手札足りないので禁忌に手を染めました。
手札の枚数とか墓地の数とかあってるかな……。
荒廃した街を疾走する一台のD・ホイール。
それに乗っているのはまだ年若い見た目の少女。
というか私。
シティで購入した子供用のヘルメットがぴったり頭に装着されていて、風に揺らめく髪は先端の方で纏めて縛ってある。
現在地はサテライト。
こないだ怒られたばかりだというのに、なぜまたサテライトに来ているのか。
答えは『来るつもりはなかった』、だ。つまり不可抗力。
私はD・ホイールの地図機能を使って昨晩辿りつけなかったコンビニを目指すつもりだったのだ。
その結果がこれである。
別に地図を見ていてすら迷った、という訳ではない。なんか急に辺りの景色が変わったと思ったら、サテライトを走っていたのだ。何このイリュージョン。怖い。赤き竜の導きかな?
昨日の双子の事をぼーっと考えていたのがいけなかったのだろうか。……いけないね、運転中に呆けるのは。事故を起こしたら大変だ。デュエリストならともかく、一般人を轢いたら牢屋にぶち込まれてしまう。
考えていたのは双子の事だけではない。この夢の事と、それから、私のデッキの事。
私のデッキはマドルチェだ。デュエルを始めて数年、まともに組んだデッキはこのマドルチェだけ。
たくさんの新しいカード達に惹かれる事はあっても、私はずっとこのデッキを使い続けてきた。
たまに気になったカードはシナジーや繫がりを気にせずピンで挿して、引いたら使うというスタイルにしていた。
昨日の『ラストバトル!』と『オベリスクの巨神兵』もそういう訳だったのだが……あれらを使って以来、なんともむず痒い気持ちに襲われ続けている。
なんだろう……直感に従うと、マドルチェデッキ……というか、マドルチェ・プディンセスのカードが拗ねていると感じた。私のお姫様。
あり得ない話なのだが、そうとしか言いようがない。
このデッキはマドルチェなのに、他のカードを優先して出したのに怒ってるのかな。
そう考えると、私はばつが悪くなって、それから、確かにお姫様を主軸に据えないのは変だよな、と考え直した。
この世界の住人はみんな芯を持ってる。これだと決めたカードを切り札にしている。私の切り札にしてエースはマドルチェ・プディンセスだ。私も彼女を中心に事を進めていかなかければ、この世界の住人に勝てない気がするのだ。
現に昨日は引き分けだった。神のカードまで出して、である。
まあ、私のデュエルタクティクスがお粗末なせいもあったのだろう。プレイングミスいくつかあったし……。
反省が必要だ。
「おーい、
「……?」
またもぼーっとしながら荒れ道を走っていれば、どこからか声が聞こえてきた。
え、遊星!? どこどこ!?
思い切りブレーキを引き絞ってキキィーッと後輪で地面を削り、横滑りになってしばらく、ようやっと停止した時には、辺り一帯に砂煙が蔓延していた。おー……変な事になってる。
煙の向こうから足音が聞こえてくる。それは私に近付いてきているみたいで、あれ? と首を傾げた。
「遊星!」
ぼふんって感じで煙を突っ切ってきたのは、もっさもっさなオレンジの髪の男の子だった。左目の下に逆三角形のマーカーがついている。サテライトの住民か。
「あれ? 遊星じゃない?」
「……」
猫っぽいニット帽、丈の長いコートの下にワンピースと、フリルから覗くレギンス……これらは容易に服が手に入らない環境で唯一手に入れられた一張羅だったりするのだろうか? そうでないなら私は彼を彼女と呼び直さなければならなくなるのだが、実際この子の性別ってどっちなのだろう。私は知らない。
困惑顔の彼の様子を一通り眺めてから、ヘルメットを両手で掴んで外し、頭を左右に振って髪を整える。
再度目を向ければ、彼は困ったように一歩引いて、
「ごめん、オレ勘違いしちゃったみたいだ……」
「……」
どうやら彼はこのD・ホイールを見て、私を遊星だと思ったらしい。
似てるもんねぇ、これ。
スタンドをたててD・ホイールから下り、座席下に収納されている手帳を取り出してヘルメットをシートの上に。それから手帳のページを捲る。
横向きに持って垂らし、それを彼に見せるように向ければ、なんて名前だったか……とにかく彼は不思議そうに顔を近付けてきて、それから私の顔を見た。
手帳には『気にしないでください』の文字。
これこそ、私の超究極対人戦法、筆談である。
日常生活で喋れないのは痛すぎる。話したい事があったらいちいちデュエルしなくちゃならないなら、相手がデュエリストじゃなかったら詰むし。……彼はデュエリストなのだろうか? 見たとこデュエルディスクは持ってないけど、でも遊星のデッキに入っているワンショット・ブースターは彼からの貰い物だったと記憶している。
「もしかして君、喋れないの?」
「……」
察しの良い彼にこくりと頷けば、へー、と彼も頷いた。
喋れない人間が珍しいのだろう、薄く笑みを浮かべて観察するような視線を向けてくるので常に目を合わせてやれば、そっと視線を逸らされた。
「ねぇ、これって君のなの?」
トトッと寄って来てD・ホイールに触れ始める……えー、っと、名前を尋ねる時はっと。
「ん?」
彼の肩をつんつくやって振り向かせ、手帳を突き付ける。『お名前をお伺いしたいのですが』の文字。
ちなみになぜこんなに丁寧な言葉ばかりなのかというと、不特定の人間に使用するならそれが一番だと思ったからだ。角が立たないように生きるのって大事。
「オレはラリー。君は?」
「……」
簡潔に名乗る彼に、あー、そういう名前だったねと納得しつつ一番最初のページを開いて見せる。『黒原曜子』。振り仮名付き。
「ヨウコって言うんだ?」
「……」
「あ、ヨウコはどこから来たの?」
ドッドッドと振動するバイクに背を預け、来た道の方を指差す。たぶんあっち。
今度も手帳を捲るのだろうと思っていたのか、私の指す方を目で追ったラリーはおかしそうに笑った。……なんか、羞恥心。今の行動子供っぽかったかな? でも喋れないんだし、仕方ないじゃない。
「このD・ホイール、オレの知り合いのに凄くそっくりなんだ」
へーって感じで頷いて返す。
そうなんだよねー。理由はわからないけど、サイズや色以外はまるきり同じだ。記憶が曖昧だから断言はできないけど、遊星と遊星号を良く知っているラリー君が言うなら本当にクリソツなのだろう。
一応これにも名前はついているけど、しまったな。さすがにそこまでは手帳に書き記してない。……でもいいか。D・ホイールの名前なんて知らなくても死にはしない。
「え、なに?」
見知ったD・ホイールが子供サイズになっているのが不思議な感覚なのだろう、やたら車体の方を眺め回す彼に、ふと思い立ってぽんぽんとシートを叩いてみせた。
「……」
「『乗れ』って?」
悪魔と相乗りする勇気、君にあるかな。
よっこらせと立ってシートに向き直り、座席を開いて予備のヘルメットを取り出し、ラリー君に手渡す。それからシートによじ登って跨り、腰を捻ってすぐ後ろを叩いてみせれば、彼は納得したように頷いてニット帽を外した。代わりに装着される落ち着いた色合いのヘルメット。バイザーを通して見える彼のくりくりとした大きな目は、ちょっとした期待に輝いていた。
私の後ろにラリー君が乗り込んできたので、腰に腕を回させてお腹の前でしっかり握るよう世話してやってから左右のハンドルに手を滑り込ませ、グリップを握った。
「どこに連れてってくれるの?」
「……」
行き先は特にない。
目の前に嵌め込まれたデュエルディスクのディスプレイを突っつき、地図を表示させる。頭をずらして彼に見えるようにして、地図に手を差し向けて「どこに行きたい?」と問いかけてみる。
んー、と悩む息遣いを背に感じた。くすぐったい。
「こっち、かな。たぶんオレの住んでるところはこっちの方だ」
なるほど、オーケー。
安全運転を心掛けてお家まで送り届けてやりますよ。
ついでに道の把握もして私もお家に帰れるようにしないとね。
◆
さて、私が特に考えもなく誘拐染みたドライブに勤しんでいると、不意に何かが後ろから追ってきているような気配がした。
ラリー君が語る『日間ラリー君の日々』にうんうんと相槌を打ちつつそっと背後を振り返れば、サテライトの長い一本道を馬の亡骸が疾走してきていた。
……なんだ、ただの死んだ馬か。
前に向き直り、心持ちグリップを捻って加速する。
だが悲しいかな、お馬さんは割と速くて、並走されてしまった。
……見間違いとか幻覚じゃなかった!
『
そしてデュエル宣言である。
なんなの、ホラーなのコメディなの。どっちが好きなの?
私は断然コメディね。
ちらっと薄目で横を見れば、包帯でぐるぐる巻きの体に何本もトゲが生えている馬に骸骨が跨っていた。さっきの声はこの偉そうな骸骨さんのものらしい。……豪華な鎧を着用して手綱を握る姿は、さしずめ骸骨騎士ってところか。……骸骨もデュエルディスクってつけてるんだね。
「が、骸骨騎士!」
「……?」
おや。ラリー君はこのヘンテコな存在が何者か知っているのかな?
……どうやらそうではないらしく、ただ見たままを言って怖がっているらしい。私の背中にびたーっとくっついて、腕に力を込めている。……内臓飛び出そう。ぐえー。
とりあえずは緩やかにブレーキレバーを引いて減速し、止まる。骸骨騎士も馬を操って、少し前の方で馬首を返して私の方を向いて馬の足を止めた。落ち窪んが眼光に暗い光が灯っている。怖い。ちびりそう。でも大丈夫、私は強い子。それに傍に子供がいるのに粗相なんてできない。
手帳を取り出してペラペ~ラと捲り、『お名前を伺ってもよろしいですか』のページを骸骨さんに見せた。
す、す、すと頭をこちらに近付けて手帳を覗き込んだ骸骨騎士は、すぐに体を起こすと、『骸骨騎士だ』と見たまんまな自己紹介をした。あーそう。じゃ、私はそろそろお暇しますね……。
グリップを思い切り捻ろうとして、目の前を馬で遮られてしまった。逃がす気はないらしい。というか、なんのつもり……そういえばさっき『デュエルだ』って言ってたね。
『我は幻影……今この
「……」
血のように赤い古びたマントをはためかせて、おどろおどろしい声で骸骨騎士が語るのを無視してラリー君の腕をぽんぽん叩き、地面を指差して下りるように言う。
あの人なんか槍持ってるし、デュエル断ったらリアルファイトになりそうだったので、ラリー君を巻き込まないようにしたかったのだ。
「ヨウコ……大丈夫なの?」
「…………」
いや、無理。助けて。
とは言いたくても言えない体。
格好つけるように小首を傾げて髪を揺らし、それから骸骨騎士に向き直る。馬がブルルッと頭を振っていた。ちょっとキュートだった。
『小娘。貴様が持つ神の力はなんだ?』
「……?」
紙の力?
もとい、神の力か。
この人は私が昨日オベリスクを使ったせいで現れた感じなのだろうか。あれは普通のカードなのに、なぜ過剰反応してしまうのだろうか。……いや、するだろう。どんだけ考えなしなのだろうか、私は。
……考える必要ってあるのかな?
……ないね。ただの夢なんだし。
『貴様はどこから来たのだ。何を目的としている。なぜシグナーの力の一端を使える』
「……」
『……我はその疑問や不安の下に生み出された。貴様の正体を見極めるのが我の存在する理由』
その不安やら疑問はどなたがお抱きになったのだろうか。聞きたくても聞けない。手帳にもそんな疑問は書かれてない。ペンでも用意しておけばよかったかな。
じーっと骸骨フェイスを眺めていれば、唐突に地面が燃え上がった。紫色の炎の壁が道の両脇を囲み、ずーっと先まで伸びていく。これは……地上絵? この人はダークシグナーって奴なのだろうか。
でもアニメにこんなのっていたかな。
『
「っ!」
一言。
たった一言投げられただけで、私は震え上がった。
よくわからない、プレッシャーとでもいうべき圧力が体を押し潰そうとしてきて、冷や汗が止まらない。
『ほう……我がプレッシャーを受けて、眉一つ動かさぬか』
……それでもまだこのボディは無表情を貫き、汗一つ浮かべないのだから凄い。絶対故障してる。内心はやばいけどね。
……あ、おまた湿って……帰ったらお風呂入らなきゃ。ちくしょう。
『先に言っておく。デュエル中に足を止める事は敗北とみなす。敗北とはすなわち"死"だ』
「…………」
はいはい、闇のデュエル闇のデュエル。
しないと誓って早々粗相をしてしまったのが恥ずかしくて、ラリー君にも骸骨さんにも気付かれたくなかったので、俯きがちになって目を伏せ、憂い気な美少女を演出してみた。……どう? かわいくない? これで誤魔化せない? ……無理?
無理ですよねー。……とほほ。
『フィールド魔法、スピード・ワールド-ネオ』
『!?』
『デュエルモード・オン。オートパイロット、スタンバイ』
「ライディングデュエル、アクセラレーション」
乾いた瞳に涙をイメージしつつ、ディスプレイをばしばし叩いてフィールド魔法を強制発動させる。
広がる光に骸骨騎士は慄くように手綱を引き、顔を上げて左右を見回した。
その間にヤケクソ気味に準備を終えた私は、進路上にお馬さんがいない事を確認し、ラリー君がヘルメットを抱えて不安げに私を見ているのを一瞥してから、思い切りアクセルレバーを捻り込んだ。
ドギュゥン! 駆動音が一際高く、重く鳴り響く。僅かに前輪が持ち上がり、猛スピードのスタートダッシュを切る中で地面に落ちた。二度バウンドするも、すぐに進路が直される。私にこんなドライビングテクニックはない。オートパイロットさまさまだ。これでデュエルに集中できるぜ。
「先攻は譲る」
『……その余裕、すぐに剥がしてやるぞ』
骸骨騎士はすぐ後ろを追ってきていた。ドドッ、ドドッと蹄の音が重々しい。
馬に乗ったままライディングデュエルだと!? ふざけやがってー。
『我がターン、ドロー!』
彼の宣言に合わせて、私もデッキからカードを五枚引き抜く。正規のデュエルではなかったため、引くタイミングが、ね。……普通のデュエルでも開始後に五枚ドローしてばかりだったけども。
手札を見れば、ふむ……なかなか悪くない。先程まで考えていた『お姫様をたたせる』デュエルができそうだ。その相手がこんな不気味な人だっていうのは、ちょっと困りものだけど。
『我は
フィールドに現れたのは、炎を纏ったドラゴン。皮が存在せず、骨と筋肉が丸見え……おそらくアンデッド族だろう。うう、気持ち悪い。
攻撃力は……1700か。効果モンスターかな。バニラではあるまい。
『そして永続魔法、劫火のヴェールを発動する』
ワイバーンの亡骸にさらに炎の幻影が纏わりつき、揺らめいた。
『我はこれでターンエンド』
「私のターン」
シュビッとデッキからカードを引き抜く。
これで手札は六枚に。わざわざ後攻をとった甲斐があった。
これが普通の対人戦であったならば、自分で先攻後攻は決められなかったんだけどね。
「マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。その効果で手札よりマドルチェ・エンジェリーを特殊召喚する」
『ほう、早々に二体のモンスターを場に出したか』
「まだまだ」
回しますよ、っと。
ピンクの毛並みの子猫に呼ばれて下りてきた天使は、手を組んで光の粒となり、私のデッキへ流れ込んだ。シャカッと飛び出したカードを指で挟んで抜き取り、フィールドに置く。
「エンジェリーをリリースする事で、デッキからマドルチェ・ホーットケーキを特殊召喚する」
『……』
「ホーットケーキの効果。墓地のモンスターを除外する事で、デッキからマドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚する」
ドドッ、ドドッと私の後ろを走る骸骨騎士は沈黙を貫く。
それが不気味に思えてプレイの手を止めれば、彼は促すように顎を上げて、それからカタカタと骨を鳴らして話しかけてきた。
『なるほど、デッキからの連続召喚で場にモンスターを揃え、神を呼ぶ気か』
「神を呼ぶ気はない」
『何……?』
不意を突かれたみたいに瞳の炎を揺らめかせる骸骨騎士。
そんな反応されても出せないものは出せない。だってもうデッキに入ってないし。『ラストバトル!』もね。
『小娘、我を侮るのならば容赦はせんぞ!』
「っ!」
郵便屋さんからカードを受け取ったところで、またあのプレッシャーが私を襲った。やめて、やめて、ちびるから。ほんとに緩いんだから、ここ最近。昨日なんておねしょ…………駄目だ、よそう。あれはちょっと、現実と夢の境界が曖昧になってめちゃくちゃ怖い夢見ちゃったせいだから、ノーカンだノーカン。だって私、もう成人してるのに。
まさか目の前の女がお漏らししてるとは(いいや、まだ未遂だ!)露とも思っていないのだろう骸骨騎士さんはぷんすこ怒って私にガンを飛ばしてきている。……飛ばすような目はないみたいだけど。
ジョークを言ってる場合ではない。現状私のフィールドにワイバーンを越える攻撃力を持つモンスターはいない。けど大丈夫。私が今受け取ったカードをデュエルディスクに差し込めば、っと。
「私はフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動する」
辺りが一瞬お菓子の国になり、すぐに元のサテライトの道に戻った。あ、消えちゃうんだ。
まあ、お菓子の国をD・ホイールで疾走するのもなんだかなぁなので、別に良いけども。
「私のフィールドの「マドルチェ」モンスターの攻撃力と守備力は500ポイントアップする」
『フン、ゴースト・ワイバーンを越えてきたか』
「バトル。メッセンジェラートでワイバーンに攻撃」
ふわっと浮き上がった郵便屋さんが羽を羽ばたかせるワイバーンの目の前へ飛んでいき、型も何もなく殴りかかった。だけどそれはいきなり燃え上がったワイバーンの体に跳ね返されてしまった。
『我は永続魔法、劫火のヴェールの効果を発動した。1ターンに1度、相手モンスターの攻撃を無効にする』
「だったら続けるまで」
私の下に戻って来た郵便屋さんは、帽子のツバをつまんで左右にぐいぐいやって一息ついている。彼の代わりにホーットケーキに行ってもらう事にしよう。
「ホーットケーキでゴースト・ワイバーンに攻撃」
ホーットケーキはその小さな体で突進し、くちばしで相手をつっつきまくった。悶えるワイバーンが耐え切れずといった様子で爆散する。
『ぬぅっ』
爆風が骸骨騎士と馬を煽った。だが彼は上手く手綱を繰り、体勢を崩す事はなかった。
『ぬるい』
「……?」
『ぬるいぞ、小娘。貴様のフィールはこんなものか!』
……え、フィールって?
憤る骸骨騎士にびくびくしつつマドルチェ・チケットを発動し、カードを二枚セットしてエンド宣言をする。
『我のターン! ドロー!!』
ごう、と風が巻き起こった。ドローの圧力が暴風を産んだのだ。
骸骨騎士、本気。
本気と書いてマジと読む。
うわー、あのおじさんマジになっちゃってるよ。骸骨さんがいくつかは知らないが。
『自分フィールドにモンスターがおらず、相手フィールド上にのみ存在する時、ゴースト・ランサーは特殊召喚できる!』
スパァン、とデュエルディスクにカードが叩き付けられ、モンスターの召喚エフェクトが彼が跨る馬のすぐ横に集まっていく。
『劫火の槍術士 ゴースト・ランサーを特殊召喚!』
空中にぬるりと出てきたのは、今度も骨と皮のアンデッドだった。服を着て髪を生やしているからそこまで怖くない。頭の上で縛った長髪をなびかせ、手にした槍を両手で持って待機する。
『さらに劫火の眠り姫 ゴースト・スリーパーを召喚!』
今度はなんかワイト・プリンセス的な見た目のモンスターが出てきた。攻撃力1300……何か特殊な効果を持っているのだろうか。
『我は手札から、
「……融合?」
なんか微妙にイントネーションが違ったような、と疑問に思っていれば、先程倒したはずのワイバーンがフィールドに現れ、かと思えばゴースト・スリーパーと共に宙に浮かび上がり、ぐるぐると混ざり合って異界に消えていった。
『フィールドのゴースト・スリーパーとデッキのゴースト・ワイバーンを素材として幽合召喚を行う!』
「デッキから……」
『二体の亡者の魂が冥界の主を呼びさます!! 冥界の扉を破り現れよ!!』
デッキを素材にってジェムナイトみたいだなーと思っていれば、骸骨騎士さんはやたら気合いの入った口上をあげ始めた。彼の背後の空間からばりばりと雷が漏れ出し、辺り一帯が白と黒に明滅する。
『幽合召喚!!』
巨大な腕が空間を突き破って飛び出して来た。
まるでガラスのように何もない空間をバリバリと割り、掻き分けて現れたのは、黒い龍。
『冥界龍 ドラゴネクロ!!』
ドラゴネクロ。それがこの龍の名前らしい。
裂けているかのような大きな口の両端には巨大な牙があり、口の中もギザギザの歯が見えている。首元から一対の曲がった角も生えていた。
その巨躯は両肩が家屋にぶつかりそうなくらいで、時折ぱらぱらと建物の欠片を零れさせていた。
『バトルだ。我が闇のフィールを味わうが良い!』
言葉と共に思い切り引かれた手綱により、馬は高く一鳴きして加速を始めた。ドドダッドドダッと大きな音を響かせながら私の横を通り抜け、前へ前へと進んで行く。
……なぜスピードを上げた? よくわからないけど、闇のフィールってのを警戒しとこう。
『
グオオオ、と猛るドラゴネクロが背を丸め、
攻撃力1000をぽつんと置いておけば狙われるのは当たり前だ。まあ、防ぐけどね。
「トラップ発動、くず鉄のかかし。相手モンスター1体の攻撃を無効にする」
ディスプレイを指で突っつき、二枚のセットカードの内の一つを明らかにする。遊星も愛用する便利な防御カード。
立ち上がったカードのヴィジョンから飛び出した鉄屑の集合体はなすすべなくドラゴネクロに噛み砕かれる。牙と金属が擦れ合うギャリギャリという音に目を細め、成り行きを見守る。
ガシャン、ガシャン。大きく体を動かし、何度も何度もかかしに噛みつくドラゴネクロ。そのたびにかかしから鉄屑がぼろぼろと零れ落ち、それでもなお、芯だけは揺るがない。
幾ら噛もうが壊す事は叶わないと悟ったのだろう、黒い龍は天へと咆哮し、忌々しげにかかしを睨みつけてから骸骨騎士の背後へと身を戻した。
「使用したこのカードは墓地へは送られず、再びセットされる」
『小癪な……ならば劫火の槍術士 ゴースト・ランサーで追撃する!』
「くず鉄のかかしは1ターンに1度しか使えない。どうぞ」
防御する札はもうないと明かし、攻撃を受け入れる。槍を逆手に、柄を両手で持ったゴースト・ランサーがミィルフィーヤに狙いを定め、跳躍した。
落下の勢いを乗せた突きが小猫の体を貫く。その衝撃は目に見える形となって私の方に……ちょっ!?
「っ……!?」
冷たいものが体の中に入ってくるような、気色の悪い感覚があった。
それは痛みだった。槍で刺し貫かれた痛みそのものが私の体を襲っていた。
そんな痛みは生まれて初めてだったので、私、ちょっとの間頭の中が真っ白になって、外面だけでなく中身までフリーズしてしまっていた。
『……フン、やはり動じもせぬ、か。どうやら根性はあるようだな』
「…………」
ぐちゃぐちゃになっていた視界が白み、じょじょに元に戻っていく。
しばらくして意識を取り戻した私は、まずオートパイロットに感謝した。自分で運転してたらとっくにお陀仏だった。ありがとうD・ホイール。ふぁっきゅー骸骨。おトイレ行かせてください。
ずくんずくんと痛む右の脇腹を手で押さえ、すりすりと擦っていれば、少しずつ痛みが薄れてきた。
なるほど、これが闇のフィールとやらか。なんかどこかで聞いた事があるような気がするけど、どうでもいい。こんな痛いの、そう何度も食らって堪るか!
……あ、今気づいたんだけど……ひょっとして、ライフが0にされたりしたら、死ぬほど痛い系かな、これ?
…………。
「本気でいかせてもらう」
『それは楽しみだ。我は墓地のゴースト・ワイバーンを除外する事で、永続魔法"幽鬼の氷塊"を発動する』
このカードが存在する限り、このカード以外の自分フィールド上に存在するカードは相手のカードの効果を受けない。そう説明する骸骨さんに、今、何回カードって言った? って突っ込もうか悩みつつ、カードを一枚セットした彼のエンド宣言を聞くと同時にデッキトップに指を掛けた。
痛いのは嫌だし、怖いのも嫌。エクシーズは使わないって言ってたけど、そんな縛りは不必要だった。
こんな危険な相手に縛ったまま勝てるほど私は強くない。……私が強いのは相手が弱い時だけなのだ!
「私のターン。ドロー」
さて、手札ホルダーに今ドローしたカードを差し込んでみれば、手札が三枚ある事に気付く。
一枚は今引いたカードで、もう一枚は……おそらく戦闘破壊されたミィルフィーヤがシャトーの効果でデッキではなく手札に戻ってきたのだろう。そしてもう一枚はチケットの効果で手札に加えたマドルチェ・マーマメイド。
……痛い事してくれたんだ、容赦はしない。
そのご自慢のエースモンスターっぽいの、バウンスしてやる。
「手札抹殺を発動し、二枚捨て、二枚ドローする」
『…………』
「強欲で貪欲な壺の効果。デッキトプから十枚を裏側表示のまま除外し、デッキから二枚ドローする」
ん、よしきたぜ。
まずはまた手札にきたミィルフィーヤを、そして私のエースカードの方を引き抜き、フィールドへと誘う。
「お菓子の国のお姫様、輝く金糸を揺蕩わせ、華麗なる姿を私に見せて」
『……』
「舞い降りよ、マドルチェ・プディンセス」
召喚口上と共にマドルチェ・プディンセスを特殊召喚する。
ふわぁっと柔らかな光に包まれてフィールドに舞い降りた私のお姫様は、かっと目を開くと、両腰に手を当てて偉そうにふんぞり返った。……かわいい。
「マドルチェ・プディンセスは墓地にモンスターが存在しない時、攻撃力と守備力を800ポイントアップさせる」
『だが、先程貴様は手札抹殺の効果で二体のモンスターを墓地に送っている。攻撃力は変動せぬ』
特に反応せずホーットケーキに指示を下す。効果を使い、さっき墓地にいったマーマメイドを除外してデッキから新たなモンスターを呼び出した。
「マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚し、効果発動。このカードをリリースしてデッキよりメッセンジェラートを特殊召喚する」
『フン……馬鹿の一つ覚えか』
デッキの回し方はだいたい決まってるのよ。おあいにくー。
とりあえず手札にカードを加えつつ、新たな指示を下す。
「私は、レベル3のホーットケーキとミィルフィーヤで、オーバーレイ」
『……なんだと?』
さっと手を挙げ、ホーットケーキ達が光に変わり、地面にできたブラックホールみたいな穴へ吸い込まれるのを見届け、息を吸う。
「遥か遠き次元を泳ぐ竜よ、我が呼び声に応え、現れよ」
例によって即興の召喚口上。
光が爆発した。
黒い渦から生まれ出るは、青と緑の体色の次元竜。
「エクシーズ召喚。ランク3、虚空海竜リヴァイエール」
甲高い声で叫ぶ竜が私のフィールドへ泳いできた。
細長い体に、顔は赤い焔で覆われていて、広がる羽はヒレのよう。
海竜族っぽい水族のエクシーズモンスターが、今ここに呼び出された。
『エクシーズ……召喚、だと……!?』
ふぃー。呼び出せてよかったぁ。
これでエラー吐かれてたらデュエルを放棄して逃げ帰ってたね。闇のデュエルっぽいから逃げられなかっただろうけど。
「リヴァイエールの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、除外されているレベル4以下のモンスターを私のフィールドに特殊召喚する。マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚」
その体を取り巻くように回転を続けていた光の一つが空気中に溶ければ、竜が吼える。キィキィと黒板を引っ掻くような叫びが空間に罅を入れ、ついには裂け目を作った。
その細く狭い裂け目をうんしょ、よいしょと頑張って出てきたエンジェリーが、額を拭いつつ私の下に舞い戻る。
「続いてレベル4のメッセンジェラートとエンジェリーで、オーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築」
宇宙が生まれる。
常に動き続ける私達を追うように、黒い光の渦がついてきていて、その中へエンジェリーとメッセンジェラートだった光の玉が吸い込まれていく。
「輝くティアラを頂きに、お菓子の杖を携えて、この甘美溢れる世界に
直後、爆発。
清き光が溢れ、降り注ぐ。
「君臨せよ、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス」
お菓子の椅子に腰かけた、お菓子の国の女王が、お姫様に並び立つ。
おっとりとした顔付きに、銀色の髪は一束ね。手にした杖をもう片方の手の平にトンと当て、体の下半分を全て隠すオレンジのスカートは優雅に波打っている。
胸元の空いたドレスが大人びていて、同時に胸を覆う布はハート形でフリル付きなのが幼い感じ。
『おお……この力は……いったい……!?』
「クイーンマドルチェ・ティアラミスの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地の「マドルチェ」カードを二枚まで選択する。私はホーットケーキを選択。シャトーの効果でデッキではなく手札に戻す」
そして。
すいっと差し出した手の指先を骸骨騎士のフィールドに存在する永続魔法に向ける。
「私が墓地から戻したカードの数と同じ枚数、あなたのフィールドのカードを選んでデッキに戻す」
『……! 永続魔法、幽鬼の氷塊の効果で我のフィールドのカードは貴様の効果を受けない』
「そのカード自体は別。私は幽鬼の氷塊を選択し、デッキに戻す。
女王が杖を掲げる。先端から眩い光が溢れ、膨らんでいく。
ただの光ではない。魔力を伴った光弾は、女王が杖を振り下ろすのに合わせ、大きさをそのままにフィールドへと放り込まれた。
光の奔流が視界を焼き尽くす。
全てが正常に戻った時、骸骨騎士のフィールドからはカードが一枚消えていた。
これで彼のカードを守るものはなくなった。遠慮なくやらせてもらおう。
「バトル。ティアラミスで劫火の槍術士 ゴースト・ランサーを攻撃。
女王が立ち上がる。杖を地に刺し、やや前傾姿勢になり、腕を広げて攻撃体勢に入った時、骸骨騎士が鋭い声で遮った。
『通さぬ! 永続魔法、劫火のヴェールの効果でその攻撃を無効にする!』
「ならマドルチェ・プディンセスで攻撃」
『馬鹿な! そやつの攻撃力は1000! 我がゴースト・ランサーには及ばん!』
「すぐにわかる」
すぐにね。
気合い十分、腕を振り上げてうおーっと飛んでいったお姫様が、槍を持つ亡骸と相対する。
突き込まれた槍を身を捻って交わし、小さな握りこぶしで果敢に挑む。だが、いともたやすく槍でいなされ、お姫様は敵の眼前で大きくよろめいてしまった。1000ポイントの攻撃力の差が如実に表れていた。亡骸の顔が醜悪に歪む。
「トラップ発動。マドルチェ・マナー」
鈍い輝きを放つ槍を真正面から叩き折るお姫様。
これに仰天したのは亡骸だ。か弱い姫を仕留めるはずだった一撃は、先程自分がいなしたよりも簡単に防がれ、どころか得物さえ破壊されてしまった。
勝気な笑みを一層深めてお姫様がゆく。
「墓地の「マドルチェ」モンスターをデッキに戻す事で、私のフィールドの「マドルチェ」モンスターの攻撃力と守備力は800ポイントアップする。墓地のエンジェリーとミィルフィーヤをデッキに戻す」
『馬鹿な!』
墓地にモンスターもいなくなった。これでお姫様の攻撃力は1600ポイントアップし、3100に。
ついでに女王様の攻撃力は3500になった。怖いものなしだぜ。
力こぶを作って得意気に笑うお姫様まじプリティー。
「
体を反らし、ぐるぐるぐるーっと腕を振り回していたお姫様の拳がついに放たれる。あわあわと腕を振り回して右か左に避けようとしていたゴースト・ランサーは鼻面にグーパンを食らって爆死した。
ゴースト・ランサー、爆☆殺!
『ぬおぉっ!』
ついでに私のフィールとやらが骸骨騎士にも僅かばかりダメージを与えた。
お姫様の攻勢はまだ終わらない。
「マドルチェ・プディンセスが戦闘を行った時、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。
ぴゃーっと身を引いて女王の
わざとらしく腕で目を擦り、骸骨騎士のフィールドに君臨するドラゴネクロを指差しては、女王の耳元に口を寄せ、手で隠してこしょこしょとやる。
穏やかな笑みを浮かべてうんうんと頷いていた女王様は、やおら立ち上がると杖を靴につっかけ、スポンと脱いで手元まで放った。それを手に取るでもなく両手で杖を握り、ちょうど良い位置まで落ちてきた靴を杖のフルスイングでスカーンと打ち飛ばした。
飛んでいった靴のヒールがドラゴネクロの額に突き刺さり、グオオオと悲鳴が上がる。悶える龍は不意の一撃に瀕死の重傷を負ってしまったようだ。
『…………
ドラゴネクロの体が怪しい煙に包まれ、溶けて消えていく。そのすべてが骸骨騎士の体に流れていき、彼のライフを大幅に回復させた。
『ドラゴネクロを破壊する事で、我は3000ポイントのライフを得る! これで我がライフポイントは5600!』
「風前の灯火ね。虚空竜リヴァイエールの追撃」
キィイン、と竜が鳴く。空中を泳ぐように骸骨騎士の下まで進んで行った竜は、その身をくねらせ、尻尾にあるヒレで骸骨騎士を打ち据えた。
『ぐおーーーー!!』
馬ごと彼の体が浮き、どしんと地に落ちる。……結構な衝撃だろうに、馬の足は止まらない。私のD・ホイールにぴったりくっついてきている。
彼のライフが3800まで減った。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド」
『……貴様の力! 正体! 全て暴く!!』
手綱を引き、進行方向を調整しながら骸骨騎士が吼える。
『我がターン! ドロー!』
彼のフィールドには永続魔法が一枚。そして手札は今引いたカードだけ。
対して私のフィールドにはエクシーズモンスターが二体と、マイフェイバリットプリンセスがいる。
さらにくず鉄のかかしで1ターンに1度まで攻撃を無効にできる。守りも盤石。これをどう切り抜ける?
『我は
流転の宝札?
聞き覚えのないカードだが、宝札と名前がついているあたり、なんかすっごく嫌な予感がする。
『デッキからカードを2枚ドローする!』
「…………」
『ただし、エンドフェイズに手札を1枚墓地に送らなければ、我は3000ポイントのダメージを受けるであろう』
おっと、無条件で2枚ドローではなかったか。
ライフ4000の世界で3000は痛い。けど、2枚ドローにはそれを補って余りある価値がある。
『さらに我は、逆境の宝札を発動!』
「………………」
『自分フィールド上にモンスターが存在せず、相手フィールド上に特殊召喚されたモンスターがいる時、デッキからカードを2枚ドローする!』
宝札二連発とか酷い。
そんなにばんばん使っていいものなら私も使うよ?
サイドデッキにあるんだぞ、代償の宝札。
『チューナーモンスター、劫火の舟守 ゴースト・カロンを召喚!』
「……チューナー」
『我の
彼のフィールドに現れた船は前部に二つ、後部に二つ、合わせて四つの位置から炎が噴き出す幽霊船だった。オールを持つのはやはり亡骸。おどろおどろしくて大嫌い。
『このカードは墓地のモンスターと共に除外する事で、シンクロ召喚を行う事ができる! 我はドラゴネクロを選択!』
舟守の背後に巨大な光が浮かび上がる。ドラゴネクロを模った光は、持ち上げた手でゴースト・カロンを握り潰した。
『レベル8の冥界龍 ドラゴネクロに、レベル2のゴースト・カロンをチューニング!』
八つの星が横一列になって骸骨騎士の隣を走る。二つの緑輪が星々を通し、光線が貫く。
『冥界を流るる嘆きの河より、亡者の激流を逆巻き浮上せよ! シンクロ召喚!!』
カァーン。
地上を照らす光の向こう側から、耳に心地よい音が響いてきた。
突如、地面から濁った津波が巻き起こる。それは私達の高さを越え、周囲の建物の高さを超えてなお勢いが衰えない。
巨大なモンスターの出現の前兆。そう直感した。
『冥界濁龍 ドラゴキュートス!!』
ドラゴネクロを素体とした巨大な龍が私達の頭上を覆った。
ドラゴネクロの体に大きな顔がついているような、そんなモンスター。
攻撃力は4000……でも、一体だけならなんの問題もない。
『闇の誘惑を発動する!』
ふざけるな、このやろう。
何枚ドローすれば気が済むのだろうか。さっきのライフ3000コストがあってないようなものになってるじゃん。
『デッキから2枚ドローし……手札の冥界の麗人イゾルデを除外する』
数瞬考え込んだ彼は、手札を一枚引き抜いて除外した。
もう一枚、手札から引き抜く。それを私に見えるよう掲げてみせた。
『
「! きん……いえ、現役だったね」
『忌々しいガラクタよ、消え去るが良い!』
激しい風がフィールドを包み、リアルな衝撃が車体を揺らす。片目をつぶってしまう程の暴風の中、私はなんとかディスプレイに手を伸ばし、セットカードを指で押した。
瞬間、風が切り裂かれ、吹き散っていった。
光の柱が天を穿ち、その中を一つの影が勢い良く昇っていく。
『……なんだと!?』
「私はトラップカード、スターライト・ロードを発動した。私のフィールドのカードを二枚以上破壊する効果が発動した時、その破壊と効果の発動を無効にして破壊する。さらにエクストラデッキからスターダスト・ドラゴン一体を特殊召喚できる。飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン」
羽を広げ、竜が吼える。シグナー竜の一体が私の下へ。
『……なぜ貴様がそのカードを持っている……』
「カードは買った」
『買った、だと!?』
ん? なんかデジャヴ……気のせいか。
悔しげな声を出す彼には悪いが、これで彼はかなり辛い状況になったはずだ。
痛みや苦しみがあるこの勝負、絶対に負ける訳にはいかない。
『我はカードを一枚伏せ、ターンエンド』
「……? この瞬間、あなたがカードを捨てなかった事により、3000ポイントのダメージを受けてもらう。……いいの?」
『ぐ、おおおお!!!』
返事は咆哮だった。
ライフカウンターがピピピピと目まぐるしく変化し、一気に3000ものライフを削り取られた彼とその馬が失速する。残りライフは僅か800。スピード・ワールド2だったら危険領域だ。それほどまでして守り抜いたあの手札……。
いや、もはや気にする必要はない。こっちのモンスターを全滅させるような物でもない限りは、私が勝つのだから。
「私のターン、ドロー」
引いたカードは……ふふ、やはり私はカードに選ばれている。
「マドルチェ・エンジェリーを召喚。自身をリリースし、デッキからホーットケーキを特殊召喚する」
『もはや見飽きたぞ』
「つれないね。ホーットケーキの効果でメッセンジェラートを特殊召喚。効果によりデッキからマドルチェ・マナーを手札に加える」
相手にカードを見せ、ホルダーへ。
「そしてクイーンマドルチェ・ティアラミスの効果発動。オーバーレイ――」
『この瞬間、手札の一枚をコストに、カウンター
「…………ああ」
杖を持ち上げ、そこに光を溜めていた女王様は、ふと空を見上げた。
天に輝くものがある。……それこそ天罰。
降り注いだ一筋の雷に貫かれ、女王様が砕け散った。
あー、とお姫様がやるせなさそうな顔をした。
…………困った。
アニメのキャラクター気取りでエクシーズモンスターをピン挿になんてしなければ良かった。
……エクストラデッキのカード創造できないかな? できたならもう一度ティアラミス召喚したいんですけど……。
くそ、駄目か。なら力押しだ。
「リヴァイエールの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、除外されているエンジェリーを帰還させる。そしてエンジェリーとメッセンジェラートでオーバーレイ。遥か遠き次元にて輝く光よ、あまねく空より降り注げ」
足場を二回踏み込み、グリップを捻って急加速。
「エクシーズ召喚」
三度目の爆発。
その光の中を突っ切って、私の前に現れたモンスターを見上げる。
「No.39 希望皇ホープ」
九十九遊馬のエースモンスター、希望皇ホープ。
これでさらに盤石になった。けど、攻撃力4000は早々越えられない。
さっきサーチしたマドルチェ・マナーを使うには1ターン凌がなければならない。
生死を賭けた戦いで1ターン見送るとなると、精神的疲労が半端ない事になりそう。プレッシャーならもうくらいまくって大変な事になってるけど……。
なんとかこのターン中に終わらせる方法はないかな。
……自爆特攻という手もある。けど……。
お姫様が私を見ている。
彼女に無謀な戦いをさせるなんて、私にはできない。
「リヴァイエールとプディンセスを守備表示に変更し、ターンエンド」
『我のターン!!』
私を追い越して行った骸骨騎士が勢い良くドローした。
バウンスできるカードじゃありませんように、と祈る事しか私にはできない。
『我は墓地のゴースト・ランサーを除外し、今ドローした幽鬼の氷塊を発動! そしてドラゴキュートスの効果! スタンバイフェイズにのみ発動できる特殊効果だ。貴様のフィールド上のモンスター1体を選択し、その攻撃力分のダメージを与える!』
「なっ……」
『我はスターダストを選択! 殲滅せよ! 冥界の
ドラゴキュートスの胸にある巨大な顔が口を開き、溜め込んだ光を放出した。
スターダストが呑み込まれる。その先にいる私の下まで、光が――
◆
「――――! ――――――!!」
……ぅ。
…………?
「――! ――――!!」
……ぐ。
……ぅ、ん。
「…………」
「目ぇ覚ませ! しっかりしろぉ!!」
ふと、顔を上げれば荒廃した道が目の前に続いていた。
両側にある炎の壁が揺らめいていて、ぼうっと眺めていれば車体が勝手にカーブを曲がるのに体が引っ張られ、うっと息が詰まる。
「っよし、目が覚めたみたいだな!」
「……? だれ?」
凄く近くから聞こえてきた声に横を向けば、目の前におでこが広がっていた。
……心臓が止まるかと思った。
「今はオレが誰かより、あの骸骨野郎を倒すのが先だろ!」
そう激を飛ばしてくるのは、箒頭にバンダナにMのマーカーの……クロウ?
……クロウだ! え、なんで!?
「とはいえ、お前はもうボロボロだ。変わるってんならオレが変わってやりてぇくらいだが……」
『させぬ。この戦いに水を差すだけでなく、デュエルにまで乱入する事は許されん』
「……オレは力になれそうにねぇ。けどよ、だからってガキ放っぽって尻尾巻いて逃げるなんてできねぇぜ!」
真隣を並走するクロウが骸骨騎士にすごみながら言う。
……そうか、私、なんか変な痛みで気を失ってしまっていたんだ。
なぜクロウがいるかはわからないけど、彼はそんな私にずっと声をかけてくれていたみたい。
やだ、なにそれ素敵。サインください。
「けほっ、ぇほ」
「……! くそっ、オレにもっと力があれば……!」
クレクレしようとしたら胸と喉が痛んで、煙っぽい咳をしてしまった。
……あ、クロウがなんか格好良い事言ってる。サインください。
「大丈夫」
「無理すんな! ……って言ってもしょうがねぇよな。……安心しろ、オレがついてる!」
「……ありがとう」
ふわぁー!
なんだかよくわかんないけど、クロウが味方になった! 何これ、凄く嬉しいんだけど。
フッフゥーーーー! テンション上がってきたぁー!
体中痛いけど、これはもう、奇跡の力で大逆転するっきゃないよね!
『やれ、ドラゴキュートス! まずはその姫を粉砕せよ!!』
「やらせない。ホープの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、攻撃を無効にする。ムーンバリア」
蹲って身を守るお姫様の前に、騎士のようにホープが出る。剣を翳し、半球状のバリアーでドラゴキュートスが吐き出した光線を防ぎきる。
ギュオオオオオ、とスターダストが威嚇するように咆哮した。
『ぬぅっ、通らぬか。我はこれでターンエンド』
「攻撃力4000のモンスター……大丈夫なのかよ!?」
クロウがやたらめったら心配してくれるのに内心にやつきつつ、ふと自分の体に意識を向ける。
なんか服がズタボロに切り裂かれてた。
一張羅の洋服はところどころ線が走り、肌着や下着とか、ブラまで見えてしまっている。
その下には赤い線だったり血の滲んだ痕だったりがあったけど、そんなの気にならなかった。
これは恥ずかしすぎる……!
おのれ、おのれ、何が一番恥かしいかって、必要ないのにブラジャーつけてて、それを見てもクロウは無反応で、ついでによく会話を思い返してみれば完全に子ども扱いされてるって事!!
「私のターン」
うおのれぇぇぇぇ、この恨み、骸骨騎士で晴らしてくれる!!
「全ての光よ、力よ、我が右腕に宿り、希望の光を照らせ。シャイニング・ドロー」
全力全開、全身全霊の力でなんか光ってるデッキトップからカードをドローする。完全にノリ。デュエルはノリが良い方が勝つから良いのだ。
シュビィィィン。カードを追うように光の帯が軌跡となって空間に走る。何これ、きもちいー。
ドローカードは……お姫様だった。
「リヴァイエールをリリースし、マドルチェ・プディンセスをアドバンス召喚」
『同じモンスターが……』
「二対並んだ……?」
え、何そのコンビプレイ。
私のお姫様とお姫様は手を取り合って楽しそうに踊り始めている。守備表示から攻撃表示へ。特に意味のない形式変換。
「私はマドルチェ・プディンセス二体でオーバーレイ。この二体でオーバーレイネットワークを構築」
『エクシーズ召喚か……!』
「オーバーレイ? エクシーズ? ……おいおい、なんだよこりゃあ……」
二人の姫の導きが、新たな世界への扉を開く。
括目せよ、これぞ我がデッキ最強のモンスター。
「真っ黒な雪に彩られ、数多の苦難を乗り越えた。真の王女としてのお披露目の時は今」
光が爆発する。
爆風に煽られるクロウの隣で、私はお姫様の登場を今か今かと待ちわびていた。
やがて風が収まり、一つの影が下りてくる。
ドレスも表情も大人びたマイプリンセス。
「舞い踊れ、ランク5。マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード」
『今さら攻撃力3000が、なんだというのだ!』
「進化したお姫様は、きっちりマナーも覚えたの。……ね?」
赤玉ビーズの首飾りに、真っ黒なティアラにお腹をきゅっと結ぶ紅と黒の縞々リボン。
全体的にビターな色合いのドレスは肩出し腋出しでとってもキュート。
ただしその表情も私の問いかけに対してとっても苦々しげに歪められていて、いかにも「マナーなんてだいっきらーい」って感じだ。
でもだめー。マナー発動です。
ヒュイン、と私の前にカードが立ち上がる。トラップカードオープン。
「マドルチェ・マナー。効果はもう知ってるね。墓地のティアラミスをエクストラデッキに戻す。ショコ・ア・ラ・モードの攻撃力は800ポイントアップし、その効果が発動する」
ふんぞり返ったお姫様の前で、その周囲を取り巻くように交差し続けていた光の一つが弾けた。
「墓地の「マドルチェ」モンスターがデッキに戻った時、、デッキよりマドルチェモンスター1体を特殊召喚する。
私のデッキへ向けてお姫様がぶんぶん腕を振り回す。あれで呼んでるつもりらしい。かわいい。
フィールドに現れるのは、犬を模したモンスター。この子もお洋服を着ていて、首輪には大きなベルが下がっている。
「マドルチェ・クロワンサンを特殊召喚。効果でフィールドのホーットケーキを手札に戻し、自身のレベルを一つ上げ、攻撃力を300ポイントアップする」
『それになんの意味がある!』
「ショコ・ア・ラ・モードの効果発動。1ターンに1度、墓地の「マドルチェ」モンスターをデッキに戻す。プディンセスをデッキに。そしてチケットの効果発動。墓地の「マドルチェ」モンスターが効果によりデッキまたは手札に戻った時、デッキから「マドルチェ」モンスターを手札に加える。自分フィールド上に「マドルチェ」天使族モンスターが存在する時、代わりに特殊召喚できる」
長々と下を回したのはいつ振りか。
現実のデュエルだとみんな効果知ってるからわざわざ説明なんかしたりしない。
でもこの場にはマドルチェというモンスターやそれらの効果を知らない者が、少なくとも二人いる。
だからせっせと説明しつつ、デッキから排出されたカードを抜き取り、ビームソードの上に置く。
「マドルチェ・マジョレーヌを特殊召喚」
お菓子のついたフォークを片手に、ぽんっと音をたてて魔女が現れる。
この魔女さんは召喚に成功した時、マドルチェをサーチする効果を持っているのだけど、今回は特殊召喚したためにその効果の出番はない。
「レベル4となったクロワンサンとレベル4のマジョレーヌでオーバーレイ」
加速。
加速。
加速。
特に意味もなくノリでスピードを出し、200㎞前後を維持しつつ、傍まで追いすがるクロウと骸骨騎士を後ろに、腕を前へと伸ばす。
「エクシーズ召喚。No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク」
闇属性、悪魔族。
筋骨隆々、その身を鎧に包む者がフィールドに下り、その身を装備だけに変え、お姫様に装着されていった。
おお、似合ってる似合ってる。なんか、こう、聖なるセイバーって感じがする。
「このモンスターはメインフェイズに自分フィールド上のモンスターに、装備カード扱いとして装備する事ができる。装備されたモンスターの攻撃力は1200ポイントアップする」
『攻撃力……5000だと!?』
「おお! すげぇぜ!」
真っ赤なマントを翻し、んむむーっとパワーを溜め込んだお姫様は、弾けるように飛び上がってすぐ着地した。ぴーすぴーす。……目に焼き付けておこう。
「バトル。マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで、冥界濁龍 ドラゴキュートスを攻撃」
しゅびびっと構えをとったお姫様は、一足飛びでドラゴキュートスの懐に飛び込む。
ああっ、そんな場所に入り込んだら!
ガバッと口を開けたドラゴキュートスがノータイムで凶悪な光線を吐き出す。小さなお姫様は一瞬で呑み込まれてしまった。
数秒もの間、地を削るほどの攻撃が続く。
やがて緩やかに光が収まり、ドラゴキュートスの口が閉じた時、果たしてそこにはお姫様が浮かんでいた。
グオオオ、と龍が吼える。驚愕しているのだろうか。あんなに小さな女の子が自分の攻撃にびくともしていないのを。
「
ぐいいっと腕を引いて思い切り力を溜め込んだお姫様は、弾かれるように突撃した。
拳を前に、他は全部後ろ。全ての力が一点に集中し、衝撃波さえ撒き散らしてドラゴキュートスの腹に突き刺さる。
そのまま食い破れ!
「――ドラゴキュートス、撃破」
あっけないほどにお姫様は反対側へと飛び出した。
断末魔の叫びが木霊する。あたかも勝利を示しているようで、事実、骸骨騎士のライフカウンターは今まさに0を刻んだ。
『お、おお――――』
デュエルが終了する。
全てのソリッドヴィジョンが光となって消えていく中で、骸骨騎士と馬が止まり、私とD・ホイールが止まり、クロウとD・ホイールが止まった。
「…………」
さぁ、あなたを産み出したのは誰?
そう聞こうとして、お喋りタイムが終了してしまった事に気付き、愕然とした。
ちょ……ちょっと待って! まだクロウにサインねだってない!
D・ホイールから下りたクロウがずんずんと地に跪く骸骨騎士に歩み寄っていくのを追って、どうにかこうにかお近づきになろうと画策していれば、「あん?」とクロウ。
見れば、骸骨騎士も馬も、そして周囲の炎の壁もすべてが消えてしまっている。
いや、そんな事はどうでも良い。手帳を取り出し、名前の場所を捲ってクロウに押し付ける。
どうどう、と私を宥めた彼は不思議そうに手帳を覗き込み、それがお前の名前か? と問いかけてきた。
こくこくこくと余分に頷いておく。どうぞお見知りおきを。サインくれ。
わちゃわちゃと彼の周りをうろちょろしながら、どうやって思いを伝えようかと悩んでいれば、後ろ頭を掻いていたクロウに急に肩を掴まれて止められた。
わっ、わっ、なになに?
「お前、それ……」
「……?」
クロウの目線を追えば、それは私の胸元で……。
すわ、まさかこのボディに興味がおありか、と喜んじゃいそうになったけど、んな訳ない。
彼はきっとこの服の隙間から覗く吹雪ちゃんストラップが気になったのだろう。
……良いよ、こっちの世界にも布教してやる。吹雪ちゃんのモブかわいさを!
「なんか、傷が治って――」
「…………っ」
「っと! 大丈夫か? おい」
服に残る赤い染みや傷を見てしまったせいか、思い出したかのように体中痛みだして、ふっと意識が消えかけた。
一応はっきり聞こえているクロウの声に顔を上げて答えようとして……そこまでだった。
◆
気がつけば自室のベッドの上だった。
それも布団をひっかぶって眠っていたみたいで、妙に頭がすっきりしていた。
ずりさがった掛布団を腕で退かして体を見れば、あれほどボロボロだった洋服はすっかり元通りになっていた。
「……? ……??」
さすさすと擦っても痛みはない。
襟元に指を引っ掛けて中を覗いてみても、スカートから手を突っ込んでお腹辺りをまさぐってみても、傷一つ残っていなかった。
……あの骸骨騎士とのデュエルやクロウ、ラリー君との出会いは全部夢だったのだろうか?
たしかなのは、私の手にはサインをねだる事もできない役立たずな手帳が……握られていた。