お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

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『勝利を刻むべき水平線は』を完結させたので、こっちの連載に集中します。



RIDE-4 二対一+絶体絶命=ダークシグナー!?

 《アロマージ-ジャスミン》のカードが宙を舞った。

 《アロマ》カテゴリーのカード達がつむじ風に巻かれるように吹き荒んでいる。

 

『あなたは、ここにいてはいけないのです』

 

 老いた声が白い世界に響いた。

 まどろみの中で感じた大きな気配は、ずっと目の前に浮かんでいて、でも目を閉じている私には声しか聞こえなかった。

 その『声』が、語りかけてくる。

 

『ここはあなたのいるべき世界ではない』

 

 世界。

 そんな認識をしているあなたは、だれ?

 

 ……かみさま?

 

 ……かみさまなら、私のお願い事、叶えてくれるかな。

 ……私、お母さんに――。

 

『あなたは目覚めなければならないのです』

 

 ……。

 ……夢から、覚めなくちゃ。

 現実には私を待っている人がいる、はず。

 たぶん、そうだから。

 きっと、そのはずだから。

 私、帰らなきゃいけないんだ。

 

『焦る事はありません。まだ間に合います』

 

 ……焦らなくてもいいの?

 ……でも、はやく帰らないと、私、壊れちゃうんじゃないかなって思うんだけど。

 だって、だって、ここには誰もいないんだよ。

 私の事、守ってくれる人なんて、誰も。

 ……そんなの、元の世界でもそうだけど。

 ずっと昔にいなくなってしまって、それきりだけど。

 ああ、だから、壊れる心配なんていらないのかな。

 ううん、壊れてもなんの問題もないのだろう。

 

 体中がミシリミシリと音をたてて、肌の上やそこかしこに亀裂が走っている。

 真っ赤な線が鈍い痛みを発し続けていた。

 

『憐れな子よ……私が導いてあげましょう』

 

 声が遠退く。

 私はそれに一抹の不安を感じ、無意識に一歩踏み出していた。

 光が、行ってしまう。

 やだ。いかないで。

 私をおいていくのはやめて。

 お願いだから……言いつけを守って、良い子で待ってるから。

 だから、帰って来て。

 

 ぺたぺたと素足が冷たい床を踏みしめる。

 白い病衣が、足の動きに合わせて揺れた。

 

 

『デュエルキング、ジャック・アトラスを制し、新たなキングになったのはなんとぉ……サテライト出身の不動! 遊星だぁー!!』

 

 …………。

 ……テレビをつけたら、遊星が勝っていた。

 自分でも何を言っているのかわからないけど、ぇえと、ああ、もう。何がなんだがさっぱり。

 私、そんなに長い事引きこもってたかな?

 

 目を(こす)り、トーストをつまんで口に運んで、唇で挟む。あも、あもと小さく口を開閉させて口内に熱い物を誘う。バターの香りがふんわりと漂った。

 

 もそもそとパンを食べる。

 ここ数日、私は一歩も外に出ず吹雪人形の制作に励んでいた。

 わき目もふらず、一心不乱に。材料は全部ネットで注文して、よりリアルさを追求して。

 

 なぜそんな狂気の沙汰に及んでいたのかといえば……怖くなってしまったからだ。デュエルが。

 

 一度寝て起きて、あの骸骨騎士とのデュエルで感じた痛みを思い出すと、体が震えてしまうようになった。このボディはほんとに壊れているみたいになんの感動も示さないけど、心はかなり揺れていて、大雨が降り続けていた。

 結構情緒不安定になってしまって、外の世界が怖くて怖くてたまらなくて、でもそうしているだけじゃ駄目だから自殺してみて、切ったはずの手首が血を残して綺麗さっぱり治ってしまったから、観念して夢の続きを見る事にした。汚くなってしまった風呂桶のお湯を抜いてシャワーで流してたきなおしていざ入浴。これで綺麗さっぱり気分よどよどね。

 そうして外の情報を取り入れようとテレビをつけたらあれである。

 

 遊星がジャックに勝つのって、ナントカカップで優勝する時だよね? えーと、フレンドシップカップ?

 それまでにはサテライトから脱出してから結構な日数がかかったはずだけど、……そんなに経ってた?

 いや、正直なところ私にはいつに何が起きるかなんてわからないし、テレビで生中継してるんだからそれを信じるほかない。

 今見えているものを信じず、何を信じればこの夢が終わるというのだろうか。

 私は私を信じる!

 信じた結果腕が痛い事になって11歳の時に卒業したおねしょが再発して等身大吹雪人形が進化して艦娘仲間が増えた。死にたい。死ねない。

 どうであろうとお腹が減る。ピザはもう飽きたしお寿司も飽きた。結局一番ほっとするのはトーストとクリームソーダだ。がじがじ。うまうま。

 

 さて、朝ごはん(?)も食べて気力十分。

 行ってきますの挨拶を吹雪人形以下四人にして、おでかけハグで吹雪ちゃんをたっぷり堪能してから外に出た。……吹雪ちゃん、人間となんら変わりない感触にする事はできたけど、冷たいのはいただけないな。死人みたい。なんとか人肌くらいまで温度を上げる方法を考えなきゃ。……火の粉とか、そこら辺のカードでも埋め込んでみようかな?

 ぬくぬく吹雪ちゃんできたらネットで売り出してみようかな。

 ……人身売買みたいな気分になるからやめとこう。吹雪ちゃんは私のものだ。誰にも手出しはさせない!

とか無駄な決意をしつつエレベータに乗り込み、一階のボタンを押し込み、ウィーッと下りていって、チーンと扉が開けばそこはサテライトだった。

 

「………………」

 

 呆然として辺りを見回す。見間違いかなって思って外に出てみたけど、どう見てもサテライトだ。

 

「…………!」

 

 しかも、振り返ったらエレベータ消えてるし。

 え、何これ。私まだ夢見てるのかな。

 ほっぺたぐにーってしても痛いし、現実だよね?

 困ったな……いきなりこんな事になるなんて予想もしてなかったから、お財布とデュエルディスクと組み直したばかりのデッキしか手元にない。

 ……なんだ、これなら安心ね。

 

「っ?」

 

 とか思ってたら突風に煽られてよろけた。

 転びはしなかったけど、ドキッとしてしまった。……そうだ、いくら私がデュエル強いって言っても、私自身は貧弱一般人なんだった。か弱い女の子なのだ。……んんっ。か弱い女性なのだ。

 ああ、サテライトには来たくなかったなぁ。骸骨騎士とのデュエルを思い出してしまう。

 あの痛み……あれを私がどんなに恐怖しているか、誰もわかるまい。この鉄面皮を前にして見破れるものはいないだろう。

 

 ま、せっかくサテライトに来たんだし、ラリー君に会ってヘルメットを返してもらうか、クロウさんがいるならこないだのお礼を言って、それからサイン貰おう。今度はサインくださいと手帳に書いて……手帳に……て、ちょう……?

 

「……」

 

 ポーチを押さえる。それから急いで開いて手を突っ込めば、デュエルディスクの感触があった。

 ……それだけだった。

 手帳は多分、机の上に置きっぱなしだ。色々書き足してそのままだ。……私の馬鹿、吹雪ちゃんのおっぱいの大きさ考えるのに忙しくて仕舞うの忘れてたな。私は中くらいだと思います。

 …………硬さは、わからなかった。……わからなかった。

 だって私にはないもん。

 

「…………」

 

 とても重要で重大で大切な事を頭の中に十代のテーマを流しながら考えていると、また風が吹いた。今度も強めだ。

 ……?

 ……なんか、甘い香りがするような。

 

「……?」

 

 でも嗅いだ事のない匂いだ。悪くはないけど……なんか、ちょっと、喉がねばねばする感じ。

 一瞬縁日の屋台を思い浮かべたが、こんな場所で商売をしている人はいないだろう。一応ここにも人はいるのだから、どこかでお店を開いていたりはするだろうが、さすがにここはない。

 家屋はボロボロ、道も荒れ放題、人気はない。……あれ、ここって結構怖くない?

 ……ぶるぶる。帰りたい。すごく帰りたい。

 

「……」

 

 良い事思いついた。

 警察さんに電話して牛尾さん呼んでもらって送ってもらおう(他力本願)。

 という訳でデュエルディスクでお電話開始。ぽちぽちぽちり。

 

『はい、こちら治安維持局』

「……」

 

 …………。

 ……あっ。

 

『……? もしもし?』

「……」

 

 しまった、私喋れないんだった。

 予期せぬというか、度忘れしてたせいで間抜けな事をしてしまって焦っていれば、向こうは少し怒ったように悪戯はやめてくださいと言ってきた。う、電話切られそう。

 まって、まって、私とデュエルして! そしたら話せるようになるからぁー、ぁー、ぁー……ああー。切られちった。

 

「……」

 

 無口な私のばっきゃろー。これじゃただの悪戯電話だ。

 こうなったらてきとーに誰か相手にデュエルして、その時に電話をかければ……駄目か。どっちか一方の機能しか使えないみたいだし。

 

 そして歩けど歩けど人の姿はなく。

 困った私は廃屋の屋根に腰かけてたそがれてみる事にした。

 ほらほら、アンニュイな美女がこんなところにいるぞー。誰か助けてくれる人はおらんかー。

 誰も来ない。……残念、私は美女ではなかったようだ。

 

 デュエルディスクの地図機能を立ち上げ、道筋を確認し、キロメートル単位の数字に軽く眩暈を覚えながら徒歩で帰る事にした。

 そして迷った。

 ……迷ったのだ。

 いや、違う。これはクリボーが勝手に。

 とか責任をなすりつけても仕方ないので、足腰弱い私は早々に疲れ果ててまた屋根の上で休憩し始めた。

 少しの休息を挟み、歩いて、休憩。繰り返して進み、体力も尽きたので安全そうな屋根の上へ避難した。

 ごろんと寝転がってちょっと斜めになる。硬い屋根はこれで結構寝心地が良く、汚れや何かもあまり気にならなかった。

 

 お空には三日月、星は満天。サテライトの乾いた空気もこの時間だけは幻想に満ちて、ほんのり甘い。

 地図機能を確認した限りでは、私はこの五時間で12㎞程歩いたようだ。一時間の休憩があったので、四時間でこれ。うーむ、健脚。さすが私。でももう歩けない。お腹空いたし、疲れた。

 ちょっと寂しかったので、首元から服の中に手を突っ込んで吹雪ちゃんストラップを取り出し、眺めながら過ごした。

 彼女の笑顔がある限り、きっと私は大丈夫。

 そう勇気づけてみたり。

 ……うん。大丈夫。ぜったい、大丈夫。

 このまま帰れないままだなんてありえないから、もうちょっと……休憩しよう。

 

 

 明けて一夜。

 眩しい光に目を焼かれ、涙目になりながら身を起こし、髪や服についた汚れを落として道に降り、帰宅を再開する。

 歩いても歩いても、サテライトの荒廃した街並みと道は終わらない。

 私、本当に歩いているのだろうか?

 ちゃんとお家に帰れるかな。

 お留守番してる吹雪ちゃんは寂しがってないだろうか。

 一人でいさせないためにお友達を作ってあげたけど、その子達と待っててくれてるかな。

 ちなみに吹雪ちゃんのお友達は吹雪ちゃんと吹雪ちゃんと吹雪ちゃんと吹雪ちゃんだ。

 ……冗談。

 さすがに同じ子がいっぱいいるのは不気味かなぁって思って作り直して、叢雲ちゃんと島風ちゃんと朝潮ちゃんと夕立ちゃんを作ったのだ。

 広かったお部屋も六人いるならちょうど良く、賑やかになって寂しさも紛れる事だろう。

 ほんの数時間前までの私は頭がおかしくなってたから、そんなの感じる暇もなかったんだけどね。

 そして今私が感じてる感情はこれ☆

 

「君が、黒原曜子さんですね?」

「貴様、黒原曜子で間違いないな?」

「…………」

 

 恐怖である。

 なんか知らないおじさんが二人にょきっと生えてきて勝負をしかけてきた。

 回れ右して帰りたい気持ちでいっぱいだけど、狐のお面と猫のお面を被った二人組はそう簡単に逃がしてくれそうになく、ついでに私も逃げられるような状況ではなかった。

 私の状況を確認してみよう。

 

①腕にデュエルアンカーをかけられている

②なんかめっちゃ頭痛いし眩暈がするし吐き気がするしふらふらする

③おトイレ行きたい

 

 絶体絶命である。

 体調悪いのはさっき捕まえられた時に変な注射打たれたのと、一時間くらい前から漂ってた変な臭いのせいだったんだと思う。

 おトイレは……まさかそこら辺でする訳にもいかなかったし、ここには公衆トイレとかなかったから……ね?

 

「僕達は雇われの闇デュエリスト」

「故あって貴様のカードを貰い受けに来た」

 

 それでこの二人組は何者なのかなって思いつつけほこほ咳き込んでいれば、あちらさんはぺらぺらと勝手に語ってくれた。

 つまり……ん、つまりは、えぇっと……。

 

「…………」

「大人しくカードを渡せば、痛い目を見ずに済みますよ」

「俺らも鬼ではない。貴様が隠しているカードさえ出すならば、これ以上の手出しはしないと誓おう」

 

 なんか、言ってる、けど。

 ……頭がぼわーっとして、全然意味が理解できない。

 ……おトイレ行きたいなぁ。

 

「おっと、持ってないとは言わせないぞ」

 

 と猫さん。

 

「僕らは既に家探しをしてるのですよ。君の家にはカードはなかった。というより……何もなかったですね」

 

 と狐さん。

 ……おうち、勝手に入ったの?

 ……ストーカー?

 警察さんに、通報、しなきゃ……。

 

「ほう、貴様、余程痛い目にあいたいと見える」

「まさか僕達とやる気ですか? ……しょうがないですねぇ、おい、ワル、ちょっと脅してやりなさい」

「了解だ、モノ兄ちゃん」

 

 デュエルディスクを持ち上げれば、ぐい、と軽くアンカーを引っ張られてよろけさせられた。

 

「フレイム・ボール、発動だ!」

 

 カードの認識音がした。

 と思えば、傍の地面に真っ赤な何かが当たって弾け、熱を含む風が髪や服を撫でていった。

 

「……ふむ、怯みもしない」

「チッ。大した度胸だ。俺らサイコデュエリストを前に顔色一つ変えやがらねぇ」

「しかも、クスリが効いているかも怪しい」

 

 ばっちり効いてる。

 もうふらふらだ。全然体はふらふらしてないし、きっといつもの涼しい顔つきなんだろうけど。

 うー、喉がいがいがする。もうそろそろ、ほんとにだめかもー……。

 

「こうなれば実力行使しかないでしょうね」

「カードを出さないんなら消せって命令だしなぁ」

「おお、トップってのはどこも怖いものですねぇ」

 

 さぁ、デュエルだ。

 そう言われればビームソードを展開するほかなく、というか自然にそうした私はもう筋金入りのデュエリストだ。

 チカチカする視界に二人の影を捉えつつ、五枚カードを引き抜く。手札を見ちゃう前に先攻後攻を確認……あ、後攻だ。

 

「ルールはバトルロイヤルルール」

「ライフはお互いに4000」

「恐怖のデュエルの始まりだぁ!」

「……デュエル」

 

 無理くり声を出して宣言をし、ちらっとカードを見る。……手札は悪くない。体調はすこぶる悪いけど。

 

「先攻は僕が貰いましょう。……僕は召喚僧サモンプリーストを召喚」

 

 相手フィールド上に青い布みたいな……なんだろう、人型の…………ん、目が、ぼやけて、よく見えない。

 

「自身の効果でこのカードは守備表示になる。ですが、更なる効果を発動します。手札の魔法カード、火の粉を捨てる事により、デッキからレベル4のモンスターを特殊召喚できる」

 

 ごしごしと腕で目元を擦っているうちに相手はどんどん展開しているようだ。

 

「堕天使ナースレ-レフィキュルを特殊召喚、攻撃表示です。この効果で召喚されたモンスターはこのターンバトルに参加できないのですが……バトルロイヤルは一ターン目は誰も攻撃できないからデメリットにはならないのです」

「流石だぜ、兄ちゃん」

 

 四枚羽根の女性が浮かび上がるのを見た。

 たぶん、それがナース……なんとかっていう、モンスターなのだろう。

 知らないカード……。古いカード、かな。

 

「さらに僕は、魔法カード、恵みの雨を発動。お互いにライフを1000ポイント回復します」

 

 サァァ、と降り始めた雨に天を仰ぎ見る。熱くなった顔に気持ちの良い冷たさがあって、だけどだんだんとチクチクとした痛みを発するようになってきた。

 頭を振って前を見れば、堕天使が私の方へ紫色の長い髪を蠢かしていた。

 

「……」

「ははは、痛いでしょう? これがナース-レフィキュルの効果なんです。このモンスターが場に存在する限り、君がライフを回復する効果を受けた時、それはダメージとなるのですよ」

「早々に貴様のライフは1000削れ、兄ちゃんのライフは5000となった」

「僕はカードを二枚伏せてターンエンドとします」

 

 狐面の男がエンド宣言をしたので、重い腕を動かして手札の一枚に指をかける。

 

「俺のターン!」

 

 けれど、私がカードを場に出す前に猫のお面の男が宣言してしまった。

 ……交互にやるんじゃ、ないんだ。

 

「俺は黒魔導師クランを召喚する」

 

 溢れる光から飛び出して来たのは、黒いうさみみフードをかぶり、鞭を持った魔法使い族の女の子。たしか、あの子もお姫様だったかな。

 

「装備魔法、サディスティック・ポーションをクランに装備し、魔法カード成金ゴブリンを発動する!」

 

 相手ライフを1000回復させる代わりに1枚ドローできるカード。通常ならデメリット効果でも、今ならバーンになる、か。

 堕天使が髪を蠢かし、私を回復させるはずだった光をどす黒く染めた。

 それが私にぶつかれば、ライフカウンターが動くピピピという音がして、あっという間に私のライフは半分になってしまった。

 

「俺もカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」

「ふふふ、さぁどうしますか。サレンダーするなら死なずに済むかもしれませんよ」

「じょう、だん……」

 

 何が冗談なのか、私にもよくわからないけど。

 ……負けたくないのかな、私。

 それとも、まだ5ターン経ってないから、サレンダーできないだけ?

 ……よく、わかんない。頭がぼうっとする。

 おぼつかない手で今度こそ手札を抜き取り、ビームソードの上に置く。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤを、召喚。その効果により――」

「この瞬間、(トラップ)カードを発動させるぜ」

 

 ぽふんと出てきたピンクの毛並みの猫が鳴く前に、猫面の男が伏せカードを公開した。

 

「ダーク・キュア。貴様が召喚・反転召喚・特殊召喚するたびにそのモンスターの攻撃力の半分、お前のライフを回復させる。だがナース-レフィキュルが存在する限り、回復する代わりにダメージを受けてもらう!」

「……構わない」

 

 残りライフが2000の状況でそれは辛い。けど、さっさと破壊してしまえば良いだけの話。

 

「舞い降りよ、マドルチェ・プディンセス」

 

 召喚口上を言える気力はなく、ただ腕を空へ突き出してマイフェイバリットを呼び出す。

 

 降り注ぐ光の中をゆっくりと下りてきた私のお姫様は、ぱっと目を開き、振り向くと、心配そうな顔をして寄り添って来た。

 支えようとした彼女の腕が私の体を突き抜ける。……ああ、アクションデュエルじゃないから、実体化してないんだ。

 数度同じ動作をしたプディンセスは、不満気に自分の手を見つめた後、私の方を向いて、申し訳なさそうにしながらフィールドへと戻っていった。

 

「上級モンスターを生贄なしで……それが君のエースカードですか」

「流石と言いたいところだが、そのモンスターの攻撃力の半分のダメージを受けてもらうぜ」

「っ……!」

 

 ぞわぞわっと体中を怖気が走り、ライフが1100まで減った。

 プディンセスは墓地にモンスターカードがない場合、自身の攻撃力と守備力を800ポイントずつアップさせる効果を持っている。そのため、召喚した瞬間に攻撃力が1800になり、その半分、900のダメージを受けてしまったのだ。

 

「そして、サディスティック・ポーションの効果! 俺のカードが貴様に効果ダメージを与えた時、このカードを装備したモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで1000アップする! 黒魔導師クランの攻撃力は2200となった!」

「バトル……。マドルチェ・プディンセスで……堕天使ナース-レフィキュルを、攻撃」

「防御札はありませんよ」

 

 腕を広げ、無害である事をアピールする男の前に、堕天使が立ち塞がる。そんな相手に飛んでいったお姫様は、拳を突き出した体勢のまま勢いを弱めずにぶつかっていった。

 堕天使が粉々に砕け散る。鋭利な映像の残滓を浴びせられた狐面の男は、僅かに身を揺らしたものの、他に反応は見せなかった。

 お姫様の攻撃はこれで終わりではない。彼女はキッと猫面の男のフィールドを睨みつけると、腰を落として構えた。

 

「プディンセスの効果発動。このカードが……ん、バトルを、行った時……相手フィールド上のカードを一枚選択して、破壊する」

「なにっ!?」

「私は、あなたの……く、クランを、選択」

 

 お姫様が顔の横でパンパンと二度手を打てば、にゃおーと鳴いてミィルフィーヤが走り出す。

 ぴょんとジャンプしてお姫様の肩に乗った小猫は、むんずと背中を掴まれて持ち上げられた。

 

お姫様の癇癪(プディンセス・タントラム)

 

 振りかぶったお姫様の全力投球が魔導師を狙う。

 猫をぶつけられた彼女は大きくよろけた。ぽぉんと跳ねて戻った弾をお姫様は見事にキャッチ。そして投擲!

 二度猫をぶつけられた黒魔導師はたまらず砕け散った。

 

「くっ!」

 

 連鎖して装備カードも破壊される。

 いくら攻撃力でお姫様を上回ろうが、効果破壊されてしまえば意味はない。

 霞む視界に眉を寄せようとしつつ、ディスクに罠カードを差し込んでいく。

 

「カード、を……三枚伏せて……た、ターンエンド」

「おやおや、随分と苦しそうですねぇ」

 

 楽しげな笑い声を上げて、狐面の男はカードをドローした。

 確認するようにアンカーをぐいぐい引いてくるものだから、体がぐらついてしょうがない。

 

「クスリが効いていない訳ではなかったのですね。念のため、強力なヤツを持ってきて良かったです」

「兄ちゃんの用心深さが功を奏したようだな」

「このまま待っていても死んでくれそうですが、せっかくなのでもう少し苛めてあげましょうか」

 

 くすくすと気味の悪い声を漏らしながら、狐面の男は二枚目のセットカードを立ち上がらせた。

 

「運命の分かれ道。あなたのライフを2000回復させるカードです。ただし、コイントスに成功すれば、の話ですがね」

 

 コイントス……たしかそれは、表か裏かを当てる事で回復かダメージか、効果が変わるカード。

 バーンデッキにしてはリスキーなカードを入れてるな。自分にもダメージが入るかもしれないのに。

 

「私は表を宣言しましょうか」

 

 カードから弾き出てきたコインは、地面の上を転がり、やがて倒れた。

 

「はい、私はライフを2000回復。お次はあなたですよ、曜子さん」

「…………裏」

「ではいきましょう。運命のコイン・トス!」

 

 地面にあったコインが消え、再びカードから一枚射出される。

 それは先程と違って空高く上がり、数秒置いて落ちてきた。

 金属質な音をたてて跳ねたコインが私の足元まで転がってくる。

 それが倒れた時、見せている面は……。

 

「私は、ライフを2000ポイント回復する」

 

 裏だった。

 ほっと息を吐く。良かった、当たった……。

 

「ふふ、運はあるようですね。ほうら、どうです? 少し楽になったでしょう」

「現状貴様のライフは(イコール)命そのものだからな」

 

 ……。

 彼の言う通り、今のカードのおかげで、少し気分が楽になった。

 けど、感謝なんてしない。そもそもこうなったのは彼らのせいだし、苛めるとか言ってるし。

 勘弁してほしいなぁ……なんでサテライトに来ると、痛い目に合うんだろう。

 遊星はここにはいないぞーって知らせかな。知ってるよ。シティにいる。けど、会いに行けない。どこにいるのか、正確な場所を知らないし。

 ……時計屋さんの近く? どこかのガレージ。……わかんない。

 

「惜しいな兄ちゃん。今ので倒せてたらそれで終わりだったのにな」

「いえいえ、これで良いのです。痛めつけるだけではなく、私は彼女の力も見たいのですよ」

「……苦しませる必要はないと思うけどなぁ」

 

 ああ、遊星……遊星なら、こんな状況でも勝利をもぎ取るんだろうけど、私じゃ、ちょっと、辛いよ。

 負ける気はないけど、でも、頭が割れそうだし、足の感覚もないし。

 あ……そうだ、アクションカード……は、ないん、だっけ。

 ……アクションデュエルじゃないもんね。私って、ほんと忘れん坊さん。

 

「プレイを続けましょう。私は成金ゴブリンを発動し、あなたのライフを1000回復させます」

「おいおい兄ちゃん、そんなに回復させて大丈夫かぁ?」

「ふっふっふ、わかっていて煽りますねぇ」

 

 これで私のライフは4100。初期ライフを上回った。

 ……こんなに回復させてどういうつもりだろう。

 読めない……というか、あんまり、何も考えられない。

 ほんとは蹲っちゃいたいけど、デュエルアンカーがその邪魔をする。

 

「おや、もう少し君のライフを回復させてあげられそうですよ。魔法カード、ソウルテイカー。君のフィールドの表側表示モンスターを一体選択して破壊し、その後、君のライフを1000回復させます」

「か、カウンター……トラップ」

「む」

 

 ディスプレイに表示されている私のセットカードを指で押し込み、反転させる。

 

「マドルチェ・ティーブレイク。私の墓地に、モンスターが存在しない時に発動、できる。あなたが発動した魔法・罠の効果を無効にして、手札に戻す」

「……それではもう一度発動すれば良いだけではないですか」

「したければ、どうぞ。……私のフィールドにマドルチェ・プディンセスが、いる時、に、このカードを発動した場合、相手フィールド上のカードを一枚……破壊できる」

 

 連続して喋るのはしんどすぎて、だから私は、猫面の男のフィールドに指を向けた。

 

「ちっ、俺のカードを破壊だと!? くそっ、自業自得が……!」

 

 私のフィールドにいるモンスターの数×500ポイントのダメージを与えるカード、か。

 デュエルディスクに手をかけた男は、歯噛みして腕を下ろした。咄嗟にチェーン発動でもしようとしたのだろうか。カウンタートラップにはカウンタートラップでしかチェーンできないから、彼はどうする事もできず砕けたカードの光が消えていくのを見送った。

 再度の魔法カードの発動に対応するため、ディスプレイに指を乗せる。

 

「さぁて、ではもう一度ソウルテイカーを発動しますよ」

「速攻魔法、禁じられた聖衣(せいい)……フィールド上のモンスター一体を選択して発動する。エンドフェイズまで攻撃力を600ポイント下げ、このターン、プディンセスは相手の効果の対象にならず、効果では破壊されない」

「ほう、そのようなカードもあるのですね。ですが、モンスターが破壊されなかったため、あなたのライフは回復しない」

「いい。いらない」

「おやおや、振られてしまいました」

 

 肩を竦めた狐面の男は、ハンドレスになった手でデュエルディスクを撫で、猫面の方へ顔を向けた。

 

「任せましたよ。ターンエンド」

「おう、任されたぜ、俺のターン!」

 

 シャッとカードを引き抜いた猫面の手には、二枚の未知なるカードが握られている。

 だいたいバーン系だろうけど、幸い先程回復させてもらったおかげで早々死にはしなくなっているし、シモッチバーンとかならもうちょっと手札が必要だから、このターンは凌げそうだ。

 

「俺はモンスターをセットし、カードを一枚伏せてターンエンドだ」

「私の、ターン」

 

 引いたカードを見る。勝気な表情のお姫様が私を見返した。

 ……ん、パワーアップ、したいのね。……了解。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤをリリースし、マドルチェ・プディンセスをアドバンス召喚する」

 

 特殊な演出を経て、もう一人のお姫様が舞い降りる。

 たぶん、さっきとは少し演出が違う。下りる時の動作と、目を開ける速さと、その後にびしっと相手を指差す動作。

 

「二体目……?」

「同じモンスターを並べて、なんのつもりだ?」

「私は……」

 

 同じ容姿をしたお姫様二人が顔を合わせて頷き合い、手を取り合って体をくっつける。

 

「二体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築」

「オーバーレイ……」

「ねっとわぁく?」

 

 天に現れた渦巻く光、その中心に開いた穴へ、お姫様達は光となって吸い込まれていった。

 

「真っ黒な雪に彩られ、数多の苦難を乗り越えた。真の王女としてのお披露目の時は今」

 

 光の柱が落ちる。

 地面に溢れ、跳ね返った波が球形を作り出し、それが弾けた時、黒いドレスに身を包んだ新たな姫が誕生していた。

 

「エクシーズ召喚。舞い踊れ、ランク5……マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モード」

「おお……これが、シンクロモンスターとは違う、黒いカードの……!」

「やはり貴様が持っていたんだな! へへ……そうとわかれば話は早い」

 

 ほんのちょっぴり大人びたお姫様は、私の方を見て微笑んだ。

 だーいじょぶ、まーかせて。……そんな風に言ってる気がして、私も笑えた、気がした。

 

「まずはこの子の効果を発動する。墓地の「マドルチェ」カードを1枚デッキに戻す。マドルチェ・ティーブレイクをデッキへ」

「そんな事をしてなんになるんだ」

「「マドルチェ」カードが墓地からデッキに戻った時、プディンセスのさらなる効果が発動する。オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキから「マドルチェ」モンスターを表側攻撃表示か裏側守備表示、どちらかの形式で特殊召喚する。……お呼び出し(プディンセス・コール)

 

 パンパン、とお姫様が手を叩けば、カードが一枚シャカッと飛び出した。

 指で挟んだそれをビームソードの上に乗せる。

 

「マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚」

 

 もこもこの羽を羽ばたかせ、天使な女の子が空を飛ぶ。

 舞い散る羽が雪みたいでとっても綺麗だ。

 黒と白の対比も目に優しくて素敵ね。

 

「マドルチェ・エンジェリーの効果発動。自身をリリースし、デッキより「マドルチェ」モンスターを特殊召喚する」

 

 後はいつもの流れだ。

 ホーットケーキを出し、効果で墓地のエンジェリーを除外してメッセンジェラートを出し、郵便屋さんからシャトーを受け取ってそのまま発動。

 荒廃したされライトの街並みは、一瞬でメルヘンチックなお菓子の国に早変わり。すでにお姫様もいる訳で、ここは私の王国だ。邪魔な彼らにはさっさと退散願わねば。

 

「マドルチェ・シャトーを発動した時、墓地の「マドルチェ」モンスターは全てデッキに戻る。ショコ・ア・ラ・モードの効果をもう一度使用する。マドルチェ・メェプルを特殊召喚」

 

 お姫様を取り巻くように円を描いていた光が弾ければ、ぴょーん、と四足歩行の可愛らしいヒツジが飛び出て来た。この子のレベルは3。よってさらなる展開が可能だ。

 

「レベル3のメェプルとホーットケーキでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築」

「『エクシーズ召喚』とやらを、連続で……!?」

 

 慄く狐面の男を無視し――というか、もう、構ってる余裕もないから、早口で口上を述べる。

 

「遥か遠き次元を泳ぐ竜よ、我が呼び声に応え、現れよ。エクシーズ召喚」

 

 水飛沫が上がる。

 細長い体を持つ海竜が宙を泳ぎ、フィールドへと現れた。

 

「ランク3、虚空海竜リヴァイエール」

「エクシーズ……モンスター。新たな召喚法……これを、持ち帰れば……!」

「サイコデュエリストの地位は、確実に向上する……!」

 

 何かに打ち震えている二人を無視し、リヴァイエールの効果を使う。

 オーバーレイユニットを一つ取り除いて、除外ゾーンからエンジェリーを帰還させ、メッセンジェラートとオーバーレイ。

 

「輝くティアラを頂きに、お菓子の杖を携えて、この甘美溢れる世界に生命(いのち)を」

 

 三度、光が爆発する。

 それはまるで、小さな星が生まれるように、この国の女王が産み落とされた。

 

「君臨せよ、ランク4、クイーンマドルチェ・ティアラミス」

 

 大きな椅子に腰かけた、杖を持つ女性。

 彼女にはさっそく働いてもらう事にしよう。

 

「ティアラミスの効果。オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地の「マドルチェ」カードを二枚まで選択してデッキに戻す。戻した数と同じ枚数、相手フィールドのカードをデッキに戻す。プディンセスをデッキに戻す」

「デッキに直接だと!? くっ、トラップ発動! 威嚇する咆哮! これでこのターン貴様はバトルできねぇ!!」

追放撃(バニッシュ・ストライク)

 

 杖を手にして立ち上がった女王は、響き渡る声など気にも留めずに光の球を放った。

 相手フィールドに膨れ上がった光がカードを消し飛ばす。

 視界が戻った時には、女王は椅子に腰かけて優雅に寛いでいた。

 

「……ターンエンド」

「僕のターンですね」

 

 狐面の男は、引いたカードを確認もせずにじっと私を見てきた。

 

「恐ろしい展開力……そして強力なカード。……遊んでいる場合ではないと痛感しましたよ」

「ああ、兄ちゃん。こっから本気でやるぜ」

「とはいえ私はカードが一枚、弟はゼロ。フィールドには下級モンスターが一体だけ。これではどうしようもありませんねぇ」

 

 どうやら手詰まりのようだ。

 このまま素直に負けてくれればありがたいのだが……。

 だって、さっきから頑張って動いてるけど、正直意識が飛びかけている。

 デュエルアンカーを引っ張られたら意識ごと体を持っていかれてしまいそうだ。

 表情だけはいつも通りだから、相手も私の調子を測り兼ねているみたいだけど、一度強くアンカーを引けば気づくだろう。

 その前に決めたい。……決めたい、けど。

 

「まずはみんなで手札を増やしましょう。僕は魔法カード、天よりの宝札を発動します」

「おお! ここで最強の手札増強カードを引くとは、さっすが兄ちゃんだぜ!」

「……禁止、カード」

 

 あれは、たしかに禁止だったはずだ。私が前に使った『ラストバトル!』と違って、本当に。

 

「おや? 僕達が禁止カードを使わないようなお行儀の良い子に見えていましたか? 残念ですが、僕達はワルですよ」

「ワルは俺だけどな」

「僕はモノです。……さぁ、全員手札が六枚になるまで引いてください」

 

 ……。

 言われた通り、カードを六枚引く。

 その中に幽鬼うさぎがあった。これで永続魔法や罠、効果モンスターに対処できるようになった。けど、それ以外に手札誘発はない。

 

「さらに僕は強欲な壺を二枚発動し、四枚ドローします」

 

 平然と禁止カードを使って手札を八枚まで増やした狐面の男は、ふぅむとわざとらしく顎を擦ると、一枚のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード、サンダーボルト。君のフィールドの全てのモンスターに消えてもらいましょう」

「くっ……!」

 

 手札にあるスターライトロードさえ伏せてあれば、こんなのどうって事ないのに、今の私にはどうする事もできずにすべてのモンスターが破壊されてしまった。

 雷鳴の中に消えたお姫様の姿がまぶたの裏にこびりつく。

 

「さぁて、どう料理しましょうかねぇ」

「趣味が悪いぜ、兄ちゃん」

「……ここまでされて表情を崩さないとは、美しくはあるが面白みがない。いいでしょう、すぐに終わらせますよ。僕は天使の施しを発動」

 

 豊富なカードから彼が選んだのは、またしても禁止カードだった。

 三枚ドローし、手札の二枚を墓地へ捨てる。手札増強が目的? ……そこまで増やして、いったい何をしようと言うのだろう。

 

「永続トラップ、魔力の棘、同じく永続トラップ死霊の誘いを発動します」

「手札から……永続トラップ? ……まさか」

「そう、そのまさかです。僕は先程、二枚のカードを捨てましたね。その内の一枚は処刑人-マキュラだったんです」

 

 処刑人-マキュラ。墓地に送られたターン、手札からトラップカードが発動できるようになるカード。

 トラップカードはセットしてから一ターン待たなければ使えないという制約があるため、効果は強力なものが多い。

 あれは全盛期は先攻1ターン目で相手を倒してしまえるようになる程の危険な力を持つカードだ。当然禁止指定されているのだが……彼らには関係ないらしい。

 

「2000ライフを払い、悪戯好きな双子悪魔を二枚発動します。さらに強引な番兵、続けてライフを1000支払い、押収を発動。これにより君は手札を五枚墓地に捨て、一枚をデッキに戻さなければならない」

「……一つずつ処理する。まずは一枚選んで、その後にもう一枚選んで」

「ふむ? 何か手があるというのですか? ……よろしい。面倒ですが、付き合ってあげましょう」

 

 彼は私が持つ手札の真ん中と、私から見て一番左を選んだ。エンジェリーとSin スターダストが墓地にいく。

 龍の嘶きの幻聴があった。

 

「永続トラップ魔力の棘と死霊の誘いの効果が発動し、捨てたカード一枚につき500、そして墓地にカードが送られるたびに300のライフを失っていただきます」

「……発動の、順番は」

「順番? ……そうですねぇ、では、今僕が口にした通りの順でいきましょうか」

「手札の、幽鬼うさぎを墓地に送る。このカードは、相手の表側表示のカードが効果を発動した時に、このカードを捨てる事で、そのカードを破壊できる。死霊の誘いを、破壊する」

「そんなカードまであるのですか! ……なるほど、効果は無効にはしないが、永続トラップは場になければ意味がない。よって不発に終わる。ですが、魔力の棘の効果は受けていただきますよぉ!」

 

 歓喜に近い彼の叫びに合わせ、彼の前に立つカードから三本の棘が射出された。

 守ってくれるモンスターも、人もいない。ふらふらの私には避けられない。

 

「っ、うあっ」

 

 それでもなんとか体を動かし、直撃は避けた。右腕と右の脇腹、それから左肩を裂いて抜けていった棘に、視界が明滅する。

 生温いものが服に染み込んでいく感覚が、どうしてかはっきりと脳に伝わってきた。

 

「次です。もう一枚の悪戯好きの双子悪魔の効果で、真ん中と君から見て右端のカードを捨ててもらいます」

「……!」

 

 マジョレーヌとマーマメイドのカードを墓地に送る。

 再び二本の棘が射出され――今度は避けれなかった。

 お腹に熱が走り、すぐに寒くなった。

 

「う、ぶ……」

「おおっと……大丈夫でしょうかねぇ」

 

 ぼたぼたと零れる血。お腹に突き刺さり、背から突き出た、実体化した棘。

 幸いと言うべきか、苦しいのは息がし辛いからで、それ以外には特に何もなかった。

 ……脳が溶けたみたいに体中の感覚がない。強力なクスリがどうのと言っていたし、そういえばそのままでも死ぬって言ってた。……それのせいかな。

 

「まだまだいきますよ、一枚のカードの効果で、残りのカードも墓地とデッキへ! そして魔力の棘、射出!」

「ふっ、ぐ」

 

 あっ。

 …………胸に刺さった。

 ……と思ったけど、吹雪ちゃんストラップが受け止めてくれたみたい。

 助かった、のかな?

 さっきの前ので左腕は貫かれちゃって、ちょっと直視できない状態になってるけど、生きてはいる、ね。

 

「……君は本当に人間ですすか? 腕が千切れかけ、腹を貫かれ……なぜまだそんな冷静でいられるのです」

「兄ちゃん、落ち着け。クスリのせいだ。クスリのせいで感覚が鈍くなってるんだ」

「そ……そう、ですよね。……ええ、そうに違いない。僕はこれでターンエンド。ワルよ、トドメはお前が刺しなさい」

「いいのか? ……じゃあ、とっとと終わらせるけどよ」

 

 棘を弾き、ひしゃげてしまった吹雪ちゃんストラップを服から引きずり出し、手の平に乗せて眺めていれば、猫面の男がドローをしてモンスターを召喚した。

 ゴーグルみたいな赤い目と、丸い頭。それから逆立った棘や爪みたいなのを腰や足から生やしている人型のモンスター。

 

魔轟神(まごうしん)レイヴンの効果発動! 手札を任意の枚数捨て、捨てた数だけこのカードのレベルを上げ、一枚につき攻撃力を400ポイントアップさせる。俺が捨てるカードは六枚! よってこいつはレベル8となり、攻撃力は3600になった! さぁ、ラストバトルだぜ!」

 

 ジャキン、とモンスターが爪の生えた腕を交差させた。恐ろしい声を上げて(もう耳は聞こえないけど、たぶんそんな感じ)襲い掛かって来た。

 

「ぼち、の……くりあくりぼーを、じょがい、して……」

 

 ぷらぷらと揺れるデュエルディスクに手を伸ばし、ディスプレイに触れる。赤い跡を残してカードの効果を発動させた。

 私の前へちょっと黒めのクリボーが飛び出した。たぶんくりくりーとか言ってるんだろうけど、残念、聞こえないし見えない。

 

「でっき……どろー、して、もんすたー、だ、だった、ら……」

 

 デッキトップに指をかけ、全部の力をかけて引き抜く。……少し時間がかかった。指に力が入らなかったから。

 そして、やっとの思いで引いたカードの種類も確認できない。絵柄も色も酷く霞んでいて、全然見えない。

 だから、とりあえずビームソードの上に乗っけてみた。モンスターだったら認識してくれる、と、思う。

 

「攻撃力1000……いや、1500の雑魚モンスター……くそっ、凌ぎやがるか!」

 

 きらきらと輝く金色の光が目の前にある気がした。

 丸まった金色は、突進してきた黒いのにぶつかって弾け、諸共爆発した。

 爆風に煽られてよろめく。変に体が軽く感じた。お腹の棘とかがもう消えてるから、かな。

 

「わ、わ、ぁた、しの、たー、ん……」

 

 不思議だ。

 私、喋ってるはずなのに、自分の声も聞こえない。

 

 カードに触れる指の感覚。

 それ以外は何もなくて、私は暗闇の中に立っていた。

 逆転できるカードを引かなきゃ、たぶん私、負けて、死んじゃう。

 ……やだ。

 ……死ぬのは、怖いな。

 だから、引きたい。

 勝てるカードを。

 

『…………』

 

 そっと、私を支えてくれるものがあった。

 金髪の、お姫様。私のプリンセス。

 傍に浮く大きな気配があった。

 騎士のようなホープに、煌めき羽ばたくスターダスト。

 それだけじゃない。

 私の使うモンスター達みんなが集まってきて、私を支えて、私の腕をとって、デッキに置いてくれた。

 お姫様の手が私の手に重なる。

 ……一緒にドロー、したいの?

 

『…………』

 

 妙に真面目な顔で彼女は頷いた。

 こくりって、凛々しいのに、幼くてかわいい頷き方で。

 

 いいよ。

 それじゃあ、せーので引こうか。

 

『…………』

 

 こくりと、彼女が頷く。

 力を合わせてって、なんだか嬉しいな。

 私、張り切っちゃうよ。

 頑張ってドローしようね。

 じゃあ……いくよ?

 

「……せ……ぇ」

『――の!』

 

 腕を引かれるように、一枚のカードを引き抜いた。

 暗闇の中に光の帯が走る。

 眩く白んだカードが世界を照らし、闇を払った。

 

 緑色のカード。

 魔法カード。

 私の窮地を救ってくれる、新しいカード。

 

 現実に戻ってくる。

 私はまだふらふらで、だけど、視界は広がっていた。

 向こうに立つ二人の姿をちゃんと視界に収めて、ドローしたカードをビームソードへ近付ける。

 

「……た、し……」

 

 もうちょっと。

 もう、すこし。

 指に力が入らなくて、今にも取り落としてしまいそうなカードを、なんとかビームソードの上へ。

 ふと、アンカーがたゆんだ気がした。

 

「ぁっ」

 

 ぐい、と腕を引かれて地面に顎をぶつけた。

 でも、感覚なんてなくて。

 ……それきりだった。

 

 私は、もう、動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あったかい。

 なんか、ぽかぽかする。

 

 

 ひょっとして私、死んじゃったのかな。

 ……なんだ、ぜんぜん怖くないや。

 

 

 ……なら、良いかな。

 死んだって、きっと、何もない。

 私に残ってるものなんて、なんにも。

 

 

 それに、死んだなら、お母さんに会えるよね。

 ……会いたいなぁ、お母さん。

 もう待つのは疲れちゃったよ。

 

 

 

『まだです』

 

 

 

 ふいに、老いた声が響いた。

 大きな機械がふわふわと漂って近付いてくる。

 隙間から覗く目が、じぃっと私を見下ろした。

 

 

『あなたは、まだ、倒れてはいけないのです』

 

 

 ……?

 ……言ってる意味が、よくわかんないんだけど。

 それに、あなた……えっと……かみさま?

 

 

『まずは、悪しき心を抜き取りましょう』

 

 

 ……。

 かみさまのお話は、むずかしくって、ちっともわからない。

 もうちょっと楽しい話をしてほしいなぁ。

 私、あれ聞きたい。

 不思議の国のアリス。

 あの日はその絵本を買いに出かけたんだったよね。

 だから、私まだ、そのお話の内容を知らないの。

 お母さんに読んで聞かせてもらおうって思って、ずっと待ってたから。

 

 

『さぁ、再び立ち上がるのです。あなたが目覚められる条件が整う……その時まで』

 

 

 影が迫る。

 

 

 私の中に沈んだ暗いモノは、私の中にあった半分をズルズルと抜き取ると、それをそのまま私にかぶせてきた。

 黒くて、ぬめぬめ。

 あっつくて、つめたい。

 

 黒くておおきな鳥さんが、私の中に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……わたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……遊星、殺したいかも。

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