた。楽しいというのが重要だった。

 硬かった演技も自然なものとなり、それまでは普通の子供の役者と変わらなかった演技が大人の演技(?)になったらしく、自分で言うのもなんだが重宝されるようになった。普通の身長であったならこんな風にはならなかっただろうと思うと、この時ばかりは自分の容姿に感謝した。

 

 幸い顔は良い方だったので(メイクリストさんがやたら原石がどうの言っていた)、その頃私は自分に自信が持てるようになって、余裕が出てきたので恋愛にも興味が出てきて。

 知り合ったイケメン俳優さんだとかスタッフさんだとかに乙女回路をきゅんきゅんさせつつ接近し、飴を持たされて送り返された。

 ……やっぱり私の容姿ってくそだわ。

 お姫様扱いはしてくれても、女扱いはしてもらえない。頑張ってアプローチしても相手を困らせるばかり。

 私だって、いざ私が目の前に現れれば子供に接するような態度になるだろうから、これはもう仕方ない。

 このちんちくりんに恋愛など土台無理な話だったのだ。

 毎年七夕には『わがままボディください』と書く私の気持ちにもなってみてほしい。惨めすぎる。

 だけど、体はきっと問題ではない。私と同じような幼児体型は大人にだっているし(いや、私も大人だけど。ていうかその人は胸がアレなだけで身長は普通だ)、その人はモテモテの美人さんだ。私がモテないのは趣味嗜好が子供っぽいからだ、絶対。

 精神科医の先生が私の趣味や嗜好まで幼いのは、心が成長していないからだとおっしゃっていた。同時に、それは時間が解決する、とも。

 でもね、子供が大人になるだけの時間を費やしたら、私はオバサンになってしまう。

 若い今のうちに恋人がほしいのだ。

 

 ほしー、ほしー、恋人がほしーよう、と婚活おばさんになっているうちに作業は一段落付いていた。

 何をしていたかといえば、プラ板を作っていたのだ。

 薄い透明の板に絵を描いて色を塗ってオーブンで焼けば、縮まって固まってストラップの出来上がり。

 ちなみに絵はデフォルメされた三頭身の吹雪ちゃんだ。艦これの。なんでそんなの描いてるのと聞かれれば、自分の記憶を保つため、ひいては現実を引き留めておくためとしか言いようがない。

 私が向こうでしか知りえない事、この世界には無い知識。それこそが私が現実に生きていた証。

 この吹雪ちゃんマル秘ストラップをネックレスにして私にジョインする事により、私の攻撃力が800ポイントアップするのだ。すごい。やったネ!

 長方形の機械からぶらぶらとぶらつく笑顔の吹雪ちゃんストラップ。参考は『吹雪、がんばります』の吹雪ちゃんである。吹雪吹雪。ぶきー。

 

 そして今こねこねしている紙粘土は吹雪ちゃんの足になるのです。

 次にこねこねするのがもう片方の足、そして次は太もも、反対の太もも、腰、胸、肩、両腕、頭、お顔、艤装……。大量に買ってきた紙粘土を次々血肉に変えていく私はまるで錬金術師。

 オラオラオラと彩色すれば、等身大吹雪人形のできあがり。なんと中に骨格のように鉄を差し込んであるので、結構な重さとしっかりした体つきを再現。瞳などはシリコンを用いて質感を再現し、輝く翡翠の目を作った。

 あとは資金の許す限り素材を買い込んで吹雪ちゃんのリアルさをアップアップアップ! もちもちすべすべお肌に忘れてはならない明日のパンツにお手製の吹雪型制服。ふははは。

 まるで生きているかのような臨場感。ちなみにちゃんと立たせるためにブーツのみ艤装を完全再現である。私、手先は器用なのよね、手先は。

 

「…………」

 

 これこそが、黄泉の力のなせる技!

 両腕を掲げて降り注ぐ電灯の光を浴びながら、DDD駆逐艦吹雪の生誕を祝福する。

 そして わたしは しょうきにもどった!

 

「………………」

 

 およそ15時間。ご飯も食べずに一心不乱に等身大吹雪人形を作り続けていた私。

 言っちゃなんだけど狂気の沙汰である。わりと私、いっぱいいっぱいだったのかな? 現実に帰れないって感じて、たしかに結構絶望感溢れてたかもだけど。

 はぁーあ、今何時だろう。……わお、20時回ってら。どうりでお腹空いてる訳だ。

 ……食材は買ってきてるけど、ご飯作るの面倒くさいなぁ。コンビニ弁当で済まそう、そうしよう。

 という訳で真っ黒いシャレオツなコートをひっかぶって再び部屋を出る。私の身長とどっこいの高さにある手すりを眺めつつ廊下を右に行き、突きあたりのエレベータを使用して最下層へ。

 煌めくD・ホイールを横目に徒歩でコンビニに向かう。場所は今朝ジョギングしている時に確認してるから、たぶん迷う事はないだろう。夜だから景色変わってるけど、ええと、うん、まあ、行ける行ける。

 

 

 行けなかった。迷った。スイーツ(笑)

 薄暗い道は割と本気で恐ろしく、コートの内側のポーチを抑えつつ胸元の服の内側にある吹雪ちゃんストラップを抑えて恐怖を凌ぎつつ、よくわからない道をとぼとぼと歩く。ここがどこだかわからない。D・ホイールで来れば良かったと心底後悔している。あれなら地図機能付いてるし。

 

「うわぁぁぁっ!?」

「っ!?」

 

 突然聞こえてきた声にびびくぅっと体が跳ね……ないっ。心臓はどきどきばくばくいってるけど、たぶん表情も動作も平常通りなのだろう私の前に、二つの人影が近付いてきた。

 

「って、なんだぁ、人じゃん。びっくりしたぁ」

「ちょっと、龍亞(ルア)、離れないで……なに?」

 

 あら。

 あらあらあら、この声。というか、右脇にぽつんと立つ街灯に照らし出されているのは、緑の髪を一つ縛りにした少年と、同色の髪を前側で二つ縛りにした少女だった。

 こんなところで有名人に出会うとは思わなかった。いや、有名人ではないか。私にとってはそれ同然だけど。

 彼女達は、ええっと、なんていえばいいんだろう。アニメに出てきた子達だ。リアルで見ると綺麗な顔してるなーって思う。

 ……でも、龍可(ルカ)? 龍亞? 女の子の方はなんでパジャマ姿なんだろう。……それに、裸足。この時期何かしらのイベントでもあったのだろうか?

 よくわからないが、る……あ? の腕に縋りつくようにして寄り添っている龍可と、半笑いで大丈夫大丈夫と繰り返す龍亞の二人はなんだか見てるだけでほっこりしてくる。

 ……あ、ちょうど良い。この二人に道聞いちゃおう。ここはどこですか~っと。

 

「おい、デュエルしろよ」

「えっ」

 

 ああっ、この口め、何を勝手な事を!

 ……嘘です。二人を見たら遊星の台詞を言いたくなっただけです。でもまさか口に出るとは思わなかった。てっきりぱくぱく空気を求める魚みたいになるだけだと思ってたのに、なんか怖い声が出た。

 っとと、このままでは怯えさせてしまう。無害なお姉さんだという事をアッピルしなければ。

 

「えええっ、に、人間じゃない!?」

 

 ええー。

 一歩前に出てみたら、それまで平気そうだった龍亞の方までびびりまくるようになってしまった。

 でも、人間じゃないって酷くない? ……コートひっかぶってるからお化けにでも見えたのかな? そうでなくとも完全に不審者か。

 

「る、龍可の言ってたのってこいつの事ぉ!?」

「わからないわ。けど……」

 

 フードをずらして顔を露わにする。両手を髪の内側に通して引き上げ、ばさりと外に出して頭を振り、髪を整える。ふわっと洗髪剤の香りがした。

 無害アッピル、もといアピールのためにポーチからデュエルディスクを取り出し、左腕に取りつけて展開してみせる。ほらほら、みんな大好きデュエリストだよ。この世界ではこういうのが有効なはず、っと。

 

「デュエルディスク……?」

 

 ……あれ? そうでもない?

 警戒を露わにする龍亞が腕を伸ばして龍可を庇い、下がらせる。よく見れば彼の左腕には青っぽいデュエルディスクが取り付けられていた。

 

「…………」

「なな、なんだよっ、なに!?」

 

 こんばんは、と普通の挨拶をしようとしたら無口仕様に戻っていた。相変わらず私の体は謎に包まれてるな。意味わかんない。

 これでは警戒を解かせるどころか挨拶もままならない。できるなら彼らとは友好的な付き合いをしたいものだ。それで彼らにくっついていって遊星に会いに行く。……サイン欲しい。あ、あと生写真も欲しい。むむむ、欲望が滾る。

 

「さっき『デュエル』って言ってたよな……う、受けてたつぞ!」

「…………」

 

 さっきのは冗談です、という言葉もやはり出てこず、無駄に口を動かす羽目になった。そして私の謎の口パクに龍亞の背がだんだん仰け反って行ってるというか、一歩後退られた。傷つく。私のライフはもうゼロよ。……彼の後ろに控えている龍可の顔が青くなっているような気がするのは気のせいだろうか?

 これじゃあ私が悪者みたいだ。子供を苛めてる大人の図。通報されたらやばいね。ここ、異様に人通りないけど。それはむしろもっとヤバイか。

 

「デュエルだ」

「んっ……わ、わかった!」

 

 ジャキッとデュエルディスクを構える龍亞に指を差し向け、とりあえず宣言してみる。

 なんでそんな事するのかといえば、私の『デュエル中なら喋れる』という性質を利用するためだ。あと、デュエルで語れば彼らも私が無害だとわかってくれるだろう。友情も育まれるかもしれない。

 私のエンタメデュエルで、みんなに、笑顔を……。

 ビームソードが伸びているデュエルディスクのディスプレイをトントン指でつっついて、フィールド魔法を発動する。

 

『フィールド魔法、クロス・オーバー』

「な、なんだぁっ!?」

 

 無機質な機械音声が告げると同時、光が広がり、空中に青い光の足場がいくつも現れる。私達の中心、その遥か頭上にはカードが何十も集まり、球体をなしていた。

 

「――戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が」

「…………え、なに?」

 

 辺りを見回している龍亞に聞こえるように口上を言い、途中でいったん区切る。

 乗って来るかと思ったけど、そんな事はなかった。……デュエリストならフィーリングでやってくれるんじゃないかなってのは間違いか。うん。

 というか、使えちゃったよアクションフィールド。私のデュエルディスクに機能が組み込まれてたからやってみたけど、案外いけるものね。そして秘かに言ってみたかった口上を――彼は知らないようなので続けて私が――言う。

 

「モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い」

 

 台詞の途中でヒュオォ、と風が吹いた。龍亞の方から私の方へ吹き抜けてくる風にパタパタとコートがはためく。やだ、今私めちゃ格好良いかもしんない。

 

「フォールド内を駆け巡る。見よ、これぞデュエルの最強進化系。アクション――」

 

 デュエル。

 ぺちっと鳴らした指に合わせ、天で弾けたカードが降り注ぐ。タイミング良くデュエルのコールをした龍亞は、流れ星のようなカード達を見上げて感嘆の声を発していた。

 ピ、と電子音がするのにディスプレイに目を落とす。私のターンであるという英字が躍っているのに頷き、カードを五枚ドローする。

 

「私のターン」

 

 手札はー……っと。

 あ、初手からこれがきたか。

 お家に設置してあったPCでレギュレーションを確認しつつデッキ調整しておもむろにピン挿ししたカード。果たしてこのデュエルでこのカードの出番はあるのだろうか!?

 ……作ろう。このカードの勇姿をソリッドヴィジョンで見てみたい。自重は置いてきた。これからの現実に耐えられそうにないから。

 

「モンスターをセット。カードを二枚伏せてターンエンド」

「あれ? モンスターの姿が見えない。なんで?」

 

 私の前方に裏側を見せるカードが横向きに浮かび上がり、私の左右にそれぞれ一枚ずつ伏せカードが現れ、消える。

 龍亞はなぜかセットカードに困惑しているようだった。そんな彼に後ろからこしょこしょっと龍可が何事か話すと、「あー」と頷いていた。……なんだろ、授業とかなんとか聞こえて来たんだけど……そういえば彼らはアカデミアの生徒なんだっけ? おのれアカデミアめ。私からは鉄の意思も鋼の強さも感じられない。

 

「モンスターのセットはわかったけど、最初にドローしなかったのはなんで?」

 

 それは私が聞きたい。

 ここは5D'sの世界なのに、どうして私は表側守備表示でモンスターが出せないんだ。……ARC-V仕様のデュエルディスク使ってるからかな。

 龍亞の疑問に、龍可は答えられないようだった。そりゃそうだろう。まだ先攻ドローがある時代だもの。理解できないだろうね。

 私だけ五枚で開始。なにこの縛りプレイ。後攻選択しなきゃ同じ土台に立てないという。だが先攻後攻はデュエルディスクが決めるため私に決定権はないのだ。かなしみ。

 

「よーし、オレのターン! ドローッ!」

 

 考えても仕方なしと思ったのか、素早く切り替えて元気の良いドロー宣言と共にカードを引き抜く龍亞。子供は夜でも元気だね。お姉さんはちょっと眠いよ。あとお腹空いてる。……そういえば夜ご飯買いに行く途中だったんだった。

 これが終わったら麻婆豆腐丼買いに行こう。

 

D・(ディフォーマー)モバホンを召喚!」

 

 光の中から小さなモンスターが現れる。ガラケーモチーフの黄色い機械族。二つ折り形態は開いた状態で空中にせり出してきて、ガシャーンガシャーンと変形して人型に。おお、男の子が好きそう。私も結構好き。かっこE!

 液晶画面が半分に割れて羽みたいになってるのが良いね。あと夜だから、オレンジに光る双眸が凄く映えている。

 

「攻撃表示のモバホンの効果発動! 1から6の間で止まったダイヤルと同じ枚数デッキのカードを捲り、その中にD(ディフォーマー)があった場合、1体だけ特殊召喚できる! ダイヤル・オン!」

「…………」

 

 うん、強力な効果だ。モバホン自身の攻守が貧弱でも、この効果があるから問題ない、と。

 モバホンの胸部には上は1から3、下は4から6の数字がある。1のパネルが点灯し、しっちゃかめっちゃかに各パネルへ移動を開始した。数秒せず光が止まる。数字は……。

 

「5! デッキから五枚カードを捲るぞ!」

 

 チャッチャッチャッと一枚ずつ、計五枚引き抜いた龍亞は、薄目で覗き込むようにカードを見た。ぱっと表情が明るくなる。おお、あったみたいだね。

 

「オレはもう一体のD(ディフォーマー)・モバホンを召喚! もう一度効果発動だぁ!」

 

 先程の焼き直しとばかりにモンスターが変形し、二体のモバホンが並び立つ。そして二体目の胸部が点灯し、一つのパネルで光が止まる。

 

「出た数字は2! よってデッキのカードを二枚捲る! ……よしっ!」

 

 どうやら今度も当たりのようだ。運の良い。

 さてさて、お次はどのモンスターが出てくるのかなっと。

 

「チューナーモンスター、D(ディフォーマー)・スコープンを攻撃表示で特殊召喚!」

 

 む。まだまだ特殊召喚を続けるつもりか。……止めようかな。いや、まだ早い。ディフォーマーは殺意高いから、狙うなら一番ヤバい奴狙わないとね。

 黒い体を持つモンスターが現れ、変形する。ワイヤーのような細い腕に、円柱状の頭。……これは……格好良いのかなぁ? うーん。

 得意気な笑みを浮かべた龍亞が手札のカードを一枚抜き取り、絵柄がこちらに見えるように突き出してきた。

 

「スコープンの効果で、手札のレベル4のD(ディフォーマー)を特殊召喚する! 来い、D(ディフォーマー)・ラジオン!」

 

 

 今度はラジオモチーフの機械族……いや、雷族だっけ、こいつ。

 変形も三度目ともなると見慣れたもので、カシャンカシャンと組み替えられていく音が耳に心地良い。

 

「こいつがフィールドに存在する限り、オレのD(ディフォーマー)モンスターの攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 二体のモバホンがそれぞれ攻撃力900、スコープンは1600、ラジオンは1800か。まだまだセットモンスターの守備は越えられないね、なんて思いつつ龍亞を眺める。チューナーと非チューナーを並べたのだから、当然シンクロ召喚を行ってくるだろうと予測しているのだけど……龍亞は自身のデュエルディスクと手札を幾度か見比べて熟考している。すぐさまシンクロを行うより良い手があるのか、それとも……。

 

「オレは……魔法(マジック)カード、D・スピードユニットを発動!」

 

 ビュゥイン、とディスクに置かれたカードが認識され、効果が発動する。

 

「手札のD(ディフォーマー)モンスターを一体デッキに戻す事で、フィールド上のカードを1枚破壊し、さらにデッキからカードを1枚ドローできる! オレが破壊するのは…………」

 

 ぐっと持ち上げた指を、龍亞は自分のフィールドに向けて振り下ろした。

 

「最初に召喚したモバホン!」

 

 おっと、これは意外な選択だ。

 彼は自分のモンスターを破壊するような性格には思えないのだが、思い違いだったかな。戦術としてはありだし、私だってそういう事やったりするけども、ソリッドビジョンだとモンスターの反応があるからやり辛そう。

 龍亞の前に立つ魔法カードからロケットのような機械が飛び出し、モバホンを破壊する。と同時に彼は手札の一枚をデッキに戻し、オートシャッフルが終わると同時に力強いドローをみせた。

 ……後ろの妹さんが物凄く何か言いたそうな顔であなたを見てますよ、龍亞くん。

 

「よし、きたきたぁ! 魔法(マジック)カード、ジャンクBOXを発動! 甦れ、D(ディフォーマー)・モバホン!」

 

 高く掲げられた手にあるカードはディフォーマー専用の蘇生カード。なるほど、それを狙って……だけど、モバホンを蘇生しただけでは意味がない。その次に繋げなければ。それもギャンブル性が高い。

 まあ、望みのモンスターが来なくてもシンクロすれば良いだけの話だと思うけど。

 

「もう一回モバホンの効果を発動! ダイヤル・オン!」

 

 破壊されたかに思われたモバホンは光の欠片が集った場所に復活を果たし、すぐさま胸を突き出してダイヤルルーレットを開始した。数字は……6、か。

 

「よっしゃー! デッキから6枚めくって……じゃじゃーん! D(ディフォーマー)・ボードンを特殊召喚、攻撃表示!!」

「…………」

 

 げぇーっ、ボードンワンキルかよぉ!

 スケートボードが立ち上がり、腕と足を伸ばして人型となる。それぞれの腕や足についたタイヤがおしゃれだ。ほんと、殺意高いなぁ。手札誘発握ってない私が悪い。そもそもあれは効果の発動ではないので、幽鬼(ゆき)うさぎが手札にあっても意味ないのよね。モバホンは破壊できたかもだけど。

 

「オレのフィールドにボードンがいれば、D(ディフォーマー)はみんな相手プレイヤーに直接攻撃ができるんだ!」

「そう」

「そうだ! いけーっ、D(ディフォーマー)・ボードン! ダイレクトアタックだ!」

 

 走り出したボードンは、数歩目で前方に身を投げ、宙を滑走し始めた。両手両足のタイヤが猛然と回転し、加速は止まらない。ボードンの攻撃力はラジオンの効果で1300にまで上がっている。ライフ4000ルールでは結構な痛手だ。だから、これは。

 

「通さない。トラップ発動、ブレイクスルー・スキル」

「ブレイクスルー……スキル?」

「相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターの効果をターン終了時まで無効にする」

「って事は……ダイレクトアタックできないぃ!?」

 

 立ち上がったカードから飛び出した一筋の光がボードンの体を打ち抜く。勢いの全てを削がれて僅かに押し戻されたボードンの周囲の空間が粉々に砕け散った。それはあたかも一枚のガラスがバラバラになるかのようで、派手で綺麗だった。

 ともかくこれで彼の特殊能力は失われた。心なしかボードンの覇気が弱まっている気がする。……いや、覇気ってなんだ、私。

 

「な、ならっ、ラジオンでセットモンスターに攻撃だ!」

 

 下がるボードンの代わりに前に出たラジオンが、その身から電撃を発し、飛ばしてきた。そういう攻撃法なんだ。その攻撃が当たる直前、私の目の前に横向きにセットされたカードから片膝立ちのメイドさんが現れ、手に持つマナー本で雷を打ち返した。それは龍亞に向かっていき、彼の肩を穿った。

 

「うわあっ! あっ、な、なんだ、この衝撃……!?」

「龍亞、大丈夫!?」

 

 たたらを踏んで倒れそうになった龍亞の体を龍可が支える。

 ……あ、アクションデュエルだからちょっとした衝撃が発生しちゃうのか。リアルソリッドビジョンだもんね。……てことはさっきのダイレクトアタックを受けてたら、下手したら怪我してたかもしれないな。

 

「う、うん。こんなの全然大丈夫!」

「そう、良かった。……気をつけて!」

「おう!」

 

 幸い龍亞はなんともないみたいだ。

 私の前に座るオレンジ髪のメイドさんがちらっと私を見てから、前を向いてその体を青色に染めた。……なんだろう、今の意味深な目配せは。……なんかプレイングミスでもしたかな、私。

 

「く、守備力2000……!」

 

 彼のフィールドにメイドさん……マドルチェ・マーマメイドを突破できるモンスターは存在しない。()いて言うなら、さっきのスピードユニットで破壊していたなら話は違っていた。そうされてたら打つ手なしでワンキルされてたよ。もう一枚のセットカードは今朝いれたマドルチェとシナジーの無い、個人的にお気に入りのカードだ。こだわりってやつだね。そのせいで危うく負けかけたけど。そうなってたらなってたですっぱりデッキから外す口実になってたし、まあ、いいのだ。

 反射ダメージ200を受けて、龍亞のライフは3800まで減った。地味なダメージだけど、OCGの半分のライフでは小さな損傷も命取りになる。

 

「龍亞!」

「ああ! オレは、レベル1のモバホンとレベル3のボードンに、レベル3のスコープンをチューニング!」

 

 1+3+3=7。

 宙に飛び上がったスコープンの体が弾け。三つの緑の光輪(こうりん)となる。追って飛び上がった二体が輪に入り込めば、輪郭を残して光となり、やがて四つの星となる。

 

「世界の平和を守るため、勇気と力がドッキング!」

 

 光の奔流が駆け抜ける。それは夜空を穿つように立ち上り、周囲一帯を明るく染め上げた。

 ……わりとご近所迷惑かもしれない。

 

「シンクロ召喚!」

 

 カァーン、と甲高い音が鳴り、夜の闇を引き裂くように一匹のドラゴンが姿を現す。彼のフェイバリットモンスター。

 

「愛と正義の使者、パワー・ツール・ドラゴン!!」

 

 黄色い装甲を身に纏い、細い両手に装備されているのは青いショベルと緑のドライバー。

 全体的に機械的。その実機械族のドラゴン、それがパワー・ツール。

 銀の細長い胴体からは想像しにくいけど、あれには中身がある事を私は知っている。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、デッキからランダムに選んだ装備魔法カードを手札に加える! パワー・サーチ!」

 

 ギュウン、と目を光らせたパワー・ツールが吼えれば、龍亞のデッキが激しくシャッフルされ始めた。それが止まれば、彼はせり出していたカードを指で挟んで引き抜き、顔の前まで持って行った。

 

「……、オレはパワー・ピカクスをパワー・ツール・ドラゴンに装備! 二枚セットして、ターンエンドだ!」

 

 パワー・ツールの左手に装備されていたドライバーが光の粉となって砕け、代わりに今装備されたつるはしのような武器を手に備えた。

 二枚のセットカードが龍亞の前に浮かび上がる。これで彼は手札を全て使い切った。手札誘発を警戒せずに展開できるね。この世界の住人達はあんまりそういうの持ってないみたいだけども。それにセットカードもある。私の手札に伏せられたカードを除去できるものはない。だが奈落とかではないだろうから、結局同じ事だ。

 

「あなたに神を見せてあげる」

「か……え? なんだって?」

 

 つらつらと考えてたらだんだんとテンションが上がってきた。これは深夜テンションに近い。割と私、眠かったのかもしれない。長い時間作業してたもんね。

 だからこんな風に厨二臭い事言っちゃうのもしょうがないのだ。ソリッドビジョンが悪い。私は悪くねぇ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 (いぶか)しがる二人を前に、デッキからカードを一枚引く。

 さて、宣言してしまったのだから、ちゃんと神を呼び出さなくちゃ。

 ……そう、私は神を召喚しようとしている。

 目立たないようにしようと言った昨日の今日で何しようとしてんだこいつって感じだが、そこはあれ。考えが変わったの。

 ぶっちゃけもうどうでもいいかなって。

 だってこれはどうせ夢だ。何があろうと現実の私には関係のない話。なら好き勝手やりましょう、ってね。

 さすがに空気読めない事や常識から外れた事をするつもりはないけど、高価であったり世界に一枚しかないカードを使うくらいはさせてもらおう。

 エクシーズは……できるかどうかわかんないからお家で試してみてから決めよっと。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚」

 

 ビームソードの上に、絵柄が相手向きになるようカードを寝かせれば、メイドさんの横に小さな獣が現れた。ピンクの毛並みの小さな猫さん。青いベストの胸元には金色のバッチがくっついている。細められた目がとってもキュート。

 ミィルフィーヤがみぃーみぃー鳴けば、猫さんの横に光が広がり、天使な女の子が現れる。柔らかな動作でぬいぐるみみたいな羽をはばたかせる姿はまさしく天使族。

 

「ミィルフィーヤが召喚に成功した時、手札の「マドルチェ」モンスター1体を特殊召喚できる。私が召喚したのは、マドルチェ・エンジェリー」

「そのモンスター達じゃ、パワー・ツール・ドラゴンは倒せないぞ!」

 

 かわいいモンスターの登場に目を白黒させつつも龍亞は強気な態度を崩さない。エースモンスターがフィールドにいるからだろうけど、別にそのドラゴンを倒さずとも君のライフを0にすれば私の勝ちだ。攻撃力800のモバホンと1800のラジオンが棒立ちしてるし。……セットカードによってはモバホンですら脅威になるけどね。

 

「エンジェリーの効果を発動。このカードをリリースし、デッキから「マドルチェ」モンスター1体を特殊召喚する」

「デッキからだって!?」

 

 ……そんなにデッキからの特殊召喚は驚く事なのかな。墓地からトラップでも凄く驚いてくれそうでなんだか楽しみになってきた。デッキからトラップ発動したらどんな顔をするんだろう。とか、ちょっと性悪な事を考えてみたり。

 彼らの反応はいちいちオーバーなので、こっちもやりがいがあって楽しい。

 

「デッキよりマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚」

 

 ばっさばっさと翼をはためかせ、一羽のフクロウが下りてくる。それは地面に止まり、首を傾げた。……めんこい動きだ。

 

「ホーットケーキの効果発動。墓地のモンスターを1体除外し、デッキから「マドルチェ」モンスター1体を特殊召喚する。マドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚」

 

 シャカッとせり出したデッキのカードを抜き取り、ビームの上にそっと寝かせる。ビュィーンと認識音。

 フィールドに郵便屋さんが現れ、肩掛けバックの中をごそごそと漁り始めた。

 一枚のカードをバッグから引き出した彼がそれを手渡してくるのを受け取り、龍亞に見せる。

 

「メッセンジェラートは私のフィールドに「マドルチェ」獣族モンスターが存在する時に特殊召喚に成功した場合、デッキから「マドルチェ」と名のつく魔法(マジック)(トラップ)を1枚手札に加える事ができる」

「オレのパワー・ツール・ドラゴンと似た効果……!」

 

 ん、まあ、そうといえばそうかもね。あっちはランダムでこっちは任意だけど。

 

「私はマドルチェ・チケットを手札に」

 

 これでフィールドにはレベル3のモンスターが二体と、レベル4のモンスターが二体揃った。

 来るぞ、遊馬!

 来ない。

 あああ、エクシーズしたいよう。でもできなかったら恥掻くし……うーん。

 今回は神出すって決めてたんだから、諦めよう。

 時代はエクシーズよりアドバンスよね、うん。

 

「マドルチェ・チケットを発動し、ターンエンド」

「オレのターン! パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! パワー・サーチ!」

 

 シュビッとカードを引き抜いた龍亞は、それぞれを手札に加えながら険しい表情で私のモンスター達を見回した。

 ……あ、モバホン破壊しておけば良かった。気持ちが逸っていたせいでプレイングミスを犯してしまうとは、うっかりうっかり。……やられちゃわないよね?

 

「神だかなんだかわかんないけど、召喚する前に倒しちゃえば関係ない! オレは、団結の力をラジオンに装備! オレのフィールドにいるモンスターの数×800ポイント攻撃力がアップする! これでラジオンの攻撃力は4200だ!」

「……」

 

 あらー、攻撃力4000越えちゃったよ。

 でも、モバホンの効果でモンスターを呼び出す事ができればもう800攻撃力を上げられたのに、そうしなかったね。どうしてだろう。……セットカードに何かあるのかな。

 

「いけ、パワー・ツール・ドラゴン! まずはマーマメイドに攻撃だー!」

 

 防ぐ手立てはない。マーマメイドは眼前まで迫ったパワー・ツールを見上げ、振るわれたつるはしをマナー本でガードした。が、鋭い先端は容易く紙を貫き、そのままマーマメイドの胸も刺し貫いた。光となってメイドさんが砕け散る。

 

「この瞬間、マーマメイドの効果が発動する。破壊されたこのカードが墓地へ送られた時、デッキに戻る。これは「マドルチェ」に共通した効果」

 

 マーマメイドをデッキに加えれば、オートシャッフルが行われる。それを見ながら龍亞に説明する。

 

「さらに「マドルチェ」モンスターが墓地からデッキに戻った事でマドルチェ・チケットの効果が発動する。デッキから「マドルチェ」モンスター1体を選択し手札に加える。マドルチェ・エンジェリーを手札に」

「バトルは続行だ! ラジオンでホーットケーキを攻撃!」

 

 空気が爆ぜ、ラジオンから放たれた轟雷がホーットケーキを穿つ。反応する間もなく彼もデッキに戻った。

 フクロウを貫いてなお勢いの衰えない光が私の胸を通っていく。っ……うぐ。な、なるほど、たしかに感触がある。それに、顔を腕で庇わなければならないほどの風に、体が浮き上がってしまいそうなくらいだった。

 流れいく空気に髪が持ち上げられ、コートがパタパタとはためく。

 ……一気にライフが削られてしまったな。ちょっとピンチかも……なーんてね。

 

「チケットの効果は1ターンに1度きり。よって効果は発動しない」

「モバホンでミィルフィーヤに攻撃!」

 

 右手を前に突き出したモバホンがミィルフィーヤめがけて一直線に飛行する。さながら一発の弾丸のように拳を突き立てられ、私の猫は粉砕された。

 爆風がこちらに届き、ライフが削られる。ホーットケーキの時が2700、ミィルフィーヤの時は300。よって私のライフは残りきっかり1000だ。

 ディスプレイに向けていた目を前へ向け直す。フィールドには郵便屋さんが一人ぽつんと残っているばかり。せっかく用意した神への生贄はデッキに眠ってしまった。……生贄って物騒だな。リリース要員って言っとこう。

 

「よっしゃー! どうだ、見たか! これがD(ディフォーマー)の力だ! ターンエンド!」

「私のターン」

 

 腕を振って勇ましく吠える少年に、まだまだこれからだよ、と胸の中で呟く。

 とはいえエクシーズ縛りはやっぱりきつくて、このドローで何か逆転できる手立てがこなくちゃ負けてしまうかもしれない。

 

「カードドロー」

 

 デッキトップに添えた手からちょっとだけお願いビームを注入してから静かに引き抜く。ちらっと横目で確認。

 ……よし、きたぜ!

 

「再びエンジェリーを召喚、効果発動。このカードをリリースし、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚する」

 

 現れて早々、手を組んで祈るように光と消えたエンジェリーがデッキに流れ込み、同胞を呼び出す。彼女に代わってフィールドに下りたフクロウが羽を羽ばたかせ、さらなる仲間を呼び寄せる。

 

「ホーットケーキの効果。墓地のエンジェリーを除外し、デッキからメッセンジェラートを特殊召喚する」

 

 おおーっと、今ここに二人の郵便屋さんが並び立つー! なんて実況しつつ、メッセンジェラートからカードを受け取る。

 

「さらにメッセンジェラートの効果により、デッキからマドルチェ・シャトーを手札に加える」

 

 マドルチェ・シャトーはフィールド魔法だ。その効果は発動時に墓地のマドルチェモンスターを全てデッキに戻す。それから墓地からデッキに戻るマドルチェカードを任意で手札に戻す事ができる効果と、フィールド上のマドルチェモンスターの攻守を500ずつアップさせる効果がある。

 これを使えばパワー・ツールは倒せずとも、龍亞に大ダメージを与える事ができるだろう。

 だがそうはしない。私は決めたのだ。神を呼ぶ、と。

 

魔法(マジック)カード、二重召喚(デュアルサモン)

「このターン中、もう一度通常召喚が行えるカード……!」

 

 反応したのは龍可の方だった。

 そう、これにより、手筈は整った。君達に神を見せてあげよう。

 

「私はメッセンジェラート二体とホーットケーキをリリースし、この場に神を召喚する」

 

 サッと手を挙げ、カードを掲げる。フィールドの三体のモンスターは光の玉となって私が持つカードへ吸収されていった。何その演出。

 

()でよ、オベリスクの巨神兵」

 

 地鳴りがした。

 そう思った時には視界がぶれるほどの地震が起こり、私の背後には地面から柱のような腕が伸びて、次いで青い体を持つ巨神がぬぅっと姿を現した。

 ……でかい。あと怖い。

 

「あ、ああ……!」

 

 背後を振り仰いで『かっこE!』と悦に浸っていれば、龍亞の怯える声がした。見れば龍亞も龍可も顔を青褪めさせ、身を引いている。……これ、OCGのカードだからなんら特別な力はないと思うんだけど……これほどでかいと威圧感半端ないからああなってしまっているのだろうか。私だって対戦相手がこんなの出してきたらちびる自信があるね。……うん、しょうがない。

 

「なんて大きさなの……!」

「こ、攻撃力も守備力も4000……!?」

 

 ……これ、仲良くなれるのかな。すっごく怯えてる感じするんだけども。

 大丈夫だよね、ただのデュエルなんだから。きっと終わった後には友情が芽生えてるよ、たぶんおそらくきっと。

 というか、君のフィールドには攻撃力4200のラジオンがいるんだから、そんなに慄かなくてもいいんじゃないかな。

 

「バトル。オベリスクでパワー・ツール・ドラゴンを攻撃」

 

 指令を下せば、その通りに神が動く。地響きをたてて地に半分埋まった体を前へ傾け――影が夜闇をいっそう濃くした――振り上げられた拳がパワー・ツールへ向かう。

 

「ゴッドハンド――」

「と、トラップ発動! 守るべきモノ!」

 

 大焦りでデュエルディスクのボタンを押し込んだ龍亞の前に赤いカードが立ち上がる。守るべきモノ? 聞いた事のないカードだけど、防御用か。対象を取る効果かな。

 

「攻撃される対象を別のモンスターに移し替える! オレはD(ディフォーマー)・モバホンを選択!」

 

 威嚇するように金属質な声を発するパワー・ツールの前へ小さな影が躍り出た。機械の戦士、モバホンだ。攻撃力は800。なぜそっちに対象を移した? 怪しすぎるけど、もはや神の拳は止められない。

 

「もう一枚のトラップ発動! ディフォーム! D(ディフォーマー)モンスターが攻撃対象に選択された時、その攻撃を無効にする!」

「それは対象を取る効果ね。神の前では無力」

「えっ、うわああ!?」

 

 モバホンなどあってないような物とばかりに砕いたオベリスクは、そのまま地面へと拳を叩きつけた。地面が盛り上がると錯覚するほどの衝撃が駆け抜け、爆風が広がる。それは私の服や髪さえ揺らして、だからきっと至近距離であれを受けた二人は髪とか大変な事になってるんだろうなぁ、と暢気に考えていた。

 オベリスクが拳を引き戻すと同時に煙が晴れる。彼らはパワー・ツールに庇われるようにして立っていた。これでラジオンの攻撃力は800ポイントダウンし、3400に。次のターンモンスターを召喚するか蘇生できればオベリスクを越えられる。

 

「くぅっ……龍可、大丈夫か?」

「ええ……」

 

 龍亞に庇われて立つ龍可は、頭に手をやってふるふると首を振っていた。今のソリッドビジョンの衝撃で不調を起こしたのだろうか。だとしたら謝らなければいけない。……そういえば、アクションデュエルの説明もしてないし。自分がアクションカードを使わないつもりだからって、そこら辺の説明を省くのは違うね。

 

「マドルチェ・シャトーを発動し、チケットの効果でマドルチェ・バトラスクを手札に加えてターンエンド」

 

 周囲がお菓子の国へと変貌していく。華やかで、軽やかで、甘い雰囲気。

 墓地のモンスターが全てデッキに戻り、シャッフルされる。

 ケーキのお城の合間にいるオベリスクはめちゃくちゃ場違いだった。

 

「まだだ……まだ負けないぞ! オレのターンッ!!」

 

 強い意志が灯った瞳が私を射抜く。守るという意思が強く伝わってきて、ぁ、と小さく声を漏らした。

 

 だって……それ、私が一番欲しい気持ち……。

 

 守ってくれる肉親は私にはもういない。あの日失って以来、私はずっと待ち続けていたから……だから、そういうの見せられると、心が凄く重くなってしまって。

 ……いけない、忘れてなきゃいけないものを思い出してしまった。ふるふると頭を振って哀しみを追い出す。

 

「ドロォーッ!」

 

 引き抜かれたカードを追うように光の帯が伸びる。

 全身全霊のドロー……それで、オベリスクを越えるカードは引けたのかな。

 横目でカードを確認した龍亞の口端がつり上がった。が、笑みはすぐに引っ込む。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! パワー・サーチ!」

 

 右手にカードを持ったままパワー・ツールへ指示を下す龍亞に応えるようにドラゴンが吼える。それは彼らを勇気づけているみたいで、二人共だんだんと顔色が戻ってきていた。

 彼のデッキがオートシャッフルされ、一枚が排出される。それを抜き取った龍亞は、さっきよりもっと明るい表情を見せた。

 

「来たぁー! オレはパワー・ツール・ドラゴンに、ダブルツールD&Cを装備!」

 

 魔法カードからせり出した二つの装備がそれぞれパワー・ツールの両腕にすっぽり収まる。左手にドリル、右手に丸ノコギリ。(みなぎ)るパワーに、パワー・ツールは両腕を勢い良く広げた。むぅん! って感じに。

 

「これでパワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は1000ポイントアップ!」

 

 そう、ダブルツールD&Cはレベル4のディフォーマーかパワー・ツール・ドラゴンにのみ装備できる専用装備魔法。二つの効果を備えている。自分のターンでは装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせ、相手のターンでは装備したモンスター以外を攻撃対象に選択できなくし、さらにそのカードを装備しているモンスターと戦闘を行った相手モンスターをバトル終了時に破壊する効果を持つ。中々厄介なカードだけど、やはりオベリスクの前では無力。といっても二つ目の効果は対象を取る効果ではないだろうから、パワー・ツールと戦闘を行えばオベリスクは破壊される。パワー・ツールは自身の効果で生き延びる、と。

 でも、マドルチェにだって相手のカードを除去する効果を持つ者はいる。私のお姫様。今引いても神をリリースしなければ出せないけれど、まあ、どちらにせよ……このターンで終わりだ。舞台は整った。

 

「バトルだ! パワー・ツール・ドラゴン、オベリスクの巨神兵に攻撃ーっ!」

「ん……?」

 

 攻撃力3300のパワーツールで攻撃力4000のオベリスクに攻撃を仕掛けてきた?

 ああ、つまりさっきのドローカードは……。

 

「速攻魔法発動! リミッター解除!!」

 

 パシィン、とディスクに叩きつけられたのは、非常に強力な機械族サポートカードだった。

 龍亞のフィールド上の機械族モンスターの攻撃力は二倍となり、モバホンが1600、パワーツールが6600に。ラジオンは雷族なために恩恵は得られないが、それでも攻撃力は3000を超えている。

 ……が。

 

「甘い」

 

 確かに神を越える攻撃力を得たのはさすが。でも、リミッター解除の発動タイミングを誤ったね。

 ダメージステップに使っていれば私は何をする事もできなかっただろう。……まあ、手札は予想がついていたから、どの道ダメージステップに入る前にこのカードを発動してたけどね。

 ディスプレイのセットカードを指でつつく。私の前に立ち上がった赤いカードは、私が好きで、でも現実では一度も使えなかったカード。

 神へドリルを突き立てようとしていた機械竜は、そのさなかにピタリと動きを止め、次にはドロドロと黒い液体となって崩れていった。

 

「ぱ、パワー・ツール・ドラゴンが!?」

 

 それだけではない。まだ攻撃に参加していなかったモバホンとラジオンも地面から湧き上がった闇に呑み込まれて跡形もなくなった。これらは当然、今私が発動したカードによる演出だ。

 

「私はトラップカード、ラストバトルを発動した」

「『ラストバトル!』……? き、禁止カードォ!?」

 

 え?

 あれ、こっちの世界でも禁止カードだったっけ?

 今朝レギュレーションを確認した限りでは制限カードってだけだったはずだけど……もしかして、やっちゃった?

 

「いいえ、あれは制限カード……」

「そ、そっか、変わったんだ……ってぇ、やばいじゃん! どうしよー!?」

 

 ……どうやら反則にならずに済んだようだ。良かった。

 

「……ラストバトルは自分のライフが1000以下の時、相手ターンにのみ発動できるカード。私はダブルツールD&Cによって効果を無効化されたオベリスクを選択し、それ以外の手札とフィールドのカードを墓地に送る。あなたの手札とフィールドのカードも全て墓地に送られる。破壊する効果ではないため、パワー・ツール・ドラゴンの効果では逃れられない」

 

 もっとも、全体除去だからどの道パワーツールの効果は発動できないけれど。

 

 頭を抱える龍亞に淡々と告げる。私としては嫌悪感を抱かれないように優しく言ったつもりだったが、このボディではそんな気遣いはできないらしい。冷たい声は風に乗って確実に二人に届いたようで、龍可が私を睨みつけてきた。そ、そんな顔しなくてもいいじゃない……。お姉さんと仲良くしようよ。……あ、今の私凄く不審者っぽいな。

 

「そしてあなたはデッキから1体モンスターを選び、特殊召喚できる。その後オベリスクと戦闘を行ってもらう。……安心して? このバトルではダメージは発生しない」

「お、オレのデッキにあんなのを倒せるモンスターなんていないよ……!」

 

 う、安心してねーって言おうとしたら、全力で煽ってる感じになってしまった。これはもう余計な事は言わない方が良さそうだ。

 でも説明は最後までしなくちゃ。

 

「だけど、ターン終了時にあなたのフィールドにモンスターが存在しなければ、あなたはデュエルに敗北する事になる」

「そ、そんなぁ!」

 

 目を潤ませて愕然とする龍亞に良心がちくちくされた。普通にデュエルしてるだけなのに、なんだろうこの気持ち。

 

「落ち着いて、龍亞。最後にモンスターが残ってさえいれば、負ける事はないわ!」

「……あ、そっか! ならオレは、デッキからこのモンスターを召喚する!」

 

 現れたのは、赤縁に銀のボディの……二つ折りケータイみたいなモンスター。変形してすぐに蹲り、青色に染まった。

 

D(ディフォーマー)・ステープラン、守備表示!」

「……守備表示の時、戦闘では破壊されないモンスター」

「……! そ、そうさ! これでオレのモンスターはいなくならない! だから、負ける事はないんだ!」

 

 それはどうかな。

 ……とか言ってみたけど、ハンドレスで墓地利用できるカードもなしでは、彼のモンスターは突破できない。引き分けか。

 息を吐きながら空を見上げれば、ふとひらひらと何かが落ちてくるのを見つけた。顔に当たるコースだったので手を伸ばして掴み取れば、それはカードだった。一瞬サテライトに舞っていたカード達を思い出しつつ目を落とせば、Aの文字が描かれているのに気付いた。アクションカードだ。

 おそらくオベリスクの動きで巻き起こった風によって足場から落ちてきたのだろう。私の下に来たのには運命を…………本当に、運命を感じる。

 裏返してその名前と効果を見た私は、秘かに溜め息を吐いて、龍亞を見やった。

 彼は勝気な笑みを浮かべて私の攻撃宣言を待っている。なら、お望み通り終わらせてやるとしよう。

 

「バトル。オベリスクの巨神兵で、D(ディフォーマー)・ステープランを攻撃」

「……よし、来ーい!」

 

 ザッと足を広げて龍可を庇う彼の姿を眩しく思いつつ、手を振り上げ、振り下ろす。

 指示に従って引き絞っていた拳を突き込んだオベリスクは、もうもうと巻き起こる砂煙の中、無傷で場に残るステープランを見て憎々しげに呻いた。

 

「オレはこれでターンエンドだ!」

「この瞬間、ラストバトルの効果によってこの勝負、引き分けとなる」

「やったぁー!」

 

 ぴょんこぴょんこ跳ねて全身で喜びを表す龍亞を横目に、手元のカードに視線を落とす。アクションマジック『突撃』。自分のモンスターが相手モンスターとバトルする時、相手フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターの効果を無効にする。

 今使っていればステープランはモンスター効果を失い、オベリスクの手によって粉砕されていただろう。

 だけど私は使わなかった。……ナメプしている訳ではない。最初に使わないと決めていたのに、勝てないからって使うのは嫌だったのだ。

 不満気に声を上げるオベリスクが光の粉となって消えていき、私の手にあったアクションカードも空気中に溶けていった。

 喜びを分かち合う双子を目を細めて眺め、数秒。踵を返して、来た道を戻る。

 今のあの二人には声をかけづらい。だから、コンビニまでは自力で行く事にした。

 

 結局その日、私はコンビニに辿り着けなかった。

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