お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

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えっ、なんでオリカ出るの!? って反応多くてこっちがびっくりしちゃった。
唐突過ぎるのがいけないのだ。そこら辺力量不足を実感しました。



シーンが飛び飛びなのは仕様です。



頻繁に「フィールド」を「フォールド」と打ち間違えます……。


RIDE-6 鉄砲玉+絶対王者=サティスファクション!?

 緩くウェーブのかかった長い髪をハーフアップに纏めた男性は、深い知性の灯った瞳で興味深げに辺りを眺めた。

 一面白の空間世界。知的生命の気配は自分以外にはおらず、一人分の息遣いが水の中にでもいるかのようにくぐもって聞こえていた。

 まるで自分こそ人類最後の一人にでもなってしまったかのような感覚。

 

「……すべて、順調ですよ」

 

 この空間がなんであるのかは、長官と呼ばれる男性にもわからない。

 だが、一つわかる事がある。

 それは、懸念事項であった少女、『黒原曜子』を抹殺する事に成功した、という事。

 

 いるはずがないのに、そこにいる少女。

 

 ありもしないはずの、彼女の存在を証明する書類、出生の記録、成長の軌跡。

 それらは突然、唐突にこの次元に捩じ込まれた異物。

 

 だというのに、世界はそれを受け入れている。

 あるいは神が、その意思が彼女を産み落としたのか。

 

 どうあれ、彼女はシグナーではなくなった。

 詳細に言えば、シグナーになり得る可能性は潰えた。

 懸念事項が消え、計画が進行する。

 

「……ええ、私は……」

 

 このままダークシグナーとなり、世界を滅ぼし、神となる。

 そのためにまずはシグナー達を収集しなければならない。

 それが自分がやるべき事。

 

「……?」

 

 ふと、顔を上げた。湾曲した白い世界の向こうを眺める。

 

 世界を、滅ぼす。

 ……確かに、それは自分の目的。

 だが、先程……あまりにも強すぎる感情が胸の内に焼き付いたのはなぜだろうか。

 

 男性――レクス・ゴドウィンは、唇を引き結び、後ろ腰で手を組んで、今しがた覚えた違和感の正体を突き止めようと考えを巡らせた。

 ――が。

 

「!」

 

 紫の炎が燃え上がり、視界を焼き尽くす。

 思わず身を仰け反らせたゴドウィンは、ごうごうと唸り、揺らめく炎の向こうに――見た。

 じっとこちらを見つめて佇む、黒いドレスの幼子を。

 ちろちろと舐めるような火の粉の合間に、表情無く立つ少女を。

 

「黒原……曜子……」

 

 その名を呟けば、脳裏に鋭い痛みが走った。

 それが、すべての答えへと繋がるきっかけとなった。

 

「っ! ……これは」

 

 呟き、目を開ければ、少女の背後には広い部屋が出現していた。

 彼女の居城。シティにある高層マンションの上階。

 彼女が生活の為に使っている一室。

 

 まるで撮影の道具か何かのように、一面だけが壁を取り払われ、この白い世界と接続されている。

 少女は部屋の外に立っていた。

 そして、部屋の中に眠ってもいた。

 

「なるほど……そういう事でしたか」

 

 遠く、壁際に設置された大きなベッドに二人の少女が横たわっていた。

 ――いや、正確には、一人と、一つ。

 耳に届かないほどの小さな寝息をたてて安らかに眠る曜子の横に、彼女のお腹に手をおき、肘をついた手で頭を支えて、寝顔を覗き込むような格好で固まるセーラー服の少女の……人形があった。

 雇った者からの報告にはなかった物だが、だからこそゴドウィンは、知った。

 

 この世界の、本当の事。

 

 僅かな違和感からそれを導き出したゴドウィンは、長い睫毛を合わせて目をつぶり、口角を上げた。

 

(どうりで、妙な義務感がある訳です)

 

 冷静に、確実に、異様なほど自身の目的のために動いてきた我が身を振り返り、ゴドウィンはついに、歯を見せて笑った。

 開かれた目に白目は存在せず、浅黒く染まった肌には痣が走っている。

 肥大した筋肉。大きな背に、コンドルの痣。

 

(ならばこそ、私は神となり、新たなる世界を作り出す)

 

 炎が掻き消えた。

 高い祭壇の上からシグナー達を見下ろし、ゆっくりと腕を広げる。

 二人のシグナーと、一人のマーカー付きがD・ホイールに跨り、自身を見上げていた。

 

「儀式はこのコンドルの地上絵によるライディングデュエルによって執り行われる!」

 

 胸に浮き上がる赤き竜の痣が鈍く輝く。全能感に満ち溢れ、この下らぬ世界を終焉へと導く時がきた。

 冥界の王を呼び覚ますための決闘(ディアク)が、今、始まろうとしていた。

 

 

 

(ん……?)

 

 機械的な駆動音が重く体の中に反響する。

 握ったグリップの硬さ。腰を下ろしたシートの確かな感触。荒れた道を走るタイヤの黒い光り。

 

 気がつけばクロウは、サテライトの長い道をひた走っていた。

 直前までどこで何をしていたのか、どうして今ここにいるのかがわからず、しかし意識ははっきりとしていて、疑問や不安なんかは一片もなかった。

 

「んぉっ!?」

 

 しかし改めて前を向き、自身の前を行く小さなD・ホイールを見つけて目を見開いた。

 あれは遊星のD・ホイール!

 ――では、ない。

 それにしては二回りほど小さいし、色だって奇抜なピンクなんかではない。

 では、彼の愛車に酷似したマシンに乗っているのは……?

 それを確認した時、またもクロウは驚愕した。

 

「あいつは……!」

 

 小さな体はマシンに埋もれるようにして収まり、ヘルメットもせず長い髪を気ままに風になびかせる少女に、見覚えが……あるにはあった。

 

「奴はダークシグナーか」

「! ジャック!」

 

 フォン、と風が吹き抜けた。

 巨大な一輪の白いマシンがクロウの跨るブラック・バードに並走する。元キング、ジャック・アトラスが操るW・O・F(ホイール・オブ・フォーチュン)だ。

 鋭い眼差しが前方を走る少女を捉えている。

 

 クロウは、改めて少女へと目を移した。

 まばたきをすれば、それだけで彼女と出会った時の事が思い出せる。炎でできたコースを疾走する骨だけの馬とD・ホイール。表情のない彼女の平坦な声と、色の無い瞳。

 あの時は彼女の勝利で終わった。

 だというのに……。

 

「曜子……お前までダークシグナーになっちまったのかよ」

 

 あんなにも幼い少女までが闇に染まり、憎悪に突き動かされてデュエルしている。

 その事実が辛く、クロウは歯を噛みしめてギュウとグリップを握った。

 

「知り合いか」

「……ああ。っても、数日前に一回会ったってだけだ」

 

 静かに問いかけてくるジャックへ言葉を返しながら、クロウはどうしてか自分の言葉に違和感を持った。

 数日前……? 本当に数日前だっただろうか。それよりももっと前だったはず……。

 ……やけに不明瞭だ。考えても何も思い出せそうもなく、クロウは説明を続けた。

 

「その時は訳のわからねぇ骸骨野郎とデュエルしてたんだが……そん時は普通だった。だが、今は……」

「ダークシグナーと化してしまった、か」

「ちくしょう! あんなガキまで……!」

 

 握り締めた拳を何かに叩きつけようとして、しかしとどまり、クロウはなおも強く歯を噛み合わせて、胸に浮かぶ激情を抑えようとした。

 

「落ち着け、クロウ。こうなった以上、あの子を解放するには、オレ達がデュエルする他ない」

 

 一見冷徹な眼差しがクロウを見下ろす。ジャックの語り口に動揺はない。

 なんだってそんなに冷静なんだ、とクロウが因縁をつけようとしたところで、機械音声が鳴り響いた。

 

『フィールド魔法、クロス・オーバー・アクセル』

「――どうやら、向こうもやる気のようだ」

 

 二人のD・ホイールに備えられたディスプレイに一枚の見慣れぬカードが浮かび上がり、発動する。

 不思議な光が広がる向こう側では、こちらをちらりと確認する曜子の姿があった。その切れ込みのような唇が開閉する。

 

「――デュエル」

 

 鈴を転がしたような――という表現は些かチープだが、彼女の声は落ち着いていて、抑揚がなく、されど弾む音符のように綺麗で濁りのない声だった。

 セットされているデッキが激しい音をたててオートシャッフルされ、上部の五枚が突き出るのを抜き取ったジャックは、グリップを捻って加速すると、曜子を抜いて前へ出た。突然に目の前に現れた急角度の曲がり角を巧みな操作技術で危なげなく曲がる。第一コーナーは元キング、ジャック・アトラスがとった。

 

「オレのターン!」

 

 手袋に包まれた長い指がカードを挟み、一枚をディスクに叩き付ける。認識音と共にソリッドヴィジョンシステムが稼働し、スピードの世界に光が伸びた。

 

「チューナーモンスター、トップランナーを召喚!」

 

 コーン、と独特の音が響く。

 残像を引く機械の走者がホイール・オブ・フォーチュンを抜き去り、誰よりも先へと走り行く。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 唐突に始まったデュエルにも関わらず、元キングは動じず先を見て動く。

 その姿にクロウも落ち着きを取り戻した。速度を落として戻って来た彼のマシンを抜き、今度はクロウが先頭へと躍り出る。

 

「次はオレだ! オレは手札からBF(ブラック・フェザー)-蒼炎のシュラを召喚!」

 

 蒼い翼と体を持つ鳥獣が羽ばたく。BFの優秀なアタッカーだ。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」

 

 まずは様子見。

 彼女はトリッキーな戦術を使う。果敢に攻めるのも手だが、何ともわからないものに手を出しては手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。

 それに、鉄砲玉を自称する自分が最初にプレイできなかった事もあって、今回は慎重に動く事にしたのだ。

 

「私のターン」

 

 クロウの傍を通り過ぎていく少女の横顔は、あの日見た表情と寸分違わず、声音も声量も変わらない。

 だけど確かに、陶磁器のような白い肌を汚すように線が走り、瞳は真っ黒に染まっていた。極めつけはダークシグナーである証の痣だ。それがちゃちなペイントや刺繍でもない限り、彼女は確実に闇に呑まれてしまっている。

 

「私は手札よりマドルチェ・マジョレーヌを召喚」

 

 銀のフォークに跨って、お菓子の国の魔女が空を飛ぶ。その表情には、前のデュエルで他の仲間達が見せていたような苦悶や焦りの色はなく、ただ邪悪な笑みを浮かべていた。彼女のデッキも……そのカード達も、主人である少女の今の状態に染まりつつあった。

 

 颯爽とフォークから下りた魔女が杖代わりにフォークを一振りすれば、曜子のデッキの中央からカードが一枚せり出す。

 

「マジョレーヌの召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」モンスターを手札に加える事ができる。私はその効果でマドルチェ・エンジェリーを手札に加える」

 

 「マドルチェ」専用サーチ。このカテゴリー登場初期は彼女が主軸となってアドバンテージを稼いでいくのが主流だった。

 今はエンジェリーやホーットケーキの登場によりマジョレーヌの影は薄れてしまってきているが、それでもまだまだ現役だ。

 

「さらに私は、速攻魔法、緊急テレポートを発動する」

「なっ!」

「なに!?」

 

 ジャックとクロウ。二人の驚愕が重なった。

 曜子が発動したカードが禁止カードだから……などといった事ではなく、単純に、ライディングデュエルで魔法カードを使った彼女に、そして、にも関わらず変動していないライフに驚いたのだ。

 ライディングデュエルでは魔法カードはご法度だ。代わりにSp(スピードスペル)というカード群を使わなければならない。が、公式大会ならまだしも、こうした野良デュエルでなら魔法カードを使うDホイーラーは決していない訳ではない。その代償はライフの半分を失うという重いものであるから、そんな馬鹿な真似をするのは弱小デュエリストか、よっぽどのギャンブラーくらいのものだが。

 

「このカードの効果により、私はデッキからレベル3以下のサイキック族モンスター、幽鬼(ゆき)うさぎを特殊召喚する」

 

 シュンッと空気の掠れるような音をたて、着物姿の童鬼が曜子の傍に出現した。焔の灯る札を一振りし、飛行を始める。

 

「チューナーモンスター……!」

 

 小さな鬼の背を眺め、クロウが独り言ちる。

 彼女はエクシーズという謎のモンスターを使用していたが、どうやらそれ以外のモンスターを出せないという訳ではないらしい。

 

「レベル4のマジョレーヌにレベル3の幽鬼うさぎをチューニング」

 

 前へ躍り出た幽鬼うさぎが再び御札を振りかざし、薄い光の炎に包まれて緑輪に変わる。バラバラに動いた円が規則正しく並び直せば、フォークに腰かけた魔女が不敵な笑みをたたえて輪の中へと入り込んで行った。

 

(つど)え、七つの光。遥か遠き次元の煌めきよ、その美しくも雄々しき翼翻し、光の速さで敵を討て」

 

 モンスターの姿が薄れ、四つの光球となる。

 瞬間、閃光が走った。

 

「シンクロ召喚。現れろ、レベル7、クリアウィング・シンクロ・ドラゴン」

 

 薄氷の如き翼を煌めかせ、白き龍が()える。

 彼女を守護するように下りてきたクリアウィングは、二人の男を睥睨(へいげい)し、威圧した。

 

「こいつが曜子のシンクロモンスター……!」

 

 うねり、くねる細長い体の末端が今にもD・ホイールごとこちらを薙ぎ払ってきそうなその姿に、クロウは思わずといった様子で呟いた。

 これが彼女のエースモンスター……では、ないだろう。前のデュエルを見ていればわかる。彼女がお姫様と呼ぶ金髪の少女は、目いっぱい強化されて敵を打ち倒していた。エースモンスターは間違いなくあちら。……デュエリストとしての勘もそう告げている。

 

「さらに私は魔法(マジック)カード、二重召喚(デュアルサモン)を発動。このターン、私はもう一度通常召喚を行う事ができる」

 

 再び魔法カードの使用。

 クロウはすかさずディスプレイに視線を落とした。やはり彼女のライフは減っておらず、エラー表記や何かも浮かばない。どうやらこのデュエルでは魔法カードが使えてしまうようだ。それが何故かはわからないが……嫌な予感がした。

 手札ホルダーを見れば、モンスターカードの他に魔法カード……Sp(スピードスペル)がある。

 予感が正しいのなら、おそらくこのSpは使えない。もしそうだった時、このデュエル、少々厳しいものになるだろう。

 

「マドルチェ・エンジェリーを召喚」

 

 それをジャックに伝えようとした時、彼は他所を向いていた。曜子でもクロウでも、彼女が出した天使の女の子でもなく――その先。トップ・ランナーが走り抜けた足下付近に存在するバブルのような透明な球体の中に、こちらに背を向けた形でカードが浮かんでいた。その背に刻まれた『A』の文字。

 なんのきなしに、といった様子でジャックは身を乗り出し、手を伸ばしてそれを取った。

 泡が弾ける。

 

「これは……」

「――ホーットケーキを特殊召喚。その効果により、墓地のエンジェリーを除外してデッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚できる。マドルチェ・パティシューエルを特殊召喚」

 

 ホーットケーキが羽ばたけば、お菓子の国のパティシエールが元気に飛び出した。

 ボウルに浸していたウィスク(泡だて器)を振りかざし、白い液体を周囲へ飛ばす。

 

「パティシューエルの効果発動。このモンスターの攻撃力と守備力を0にする事で、デッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚できる。私はレベルマイナス10のDT(ダークチューナー)マドルチェ・コピーフロートを特殊召喚」

 

 透明な容器に満たされた黒い液体と、そこに浮かぶバニラアイスの島の間に、中に潜む何者かの目が光った。

 効果で呼び出された新たなマドルチェモンスターは、レベルが10のわりには攻守ともに0。

 だが重要なのはステータスでも効果でもない。重要なのは、そのモンスターがマイナスのレベルを持つDTだという事だ。

 

「ダークチューナー……!」

「くるか! ダークシンクロモンスターが!」

 

 ダークシグナーが持つ力の一つ。シンクロと正反対のモンスターを呼び出すための手管が彼女のフィールドに揃ってしまった。

 警戒を露わにする二人に、振り返った曜子がふっと笑みを零す。

 

「そう慌てないで? まずはコピーフロートの効果を発動するわ」

 

 コピーフロートは中身の液体を激しく蠢かし、一枚のカードを吐き出した。それは曜子の手に収まり、デュエルディスクの中に差し込まれた。

 

「コピーフロートの効果は、一ターンに一度、「マドルチェ」と名のつく魔法(マジック)(トラップ)カードをデッキから一枚選択して発動する事ができる」

「デッキから直接魔法・罠を発動するだと!? そりゃいくらなんでもおかしいぜ!!」

「ダークシグナーの力とはそういうものよ」

 

 クロウの驚愕に、曜子はにべもなく言い放った。

 これが本当にダークシグナーの力なのだとしたら、やる事が汚すぎる。可憐な容姿とは見合わない、とんだトリッキーさだ。

 

「私は永続魔法マドルチェ・チケットをデッキから発動し、さらにフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動」

 

 数瞬辺りの景色が変わった。が、すぐにスピードの世界へと戻る。

 

「このカードの発動時、私の墓地の「マドルチェ」モンスターは全てデッキに戻る。そしてチケットの効果で、デッキからマドルチェ・クリスメイトを手札に」

 

 マドルチェ・シャトーとマドルチェ・チケットが揃った時、このデッキは莫大なアドバンテージを生み出し始める。それは今の曜子の回し方から見ても明らかだ。これだけ手札を消費して、未だに二枚の手札を持っている。どちらもすでに情報は公開されているが、だからこそジャックとクロウ、二人の警戒レベルはぐんと上がった。

 曜子が腕を伸ばし、細い指をコピーフロートへと向ける。

 

「コピーフロートのもう一つの効果。フィールド上の「マドルチェ」モンスター一体を選択する。このカードのレベルは選択したモンスターとまったく同じになる。私はパティシューエルを選択」

「と、いう事は……」

「ダークチューナーのレベルが、マイナスではなくプラスになるというのか!?」

「そう。プラスのレベルを持ったコピーフロートは、もはやダークチューナーではいられない」

 

 コピーフロートの双眸が悲しみを表す斜めになり、容器の中身はバニラアイスごと激しくシェイクされ始めた。

 それが終わった時、後に残るのは白く濁ったコーヒーのみだった。

 

「レベル4のモンスターが二体! エクシーズモンスターとやらは、同じレベルのモンスターで召喚するんだったな!」

「お前が前に話していた得体の知れないモンスターか」

「ああ。まるでダークシンクロモンスターみてーに黒いカードから現れる奴らだ」

 

 いつ話したのだったか、それもやはり上手く思い出せなかったが、クロウとジャックは情報を共有していた。

 フン、とジャックが鼻を鳴らす。

 

「どのようなモンスターが出てこようと、粉砕する事に変わりはない!」

「そう? じゃあやってみてよ。できるならね」

 

 凄むジャックの言葉に、曜子は無機質な瞳を向けてそう煽った。これから出すモンスターに余程の自信があると見える。彼女の言動を元に分析する二人を前に、曜子はさらにモンスター効果の発動を宣言した。

 

「パティシューエルの効果発動。このターン、墓地またはフィールドからデッキ、または手札に戻った「マドルチェ」カードの数だけレベルを上げるか下げるか選択する事ができる。私はパティシューエルのレベルを3にする」

「レベルを変えた……? って事は、レベル3のホーットケーキとエクシーズ召喚するつもりか?」

「ふふ、いいえ? エクシーズはしない。あなたたちお得意のシンクロ召喚で相手をしてあげるわ」

 

 何がおかしいのか、くすくすと笑い声を零しながら、彼女はいっそ「舐めている」とでも思わせるような事を言った。

 エクシーズを使わず、こちらの土台で勝負を仕掛けてくる。そこにどのような思惑があるのか、二人にはわからない。シンクロ対シンクロを望んでいるのか、それとも――。

 

「レベル3となったパティシューエルに、レベル4となったコピーフロートをチューニング」

 

 容器が倒れ、白濁とした液体が濁流となって道路を流れていく。

 その波に飲まれたかに見えたパティシューエルは、しかし溺れてなどおらず、自身を包むように渦巻く液体を見上げ――二人は緑輪と光球に変化した。

 

「集え、七つの光。遥か遠き(そら)に輝く死の星よ、進化の力を食い止めろ」

 

 爆音とともに光が迸る。

 

「シンクロ召喚。降臨せよ、レベル7、天刑王(てんけいおう) ブラック・ハイランダー」

 

 黒き鎧をまとい、鎌を持った巨大なモンスターがフィールドを制圧する。風にはためくマントの音に、どこか曜子は満足気だった。

 

「私はこれでターンエンド」

「オレのタァーン!」

 

 再びジャックが前に出て、カードをドローする。

 引いたカードには目もくれず、横目でブラック・ハイランダーを流し見たジャックは、そのモンスター効果に思いを馳せた。

 あれだけの大言壮語を吐いた上で出したシンクロモンスターだ。ダークシンクロだってできただろうに、そちらを選択せずこのモンスターを場に出す事を優先した。

 何かある。彼女が何かを企んでいるのがひしひしと伝わってくる。

 だがこの程度のプレッシャーなど恐れるに足りない。どんな効果を持っていようと、圧倒的なパワーで粉砕するまで!

 

「バイス・バーサーカーを召喚!」

 

 黒翼の悪魔が羽を広げ、筋肉質な体を力強い羽ばたきで持ち上げる。

 最初から全開で飛ばしていく。グリップを捻り、マシンはさらに加速していく。

 

「レベル4のバイス・バーサーカーに、レベル4のトップ・ランナーをチューニング!」

 

 先を行く走者が光の輪となり、くぐる悪魔は光の球となる。

 カッと光が膨らみ――炎が溢れ出した。

 

「王者の鼓動、今ここに列を成す! 天地鳴動の力を見るがいい!」

 

 猛々しい咆哮が轟き、炎の壁を突き破り、紅蓮魔竜が君臨する。

 

「シンクロ召喚! 我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

 

 ジャック・アトラスの気高きエースモンスター。

 地に影を落とす恐ろしいドラゴンを前にして、曜子はふっと笑った。

 

「ブラック・ハイランダーのモンスター効果。このモンスターがフィールドに存在する限り、お互いにシンクロ召喚はできない」

「し、シンクロ封じだとぉ!?」

 

 さらなるトンデモ効果にクロウが目を見開けば、曜子はお構いなしに(しもべ)へと指示を下した。

 

「よってそのシンクロは無効となる。やれ、ブラック・ハイランダー。死回帰線(デス・トロピクス)

 

 体と翼を広げる竜に、鎌を振りかぶった死神が迫る。

 いくら強大なドラゴンといえど、生まれ出でた瞬間を狙われてはひとたまりもない。

 このままいけばレッド・デーモンズ・ドラゴンはチューナーと非チューナーにわかたれてしまうだろう。

 それをみすみす見逃すジャック・アトラスではない。

 

(トラップ)発動! デモンズ・チェーン!」

 

 ホイール・オブ・フォーチュンの真横に立ち上がったカードから数本の鎖が伸び、ブラック・ハイランダーを雁字搦めにして拘束する。

 悪魔の鎖が能力を奪い、ブラック・ハイランダーの効果を無効化する。さらに武器である巨大な鎌も手から離れ、攻撃の手段もなくなった。

 デモンズ・チェーンの効果によりシンクロ召喚は成功し、全ての炎を吹き飛ばしたレッド・デーモンが咆えた。対抗するように声を上げ、クリアウィングが対峙する。

 

「その程度の戦術が、このジャック・アトラスに通ずるとでも思ったか!」

「……」

 

 目論見が外れたのがつまらないのか、曜子は口を引き結んでジャックから目を逸らし、不貞腐れたように前へと向き直った。子供そのものな挙動も、ジャックは歯牙にもかけない。

 

「バイス・バーサーカーがシンクロ素材となった時、ライフポイントに2000のダメージを負う事で、レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃力はターン終了時まで2000ポイントアップする!」

 

 力の上昇を感じてか、紅蓮魔竜は拳を握り込み、歓喜の声を上げた。

 攻撃力5000。曜子のフィールドがガラ空きだったなら容易にワンショットキルできる数値だ。そうでなくとも大ダメージは免れない。

 

「バトルだ!」

 

 ホイール・オブ・フォーチュンが反転する。座席を内包する一輪のタイヤは猛然と反回転し、砂埃を上げて変わらぬスピードで後退していく。曜子の乗るマシンの先へ、ジャックのD・ホイールが滑り込んできた。

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴンでクリアウィング・シンクロ・ドラゴンを攻撃! アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 グオオと鳴いたレッド・デーモンが羽ばたき、一段高い位置で腕を振り上げた。

 見上げるクリアウィングへと叩き潰すように掌底が振り下ろされる。

 攻撃されるのを待つばかりであるはずもなく、クリアウィングもまた猛り、握り拳を振り上げた。

 掌底と拳がぶつかり合い、衝撃波が撒き散らされる。

 

 ジャックは、見た。白い風が広がる向こうで、車体を傾け、廃屋の傍に浮かんでいたカードを曜子が手にしたのを。

 

「アクションマジック、魔回避を発動。私のフィールド上に魔回避トークンを一体生み出す」

「なるほど、そのカードはそうして使うのだな」

 

 ようやっと道に浮く謎のカードの正体がわかり、ジャックはホルダーに挟んだ毛色の違うカードを横目で見た。

 だが、と声に力を入れ、曜子を見据える。

 

「そのカードの効果では破壊を免れる事はおろか、バトルを止める事もできない! やれ! レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

 

 ジャックの声に呼応し、グオオと唸る魔竜の腕が肥大し、ただでさえ押し気味だったクリアウィングを道路に叩きつけた。

 ガリガリと削れるままに巨体が跳ね、やがては粉砕されて光の粉となる。

 本来シンクロを得意としないデッキで出したせっかくのモンスターも、真価を発揮する前にやられてしまってはどうしようもない。

 

「ぐ、うっ……!」

 

 リアルソリッドビジョンによる本物の衝撃に車体を揺さぶられ、曜子は歯を噛みしめて耐えた。

 攻撃力の差分、2500のダメージを受け、一気にライフが1500まで減ってしまった。

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンドだ!」

「……この瞬間、バイス・バーサーカーの効果は終了し、レッド・デーモンズ・ドラゴンの攻撃力は元に戻る」

「オレのターン!」

 

 その上次のターンプレイヤーは曜子ではなくクロウ。

 ガラ空きになったフィールドに攻め込まれればひとたまりもない。

 

「BF-銀盾のミストラルを召喚!」

 

 銀の顔を持つ小さな鳥は、チューナーモンスターだ。

 フィールドにチューナーと非チューナーを揃えたのならばやる事は一つ。

 

「レベル4の蒼炎のシュラに、レベル2の銀盾のミストラルをチューニング!」

 

 二体の鳥の羽ばたきが光の奔流を呼び、世界を白く染め上げる。

 

「シンクロ召喚! BF-星影のノートゥング!」

 

 光を切り裂く剣を持つ、人型の黒いカラスが姿を現す。

 ん? とクロウは眉を寄せた。……このシンクロモンスター、自分は所持していただろうか……?

 名前も効果も把握しているのだから、前から持っていたと考えるのが自然だが、どうにも腑に落ちず、しかしプレイの手を止める事はできないので、クロウはノートゥングの効果説明に入った。

 

「ノートゥングが特殊召喚に成功した時、相手ライフに800ポイントのダメージを与え、さらに相手フィールド上に存在するモンスター一体の攻撃力を800ポイントダウンさせる! オレはホーットケーキを選択! 舞い戻る剣(ホーミング・ソード)!!」

「くっ……」

 

 カラスの投げた剣は回転しながら迫り、退避しきれなかったフクロウを斬りつけて持ち主の手へと戻っていった。手傷を負わされたホーットケーキの攻撃力は1200にダウンしてしまう。

 そして曜子の残りのライフは700。ホーットケーキはエンジェリーの効果で特殊召喚されたために戦闘では破壊されないが、この局面ではそれで耐え凌ぐ事はできない。曜子のフィールドにセットカードはなく、このまま攻撃を受ければ終わりだ。

 

「ノートゥングの二つ目の効果で、手札からBF-上弦のピナーカを通常召喚! そしてオレのフィールドにBFモンスターがいる時、こいつは特殊召喚できる! BF-残夜のクリスを特殊召喚!」

 

 だからこそ曜子はD・ホイールを繰り、数十メートル先の空中にあるアクションカードを目指した。

 

「レベル4の残夜のクリスに、レベル3の上弦のピナーカをチューニング!」

 

 クロウにもそれは見えている。

 連続召喚から即座にシンクロ召喚へと繋げたのはそのためだ。

 

「黒き旋風よ、天空へ駆け上がる翼となれ! シンクロ召喚! BF-アーマード・ウィング!」

 

 鳥の頭に、大きなくちばしの中に光る赤。鍛え抜かれた巨躯は鎧に包まれ、どんな攻撃も跳ね返す。

 鋼の如き硬さを誇るシンクロモンスターが光の中から飛び出してきた。

 

「バトルだ! アーマード・ウィングでホーットケーキを攻撃! ブラック・ハリケーン!」

 

 拳から鋭い棘を出し、その腕を前へと伸ばしてフクロウめがけ、黒い影は一直線に飛びかかる。

 ギュオンと駆動音を響かせて前輪を浮かせた曜子は、グリップから手を離し、浮き上がる体に合わせて腰を浮かせ、半ば直立しながら空中のカードを手中に収めた。

 

「っ、アクションマジック起死回生を発動。ホーットケーキの攻撃力はダメージステップ終了時まで、800ポイントアップする。さらにエンジェリーの効果で、ホーットケーキは戦闘では破壊されない」

「だがダメージは受けてもらうぜ!」

「くぅっ……」

 

 羽で自身を庇うフクロウへと棘が突き刺さり、しかし破壊には至らない。衝撃が、未だ立っている曜子の体を揺らし、危うくD・ホイールから投げ出されるところだった。

 なんとか彼女がシートに座り、ばらけた髪を手で梳いて整えた時には、ホーットケーキが受け止めていた拳が引かれ――羽を貫通した棘が(くさび)となって残った。

 

「アーマード・ウィングの効果! 今打ち込んだ楔を解き放つ事で、ホーットケーキの攻撃力と守備力を0にする!」

 

 羽を振り払い、なんとか棘を外したものの、傷は深く、もはやこのフクロウに戦う力は残されていなかった。

 

「そして、星影のノートゥングのつい――!」

「……」

 

 攻撃命令を出そうとして、クロウは一瞬、躊躇いを覚えた。

 ここで彼女のライフを0にすれば、当然……彼女は消滅する。ダークシグナーになってまで縋り付いた生も、なんらかの目的を果たす事もできず、幼い命は塵となる。

 スピードの世界の中で、クロウの思考だけが緩やかに流れた。

 表情もなく、感情もなく、ただこちらを見てくるだけの少女の顔を眺め、悩む。

 

 繫がりのある相手。だけど彼女との間にある糸は細く、透明で、言ってしまえば無いも同然だ。

 だが、だからといって割り切れるものではない。たとえこれが彼女を解放するための行為(デュエル)なのだとしても……。

 

「やれーっ、ノートゥング! ホーットケーキに攻撃だ!」

 

 止まる訳にはいかない。ここで見逃せば、彼女が何をしでかすかわからない。

 本当ならばあの年頃の少女には無邪気に笑っていてほしかった。

 そうならない運命を呪いながらクロウはやけっぱちに叫んで、目をつぶった。

 ――彼はまだ知らなかった。ダークシグナーとなった曜子の理不尽ぶりを。

 

「墓地に存在するDTマドルチェ・コピーフロートをデッキに戻す事によって、デッキから通常トラップ、マドルチェ・ディザスターバイキングを発動する」

「なっ」

「なに!?」

 

 とんでもない言葉が聞こえて目を開けば、流れる風に混じってケーキや洋菓子などが浮かんでいるのが見えた。

 その中を突っ切っていったノートゥングが、無防備な体を晒すホーットケーキへと剣を振り下ろす。

 が、見えざる何かによって剣速は衰え、弾かれて、その際に飛び出た漫画チックな星がタルトに変わった。

 

「このターン、私が受けるすべてのダメージは、私のライフを回復するものとなる。よって私は、2400ポイントのライフを得て、2600まで回復する」

「再びデッキから直接(トラップ)を発動させるだけでなく、ライフまで回復させるとは……!」

「さらに、私がライフを回復するたびにフィールド上のカードを一枚破壊できる」

「その上破壊効果まであるってのかよ!?」

 

 しかもコピーフロートはデッキに戻ってしまった。それは二度のデッキから魔法・罠を発動する効果は幾らでも再利用できるという事に他ならない。まるでインチキ効果のバーゲンセールだった。

 

「アーマード・ウィングを破壊する」

 

 ふわりと香る甘い匂いに乗って、洋菓子が送られる。

 一見素敵な甘味も、一皮剥けば凶悪な爆弾だ。ただのお菓子と認識して無視していたアーマード・ウィングは、突如として爆発した洋菓子に呑み込まれ、声を発する暇もなく消し去られてしまった。

 戦闘において無敵を誇るアーマード・ウィングも、効果破壊やバウンスによる除去には無力。曜子はそれをよく知っていた。

 

 

「墓地からデッキへと「マドルチェ」カードが戻った事により、永続魔法マドルチェ・チケットの効果を発動する。デッキよりマドルチェ・プディンセスを手札に」

「くっ……ターンエンドだ! エンドフェイズ、墓地に送られた上弦のピナーカの効果で、デッキから月影のカルートを手札に加える! そしてホーットケーキの攻撃力と守備力は元に戻る!」

「私のターン、ドロー」

 

 静かにカードを引き抜いた曜子は、今クロウがサーチしたカードに苦い顔を――できないが――した。

 BF専用のオネスト。戦闘破壊ができないアーマード・ウィングを処理したというのに、今度は攻撃力4000を超えるモンスターでなければクロウのシンクロモンスターを倒す事が叶わなくなってしまった。

 ならばライフの少ないジャックを先に始末するべきだろう。未だ沈黙を保つ一枚のトラップは不気味だが、臆していては勝てるものも勝てなくなる。

 

「私は魔回避トークンと天刑王 ブラック・ハイランダーをリリースする事で、DTマドルチェ・コピーフロートをアドバンス召喚」

「引いてきたか……!」

 

 一度デッキに戻したカードを、今のドローで再び手中に収めるドロー力。今の曜子は間違いなく並以上のデュエリストだった。

 

「コピーフロートの効果でデッキから(トラップ)を発動。マドルチェ・ハッピーフェスタ。手札の「マドルチェ」モンスターを任意の数だけ特殊召喚する」

 

 一瞬現れたケーキの山から、一つの影が飛び降りてくる。

 

「現れよ、マドルチェ・プディンセス」

 

 不機嫌気味のお姫様は、ジャック、クロウの両名を睨みつけながら後ろ向きに飛び始めた。

 

「さらにホーットケーキの効果発動。墓地のブラック・ハイランダーを除外する事でデッキよりマドルチェ・クロワンサンを特殊召喚する」

 

 瀕死のフクロウの羽ばたきに答え、一匹の犬が駆け付けた。ワンと吠えれば空間が揺らぎ、曜子のデュエルディスクからフィールド魔法カードが排出される。

 

「クロワンサンの効果でマドルチェ・シャトーを手札に戻す。攻撃力が300ポイントアップし、レベルは4となる」

 

 クロワンサンに光が纏わり、少々のパワーアップを果たす。だが曜子の目的はそちらではなく、マドルチェ・シャトーをもう一度発動する事にあった。

 今はそのタイミングではない。まずは……そう、まずは、シンクロ召喚だ。

 デュエルディスクから伸びる光の板に指を這わせ、プディンセスのカードを顔の前まで持ち上げた曜子は、目の前を飛ぶプディンセスの後姿とカードを重ねた。

 

「守って……くれるよね」

 

 呟きは風に流れて、誰の耳にも届かない。

 プディンセスだけは、ぴくりと身動ぎして、だけどそれだけだった。

 

「レベル5のマドルチェ・プディンセスに、レベル-10のダークチューナー、マドルチェ・コピーフロートをダークチューニング」

「……! ついに、ダークシンクロモンスターのお出ましか!」

「くるならきやがれってんだ!」

 

 闇が溢れる。

 コピーフロートはそのすべてを夜闇のように暗い靄へと変え、プディンセスへと纏わりついた。お姫様ははっとして闇を振り払おうとするも、腕がすり抜けるばかりで抵抗できない。

 

「はぁぁ……!」

 

 僅かに力む声が曜子の方からあって、プディンセスに注目していた二人は彼女の方へ目をやった。

 ――プディンセスのカードを掲げ、低い唸り声を上げている。彼女の体から滲み出す闇の力が、どんどんカードに吸収されていく。

 

「何をするつもりだ……!?」

 

 ジャックの疑問は、すぐに氷解する事になる。

 曜子の持つマドルチェ・プディンセスのカードが、下の方から黒く染め上げられ、それがレベルにまで及ぶと、色も位置も全てが塗り替えられてしまった。

 

「果て無き悪夢のずっと先まで、私を守るために生まれ変わって」

 

 朗々と歌うような声が不思議に響く。

 苦悶の表情を浮かべるお姫様は、ついに体の中へ闇の侵入を許してしまい――悲鳴を上げて砕け散った。

 弾け飛んだ五つの黒い光球が円になって回転し、その中心に黒い光の奔流を立ち昇らせる。

 

「ダークシンクロ」

 

 蔓延る闇の煙の中から、しゅるしゅると動く細長い物が垣間見えた。

 悪魔の尻尾に小さな羽。闇に染まった黒髪に瞳。

 

「マドルチェ・エビル・バッド・プディンセス」

 

 がおー、と両腕を振り上げて登場した真っ黒なお姫様は、悪戯な笑みを浮かべて腰に手を当てた。

 曜子が持っていたプディンセスのカードは、バッド・プディンセスのカードへと書き換えられていた。

 

「墓地に眠るコピーフロートをデッキに戻す事で、デッキより(トラップ)発動。マドルチェ・マナー」

「墓地に落ちたターンにも発動できるのか……!」

「マドルチェ・マジョレーヌをデッキに戻し、私のフィールドの「マドルチェ」モンスターの攻撃力と守備力を800ポイントアップさせる。さらにフィールド魔法、マドルチェ・シャトーを発動」

 

 蜃気楼のようにお菓子の国が揺らめいて、曜子はチケットの効果で手札にモンスターを呼び込んだ。

 

「これにより、クロワンサンの攻撃力は3100、ホーットケーキは2800、マドルチェ・エビル・バッド・プディンセスの攻撃力は3600となる」

「レッド・デーモンズ・ドラゴンを越えてきたか……!」

 

 曜子の眼差しは紅蓮の魔竜へと向けられていた。

 間違いなく、狙いはジャック。彼のライフを0にするために、曜子は指を伸ばし、指示を下す。

 

「バトル。マドルチェ・エビル・バッド・プディンセスでレッド・デーモンズ・ドラゴンを攻撃。悪姫激光(プディンセス・ビーム)

 

 ビッとレッド・デーモンを指出したお姫様の指先に闇が集っていく。

 一拍置いて、細長い光線が放たれた。

 攻撃力の差を感じ取ったのだろう、魔竜は身を丸め、羽で身を隠す事で防御態勢に入った。重なった羽に光線が突き刺さる。苦悶の声が地響きの如く上がり――パァン、と、レッド・デーモンズ・ドラゴンは光線を跳ね返した。

 えっ、と呆けたお姫様は、攻撃の手を止めてしまった。

 

「オレは(トラップ)カード、プライドの咆哮を発動した! オレが受けるはずだったダメージ分、600のライフを支払う事により、このダメージ計算時のみ、オレのレッド・デーモンズ・ドラゴンとお前のマドルチェ・エビル・バッド・プディンセスの攻撃力の差プラス300ポイント、レッド・デーモンズの攻撃力はアップする!」

 

 倒せるはずだった敵は悠々と自分の攻撃を跳ね返した。その事に驚いて動けないでいるお姫様へ、魔竜は大きく息を吸い込んだ。

 

「反撃の、クリムゾン・ヘルフレア!!」

 

 地を熱し、風をも燃やすドラゴンブレスがプディンセスを飲み込む。

 小さな少女の体などあっという間に溶解させてしまうだろう灼熱地獄は、しかし一筋の黒い光に切り開かれた。

 

「マドルチェ・エビル・バッド・プディンセスのモンスター効果。フィールド・墓地からカードの効果でデッキ・手札に「マドルチェ」カードが戻ったターンの次のターン終了時まで、このカードは破壊されない」

「だがダメージは受けてもらう!」

 

 炎の欠片が曜子の体を撫でていく。300ポイントの反射ダメージを受け、ライフポイントは2300に。

 熱気に目を伏せがちにし、身を屈めて耐えた曜子は、すかさず腕を上げた。

 

「バッド・プディンセスの更なる効果発動。このターンに「マドルチェ」カードがカード効果でデッキ・手札に戻った数だけ、続けて攻撃できる」

「そのダークシンクロモンスターの能力は連続攻撃か!」

「それだけじゃない。バッド・プディンセスとバトルを行った時、その相手モンスターと相手フィールド上に存在するカードを一枚破壊し、破壊したカード×500ポイントのダメージを相手に与える」

「なんだと!?」

 

 にぃっと悪魔的な笑みを浮かべたプディンセスは、すかさず両腕を振り回し、闇の波動を撒き散らした。

 レッド・デーモンズ・ドラゴンは抗えぬ闇の力によって瘴気に飲まれ、消えていった。

 魔竜の咆哮が完全に消え去る前に、クロウがセットカードを公開する。

 

(トラップ)発動! シャドー・インパルス!」

 

 戦闘・効果で破壊されたシンクロモンスターと同じレベル、種族を持つシンクロモンスターをエクストラデッキから特殊召喚する効果を持つ(トラップ)

 

「ジャック! こいつを使いな!」

「フン、礼は言わんぞ、クロウ!」

 

 闇の瘴気ばかりが残るジャックのフィールドに、ごうごうと炎が広がった。

 ホイール・オブ・フォーチュンが加速する。モーメントが虹色の光を発しエクストラデッキが激しく発光する。

 

「我が魂は、再びフィールドに舞い戻る!」

「……? そのカードは、あなたのデッキに一枚しか存在しないはず……」

「王者の咆哮、今天地を揺るがす。唯一無二なる覇者の力、その身に刻むがいい!」

 

 言葉通り、ドラゴンの声はビリビリと空気を振動させ、流動する炎はさらに激しく燃え上がった。

 

「荒ぶる魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト!!」

 

 真昼のような赤い光が一瞬広がり、それが収まった時には、先程破壊したはずのモンスターが再臨していた。

 ――だが、手負いだ。

 レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトは体に幾つもの傷を負い、立派な角の右側は半ばから折れて失っている。

 それでも魔竜の存在感は欠片も衰えておらず、むしろさらに強まっていた。

 

 ジャック・アトラスは、目を細めて自身のフィールドに下りたレッド・デーモンズ・ドラゴンと瓜二つのモンスターを見上げた。

 なぜだか知らないが、エクストラデッキに入っていた謎のカード。

 その効果も名前も、ずっと前から知っていた気がするが……どこで手に入れたかは思い出せなかった。

 

「新しいモンスターを出そうと、バッド・プディンセスはいくらでも攻撃できる。――それと、追加効果で星影のノートゥングは破壊させてもらうわ」

 

 自身が攻撃する時を待っていたノートゥングは、突如として襲い掛かってきた闇に飲まれ、消滅した。

 クロウとジャック、両名のライフポイントに500ずつダメージが与えられる。ジャックのライフは赤く点灯し、セーフティラインを越えて減速を始めた。

 

「ノートゥングがカードの効果で破壊されちまったこの瞬間、手札からBF-流離(さすら)いのコガラシを特殊召喚する!」

 

 風が巻き起こり、その中から細身の鳥人間が飛び出してきた。

 両腕に逆立ってついた赤い羽根を刃のように振りかざし、交差させる。

 

「そして(トラップ)発動、ブラック・リターン! こいつはオレのフィールドにBFが特殊召喚された時に発動できるカード。相手フィールドのモンスター一体を選択し、その攻撃力分のライフを得る!」

 

 クロウのライフカウンターは著しい上昇を見せ、バッド・プディンセスの現在の攻撃力、3600分、大きくライフを回復した。

 

「そしてその後、そのモンスターを手札に戻す!」

「っ……こしゃくな」

 

 暴風がお姫様を襲う。

 顔を庇い、踏ん張ろうとするプディンセスは、しかし抗えずに光となってエクストラデッキに戻っていく。

 

「マドルチェ・エビル・バッド・プディンセスの効果発動。このカードがフィールドから離れた場合、エクストラデッキからマドルチェ・ダークロード・プディンセスを特殊召喚し、フィールド上の「マドルチェ」モンスターを任意の数エクシーズ素材として特殊召喚したXモンスターの下に重ねる事ができる。ホーットケーキとクロワンサンをX素材に選択」

 

 地に渦巻く黒い光が現れて、爆音とともに光が立ち上る。

 

「悪夢に塗れた国より来たりて、自由気ままに遊びつくせ」

 

 闇が人型を作り出し、ぬるりと姫が姿を現す。

 

「出でよ、ランク5、マドルチェ・ダークロード・プディンセス」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンがレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトとそう変わりのない見た目であるように、マドルチェ・エビル・バッド・プディンセスとマドルチェ・ダークロード・プディンセスの見た目にもほとんど変化はない。

 違いは攻撃力と、手に杖を持っているかいないかだ。

 

「好き放題やってくれるじゃねーか……! それもダークシグナーの力かよ!」

「当然、そうよ」

 

 新たに現れたエクシーズモンスターである黒いお姫様の手には、ティアラミスが持っていた杖が握られていた。言ってしまえばそれだけの違いだ。

 

「バトルを続ける。ダークロード・プディンセスでレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトを攻撃。閃光撃(ライトニング)

 

 お姫様が杖を翳せば、先端が帯電し、エネルギーが高まっていく。

 シャトーによって上昇したダークロード・プディンセスの攻撃力は3200。スカーライトの3000を超えている。

 

「ダークロード・プディンセスの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキか墓地の「マドルチェ」モンスター一体を除外する事で、除外したモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力をアップする。デッキよりマドルチェ・シューバリエを除外し、ダークロード・プディンセスの攻撃力は1700ポイントアップ」

 

 これでお姫様の攻撃力は4900。ジャックの残りライフは900のため、この攻撃が通れば彼は敗北する。

 

(――ダークロード・プディンセスはバトルフェイズの間、相手のカード効果を受けない。これで終わりね)

 

 杖が降られ、雷が解き放たれた。

 魔竜が咆える。攻撃力の差はどうしようもなく、ジャック・アトラスが動かなければレッド・デーモンズは破壊される。

 ――当然、彼は動いた。

 

(トラップ)発動!」

「ふふ、無駄よ。ダークロード・プディンセスはカード効果を――」

「亜空間物質転送装置!」

「――なに?」

 

 突如として現れた次元の裂け目に、ジャックのエースが吸い込まれていく。

 これで彼の場にはモンスターがいなくなり、トラップも今発動した物が最後。クロウのフィールドにもリバースカードはなく、ゆえに、彼の行動はただ座して死を待つだけの無意味なもの。

 

「直接攻撃をもらいたいのね。いいわ、攻撃は続行よ」

 

 まさか本当に攻撃を受けるつもりではないだろう。

 ジャック・アトラスには焦りも不安も諦めもない。ただ鋭い眼差しを曜子に向けるばかりだ。

 電撃が降り注ぎ、周囲の地面ごと白いマシンを蹂躙する。

 

「…………」

「ジャック!」

 

 クロウの焦った声に、曜子もまた胸中に驚愕の感情を走らせた。

 あの余裕からして、てっきりバトルフェーダーでも握っていて攻撃を止めてくるかと思っていたのに、そうではなかった。

 攻撃は直撃。

 もうもうと蔓延する砂煙は数瞬マシンを覆い隠し――。

 

 飛び跳ねるようにして、ホイール・オブ・フォーチュンは煙を突っ切って出てきた。

 車体の横に緑のカードが絵柄を見せる形で浮かんでいる。

 

「オレはアクションマジック、ダメージ・バニッシュを発動した! よってオレへの戦闘ダメージは0となる!」

 

 ガァン、と重い音を響かせて着地したD・ホイールは、左右にぶれたものの、巧みな捌きですぐに軌道を修正された。

 ジャックの使用したアクションカードは、最初に彼が拾ったものだった。

 

「っかー! ひやひやさせやがるぜ、まったくよ!」

「このオレにとって、この程度、なんて事はない」

 

 自信満々に言い切る彼は、事実この窮地を危なげなく脱した。

 二対一ではあるが、曜子が生み出すパワーカードの数々に一歩も引けを取らず戦うジャックとクロウは、曜子以上のデュエリストだった。

 ――それは、当たり前の話だ。

 

「……メイン2。ダークロード・プディンセスのもう一つの効果を発動する。オーバーレイユニットを一つ使い、手札の「マドルチェ」モンスター一体を通常召喚する。マドルチェ・エンジェリーを召喚」

 

 お姫様の眼前で光が弾け、その欠片が天使の女の子を呼び出す。

 さらにエンジェリーもデッキからホーットケーキを呼び、ホーットケーキもメッセンジェラートを呼ぶ。

 

「そして、私は――」

 

 手札の一枚に指をかけた曜子は、ふと空を見上げた。

 暗い空に何か巨大な気配が迫っている。

 と思えば、真横を赤い光が通り抜けていった。

 

「赤き竜……!」

 

 ジャックの呟きで、それがなんなのかを知る。

 風を巻き起こして赤き竜が通り抜けていった跡には、赤い車体のD・ホイールを操る青年が現れていた。

 

「遊星! なんでここに」

「っ!」

 

 間違いなく、あれは不動遊星だった。

 マシンと同じ色のヘルメットをかぶり、前を向いて走っていた彼は、クロウの呼びかけにゆっくりと振り返った。

 先頭を走る曜子の姿がまず目に入ったのだろう。僅かに見開かれた目にはフィールドの状況が映っていた。

 

「遊星……!」

 

 ぐんと加速した曜子のマシンが遊星のD・ホイールに並ぶ。

 そうするとわかる、異様なほど似通った車体。そして、大きさの違い。

 

「君は……」

「遊星……私とデュエルしろ……!」

「……どういう事だ?」

 

 彼は困惑している。

 当然だ、いきなり見知らぬ少女に因縁をつけられて首を傾げない者はいないだろう。

 彼女の顔に心当たりはなかったが、顔に走る痣や黒い眼にはよく見覚えがあった。

 

「ダークシグナーか……!」

「そう。私はあなたを倒すために、ダークシグナーとなった!」

 

 俺を倒すために?

 遊星の困惑はさらに深まった。どうしてか自分は恨まれているらしい。それは……なぜだ?

 

「あなたは犯した過ちを償わなければならない」

「……! 俺の、過ち……」

 

 憎しみに濡れた彼女の瞳の奥に、遊星は崩壊する街を見た。

 そして、察した。なぜ少女が自分を恨んでいるのか。

 

「それは……俺が……」

 

 ゼロ・リバースの光景がまぶたの裏に焼き付く。

 モーメントが暴走し、光の柱がシティの全てを飲み込んでゆく。

 

「そう。あなたが不動遊星(主人公)だから」

「……やはり、そうか。……俺が不動遊星(父さんの息子)だからか」

 

 そう。

 曜子は遊星を恨んでいた。

 痛い思いをして、苦しい思いをして、なのに彼は助けに来てくれなかった。

 彼は主人公なのに。きっと助けてくれると思ったのに。

 憧れや期待は裏返り、今や悪意と憎しみに満ちている。

 

 謂れのない罪を責めたてられているとは知らず、遊星は、きっとこの少女がゼロ・リバースが起こったために家族や、親しい誰かを亡くしてしまったのだろうと推測した。

 だからこそ面識のない自分を恨んでいる。あの惨劇を起こした不動博士の息子である、自分を。

 

「!」

 

 道の向こうに巨大な建造物があった。

 それは祭壇だった。

 曜子のD・ホイールがスピードを上げ、前に前に出ていく。

 

 

 ふと気がつけば、遊星はジャック、クロウと共に地上絵の上、紫の炎の壁に囲まれて横一列に並び、祭壇の上を見上げていた。

 頂上ではダークシグナーと化したレクス・ゴドウィンが自分達を指差し、自身の目的を語っている。

 

「このデュエルに勝ったら、冥界の王は……!!」

「消えるでしょう。だが――」

 

 酷い違和感は一秒もせずに薄れ、前後の繫がりなどなしに遊星は叫んだ。

 もうすぐ冥界の王がやってくる。その時このシティは、サテライトは滅びる。

 そうさせないためには、この儀式に乗り、ライディングデュエルによってゴドウィンを倒すほかない。

 

「それは私達がさせない」

 

 祭壇の上、上半身を剥き出しにする巨漢の横へ、その半分にも満たない身長の少女が歩み出た。

 突き出した腕にデュエルディスクを装着し、光の板を出現させて構える。

 

「黒原曜子……」

 

 いつの間に横に来ていたのか。その出現に眉を上げたゴドウィンは、しかしすぐに口の端を吊り上げ、シグナー達を見下ろした。

 

「そう、神たる我が!」

 

 吹き荒ぶ風の向こう。

 遊星は力を込め、叫び返した。

 

「このデュエル、受けて立つ!」

 

 ゴドウィンを止めるために、あの少女の想いを受け止めるために、遊星は戦いを挑む。

 ジャックと、クロウという仲間達と共に。

 二対三の変則デュエル。遊星達の、最後の戦いが始まった。




TIPS
・ダークシンクロ
カードは書き換えた。

・バッド・プディンセス
小悪魔的なお姫様。
尻尾ふりふり。

・ダークロード
なんか格好良くない?

・コピーフロート
もはやマドルチェではない。

・ノートゥング
こいつこそインチキ。

・新レモン
出てきただけ。
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